焦土地帯の覇権

■リプレイ

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　東京焦土地帯……そこは、溢れかえる死の化身と番犬たちが幾度となく闘った、死闘の大地。
　アウレリア・ノーチェ（夜の指先・e12921）が衛星写真から割り出したルートを先導しつつ、声を押し殺して合図を送る。
「こちらよ。アルベルト、皆を招いてちょうだい。始まるところだわ」
　その指示に従い、銀髪のビハインドが仲間を手招く。
　その先では。
『サフィーロ殿下の威光を示せ！』
『シヴェル・ゲーデンの名の下に……！』
　勇者の巨体がひび割れた大地を砕き、死を恐れぬ翼が土煙を噴き上げていた。
　咆哮と共に、青き衛士と死の騎士の群れが激突する。
「エインヘリアルと死神の紛争ですか……敵勢力にも色々と事情が絡み合っているのですね。氷雪、頭を下げて」
　轟音と衝撃に身を低くして、リンネ・リゼット（呪言の刃・e39529）は己の猫の頭を押さえる。
　集音器を設置しながら、エヴァリーナ・ノーチェ（泡にはならない人魚姫・e20455）がぽつりと呟く。
「死神もエインヘリアルもいなくなったらここの人たちも帰って来て、美味しい食べ物屋さんも再開するかなぁ……ああ、お腹すいた」
　共に集音器を操作していたヴィルフレッド・マルシェルベ（路地裏のガンスリンガー・e04020）は、ため息を落としてスイッチを切った。ジャミングが激しく、電子機器はなかなか機能しない。
「ま、それなら聞き耳を立てるだけだ。情報収集は現場が基本。何もわかってないに等しい死神側の情報が手に入ればいいけど……」
　総合方針は敵の戦闘決着後の殲滅だが、情報収集への想いは共通だ。番犬たちは頷き合い、共に耳をそばだてる。
　爆音と剣戟の音に交じって微かに聞こえてくるのは……。
『奪い返せ……！』
『我らの地を……！』
　次々と倒れ伏しながらも、士気高く叫ぶ死神騎士の断末魔。大した情報はない。
　だが死神騎士たちが身を捨てた突貫を仕掛けた、その時……。
『怯むな！　殿下は、死神どもを殲滅して功を立てろと仰せだ！』
　聞こえてきたのは、督戦兵たちの檄。
『噂通り、本国から新たな王子を派遣されるようでは殿下の……いや！』
『我らの立場ごと危ういのだぞ！　何が何でも、押し返せ！』
（「……！」）
　アウレリアが、ハッと顔を上げる。
「新た、な……？　皆、聞こえて？」
「ん……おうじ、って聞こえた。びるふれっどが言ってた、死神のじょうほうじゃ、ないね。えと……じゃ……むいみ？」
　よく意味がわからず首を傾げた伏見・勇名（鯨鯢の滓・e00099）に、ヴィルフレッドが慌てて首を振る。
「いやいやいや。結構、重要だよ……！」
「ああ。だが情報を整理する時間は、ないようだな。見ろ。そろそろ決着だぞ。皆、突入準備だ。構えろ」
　ティーシャ・マグノリア（殲滅の末妹・e05827）が見つめる前で、最後の一体となった死神騎士の斧が督戦兵の首を飛ばし、生き残りの勇者たちが突撃を仕掛けていく。
　キリノと共に身構えながら、君乃・眸（ブリキノ心臓・e22801）と 尾方・広喜（量産型イロハ式ヲ型・e36130）が、視線を交わす。
「ワタシ達は……守り抜く。この地を。ヒトを、ダ。そうだろウ？」
　この場所で、あの敵を見れば、思い出すのは『あの時』のこと。それは勇名やヴィルフレッドも同じ。だが、今は。
「ああ……もう、怖くなんかねえ。今度こそ、皆と共に帰る。やってやろうぜ」
　その視線の前で、騎士団の栄光を叫びながら、最後の死神騎士が宝玉へ変わる。
　そして、二人は瓦礫から身を躍らせた。その背後より、共に闘う仲間たちを引き連れて。
　番犬の攻勢は、ここからだ。

