第八王子強襲戦~焦土地帯の死闘

作者:坂本ピエロギ

●出陣
 どことも知れぬ、豪華な宮殿のバルコニー。
 そこで第八王子ホーフンドは、彼が率いるエインヘリアルの大軍勢を見下ろしていた。
 漆黒の女子制服に身を包んだ、ホーフンドの兵士たち。その中には、妻のヘルヴォールや姉のレリが遺していった配下の姿も混じる。
『僕の大切なヘルヴォールを殺したケルベロスを倒しに行くよ!』
 ホーフンドが小声で檄を飛ばすと、兵の間から歓声が沸き立つ。熱狂的なヘルヴォールの配下たちに比べ、それ以外の声はどこかおざなりだったが。
『…… ……』
 大軍勢の熱気に、ホーフンドは小さく身震いする。
 その後ろには秘書官ユウフラと、王子の娘アンガンチュールの姿があった。娘などは母に似て、戦が楽しみで仕方ないらしい。
 戦――そう、この大軍勢は今まさに戦へ向かうところなのだ。
 目指すは東京焦土地帯。デウスエクスとケルベロスが争う激戦地である――。

●ヘリポートにて
「先ほど、東京焦土地帯で新たな動きがありました」
 ムッカ・フェローチェ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0293)はそう告げて、説明を開始した。之武良・しおん(太子流降魔拳士・e41147)の調査によって、ブレイザブリクに新たな王子が派遣される予知が得られたのだ。
 第八王子ホーフンド――。
 大阪で戦死したヘルヴォールの夫でもある彼は現在、大軍を率いてブレイザブリクへ進軍している。焦土地帯のエインヘリアルが受け入れ態勢を整えていることは、死翼騎士団の将から得た巻物の解析と、副島・二郎(不屈の破片・e56537)らの調査によって判明済だ。
「ホーフンドの軍勢には、王女レリやヘルヴォールの残党勢力も加わっており、その戦力は高いことが予想されます。サフィーロの軍勢に合流してしまえば、ブレイザブリクの攻略は極めて困難となるでしょう」
 加えてホーフンドには、ヘルヴォールの仇討ちという目的がある。放置すれば、東京周辺で大虐殺が行われる可能性も否定できない。つまりブレイザブリクへの合流を許す訳には、絶対にいかないのだ。
「今回の戦いでは、君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)さんが立案した強襲作戦に基づいてホーフンド王子の軍勢を奇襲、ホーフンドと彼の軍勢を撤退させることが目標となります。このチャンスは、王子がブレイザブリクに到達するまでの間しかありません」
 ホーフンド王子の軍は、大きく5つの隊によって構成される。
 まずは前衛の両翼を務める2隊。
 これらは右翼がレリの残党、左翼がヘルヴォールの残党で構成される。いずれも士気こそ高いが本隊との連携が不十分で、各個撃破も容易だろう。
 前衛の2隊を壊滅させれば、さらに救援の2隊が本隊から派遣される。
 こちらはホーフンド軍の『斥候隊』『攻撃隊』という兵士たちで構成され、右翼は優秀な指揮官でもある秘書官ユウフラが、左翼はホーフンドの娘であるアンガンチュールが指揮を執っている。
「両部隊をうまく足止めできれば、最後の1隊……ホーフンド王子の隊は孤立して、守備が手薄になります。その隙を突いて、残るチームで王子に一斉襲撃をかけます」
 王子は臆病な性格のため、ケルベロスから襲撃を受けて肉薄されれば、即座に恐怖心にかられることは間違いない。そうなれば配下からの進言を受け、すぐに撤退を開始する。そうなれば作戦は成功だ。
「ホーフンド王子は、『親衛隊』『補給隊』『衛生隊』と呼ばれる兵士たちによって常に身を守られているため、この戦場で彼を撃破する事はまず不可能です。あくまで恐怖を与える事を主眼に置いて行動するようにして下さい」
 王子の軍勢は前衛を除けば士気も低い。うまく立ち回れば余裕をもって撤退に追い込む事が出来るだろう――そう言ってムッカは話を締めくくり、ケルベロスに向き直る。
「皆さんの奮闘を期待します。第八王子ホーフンドの軍勢を退けて……そしてどうか無事で帰って来て下さいね」


