第八王子強襲戦~この愛のために討て

作者:土師三良

●決起のビジョン
 エインヘリアルとシャイターンの大軍勢が宮殿の前に集まり、豪奢な造りのバルコニーに注目していた。
 いや、バルコニーに立つ少年に注目していた。
 見るからに気弱そうなエインヘリアルの少年である。少年といっても、デウスエクスは不老不死なので、外見通りの年齢とは限らないが。
 彼の背後には二人の女が控えていた。理知的な印象を受ける銀髪の女と、跳ねっ返りであることが一目で判る赤毛の女。前者は心配げな眼差しを少年に送り、後者は楽しげに笑っている。
 少年は大軍勢を見下ろし、口を開いたが――、
「えーっと……」
 ――言葉が出なかった。
 唾を飲み込み、目を閉じて深呼吸。
 そして、ゆっくりと目を開き、改めて大軍勢を見下ろした。
「僕の大切なヘルヴォールを殺したケルベロスを倒しにいくよ!」
 力の限りに叫んだ……つもりなのだろう、本人としては。
 その叫びならぬ叫びに大軍勢が歓声で答えた。
「おぉーっ!!」
 もっとも、その声量もそこに含まれた熱量も人数に見合うものではなかった。
 心の底から歓声をあげたのはシャイターンと一部のエインヘリアル(大半は女だった)だけだったのだ。

●音々子かく語りき
「先日、一部の方々が東京焦土地帯で死翼騎士団と接触した際、巻物を渡されました。ブレイザブリク周辺のエインヘリアルの警備体制に関する情報がまとめられた巻物ですよー」
 エンヘリアルに動きあり――その報とともに招集を受けたケルベロスたちの前でヘリオライダーの根占・音々子が語り出した。
「その情報を細かく分析してみたところ、なにやら不自然な点があったんです。さては死神どもがこちらを攪乱するためにデタラメな情報を流しやがったのか……と、疑っちゃいましたが、さにあらず。死翼騎士団と接触したメンバーの一人であるところの副島・二郎(不屈の破片・e56537)さんや他の方々がいろいろと調査してくれたおかげで、情報が不自然である理由が判明し、新たな予知を得ることもできましたー」
 エインヘリアルの警備体制に『不自然な点』なるものが生じたのは、彼らが大軍勢を受け入れることを念頭に置いて配置展開していたからだという。
 之武良・しおん(太子流降魔拳士e41147)の調査によって、その大軍勢の指揮官のことも判った。
 名はホーフンド。
 エインヘリアルの第八王子である。
「八王子に第八王子がやって来る……なんて、なにやらダジャレみたいな状況ですが、シャレでは済まないんですよー。そのホーフンドってのは、グランドロン救出戦で亡くなった三連斬のヘルヴォールの旦那さんだそうですから」
 ホーフンドは亡き妻の仇を討つつもりでいるらしい。ヘルヴォールに仕えていた連斬部隊の残党がその意志に賛同して加わっている他、ヘルヴォールと同様にグランドロン救出戦で撃破された第四王女レリの白百合騎士団の残党も加わっているという。
「復讐に燃える残党軍だけでなく、ホーフンド自身が率いる兵員も沢山います。そんな大軍団がブレイザリクのサフィールの部隊と合流したら、めんどくさいことになっちゃいますよね」
