第八王子強襲戦~焦性の征野

作者:銀條彦

●温度差
 壮麗な宮殿のバルコニーから見下ろせば、視界を埋め尽くさんばかりの数の兵士達。
 黒地に金の連星戴く『星霊甲冑』に身を包んだエインヘリアルの少年王子は勇ましく……と讃えるにはやや頼りなげな声量で、集う軍勢に出撃を命じるのであった。
 彼から少し離れた後方に並んで控える女性エインヘリアルふたりはいずれも指揮官。
 ひたすら王子を案じる秘書官は浮かぬ表情のまま無言で彼を見守り続ける一方、王子の娘であるもうひとりは今にも飛び出さんばかりにうずうずと体を揺らしいよいよ戦える喜びを隠そうともしなかった。

「僕の大切なヘルヴォールを殺したケルベロスを倒しに行くよ!」

 演説の最後に飛ばされたせいいっぱいの宣言は檄と呼ぶにはそれでも弱々しく、たちまち巻き起こった熱狂の喚声へとすぐさま呑み込まれてしまった。
 だが、その熱狂は必ずしも全軍を包んでのものではなかった。
 本国での雌伏の時を経てようやく仇討の戦場へと赴ける歓喜に沸き、涙しながら叫ぶ兵士達は主として旧ヘルヴォール配下の連斬部隊のシャイターン達やエインヘリアルばかり。
 他に白百合騎士団の生き残り達もそれに劣らぬ鬨の声を挙げていた様子だったが明らかに彼女達はこの場にあっては異質であった。

 軍勢の大半を占める王子軍の兵士達――黒を基調として部署毎に区別された戦装束に同じく連星の印戴くエインヘリアル兵らが挙げた歓声はいかにもおざなりであり、士気の低さがありありと窺える。その理由は王子の人望の無さ故に……ではなくまったくその逆。
 多くの部下達は、この王子を深く慕い心から大事に思うからこそ今回の出兵には反対したが聞き入れられず、地球での復讐戦になど気乗りしないまま参戦しているのである……。

●焦点
「今回お前達に集まってもらったのは他でもない。東京焦土地帯における新たな動きに対処して貰うためだ」
 かの焦土の各地で繰り広げられる小競り合いのさなかで幾度か伝え聞いた、新たな王子の派遣が現実に実行されようとしているのだと、ザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)は目の前のケルベロス達へさっそく話を切り出した。

「死神勢力『死翼騎士団』の将軍達との接触に成功したケルベロスが持ち帰った『ブレイザブリク』周辺のエインヘリアルの迎撃状況に関する巻物を検証した結果、その陣容に不自然な点が幾つか発見された。『蒼玉衛士団』側の迎撃ポイントやそのタイミングには明らかに意図的な『穴』が見受けられたのだ」
 むろんそれ自体が死神の欺瞞情報である可能性もまず考えられたが……副島・二郎(不屈の破片・e56537)ら焦土地帯の動向を探っていたケルベロス達の情報と組み合わせた結果、それらエインヘリアルの不自然な動きが、『大軍勢の受け入れの為の配置展開』に起因するものであると判明し、予知を得る事が出来たのである。
 予知演算に、之武良・しおん(太子流降魔拳士・e41147)からの調査データを加える事で導き出されたその大軍勢の指揮官とは第八王子・ホーフンド。
「ホーフンドは大阪城のグランドロン城塞でレリと共に撃ち倒した三連斬のヘルヴォールの夫でもある。妻であるヘルヴォールの復讐戦の為にと挙兵した彼の下には、どうやら、解散を余儀無くされ本国へと帰還した連斬部隊も合流済みであった様だ」
 冷静を保ったまま第八王子そして第四王女の名を口にする第一王子の表情は目深く頭部を覆う星霊の兜に包まれて全く窺い知れず、説明は滔々と続く。
「今は怒りに燃えて本国から出陣したホーフンドだがその気性はきわめて慎重で臆病なものである上に、王子の部下達はもともと地球侵攻それ自体に消極的だ」
 そこで君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)から発案されていた、焦土地帯で増援の合流を食い止める作戦が実行に移される事となったのである。

