第八王子強襲戦~憎悪の連鎖

作者:寅杜柳

●第八王子の出陣
 豪奢な宮殿の前に、エインヘリアルとシャイターンの兵士達が集っている。
 本来の軍勢なのか身形のいい褐色の兵士達が一番多く、そこに白の鎧を纏う女騎士達と、軽装のシャイターンーーかつて白百合騎士団と連斬部隊の一員だった兵士を含み、膨れ上がった大軍勢。
 そんな兵達をバルコニーより見下ろす一人のエインヘリアルは、第八王子であるホーフンド。背後に控える娘は楽しそうに、その隣の秘書官は心配そうに彼の背を見つめていた。
 表情を引き締め、ホーフンドは兵達に言葉をかける。
「僕の大切なヘルヴォールを殺したケルベロスを倒しに行くよ!」
 その声は勇猛なエインヘリアルの王子にしてはやや迫力に欠ける小さな声。けれどもその言葉にシャイターン達は熱狂的、他の兵はおざなりに兵達は気勢を上げる。
 行き先は八王子、憎きケルベロス達を討つ為に軍勢はブレイザブリクへと向かうのであった。

「皆、先日の死翼騎士団との接触で得られた巻物を検証したんだが……エインヘリアルの陣営に不自然な点がある事が分かった」
 集まったケルベロス達に告げる雨河・知香(白熊ヘリオライダー・en0259)。
「迎撃ポイントやタイミングに不自然な穴がある。これだけだと死神の罠の可能性もあるんだが……焦土地帯を探っていたケルベロス達との情報を組み合わせると、そこに大軍勢を受け入れる為の配置である事が判明して、予知が得られたんだ。その大軍勢は第八王子ホーフンドの軍勢、大阪のグランドロン城塞で打ち倒された妻の三連斬のヘルヴォールの報復の為に向かってきているようだ」
 知香の説明によると、戦闘力と戦意の高い大阪城で撃破されたレリとヘルヴォールの残党も加わっており、もしもブレイザブリクに合流してしまえばその攻略も難しくなるとのこと。
「それにホーフンド王子は復讐の為に東京都民の大虐殺なども行いかねない。だから何としても合流は阻止しないとならない。そこで、合流するその前に奇襲する強襲作戦が立てられたんだ。幸い、残党軍を前衛としているから前衛と本体の連携が上手く取れていない上にホーフンド王子の配下は王子の身を思うあまり侵攻に消極的、更にホーフンド王子自身も本来は好戦的でなく極端に慎重……というより臆病、だからケルベロスの襲撃で本隊に危機が迫れば撤退を決断すると予想されている」
 纏めると、と知香が作戦を要約する。
「撤退が容易な状態の進軍中のホーフンド軍に奇襲を仕掛け戦意は高いが連携の取れていない前衛軍を壊滅させ、その援護に慌てて向かう本隊に対応しつつ、ホーフンド王子本人に肉迫して配下に撤退を進言させて王子にそれを決断させる、という事になる。難しいが……皆ならやれると信じている」
 そして知香は大きな紙を広げ、作戦の詳細について説明に移る。
「まず前衛、いずれもグランドロン城塞の戦いの残党で士気が高い。けれども本隊とは温度差があり連携が甘いから上手くやれば各個撃破が狙える。右翼はレリ配下だった部隊で、指揮官はレリ配下だった氷月のハティとハール配下の騎士団所属の炎日騎士スコル。いずれもダモクレスの技術で強化されているが、状況が不利なら無理せず撤退する可能性がある。左翼はヘルヴォール配下だった部隊で、戦闘力の高いエインヘリアルの勇者兵数名が中心になっているようだな」
 そしてその前衛を壊滅させると救援の為にホーフンド本隊の部隊が駆け付けてこようとするのだと、白熊は図を描きながら説明する。
「連斬部隊の救援に向かうのは秘書官ユウフラ、ホーフンド王子に代わり全軍の指揮を執ることも出来る優秀な指揮官でもある。ただ、王子至上主義でホーフンド王子に攻撃する気配を察知すると全力で本隊に戻って防ごうとするだろう。撃破を狙う事も可能だが、そうなると整然と撤退させられる指揮官が居なくなるから撤退に失敗した部隊がブレイザブリクへと合流する可能性もあるからその点は注意した方がいいだろう。そしてレリ王女残党の救援に向かうのは王子とヘルヴォールの娘、アンガンチュール。わがままで好戦的で撃破自体は難しくない……が、妻と娘を殺された王子が撤退を決断するかはかなり怪しくなる。撃破しない場合でも娘に焚きつけられたら撤退を決断し難くなるだろうから、戦意を挫く事が重要になるだろう。この二つの部隊をとにかく足止めして本隊に合流させないようにして欲しい」
 そして知香は図に描かれた大きな印に横から矢印を書き込む。
「手薄になった本隊に派手に襲撃を駆けてとにかくホーフンドを驚かせる。元々臆病だから、しがらみがないなら安全を優先して慌てて撤退していくはずで、そうなれば作戦は成功だ」
「ホーフンド王子の軍勢は前衛以外は士気も低い。うまく立ち回る事で、余裕をもって撤退に追い込む事ができるはず。そしてその上で、敵戦力をどの程度まで削るかは皆に任せる」
 それじゃ、よろしく頼むよと知香はにかりと笑い、ケルベロス達を戦場へと導く為ヘリオンに乗り込んだ。


