サマー・ブリザード

作者:森高兼

 北海道の函館市郊外で復活した全長十メートルの『ドラゴン』が、出現場所の建造物を崩壊させながら耳をつんざくような咆哮を上げた。巨躯に見合った立派な翼を持っているものの、復活直後で弱体化しているゆえに飛び立てない。
 力が足りなければ取り戻すのみと、瓦礫を振り払って街の中心部を目指し始める。
 巨大なドラゴンは爪や尻尾を振るって建物を破壊し、逃げ惑う人々には氷の息を浴びせていった。
 屋内に留まれば圧死する可能性が高く、一縷の望みに賭ける人々。だが屋外へと出ることによって、凍死した者たちが真夏の街中に溢れ返っていく。
 力が回復して飛び去るまで、函館の街が廃墟と化すまで……ドラゴンの蹂躙は続くのだった。

「みんな、集まってくれてありがとうございます。大変なことが予知されました!」
 笹島・ねむはヘリオライダーとして話を進めるべく、早速本題に入ってきた。
「大戦末期にオラトリオによって封印されたドラゴンが、北海道の函館市で復活するみたいです。復活したばかりのドラゴンはグラビティ・チェインの不足で飛べません。でも、もっと人口が多い中心部に向かって、街を壊しながら移動していきます!」
 ドラゴンの目的は、人間の虐殺によるグラビティ・チェインの補給だろう。
「街のみんなを殺して飛ぶ力を取り戻したら、ドラゴンは廃墟になった函館を飛び去るのです。そんなことにならないように、弱体化しているドラゴンを倒してきてください!」
 一生懸命に身振り手振りを交えて、ねむがドラゴンの攻撃方法を説明してくる。
「現れるドラゴンは一体です! ドラゴンの鋭い爪に貫かれたら、防御を崩されます! 尻尾を振り回されると、近くのみんなが薙ぎ払われます! 氷の息は離れていても届いて、みんなを巻き込むのです!」
 巨躯を活かした力技に加え、強力なブレスも吐いてくる。弱っていてもドラゴンに変わりなく、油断すればたちまち屠られてしまう。
「街のみんなには避難してもらいます。壊された建物もヒールで直せますから、ドラゴンを倒すことに集中してくださいね!」
 建物が多少破壊されても構わないのならば、ドラゴンの進行方向にあるビルなどに登り、飛び乗って攻撃を仕かける作戦も可能だ。
 ケルベロスたちと一緒に話を聞いていた同行者、綾小路・千影が少し間を空けながらも声を上げてくる。
「函館の皆さんを、絶対に守りましょう!」
 本当は人見知りのようだが、皆と同様に事の重大性を理解しているのだろう。
 予知がなければ市民に多大な犠牲が出ていた。だが最悪の事態を覆すことのできる者たちが、今ここに集結しているのだ。
 己が役目を果たすため……皆が動き出す。


参加者
ガルディアン・ガーラウル(ドラゴンガンマン・e00800)
天壌院・シエル(トリスアギオン・e00920)
ラーナ・ユイロトス(ドラゴニアンのウィッチドクター・e02112)
紅・桜牙(紅修羅と蒼影機・e02338)
霧月・緋翆(魔導司書・e02350)
六条・深々見(喪失アポトーシス・e02781)
如月・シノブ(地球人の鎧装騎兵・e02809)
田中・笑子(黄昏の魔女フレイヤ・e05265)