参加者
ビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)
葛城・かごめ(幸せの理由・e26055)
ラーヴァ・バケット(地獄入り鎧・e33869)
田津原・マリア(ドクターよ真摯を抱け・e40514)
之武良・しおん(太子流降魔拳士・e41147)
グラニテ・ジョグラール(多彩鮮やかに・e79264)
エレインフィーラ・シュラントッド(翠花白空のサプレション・e79280)
狼炎・ジグ(恨み貪る者・e83604)

■リプレイ

●一
 エインヘリアル勢力が支配する東京焦土地帯。
 その空の下で響き渡るのは、幾重にも折り重なる剣戟だった。
「ふむ。前衛部隊の戦闘が始まったようだな」
「ええ。こちらの本命も、もうじきかと」
 ビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)の呟きに、ラーヴァ・バケット(地獄入り鎧・e33869)が同意を示した。
 隠密気流で気配を隠した彼らは今、本隊右翼の部隊が現れる時を待っている。やや距離を開けて左右両翼に展開した2チームも、いつでも動ける状態だ。
「第八王子ホーフンド……臆病な少年と聞きますが」
 そう言って之武良・しおん(太子流降魔拳士・e41147)は、遠方の敵本隊を眺める。
 ホーフンド本隊を構成する敵兵の数は、およそ一千ほどだ。あの軍団をブレイザブリクに到達させる事は、絶対に阻止せねばならない。
「その為にも、アンガンチュールにはお引き取り願いましょうか」
 そう呟くエレインフィーラ・シュラントッド(翠花白空のサプレション・e79280)の脳裏には、とあるエインヘリアルの顔が浮かぶ。
 三連斬のヘルヴォール。王女レリの下で腕を振るった、勇猛果敢な女戦士。
 彼女の娘こそ、これからエレインフィーラたちが戦う相手だ。
「……きっと、これも運命なのでしょう」
 ヘルヴォールの最期を見届けた者として、この戦いは負けられない。
 隣では、グラニテ・ジョグラール(多彩鮮やかに・e79264)がじっと息を潜めながら、信頼を込めた眼差しをエレインフィーラに向けた。
「勝って帰ろうなー。頑張るぞー!」
「ええ。必ず」
 そうしてエレインフィーラは氷のマスクで顔の左を覆い、グラニテは口を結んで、戦いの準備を終える。二人の横で葛城・かごめ(幸せの理由・e26055)が敵接近を告げたのは、正にその時だった。
「来たようですね」
 かごめが指さす先には、旧レリ軍の救援に向かう本隊右翼部隊が見える。
 両翼のチームが動き出すのを確かめ、敵進路に立ち塞がるビーツーたち。それを察知した敵の兵士達も、次々に攻撃態勢を取り始める。
「……アンガンチュールは、高みの見物ですか」
 敵側の陣形を凝視した田津原・マリア(ドクターよ真摯を抱け・e40514)が、砲撃形態に変形したドラゴニックハンマーを担いで呟く。
 前中後と並ぶ敵隊列のさらに後方で、指揮官たるアンガンチュールは傲慢な視線を此方へ向けていた。雑兵ごとき、自分が出るまでもないという事か。
「上等や。その浅慮、後悔させたりましょう」
「ああ。恐怖を刻み込んでやるぜ、骨の髄までな」
 そう言って凶悪な笑みを浮かべるのは、狼炎・ジグ(恨み貪る者・e83604)。
 故郷を滅ぼした憎き種族を睨み、地獄の炎がパチンと弾けるのを合図に、ケルベロス達は一斉に駆け出していった。