参加者
ノーフィア・アステローペ(黒曜牙竜・e00720)
スズナ・スエヒロ(ぎんいろきつねみこ・e09079)
イリス・フルーリア(銀天の剣・e09423)
七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)
ティユ・キューブ(虹星・e21021)
櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)
レヴィン・ペイルライダー(己の炎を呼び起こせ・e25278)
朧・遊鬼(火車・e36891)

■リプレイ

●剣の影に
 先行部隊とケルベロス達の激しい争いの音が剣の荒野に響く。
 そこから少し離れた場所、戦闘音とホーフンド本隊の間に三班のケルベロス達が身を潜めていた。
 先行した班の状況は順調。その邪魔をしないように、そして向かってくるだろう援軍を阻止する為に、ティユ・キューブ(虹星・e21021)は息を殺して剣の影に身を潜めている。
 そんな彼女の近くを浮かぶ、白く透明感のある細身の竜はペルル。けれどその姿は、他の番犬達と同様に外からは身を隠す気流に包まれている。
 そしてそんな彼女達と同様、ノーフィア・アステローペ(黒曜牙竜・e00720)は黒いボクスドラゴンのペレを頭に乗せて息を潜めている。
 ここは紛れもなく戦地、けれどもリラックスした様子は姉妹のように仲のいい主がいるからだろうか、それとも主ののんびりとした気質に影響されているのか。
「我儘な戦闘狂、ですか……」
 スズナ・スエヒロ(ぎんいろきつねみこ・e09079)が不安そうに口にする。今回の目標は戦意を挫き撤退させる事、けれども性質からすると難事かもしれない。
「ははっ! 逆に戦いの厳しさを教えてやろうぜ!」
 緊張した空気を和らげるようにレヴィン・ペイルライダー(己の炎を呼び起こせ・e25278)が明るく言う。
「調子に乗らせると怖そうな相手ですし、気持ちで優位に立てるように、頑張りましょう!」
 前向きに言うスズナに、古い木箱のようなミミックのサイは恭しく執事のように寄り添う。
(「ヘルヴォール……覚えてるんだよ」)
 七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)はかつてノーフィアと共にヘルヴォールを討った。だから彼女は知っている。
 最期に呼んだその名は友情か忠義か、それ以上か。少なくとも、夫や娘の名ではなかった。
 それがその時の立場故のものなのかは分からないし、それ以前にデウスエクスに年齢や外見は当てにならない事も知っている。
 けれど。
「……動き出した」
 だがその思考は赤茶の望遠鏡を覗き込んでいた櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)の言葉に打ち切られる。
 更に般若面の朧・遊鬼(火車・e36891)が冷静に敵の布陣を観察。三方から迫るが得策かと思案する彼の横には花の飾りのナノナノ、ルーナが可愛らしく浮かんでいる。
「他の班も出撃するようです」
 桜色のロングカーディガンを纏うイリス・フルーリア(銀天の剣・e09423)は妖刀を抜き、いつでも飛び出せる体勢を整える。
 首にかけたネックレスに通した勿忘草の指輪を服へと仕舞い、千梨が準備を整え、
「それじゃあ行くとするか!」
 特製のゴーグルを装着し戦闘態勢を整えたレヴィン、そしてケルベロス達は一斉に飛び出した。

