防御陣地を潰せ

作者:砂浦俊一


 エインヘリアルの支配地域と化した東京焦土地帯。これを奪い返すべく死神が一大攻勢を仕掛けていた。
「む? あれは……」
 廃墟を進む死神勢力の死翼騎士団は、前方の坂になった道路上にバリケードを見た。
 そこは磨羯宮ブレイザブリクを出陣した蒼玉衛士団の防御陣地。坂のてっぺんには倒木や瓦礫を用いたバリケードが扇状に築かれている。
「死神、来ます! 数は20!」
 部下の一般兵からの報告に、上官である督戦兵がほくそ笑む。
「ここから先へは一歩も進ませるな。蒼玉衛士団、構え!」
 督戦兵の号令とともに一般兵たちはマスケット銃をバリケードの隙間から突き出した。
「このルートを確保せよとの指示だ。目障りな防御陣地なぞ潰せ!」
「総員、抜剣。突撃!」
 死翼騎士たちが坂を駆け上がる。
 斧を持つ半身半馬たちを先頭に、次いで剣を持つ歩兵たち。
「真正面から来るとは良い的だ。撃て!」
 再度の号令、蒼玉衛士団が銃撃を開始する。
 正面から来るかに見えた死翼騎士団は、左右二手に分かれ、バリケード後方へ回り込もうとする。
「死翼騎士団、死を恐れず!」
 この間にも絶えず銃撃が襲ってきたが、仲間の犠牲も顧みず、彼らはバリケード後方へ回り込んだ。そして蒼玉衛士団へと襲いかかり、戦いは一転して乱戦になる。
 やがて剣戟の鳴り響く音が納まった時、残っていたのは督戦兵1人と一般兵4人。
「16人も失ったか。次に同じ規模の死神が来たら防ぎきれんな……」
 督戦兵は苦々しい顔だ。死神は全て討ち取ったが衛士団の被害も大きい。激しい戦闘にバリケードも崩れて今は瓦礫が散乱するのみ。再びここを防御陣地にするにも人手が要る。
「団員補充のため一時ブレイザブリクへ撤収する! コギトエルゴスムは回収せよ!」
 督戦兵は素早く決断し、生き残りの一般兵たちに指示を下す。


「現在エインヘリアルが支配する東京焦土地帯に、死神が侵攻中です。死翼騎士団という死神集団が、第9王子サフィーロ配下の蒼玉衛士団と激突しています。一般人の被害はありませんが、この機に乗じて敵戦力を減らすために両者の戦いへ介入して欲しいのです」
 シャドウエルフのヘリオライダー、セリカ・リュミエールの説明にケルベロスたちは耳を傾けていた。
「現地は坂になった道路です。坂の一番上に蒼玉衛士団が即席のバリケードを築いて防御陣地にしています。死翼騎士団は坂を駆け上がり、ここを攻撃します。戦力は蒼玉衛士団が督戦兵1、一般兵20。死翼騎士団は半身半馬タイプが10、歩兵タイプが10です」
 数の上では互角だが、坂の上の防御陣地にいる蒼玉衛士団の方が有利だ。
 死翼騎士団は奮戦するも全滅、蒼玉衛士団が5人ほど生き残るらしい。
「両陣営に気づかれぬよう付近に潜伏して、決着のついた頃合いで奇襲するも良し、両陣営の戦闘に乱入するも良しです。ただし両陣営ともこちらを完全に敵とみなしますので共闘はできず、乱入の場合は三つ巴の戦いになります。それと両陣営ともに死ぬまで戦いますが、逃げる敵の追撃は行いません。こちらはいつでも撤退可能です」
 両陣営の戦闘に介入して死神を勝たせた上で撤退すれば、東京焦土地帯を巡る戦いのパワーバランスも崩れるだろう。そうなれば焦ったサフィーロが動くかもしれない。
「エインヘリアルと死神、どちらにも東京焦土地帯は重要な土地なのでしょう……謎は深まりますが、今は両陣営の戦力を削っていきましょう。皆さん、どうかよろしくお願いします!」
 セリカに見送られ、ケルベロスたちは出発する。


参加者
エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)
七星・さくら(しあわせのいろ・e04235)
一之瀬・白(龍醒掌・e31651)
笹月・氷花(夜明けの樹氷・e43390)
阿賀野・櫻(アングルードブロッサム・e56568)
ディミック・イルヴァ(グランドロンのブラックウィザード・e85736)