●二
 疾駆するケルベロスを迎えたのは、斥候兵が放つロケット砲弾の嵐だった。
 ロケットランチャーを担ぐ斥候兵と、無骨な金棒を構える攻撃兵。数十を数える兵達が、3チームの番犬達に真っ向から襲い掛かる。
『敵襲だ!』『戦闘開始。排除します』
 降り注ぐ砲弾の向こうから、攻撃兵が隊列を整えて迫る。
 それを食い止めんと、しおんが、かごめが、エレインフィーラが、弾幕から味方を庇って立ち塞がる。負傷した彼女達を援護するのは、ビーツーの避雷針が放つ雷の壁だ。
「回復は任せろ! 行くぞ、ボクス!」
 相棒の箱竜は力強い羽ばたきで応じると、ロケット弾を浴びたしおんを属性インストールで回復していく。
 マリアは中衛の斥候兵に轟竜砲を発射。炸裂する砲弾の向こう、アンガンチュールは未だ出て来る気配はない。
「まずは、お姫様を引っ張り出さなあかんね。小競り合いで焦らしましょうか」
「下手に激戦に持ち込んで『死んでも退かない!』……とか言われても困りますからね」
 ラーヴァは飄々とした口調で、燃え盛るファイアーボールを中衛に放つ。
「さて。どこまで辛抱できるか見ものでございますね、指揮官殿?」
 妨害を繰り返して相手の心を削る、何と愉快な戦いか。ラーヴァは炎上する敵兵を眺め、愉快そうに地獄炎を揺らした。
 彼らが相対する隊列は妨害役と盾役、そして回復役がほぼ均等に並んでいる。攻撃役が少ないのは、見せ場を欲する指揮官の意向だろうか。
 そんな敵に対し、ケルベロスは妨害役の斥候兵を優先的に排除していく。
 グラニテがエアシューズで戦場を駆け、摩擦熱を帯びた蹴りで1体を撃破。続けてジグが降魔真拳を振るい、殴りつけた敵の生命力を啜り取る。
 余力を残し、じりじりと敵陣を押し返し始めるケルベロス達。
 エレインフィーラは反撃で飛んできた金棒のスイングを受け止めると、攻撃してきた敵兵を真正面から睨みつける。
「あまり甘く見ないで下さい」
 ここで倒れる訳にはいかない。目の前の敵を通す訳にはいかない。彼女達の両翼には、肩を並べる仲間がいるのだから。
 細い体に熱き闘魂を宿す女性ウェアライダー。勝気な笑みを浮かべる銀髪レプリカント。
 同じ戦場で盾として戦う者達の顔を思い浮かべ、蒼い長髪の毛先から生じた混沌水で傷を塞ぎながら、エレインフィーラは凛と告げた。
「私達はケルベロス。弱き者から奪う存在など、決して許しません」
 ライドキャリバー『イース』のスピンで転倒した斥候兵に、かごめがドラゴンサンダーを浴びせ、動きを封じながら頷く。
「私達を、力でねじ伏せられると思わない事です」
 戦場に高らかに響く、かごめの声。
 敵陣後方で怒りの気が立ち昇るのを、その場の全員が感じ取る。
「これで2体撃破です。頃合ですね」
 しおんは負傷した斥候兵を旋刃脚で葬ると、仲間や両翼の部隊と共に後退を開始した。
 肩透かしをくったように攻撃をやめる敵部隊。その後方で何やら喚く『指揮官』の大声を聞きながら、ラーヴァは確かな手応えを確信する。
「効いておりますねえ、これは」
「ああ。もう少しで行けそうだ」
 態勢を整える敵兵を油断なく警戒しながら、ビーツーは負傷した味方を癒していった。
 程なくして態勢を整えた両軍は、戦いを再開する。
 小突き合うように交戦し、程なくして後退。そうして態勢を整え、また小競り合う。
 決定的な機もなく無為に過ぎる時間。それから数分が経過した頃、ついに――。
『何を手こずっているの、あんな奴らに!』
 兵を突き飛ばすようにして、アンガンチュールが最前列へ飛び出してきた。