「ブレイザブリクに合流しようとするホーフンド軍に対し、警戒網の穴を衝いて精鋭部隊を浸透させた上で奇襲を仕掛ける。完全に機先を制したケルベロスによる強襲でホーフンドを脅かし侵攻を断念させるのだ」
 作戦内容を告げたヘリオライダーは、次いで、作戦と敵戦力についてを語る。
 前衛右翼はレリ配下だった部隊、右翼はヘルヴォール配下だった部隊でともにケルベロスに対しての戦意は高い――が、いわば残党軍とも言える前衛は本隊との連携には難が有り、各個撃破が可能なのである。
「まずは前衛部隊を壊滅させ、ホーフンド本隊の両翼をその救援に出撃させる。次に、この救援部隊を迎撃して足止めする間に、手薄となった本隊へ派手に襲撃をかける……此処ではとにかくホーフンドを恐怖に陥れる事を目指せば、おのずと目的は達成される事だろう」
 第八王子ホーフンドは亡き妻の仇討の為に出陣してきたが、先にも述べた通り、彼は非常に慎重な――端的に表現すれば『極度のビビリ』な少年である為、どれほど数的優位が自軍にあろうと危機が迫っていると感じれば慌てて本国へ引き返してしまうのだ。
「……もって生まれた気性ばかりはどうにもならぬといった処か。何にせよ東京焦土地帯は東京首都圏にも近く、ブレイザブリクの戦力がこれ以上増強される事は阻止したい。今ならば『死翼騎士団』の死神共も作戦の邪魔をする事は無いだろう」

 またザイフリートは、今回出現するホーフンド王子の軍勢の内には大阪城にいた筈の戦力も多く含まれている点を改めて指摘した。レリ残党を率いる指揮官はいずれもダモクレスの技術で強化された上で戦力として供出されているらしく第二王女ハールの独断である可能性は低い。
「敗戦続きで立場を失ったハールが第八王子勢力を介して戦力を差し出す事でアスガルドに恭順の意思を示し、ジュモーらもそれを了承済み、という事なのだろうか……?」
 もしも大阪城と東京焦土地帯の勢力間で軍勢の貸し借りが可能だとすれば極めて厄介だとザイフリートは憂慮し、あるいはブレイザブリクの完全制圧を急ぐべきかとも零したが――今考えるべき事ではないと思い直した彼はすぐにまたケルベロス達へと向き直る。
「……まずは焦土での強襲作戦を成功させる事が先決だな。敵は大軍だが前衛を除けばその士気は低く、巧く立ち回りさえすれば余裕をもって撤退に追い込む事が可能だろう」
 先を見据えて――その上で。
 敵戦力をどの程度削っておくかは実際に戦うケルベロス達の判断に委ねられる事となる。


参加者
レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
奏真・一十(無風徒行・e03433)
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)
瀬戸口・灰(忘れじの・e04992)
円城・キアリ(傷だらけの仔猫・e09214)
レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)
アトリ・セトリ(深碧の仄暗き棘・e21602)

■リプレイ


(「死神と手を組む事になるなんて、ね。とはいえあの死神が死翼騎士団に属してる訳でもなし……」)
 アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)の溜息は纏う気流へと混じる。
 隠密気流に潜む彼女達は高所からの偵察中で過日のグランドロン迎撃戦を思い起こし奮起する円城・キアリ(傷だらけの仔猫・e09214)からも報告が齎される。
「雪辱戦よ。あの日の敗北を今日、勝利に変える――スコルの命を貰い受けることで!」
「……雪辱、か。いや……おれのはただの八つ当たりだ」
 それ以上をレスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)は語らない。
 アトリ・セトリ(深碧の仄暗き棘・e21602)から進軍が止まったと告げられ彼らは次々に焦土の大地めがけて廃ビル屋上から飛び降りるのだった。

