彼方の朔

作者:四季乃

●Accident
 はらり、ひらり。
 天から降りしきる桜の花びらを捕まえようと、ネフェライラが金色の装飾を揺らしながら前足で宙を掻いている。木製のガーデンベンチに浅く腰を掛けたシャーリィン・ウィスタリア(千夜のアルジャンナ・e02576)は、望月の双眸をやわらに細めて、口元に淡い微笑を湛えていた。
 春、宵も過ぎた刻限。
 街から人々の気配が徐々に薄れつつある、夜のさなか。
 シャーリィンは導かれるようにしてこの地に足を踏み入れた。馴染みがある訳ではない。関心を抱いていた訳でもない。けれど気が付くと満開の桜が雲のように果てへと連なるこの地へと来ていた。
 穢れなぞ知らぬような美しくも艶やかで、蠱惑的な桜の木。
 見上げていれば胸の内が細く爪で引っ掛かれるような痛みを覚える気がして、幽かな吐息が漏れ落ちる。
「ネフェライラ、こちらへいらっしゃい」
 そろそろ帰りましょう。
 此処は、あまりにも綺麗すぎる。
 伸ばした指先がネフェライラの前足に触れようとした、その時。さくりと残骸を踏み鳴らす足音が、一つ。動揺も驚愕も見せず、視線のみを真横へ滑らせたシャーリィンは、夜風に黒衣を翻す一人の男を、見た。
 頭から生えた双つの角、金刺繍が夜の明かりを眩く照り返す上質な衣装、そして――乾いた狂気を孕ませ滲ませた正視。
「あっ……」
 思わず。
 思わず声が出た。それが呼び水となり、男は双眸をしならせると真っ直ぐにシャーリィンとの距離を詰める。鼻先をくすぐる香の匂いに血が混じる。瞬きの音が聞こえそうなほど近くに顔を寄せた彼は、吐息で笑った。
「ずいぶんと、良い貌をするじゃないか」
 瞬間、脳裏によぎった記憶を振り払うように、シャーリィンは指先に力を込めた。

●Caution
「シャーリィン・ウィスタリアさんがデウスエクスの襲撃を受けることが予知されました」
 一刻も早い救援が必要なためか、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は聊か端的に、そう告げた。デウスエクスの襲撃、つまりそれは宿敵との邂逅を意味している。
「シャーリィンさんと連絡をつけることが出来ない今、皆さんが頼りです」

 宿敵は絶えし砂漠の月、と云う。種族は死神で、若い男性の姿をしているそうだ。シャーリィンと死神の関係は未だ判っていない。しかし風貌や身に着けた衣類からはどうも同じ国の匂いがするという。
「今ここで考えていても仕方ありませんね……きっと、彼女たちだけが知る何かがあるのでしょう。まずは救出を第一に、皆さんには行動してもらいたいのです」
 所有している武器は曲刀のナイフ。これは恐らく惨殺ナイフと似たものと見てよさそうだ。あとは死神特有のグラビティを使用してくる可能性があるので、武器一辺倒ではないことを考慮してほしい。
「現場は桜の木が連なる河原です。ちょうど土手となっている場所ではありますが、接触があったのは土手の上、川を臨める並木道の方ですね」
 柵などがないため、戦闘の激しさによっては土手を転がり落ちる、などということも十分にあり得そうだ。それを利用して敵の動きを鈍らせる、ということも可能かもしれない。
 敵の策略によって周囲に人の姿はない。こちらが割り込めばあとはシャーリィンと合流して敵を叩くだけ。
「皆さん、くれぐれもシャーリィンさんのこと、お願いいたしますね」
 固く握りしめたセリカの指先は、真っ白になっていた。その白さにシャーリィンの白皙を思い出し――ちいさく頭を振る。そうしてケルベロスたちはそれぞれの想いを胸に、ヘリオンに向かって歩き出した。


参加者
メリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)
ロナ・レグニス(微睡む宝石姫・e00513)
シャーリィン・ウィスタリア(千夜のアルジャンナ・e02576)
ゼノア・クロイツェル(死噛ミノ尻尾・e04597)
瀬戸口・灰(忘れじの・e04992)
レンカ・ブライトナー(黒き森のウェネーフィカ・e09465)
ニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)
月岡・ユア(皓月・e33389)