●三
『さあ覚悟なさい。叩き潰してやるわ!』
 指揮官たる自分が飛び出せば、ケルベロスは恐れおののくはず――。
 そんな期待に胸を躍らせ、得物の鉄槌を構えるアンガンチュールをよそに、ケルベロスはなおも淡々と戦いを続けていた。
 マリアなどは、ああ指揮官さんねと一瞥を投げたきり、
「はいはい、後で相手したりますよ」
 そう言ってドラゴンの幻影で斥候兵を焼き捨てている。
 グラニテに至っては目すらも合わせず、麻痺で倒れた斥候兵に、パイルバンカーの一撃を撃ち込んでいた。
(「なんだか、ごめんなー」)
 凍てつくパイルに心臓を貫かれ、絶命する斥候兵。
 詫びの言葉を胸に秘め、淡々と敵を処理するグラニテの振舞いは、アンガンチュールの心をさらに逆撫でした。
 自分が、あんな雑兵以下の存在だというのか――。
『もういいわ! 力ずくで相手させてやる!!』
 鉄槌を振り被り、グラニテに飛び掛かるアンガンチュール。
 仇討ちの決意と、戦いに焦がれて振り下ろした一撃は、しかしエレインフィーラに容易く止められた。
「……残念です、アンガンチュール」
 混沌の水で鉄槌の重圧を解除しながら、エレインフィーラは失望の溜息を漏らす。
 疲れきった兵を放置する愚も、救援を忘れて自分の戦いに熱中する愚も、ヘルヴォールは決して冒さなかったはずだ。
 ケルベロスの左右両翼は今、敵部隊を挟むようにじわじわと距離を詰めている。恐らくはその事すら、この娘は気づいていないだろう。
「あなたは、彼女とは程遠い……」
『ブツブツうるさいわね、潰れなさい!』
「ほらほら指揮官殿、矢が当たってしまいますよ?」
 眉を吊り上げるアンガンチュールへ、ラーヴァは『ラーヴァ・ルミナンス』の矢を番えてみせると、あえて注意を引くように声をあげた。
 刹那、攻撃兵の1体が鈍い足取りで立ち上がり、アンガンチュールをラーヴァの金属矢から庇って倒れる。士気は低くとも、その忠誠は揺るぎないようだ。
「おお、健気な兵だ。指揮官殿には勿体ない程でございますねえ」
「――私はこの中では一番の若輩者、そんな私でも分かります」
 薙刀を構えたしおんは、太陽を背にした跳躍から攻撃兵を斬り伏せ、アンガンチュールへ切先を向ける。
「アンガンチュールさん。あなたは戦力差を見誤りました」
『戦力差が何よ? 私と父様とサフィーロがいれば、残らず叩き潰してやるわ!』
「サフィーロがいれば……ですか」
 負けじと言い返す赤毛の少女に、武器を収めたかごめは静かに語り掛けを始める。そんな彼女の身を守るのは、盾役を務めるしおん達だ。
 ガードを抜けた攻撃の傷は、ビーツーがすぐさま回復した。
 マリアとラーヴァの弾幕を突破した敵兵は、グラニテとジグが斬り捨てた。
 かごめを守って戦い続けるケルベロスの動きには、一切の隙も無駄も無い。
「アンガンチュール。私達は、あなたの部隊に完璧な待ち伏せを仕掛ける事ができました。それもブレイザブリクの防衛圏内でです。その理由がわかりますか?」
『……何が言いたいの?』
 簡単な事ですよ、とかごめは微笑む。
「あなたは先程、サフィーロ王子がと仰いましたね。ではなぜ彼は、磨羯宮から救援を寄越さないのでしょう? なぜ一向にその気配がないのでしょう? 不思議ですね」
『え? ……そ、それは……』
 恐らくは、予想外の問いだったのだろう。
 赤毛の少女は一瞬だけ言い淀むも、すぐに胸を張って言い返す。
『少数部隊で潜入するくらい、不可能じゃないでしょ! いい気になるんじゃないわよ!』
 その声が微かに震えるのをケルベロスは聞き逃さない。恐らくはかごめが仄めかす情報をアンガンチュールは察したのだろう。
 すなわち――。
 サフィーロ王子が裏切っている、という情報を。
(「よし。もう一息だな」)
 前衛にオウガ粒子を散布しながら、ビーツーはそう結論付けた。
 防衛圏の只中で待ち伏せを受けただけでも、裏切りの状況証拠としては十分。戦場の駆け引きも知らない少女の戦意は、今や風前の灯火だ。
(「あと一押し。なにか材料があれば……む?」)
 そんなビーツーの視界に飛び込んで来たのは、戦場の外から駆けて来る敵の姿。
 旧レリ軍の指揮官、氷月のハティであった。