■リプレイ

●丘陵の戦い
 ケルベロスたちが東京焦土地帯の指定された丘陵に到着した時、既に死神とエインヘリアルの戦端は開かれていた。
 坂になった道路を上がりきった場所に、エインヘリアル集団・蒼玉衛士団の防御陣地がある。
 この坂道を駆け上がり、死神集団・死翼騎士団が攻撃を仕掛けていた。
 ケルベロスたちは周辺の物陰に隠れるか隠密気流で気配を消し、両者の戦いを監視する。
「なぜ死神にセントールが? 定命化して間もないのに……たまたま姿の似ているタイプか?」
 アクアカーモをかぶったジャスティン・アスピア(射手・e85776)は、蹄を鳴らして駆ける死翼騎士たちの姿に目を丸くした。セントールとして気になるところだが任務成功が優先、今は伏せて待つのみ。
 防御陣地は倒木や瓦礫を積み重ねただけの即席のバリケードだ。堅牢なものを築くだけの余裕はなかったようだが、簡易的なものでもこの場所では利点が大きい。
 蒼玉衛士団の一般兵たちはバリケード越しに死翼騎士団へ熾烈な銃撃を浴びせる。10人ずつ交互に射撃することで攻撃の隙を作らない、見事な連携だった。彼らの後方では双剣を手に檄を飛ばす兵士の姿。一般兵とは甲冑の意匠が、やや異なる。これが司令塔役の督戦兵だろう。
「高所に陣取る相手に真正面から挑むとは。いやはや、死神なのにエインヘリアルじみた蛮勇ですね。余程自分たちに自信があるのか、是が非でもここを押さえたいのか」
 望遠鏡で戦況を伺いつつ、ディミック・イルヴァ(グランドロンのブラックウィザード・e85736)は仲間たちに移動開始のハンドサインを送った。
 死神とエインヘリアルの戦いが終わり次第、残った方へ殴り込む。そのために可能な限り近づきたい。
「共倒れになってくれたら言う事無しなんだけど……そう上手くはいきませんよね」
「生き残りが弱っている所を狙うのは、ちょっとずるい気もするけれどね。まあ、どちらの陣営もいつかは戦わなくちゃいけない相手。なら、ここでまとめて叩いておかないと」
 ハンドサインを確認した一之瀬・白(龍醒掌・e31651)と七星・さくら(しあわせのいろ・e04235)は慎重に移動を開始する。
「漁夫の利を狙うのに、自分たちの存在を悟られては元も子もない。まあ、気づかれたら気づかれたで、その時はその時だが」
 物陰から物陰へと移動するヴォルフ・フェアレーター(闇狼・e00354)は、そう呟いた。数が減るに越したことはないが、仮に死神とエインヘリアルの両方と戦うことになったとしても、彼にとっては殺す対象が増えるだけだ。
 死翼騎士団は被弾にも仲間の犠牲すらも顧みることなく坂を駆け上がり、そこで左右に分かれた。彼らはバリケード後方へ回り込み、逆に蒼玉衛士団を袋のネズミにする。
「わあ。死神たちもやるねー」
「うふふふ。敵同士醜く争って実に滑稽な光景ですの」
 一方的だった戦いが一転、剣戟の鳴り響く乱戦になる。この光景を笹月・氷花(夜明けの樹氷・e43390)は瓦礫越しに双眼鏡で見つめ、エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)は『互いに傷つけあって死ね♪』という愉悦的な感情を隠せずにいる。
「死神とエインヘリアルが血眼になって……八王子に一体何があるっていう――」
 匍匐前進していた阿賀野・櫻(アングルードブロッサム・e56568)は、そこで頭を地面に下げた。直後に頭上を流れ弾が通過する。彼女はアクセサリの集音デバイスで戦場の音を聞き分け、それが静まる時を待つ。