『……何が起きている? スコル殿からの指示は??』
『こ、このまま棒立ちしていては取り入るべき第八王子から不興を買うばかりで逆効果ではないの?』
『莫迦を言うな! あの愚か者共のように闇雲に突撃でもせよとでもいうのか!?』

 側面突入した敵陣を占める一般兵の多くは盾役や治癒役と判明し、取り決めに従いまずはごく少数の攻撃手を倒し次いで回復手を潰す手筈を確認し合う。
(「殺意満々なのがハティ軍で、この兵達はスコル軍か。この分ならば引き剥がしは不要だろうが、なんとも温度差の激しい……」)
 蒼昏き流星と化した奏真・一十(無風徒行・e03433)が蹴撃を繰り出しつつ敵の士気の低さを訝しむ中、阿吽の呼吸でキソラ・ライゼ(空の破片・e02771)が追撃のゼログラビトンを重ねた。
「アチラサンもなんか色々面倒そーダケド」
 因縁など皆無のキソラだがブレイザブリクもその増援も看過する気は毛頭無い。
 同意とばかりこっくり一頷きしたボクスドラゴン・サキミの水流ブレスが颯爽とトドメを掻っ攫えば、まったく誰のサーヴァントなのだかと微笑む一十。
『ケルベロスだとっ!?』
 ようやく敵の正体を気づいた敵陣からあがる驚愕。
 キアリの歌声が自らのオルトロス、アロンを含めた前衛列の攻撃力を増強させてゆく。
「……さしずめレリからハールへ鞍替えする事にさして抵抗感の無かった一般兵が主力ってところかしら?」
『もとより最初からあの世間知らずの石頭などではなく聡明なハール様こそが我等が仕えるべき主君であったというだけのことよ!!』
 続けざまアロンが吐き出した瘴気に酷く顔を歪めながらも毒素だけはかろうじて撥ね返した一般兵が誇るかのように笑う。
(「負け続けて将も失ってもいつまで戦うのを止められない、アンタ達は根っからそういう種族なんだと思っていたけれど……」)
 侮蔑にも似た落胆を奥底に沈めた瀬戸口・灰(忘れじの・e04992)が無言のまま掲げた掌に絶望の黒太陽が昇る。

 先を行く一般兵対応部隊と共に敵を削りつつ、折を見て、敵を引きつけた彼らの支援で指揮官スコルを目指して突破というのが作戦内容。
 だが崩せば崩しただけ速やかに負傷兵は退がり同程度の増援が補充され、切り込む隙が見当たらない。
「きわめて煮えきらぬ消極姿勢、ではあるが……」
 レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)は地獄燃え盛る縛霊手から巨大光弾を生み出し、回復役が複数存在する敵後列へと叩きつけたが半ばは盾兵に阻まれすぐさまヒールが飛び交う。
「敵の混乱は既に収まって統制もちゃんと取れてるみたいね」
 キアリにとってはあまり認めたくはない事実だがこの手腕もまたスコルが抜擢された一因なのだろう。
 敵兵の動向や指揮の流れへ常に注意を払い続ける彼女達にとって、指揮官が座す凡その位置を割り出す事は比較的容易かった。が、こうしている間にもより多くの兵を引きつけながら戦う味方部隊はみるみると敵陣の内へと掻き消えてゆこうとしている。
 本来ならば彼らに後を託して突破すべき局面――だが想定以上に厚く緻密に連携するこの防御網を崩せぬまま強行突破を図っても跳ね返される確率が高いと一十は判断した。
「こちらにも譲れぬものはある」
 ならば……。
 『蓋』の内で俄かに獄の火勢増したその両脚が向かった先は指揮官スコルが陣取ると目される方角ではなく、今まさに敵中孤立する仲間達の元だった。
「結局はソッチが早道ってな。ンじゃ行くぜ!」
 決して感情まかせではなく勝率を上げる為と真っ先に理解したキソラが応じ、他の猟犬達も頷き合いながら後に続く――。