●ゆらり、ゆらりと
『待ち伏せか!』
『迎撃準備を!』
 飛び出してきたケルベロス達にすぐさまエインヘリアル達は反撃へと移る。
「大将さんはまだ後ろか」
「まずは配下をどうにかせねばならぬな」
 千梨と遊鬼は他班へと視線を巡らせ状況を確認。もしも最初から飛び出してくるようなら容易だったのだろうが、アンガンチュールは後方に控えている。その傲慢な表情は戦場を甘く見ているからか――いずれにせよ遊鬼には関係ない。
 そう考える間に、斥候兵のロケット砲弾の嵐がケルベロス達の正面に爆風を巻き起こす。さらに爆風を切り裂き金棒を持つ突撃兵数名が直接打ち据えんと飛び込んでくる。
 けれど、
「このくらい、へっちゃらです!」
 エクトプラズムを盾の形に変形させた檳榔子黒を盾にし、スズナがその砲弾を防いでいた。ティユとノーフィアもそこにいるのが当然のように前で仲間を守っている。
「導こう」
 そして虹色真珠の髪を揺らし、ティユはやや後方に星の輝き――星図を投影する。それは標のように、ペルル達に加護を与える。
 続く金棒の殴打、千梨の前にルーナが、ペルルの前にはスズナが立ちその金棒を止める。意識が飛びそうになる強烈な一撃だけれどもスズナは不敵に笑う。このような場面こそ盾役の心意気を見せる時だ。
 周囲の剣の群――即ち無機物と同調する事で、スズナの傷が見る見るうちに癒えていく。
 ワンテンポ遅れ飛び込んできた突撃兵がイリスを殴り飛ばそうとするも、ノーフィアが割り込み黒龍のガントレット纏う右腕で一撃を防ぐ。同時、ペレの燐のような蒼炎が傷を包む。
 いつもノーフィアは名乗りを上げるけれども、今回は自重する。勝っても負けても文句ない位の全力で、とは少なくとも今回は言えない。
「――剣と月の祝福を」
 だから、その言葉を小さく零し。
 鋼竜の魂を下ろし巨大な竜の腕と化したそれの質量を以てエインヘリアルを薙ぐ。超重の一撃を叩きつけられ平衡感覚が奪われたそこに、
「銀天剣、イリス・フルーリア―――参ります」
 いつもよりもトーンを落とし、けれども芯に秘めた意志は鋭く。飛び込んだイリスが紫黒の妖気を纏う紅雪散華を振るい、突撃兵を切り裂いた。
 攻め手が前に出る間、ペルルが虹色のシャボンのような球体をティユに、そしてハート形のバリアがスズナを包みその負傷を癒やす。
 攻撃の合間に遊鬼がちらりと中央へと視線を巡らせる。最初の突撃を受けきって竜人が雷の壁を展開し、反撃に移っている様子を見るにどうやら問題なさそうだ。
 ガトリングガンを構え、弾丸の嵐を突撃してきた敵前衛へと叩き込む。すぐさま護り手が庇いに入るが、弾幕はそれ以上の前進を食い止める。
「宜しく頼むよ」
 そしてそこにレヴィンが銀のリボルバーを構え――ある少女の形見であるこの銃を使うのは戦いに巻き込むようで、今でも少しだけ躊躇いはある。
 それでも。
「お前ら全員、そこを動くな!!」
 引鉄を引く。得意とする早撃ちは足を止めた敵群に容赦なく麻痺弾の雨を降り注がせ、それ以上の突撃を牽制。
「財宝は封印、宜しくね?」
