●亡き妻のための大軍勢
絢爛豪華な宮殿の前に、エインヘリアルの軍勢が集まっている。
バルコニーから集まった軍勢を見下ろすのは金細工の施された鎧をまとった黒髪の青年。エインヘリアルの『第八王子・ホーフンド』だ。
集まる視線に思わず息を飲むホーフンド。
自らの軍に加え、先の戦いで生き残ったレリとヘルヴォールの残党軍を取り込み、部隊は大軍勢ともいえる人数にまで膨れ上がっていた。
この軍勢で東京焦土地帯に合流すれば、その地域でのエインヘリアルの支配が決定的になるのは間違いないだろう。
「……」
どこか緊張した面持ちのホーフンド王子を促すように、銀髪褐色肌の『秘書官ユウフラ』が主へ視線を送る。
そのユウフラの隣に並ぶのは『ホーフンドの娘・アンガンチュール』。今まさに出陣の時を前にして、高鳴る気持ちを抑えきれない様子だ。
意を決して、すうっと息を吸うホーフンド王子。
「僕の大切なヘルヴォールを殺したケルベロスを倒しに行くよ!」
その檄はこの大軍勢へ呼びかけるものとしては、幾分小さなものだったが――。
「うぉおおおおッ!」
秘書官ユウフラが要所に配置していた元ヘルヴォール配下が、歓声を瞬く間に伝播させてゆく。どうやら主の敵討ちとなるため、彼らは特に士気が高いようだ。
「おーッ!」
やがて、これに釣られる形で他の隊からも歓声が沸き上がってゆく。
勇ましき進軍の雅楽が鳴り響く。
エインヘリアルの大軍勢が、今まさに東京焦土地帯に向けて出撃しようとしていた。
●大軍勢の襲来
予知を語り終えたセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)がケルベロスへと向き直る。
「エインヘリアルの大軍勢が東京焦土地帯へと進軍を開始しようとしています」
どこか緊迫した面持ちでセリカは資料を広げながら説明を開始する。
「東京焦土地帯に現れる大軍勢の指揮官は『第八王子・ホーフンド』。
彼は、大阪城のグランドロン城塞でレリ王女と共に撃ち倒した、三連斬のヘルヴォールの夫であり、その報復の為に出陣してきます」
『報復』。それの意味することの重さにケルベロス達も息を飲む。
「ホーフンド王子の軍勢には、大阪城で撃破したレリとヘルヴォールの残党も加わっており、その戦力は高く、彼らがブレイザブリクに合流すれば、その攻略は難しくなってしまうでしょう。
また、ホーフンド王子は亡き妻ヘルヴォールの復讐の為に、東京都民の大虐殺なども行いかねない為、この王子のブレイザブリクへの合流は、なんとしても阻止しなければなりません」
大軍勢の矛先は死神勢力だけに向けられているものではない、ということだ。
「そこで――」
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)が提案したのが『合流前のホーフンド王子の軍勢を奇襲する強襲作戦』である。
「敵は大軍勢だ……可能なのか?」
懸念を示すケルベロスの一人にセリカは頷く。
「ホーフンド王子の軍勢は、レリ配下、ヘルヴォール配下だった残党軍を前衛としている為、前衛と本隊との連携がうまく取れていません。
また、ホーフンド王子は妻の敵討ちの為に出陣しましたが、王子を大切に思う配下達は、地球への進行に消極的なようです。
ホーフンド王子本人も本来は好戦的な性質では無く、臆病なほど慎重である為、ケルベロスの攻撃で本隊に危機が迫れば、狼狽して撤退を決断する事でしょう」
敵軍の全体としての『士気の低さ』を突くというわけだ。
故に、この作戦で重要になってくるのが――。
「戦意は高いものの、連携が取れていない前衛軍……まずはこれを壊滅させる必要があります」
前衛軍とは復讐に燃えるレリ、ヘルヴォールの残党軍のことである。士気が高い分、容易な相手ではないだろう。
「そして、前衛軍の援護に来るであろう本隊の動きに対応しつつ、精鋭部隊がホーフンド王子に肉迫する事が出来れば、王子の安全を守るために配下が撤退を進言し、ホーフンド王子も危険を恐れて撤退を受け入れるでしょう」
つまり、今回の戦いはこの大軍勢の壊滅を狙うものではない。
あくまで敵を驚かせ、撤退させることが目的となる。
なお、この作戦は『ホーフンド王子がブレイザブリクに到着』する前、容易に撤退が可能な、進軍中のみ可能な作戦となるだろう、とセリカは付け加える。
●大まかな作戦のまとめ
予知の内容を補足しながら作戦のまとめを行うセリカ。
まず、前衛の右翼はレリ配下だった部隊、前衛の左翼はヘルヴォール配下だった部隊となる。
この前衛部隊を壊滅させれば、救援のためにホーフンド本隊の部隊が駆け付けてこようとするので、この部隊を迎撃、ホーフンド王子の本隊に合流できないように足止めする必要がある。
そして、救援のために手薄になったホーフンド王子の本隊に派手に襲撃をかけて、ホーフンド王子を驚かせる。
慎重な性格のホーフンド王子がこの強襲に危機感を感じ、撤退することを判断させることが出来れば作戦は成功となる。