■リプレイ


 月が微笑うたび、眼裏で在りし日の記憶が蘇る。這う熱が、忍ぶ痛みが、嬲られた心が。
「お父さまだけが、たったひとりの繋がりだと思っていたのに」
 言葉にしてしまえば、決壊は容易いものだった。シャーリィン・ウィスタリア(千夜のアルジャンナ・e02576)は「どうして」掠れた吐息を漏らす。
 卑怯者の叔父の嘘。
 あの時じぶんを傷付けたのは――だれ?
 縊られたように呻き声を上げたネフェライラに我に返る。ほそい頸を掴む指先を見て、弾かれるように男の腕に爪を立てた。
「やめて……!」
 懇願とも悲鳴とも付かぬ声は赤を呼ぶ。引き裂いた肉から血が滲むのを見て、男は笑ったようだった。自分を助けたばかりにネフェライラが傷付けられるのは嫌だった。曲刀を抜き、奔る痛みに脚が竦む。
 一族の運命から救われたいと。
 夜明けを願ってしまって。
「……ごめんなさい」
 幼子のように泣き声を漏らす嗚咽が、破顔を呼んだ。
「壊れてしまえばずっと楽だ。ねぇ?」
 そうだろう?
 誰に宛てた言葉か知りたくない。ネフェライラを抱きしめて蹲る、その頭上。近付いてくる気配。”夜”が覆いかぶさってくる。