●横合いからブン殴れ
「チッ、残りはこれだけか」
 督戦兵は舌打ちした。死翼騎士団は全て打ち倒したが、生き残ったのは己以外には一般兵が4人のみ。乱戦でバリケードも崩れ、もはや役に立たない。
「一時撤収して、兵士を補充せねば――」
 その時、彼らの頭上で無数の何かが飛来する音。
 生き残りの蒼玉衛士団にナパームミサイルが雨のように降り注ぐ。
「し、死神の増援か?」
「今まで何処に潜んでいたんだっ」
 突如の攻撃に一般兵たちは狼狽してしまう。
「うろたえるな! 被害を報告せよ!」
 一喝した督戦兵は、そこで視線の先に新たな脅威を見た。
「エインヘリアルの皆さーん、死神への見事な勝利、おめでとうございまーす! でもここで追加ボスの登場でーす! 死にたくなかったら精々抵抗してくださいなマヌケども」
 エニーケの慇懃無礼な一礼に続き、周辺に潜んでいたケルベロスたちが攻撃を仕掛けた。
「Weigern……」
「あははは♪ 連戦でゴメンねー! 貴方たちを皆、真っ赤に染め上げてあげるよ!」
 手近な敵へとヴォルフがVorzeit zauberを放ち、次いで氷花が斬りかかる。
「手負いとはいえ油断はしない……確実に行かないとっ」
「わたし1人では無理でも、『わたしたち』ならきっと大丈夫……広がれ、星翼!」
 奇襲攻撃に敵が浮き足立つ隙に白は紙兵散布、さくらは味方を星翼で包みこんだ。
「衛士団、二人一組で敵を各個撃破せよ! 私の心配はいらん、自分の身は自分で守る!」
 部下の統率と士気を取り戻そうと督戦兵が声を張り上げる。そこへ櫻が蹴りかかった。
「第九王子配下のエリート部隊って聞いたけど、この程度なの? こんな体たらくじゃ、第九王子も他の王子たちから笑い者ね」
「……ぬかせ!」
 蹴りを受け止めた督戦兵の顔色がさっと変わった。督戦兵は双剣の抜き打ちで反撃するが、櫻は軽やかな後方宙がえりで回避する。
 一般兵たちは指示通り二人一組になり、互いの死角を庇うように立つと、マスケット銃を構えた。
「ほう。だがね、仲間を傷つけさせはせんよ」
「射撃なら、俺も少しは自信があるんです。勝負してみますか?」
 銃口が狙う先に進み出たディミックはライトバスティオンを味方正面に展開、その後方からジャスティンがファミリアシュートを放った。

●第九王子の立場
 2組に分かれた蒼玉衛士団一般兵は、1人が牽制の銃撃、もう1人が命中弾を狙う、という形でケルベロスたちに対抗する。こちらが近づこうとすれば、督戦兵が双剣で斬りつけて妨害してくる。手負いの身でも彼らは一歩も引かない。
「背を向けて撤退するのは許されていない? それとも防衛を任された名誉と自負心?」
 ヒールドローンを飛ばしたさくらは、『第九王子』の名が出た時の督戦兵の様子を思い出す。あれは第九王子に関する何かしらの内部事情か、噂程度のものでも知っているが故の反応かもしれない。
「司令塔は早めに潰す……っ」
 督戦兵を倒せば指揮系統の混乱に繋がる。ジャスティンからのメタリックバーストを受け、ディミックが遠気投げで督戦兵を大地に叩きつけた。
「レリ王女に任されたはずの我らは地球についた。サフィーロ王子のブレイザブリクも、そろそろ諦め時ではないかね? 君たちも無駄に散りたくはないだろう?」
「世迷言に貸す耳はないっ」
 体を起こしながら督戦兵が叫んだ。
「我らが敵を足止めすればサフィーロ様の功績に繋がるっ。目障りなケルベロスどもを討ち取ればサフィーロ様もお喜びになろうっ」
「討ち取られるのはお断りだねっ」
 その背を白の斉天截拳撃が痛打、督戦兵は再び大地に突っ伏した。
 そして倒れた督戦兵の顔を、櫻が両手でぐいと持ち上げた。
「つまりサフィーロは功績を必要としている。他の王子たちから笑い者にされずに済むような手柄が欲しいわけね?」
「……だとしても、教えてやる義理はないっ」
 督戦兵は櫻を睨みつけたが、彼女と視線を交えてしまったのは失敗だった。
「さあもっと見なさい――Look at me!」
「ぐぅあああ!」
 石化の魔眼に、督戦兵の体が徐々に硬直していく。
「督戦兵どのっ」
 1人の一般兵が督戦兵の方へ顔を向けたが、直後に首筋を何かが掠めた。
「よそ見をするからだ」
 ナイフにこびり付いた血糊を振り払うヴォルフの背後で、首を斬られた一般兵が鮮血を撒き散らしながら崩れ落ちる。
「くっ、督戦兵どのをお守りするぞっ」
「応っ」
 仲間を失いつつも残る一般兵たちは救援に駆けつけ、督戦兵への追撃を許さない。
 だが指示されていた陣形が乱れ、攻撃も途絶える。
「この炎で、焼き尽くしてあげるよー!」
「ほらほら♪ お仲間が死にましたわよ? もっと熱く怒りなさい」
 この間隙を突いて氷花はグラインドファイアを放ち、エニーケはドラゴニックハンマーで殴りかかった。