●四
「敵、ですか。加勢に来た訳ではなさそうですね」
 薙刀で敵を牽制しながら、しおんが呟く。
 前衛にいるはずの指揮官が、供回りも連れずに現れた。しかもケルベロスを攻撃せずに、アンガンチュールとの合流を優先した。
 それの意味するところを察し、ラーヴァの兜から地獄炎がこぼれる。
「少し見物といきましょうか。……これは面白いものが見られそうだ」
 左右両翼の仲間たちも、同じ事を考えたらしい。迎撃を受けずに通されたハティを見て、アンガンチュールは問いかけた。
『ハティ? 前衛の部隊はどうしたの!?』
『……壊滅しました。ケルベロスの襲撃を受けて……』
 ハティの報告に、アンガンチュールは声を荒らげ問いかける。
『壊滅ですって? あれだけの戦力が、どうして!?』
『ケルベロスが、予想を超える大部隊で襲ってきたのです。私は運よく退却できましたが、指揮官スコルと騎士団の兵達は……もう……』
『嘘……嘘でしょ……』
 呆然と呟くアンガンチュールの心を恐怖が駆け巡った。
 自分達を待ち伏せて足止めし、その隙に前衛部隊を壊滅させる?
 そんな規模の大部隊が、偶然で忍び込めるはずがない。
 事前に情報を掴み、綿密な準備がなければ、到底できる事ではない。
『ま、まさかサフィーロが……!』
 信じられなかった。だが、信じざるを得なかった。
 サフィーロの裏切り。前衛部隊の壊滅。狭まるケルベロスの包囲網――。
 狼狽するアンガンチュールと兵士達に向かって、元諜報型ダモクレスのかごめはとどめの一言を投げつける。
「あなたのお父上が合流すれば良し。死ねば王位継承者が脱落し、配下も手に入る。自分の手は汚さず、どちらに転んでも損はしない――お分かりですか、アンガンチュール」
 傲慢な少女の心を折る、その一言を。
「あなた達は謀られたのです。サフィーロ王子に」
『あ……ああ……ああああ……!』
 蒼白な顔で慄くアンガンチュール。
 恐怖にかられた彼女には、かごめのブラフも、ハティの報告が己の失態を隠すために誇張されたものである事も、何ひとつ見抜けない。
 一方それまで戦っていたケルベロスの陣営からは、次々に歓声が上がり始める。
「本隊が予定通り到着したようですね!」
「ならば、娘の首を手土産に王子の元まで攻め上がるとするか……!」
 両翼のケルベロスが、包囲の距離を詰めていく。
 そうこうする間にもまた1体、グラニテが月白絵具の幻影で描く『月白の夢』で供回りの兵士を葬り去った。無言で淡々と兵を狩る姿に怯えたように、震える足で一歩、また一歩とアンガンチュールは後ずさる。
「さて。死ぬ頃合ですか、指揮官さん?」
「殺しに来るんなら、殺される覚悟も出来てるよな? ほら来いよ!」
 そこへ更に追い打ちをかけるのはマリアとジグ。
 こうして3チームの刃が、アンガンチュールへ一斉に突きつけられる。
 孤立無援の四面楚歌……生まれて初めて味わう恐怖に、幼い指揮官はついに折れた。
『て、撤退よ! 急いでブレイザブリクから離脱するのよ!』
 アンガンチュールは涙声でそう告げると、ハティと兵士を連れて一目散に逃げていく。
 こうしてケルベロス達は、掴み取った勝利に快哉を上げるのだった。

●五
「どうやら、戦況は上々のようだな」
 ビーツーは味方の回復を終えると、アンガンチュールの逃げ去った方角を眺めた。
 そこに見えるのはケルベロスの強襲を受けて、ブレイザブリクに背を向けて撤退していくホーフンド王子の本隊。何とか最悪の事態は避けられたようだ。
「作戦成功ですね。お疲れ様でした」
「んっ。無事でよかったなー!」
 エレインフィーラの周りを、いつもの調子でうろちょろ走るグラニテ。好奇心に満ちた目が映すのは、いまだ戦いの続く焦土地帯だ。
「みんなー、もう少し頑張らないかー?」
「おお、追撃戦でございますか。良いですねえ、心が躍ります」
 戦場には、まだ戦闘中の味方がいるはず。ラーヴァと仲間達は次なる戦場を求め、すぐに戦いの支度を進めていった。

 東京焦土地帯で起こった、ひとつの戦い。
 その結果が、ブレイザブリクを巡る情勢を動かした事を彼らが知るのは、ほんの少し先の事である――。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年4月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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