 固く瞑っていても、月の光は眩しかった。それは白く、怖いくらい美しい光。
「ぐ、ぅ……」
 短く呻いた男の呼気に気付き、瞠目したシャーリィンが顔を上げると、刀剣に付着した血液を振り払い、こちらに背を向けて立つレンカ・ブライトナー(黒き森のウェネーフィカ・e09465)を見た。
「顔がイイ男の死神には嫌な記憶しかねーんだよ」
 レンカは寄せた眉に不快を示す。
「キミのカオ。綺麗だけれど、グズグズの腐った香りがするよ。どれだけの血を流してきたんだい?」
 得物を薙げば映りこむは悪霊の陰。冥府より出る南瓜頭の影から姿を現したニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)。切裂く鬼火に驚愕を見せる月に対し、厭きれが浮かぶ。
「どんな因縁か知らないけれど、好んで女の子を傷つける時点で紳士ではないね。ボクのお友達を苦しめる罪、償って貰おうじゃない」
 ね、マルコ?
 腰に括りつけたくまのぬいぐるみが、大きく揺れた。瞬間、ニュニルの背後から飛び上がってきた影、ひとつ。星を引き連れた一閃が腹を薙ぐ。星辰を宿したalqamar al'ahmarが傷付けた存在を見止めて、ゼノア・クロイツェル(死噛ミノ尻尾・e04597)は確信した。
「……成程。”棘”とは、お前か」
 数え切れぬ日々を過ごしてきた。仔細を聞かずとも深海よりも深いやわらかなところに刺さった棘が侵食していることを、もう随分と長いこと察していた。彼女を未だ縛る影、相まみえたこの夜を僥倖として。
「……逃しはしない。この夜、終わらせてやる」
 月岡・ユア(皓月・e33389)とメリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)が引き上げる幽けし曇った煌めきを、また輝かせるために。
「僕と同じ月の君? 此処からは僕らとお相手願おう」
「後ろは支えててやる、気にせずやれ!」
 近付けさせまいと月光斬を放ち少しでも距離を稼ぐユアの傍ら、傷付いたふたりに刷り込むように、光輝くオウガ粒子を放出する瀬戸口・灰(忘れじの・e04992)が鼓舞すれば、それまで息を潜めて好機を狙っていたロナ・レグニス(微睡む宝石姫・e00513)が流星のごとく現れた。背を向けた土手方面より、完全な無防備を突かれたことにより月の上体が傾ぐ。
 メリルディは即座にスターサンクチュアリの守護を後衛に向けて、クロノワと夜朱は二匹係りで清浄なる羽ばたきを起こす。矢庭に曲刀が翻った。だがその剣先をユエがポルターガイストで阻害に臨めば、生まれた一瞬の隙を突くようにネフェライラのブレスが吹き荒れる。
 手で顔を覆い、数歩よろけた男にニヤリとした笑みを見せたレンカ。敵に休む暇を与えるはずもなく。
「アポ無しで現れるよーなイケてねー男には、さっさとご退場願わねーとな」
 いま撃てる最大火力のペトリフィケイションが総身を打ち崩す。
 形勢逆転。
 置かれた立場を解する男の横顔を見て、ロナは日本刀・白雪ノ巫女を強く握りしめた。
(「わたしをたすけてくれたときも、シャーリィン、くるしそうだった。すごくつらそうだった……そういう、ことだったんだ」)
 狂気に侵された父親に、殺されかけた。あの時の彼女を思い出すと、きゅうっと胸が絞られるように痛くて、痛くて。
「あなたがおじさんか、おとうさんかはもうわからない。でも、おやでもやってはいけないことだってある。シャーリィンをこれいじょう、きずつけないで……!」
 なんだか自分まで泣きたくなって、ロナは昏い夜を切り開くように、冴え冴えとした斬撃を放つ。月光斬を曲刀で受け止めたその背後、飛び掛かったゼノアが不可視の虚無球体を背面に叩き込むと、ユアの蹴りが男の横っ面を弾き飛ばした。寸前で躱せなかったのは、ユエからなる金縛りのせいと分かり、寄越される視線に鋭いものが孕んでいる。
「シャーリィンは大切な僕の夜の揺り籠。僕が……月が輝ける居場所」
 ひとしく訪れる夜明けに恋焦がれるなんて真似、もうさせない。
 指一本触れさせない。頑なな気概を放つユアに、微かな微笑を浮かべた男は、己の周囲に揺蕩う砂の魚を一瞥する。掌で踊る曲刀は濡れた血を照り返し、ちょこまかと飛び回るクロノワの身体を削ぎ落す。すっと双眸を細めたニュニルは、けれど決して慌てず声を荒げることもなく。
「そんな鈍らに倒れる程、生憎ボクらはやわではないよ」
 氷結の螺旋を叩き込んだ。砂魚が牙を剥く。
 腹に寄越された衝撃で目を眇める男が、シャーリィンではなくゼノアやユアを視線で追いかけるのを見やり、メリルディはすかさず最も負傷した味方を探し、喰霊刀・槿花の魂うつしにて回復に入る。
 そんな皆の姿を、なにより傷付く姿を見て動揺を隠せないシャーリィンは、無意識に腹に手を当てていた。疼く傷は今でも痛み、己の惨めさを夜毎、突き付ける。
「仲間の危機に駆け付けない理由なんてない。苦しくて立ち止まっても駄目なんて思わない」
 静かさに満ちた声だった。
 持ち上げた視線の先。やさしい眼差しで振り返るメリルディの言葉が、砂に染み込む水のように浸透する。
「隠さずにいてくれることを嬉しく思うよ。決着つけて新しい一歩、みんなと一緒に踏み出したいね」
 癒しを受けたクロノワの代わりに、率先して前に出る夜朱がキャットリングで殴打する。まるで仕返しとばかりに跳ね返った刃が複雑に肉を断つのを見て、灰はその痛ましさに眉根を寄せつつも、己の役割に徹し、乱さない。展開された黒鎖が守護の魔法陣をえがく。
「こんなに桜も綺麗に咲いたのに、血生臭くちゃ台無しだぜ」