やや長めの説明を終えたセリカは一息をつき、考える仕草を見せる。
「大阪城に逃げ込んだハール王女も、自分の戦力をホーフンド王子に差し出す事で、恭順の意志を示したのでしょうか?」
エインヘリアル同士での複雑な勢力争い。今回の作戦でまたその陣容は大きく変わることになるかもしれないが―ー。
「あくまで撤退を狙うことが重要な作戦です。
皆さんどうか深追いはせず。全員、無事に帰ってきてください」
そう説明を結び、セリカは深く一礼するのだった。
参加者 | |
---|---|
クリム・スフィアード(水天の幻槍・e01189) |
華輪・灯(幻灯の鳥・e04881) |
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112) |
一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053) |
ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754) |
ベルベット・フロー(紅蓮嬢・e29652) |
服部・無明丸(オラトリオの鹵獲術士・e30027) |
死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807) |
●
「始まったみたいだね」
静かな声でクリム・スフィアード(水天の幻槍・e01189)がその時を告げる。
「わわ、すごいぶつかり合いです!」
視線の先で繰り広げられる戦いに息を飲む華輪・灯(幻灯の鳥・e04881)。
「く~っ、派手にやっておるのう! う~ッ、血が滾るッ!」
うずうずと地面を踏み掻きながら、昂る闘争本能を抑えるのに必死な服部・無明丸(オラトリオの鹵獲術士・e30027)。
「……私達が担う『役割』はタイミングが重要になります。……今はまだ、伏してその時を待ちましょう」
迷彩服や消音靴で気配を殺しながら、仲間達を先導する死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)が静かに呟く。
狙うのは奇策。発見されてしまっては元も子もないが、出来る限り前線に近づいておく必要があるだろう。
「ねぇ、なんだかケルベロス側が押されているように見えるけど先行班のみんな、大丈夫かな……?」
ベルベット・フロー(紅蓮嬢・e29652)が心配そうに言葉を漏らす。
彼女の言葉通り、消耗しているのは何故かケルベロス側だけのように見える。
「敵軍は人数に余裕がある分、傷ついた人員を即座に後ろに下げて、常に前衛を入れ替えながら戦っているようですね」
が敵の戦術を考察しながら呟くカルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)。
「言葉にするのは容易いですが、実際に行うとすると前線に綻びが出やすい……。
この戦術を完璧に行うのは相当に難しいはず……秘書官ユウフラ。なかなかの難敵のようですね」
一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)もカルナの言葉に頷く。
「……油断すれば、わたし達もあっという間に囲まれてしまうかもしれないわね」
その肩に乗る、白いハリネズミの鼻先を撫でながら、サラリと怖いことを言う瑛華。
敵は大軍、こんな場所で囲まれてしまえば、もはや逃げ場は無いだろう。
「まぁ、それでも退くわけにもいかないのが辛いところだな。
万が一の時は……そうだな、あたしが囮にでもなってやるさ」
残りの煙草を吸い込みながらハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)が少しおどけた調子で言う。
ハンナなりに、仲間達の緊張を解こうとしたのかもしれない。
さて、そうこう言っている間に、優勢となった敵軍がケルベロス二班を包囲しようと両翼を広げてくる。
「……頃合いだな。さて、優秀な軍師サマに『お届け物』と行こうか」
不敵に笑うハンナに、瑛華も思わず笑みを零す。
こういうとき自信に溢れたハンナの姿は本当にありがたい。
「OK。行こうか相棒」
瑛華がそう呟くと、ハリネズミも「ピィ」と応えるのだった。
●
「灯、準備はいいかい?」
槍を構えながら、涼やかに問うクリム。
「モチロンです! えんじぇりっくな私にお任せですよ!」
灯の頭の上に乗る翼猫のシアも「にゃッ!」と一鳴き。
敵軍の包囲が完了する前に、一丸となって敵陣へと突撃するケルベロス達。
「ケルベロスどもの新手だッ!」
水を差されたエインヘリアル達が叫ぶ。
敵陣の両翼が生き物のように変化し、ケルベロスを迎え撃つ壁となる。
「いっけぇえええ!」
初速の勢いに身を任せて突撃し、前線に深い楔を穿つケルベロス達。
当然の如く、敵が荒波のように殺到してくる。
だが、それこそがケルベロス達の狙いだった。
「今だ!」
「どーん!」
クリムと灯が同時にバイオガスを発動させる!
