春告の紅

■リプレイ

●早春
　清らかな風に甘い香りが乗って快い。
　一瞥すると、畑に紅が生っているのが見えるから──農園に降り立った兎波・紅葉（まったり紅葉・e85566）は声を明るくしていた。
「苺の季節ですね。沢山実っている様で嬉しいです」
「ええ、本当に。完全温室育ちの初物冬苺もいいけど……やっぱり春のほうが好きだなぁ」
　と、瀬入・右院（夕照の騎士・e34690）も実感するように呟く。
「今年は暖冬だったから、時期も早倒しになるのかな？」
「あんな苺が沢山食べられるなんて、本当に夢みたいに嬉しいな」
　ポニーテールをふわりと揺らし、シルフィア・フレイ（黒き閃光・e85488）も笑みを浮かべないではいられない。
　そしてそれほどまでに楽しみだからこそ、と。
　カシス・フィオライト（龍の息吹・e21716）は紫紺の瞳を前方に遣っていた。
「そこにエインヘリアルが現れるなら、被害が出る前に倒さないとね」
　その視線の先に見えるのは──ひとりの巨躯。
　鎧兜を鳴らして剣を握る罪人、エインヘリアル。果実でも甘味でもなく、ただ人の命を求めて彷徨い歩いている。
　無論そんな凶行をさせはしないから、番犬は頷き合い疾駆。まずはシルフィアが跳び上がり、蹄で強烈な一打を叩き込んでいた。
　大きく後退した巨躯は、顔を顰めながらこちらに目を向ける。
「……何だてめぇら。餌が自分からやってきてくれたのか？」
「餌、か。それは一体、どっちになるだろうね」
　と、声を返すのは小柳・玲央（剣扇・e26293）。しゃらりと鉄塊剣を構えながら、罪人の横合いを取っていた。
「餌と呼んで狩る気でいるなら　餌になる覚悟も狩られる覚悟も、あるんだよね？」
　何かを望むなら、同じものを望まれる覚悟を、と。言ってみせるよう剣先を踊らせ剣舞のリズムを取り始める。
「自分だけが特別な枠なんて、都合よいことばかりじゃないと思うんだ。そうやって解き放たれるなら、それなりの理由もリスクもある」
「……俺が死ぬと言いてぇのか」
　罪人は怒りを顕に剣を掲げてきた。
　が、既にその頭上へ右院が翔んでいる。
「そういうことです。せっかくコギトエルゴスムからお目覚めのところ申し訳ないけど──イチゴジャムになってくださいね」
　振り下ろす一刀は雷光を伴い、巨体の肩口を穿つ。
　下がった罪人へ、猶予を与えず迫るのはオルティア・レオガルデ（遠方の風・e85433）。
「ジャムなら……まずは煮詰めるみたく」
　加熱してみせよう、と。
　高速の疾走で蹄に熱を宿し、焔を抱いて肉迫。速度を殺さずに跳びながら、業炎の一撃で巨体の鎧を溶解させていた。
「皆も、お願いする」
「早々とジャムにしてやる、なのだな。了解した」
　こくりと素直に頷きながら、ルイーゼ・トマス（迷い鬼・e58503）は一つ深呼吸。
　髪に留めたバレッタデバイス・メメントを軽く押さえると──澄んだ鈴の音の如き唄声を編んでいく。
　その清廉過ぎる声音に、罪人の魂は冬を呼び戻されたと錯覚。雪深い地面に足を取られたように身動きが叶わなくなった。
「今だ」
「了解だよ！　ありがと、ありがと！」
　天衣無縫の明るい声音で、パイルバンカーを掲げるのはアイリス・フォウン（金科玉条を求め・e27548）。
　すらりと四肢を伸ばす見目は妖艶に。けれど放つ一撃は苛烈に、発射した杭で巨躯の腹を抉ってゆく。
　呻きながらも、罪人は反撃に剣を振るった。が、右院が刃を盾に受けてみせれば──。
「すぐに治すからね」
　余波で刻まれた傷には、カシスが治癒の冷気を顕現。煌めく雪の結晶を降らすよう、涼やかな心地を与えて負傷を拭い去っていた。
　罪人が次撃を目論もうとも、遅い。
「もう、釘付けだよ」
　玲央が舞えば、拍に応じて青焔が弾ける『炎祭・彩音煙舞』。罪人を光と音に魅了した。
　生まれた隙に、紅葉は豊かな長髪を棚引かせて跳んでいる。
「この飛び蹴りを、避けきれますか？」
　宙でくるんと廻って勢いをつけると、繰り出すのは彗星の如き一撃。四散する耀と衝撃に、巨体は大きく吹き飛ばされ倒れ込んだ。