■リプレイ

●番犬、集う
 時は来た。
 ドラゴンが復活し、咆哮を轟かせて窓を激しく震わせてくる。グラビティ・チェインに飢え、建物を破壊しながら移動を開始したようだ。ドラゴンにとって建造物は路傍の石も同然なのだろう。
 ケルベロスたちは出現場所から近いビルの付近で待機していた。支援に来てくれた三人も後方に控えている。
 騒がしくなった方向を見据え、田中・笑子(黄昏の魔女フレイヤ・e05265)と天壌院・シエル(トリスアギオン・e00920)がぼやく。
「トカゲ風情がきゃんきゃん吠えるではないか」
「ふん、ロクでもないドラゴンね。くだらない虐殺なんて真似はさせないわ」
 建物の被害は戦端が開かれてからも完全に防ぐことができないはずだが、避難勧告は出されているから人的被害については大丈夫だ。
 紅・桜牙(紅修羅と蒼影機・e02338)はドラゴンを戦い甲斐がありそうな獲物と見なしていた。もっとも、強敵に油断するつもりはない。
「飛ばれたら厄介だし、さっさと片付けられたらいいんだがな」
 引き籠りライフに早く戻りたくて、六条・深々見(喪失アポトーシス・e02781)が本音を漏らす。
「さっさと終わらせて帰って寝るー……」
 その憂鬱は深々見の力となるため、ある意味では彼女のやる気と言えるかもしれない。
 霧月・緋翆(魔導司書・e02350)は綾小路・千影(地球人の巫術士・en0024)と顔を見合わせた。内気同士の彼女に親近感を覚えていて、年下ながらも同い年のように接してみる。
「えーと……千影。がんばりましょうね」
「はいっ、がんばりましょう!」
 とっても肩に力が入っている千影に、一層親近感が湧いた。
 そんな二人を見つめながら、ラーナ・ユイロトス(ドラゴニアンのウィッチドクター・e02112)が呟く。
「無事に終わったら、折角だから何か食べたいですね」
 街の被害を抑えて討伐することができれば、函館の名産はいつでも味わえるだろう。
 ケルベロスたちは迎撃に備え、二つの班に分かれた。五人の地上班と四人の飛び乗り班がそれぞれの配置についていく。
 やがて予知通りの経路を辿ってきたドラゴンは、その巨躯をケルベロスたちに晒した。
 地上にて、緋翆が魔導書を開く。
「来ましたね。ここで大人しくしてください……!」
「弱い一般人の相手だけ出来ると思ったの? わたし達が遊んであげるわ」
 シエルは刺すような視線で睨みつけ、ドラゴンに言い放った。
 建物を突っ切ってきたドラゴンを見やり、如月・シノブ(地球人の鎧装騎兵・e02809)が共に屋上へと上がった仲間たちに合図を送る。
「さてと、早く終わらせて全員で帰るぞ?」
「行くであるか! 止まりたまえ暴れん坊、これ以上の悪さはさせんであるよ!」
 ガルディアン・ガーラウル(ドラゴンガンマン・e00800)は巨大なドラゴンによく響きそうな大声を出した。大柄な竜派のドラゴニアンであり、似た外見の敵による暴挙は見過ごせないと思っていたのだ。
 弱者を食い物にしようとしたドラゴンの姿勢が心底気に食わず、人派のドラゴニアンの笑子も闘争心を滾らせていた。
「我が誇りで貴様の腐れた心を焼き尽くしてくれるわ!」
「飛べないまま、終わりなさい」
 主に援護するのが役目のラーナが、最後にビル屋上から飛ぶ。
 直後、ケルベロスたちに尻尾を振るってくるドラゴン。その一撃で……四人が飛び去った無人のビルを崩壊させた。