●決着
 蒼玉衛士団は少ない戦力をさらに削られ、また連戦の負傷も重なり、追い込まれつつあった。それでも彼らは死にものぐるいの勢いで、ケルベロスたちに抗い続ける。
「何よこいつら。まるで私たちを1人でも道連れにする気みたい」
「撤退の考えがない以上は、そうかもしれませんね……っ」
 櫻とジャスティンがバスターライフルを斉射する。一般兵たちの甲冑が弾け飛び、肉体に氷が付着していくが、彼らはそれでも倒れない。
 味方の負傷を癒やすディミックは、蒼玉衛士団の凄絶な姿に重い息を吐く。
「引き際を見極められんとは。無能な上官に率いられたくはないものだ」
 この言葉に、督戦兵は自嘲するような笑みを浮かべた。
「……言われたものだ。だが、こちらにも意地がある」
 左腕は石化の硬直で動かず、それ以外も全身傷だらけの督戦兵は、右手の剣を突き出して前に進み出た。
「我らの栄誉はサフィーロ様と蒼玉衛士団の名と共にある……総員、突撃用意」
 督戦兵の指示に従い、一般兵たちは足並みを揃えてマスケット銃を構えた。
 瞳を爛々と輝かせた者、歯を食いしばり悲壮感を押し殺す者、憤怒の眼差しをケルベロスに向ける者、その表情は種々様々。
「刺し違えてでも奴らを討つ、私に続け!」
 号令とともに、彼らは一丸となって突撃する。
「死にたがりの無意味な行動だ」
「雪さえも退く凍気を、その身に喰らえー!」
 ヴォルフの稲妻突きが先頭の督戦兵を右から貫き、続く氷花のイガルカストライクが左から突き刺さった。
 督戦兵は吐血して大地に倒れる。後続の一般兵たちは、なおも突っ込んでくる。
「エニーケさん、これをっ」
「討死に覚悟とは涙ぐましいですわね。では、お望み通りに潔く死ねですの!」
 さくらからのエレキブーストをその身に受け、エニーケがキャバリアランページで一般兵たちを迎え撃つ。
 真正面からの激突に一般兵たちは蹴散らされ、焦土の大地を転がった。
 もう二度と彼らを立ち上がらせはしない、白が呪符の束を天高く投げる。
「避けれるものなら、避けてみせろ……往け、幻龍剣!」
 空中に撒かれた呪符は光剣となり、一般兵たちに降り注いで突き刺さる。そして白の両手が印を結ぶ。
「―――散! ……さぁ、己の恐怖に内から喰い破られろ!」
 幻龍剣【夢葬乱舞】。光剣は爆散とともに標的が最も恐れるモノの幻影となって襲撃する。
 一般兵たちは地面をのた打ち回り、絶命していく。
「死神どもは防いだというのに……」
 この光景を、もはや虫の息の督戦兵は見ていることしかできなかった。悔し涙を流す彼は、握りこぶしを地面に叩きつける。
「……サフィーロ様に、栄光あれ」
 やがて瞳から光が消え、最期の息が吐かれた。

 戦いが終わり、ヴォルフは丘陵を見渡した。そこにあるのは散っていった死翼騎士団と蒼玉衛士団の甲冑や武器。
「つわものどもが、か……」
 流れる静かな空気とともに、彼は敵対した者たちへの興味を急速に失っていった。
「他に何か手がかりがないか、少し見ていきましょうか」
「あ、僕も行きます」
 さくらと白は周辺の見回りに向かい、その後ろではジャスティンが死翼騎士団たちの甲冑を調べていた。
「死神がセントールをサルベージしているのかな……?」
 しかし拾い上げた甲冑はボロボロに崩れ、指の間から零れ落ちていく。同時にそれは、死翼騎士団と蒼玉衛士団の戦闘の激しさを物語っていた。
「作戦せいこーう。やったー!」
「うふふふ。漁夫の利、狙い通りでしたわね」
 氷花とエニーケはハイタッチで勝利を祝いあい、ディミックと櫻は今回の件についての話をしている。
「連中、何か焦りのようなものが感じられたな。いいや、焦っているのはサフィーロかな」
「功績や手柄がないと、面目丸潰れになってしまう。そんな状況にあるようね」
 何にせよエインヘリアル側の内幕はもう少し探りたいところだ。
 そして死神とエインヘリアルが激突する八王子に、一体何が存在するのだろう――。

作者:砂浦俊一 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年3月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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