●宿縁のビジョン
「これくらいの気温がちょうどいいかな」
海辺の小高い丘の上。ガジュマルの老木の傍で独白の声が闇に溶け消えた。
「暖冬とかなんとか言われてるけど、本州のほうはまだまだ寒いし……」
声を発したのは比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)。イリオモテヤマネコの人型ウェアライダーだ。
寄せては返す波の音が響く中、爪を押し当てた痕のような細い弧線状の月をただじっと見上げて、『なにもしない』という贅沢を十数分ほど満喫した後、アガサは立ち上がった。さすがに退屈になったのである。
(「そういえば、あっちの砂浜でオトーリの真似事してから、もう三年近く経つんだっけ」)
思い出にふけりながら、尻尾についた砂を払い落としていると、草を踏む静かな足音が聞こえてきた。
アガサはそちらに目をやり――、
「……!?」
――身を強張らせた。
丘を登ってくる足音の主。それはダモクレスだった。一応は人型だが、胴体も四肢も異様なまでに細長く、逆さにしたピッチフォークの歯のようなシルエットをしている。それでいて、脆弱には見えない。むしろ、威圧的な印象を受ける。金属ばかりで構成されているにもかかわらず、足音以外の音を立てていないのも不気味だ。
しかし、なによりも不気味なのは、卵形の頭部に赤く灯った一対の丸い双眸。頼りない星明かりの下でアガサがダレモクスの姿を視認することができたのも、その目から放たれている鈍い光のおかげだった。
「ヤナ……ムン……」
赤い目を睨みつけて、アガサは呟いた。呻くように。同時に、吐き捨てるように。同時に、吼えるように。
「ターゲット、発見。データとの差異が認められるが――」
ダモクレスが初めて言葉を発した。
「――それは経年による変化のためと思われる」
初めて金属音も発した。片手を顔の横にもたげ、刃の如き五指を端から順に閉じ、端から順に開き、また閉じ、また開いて……。
おそらく、相手を怯ませるため、意図的に音を出しているのだろう。
しかし、アガサは怯まなかった。
怯む余裕がないほどに様々な感情が心の中で渦巻いているからだ。怒り、悲しみ、寂しさ、悔しさ……そして、喜び。仇敵と出会えた喜び。どこか狂気を含んだ喜び。
「なんか、気持ちの整理が追っつかないけど……まぁ、いっか」
アガサの目が光った。
ダモクレスの赤いそれに勝るとも劣らぬ凶悪な光。
「あんたをブチ壊してから、整理するよ」
●音々子かく語りき
「皆さん、準備はいいですね! では、しゅっぱーつ!」
ヘリポートに集まってきたケルベロスたちの前にヘリオライダーの根占・音々子が現れて、いきなり大声を張り上げた。
「あ? すいません。ちょっと慌てちゃって、なにがあったのか話すのを忘れてましたー」
皆が呆然としていることに気付くと、音々子は任務の解説を始めた。
「沖縄の離島で骨休めしていた比嘉・アガサちゃんがデウスエクスに襲撃される――そんな事件を予知しちゃったんですよー。アガサちゃんに危機を伝えたいのですが、連絡がつきません。でも、今からヘリオンで出発すれば、戦闘が始まる前に件の離島に到着するはずでーす!」
アガサの前に現れるデウスエクスは人型のダモクレス。正式名称は不明だが、なんからの因縁があるらしきアガサは『ヤナムン』と呼んでいる。『悪霊』の類を意味する沖縄の言葉だ。
「そのヤナムンとかいう輩は相手を威圧して威嚇してビビらせたがる傾向があるようです。だからといって、残虐非道なサディストってわけじゃないみたいですね」
ヤナムン自身は命を奪うことにも恐怖を与えることにも喜びを見出してはいない。殺害対象を威圧するのは、ただ通常よりも多くのグラビティ・チェインを得るため。ダモクレスらしいロジカルな思考の持ち主と言えよう。ある意味、悪意の赴くままに行動する者よりも邪悪かもしれないが。
「まあ、どんな奴であろうが、アガサちゃんに危害を及ぼすのであれば、放っておくわけにはいきません! 皆さん、準備はいいですね! では、しゅっぱーつ!」
と、改めて宣言し、音々子はヘリオンに向かって歩き始めた。
参加者 | |
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奏真・一十(無風徒行・e03433) |
新条・あかり(点灯夫・e04291) |
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753) |
イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770) |
アラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331) |
七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685) |
比嘉・アガサ(のらねこ・e16711) |
副島・二郎(不屈の破片・e56537) |
●叫べ、心
痩身のダモクレス――ヤナムンと対峙する比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)。
彼女の視界では二つの光景が二重写しになっていた。
目の前の光景と、十年前に見た光景。
ヤナムンが立っているという点はどちらも同じだが、十年前のほうはもっと明るかった。
ヤナムンの後方で家屋が燃えていたから。
それはアガサが両親とともに暮らしていた家。
両親とともに焼け落ちた家。
「なんか、気持ちの整理が追っつかないけど――」
過去の光景が消え、視界が正常に戻った。
「――まぁ、いっか。あんたをブチ壊してから、整理するよ」
「うん。整理整頓には良い夜だからね」
頭上から声が聞こえたかと思うと、その声の主がアガサの傍に降り立った。
シャドウエルフの新条・あかり(点灯夫・e04291)だ。
そして、一人、また一人……次々にケルベロスたちがアガサの周囲に姿を現した。言うまでもなく、ハイパーステルスモードで空を行くヘリオンから降下してきたのである。
全員が揃ったところであかりが言った。
「少しばかり、お手伝いをさせてね」
「ありがと」
ヤナムンを見据えたまま、感謝の言葉を告げるアガサ。
その横で奏真・一十(無風徒行・e03433)が頑丈そうな旅行鞄を肩に担ぎ上げた。
「礼には及ばない。僕もこのダモクレスには早いところ姿を消してほしいのだ」
いや、肩に触れた頃にはそれはもう鞄ではなくなっていた。
轟竜砲に変形したのだ。
「離島の夜に不釣り合いであるからな!」
砲弾が撃ち出され、ヤナムンに命中。その姿を爆煙が覆い隠した……が、半秒も経たないうちに『離島の夜に不釣り合い』な存在はまた現れた。爆煙を突き破るように跳躍して。
「貴様たちを任務の障害と認め――」
着地と同時に足下で無数の火花が散り、電光が波の形を取って、地面を走った。
「――ターゲットもろとも排除する」
電光の波は、ケルベロスの前衛陣にぶつかり、ダメージと状態異常を与えて砕け散った。
「そう簡単に『排除』することなどできませんよ」
前衛の一人であるイッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)がダメージをものともせずに言い放った。
ヤナムンのほうを見ているが、それはアガサに向けて投げられた言葉でもある。ドワーフの『戦言葉』を応用した『窮言葉(キワミコトバ)』。傷を癒し、命中率を上昇させるグラビティだ。
「あのヤナムンとかいうのはアガサさんのことを『ターゲット』呼ばわりしてるけど――」
ライオンラビットの人型ウェアライダーである七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)が剣型のガネーシャパズルを展開し、光の蝶を生み出した。
「――なにか因縁みたいなのがあるの?」
「あいつは……両親の仇」
言葉少なに答えるアガサの肩に蝶が触れ、命中率を更に上昇させた。
「両親の仇」
と、復唱したのはアラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)。元ダモクレスのレプリカントだ。
「アラタには親がいないから、アガサと同じ気持ちを本当の意味で理解することはできないと思う」
アラタは愛用のドラゴニックハンマーを砲撃形態に変えた。
「だけど、アガサの力になりたい気持ちは揺らがないぞ! 優しくてカッコいいアガサを尊敬する気持ちもな!」
本日二発目の竜砲弾が炸裂し、爆煙がヤナムンの姿を再び覆い隠した。
それが晴れると同時にアガサが飛び込んだ。エアシューズを履いた足を槍のように伸ばして。
しかし、その蹴りをヤナムンは紙一重で回避した。
「あれからもう十年だ」
地面にスターゲイザーの刻印を打ち込む形でアガサは着地した。
「ずっと、あたしを追っていたのか? 殺すためだけに? ストーカー振りに恐れ入るよ」
「私が追い続けたのではなく――」