 美津羽・光流の胸前から溢れ出した冷たき暗水は『最果ての波』となり包囲狭めつつある敵を押し流さんとしていた。
 荒れ狂うその波濤に翻弄されつつも癒術で耐え凌げると踏んだ敵兵の目論見を砕いて重ねられたのは、
「――『緋嘆の森(フランモー・シルワ)』」
 アリシスフェイルの詠唱と、焦熱振り撒いて更なる大波と化した無数の木の葉。水炎の波底へと沈む断末魔。
「そうね……一歩ずつよね、急いても良い結果になるとは思えないもの」
「そうやな。焦らんで、出来ることをやっていかんとな」
 数では依然優位である敵勢から繰り出される刃は止まない。その一つを受け止めた瑠璃堂・寧々花の甲冑が弾け態勢を崩したとみるや襲い掛かる集中攻撃。
 猛攻の前には魂たる鎧の守りも間に合わず、甲冑騎士の乙女の白い首筋を切り落とさんと振るわれた凶刃は……。
「互いに為すべきことを為そう」
 その寸前、寧々花の前へと立ちはだかった一十が翳した片腕を流血させるのみに留まる。
 とうに正気を地獄へと焼べた彼にとってその程度の苦痛など無きに等しいものであったが助けられた寧々花に知るよしも無く。
「はい……ありがとうございます」
 コクリと小さく頷きながら感謝を告げた彼女はその魂に力と勇気とを鎧う。

 横合いからの救援加わったケルベロスからの反撃により深く痛手を負う事となった敵陣は後少しで成った包囲殲滅を後回ししての立て直しを余儀なくされ、ひとまずの危機を脱した2隊はまた互いの戦いを続ける事となる。
(「数の優位と抜群の連携を誇りながら、敵は戦いを避けたがっている。けれど撤退にまでは踏み切れず――迷いが感じられる)
 アトリのそんな読みを裏づけするようにその後は激戦とは程遠い攻防だけが続けられた。
 こちらから仕掛けた範囲分のみしか戦わぬと見切った後はケルベロス達もまた戦域を極力拡げず2隊がかりで突破の機を伺う。
 形勢は依然、一進一退。千日手にも似たこの膠着を打開する次の一手は――盤外から。


「なんだかすっかり、またまた、混乱してる?」
 唐突に、敵の防御陣が綻びを見せ始めた事を最初に察知したのはキアリだったか。

 自陣の崩壊すらかえり見ず雪崩れ込んで来た、雲霞の如き新たなスコル軍の向こうから、
「――お待たせ。これより反撃に移行する」
「ここからは、ボク達も援護するデスよ!」
 響いた声は確かに、款冬・冰とシィカ・セィカのものであった。
 旧レリ軍前方から此処に到るまで、激戦に次ぐ激戦を踏破した彼女達は遂に合流を果たしたのである。
 今や戦いの天秤はケルベロスの側へと傾き、戦場で起きた激変にまったく対応できぬまま連携を損なわれた敵軍の陣には大きな隙が生じつつあった。
「ナンだかしらねーケドチャンス到来! ってか?」
 へらり笑ったキソラが人差し指から戦輪を投げつければたちまちのうち巻き起こる氷嵐。
 だがそれは只の攻撃では無く合図を意図してのもの。抜け目無い彼がにやりと目線を送ったその先で――彼らの突破口を切り拓く為の猛攻が始まる。
 穿たれた風穴を月光の如き喜屋武・波琉那の一閃が道と為し、相馬・泰地が勇壮たるその膂力と気迫をもって障害となる敵を捩じ伏せ喰い止め続けていた。
「ここは俺達が抑え込む! 今のうちに行ってくれ!」