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『残存兵力、我ら一般兵４名のみです』
　一人残った督戦兵は、息を切らして舌を打つ。奇襲に成功しなければ殲滅されていたのは自分たちであったかもしれない。その事実に。
『よし、急ぎブレイザブリク、に……っ！』
　だがその指示が終わるよりも先に、彼は爆炎に打たれて飛び退った。爆裂するのは、ティーシャの【カアス・シャアガ】の竜弾。
「殲滅を開始する。お前たちの好き勝手をこれ以上、許すわけにはいかないからな」
『……狗、ども！　何をしに来た！』
　一斉に振り返る一般兵。蒼玉の弾丸が、銃声と共にはじけ飛ぶ。だがアウレリアの突進は止まらない。それを銃底で弾きながら、伴侶と共に前へと躍り出て。
「この地にあるモノは、死神にもエインへリアルにも渡しはしないわ。私たちがもらい受ける」
『チッ……射ちまくれ！　この地より叩き出せ！』
（「ブラフへの反応はなし……まあ、土地ごと守り切れば関係ない、か」）
　放たれた気弾が交錯し、焦土の虚空に火花が散る。
　敵もまた、一糸乱れぬ流石の即応。だが情報屋の瞳は、すでに僅かな動きの差を捉えていた。
「前衛三人、中衛一人……督戦兵は恐らく後衛。左右の端に庇い傷が多い。つまり、中央が恐らく攻め手。今度は、見誤らない……そこだ」
　ヴィルフレッドの指が敵を指し、瞬間的に跳躍する。その影を追い敵の銃口が持ち上がった……その時。
『……！？』
　飛び退いたヴィルフレッドの後ろから、人影が敵の懐へ跳び込んだ。
「よう。戻ってきたぜ」
　それは、笑みを浮かべた広喜。狙い澄ましたフェイントに気づいた時には、もう遅い。その腕から走った刃が、蒼い鎧を抉りながら吹き飛ばした。
「あの時の生き残りだったら、今度こそ決着つけようぜ。今度はキチンと……俺自身のままでな」
　その脇から咆哮と共に振り下ろされた銃剣は、リンネの刃が受け止める。一般兵は顔を歪めて刺突を繰り返すが、リンネの小刀はそれを尽く受け流して。
「させませんよ。負けるわけにいかないのは、こちらも同じことですので……さあ、こちらの番です。サポートは任せましたよ、氷雪……！」
　その背後に猫の翼を舞わせて、娘は影を撃ち放った。敵は敵で、盾となる仲間が即座に火線に割って入る。
　互いに激しく攻め合う攻め手の前に、護り手たちが陣を組む。
　その最中、白モモンガの使い魔を撃ち放っていた眸は、敵陣後方に身を翻す蒼影を捉えた。
「キリノ……！」
　黒衣のビハインドが仲間たちの前に飛び出した瞬間、蒼い爆炎が迸る。一般兵の激闘を囮に、督戦兵が脇から放った遠隔爆破だ。
「……この場所には、苦い思い出があル。ここでお前たちを見れば否が応でもそれを思イ出す。同じ手は、二度と喰わなイ」
　だが爆炎は、眸主従が受け止めていた。その背後から、毒蛇の如く飛び出すのは無数の熱弾。煙を貫いて、督戦兵を押し返す。
「ん……死神も、あおいのも、両方どかーんする。で……なかよしは、いっしょに……んーん、今度は、みんないっしょに、かえる」
　それは、勇名のマルチプルミサイル。爆炎を振り払い、督戦兵が舌を打つ。
『俺の動きを読むとはな……！　ならば、たたみ掛けろ！』
　指揮官の攪乱に応えるべく、一般兵たちが一気呵成に突撃の咆哮を上げた。
　だがすでに、こちらも身構える仲間たちの背に癒しの雨が降り注いでいる。その身を焼く傷と呪いを塞ぎながら、エヴァリーナは口の端に笑みを浮かべて。
「片方が攻めたら片方が応える。こういうの、訓練された波状攻撃っていうのかな？　でも、こっちは隙なんかみせないよ。みんなの後ろには、私がいるもん」
　ね？　と、彼女は家族と仲間に微笑みかける。
　降り注ぐ慈雨に支えられ、番犬たちは銃剣の突撃と激突した。
　刺突をいなし、刃が交わり、弾丸が交錯して……。
　闘いは、多対多の乱戦へと突入する。