●決着
　手をついて這い上がる罪人は、声音に怨嗟を交えていた。
「……、全く、寄ってたかって人の楽しみを邪魔してくれやがる」
「えっとね、アナタが苺を楽しみに来たっていうのなら、仲間に入れてあげない事も無いんだよ、だよ？」
　と、アイリスが小首を傾げれば、オルティアも小さく頷く。
「ここで狩るべきは、苺のみ」
　故にこそ場違いな存在には退場願うが道理だと。
　言ってみせれば、玲央も拳を握り締めて。
「そう。だから手加減はしないよ。速く倒して苺にかかりたいからね──」
　何事も下準備は丁寧にって言うだろ、と。踏み込みは一瞬、捻りを加えた打突で巨躯の腹を貫いた。
　血を吐く罪人へ、オルティアも直剣で一刀。
「ジャムに……危険物の混入は、避けるべし」
　故に刃物は言語道断と、敵の刃先を斬り飛ばす。
　僅かに惑う罪人へ、アイリスは剣を縦横に奔らせて乱撃。『木の靴』で踊ってみせるよう、音を奏でながら傷を刻んでいた。
「苺狩りは楽しそうだけど、あなたを狩るのはあんまり楽しくないね？」
「……、ふざけてくれるぜ」
　罪人は唸りながらも剣で振り払おうとする。
　だがその正面へ、果敢に紅葉が飛び込んでいた。
「やれば出来る、それを今証明してみせます！」
　意志を閃光に発露させるよう、眩い輝きを拳から撃ち出して。至近から強烈な威力を加えて巨体を大きく傾がせる。
　そこへ突き抜ける光は、シルフィアが弾けさせる雷撃。
「竜の怒りよ、稲妻となり、敵を痺れさせよ！」
　刹那、矢のようの奔り抜けた煌きが巨躯を蝕んだ。
　罪人は鈍った動きで、それでも嵐の如き衝撃波を放つ。だが右院が防御を固めて受けきれば、カシスが天へ濃密な紫の魔力を昇らせていた。
「薬液の雨よ、仲間を癒す力となれ！」
　圧縮されたその光が拡散すると──その一滴一滴が鮮烈に燿く癒やしの雫へと変遷。右院と共に前衛に残る傷を濯い落としてゆく。
「これであと少しだよ」
「うむ」
　頷くルイーゼは青硝子の万年筆でグラフィティを描画。夜の銀河で線を構成した、美しい文様を形作り──右院を回復強化した。
　罪人は尚連撃を狙う、が、右院は高まった力を活かし剣を振り抜いている。
「ああもう……苺は傷みやすいんですよ！」
　早く勝負をつけようと、意志の篭もった一撃が表皮を袈裟に裂いた。
　よろめく罪人へ、紅葉は手を伸ばして空圧を爆縮。
「これで、吹き飛んでしまいなさい」
　瞬間、空間が撓む程の炸裂を引き起こし巨躯を内部から破壊していく。
　同時にシルフィアも容赦を与えず歌を紡いでいた。
　──あなたに届け、金縛りの歌声よ。
　耳朶から這い入る『呪言の歌声』は、深い金縛りで巨躯に藻掻くことすら許さない。
　死の淵にある罪人へ、玲央はリズムの終わりを告げるよう、二振りの刃で十字を描く。
「さあ、仕上げといこうか」
　軽やかで、同時に重い斬撃は違わず巨体を斬り──その命を霧散させた。