 さらに主の言葉に従ったサイが護り手に飛び掛かりエクトプラズムで形成された武器を叩きつける。金棒で受け止め、けれど衝撃によろめいた突撃兵の足元に赤い輝きのライン。
「繰る糸は、糸桜か糸薄。或いは哀しき、業の糸」
 千梨の神楽を奉ずるような緩やかな舞が密やかに半透明の糸をエインヘリアル達の周囲に巡らせていた。
 微かな音色、同時に糸が獲物を絡め捕り、そこにノーフィアの花吹雪の檻が重ねられる。護り手であってもこうも立て続けに受ければ堪らない。
「次、そっちね」
 崩れ落ちる突撃兵を一瞥し次の標的へと剣を向ける竜人の声はあくまで淡々。
 激昂したかのように突撃兵二人がその金棒を投擲。片方は回避するがもう一方は直撃。
「回復するんだよ」
 だが即座に瑪璃瑠とノーフィアが霊的に接続、その傷を癒す。
「束縛せよ、魔呪の邪光!」
 その隙を狙い追撃を試みる二人の中衛に向け、イリスの放った光線とレヴィンのサイコフォースが妨害、衝撃で威力が弱まった砲撃を護り手達が危なげなく庇い防ぐ。
 更にルーナと遊鬼が連携、尖った尾と流星の飛び蹴りで追撃。連続攻撃に後退し治療を優先するエインヘリアル達、そのタイミングに合わせてケルベロスも後退。
 十全な状態で前に出てきたエインヘリアルがたたらを踏んだ所に、千梨の黒橡の小鳥が翼の朱を振るわせ光猫の群を飛び掛からせる。
『何が楽しい!』
 得物で弾き飛ばし敵意を向ける斥候兵達に、
「いやあ、心を露わにすれば隙になる」
 千梨は無表情に飄々と返す。
 今回の作戦は焦れさせる事にある。かつて師に叩かれ身につけた無表情、それが役に立つ日が来たのかなと彼は内心で苦笑する。
 ティユがスイッチを押し込めば星の輝きが突撃兵の体表に浮かび上がりそれが弾けると、合わせて遊鬼が虚を突き飛び蹴りを見舞う。
 相手の力を削ぎ、突撃の気勢を躱す。
 下がるならば、と後方の兵が砲弾を放つ。バズーカの爆風が瑪璃瑠の足元を縛る。けれども、
「おねがい、がんばってっ!」
 スズナの真っ直ぐな、心からの願いの言葉。呪縛を祓われ、瑪璃瑠が夢を司るアンクを通し鋼の意志を発動すれば、安定した精神は現実の肉体を癒やす。
 更にペレが遊鬼へと属性インストール、広範囲を巻き込む爆発による被害を連携して補う。
 後退しつつノーフィアが咆哮し傷を癒やす。崩れる前に距離を取り、体勢を立て直す戦法は相手には実に嫌らしく思えるだろう。
 楽しませないように、戦いたくないと思わせるように意識して戦う事、それは彼女にとっても楽しくない。
 けれどもこれは遊びではない。
 だからそんな思いは表情に出さず、任務を全うする為にあくまで余裕を見せ再び華麗に刺突剣を振るう。
『一体何が狙いだ!』
「さあな、俺みたいな下っ端には何も判らん」
 斥候兵の言葉に首を傾げる千梨はいかにも胡散臭げ、陰険に陰湿に絡め取る手管は真っ向勝負よりは苦手ではないから。
 ――明らかに向けられる敵意や戦意、燃え立つ心は少しばかり羨ましくもあるが、
(「その心が己を焼き尽くす事もある」)
 そら、紅の糸を手繰り猪武者のような相手を縛り上げて。
「一人で暴れるだけじゃ、この防壁は破れません!」
 スズナがパズルを組み換え竜の雷を叩きつけた。