嘲りを含んだ言葉をヤナムンは無表情で受け止めた。いや、もとより表情を作る機能など有していないのだろうが。
「――貴様が逃げ続けたのだ。あの時、貴様が逃げ出さなかったら、十年もの時間を無駄に費やすことはなかった」
「黙りなよ」
ぼそりと言い返したのはアガサではなく、あかりだ。怒りのせいで小刻みに震える手から蔦の葉のごとき細いケルベロスチェインが流れ落ち、端に付いた鈴を鳴らしながら、守護の魔法陣を描いた。対象は前衛陣。
魔法陣の展開に合わせるかのように、無数のオウガ粒子が前衛陣の周囲を舞い始めた。顔に包帯を巻いた男――副島・二郎(不屈の破片・e56537)がメタリックバーストを発動させたのだ。
「ありがと」
魔法陣の上でオウガ粒子に包まれながら、アガサは再び礼を述べた。
「奏真が言ったように礼は不用だ」
包帯の隙間から覗く目をアガサに向ける二郎。
「俺はただ借りを返しに来ただけ。おまえたちは、己を見つめ直すきっかけをくれたからな」
かつて、二郎も仇敵に襲われたことがある。その際、アガサが加勢してくれたのだ。
いや、『おまえたち』と言ったことからも判るように、加勢したのは彼女だけではない。
その時の戦いにはあかりもいた。
そして、アガサの縁戚の玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)もいた。
「ほらほら。ぼんやりしてると、俺が先に倒しちまうぞ」
アガサに語りかけながら、陣内はヤナムンに斬りつけた。
『マブイグムイ』と名付けた斬霊刀で。
見る者が虎の姿を思い浮かべずにいられない斬撃を敵に浴びせて、虎ならぬ黒豹の獣人型ウェアライダーの陣内は言葉を続けた。
「おまえの仇は、俺にとっても仇。おまえのかさぐゎー(瘡蓋)は俺のかさぐゎーでもあるんだからな」
「俺にとっても他人事じゃねえぜ!」
アガサの縁戚でもなんでもないヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)が『紅瞳覚醒』の演奏を始めた。
「なにせ、俺はアガサの父親みたいなもんだしー。もちろん、本物のパパ上には遠く及ばないけどな。あ? 俺としては『歳の離れたカッコいいお兄ちゃん』的なポジションでもOKよん」
「がおー」
と、ヴァオのサーヴァントであるオルトロスのイヌマルが鳴いた。空気を読めぬ愚かな主人のことを謝ったのだろう。
●戻れ、魂
ヤナムンの胸部が展開して砲口が覗き、熱線が迸った。敵を威嚇するためか、雷鳴のような轟音を伴っている。
その直撃を受けたのはイッパイアッテナ。
ダメージを受けながらも彼は跳躍して――、
「行きますよ、ザラキ!」
――ミミックに声をかけつつ、エクトプラズム製のルーンアックスをヤナムンの頭めがけて振り下ろした。
同時に中衛の二郎も突進し、エクスカリバールを一閃させた。
しかし、ヤナムンは瞬時に後退。二つの武器は残像をすりぬけた。
「素早いな。だが――」
ヤナムンの足下を指し示す二郎。
「――おまけが付いてるぞ」
ヤナムンの足首にザラキがかじり付いていた。イッパイアッテナにタイミングを会わせてガブリングを見舞ったのだ。
「……」
無言でザラキを引き剥がそうとするヤナムン。
その間に二匹のウイングキャット(一匹には名前がなく、もう一匹は『先生』と呼ばれている)が清浄の翼をはためかせて飛び回り、前衛陣に異常耐性を付与した。
「素早く動き続けられると思ったら、大間違いだぞ」
『先生』のパートナーであるアラタがスターゲイザーをヤナムンにぶつけ、機動力を削いだ。
続いて、月杜・イサギが日本刀で斬りつけた。
心中で述懐しながら。
(「アラタ君と同様、私にも家族なるものがよく判らないし、アガサ君の父母への想いも理解できない。瑪璃瑠が誇れるような兄でありたいと願ってはいるけれど――」)
義妹の瑪璃瑠をそっと見やる。
(「――もしかしたら、その思いも彼女への愛も偽物なのかもしれない」)
瑪璃瑠はイサギの視線に気付いていない。気付くだけの余裕がなかったのだ。激しい怒りを感じているために。
(「アガサさんの両親だけだけじゃない。他にも沢山の人たちが犠牲になっているんだろうね……」)
ヤナムンの犠牲者たちのことを思いながら、瑪璃瑠は混沌の水を前衛陣に浴びせた。
対抗するかのようには電光の波を発生させるヤナムン。
「うーん。眩しいなぁ……」
一十が目を細めてぼやきながら、義骸装甲を兼ねたエアシューズでスターゲイザーをぶつけた。
そんな主人を冷たい眼差しで一瞥し、ボクスドラゴンのサキミがボクスブレスで追撃。
