第八王子強襲戦~名門進軍

作者:白石小梅

●名門、出陣
 広大な宮殿に、旗幟が翻っている。
 その前庭に整然と整列するのは、華やかな大軍勢。
 炎と氷を纏う二人の女勇者に率いられる、白鎧の女たち……その名は、白百合騎士団。
 白い外套を翻す女勇者の背後に並ぶ、白面の女たち……かつての名を、連斬部隊。
 そして黒衣に身を包む沈んだ目をした女たちこそ、この名門の主力私兵団。
 今やその全てが、宮殿のバルコニーに立つ当主『第八王子・ホーフンド』の軍勢だった。
 その両隣に二人の女を侍らせて、黒鎧の王子は残党を呑み込み膨れ上がった己の手勢の威容を見る。
 そして……。
『ぼ……僕の大切なヘルヴォールを殺したケルベロスを……倒しに行くよ……!』
 線の細い自身の身よりも、更に細い声音で、檄を飛ばした。
『亡き主、ヘルヴォール様のご亭主、ホーフンド様に勝利を捧げん!』
 瞬間、連斬部隊と呼ばれた女たちから熱狂が響き、王子はびくっと一歩後ろに下がる。
『共に、レリ王女の仇を討たん……!』
 白百合騎士団を率いる二人は、自軍の中から響く気迫を視線を揺らさず受け流す。
 そして黒衣の女たちは熱気のない声で応じて、自分たちの武器を掲げただけだった。
『おー! 出陣ー!』
 士気の異なる大軍勢。怯える第八王子。その隣で、彼の身内らしいにやついた女が、はしゃぐように武器を振り上げる。
 秘書官らしき女は気難しい顔で目を落としつつ、手を掲げた。
 それを見て、各軍勢の指揮官より指令が飛ぶ。
『出陣せよ! ブレイザブリクへ、合流する!』

 アスガルド名門、第八王子・ホーフンド軍、進軍開始。
 その報せが、今、地球に走る……。

●敵軍合流
「アスガルドが動きを見せました。何やら大阪の連合も呼応している様子です……!」
 望月・小夜は緊急招集に集った面々に、そう告げる。
「順序立てて説明いたします。まず我々は、死翼騎士団との接触によって『ブレイザブリク周辺のエインヘリアルの陣容』に関する巻物を検証いたしました」
 結果、その布陣に不自然な点が発見されたという。
「連中が迎撃してくる地点や機会に、明らかに不自然な穴があったのです。死神の欺瞞情報である可能性も疑いましたが、副島・二郎(不屈の破片・e56537)さんら、焦土地帯の情報を探っていた方の情報と組み合わせた結果、この動きは『大軍勢の受け入れの為の配置展開』と推測。その前提の下、予知を得る事が出来ました」
 そこに之武良・しおん(太子流降魔拳士・e41147)の調査結果を合わせることで、東京焦土地帯に現れる大軍勢とその指揮官の存在が判明した。
「その名は『第八王子・ホーフンド』。どうやらアスガルドでも名門の出のようで、その配下は多数。更に彼は、大阪グランドロン城塞で『第四王女レリ』と共に撃ち倒した『三連斬のヘルヴォール』の夫であり、その報復も兼ねて出陣して来たようです」
 ホーフンド王子の軍勢には、レリとヘルヴォールの残党も加わっており、敵は相当な数だという。
「彼らがブレイザブリクに合流すれば、攻略は困難となるでしょう。またホーフンドは、妻の復讐の為に東京都民の大虐殺なども行いかねません」
 つまり、この軍勢がブレイザブリクへ合流することをなんとしても阻止する。それが今回の任務というわけだ。