「なッ――!」
虚を突かれた敵軍に動揺が走った。
混乱する現場は瞬く間に敵味方が入り乱れる乱戦となる。
「わはははははははっ! わはははははははは! この時を待ちわびたぞ!」
黒い翼を羽ばたかせて敵に猛進する無明丸が、その拳を振りかぶる。景気付けの無明神話(ムミョウシンワ)をぶっ放しだ。
「ぬぁあああああああーーーっ!!」
全速前進からの全身全霊。無明丸の拳がエインヘリアルの顔面を捉えた。
「うごぁッ!!」
木っ端のように吹き飛んだ敵兵が、まるでボーリングのストライクのように他の兵士をなぎ倒してゆく。
痺れる拳に酔いしれながら、ビシッとファイティングポーズをとる無明丸。
「さぁ! いざ尋常に、勝負ッ!!」
「殴ってから言うなっ!」
敵兵が非難の声をあげる。
なんにせよ、これで開戦は告げられた。
バイオガス内での殲滅戦の始まりだ。
●
敵は14体。
「狼狽えるなッ! まずはこの場を制圧し、ユウフラ様と合流するのだ!」
部隊長クラスと思しき、長い黒髪に白銀鎧をまとった女エインヘリアルが一喝する。
「元よりこれはケルベロス共への復讐戦だ!
今こそ、我らが王子・ホーフンド様とユウフラ様に忠義を示す時だぞッ!」
敵部隊長が鼓舞すると、敵兵たちが「応ッ!」と声を張り上げる。
「忠義……それに復讐、ですか。随分人間らしい事をしてくれるじゃないですか……」
不可視の虚無球体を放ちながら刃蓙理は呟く。
愛する妻を失い、復讐のために挙兵したホーフンド。
そして、忠義を示す為に命を賭けて戦う彼女達のような名も無き騎士達。
いずれも、その行動原理は人間と大差はない。
ならば、この軍を指揮するという秘書官ユウフラはどうだろう?
「彼女は……何のために王子を守るんでしょうね……」
忠義、名誉、義務感――。
思いつくものを並べてみる刃蓙理だが、どれもしっくりくるものではない。
「自分の利益のため? ……それともまさか愛のためだとでも……?」
言葉にしてみたその思い付きが、なんだかピッタリと嵌ったような気がして――。
「ふふ……」
と、薄く微笑む刃蓙理。
戦い始めたころは、こんな風に『敵』に対して思いを巡らすようなことも無かった気がする。
「もしかしたら……私は自分で思っているより……『普通』に、近づけているのかもしれませんね――」
もし、あの二人が今の自分を見たら、どんな反応を示すのだろう?