●紅
　早春の甘い匂いに、人々の楽しげな声が交じってゆく。
　果実の生る畑の中は、既に苺狩りの客で賑わっていた。番犬達が場の修復後、周囲に無事を伝えたことで平和が戻ってきたのだ。
　農園の営業は再開され、番犬達も勿論それぞれに参加。紅葉も露濡れてきらきらと光る苺の間に歩み入り、瞳を仄かに輝かせている。
「わぁ、綺麗で美味しそうな苺ですね」
「とても大粒で綺麗な赤色だな」
　と、同道するカシスも見回して感心の声音。
　広い敷地を持つ苺畑には、複数の経路を挟むように、苺が沢山実る苗が並ぶ。
　垂れ下がるように赤い宝石が続く景色は壮観で……二人に続くシルフィアもぽんと手を合わせ、笑みを見せていた。
「こんなに沢山実っているなんて、頑張り甲斐があるなぁ」
「早速、食べようよ」
　苺狩りの魅力は何と言っても食べ放題。カシスは穏やかな表情にわくわくとした色を含めて──目についた果実に手を添えていた。
「とても美味しそうだよ。こうして……と」
　少しひねるように、一粒を摘んでみる。そうして口に運ぶと……少し目を開いて、その美味さに頷いた。
「よく熟しているみたいだね。甘い」
　噛むと沢山の果汁が溢れて、新鮮な甘味が口に広がる。それでいて張りもあって、ぷちりとした歯ごたえが小気味よかった。
「いいですね。では私も……」
　と、紅葉はつやつやとした大粒のひとつを見つけて摘んで。はむりと齧って瞳を細める。
「……本当ですね。とても甘い……」
「こっちの方は熟しきってないのもあるみたい。……ん、少し甘酸っぱくて美味しい」
　シルフィアは少し進んだ場所の果実を味わっていた。酸味がしっかりとあるのもまた苺らしくて、飽きが来ない。
　そうして皆で暫し苺を楽しむと──。
「お土産も、買っていこうよ」
　シルフィアが売店の方へ向かうと、二人も頷いて同道。果実感を残したものからしっかり煮詰めたものまで、種々のジャムが並ぶ一角に寄った。
　カシスは興味深げに見回している。
「へえ、沢山あるね」
「あの苺を使ってるなら、きっとどれも美味しいよ」
　と、シルフィアは瓶が綺麗な一つを選んで買うことにした。紅葉も頷きながら、熟した苺をたっぷり使った甘味が強めなジャムを選ぶ。
「ここでしか、買えないものですから……いい思い出になりました」
　紅葉が言えば、スタンダードなジャムを選んだカシスも、そうだねと頷いて。三人で土産を手に、満足の面持ちで歩み出した。

　玲央はまずはゆっくりと苺狩り。
「よりどりみどりって感じだね」
　濃紅の果実達に微笑みを浮かべ、歩みながら気に入った粒を採ってゆく。
　口に運んだその苺は、ほんのりと朝露で冷たくて。快い清涼感と共に成熟した甘味を運んでくれた。
　そうして新鮮な味を楽しんだ後は、カフェへ。
「ラテアートに合いそうなものは……」
　と、春に女子会する時のイメトレも兼ねて、メニューをじいっと眺め──綺麗な写真の品々からタルトを注文。ピューレとシロップで艶めく果実と、さっくり焼かれた生地のハーモニーを楽しんでゆく。
　ストロベリーティーを飲んで、ほの甘く食事を終えると……最後に売店へ。
　ジャムを買い集めてる自覚に外れず、甘さ控えめから濃いめまで一揃いで購入した。
　珈琲のアレンジにも使えるけれど、用途はそれに限らない。元より玲央はコーラを除けば色々飲むし──。
（「自信もって出せるドリンクメニューの拡充もしたいからね」）
　既に幾つかのアイデアも脳裏に浮かべながら──玲央は多数のジャムを提げて、帰路についていく。