●強襲作戦
「迎撃作戦として、君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)さんの立案を採用いたします。ブレイザブリクに進軍するホーフンド軍に対し、死神の情報から得た警戒網の穴をついて精鋭部隊を浸透させ、合流前に強襲するのです」
 敵軍は、前衛右翼にレリ配下であった白百合騎士団、前衛左翼にヘルヴォール配下だった連斬部隊を立てて行軍中。本隊は後方だと言う。
 どうやらホーフンド本軍は旗印たる王子を大切に思っており、地球侵攻に消極的らしい。主君の仇討ちに逸っている残党軍とは士気にも指揮系統にも差があり、前衛と本隊との連携がうまく取れていないようだ。
「そこでまず前衛部隊を強襲し壊滅させます。遅れて本隊より救援が来ますが、更にこの部隊を迎撃。本隊へ合流出来ないよう、足止めします」
 そして救援を出して手薄になった本隊へ、派手に襲撃をかけるのだ。敵は大軍勢であるため、王子本人を討ち取るのはまず不可能だが……。
「どうやらこのホーフンド……本来は好戦的な性質では無く、臆病な程の慎重派である様子。ケルベロスの攻撃で本隊に危機が迫れば、狼狽するでしょう。侵攻に消極的な配下も撤退を進言するはずです」
 戦意は高いが連携が取れない前衛軍を壊滅させ、慌てて前衛軍の援護に向かう本隊の動きに対応し、精鋭部隊がホーフンド王子に肉迫する……。
 そこまで出来れば、王子の安全を守るために敵軍はアスガルドへ撤退するというわけだ。
「この作戦は『ホーフンド王子がブレイザブリクに到着』する前……容易に撤退が可能な進軍中のみ可能な作戦です。奴らが入城してしまっては、もはや手は出せません。ここで、確実に成功させましょう」

 作戦はわかった。しかし番犬たちには、懸念がいくつもある。
「わかっています。まず、焦土地帯を攻囲している死翼騎士団ですが……情報を総合すると、この作戦を阻害はしてこないでしょう。むしろ、死神の利益の範囲で援護してくる可能性もあります。もちろん期待はしない方がよいでしょうが」
 それだけではない。ホーフンドはアスガルドの者のはずだが、その配下に何故、大阪城の敵戦力が含まれるのか。
「ええ。何らかの協定によって大阪城と東京焦土地帯の間で軍勢の貸し借りが可能になったとすると、かなり厄介です。大阪城に逃げ込んだハールが、自戦力をホーフンド王子に差し出す事で本国に恭順を示したのか……それとも……」
 だがそこは、考えてもわかることではない。
「今は、この作戦を完遂することのみを考えましょう。出撃準備を、お願い申し上げます」
 小夜はそう言って、頭を下げた。


参加者
伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)
ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348)
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)
ゼー・フラクトゥール(篝火・e32448)
尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)
遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796)

■リプレイ


 彼方の戦場から、激戦を示す鬨の声が響いている。
「新たな王子が来ると言われれバ、阻止しなイ手はなイよな」
 作戦立案者である君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)がいるのは、その遥か前方。
「この先には、守りたいものが沢山ある。だから俺たちは、負けられねえ……そうだよな、相棒」
 従者のキリノと尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)が、微笑みを返す。
 ここは激戦の地。栄光と屈辱の絡まる場所。東京焦土地帯。
「ああ。油断はしなイ。本隊は、あれか」
 整然と進軍する巨躯の女たちの数に伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)が眉を寄せる。
「ん……あらためて、みると……すごい多い……本隊中央だけで……千人以上、いる。だいじょうぶ、かな……」
「百体くらいだった先陣二部隊と桁が違う。王子も手下も、エインヘリアルって随分と数がいるのね」
 大軍勢に少数での奇襲作戦。やなこと思い出すわ……と、リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348)はため息を落とした。
「対してこちらは40にも満たぬ。敵将までは貫けん。だが雑兵ならば数人まとめて相手取れよう」
 目を細めて愛竜リィーンリィーンを撫で、ゼー・フラクトゥール(篝火・e32448)は彼我の力量差を図る。
 進軍が止まり、まずは左翼、続いて右翼の中隊が前線の救援に向かうのを、情報屋ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)が望遠鏡で睨む。
「即動可能な少数部隊を救援に出したね。武装は砲と棍棒、あと機銃と短剣……多分、攻撃隊と斥候隊。総じて、遠近対応って感じだ」
 出撃した二部隊に対し、本隊外周は装備が異なる。新条・あかり(点灯夫・e04291)も、共に編成を分析する。
「薬箱が衛生隊。親衛隊はフレイルと拳銃。火焔瓶とフライパンのがいるけど……あれが補給隊? 隊ごとにまとまってはいないね」
 恐らく得意分野ごとに隊分けして訓練し、現場では各隊の兵員から成る混成小隊を編成する戦術なのだろう。
 やがて両翼二部隊への奇襲が始まり、左翼の戦場にバイオガスが上り始める。
 作戦が最終段階に入りつつあるのを確認し、遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796)が立ち上がった。
「そろそろ出番よね。さーて……今日も元気に呪っちゃいますか! 怖がりな王子様に一つ、派手に呪いをお届けね!」
 頷き合い、番犬たちは大地を蹴る。
 闘いの火ぶたが、ここに落とされる……。