 激しさを増す乱戦を背に、今度こそ。
 ケルベロス達は炎日騎士スコルの待つ陣奥めざしてひたすらに駆けてゆくのだった。


 ケルベロス殲滅に踏み切るか全軍撤退の決断を下すのかは全体の状況が分かってから。
 それまでは無理はせずただやりすごせばよい。そんな方針の下スコルは軍を差配する。
『ハティに押しつけた一部の狂信者どもはともかく――あんた達はいまやハール様の配下、大事な戦力なんだから』
『スコル殿……!』
『光栄の限りであります!』
 それでも、もしも撤退を余儀なくされればその時は……旧レリ軍で唯一生粋のフェーミナ騎士団団員である自分の無事こそがまず真っ先に確保されてしかるべきだとスコルは内心で考えていた――のだが。
 そのしばらく後。
 ケルベロスの包囲突破と氷月のハティ敵前逃亡の報をほぼ同時に受け取る事となった彼女は思わず怒りの声を張り上げていた。
『なんて恥知らずなっ! フェーミナ騎士団であるあたしをさしおいて……』
 けれども自身以上に動揺大きい兵達の様子に気づいた彼女は我に返り、必死に立て直しを図ろうとする。
『案ずることはない! ハール様からの信頼も厚く日輪の力授けられたこのあたしが戦場に在るかぎり――』
「ならばその日輪もろとも壊れて、果てろ」
 振り撒かれた光はオウガ粒子の輝き。
 呟き棄てたレスターが発したメタリックバーストに包まれる中で味方後列はよりいっそうその感覚を研ぎ澄ませ、待望の『標的』へと狙い定める。

 自らの勇姿たる黒紅の強化武装を兵達に誇示する様に……その実いつでも戦線離脱に踏み切れるようにとの保身から飛行状態にあったこのエインヘリアル指揮官の姿をケルベロスが捉えるのにさして労力は要しなかった。

『なっ……!? 何してるのあんた達! さっさと追い払いなさい!』
 白銀の盾と長槍を携え慌ててスコルからの命令に従い行く手を阻む敵は従騎士として残されていた4名。
 灰の足止めやアリシスフェイルの氷術も、討ち据えたのはスコルではなく盾押し立てて耐える従騎士ばかり。
 スコル自身は飛行モードを保ったまま最後列から朱炎の結界――『日輪炎陣』を展開し回復支援に徹している。
「他を捨ててでもわが身が可愛いってか」
 暗雲が如き物言わぬ流動金属体に自陣強化を命じつつ、未だどっちつかずの迷いを見抜いたキソラは揶揄するように嗤った。
 これまでの士気低い一般兵とは異なり、槍の乙女達は決して退かず懸命に闘うも倒されたのは盾役として尽力したアロンのみ。
 その穴もすぐさまアトリのウイングキャット、キヌサヤが埋めて滞り無く。猟犬達は一人また一人と危なげなく供回りの騎士達を討ち取ってゆく。
「たとえ勝ち馬に乗る為であろうと。身命かけたその闘いぶり、見事なり」
 スコルへ放たれた炎弾の射線に割り込んだ最後の騎士は、生命啜る灼熱に炙られながら息絶えてゆく。そんな女騎士の最期をレーグルはしかと見届けるのだった。


 指揮官たる己の盾となる供回りの騎士全てを切り払い、迫るケルベロスを前にしてスコルはそれでも退かなかった――退けなかったのだ。
『くっ! あたしまで下がればハール様のお立場が……』
 既に逃亡したハティなどと自分は違う。派遣した指揮官2名がともになりふり構わぬ敗走を行ったなどという汚名をハール王女に着せる訳にはいかないのだ。
「部隊のみを使い潰し敗走ともなれば第二王女も嘆くだろうね。『見込み違いだった』と」
 そんな葛藤を見透かしたかのようなアトリの挑発にはまだ彼女も我慢が出来た。
「節操なしのあんたのボスがまた玉座を逃すぞ」
 だが、冷笑とともにレスターが浴びせたスコル自身ではなくハール王女に対する侮辱は栄えあるフェーミナ騎士の一員として決して看過できるものではなかった。
 まんまと激昂したスコルはすっかりと生来の攻撃的な本性が露わとなり……真正面から剣交える間に他部隊のケルベロス達も到着を果たし、ここで遂に挟撃策が実現する事となる。