●強襲
 ドラゴンの進撃によって崩れた建物からは粉塵が上がっていた。だが風で戦場の外に流されており、戦いに影響することはないだろう。
 一斉発射してドラゴンの注意を引くため、シエルはアームドフォートの主砲の照準を合わせる。
「クソッタレなドラゴンね。吹っ飛ばしてあげる」
 悪態をついてから、ドラゴンの顔面を砲撃してやった。
 緋翆が足元を中心に、半径三メートルほどの青いルーン文字が刻まれた魔方陣を展開させる。周囲に発生した霧が、徐々に球状の形態となっていった。
「原始の泉フウェルゲルミルが湧く大地、霧と氷と闇の世界……ニブルヘイム!」
 霧の塊が浮上してドラゴンに接触すると氷に変わり、腹部を凍てつかせていく。
 ドラゴンの右腕に着地したシノブは、ほぼ同時に手を乗せた。
「挨拶代わりだ、とっとけ」
 掌には螺旋の力が籠められており、ドラゴンの右腕に内部よりダメージを与える。ラーナに攻撃力を高めてもらい、場所を移した。
 笑子がボクスドラゴン『きゅーちゃん』に指示する。
「きゅーちゃんは離れて戦うのだ!」
 素直に後退するきゅーちゃんを見送り、ドラゴンの右肩まで駆け上がった。ドラゴンに見せつけるように、跳躍して大きく翼を広げる。
「何故、貴様が今飛べぬか分かるか? 貴様には誇りが無いのだ。圧倒的に誇りが足りん。誇り無き者が空を飛べるワケがなかろう! 地に縛られそのまま朽ち果てるがよい!」
 古代語の詠唱で魔法の光を構築し、眼前のドラゴンに光線を撃ち込んだ。
 他のグラビティは躱したドラゴンが、最後に氷の息をもって相殺してくる。ブレスの射程は長く、今度は攻撃のためにケルベロスたちへと吐いてきた。爪や尻尾が届かない場所にいる者たちに、身体の芯まで凍えてしまいそうな吹雪が降り注ぐ。
 皆の盾になる自分や仲間の警護をさせようと、桜牙はドローンの群れを操った。
 竜の幻影でドラゴンを炎に包み込んだガルディアンが、高らかに宣言する。
「いざという時は、庇ってみせるであるよ!」
 攻撃を全てくらいわけにはいかないが、庇えるかどうかはその時次第だ。庇えずに一々気を落とすような性格ではなく、何より、仲間たちは簡単に屈しないと信じている。
 杖の先端に雷を集め、ラーナが電気ショックの準備を整えた。ガルディアンの生命力を賦活させて、一言述べておく。
「無理だけはしないでくださいね」
「肝に銘じておくである!」
 千影が一時召還した『御業』でドラゴンに攻撃を仕かけ、クラムが深々見の気力を刺激させた。
 相変わらず、気だるげな深々見。もちろん、サボったりはしない。
「あー、もう……迷惑なドラゴン……」
 ドラゴンにはいくら負荷をかけても足りないくらいだ。足元に接近し、捕食モードに変形させたブラックスライムを食らいつかせる。
 桜牙のビハインド『レインディ』はドラゴンの強靭な爪から、彼を庇った。
 まだまだレインディは平気そうで、桜牙が攻撃を優先して腰右側の試作大砲を展開させる。
「レインディ! サポート頼むぜ」
 正直、射撃は下手な方だ。それでもレインディがいれば、アームドフォートを単なる飾りにさせることはない。
「一発喰らってろ! ワイバーンキャノン、ファイア!」
 掛け声と共に撃ち出された魔力弾は、追尾機能によって軌道修正しながらドラゴンに被弾した。

●拮抗
 ドラゴンに飛び乗ってから一挙手一投足に神経を尖らせ、四人は振り落とされまいと動き続けていた。背中に回り込めば氷の息以外はくらわずに済むだろうか。
 攻撃に転じたラーナが、ドラゴンの背中に地獄の炎弾を撃った。生命力を喰らう際、あえて問いかけてみる。
「奪われるご気分は?」
 怒号するかのごとく、ドラゴンが函館の街に咆哮を響き渡らせた。だが行動は至って冷静で、シノブを爪の標的にしてくる。彼が攻撃に専念する役割の上、強化も施されているからだろう。
「させんである!」
「おっと、助かったぜ」
 躊躇なくシノブの前に飛び出し、ガルディアンは彼を庇った。ラズからのヒールもあり、後は回復手の効果的なヒールに期待してよさそうだ。
 ラーナが溜めたオーラを放ち、ガルディアンに踏ん張ってもらおうと彼を蝕む異常の一部を払拭する。
「調子はいかがですか?」
「大分楽になったである!」
 体を軽くしてもらったところで、ガルディアンがドラゴンの死角を探り、戦闘態勢を整えた。
 再びドローンを操った桜牙は、周囲の物品に目を向けてみた。
 桜牙と意思疎通して、物品に念を籠めていくレインディ。仲間たちに当てないように気をつけて操作しながら、ドラゴンに色々な物品をぶつけた。
「みんなの氷を何とかしてみますね」
 体に氷が張っていて体力を奪われた仲間たちを援護するべく、緋翆は高濃度な薬液の雨を降らせた。
「ドローンにはできねえ事だから、ありがたいな」
 内気ながらも精一杯サポートしようとする緋翆の頑張りは、ちゃんと桜牙たちに伝わっている。
 多勢のケルベロスたちを一体で相手取るドラゴン。その耐久力は凄まじい。直接傷を負わせるのも一苦労であり、様々な効果を付与して最初に比べればマシとて、なお攻撃は苛烈だ。
 きゅーちゃんは自身の属性をシノブに注入して、彼の異常耐性を向上させた。
 健気なきゅーちゃんを褒めていた笑子が、皆に警戒を促す。
「トカゲめの尻尾が来るぞ!」
「そっちは飛べないんだったわね? 地を這うトカゲってとこかしら」
 軽く翼を動かして後退しながら、シエルは氷結の螺旋を放出させた。渦巻く氷の力で、ドラゴンの体表の一部を凍らせる。
 シノブが高速演算の末にドラゴンの構造的弱点を把握した。どうやら、脆い鱗が所々に存在するらしい。
「……見抜いたぞ」
 俊敏に立ち回り、痛烈な一撃によって弱点を砕くことに成功する。
「そっ、そこですか!」
 弱点が露見し、千影が『御業』の炎弾を、悠仁が地獄の炎弾を放った。
 ドラゴンの動きは十分鈍ってきており、深々見がドラゴンとの距離を詰める。『収束デプレシオン』にて憂鬱の力を圧縮させた右手で触れて、ぼそり。
「このまま全部、なくなればいいのに」
 明日を望まない意識の力が感染したドラゴンの細胞は、自己崩壊を起こし始めた。深々見が触れた一定範囲だが、確実に死滅の一途を辿らせていく……。