「みえないのを……しゅーっと飛ばしてー……できるだけ、ハデにー」
『……! 四方より敵襲ッ!』
 敵がそう叫んだ瞬間、勇名がスイッチを押し込んだ。
「どかーん。でてこい、ほふんどー」
 爆炎が壁のように立ち上り、敵兵たちが悲鳴を上げて舞い上がる。
「こっちも合わせて、ドーン、だぜっ」
 走りながら彼女とハイタッチを交わして、広喜も耳飾りのスイッチを押し込む。重武装モードが起動し、身を包むコートを蒼い回路の浮かぶ装甲へと変化させながら。
「さあ、王子ってのはどこだ。教えやがれ。ぶっ壊してやるからよ」
 思わず身を退いた敵兵たちへ、皆は極彩色の爆煙に乗って飛び掛かる。
『応戦だ! 炎で壁を作れ……!』
 親衛隊の一人がそう叫ぶ。補給隊が慌てて火焔瓶を投げる中、爆煙と隠密気流を断ち割って金髪の娘が滑り出て。
「応じ来られよ、外なる螺旋と内なる神歌……」
 ハッと親衛隊が振り返った時、リリーの掌がひたりとその鳩尾に当てられた。瞬間、稲妻を帯びた磁気嵐が女の巨躯を弾き飛ばす。
 忍び謳うその瞳は、いつもの癖で戦場を俯瞰しようと振り返り……雷電が炎の壁を割って行くのに気付いた。
「大丈夫。皆が回復にも後ろにも、意識を向けなくて良いように……そのために僕がいる。さあ、前だけ向いて駆けぬいて」
 道を作るは、あかりの紫電の壁。熱く、そして冷徹に。二人の娘は視線を絡めて。
「ええ……そうね。攻め手としてここにいるからには、見るのは前だけ! 征くわ!」
 他の部隊も敵本隊へ斬り込んでいく中、二人の声が重なり合う。
「「第八王子、覚悟……!」」
 それを狙う銃弾にリィーンリィーンとキリノが割り込む。補給隊がフライパンを構えて従者たちを迎え討つのを、ゼーが混沌の衝撃で横から薙ぎ倒して。
「うむ。ご苦労様じゃ、二人とも。敵は個の力では従者にも及ばぬ。攻め上るぞ」
 その両手に混沌を滲ませながら、老将は火焔瓶を打ち落としていく。
 降り注ぐ炎の中、フレイルを構えて親衛隊が突進し……。
「かかったね」
 ヴィルフレッドが瓦礫から伸びた紐を引くと、敵の足元からしゅっと手榴弾が飛び出した。
『……!?』
 目を見開いたまま、親衛隊は爆風に吹き飛ばされる。
「さっき偵察ついでに、ちょっとした悪戯を仕掛けておいたのさ。わざわざ来てくれてありがとう。飛んで火にいる夏の虫ってこの事だ……!」
 口の端を釣り上げて、彼は狙いもつけずに本陣へ銃を撃つ。
 そう。狙うべきは、敵軍の心だ。
(「言うまでもなしか。馴染みも多い。心強い限りじゃ」)
 ゼーが笑みをこぼす中、回転する光輪が敵を薙いだ。
「さあどいてー! ホーなんとか王子にお腹が痛くなる呪いを掛けてやるんだから!」
 篠葉は舞うように光の環を弄び、敵兵たちを切り裂いていく。倒しても無尽に新手が加わるため、反撃は緩まない、が。
『下がって、立て直しよ!』
『馬鹿! 指令は持ち場の堅持だ!』
『両脇、支援に来てよ!』
『駄目よ! 敵の総数が不明なの!』
 衛生隊たちは味方へ薬液を投げ合いながら悲鳴を上げる。
 篠葉の目から見ても、敵軍の動きは鈍い。
「ありゃ、右往左往してる。四班で広がったのが正解ね。さあ言ってやってー!」
 王子様の胃が痛くなるくらいに! と、吠えた彼女に合わせ、眸が跳躍する。迎え討とうとする拳銃や火焔瓶を、無数の熱弾で蹴散らしながら。
「すでに前衛は壊滅しタぞ……! まずは厄介な補給隊を絶つ。ホーフンドを殺せ……!」
 倒れた敵を足場に、眸の口から決然と響く割り込みヴォイス。それは波紋のように戦場を駆け巡り、他の班からも咆哮が轟いた。
「周りから引っぺがして喰ってってやンよ、怖ェか? 怖ェよなァ」
「ゴチャゴチャほざかんで、そろそろとっとと星に帰んでまえ……!」
 四方から響く剣戟の音と、番犬たちの鬨の声が、陣奥に控える男の心へ突き刺さる。
『で、殿下を守れ! 追い払えぇ!』
 王子暗殺。その目的が伝播して、全軍指揮がぐらりと揺れた。
(「手応えありダ。気分が昂ぶルな。さあ、派手にとどめといこウか」)
 親指を立てた広喜に微笑みかけて跳躍し、敵陣は潮が引くように圧されていく……。