 そこで、君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)の立案に従い、合流前のホーフンドの軍勢を奇襲することになった。
 その作戦の概要は以下の通り。
 残党軍で構成された前衛を複数のチームが叩く。
 敵の本隊が前衛の援護に来るだろうが、別のチーム群がそれに対応。
 そして、また別のチームがホーフンドに肉迫する。
「どんなに肉迫しようと、ホーフンドを倒すことはほぼ不可能です。親衛隊の大戦力に守られていますからね。だけど、べつに倒す必要はないんですよー」
 ホーフンドは本来は好戦的な性質ではなく、臆病なまでに慎重なのだという。肉迫してくるケルベロスに恐怖を覚えれば、迷うことなく撤退を決断するだろう。
「さて、敵軍は大きく五つに別れています。前衛が二つに本隊が三つ。どれを攻撃するかは皆さんで決めてください」
 そう言った後、音々子は五つの部隊の解説を始めた。
「前衛の右翼は白百合騎士団の残党です。指揮官は『氷月のハティ』と『炎日スコル』。両者ともにダモクレスの技術で強化されています。おそらく、日輪と月輪に使われていた技術でしょう」
 グランドロン城塞を失った大阪のデウスエクス連合軍にとって、彼女たちは貴重な戦力であるはずだが、第二王女ハール(と、ダモクレスの技術を提供したであろうジュモー・エレクトリシアン)は惜しげもなくホーフンドのもとに送り出した。東京焦土地帯のエインヘリアル軍が増強されれば、ケルベロス側は戦力の分散を余儀なくされるので、大阪城の防衛が有利になる――そう考えているのだろう。
「前衛の左翼はヘルヴォールの連斬部隊の残党です。右翼の白百合騎士団残党軍と同じくらい復讐心に燃えていますよー」
 前衛左翼はシャイターンの兵士で構成されているが、指揮官はエインヘリルだという。
「続いて、本隊の左翼。予知によると、前衛左翼の援護に向かうのはこの部隊です。指揮をしているのは、ホーフンドの秘書官の『ユウフラ』なる人物。かなり有能らしいですが、今回の作戦には乗り気じゃないみたいですね」
『無用な戦いでホーフンド王子を危険に晒したくない』というのがユウフラの本音なのだろう。
「そして、本隊の右翼。こっちは前衛右翼の援護に動くと思われます。指揮官はアンガンチュールというエインヘリアルでして、ホーフンドとヘルヴォールの娘なんです。子供までいたんですねー」
 アンガンチュールは我儘勝手な戦闘狂であり、指揮能力は高くないらしい。撃破することは難しくないかもしれない。しかし、妻に続いて娘まで失ったとなれば、臆病なホーフントといえども、そう簡単には撤退の道を選ばなくなる(あるいは面子のために選べなくなる)だろう。
「そして、五つ目が本隊中央。ホーフントがいるわけですが、先程も言ったように倒すのは無理です。でも、これも先程も言ったように倒す必要はありません。ビビらせて撤退させちゃえば、こちらの勝ちなんですから。では――」
 音々子は説明を終えると、ヘリオンに向かって歩き出した。
「――ビビり屋の王子にケルベロスの本当の恐ろしさってものを教えてやりに行きますか!」