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　闘いが、加速する。
　その中で。
『お、お許しください、殿下！　……殿下ァ！』
　攻め手を担っていた一般兵が、悲鳴を上げて蹲る。リンネの見せた、幻影に向けて。
『落ち着け！　立って、この地を守り通せ！』
「それが貴方たちの見るトラウマ……そして統率の正体、ですか……なるほど。では貴方を鮮血に染め、その恐怖から解放しましょう」
　リンネは刃を翻して突進し、二人の一般兵がそれを庇おうと前へ出る。護り手の壁は厚く、その銃剣で容易く彼女の斬撃を防いでしまうだろう。
「……もちろん、僕が援護しなければの話だけどね。盛り上がってるところ悪いけど、ここ地球だから。不法占拠者には、とっととお帰り願おうか」
　ヴィルフレッドの影が掠めた瞬間、突進するリンネの足元が爆発する。発破の援護に乗って彼女は瞬間的に跳躍し、加速した一閃は敵の頭上を飛びぬけた。
　鮮血が飛び、着地と同時に攻め手の一般兵の首も落ちる。
『しまった！』
「よし……！　これで残る攻めは、背後の督戦兵のみ。邪魔な一般兵どもを押し切るぞ。連携が崩れた隙を突く……！」
　瞬間、ティーシャの銃が閃光を放つ。それは仲間の死に気を取られた護り手の兜を撃ち抜いて、その巨体を押し倒す。敵が頭を振って身を起こした時、その両脇から撃鉄を起こす音が響いた。
「……鈍いわね。あなたが立つまでの間に、二度は引き金を引ける。いえ、アルベルトと合わせれば、四度かしら？」
『……！』
　挟み込む二丁の拳銃。銃剣がひくりと動いた瞬間、アウレリアとその伴侶は引き金を落とす。轟音が響き、頭を撃ち抜かれた一般兵が、崩れ落ちる。
　布陣の崩れた一般兵たち。一気に傾きを見せる戦況に、督戦兵が舌を打つ。
『雑魚ども……がっ！』
　その指が爆破スイッチに掛かった瞬間、爆炎に呑まれたのは、督戦兵の方だった。悲鳴を上げて転がる彼に、ピアスを摘まんで笑みを返したのは、広喜。
「こいつはてめえだけの得意技じゃねえ。余計な邪魔はさせねえぜ。さあ……一気に切り崩すぜ。頼んだ……！」
　その脇を、眸が跳躍する。
「ああ。この地は、死神にもエインヘリアルにも、渡すもノか。この程度、あのときに比べれバ、なんてこともなイ戦いだ」
　咄嗟に放たれた銃弾は、キリノの瓦礫が受け止める。竜の名を冠した戦棍が氷結の煌めきを伴って振り下ろされた。兜を割られた護り手の体が、瞬く間に凍てついていく。悲鳴と共に、その体が砕け散って。
『おのれぇえ！』
「んっ」
　勇名が振り返る。中衛から跳ぶのは最後に残った一般兵。その銃剣が小さな肩に突き刺さり、血の飛沫と火花が散った。
　仲間の危機に、番犬たちが振り返る。
「ゆ……ッ！」
　だが袈裟掛けの一撃は、鎖骨に届く前に掴まれていた。ありえない反射と筋力に目を剥く一般兵へ向け、勇名はもう一方の手で刃を構えて。
「こんしんの、いちげき……ってやつ？　ちょっと、あぶなかった。えばりーなが手伝ってくれなかったら、まっぷたつ……だったかも」
　その背に、添えられた手。彼女が斬られる瞬間、エヴァリーナはショック打撃で能力を増幅し、本来以上の力を引き出したのだ。
「ちょっと危なかったね……でも、きっちり捕らえたよ。力を合わせれば、もう逃がさないんだから。さあ……やっちゃえ」
　その体躯からは想像もつかぬ力で銃剣を掴んで固定し、勇名の刃が敵を裂く。
　悲鳴と共に、その肉体が光と散って。
「……よし。邪魔な一般兵は、これにて殲滅だ」
　ティーシャが、銃を構えて振り返る。最後に残った督戦兵は、怯えたように足を退く。
『ば、馬鹿どもめ……』
「終わりダな。勝敗は、決しタ」
「ああ。こっちは全員無事。残るはお前だけだぜ」
　広喜は指を鳴らし、相棒と共ににじり寄る。
　ふと、エヴァリーナが、思い出したように付け加えた。
「あ、でも見逃してあげてもいいんじゃない、義姉さん？」
「ええ。知っていることを全て話すのならね。殿下の戦略とか」
「あ、さっきのトラウマから見て、それ直接尋ねるのは……」
　ヴィルフレッドが言い終わるよりも先に、督戦兵は剣を抜いた。
『黙れ！　黙れ黙れェ！』
「やはり、そうなりますか。仕方ありませんね」
「ん。どかーん、だね。りょうかい」
　リンネと勇名が刃を抜き、腰を下げる。
『衛士団を、舐めるなァア！』
　そして番犬たちは総撃を以て、自暴自棄な突撃を迎え討つ。
　立ち上る爆炎に呑まれ、最後の敵は悲鳴も残さず消え去った。