「何を笑っている!」
相対していたエインヘリアルが戦斧を振り下してくるが、刃蓙理はこれをチェーンソー剣で受け止める。
「いま……考え事をしていたんです……」
戦斧を受け止めたチェーンソー剣がバルルルルッと駆動音を響かせる。
火花が走り、回転する刃が戦斧を弾き飛ばす。
態勢を崩した敵を刃蓙理はそのまま斬り伏せた。
「だから、邪魔を……しないでください……」
●
「そうか! かたき討ちとはのう! いやその意気やよし!!」
カラカラと元気に笑い飛ばす無明丸に、相対するエインヘリアルの女兵士はどこか毒気を抜かれた様子だった。
「元気だねぇ、アンタ……。戦争中なんだけど?」
なんだか、ついさっきまで「ヘルヴォール様の仇ッ!」とか叫んでいた自分が、しがらみに縛られ過ぎていた様に思えてきて、双剣の女兵士は思わず笑ってしまう。
「まぁ、わしとしては強い敵と戦えさえすれば、それでよいからのう!」
「成程、単純だッ!」
舞踏を思わせる連撃を放ってくる双剣士。
嵐のように襲い掛かる幾筋もの剣線は全て躱しきれるものではない。だが、その中にはやや浅い――致命傷には至らないであろうものも存在する。
それを見極めて無明丸は前に踏み出す。
「ぬぅあああああああーーーッッ!!」
痛みに退けば、勝利は掴めない。ここは進むことこそが生を掴む道だ。
渾身の踏み込みで正拳の一撃を振り抜く。
「ぐほぁッ!」
内腑の息が全て吐き出され、敵剣士が呻く。ズンと地響きを上げて崩れ落ちる巨体。
●
「作戦、思いのほか上手くいったよね。後はユウフラ討伐班の成功を祈るだけかな?」
相棒であるハンナと共にいるせいだろうか、普段の丁寧な口調をやや崩しながら瑛華。
「まぁ、個人的にはユウフラは撃破してほしくはねぇところだがな……」
古代ローマの拳闘士を思わせる、鍛え抜かれた身体のエインヘリアルと相対しながらハンナはその心情を漏らす。
「なんで?」
「もし、戦意失ったヤツラがブレイザブリクに引っ込んで、籠城でもしたらメンドクセェ」
拳闘士と激しい打撃の応酬を繰り広げるハンナ。
それはまるで、どちらがタフであるか競い合うかのようだ。
「コイツみたいに、攻めっ気のあるやつじゃねぇと、張り合いが湧かねぇだろッ!」
渾身の力を籠めて、愛用の棒きれを敵の顔面に叩き込むハンナ。
敵の瞳が裏返り、グラリと膝から崩れ落ちてゆく。
「よし、ノックアウトだ」
その額から流血を流しながらも、清々しい笑顔を見せるハンナ。
「バトルマニア的なご意見をどうも~……」
全く以て、危っかしい相棒である。
瑛華としては吐息をつくしかない。
と、その瞬間。
「――ッ!」
傷ついたハンナを狙って、背後から敵が襲い掛かった。
気配を殺して忍び寄ってきた、カタールを持った暗殺者ような風貌の女。
「ハンナッ!」
刹那の瞬間、無我にも近い早撃ちで敵を狙撃する瑛華。
喉笛を穿たれ、コヒュッと息を漏らし暗殺者が倒れる。
「ふぅ……これでまた貸しだからね、ハンナ」
安堵混じりの大きな吐息をつく瑛華。
あとで何かおごりなさいよ~、と要求してくる瑛華にハンナは「ふむ」と頷く。
「あの時、あたしが貸した分の返済が、今終わったようだな」
「あ、あの時って、どの時よッ?」
心当たりがない訳ではない。いや、むしろ在り過ぎる。
もはやお互い、貸しも借りも数え切れぬほどあるのである。
こういうのをきっと腐れ縁と呼ぶのだろう。
「さぁ……次行ってみようか」
あ、誤魔化したなコイツ、と思いながらも瑛華は「ハイハイ」と頷くのだった。
●
「もー、みんな無茶しすぎだよ」
相棒のビーストと共に戦場を駆けまわり仲間のサポートに努めるベルベット。
「それにしても……」
と、彼女が気にかけるのは、敵の主であるホーフンド王子のことだ。
「臆病なのに妻の敵討ちの為に命を張るなんて、もしアタシがヘルヴォールの立場なら少し嬉しいかもね」
きっと二人の間には愛情が存在したのだろう。それゆえのケルベロスへの憎悪――。
「復讐、か……」
かつてそれのために戦っていたベルベットにとって、ホーフンドの戦う理由は共感がしやすい。
「でも……」
このまま一般市民すらも虐殺対象に選びかねない彼らをこのまま見過ごすわけにもいかない。
「うん、仕方ない事とはいえ彼女を殺したのはケルベロス。
ならアタシもホーフンドの決意に受けて立つよ!