 敢えてそんな風に、笑って見せた。
 仲間を助ける。
 結末を見届ける。
 ただ、それだけの簡単な目標。けれど、気を抜けない戦いに、うっすらと汗ばむ熱を感じている。因縁の結末は彼女自身が選ぶべきだ。自分たちはそれを手助け出来たらいい。
(「あれがシャーリィンにとって近しい誰かってことくらいしか知らなくとも、彼女が持っている絆を奪おうとするのならそんなことはさせないさ」)
 オウガ粒子を迸らせる灰の心は決して揺れない。
「俺の目の前では誰も、誰一人だって、失わせない」
 風を呼び起こすクロノワに励まされるように、ネフェライラが飛んでいく。傷付いた仲間を、シャーリィンを癒そうと願っているのはネフェライラも同じこと。祈りのような癒しが広がってゆくのを見届けて、シャーリィンは唇を引き結ぶ。
(「こんなわたくしに”居てもいい場所”をくれる。大切な人たちやネフェライラが…わたくしを……明けない夜から連れ出そうとしてくれる」)
 この身が脆くても、穢れていてもいいと。
 ならば。
 自分は。
 ぐ、と爪先に力を込めた。踏み出す脚は震えども、もう惑わない。蹴り込まれたオーラを腹部に受けて、数歩よろけた男が滲ませる笑みに”かつて”を見ても、交互に繰り返す狂喜と嫉妬の気配に張り裂けそうな痛みを憶えても。
「ここに居るから」
「だいじょうぶ」
 メリルディとロナの言葉が寄り添って、息の仕方を思い出す。
「わたしはぜったい、まけないから。シャーリィンのやりたいこと、かなえたい」
 ロナは駆け出した。曲刀の切っ先を突き付け微笑う男を真っ直ぐと見据え、吹いた風に煽られた桜木から花びらの雨が降る、そのただ中を駆けて、振り払われた刃を掻い潜り下から顎を、蹴り上げる。パンッと小気味良い音が夜のしじまに響いた。瞬時に大きな踏み込みで一気に間合いを詰めたゼノアが、しなやかな動きで飛び上がる。
 親しい者たちが沢山いる。だからこそ安心して預けられた。己の背中も、彼女も、全部。だったら自分が出来ることは、もう決まっている。
 振り上げた拳は固く、ただ敵を粉砕する。その一心で振り抜かれた獣撃拳。細腕に似合わぬ破壊力を伴った一発に、さしもの男の躯体も吹き飛んだ。曲刀で地面を突いて、衝撃で転がる身体をギリギリ留める。わずか一歩でも遅ければ土手を転がり落ちていただろう。そんな距離。
「キヒヒ。安心していいのか?」
 レンカが笑うが早いか、月が背後から闇に抱かれる。頸だけで振り返った先にあるのは黒、ただ一色。己の侵食するニュニルの影の弾丸に飲まれるように身を貫かれた男は、膝を突いた。拍子に、手から得物が零れ落ちる。
 しかしその隙を突かせまいと空中を漂う砂魚が、死へと誘う呪いの旋律を奏でるユアに食らいついた。けれど彼女の表情に痛みは浮かばない。死の力を歌に乗せ、聴き手の魂を蝕む死魂曲。
「ねぇ? 砂漠の月。夜の世界に瞬く彼女の月の姿を教えてあげる。君が夜を冒すなら、月光が刃になると知れ」
 それは心の闇に直接触れ、魂に死と絶望を流し込んでいく悪魔の唄。
「くそっ……不愉快だっ」
 かき混ぜられる二つの意識。どちらがどちらなのか、思う己は誰なのか。迷いを振り払うように薙がれた刃が、肉を断つ。ポルターガイストで敵の死角を狙っていたユエの前を、ちいさきものが吹き飛んでいった。夜朱だ。
 けれど、その進行を防ぐよう、前に出たクロノワが今度は自分が受け止める姿勢で臨むのを見、ならば次は己がと身を呈すユアにネフェライラがすかさずヒールを付与。灰の光盾も加われば守りは固く、敵がばら撒くものなど、何も怖くない。連携の取れた動きで、前衛後衛それぞれに耐性の付与を施せば、メリルディから齎される癒しは敵から受けた一撃を帳消し出来るほど、活力に満ちている。
 絶望で狂気を満たすのは心地良い。唯一を奪い壊すのは心地良い。
「大切にすればするほど――失うのが怖くなるだけなのに、ね」
 いっそ手放しなよ。
 それは果たしてどちらの言だったのか。
 皆まで言わせなかったのは、天上の月よりも眩い光だった。幼子のように蹲ったシャーリィンを飲み込もうとした、あの夜を裂いた光。
「魔女は他人の過去に基本興味ねーんだぜ。だが共に闘ったり飯を食ったりした奴を見捨てるほど、薄情でもねーのさ」
 ヒュン、と空を切って返す刀が鼻先に突き付けられる。斬撃を受け片膝を突いた男は、こちらを睥睨するレンカをゆるりと見上げ、双眸を細くした。その背後で飛び上がった夜朱とクロノワが二匹同時に、くるりと身を翻す。回転した勢いに乗せて寄越される二つのリング。刀身で受け止めようと持ち上げた曲刀、その腕を。
「わたくしは……貴方”達”とは……違えます。一族の穢れた血を背負いながら」
 それでも。
「……生きたい…っ……!」
 シャーリィンは、素手で引き裂いた。
 痛みに呻く暇もなくリングが脳を揺らす。前屈みになることで曝け出されたうなじを狙い、ニュニルが螺旋掌を突き立てると、跳ね上がった上体にユアの飛び蹴りが命中した。続けざまシャーリィンは美しき花を、夜を喰荒すように、葩喰――追撃を。
 肩口から身を投げ出すように倒れ込んだ月の瞳に怒気が宿る。彼は片手を突いて跳ね起きると、ニュニルとロナの間をすり抜け、シャーリィンただ一人に向かい、駆ける。
 一心不乱。
 そんな気配の横顔に危険を察した灰が、すかさず光盾を飛ばして彼女の守りに入ると、左右から飛び出したユアと夜朱、クロノワが壁になる。途端、死の怖気を感じ、皮膚が粟立つものを覚えたシャーリィンは、震えた喉の奥でちいさく、呻いた。
 直感した。
 これが最期。彼の――彼らの。