『全くしつこい犬共め……こうなれば、片っ端から始末するだけよ!』
 烈火の如くに、高く結い上げた長い黒髪を焦土の空へと躍らせて。
 身の丈程の大剣をすらりと構えたスコルは居揃うケルベロス達を睥睨する。
 より攻撃的かつ機械的な、ダモクレスの一将とも見紛う程の改造を施された甲冑からは、周囲の大気すら朱き高熱に染める『日輪』の力が絶えず迸る。
 彼女が纏う装甲から発せられるその熱と機械音は、レスターの記憶に刻まれた『日輪』のそれを確かに思い起こさせた。
「その力! 負ける訳には、いきません……!」
 フローネ・グラネットもまた同様の想いであったのだろう。
『せめても戦果を持ち帰らなきゃ。ええいっ、モード『豪焼炎河』!』
「大した武装だな、何処で手に入れた――、ッ!」
 スコルはもはや耳すら貸さず、焦土を灼獄と変える『日輪』の猛威はケルベロス達を圧倒する。
 清浄たるその羽音で皆を癒し守って来た灰のウイングキャット、夜朱が炎の餌食となり他の者達も傷深い。だが……。

 一十の炎鎖は天高き日輪には届かずとも陣を敷き仲間を庇う事ならば出来る。
「――百合咲く舞台、修羅を包む華の芳珠……」
 キアリが紡ぐのは『歌詠』の秘術、そのアレンジ版であった。
 戦場はしばし漆黒の空間に包まれその内を無数に舞い散る真白き花弁が仲間達の傷を癒し戦闘力を増幅させてゆく。
 人々が少しでも脅かされずに済む未来めざして羽搏き往くアリシスフェイルの一翔けは、劫火の軌跡描いて日輪すら苛む魔炎に塗れさせた。
 一丸となって攻防癒を支え合うケルベロスとサーヴァント達の挟撃は『日輪』戴くスコルすらも徐々に追い詰めてゆく……。

 決着をつけると言い放った狙撃手リティ・ニクソンに合わせ、アラタ・ユージーンら他の狙撃手達も狙いを定める。
「機械の力を借りても敵わないって?」
 渾身の回転と魔力込めて投じた灰の大鎌が、
「墜ちろ、天から」
 そしてアトリの蹴術動作から撃ち放たれた標的を追尾して逃がさぬ気咬弾が……計4射の一斉砲火の直撃を受けた炎日騎士は致命的損傷の衝撃で地へと叩き落とされる。
『そんな……だがっ!』
 剣を手に、尚も立ち上がろうとするスコルに重力の鎖射ち込んだのは――。
「派手にやれ。奴に――日輪に届くぐらいに」
 レスターの一言に背中押された、フローネの一撃。

「これで全てを終わらせます――さようなら」
『……どう、して……こんな事に…………ハール様!!!』

 悲痛な叫びと共に事切れたスコルと時を同じく『日輪』の機械化装備もまた沈黙した、
 と思われたその瞬間。
 突如激しく噴き上がった紅炎が亡骸もろとも黒赤の装甲を包み込み――凄まじき震動と熱とを振り撒いて爆散し全てが塵へと帰す。
「彼女はハールの騎士として最後まで剣を握り続けた……その報いが、此れか」
 灰の声からは抑えてなお怒りが滲む。

 指揮官撃破に加えて立ち昇った爆炎の衝撃。
 完全に瓦解した『スコル軍残党』の追撃に地獄の番犬達は再び駆け出すのであった。

作者:銀條彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年4月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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