 無数の銃弾が、咄嗟に仲間を庇ったキリノを消失させる。
 燃え盛る火焔の中、リィーンリィーンも力尽きた。
「これで盾は俺一人か。そろそろきつくなって来るぜ」
「頑張って! 作戦開始からもうすぐ10分! 敵は逃げ腰よ!」
 広喜が気力を奮い立たせてフレイルを受け、リリーの歌が銃弾の軌道を捻じ曲げる。
「硬直した指揮ダ。個々の反撃は激しイが、まだ耐えてみせル」
「敵は射程に入る数だけで対応するしかないからね。支えてみせる」
 眸の機銃が敵を抉り、あかりの鎖が火焔を吹き払った。
 敵の多くは更なる伏兵を恐れて陣を崩さないため、こちらを射角に捉えられないのだ。実際に相手取る敵は常に十数体。
「圧倒的な数的差を全く活かせておらんな。攻めるぞ」
「辛気臭くてお腹痛そうな顔してる王子サマのところまでね!」
 ゼーは炎を吹き付けて、篠葉の放った閃光が衛生兵を凍てつかせていく。
「ホーフンドが逃げればサフィーロの首は皮一枚で繋がるのかな?」
「だとしたら、かんしゃ……してもらっても、いいかも……」
 ヴィルフレッドが銀光を解き放ち、超感覚の中で勇名の砲が補給隊を撃ち抜く。
 敵軍の堅陣も、すでに揺れる水面のよう。第八王子の指揮能力では、壊走に至るは時間の問題。
 だがこの時、前線から波及する情勢の変化に、誰も気付けてはいない……。