 敵を食い止めようと彼女の前に足を踏み出したゼノアは、
 たすけて。
 袖を引かれ振り返る。
「おねがい」
 震え、傷だらけの手を伸ばしゼノアに縋るシャーリィンに息を呑む。それから指先を握りしめたゼノアは「いいんだな」小さく、問いかけた。二人の仕草を目にして、唇を引き結んだロナは、
「聖なる果実は地に堕ちる。神の槍も血に濡れる。―あなたに暗い喰らい紅を、魅せてあげる」
 吸血槍”堕天神槍”を呼び起こす。
 無数に分裂するそれは曲刀を振り上げ、忘れるはずの記憶を呼び覚まそうとする男の躯体を幾重にも貫いた。それでも月は止まらない。レンカは自分の髪に魔力をこめ、蔓のように伸ばして男の腕を絡めとると、自分の元へ引き寄せる。
「この『話』のフィナーレを飾るのは、お前にしか出来ねー大役だぜ? まぁ、でも――」
 逸らした視線その先で。
「こんなEpilogがあっても、いいよな」
 咲いた紅がひとつ、ふたつ。
 花筵を穢し、反転した世界に動揺が走る。
「なぜ……僕は、いつも……なぜ私は……満たされない…なぜ……」
 ゼノアに縦横無尽に捌かれた腹から止めどなく血が溢れる。見送られる死魂曲に故郷は見えず、欲したものに触れられもせぬまま果てるのか。
「夜は眠るものよ」
 メリルディの呟きに夜を見る。眠りに落ちるその先に、楽園が無いことくらい知っていた。遠のく視界に見えるのは、望月の――。


「安心しろ……もう大丈夫……大丈夫だ」
「……泣いてもいい。今は君の心のままの姿でいて。傍にいるから」
 往復する掌の熱が少しでも伝わればいい。ゼノアとユアはおまじないみたいに言葉を繰り返し、やさしく慰める。
 彼女を救うゼノアの姿を見て、なんだか誇らしく、けれど温かい気持ちで見守っていたニュニルの傍らに、メリルディと灰、レンカが並ぶ。言葉を交わさずとも労いの視線のみで伝わる心に安堵を浮かべ、頷きあう。
 みんなで一緒に帰るため、みんなで一緒に夜を歩くため。密やかに、静かに見守り続けた。

 みんなも、わたしもいる。
 みんなでいっしょにかえろ。
「おねえちゃん」
 だいすき。
 ずっといっしょ。
 血の繋がりが無くても家族になれる。苦しんでるシャーリィンを全力で救いたいロナの想いに、シャーリィンの眦から雫がひとつ、溢れて落ちた。

 同じ夜は来ない。
 それはきっと、祈りに似ていた。

作者:四季乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年4月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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