しかし、続けざまに猛攻を受けてなお、ヤナムンは超然とした態度を崩さなかった。いかなる手段でも調伏されない悪霊のように。
「抵抗は無意味だ」
と、地獄の猟犬たちに悪霊は静かに告げた。
「死を受け入れろ」
「ふざけんな!」
アガサが吠えた。
「死ぬのはそっちだ! 覚悟しろ、バーカ!」
シークヮーサーの白い花に飾られたルーンアックスが怒号とともに打ち出され、ヤナムンの肩にめり込んだ。
だが、その様を見ても、ルーンアックスの持ち手であるアガサは爽快感を覚えることができなかった。
むしろ、悔しさがこみ上げてきた。
(「あの時、こんな力を持っていたら……両親を守ることもできたのに……」)
戦いが激しさを増す中、アガサの憤りに水を差す者が現れた。
それは他ならぬアガサ自身。
ただし、十年前の彼女だが。
「あたし/あなたはパパのことが好きだったんだよね?」
十年前のアガサが語りかけてくる。
アガサには判っていた。目の前の少女が自分にしか見えていないことが。ヤナムンの攻撃によって生まれた幻覚であることが。
しかし、ただ判っているだけ。なにもできなかった。なにも言えなかった。
「パパの恋人になりたかった。パパのお嫁さんになりたかった。『ママより愛してる』って言って欲しかった」
「……」
「でも、無理だった。だって、パパはあたし/あなたのことなんか必要としてないし。もちろん、ママもあたし/あなたが嫌い。みーんな、みーんな、あたし/あなたが嫌い」
「……」
「ヤナムンがいなかったとしても、あたし/あなたは家族を失っていた。きっと、あたし/あなたが壊してた。台無しにしてた。いえ、ヤナムンが現れる前から壊してたし、すべてを台無しにしてたんだよ」
「……」
「薄々気付いてるんでしょ? あたし/あなたこそが――」
口元を歪めるようにして、少女は笑った。
あるいは泣いているのかもしれない。
「――本当のヤナムンなんだって」
「うるさいっ!」
なんとか声を絞り出すアガサ。慟哭にも似たそのシャウトによって、少女の幻影は消失した。
「まぶやー、まぶやー、うーてぃくよー」
陣内の声が聞こえてくる。
その時になって、アガサは気付いた。自分が陣内に抱きしめられ、泣きじゃくっていることに。
「おまえは知らないだろうけどな」
アガサの頭を撫でながら、陣内は囁くような調子で語りかけた。
「生まれたばかりのおまえをつれて従叔母夫妻がうちにやって来た時、二人は幸せそうにしていた。とても優しくおまえをあやしていた。あれを愛と呼ばずに――」
アガサの心の瘡蓋から滲み出る血を舐め取っていく陣内であったが、彼の瘡蓋からも血は滲んでいた。アガサが両親を失ったのと同時期に彼もまた愛する者を失ったのだ。
「――なにを愛と言えばいい?」
撫でる手を止める陣内。
そして、あかりが口を開いた。
「『親は子を愛すもんじゃないの?』って、僕に言ってくれたよね」
ヤナムンを牽制しつつ、アガサにステルスリーフを施す。
「あの時、僕の心に開いてた大穴にアガサさんが種を蒔いてくれたんだよ。ご両親に大切に慈しんでもらった人だからこそ、蒔くことができる種……」
そこまで言ったところであかりは表情を険しいものに変え、ヤナムンを睨みつけた。
「よくも……『愛されてる子供』から親を奪ったな」
「子から親を奪うことなど本機は望んでいなかった。親子まとめて処理するつもりだったからな」
淡々と答えるヤナムン。辛辣な皮肉で応じたわけではなく、ただ事実を口にしたつもりなのだろう。
そんな彼にアラタが肉迫し――、
「アラタはアガサの両親が好きだ! 面識はないけれど、優しくてカッコいいアガサの両親なんだから、きっと好きになれる!」
――アガサに語りかけつつ、スパイラルアームで装甲を抉り抜いた。
「たぶん、アガサは両親のどちらにも似ていると思う。後悔とか寂しさとかいろいろ一緒くたになっていも……それでも、アガサの中には確実に両親が生きているんだ。ヴァオもそう思わないか?」
「そだねー」
自称『父親みたいなもん』なヴァオがアガサに近付き、頭を小突いた。
「つーか。いつまで泣いてんだよ。おまえってば、意外と泣き虫さんなんだよなー」
「うるさい!」
抱きしめてくれていた陣内の腕を振り解き、アガサはヴァオを殴りつけた。感謝と照れ隠しのパンチ。
「痛っ!? なんすんだよ!」
ついでに陣内も殴った。
「……って、なんで俺まで!?」
その光景を見やり、イサキがまた心中で述懐した。
(「ああ……私はきっと羨ましいのだ。家族を想える者たちが……」)
●繋げ、命