参加者
青葉・幽(ロットアウト・e00321)
大弓・言葉(花冠に棘・e00431)
エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)
パトリシア・シランス(紅蓮地獄・e10443)
ハインツ・エクハルト(光を背負う者・e12606)
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)
エマ・ブラン(白銀のヴァルキュリア・e40314)

■リプレイ

●怯兵必敗
 怒濤のごとく押し寄せてくるエインヘリアルの軍勢――白百合騎士団の残党をケルベロスが迎え撃つ。
 その様子を他のケルベロスたちが眺めていた。半壊して傾いだビルの屋上から。
 もちろん、高みの見物を決め込んでいるわけではない。突撃するタイミングを計っているのだ。
「きゃんきゃん! きゃうーん!」
 大軍を相手に一歩も退かぬ仲間たちを鼓舞かつ賞賛するかのように(戦場の喧噪に紛れて声は届いていないだろうが)オルトロスのチビ助が吠えた。見た目も鳴き声も愛らしいが、小さな体に収まり切らないほどの激しい戦意が感じられる。
 そのすぐ上でホバリングしているのは熊蜂風ボクスドラゴンのぶーちゃん。チビ助に負けじと咆哮……するかと思いきや、未完成な分身の術でも披露するかのように体を震わせている。それが武者震いでないことを半泣きの表情が証明していた。
「敵の大将のホーフンドとかいうのはビビリ屋さんらしいから――」
 震えの止まらぬぶーちゃんを見て、オラトリオの大弓・言葉(花冠に棘・e00431)が苦笑した。
「――今頃はぶーちゃんみたいにぷるぷるしてるかもね」
「実力主義のデウスエクス社会にあって、そんなのが大将になるなんてねー。エインヘリアルの男性上位主義、ここに極まれりって感じ」
 エマ・ブラン(白銀のヴァルキュリア・e40314)が呆れ顔で肩をすくめてみせた。彼女はヴァルキュリアなので、定命化する前には男性上位主義の実態を何度も目の当たりにしたことがあるのかもしれない。
「レリが憤っていたのも頷けるな」
 装備のチェックをおこないながら、銀狼の人型ウェアライダーであるリューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)が呟いた。
「そうね」
 と、頷いたのは青葉・幽(ロットアウト・e00321)。第四王女レリと戦場で幾度となく相対し、最終的にとどめを刺した鎧装騎兵である。
「レリはどう思うかしら? ヘタレ王子の手を借りてまで、部下たちが自分の弔い合戦をしていると知ったら……」
 その問いに彼女は自分自身で答えた。声には出さずに。
(「きっと、良い顔はしないよね。自分に殉じて死んだ部下たちのことをアイツは憂いていたから。最期の時まで……」)
「レリの部下たちの思いは理解できなくもありませんわ。復讐に逸る気持ちを抑えられない時期が私にもありましたから」
 馬の獣人型ウェアライダーのエニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)が言った。灰色の前髪(鬣?)に隠された目は戦場に向けられているが、心の目が見ているのは彼女の肉親の命を奪ったダモクレスだ。
 そのダモクレスも、もうこの世にはいない。
「もっとも、仇を討ったところで、心に残るのは虚無だけです。復讐の先達者として、それを教えてさしあげたいですが――」
「――彼女たちは耳を貸さないでショウ」
 レプリカントのエトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)が後を引き取った。
「うむ」
 リューディガーが装備のチェックを終え、同意を示した。
「残党軍を率いているハティというのは、レリの意志を継ぐ者なのだろう。敵からの情けなど良しとはするまい」
「じゃあ、奴らの復讐心に真っ向からぶつかってやろうぜ。それが戦いの礼儀ってもんだ」
 人派ドラゴニアンのハインツ・エクハルト(光を背負う者・e12606)が元気な声をあげた。声だけでなく、表情も快活だ。
 そんな彼とは対照的に浮かない顔をしているのはサキュバスのパトリシア・シランス(紅蓮地獄・e10443)。
「礼儀ねぇ」
 火をつけずにくわえていただけのタバコをパトリシアは口から離した。
「ハティってのが、こっちの礼儀に応えてくれるような奴とは限らないわよ」
「いやいや」
 と、ハインツがかぶりを振った。
「リューディガーが言ってたじゃないか。『ハティはレリの意志を継ぐ者』だってな。俺もそう思いたい。きっと、レリだけじゃなくて、死んだ他の幹部たちの意志も背負って戦ってんじゃないかな」
「だといいんだけどね。まあ、相手がどんな奴であろうが――」
 パトリシアは気持ちを切り替え、傍に控えていた紅のライドキャリバーを軽く叩いた。
「――全力で戦うまで。そうだよね、相棒?」
 ライドキャリバーが排気音で答えた。
 その激しい音に触発されたのか、チビ助がまた吠え始めた。
 ぶーちゃんはまだ震えていた。