 そんな風に小突き合うような小競り合いの時間が無為に過ぎていく。のらりくらりと、数分が経過する。
 そして、
『何を手こずっているの、あんな奴らに!』
 いかにも苛立ったようなアンガンチュールが中央最前列へ飛び出してきた。

●それは偽毒
 アンガンチュールが出てきているのは中央付近、この位置からアピールするには少々厳しい。
 ならば近づくまで。
「光よ、彼の敵を縛り断ち斬る刃と為せ! 」
 イリスが叫び、その手の妖刀と翼に光が収束、そして煌々と輝く刃を構え突撃し、
「銀天剣・零の斬!!」
 一閃。時を停止させられたかのように動きを止めたエインヘリアルに、イリスの翼より溢れた光の刃の群が瞬きの間に連続で切り裂く。全身を切り裂かれたエインヘリアルが崩れると同時、飛び込んだオラトリオに迎撃が殺到。けれどノーフィアとサイ、スズナが突撃兵の三連撃を受け切る。
 護り手であるからこそ攻め手よりも前へ。アンガンチュールに刃を届かせるには、圧力を与えるにはまだ遠い。
 前に出ようとする前衛に星図が投影される。加護を受けたノーフィアの隕鉄の刺突剣の先端より花吹雪が舞う。それは次撃を見舞おうとする兵を花弁の檻に捕らえ、金棒の勢いを鈍らせた。
 ふ、と空に影が差し、レヴィンが空から流星の軌跡を描き飛び蹴りを見舞い打ち倒す。
 だが攻め手に回ったタイミング、その時こそが最も反撃が苛烈。
 後退していたエインヘリアルがバズーカと銃を後衛へと向ける。咄嗟に護り手達が庇いに入るが、流石に全て止める事は困難。
 護り手をすり抜けだ砲弾の直撃を瑪璃瑠が受け吹き飛ばされる。
 攻撃手を後回しにしていたせいか、頻繁に入れ替わり回復されていたからか、この段階に至っても敵の火力はかなりのもの。
 けれども倒れる訳にはいかない。ペレとペルルが属性をインストール、ルーナがハートのバリアで治療し立て直す。
「其は終焉の記憶。月よりも美しいヒト」
 そして瑪璃瑠が記憶に焼き付いた終焉の日の光景を内的宇宙に再演、彼女の瞳に初めて認識した唯一無二の色が映し出される。獣神の巫女を終わらせたその色以外で染められる事を、瑪璃瑠は許さない。
 無機物との同調により効力を増している癒しの術は、彼女の深手を一呼吸の間に治療する。ケルベロスとしてこの場に立ち続ける、そう誇る為に瑪璃瑠は月よりも美しいヒトの幻影と共に立ち、仲間を癒やすのだ。
 ティユが星の輝きを押し込めたオーラを飛ばし、治療された遊鬼が弾丸をばら撒く。
 彼の鬼面には罅が入っており、半分が欠け落ちている。その下に覗くのは不敵な笑み、傷を厭わない番犬の表情は仮面よりも恐ろしく。
 さらに麻痺弾の雨が兵士達に降り注ぐ。一発一発にレヴィンが想いが込めた弾丸は、その想いからか反撃に移ろうとした突撃兵の体を一瞬硬直させる。
 ちらりとレヴィンが向いの部隊へと視線を向ける。向こうも今、将を挟み込むようじわじわと距離を詰めている。その圧にはいつ気づくか。
 兵が砲を構える、けれどそれは真上からのティユの流星の蹴りに地に叩きつけられ、それに続く千梨の半透明の御業が縛り付ける。
「灼き尽くせ、龍の焔!」
 そして桜のオラトリオが詠唱を完成させ、翳した掌から竜の幻影が放たれその炎で突撃兵を焼き捨てた。
 そこでほんの一瞬、一筋の道筋が開く。
「さて、鬼の言うた色を持っておらぬ者の末路を教えてやろう」
 翁のような古風で遊鬼が呟き、召喚された青の鬼火がその隙間を抜けるように将へ飛んでいく。
 しかし距離はまだ遠い。配下に割り込まれ防がれてしまった。
 当てるにはもっと近くに。けれどその時、戦場の外れを迂回して駆けて来る一人の兵が居た。
 それは、氷月のハティ。攻撃を止めて趨勢を見守るケルベロス達にハティがアンガンチュールに告げる言葉が届く。
 曰く、大部隊に攻め込まれ壊滅したのだと。
『壊滅ですって? あれだけの戦力が、どうして!?』
 報告を受けた少女も声を荒らげる。
 その迂闊すぎる振る舞いに、中央の部隊が二言三言と浴びせかければ、その上気した顔色は瞬く間に青褪めていく。
「ここは、貴方ひとりが主役の楽しい舞台ではありません!」
 まだ遠いアンガンチュールにスズナが叫び意識を向けさせれば、
「ま……充分時間は稼いだし、あとは後続の仲間に任せるさ」
 千梨がわざと仲間に零す。届くか届かないかの距離の言葉は如何にも真に迫っていて、
「僕らの役もこれで十分というところかな」
 飄々とティユが口にする。
 抱いた疑念は数々の言葉により確信に変わってしまう。
『て、撤退よ! 急いでブレイザブリクから離脱するのよ!』
 傲慢な表情は既に跡形もなく、すっかり怯え切ったアンガンチュールは蒼白な顔色で撤退の号令をかけた。

●かくて去りし
 ブレイザブリクへの退路を塞ぐように陣取り、遊鬼と千梨は撤退の様子、進路を観察していた。
 その間もスズナやティユ、瑪璃瑠達はサーヴァント達と周囲を警戒しつつ治療を進めている。
「どうやら撤退を決断したようですね」
 強襲を受け、ブレイザブリクに背を向ける本隊の様子を見、イリスが呟く。
「ふー終わった! 次はちゃんと戦えるといいね」
 ノーフィアの声はあくまで明るく、けれど逃げ去るアンガンチュールが聞いていれば恐ろしく感じただろう。彼女にすれば純粋に楽しみにしてるだけなのだけども。
「目的達成ってわけだ!」
 レヴィンが明るく言うように、今回の結果は大成功だろう。
 それどころか王子の裏切りという疑念を植え付けた事で思わぬ方向に転がるかもしれない。
 そして敗残兵に警戒しつつ、大きな勝利を手にしたケルベロス達は八王子焦土地帯を後にしたのであった。

作者:寅杜柳 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年4月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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