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　……剣戟の音は、遠く去った。
　闘いは終わり、周囲には宝玉化した敵勢が転がるのみ。
　アウレリアはそれを手にして……背筋に走る怖気に、顔をしかめた。
「駄目ね……危険すぎる。この鋭い敵意。持ち帰れば、きっと街中で目覚めてしまう。この宝玉は、物じゃない。生きているデウスエクスそのものだもの」
　降伏や同調を示し自ら宝玉へ変じた者ならば、救う手もある。しかしこれは、いつ起爆するかも知れぬ爆弾と同じ。しかもそれは、敵対的な意志を持つのだ。
「人類には、敵意あるデウスエクスを捕虜にする手段はない……放置するか、破壊するしかないな。ならば敵戦力は削るのが当初の目的だ。いいな？」
　同意を得て、ティーシャは散らばった宝玉を一つ一つ、ライフルで砕いていく。
「……仕方ないね。でも、情報は手に入った。現場で得られる生きた情報は大事だよ。整理しよう。まず蒼玉衛士団の中には、新たな王子が派遣されるという噂が立っている」
　そう語るヴィルフレッドを中心に、番犬たちは得られた情報を総括する。
「単純な援軍……ではなイな。一度しくじったサフィーロは、立場が危ういのダろう。恐らく彼の任務は、略奪まで含めタものだったのダ」
「えっと……前回のツグハって奴の部隊を俺たちが阻止しちまったからか。てことは、新しい王子ってのが来ると、サフィーロの奴は……」
「そいつの風下に立たされるわけです。要塞に籠るだけなら誰でもいいわけですし。でもここで死神を討ち払えば、城を守り切った功が立てられる……」
　眸とリンネの推測を聞き、広喜は「色々あんだな」と、首をひねる。
　つまり、この争覇戦の裏にはエインヘリアル王子たちの激しい権力闘争があるということだ。
　仮にここで、死神たちを優位にすればどうなるか……。
「おしろにこもって、ちのりがあって、えじ団もいっぱいいるのに、ポッと出の死神に負けちゃう王子……んう……カッコわるい……クビがとびそう」
　勇名の呟きに、幾人かの番犬から失笑が漏れる。
　だがその指摘は、的を射ているだろう。今は噂に過ぎない新王子派遣は現実となり、サフィーロは失脚するか、その前に起死回生の一手を打たざるを得なくなるはずだ。
「でも、死神が何考えてるのかは、わからないんだよね。向こうの情報も得られれば、考える材料も揃うんだろうけど……ああ、考えたらお腹減ったな……帰ろっか」
　エヴァリーナの言葉に、番犬たちは頷きあう。
　敵の殲滅は完了した。あまり長居をすれば、別の部隊にぶつかってしまう。
　そう。ここは、東京焦土地帯。
　溢れかえる死と無尽の剣の激突する、争いの大地。
　遥か遠方より響く、剣戟の音と猛る咆哮は今もやまず、その闘争がいかなる結末に至るのか、誰にもわからない。

　だが番犬たちは迷わない。
　踵を返し、歩みを進めるのみだ。
　目指すは闘争の決着ではなく、その結末の更に先なのだから……。

作者：白石小梅	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2020年3月3日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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