●獅子奮塵
 敵は大軍勢であったが、氷月のハティが率いる部隊と炎日騎士スコルが率いる部隊は士気に格段の差があり、連携が取れていなかった。前者が果敢に打って出ている間も後者は指示待ちの態勢を貫いている。
 その不揃いな戦い振りを眺めながら、エトヴァが言った。
「どうやラ、白百合騎士団の全員が復讐に燃えているというわけではなさそうでスネ」
「こっちとしては好都合だけど、なんかフクザツな気持ち……」
 眉根を寄せて、一枚岩には程遠い敵軍を見つめ続ける幽。
 彼女もエトヴァも他の者たちも無為に観戦しているわけではない。敵の動きを見極め、ハティのいる位置を推測しようとしているのだ。
「ハティはダモクレスの技術で強化されているそうですかラ、普通のエインヘリアルよりも目立つハズ」
「……あ? さき越されたみたい」
 エトヴァの横でエマが声をあげた。
 彼女が見ているのはビルの足下。瓦礫の陰に別のチームが陣取り、その一員である黒髪のウェアライダーがエマを見上げ、戦場の一角を指し示している。
 エマたちがそちらに目をやると……見えた。エインヘリアルらしからぬ機械的な装備に身を包んだ騎士の姿が。
「行くわ!」
 銀髪のレプリカントの叫びとともに地上のチームが走り出す。
 エマたちも屋上から飛び出し、斜めになった壁面を滑るようにして地上まで降り、戦場に乱入した。
 向かうはハティ隊の側面。そこを衝くのは容易い。迎撃チームの奮闘によって、敵は足止めされているのだから。
「さあ、行きますよ。私たちと戦う勇気があるならば、かかって来なさい。正面から粉砕します」
 と、先行する地上チーム(今はエマたちも地上にいるが)の巫術士が白百合騎士団に言い放った。
 チームの他の者たちも騎士たちを挑発している。
 ただでさえ激しく燃えていた怒りの炎を更に激しく燃え上がらせ、挑発者に襲いかかる騎士たち。
 その怒りを真正面から受け止め、応戦する挑発者たち。
 たちまちのうちに戦線は乱れに乱れた。
 それに乗じて、幽たちは敵陣に深く切り込んでいく。
「こういうチーム間の連携ってのを敵にも見倣ってほしいもんだ。いや、本当に見倣われたら困るけど」
 足並みの揃っていない敵軍に憐憫を覚えながら、ハインツが紙兵を散布し、前衛陣に異常耐性を付与した。
 すぐに後衛陣も異常耐性を得た。ゾディアックソードを手にしたエマが乙女座のスターサンクチュアリを地面に描いたのだ。
「地獄の猟犬に戦乙女の加護を! ……なんてね」
 ぺろりと舌を出すエマの横で言葉が武器を構えた。柊の葉と赤い実で飾られたクリスマス仕様の妖精弓。
「レリのことはけっこう好きだったけど……それはそれ、これはこれ。道が分かたれた以上、戦うしかないのよねー」
 破剣の力をもたらす祝福の矢が季節外れの弓から放たれ、エニーケに突き刺さった。
「仮に仇討ちを成しえたとして――」
 アームドフォート『ヒルフェンファイア』のブースターを噴かし、エニーケはキャバリアランページを仕掛けた。
「――その後、どうするおつもり?」
 問いに答える間もなく蹴散らされる騎士たち。
 そこに星座型のオーラが飛来し、氷片を撒き散らして爆発した。幽のゾディアックミラージュだ。
「第四王女レリを討った青葉・幽はここよ!」
 ゾディアックソードを振り下ろして光と氷の残滓を払い、幽は声の限りに叫んだ。
「墓前に仇敵の首を供えたいなら、かかって来なさい!」
 それを聞いて、騎士たちは色めき立った。
 より正確に言うと、騎士たち『だけ』が色めき立った。
 後方で仁王立ちしているハティは無反応。
「聞こえなかった……ってわけじゃなさそうね」
 微かに顔をしかめて、パトリシアがリボルバー銃を連射した。炎の魔力が込められた弾丸が次々と炸裂し、騎士たちを炎に包んでいく。
「どうした、ハティ? レリから継いだのは指揮官の立場だけか?」
 ヒールドローンを展開しながら、リューディガーが挑発した。
 それでもハティはケルベロスたちに向かってこようとしない。
 一方、ケルベロスたちはその間も距離を詰め続けている。
「仇討ちをお望みであレバ、俺たちは受けて立ちまス。さあ、正々堂々と勝負ヲ!」
 二つの氷結輪を持ったエトヴァがヨトゥンヘイムゴーレムを生み出し、次々と騎士たちを打ち倒していく。
 事ここに至って、ハティはようやく動きを見せた。
 土煙を発するほどの勢いで走り出したのだ。
 ケルベロスたちに背を向けて。
 ホーフンドの本隊がいる後方に。
「逃げましたわね……」
 と、吐き捨てるようにエニーケが呟いた。
「ハ、ハティ殿! いずこに!?」
 騎士たちもさすがに動揺し、浮き足立っている。
 その隙を衝いて、ケルベロスたちは更なる攻撃を加えた。ハティを追う者は一人もいない。もとより、ハティの撃破は無理に狙わず、撤退に追い込むだけのつもりだったのだ(ハティを執拗に挑発していたのは、彼女を引き寄せることで敵を分断して孤立化させるためだった)。
 つまり、この時点でケルベロス側の作戦は成功したも同然だと言える。
 それでも、皆は手放しで喜ぶことができなかった。
「ふーん。不利になったら、あっさり敵前逃亡しちゃうんだー?」
 動揺が抜け切れない騎士たちを催眠魔眼で更に動揺させながら、パトリシアが冷罵を浴びせた。
 遠ざかるハティに向かって。
「あなたの上官のレリはもっと高潔だったけどねー」
 もちろん、返事はかえってこなかった。

