竹が行く

作者:土師三良

●分隊のビジョン
 ビルの横の細い路地から一人の兵士が飛び出した。
 夕日が差す歩道を横切り、街路樹の陰に身を潜め、顔だけを出して周囲を見回す。
 顔の上部に穿たれた二つの虚ろな穴で。
 そう、その兵士は人間ではなかった。
 軍装を纏った人型の攻性植物だ。
 視線なき視線を何巡かさせると、兵士は路地に向けてハンドサインを送った。
 即座に新たな攻性植物の兵士が出てきた。
 一人、また一人。
 最後の兵士――八人目が出てくると同時に最初の兵士はまた走り出し、今度は車道を横切って、反対側の街路樹の陰に身を潜めた。
 周囲に一般人の姿がないのは、ここが大阪場を中心とするデウスエクス占領区域の近辺だからだ。
 八人の兵士の歩みは遅々たるものではあるが、一般人のいる非占領区域にいずれ到達するだろう。
 ケルベロスに阻まれない限り。

●イマジネイターかく語りき
「長城化させられていたグランドロンを解放することはできたものの、大阪城にはまだデウスエクス連合軍が居座っています」
 ヘリポートの一角に並ぶケルベロスたちの前でヘリオライダーのイマジネイター・リコレクションが語っていた。
「連合の一派である攻性植物たちは半竹半人の兵士による侵略作戦を懲りずに続けているようです。その兵士たちの分隊の動きを予知することができました。分隊の人員は八人。現在、デウスエクスの非占領区域を襲撃すべく、緩衝地帯を移動中です」
 分隊の移動速度はさして速くない。ケルベロスを警戒し、隠密行動を取りつつ、慎重に索敵しながら前進しているからだ。
 となれば――、
「――君たちもまた隠密行動を取りつつ、より慎重に索敵しなくてはいけません。先に敵を発見し、奇襲をしかけるために。幸いなことに緩衝地帯は無人の市街地。遮蔽物は無数にあります。それらを利用すれば、移動も戦闘も有利になるはずです。もっとも、敵も利用するでしょうが……」
 なんにせよ、先制攻撃を仕掛けた側が圧倒的有利になることは間違いない。
「分隊の面々は大きく離れて行動することはありませんし、兵士一人の戦闘力はケルベロス一人のそれよりも少しばかり上です。よって、ケルベロス側も離れて行動するのは望ましくありません。また、敵は戦闘の際も慎重に動くと思われます。守りを重視したフォーメーションを組み、『どんなに時間がかかろうと、最終的に勝てばいい』というスタンスで戦うでしょう。まあ、敵がどんな手を使おうと――」
 口許を微かに綻ばせて、イマジネイターはケルベロスたちを見回した。
「――最終的に勝つのはキミたち。ボクはそう信じていますけどね」


参加者
シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)
シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)
パトリシア・シランス(紅蓮地獄・e10443)
深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)
除・神月(猛拳・e16846)
キリクライシャ・セサンゴート(林檎割人形・e20513)
折平・茜(モノクロームと葡萄の境界・e25654)
ディミック・イルヴァ(グランドロンのブラックウィザード・e85736)

■リプレイ

●パトリシア・シランス(紅蓮地獄・e10443)
 大阪城周辺の緩衝地帯の一角――夕日に染まったゴーストタウンを私たちは歩いていた。足音を忍ばせ、四方に注意を払い、敵の姿を求めて。
 こういう感じの任務は久しぶりだわ。軍属時代を思い出すわね。
 軍属時代と違うのは、チームメイトがすべてケルベロスだということ。
 先頭を行くのはルティエ。銀狼の人派ウェアライダー。『隠密気流』を使用中だから、姿がちょっと見え難い……と、思ったら、本当に見えなくなった。今までは表通りの歩道の隅を歩いてたんだけど、裏通りに入ったみたい。
『暫くは裏路地を進みます』
 私の前にいたシアが振り返り、ルティエの意図を伝えてきた。肩に軽く手を置き、『接触テレパス』を使って。
 私は黙って頷き、後ろの仲間たちに『ついてきて』とハンドサインを送りつつ、シアに続いて裏路地に入った。
 ビルとビルに挟まれた、狭くて薄暗い道。
 両側の壁のそこかしこには――、
『狂月病抑制薬あります』
『快楽エネルギー無料提供(女子限定)』
『完全合法 絶対安全 アイズフォン高速化手術』
 ――うさんくさいチラシが貼られている。
 どのチラシも黄ばんでボロボロの状態。間違いなく違法であるそれらが剥がされることなく残っていることで、そして、爆殖核爆砕戦以降に定命化した新種族向けのチラシがないことで、私は改めて実感(痛感かも?)した。大阪城が占領された日から、どれだけ長い時間が経っているのか……。
 あ、そうそう。新種族といえば、殿にいるディミックはグランドロンなのよね。
 ちょっと振り返って、彼の様子を見てみた。種族特有の大きな体(身長は二メートル半くらいある)を狭い裏路地で縮めるようにしている様はちょっと可愛いかも。でも、その大きくも可愛い姿は目立たないはず。ルティエと同様、『隠密気流』を使っているから。
 前に向き直るとほぼ同時に、そのルティエが立ち止まり、片手を上げた。先遣隊からの合図を受け取ったみたい。
 私たちも立ち止まった。
 そして、人派ドラゴニアンのシィカが翼を広げ、静かに舞い上がった。

●シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)
 パイプやダクト(無人地帯になって久しいので、どれも蔓に巻かれたり、苔にまみれたりしてるデス)が走るビルの側面に沿ってボクは垂直に飛び、屋上の縁の辺りで停止したデス。
 ルティエさんに合図を送ったであろう先遣隊の一人――オラトリオのキリクライシャさんが見えたデスよ。色違いの二対の翼をはためかせて滞空しながら、向かいのビルの三階の突き出し看板(『うえむらローン』と記されているデス)に隠れて、狙撃用のスコープを覗いているデス。
 地上にいる先遣隊員も見えましたデス。路上駐車された軽トラの陰に身を潜めている……柴犬サイズのパンダ! 可愛いデース! もちろん、本物のパンダじゃないデス。その正体は、ウェアライダーの力で動物変身した神月さんなのデス。
 神月さんはちっちゃな手に鏡を持っているデス。どこかの車から引きちぎったサイドミラーデスね。それを使って、死角を見ているのデスね。
 あ? 神月さんが鏡を持ってないほうの手を動かしまたしたデス。
 キリクライシャさんも同じようなジェスチャーをして、またもやルティエさんに合図を送りましたデス。
 それを受けてルティエさんが頷くと、彼女の後ろにいた面々――オラトリオのシアさん、サキュバスのパトリシアさん、人型ウェアライダーの茜さん、おっきな体のディミックさんが、散開を始めたデス。更に狭い路地に入ったり、さっきまで歩いていた表通りまで戻ったりして。
 そして、待つこと暫し。神月さんが鏡を使って見ていたであろう裏路地の入り口から、『竹人間』とでも呼ぶべき奇妙な姿の兵隊さんが現れましたデス。

●折平・茜(モノクロームと葡萄の境界・e25654)
 裏路地は迷路のように入り組んでいましたが、わたしたちは難なく散開することができました。『わたしたち』といっても、散開して他の人は視界に入らない状況なので、予想でしかないのですが……でも、うまくいっているはず。シアさんやパトリシアさんや神月さんやキリクライシャさんはこの一帯の地図を事前にチェックして地形を把握済みですし、ディミックさんも常に地図を手にして移動していましたから。
 表通りに面した位置に到着。そこで息を潜めていると、向かいのビルの陰から敵が姿を現しました。
 穴のような目鼻がついた竹の兵士。
 彼(たぶん、『彼女』ではないでしょう)は歩道を駆け、電話ボックス(まだあったんですね)の横で身を屈めました。電話ボックスはガラス張りですが、何枚ものチラシが張ってあることと夕日が差す角度が良い具合になっていることで、身を隠しやすくなっています。
 もっとも、そこに至るまでの姿を視認されていては無意味ですが。
 わたしたちに見られていることも知らず、竹の兵士は後方に合図を送りました。
 すると、二人目の兵士が走り出てきました。その兵士が電話ボックスにたどり着くと同時に一人目が走り出し、後方から三人目が走り出て、二人目が電話ボックスから走り出し、後方から四人目が……というようなことが繰り返された結果、竹の兵士たちは一列になって表通りを横切る形になりました。
 もちろん、その間も彼らは周囲に警戒の目を向けています。
 でも、その目は文字通り節穴だったようですね。