　踊るような足取りで、アイリスは苺狩りに赴いていた。
「ウーン良い香り！　それに苺が生ってる所ってなんて可愛いんだろう！」
　可憐な果実が翠からぶら下がる、その景色も絵本のようで。幸せな気分を得ながら、アイリスは早速苺を摘んで食べ始めた。
　練乳を買って自由に付けられるので、それを乗せてぱくり。滑らかな甘さが美味だ。
「美味しい！」
　紅色だけでなく黄色や白の苺も見つけて、味の違いも楽しんで。最後は練乳は付けずそのままの新鮮さを味わった。
　その後は勿論、カフェへ。
「タルトにケーキ、パフェも！」
　食べたかったものを存分に注文して──ピカピカと眩いタルトで蕩ける甘さを、王道のショートケーキでクリームと果実の調和を堪能して。
「パフェはもう、夢の食べ物だよね！」
　アイスにムースに苺チョコ、全てが詰まった美味にアイリスは満面の笑み。
　当然食べ切れない心配なんてない。
「んふふ。ダンサーは結構大食いなんだからね！」
　そうしてしっかり完食すると、次はお土産にと、上機嫌に歩んでいくのだった。

　苺畑に入ると、甘酸っぱい芳香が吹き抜けてゆく。
　右院はその中を進みながら、実る果実を目に留めていっていた。
「うん、やっぱり色んな形があるなぁ……」
　灰色の瞳を惹きつけるのは、凸凹の大きな粒や、左右の非対称な粒。個売されるのとは違う、自然味豊かな苺達。
「市場にあまり出回らないけど──こういう歪な苺も味は一緒だから」
　と、摘んで食べると甘味が強く、仄かな酸味までもが瑞々しい。
　元より、自身のカフェで加工用苺を仕入れたらとても美味しかったという経験もあるから──不揃い苺に対する信頼は高い。
「ケーキのてっぺん飾るんじゃなければこういうのでいいんですよ」
　寧ろ苺本来の味だとばかりに堪能しつつ、ギザギザしていたり角ばっていたり、ヘンな形コレクションも楽しんだ。
　それも満足すれば、後はお土産。
「ううーん、沢山あって迷うけど──」
　瓶は重いからとじっくり選び……中サイズで造形の美しいジャムを購入。早春の風の中を帰り道へ進んでいった。

「もうイチゴの旬がやってくるのだな……」
　うむ、すばらしい、と。
　ルイーゼは実る苺を眺め、甘やかな香りも胸一杯に吸い込んでいる。
　それは同じタイミングで苺狩りにやってきたオルティアも同じ。並ぶ紅の果実に惹かれつつ、見回していた。
「色、綺麗……」
　美味しくいただかなくては、と。早速歩み出すと、ルイーゼもまた中を進み、ルビーのように美しい果実を一つ摘んだ。
　苺は先の尖っている部分が特に甘いという。故にヘタの側から食べると良い──そんな話を思い出し、ルイーゼはそのとおりに一口。
　柔らかな歯ごたえと、甘い果汁が美味で……確かに食べる度に甘さが増すようだった。
　オルティアもまたその近くで、最初の苺に挑戦。
　実を引っ張ると──。
「ん、茎までついて来そう……」
　教わった通り、ヘタの所で取れるよう慎重に力を込め……ぷつりと一粒を手にする。
「取れた……！」
　そのままそれを口に運ぶと、じゅぷりと果汁が溢れ、香りと共に口に広がった。
「美味しい……！」
　とても良きと、うんうん頷き、次は更に大きい果実を食べつつ。艷やかで美味しそうなものを見つければ、そっとルイーゼにも教える。
「おお、本当だ。ありがとう」
　甘味も強いその一粒を頂き、ルイーゼは礼を言って微笑んでいた。
　そうして苺本来の味を楽しんだ後は──カフェへ。
「ケーキをひとつ……、それと、ベリーヌ……？　あ、見たことはある……名前を知らなかった、お詫びの思いを込めて、味わおう……！」
　オルティアが早速決めると、ルイーゼもタルトは外せないと注文。紅茶をお供に苺スイーツを頂いてゆく。
「ケーキ、これは素敵……苺でクリームの甘さも引き立つ……！　ベリーヌは、綺麗で、蕩ける……！」
「タルトも美味しいぞ。少し分け合わないか？」
　ルイーゼが言えば、オルティアは勿論と頷きシェア。苺の甘味が凝縮されたタルトも一緒に味わった。
「そういえば、ミツバチがイチゴの形を整えているらしいぞ」
「そう、なのか、興味深い……」
　と、農園で見た光景についてルイーゼが知識を話せば、オルティアも言葉を交わして。二人は暫し、長閑な時間を過ごしていった。

作者：崎田航輝	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2020年3月7日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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