命を燃やして本気で邪魔してやる!」
宿敵を倒し、己の復讐を終えたベルベット。
あの時、戦いから離れるという選択肢もきっとあっただろう。
だが彼女は、自分の意思で戦う道を選んだ。
「仲間も地球も、守り抜いてみせるッ! そして絶対に倒れない! それがアタシの目指す強さだよ!」
ベルベットが軽やかなステップを踏むと、紅蓮の魔法陣が描き出される。
「にゃッ」
雄々しいたてがみが自慢のビーストも、清浄の翼を広げて仲間達を支援する。
ベルベットから戦う力を分け与えられ、ケルベロス達は敵の猛攻を耐え凌いでゆく。
●
「くらえッ!」
銃を持った敵兵士が灯を標的を定めて狙い撃ってきた。
「わわっ!」
咄嗟に回避できたものの、まるで容赦のない眉間狙い。
「う~っ、これだからデウスエクスは嫌いなんです!」
乙女の顔に傷でもついたらどうしてくれるんですか! と憤慨する灯。
「――!」
カルナが一瞬だけ表情を変え、すぐさま灯を狙った狙撃兵を打ち倒す。
「大丈夫でしたか? 灯さん」
心配して駆け寄るカルナ。
「まさに紙一重の見切りです! 達人の私でなければ躱せなかった一撃でした!」
控えめな胸を精いっぱい張りながらドヤる灯。
「……そうでしたか。紙一重でしたか」
灯が無事なことに安堵しながらも、カルナは灯の顔をじっと見つめる。
あまりに紙一重過ぎて、灯の『もみあげ』の一部が無くなっていた。
「なんですか? 急に見つめてきて」
「いえ……ご無事でなによりです」
ヒールで治るだろうか……。
そんなカルナの思いを知る事無く、灯はこれを達人への羨望の眼差しと受け取る。
「ふふ、カルナさんも歴戦の感じ出てきてますし、もうすぐこの『域』に達すると思います! 自信を持ってください! 私の次くらいに強いですよ!」
得意げにカルナを励ます灯。
「え、ええ……頼りにしてます。灯さん」
そのシャープな剃り込みが気になって、あんまり内容が頭に入ってこないカルナ。
「さあ、行きますよ、カルナさん! 次はどいつだー!」
不思議なリンゴを振りまきながら、次の敵へと突撃してゆく灯。
「元気な人ですね、本当に」
強くて、激しくて、それでいて、どこか暖かくて――。
まるで春風のようだ、とカルナは思う。
風の向くまま、気の向くまま――。それが信条のカルナ。
いい風が吹いているのならば、それに乗ってみるのも悪くないだろう。
「さて、撤退するなら今のうちですよ、エインヘリアル」
灯と連携しながら、敵を打ち倒してゆくカルナ。
●
白銀の鎧に装飾槍を持つ最後のエインヘリアルと討ち合うクリム。
部隊長だけあって、その実力は頭一つ抜けているようだ。
「最後の一人となって戦意を失うのではなく、仲間の無念を背負うように、その技を冴えわたらせる、か――」
その実力にクリムも感嘆せざるをえない。
眉間に突き込まれた敵の槍を身を沈めて紙一重で躱しと同時、旋風のように旋回して足元を払うクリム。
巨体を翻してこれを躱す敵部隊長。
「ふふ――」
敵が僅かに笑ったのを確認し、クリムも微笑みを返す。
互いを化かし合うようなフェイントの応酬が続いたかと思えば、膂力を競い合うような槍の競り合い――。
返せば、応じてくる。仕掛けられれば、答える。
それは言葉を超えた、戦いの中でしか感じ取れないやり取り。
まるで既知の友人と語らいあうかのような、奇妙な感覚だ。
ゆえに、無粋とは思いつつもクリムは問いかけずには居られない。
「あなたで最後だ。もし投降するのなら――」
だが、敵の部隊長はふっと笑う。
「優しいな……貴様は――。少し似ているよ」
さて、彼女の呟いたその『似ている誰か』は不明である。
ホーフンド王子のことなのか、ユウフラのことなのか、それとも失った部下の誰かなのか……それは、知る術もないことだが――。
「そうか……ならば――」
ここで屠ることこそが、この名も無き英雄に対する最大限の礼儀。
「穿て。穿て。穿て。咲いた花が散るように。満ちた月が欠けるように。
――私の槍からは逃げられない」
視認を許さぬ、一直線の死線が放たれる。
「――ッ!」
右胸を穿たれた敵部隊長はニヤリと微笑み、ゴフリと血を吐き出す。
「……。我らがホーフンド王子に栄光あれ」
己を倒した者を目に焼きつけながら、敵部隊長は今際の最後にそう呟いた。
バイオガスの中での戦いを制したケルベロス達。
だが、外はまだ目まぐるしく変化する戦場のただ中。一息つけるのはまだ先となるのだった。
作者:河流まお |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年4月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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