●死行錯誤
 ハティに見捨てられた騎士たちを相手取りながら、幽は思い出していた。
 最後の戦いの場でレリが吐き出した叫びを。
『残された者たちは絆をより強くするはずだ。そして、いつの日か、エインヘリアルの女たちの尊厳を取り戻してくれるだろう。女である私が城主として戦い、死しても一歩も引かなかった――その事実を語り継ぎ、語り広めることによって!』
 レリの死は語り継がれ、語り広められたのかもしれないが、『残された者』たちは尊厳を取り戻してなどいない。ある者たちは別の派閥に鞍替えし、またある者たちは捨て駒として使い潰されようとしている。
「くそっ!」
 虚しさ、悔しさ、悲しさ――様々な思いを罵声に変えて、幽はナパームミサイルを発射した。復讐という名の狂信に囚われた捨て駒たちに。
「レリに死を与えたのはアタシたち。だけど、その死を穢したのはアンタたちよ!」
 怒鳴りつけた相手は、ナパームミサイルに焼かれている騎士たちではない。遙か遠くにいるハールであり、この戦場のどこかにいるホーフンドであり、今はもうここにはいないハティだ。
「きゃうーん!」
 幽に呼応するかのように吠え猛りながら、チビ助が地獄の瘴気を騎士たちに浴びせた。
 弾丸の雨がそれに続く。パトリシアのライドキャリバーのガトリング砲。
 果敢に戦うサーヴァントの仲間たちに遅れてはならじと、ぶーちゃんも(あいかわらず震えていたが)せっせと飛び回り、ケルベロスに属性をインストールしている。
「まったく、ぶーちゃんでさえ逃げずに戦っているっていうのに、あのハティっていうのは……ぷんぷん! アーンド、ぶんぶん!」
 怒りを表す擬音と得物を振る擬音を恥ずかしげもなく口にしたのは言葉。
 二番目の擬音に合わせて振り回された簒奪者の鎌から四つのハートが放たれ、繋がって四つ葉の形となって、ハインツの背中に張り付いた。『四葉のギフトパス(キアイチュウニュウファイトォ)』という名のヒール系グラビティである。
「俺は白百合騎士団の幹部と戦ったことがある。ギアツィンスとかラリグラスとか――」
 四つ葉で傷を癒されたハインツであったが、すぐにまた新たな傷を負った。身を挺して仲間を庇ったのだ。
「――皆、誇り高い戦士たちだったぜ」
「俺もラリグラス殿と真剣に手合わせをしたことがありマス。あの時の戦いは今もよく覚えていまスヨ」
 と、ハインツに庇われたエトヴァも騎士たちに語りかけた。マルチプルミサイルを発射しながら。
「思うところはあれド、亡きレリ王女や幹部タチ、そしテ、彼女らを慕う皆さんには敬意ヲ……」
「黙れ!」
 騎士の一人がエトヴァの述懐を遮り、大剣で斬りつけた。敬意を払われたからといって、手加減するつもりはないらしい。もとより、エトヴァたちもそんなことは期待していなかったが。
 なんにせよ、騎士の剣がエトヴァを傷つけることはなかった。
 今度はリューディガーが盾となったのだ。
「レリを討った俺たちを恨みたいなら、好きなだけ恨むがいい。しかし、俺たちにも、命をかけて守りたいものがある。だから――」
 ダメージをものともせずにリューディガーはクイックドロウを披露した。
『命をかけて守りたいもの』を想いながら。
「――倒れるわけにはいかん」
 心臓に銃弾を受け、騎士は力尽きた。
 その頃になると、他の騎士たちも動揺から覚めて(あるいはハティが逃亡したという現実から目を背けただけなのかもしれないが)、猛攻を再開していた。
「まったく、もう!」
 と、怒声を兼ねたハウリングで騎士たちを迎え撃つエニーケ。
「この娘たちに戦いしか教えなかったレリにも腹が立ちますわ! 他にも教えるべきことが沢山あったでしょうに……あの脳筋!」
「脳筋というよりも、おそろしく不器用なんだよ。たぶん、レリだけじゃなくて、他のエインヘリアルたちもね」
 エマが拳を突き出した。前腕に取り付けられたエレメンタルボルトから蒸気の属性のエネルギーが吹き出し、盾が形成されていく。
「さっきはハティにあんなことを言ったけど――」
 蒸気の盾に守られながら、パトリシアがまたリボルバー銃を連射した。
「――ハティもハールもただ不器用なだけで、本当は高潔に振る舞おうしているつもりなのかもしれないわね」

 やがて、ハティ隊の騎士は一人残らず倒れ伏した。
「レリを討った者のケジメとして、弔い合戦は受けて立たねばならない……なんてことを思ってたわ」
 無数の光の粒子に変じて飛散していく死体の群れを幽は見回した。
「結局、レリの死に囚われている点ではアタシもこいつらも同じなんだね」
「ブルーな気分に浸るのは後にしよ。ね?」
 言葉が幽の肩を優しく叩いた。
「戦いは終わってないんだから」
 そう、まだスコル隊は健在。別のチームと激闘を繰り広げている。
「先に行くぜ!」
 仲間たちに加勢すべく、ハインツがチビ助とともに走り出した。
 他の面々もすぐに後を追った。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年4月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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