●除・神月(猛拳・e16846)
 六人目の竿竹野郎が出てきタ。他の奴らよりもデブチンで、胸や腰に爆竹みたいなもんの束を下げてやがル。
 イマジネイターの予知等から鑑みたところ、このデブチンこそが敵の要。
 となれば、やることは一ツ!
 ……ってな心の叫びに反応したわけでもないだろうけど、ドカーンと景気のいい音が轟いタ。
『うえむらローン』の看板に隠れていたキリクライシャが轟竜砲をぶっ放したんダ。
 直撃を受けて、デブチンはよろめいタ。
 半ば爆煙に隠されたその姿に一つの影が突っ込んでいク。
「一般人の居住区には行かせない。土地も! 命も! これ以上――」
 影の正体はルティエ。
「――おまえたちに奪われてなるものか!」
 強烈な獣撃拳を顔面に食らい、デブチンがダウン。
 他の連中が応戦しようとしたが、遅い、遅ぉーイ! ルティエはデブチンを殴りつけた勢いのまま走り過ぎてるし、別のケルベロスたちも動き出したからナ!
「レッツ、ロックンロール! ケルベロスライブ、スタートデス!」
『別のケルベロス』の一人であるところのシィカが空中でギターを掻き鳴らしながら、殺人ウイルスのカプセルを発射した。アスファルトに倒れたまんまのデブチンに命中。デブい体がビクリと震えタ。その回数は二度。なぜなら、二発目のカプセルが撃ち込まれたかラ。撃ったのはシアだゼ。
 銃を持った竿竹野郎(五番目に裏路地から出てきた奴ダ)が慌ててデブチンに駆け寄り、襟首を引っ張って後退を始めタ。声が出せるなら、『メディーック!』って叫んでるかもナ。
 まあ、声が出なくても、メディックは来てくれるサ。
 ただし、ケルベロス側のメディック――このあたしだけどナ!

●キリクライシャ・セサンゴート(林檎割人形・e20513)
 軽トラックの傍から無数の紙吹雪が噴き上がった。
 神月さんが動物変身を解いて、紙兵を散布したのね。
 紙兵が雪のように舞い散る中を紅の影が疾走した。パトリシアさんのライドキャリバー。
 そして、パトリシアさん自身も物陰から飛び出した。
「その調子で頼んだわよ、相棒」
 ガトリング掃射で敵を牽制してくれているライドキャリバーに声をかけつつ、パトリシアさんは太った兵士(まだ仲間に引きずられてる)に肉迫し、すれ違いざまに旋刃脚を抉り込んだ。踏みつけるようにして。
 槍や小銃を持った兵士たちは盾役なんだろうけども、状況に対応できず、この時点では誰一人として太った兵士を庇えていない。奇襲は大成功。こちらが一手先んじることができたわ。
 どうせなら、二手にしてやろう……と、更なる攻撃を加えようとした時、神々しい光が私を照らし上げた。
 その光を地上から発しているのはイルヴァさん。機械の体の背中に阿頼耶識を具現化してる。護法覚醒陣を使って、破剣の力を与えてくれたのね。
「……ありがとう」
 イルヴァさんにお礼を言って、私は『うえむらローン』の看板の裏から急降下。
 地面に降りるまでの間に三つのことが起こった。まず、太った兵士が爆竹を体からむしり取り、放り投げた。次に、太った兵士と彼を引きずっていた兵士が炎に包まれた。シィカさんのドラゴンブレス。そして、投げられた爆竹が破裂して、薄い煙を発生させた。
 煙は意思あるもののように動いて、槍を持った竹の兵士たちの体にからみついていく。なんらかのエンチャントの効果があるんでしょうね。
 ……でも、無駄よ。

●シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)
 三対の翼(二対は生来のもので、もう一対は護法覚醒陣で生じた光の翼です)を有したキリクライシャ様が急降下し、ブラックスライムを解き放ちました。
 黒い液体が敵陣に食らいつき、エンチャントをブレイクしていきます。
 その横を青い光線が通過しました。ルティエ様がフロストレーザーを撃ち出したのです。白銀の銃身に藍色の装飾が施された美しいバスターライフルから。
 光線の先にいたのはあの太めの兵士だったのですが、残念ながら、命中しませでんした。槍の兵士の一人が射線に割り込み、盾となったのです。
 もっとも、次の瞬間には――、
「がーう!」
 ――ボクスドラゴンの紅蓮がブレスを吐き出し、太めの兵士を灰に変えてしまいましたが。
「いちばん厄介な敵を排除することができましたね。とはいえ、気を抜くわけにはいきませんが……」
 得意げな顔をしている紅蓮の頭を軽く撫でて、ルティエ様が言いました。
「うむ」
 と、頷いたのはディミック様。
「まだ七人も残っているからね」
 その七人が槍や銃を反撃で加えてきました。
 私も幾許かのダメージを被りましたが、戦いに支障はありません。神月様が豪雨のごときヒール系グラビティ(メディカルレインとは別物のようです)を用いて癒してくれましたから。
 それにディミック様も再び護法覚醒陣を発動してくれました。
 これで私にも翼が増えましたわ。