「アガサさんは御両親が愛に生きた証にして、思い出や葛藤を記憶し続けられる唯一の存在なのですから――」
小さな竜巻がヤナムンにぶつかった。
スピニングドワーフを行使したイッパイアッテナだ。
「――死なせるわけにはいきませんな」
体をよろめかせたヤナムンに二人のケルベロスが迫る。
一人は瑪璃瑠。
もう一人も瑪璃瑠。
『夢現十字撃(ムゲン・クロス)』というグラビティを用いて分身したのである。
「一年くらい前、ボクたちがおかしなドリームイーターに襲われた時、アガサさんはボクたちを助けてくれた」
「ただ助けるだけじゃなくて、ボクたちのことを肯定してくれた。そう、なにも聞かずに『それだけで充分』って言ってくれた。ボクたちにとっても、それだけで充分だよ」
二人の瑪璃瑠は十字の軌跡を描き、ヤナムンに斬撃を浴びせた。
「ボクたちは皆、アガサさんが大好きで――」
「――必要なんだ。奪わせはしないんだよ!」
ヤナムンの体が大きく仰け反った。
だが、転倒には至らなかった。
一十が後方に回り込み、例の旅行鞄を叩きつけたのだ。
ヤナムンの装甲の一部が叩き割られ、破片が舞い散った。無数の氷片とともに。一十の放ったグラビティはアイスエイジインパクトだった。
間髪を入れず、二発目のアイスエイジインパクトが炸裂。今度の攻撃手は陣内だ。
「しっかし、粋な武器だな、おい」
「いやいや。陣内くんの得物ほどじゃないよ」
ニヤリと笑いかける陣内に微笑を返す一十。両者とヤナムンの間で飛散しているのは破片と氷片だけではない。白い花片の群れも加わっている。陣内の武器――花々を纏う竜の意匠が施されたドラゴニックハンマーから生じたものだ。
それらの花片が一斉に燃え上がり、氷片が一瞬にして溶け消えた。
ヤナムンめがけて放射された炎によって。
炎の発生源は、あかりの小さな掌。ドラゴニックミラージュを使ったのである。
「……」
掌を突き出したまま、無言でヤナムンを睨みつける少女。
その横にアガサが並んだ。同じく、無言で。
彼女らに代わって、ヤナムンが言葉を発した。
「本機は多大なダメージを被ったが、ターゲットは健在。任務の遂行は不可能だと思われる」
「敗北宣言のつもりか?」
と、アラタが尋ねた。
「そんなことをしても、アラタたちはおまえを許したりしないぞ」
アラタの袖口から攻性植物が伸び、ヤナムンに絡みついた。
「敗北宣言ではない。任務の『遂行』は不可能だが――」
攻性植物に咲いた釣り鐘型の白い花々が囁き声にも似た音を立てる中、無機質な声で語り続けるヤナムン。
「――倒れるまで『続行』する」
次の瞬間、熱線の発射音が鈴蘭の囁き声をかき消し、閃光がアガサを打ち据えた。
だが、彼女は動じることなく、ゆっくりと足を踏み出した。
「大丈夫か? ……と、訊くまでもないか」
二郎が九尾扇を振り、幻夢幻朧影でアガサの傷を癒した。
その間もアガサは歩き続けていく。
両親を奪った者に向かって。
「ターゲット、接近中」
傷だらけの体に鞭打つようにして、ヤナムンは片肘を後方に引いた。爪を繰り出すつもりなのだろう。
アガサはヤナムンの前で立ち止まり、同じように片肘を後方に引いた。降魔真拳を繰り出すために。
「覚えてる? あたし、『覚悟しろ』って言ったよね?」
「質問の意図が判らない」
「バ~~~カ。今のは質問じゃなくて――」
アガサとヤナムンはほぼ同時に攻撃を仕掛け、互いの腕を交差させた。
「――死刑宣告だっての!」
自分の爪がアガサを斬り裂く様をヤナムンは見なかっただろう。
もちろん、それがアガサの本体ではなく、ただの残像だったことにも気付かなかっただろう。
爪が残像に触れる寸前、拳で顔面を叩き割られたのだから。
地に倒れ伏し、悪霊から物言わぬ死体……いや、残骸と化したヤナムン。
中央部が落ち窪んだ頭を強烈なストンピングで破壊した後、アガサは視線を移した。
仲間たちに。
疑似家族に。
頭に『疑似』が付いているが、絆は本物だ。
そして、幾度目かの礼を述べた。
「ありがとう」
もっとなにか言いたかったが、なにも言えなかった。
そんな彼女に代わって、夜の海が波の音で皆に語りかけてくれた。
静かながらも饒舌に。
寄せては返し、寄せては返し……。
作者:土師三良 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年3月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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