 敵の本隊が今にも壊走に至る……その時。
『指令だ! 前線交代!』
 敵陣から数人の補給隊が飛び出して、叫んだ。ぼろぼろの親衛隊がハッと振り返る。
「……?」
 入れ替わるように奥へ逃げ込む敵。こちらの追撃は、補給隊が受け止めた。
『我らがここを死守だ!』
 稲妻が走ったように衛生隊が薬瓶を放り、補給隊は火酒を煽って立ちはだかる。
(「……動きから、迷いが消えた」)
 ちらりと背後に意識を向ける。彼方の戦場では、敵軍が殲滅されつつある。
 いや、この敵を追い立てるのがこちらの任務……迷いを払った、その時だった。
「!」
 左右に目を配ったあかりとヴィルフレッドの目が、引き絞られた矢の如く敵陣を飛び出す、新手の敵部隊を捉えたのは。
「右方、親衛隊5人が方陣から突出……! 側面に突っ込んでくるよ……!」
「左方から親衛隊8人! 大外から回り込む動き! ……包囲する気だ!」
 反応した二人を除き、番犬たちは完全に思考の空白を突かれた。
(「な……」)
 敵は直前まで本当に無策で狼狽えていた。こちらも敵中に引き込まれぬよう警戒していた。こんな瞬間的な反撃など出来るはずが……。
 最も敵陣に食い込んでいたリリーの脳裏に、結論が浮かぶ。稲妻の如く。
「……撤退して! 秘書官が帰還して指揮が変わった! アタシたちを殲滅して、総撤退の安全確保をする気よ!」
 だが身を翻した瞬間、右方から突出してきた親衛隊と激突する。星輝槍の刺突に貫かれても、目の色を変えた敵の突撃は止まらない。
「こいつら……!」
「僕が助ける! 皆は走ってくれ!」
(「彼女を前に出したのは僕……! 行かなきゃ……!」)
 押し倒されたリリーの姿が敵群に消え、ヴィルフレッドとあかりが咄嗟に助けに走る。
 即座にその間に補給隊が割って入り、名を呼ぶ暇もなく三人と分断された五人は、舌を打って離脱を図る。

 それは、重なり合った偶然の果て。
 番犬の奇襲により敵先陣は壊滅。救援の二部隊も押し留め、その前進は阻まれた。
 だが辛くも生き延びた先陣指揮官は王子の娘に合流。先陣壊滅を知った右翼部隊は撤退を開始。娘の部隊を受け入れるため、さすがの王子も踏みとどまった。
 一方、秘書官は本軍襲撃を察知し単身で指揮に舞い戻る。彼女は撤退部隊を収容するため攪乱してくる小部隊の殲滅と殿軍を命じ、本陣から部隊を繰り出したのだ。
 つまり、彼女たちは。
「殿軍を任された決死の遊撃隊か……! 見誤ったわ。まさかあそこから統率を取り戻すとはの……!」
「うわわ! 左右からもう一隊ずつ……! 次から次へと、ああもう! ……冥府より出づ、亡者の群れよ!」
 無言のまま、鬼の如き目をした女たちが飛び掛かって来る。それをゼーが蹴り払い、篠葉の呼び出した呪いが大地より染み出して、突撃を押し留める。
 先ほど敵の群れに沈んだ三人の安否は不明。その上、一隊を阻む間に、大外から別動隊が退路へ回り込んでくる。
「4、5人の小隊ヲ編成しつつ矢継ぎ早に放って来ていル……! 包囲されれば終わりダ。走れ……!」
 その時、左の敵が数人飛び出して銃を構えた。後ろへ向けて弾幕を張る、眸に。
「左の隊が分かれた……! 避けろ、相棒!」
 彼を突き飛ばした広喜の膝を、銃弾が貫く。
「広喜!」
「……っ。また、しくじったなあ……ここで」
 眸が彼を抱き抱えた瞬間、その肩と腰が撃ち抜かれる。それでもなお走ろうとして、その片膝が火花を吹いて崩れ落ちる。前衛はすでに、限界だったのだ。
「……っ、すまな、イ……」
「君乃、尾方……! だめ……!」
「いかん! 行っては……」
 勇名が、跳躍する。倒れた二人の後ろへ立ちはだかって、砲を構えて。
「ぼくは、なかよしを、もうはなればなれに、しない……。ぜったい、しない……!」
 勇名は顔を歪めて引き金を落とす。置いて、いくものか、と。
 ゼーと篠葉の足も、止まっていた。逃げ切ったからではなく、足並みの乱れを見逃さず十数人の敵が前面に回り込んで来たからだ。
 そう。
 毒蛇は己が逃げるその時に、牙を剥いたのだった……。