●ディミック・イルヴァ(グランドロンのブラックウィザード・e85736)
 この巨体を少しでも目立たなくするため、あちこちに艶消しを施して、市街に放置してある古い車のような感じを醸し出してみたんだけど……なんだか死にかけてるみたいで、どうにも落ち着かないというかおっかないね(私たちグランドロンはまだ死というものに慣れてないんだ)。
 でも、幸いにして私はまだ死んでいないし、死にかけてもいない。これも頼れる仲間のおかげ。
 一方、敵は既に三体が死んでいる。あちらも仲間には恵まれているようだし、連携も得意なんだろうが、最初の奇襲が効いたみたいだ。
「どう考えても劣勢なのに――」
 茜君が、銃を持った兵士を降魔真拳で攻め立てた。
「――撤退するつもりはないみたいですね」
「意地でも突破するつもりなんじゃない? 占領区域を広げるためにね」
 パトリシア君の降魔真拳も炸裂。
 兵士は負けじと銃を連射した。爆竹めいた銃声が鳴り響き、前衛陣の何人かが傷ついた。『何人か』であり、全員じゃない。盾役が奮闘しているからね。
「……頑張って、リオン」
 盾役の一人であるテレビウム(本当の名前はヴァーミリオンらしい)をキリクライシャ君が静かに励まし、ちっとも静かじゃない轟竜砲を発射した。
 満身創痍の兵士がそれを避けれるはずもない。真正面から食らい、後方のビルまで吹き飛ばされ、『一本信金』と記されたガラス張りの壁を突き破り、無人の屋内に消えた。
「パトリシア様が仰った通り、『意地でも突破』なさるおつもりなのかもしれませんね。でも――」
 残された敵たちにシア君が迫った。その背ではためているのは二対の翼(一対は私が付与したんだ)。その腰に差されているのは日本刀。
「――これ以上、進ませはしませんよ」
 野花の意匠が施された鞘から白刃が抜き放たれ、複数の敵を一度に薙いだ。流れる水を思わせる動きで。

●深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)
 横走りしながら、銃を連射する竹の兵士。
 それと平行して疾走するライドキャリバー。ガトリングの銃口が進行方向に向いているため、側面から銃弾を浴びせてくる兵士に反撃できない状態です。
 それでも、彼もしくは彼女はしっかりと己の役割を果たしていると言えるでしょう。
 そう、盾としての役割を。
「ホント、最高の相棒だわ!」
 疾走する盾――ライドキャリバーの反対側からシランスさんが飛び出しました。身を屈めて併走していたのです。
 兵士に銃の向きを変える隙を与えることなく、一瞬にして間合いを詰め、放った技は旋刃脚。
「とどめは任せるわ」
 胸板を抉り抜いた爪先を素早く抜き、赤い髪を翻して反転したところに――、
「……はい」
 ――キリクライシャさんが飛び込み、スターゲイザーを兵士に見舞いました。
「……あと二人」
 呟きを漏らすキリクライシャさんの目の前で兵士がゆっくりと頽れました。
「いや、一・三人といったところかな」
 イルヴァさんが訂正し、残された二人の兵士のうちの一人めがけて阿頼耶光を放ちました。
「七割がた死んでいるからね」
「残りの三割にも死んでいただきましょう」
 シアさんが踏み込み、日本刀を一閃。
 兵士は槍を水平にして掲げ、斬撃を受け止めようとしましたが、あっさりと両断されました。槍もろとも。
 最後の一人――リーダー各らしき兵士は既に猛攻を受けていました。
 茜さんにボルトストライクで殴られ、紅蓮にブレスを浴びせられ、バーミリオンに凶器で叩かれ、そして――、
「こんな良い身体してんダ。ちょっと味見させてもらうゼ!」
 ――神月さんに獣撃拳を見舞われた挙げ句、噛みつかれています。いえ、貪り食われています。パンダ(のウェアライダー)が竹(の攻性植物)を食べている光景はごく自然なものと言えなくもないですが……ちょっと正視に耐えないですね。
 でも、シィカさんは歓声をあげています。
「さすが、神月さん! ロックデース!」
 どのあたりが『ロック』なのか尋ねるのは別の機会に譲りましょう。
 神月さんに噛みつかれてもがいている兵士に私は近付き――、
「冥府の海で待っていろ。いずれ私たちが送りつけるであろう貴様たちの親玉をな」
 ――地獄の炎を乗せた惨殺ナイフでとどめを刺しました。

 ここは緩衝地帯。
 でも、私たちの戦いは何物にも『緩衝』されませんでした。
 全力で敵にぶつかり、そして、全力で潰すことができました。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年3月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。