●番犬の凱旋
 ケルベロスとドラゴンの戦いは佳境に入っているだろう。
 桜牙が手の爪を超硬化した。ドラゴンに呪的防御はかかっていないが、格闘術こそ彼の得意分野だ。レインディが金縛りにさせているドラゴンへと肉迫していく。
「やっぱり、シンプルなのが一番だな。おらよ!」
 最高の一撃を、シノブが発見した弱点に叩き込んでやった。 
 深々見の憂鬱はこれっぽっちも発散されていない。だが見切られそうな攻撃なんて、ただ疲れるだけ。
「あー……だっるい……」
 とりあえず、明日から本気出すと信じた心を乗せ、収束デプレシオンと同威力を誇る一撃を繰り出した。
 氷のブレスを使うドラゴンに対し、誇り高きドラゴニアンの笑子がきゅーちゃんを傍に呼んで告げる。
「誇り持つ竜の力、その目にとくと焼き付けよ!」
 誇り高きドラゴニアンと、その彼女と心を通わせたサーヴァントによる炎のブレスが炸裂した。
 シノブが螺旋力を帯びさせた手裏剣を投げる。
「確実に勝たせてもらうぜ」
 螺旋の軌道を描いた手裏剣は、ドラゴンの喉元に傷をつけた。
 皆のグラビティをくらいながらも大きく息を吸い込んでいたドラゴン。最後の抵抗として誰か一人でも、ケルベロスたちを氷漬けにしてやろうという魂胆のようだ。タフで短時間に倒されることなく、常に最前線でケルベロスたちに氷雪吹きつけてくる。
 すでに様々な負荷のかかっていたドラゴンに……望み通りの威力を出すことはできなかった。
 勝機は見えたが、桜牙とレインディが深手を負わされている。
 ラーナが電撃の力で桜牙をヒールした。レインディは彼自身が回復させたようだ。
「一気に仕留めてしまいましょう」
 禁断の断章を詠唱してシエルの脳細胞を賦活させた緋翆に、彼女の冷たい態度が返ってくる。
「……ふん」
(「もしかして……?」)
 緋翆自身が目つきの鋭さで悩んでいるがゆえ、シエルの態度には本音が隠されているのではないか……と、そんな気がしてきた。
 皆がドラゴンに畳みかけていき、千影もエネルギー体の光る猫の群れを一時召還する。
 ガルディアンは絶妙な銃撃ポイントを巡っており、手頃な『筒状の何か』がある地点で立ち止まった。
「とりあえずぶっ放すであるよ!」
 グラビティの力によって、ドラゴンに『筒状の何か』から散弾のようなものを浴びせていく。
 最期が近いのか、ドラゴンが呻き声を上げてきた。
 ガトリングガンを構えたシエルが、遠くから緋翆を一瞥する。
「…………ふん」
 素直に礼は言えなかった。だが緋翆の力添えを、無駄にはしたくない。しっかりとドラゴンに狙いを定め、トリガーを引く。
 魔力の込められた弾丸が命中する度に爆炎を巻き起こし、ドラゴンはついに仰向けで倒れ込んだ。
 ドラゴンの亡骸は消滅しないのだと判断できてから、シノブたちが勝利を確信する。
「お疲れ様だぜ」
「ふう……お疲れ様、千影。なんとかなりましたね」
 ようやく肩の力を抜いた千影は、緋翆への返事に頷いてきた。 
 ラーナがふと一つの疑問を口にする。
「ドラゴンとか建物とか、片付けていった方が良いのでしょうか」
 ……これからどうするにせよ、ケルベロスたちは後処理に来る者たちが来る前に、ひとまず呼吸を整えておくのだった。

作者:森高兼 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年9月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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