 ……作戦は成功だ。
 敵の本軍は、退き始めた。
「駄目ダ……ワタシたちは置いて行け……」
 だがここには、もう関係ない。膝をつく二人を三人で囲み、番犬たちは身構える。
「若人の前に、この老骨を倒してみよ。最後まで、抗おうぞ」
「降伏とか受けつけてます……? あは、やっぱ駄目よね!」
 ゼーと篠葉が、次々打ちかかって来る敵を払いのける。
「みんな……もういいぜ……逃げろ」
 勇名は首を振ってミサイルを放つが、もはやその抵抗も風前の灯。
 敵の包囲網は数を増し、親衛隊が一斉に飛び掛かって来る。
 全てが終わりを迎える、その時だった。
 暴風のように吹き荒れた銃弾が、全ての敵を弾き飛ばしたのは。
「!?」
『ぐっ……!』
 驚愕の走った戦場に降り立つのは、銀髪の長身に黒衣を棚引かせ、暴力的な力に満ち溢れた一人の男。
「救援が遅れて、失礼。ここからは、俺の役目だ」
 これは、誰だ。他班の救援など、間に合うはずもない。
 呆然とする前に、息を切らしたリリーとあかりが走りこんでくる。
「後ろは彼に任せて!」
「皆、撤退を……!」
 二人の生存を安堵する間もなく、番犬たちは察した。その男が何者かを……。
「びる……ふれっど?」
 銀髪の男は勇名の言葉に、ふっと口元を釣り上げて。
「俺は一介の情報屋さ。さあ、行け……!」
 即座にゼーと篠葉が倒れた二人を抱え、走り出す。
「若者よ、すまぬ。待っておってくれ」
「うん! 絶対、助けるからね!」
「ぼく……ぼくは、また……」
 何か言おうとする勇名の隣で、あかりは男の手を取った。癒しの紫電を迸らせて。
「さっき僕たちを助けた時、言ったよね。俺は状況を見誤らない。生き延びて見せる、って……約束だよ」
 男は目で笑った。敗北の時も、仲間の暴走の時も、冷徹に状況を判断してきた目で。
 そして二人は走り出す。
 その先では仲間の撤退を援護して、リリーが親衛隊と打ち合っていた。
「アタシは役割を違えはしない。何度、泥を舐めても……前へ進むわ……!」
 刺し違えるように倒れたリリーを、あかりと勇名が支えて包囲を抜け出ていく。
 敵は壊走したと判断したのだろう。女たちは追撃せず、黒衣の男を取り囲んでいた。
「……待たせたな。格好いいお兄さんが、まとめて踊ってやろう」
 敵が一斉に飛び掛かり、男の周囲に黒影が舞う。その撃鉄が、火花を散らして。
 番犬たちは血飛沫と鉄火の戦場を振り切った……。


 ……こうして作戦は完遂され、第八王子軍もまた撤退を果たした。
 本隊へと挑んだ部隊で、敵の反撃を躱したのは一班だけ。ほとんどは甚大な被害を被り、二名の暴走者を出して辛うじて撤退した。
 華やかな成功を支えた激闘は、こうして記録に刻まれる……。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020) 
種類:
公開:2020年4月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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