邪神植物トソース誘引作戦~チョコレイトの甘い罠

作者:波多蜜花

●ブラッディ・バレンタイン
 その公園は大阪でも有数のデートスポットとして名高く、バレンタイン当日はそこかしこにハートやリボンでオブジェが飾り付けられ、夜になればイルミネーションがライトアップされるという、カップルにとって絶好の場所であった。
 そして、ここにもそのデートスポットにやってきたカップルがいた。
「はい、バレンタインのチョコレート! 貴方の為に、頑張って作っちゃった」
 女がはにかみながら、向かい合う男に可愛らしい紙袋を渡す。
「ありがとう、すごく嬉しいよ。勿体なくて食べられないかもだ」
 嬉しそうに受け取った男は、紙袋の中にある彼女がラッピングしたであろう箱を見て、そっと彼女を抱き寄せた。
 見つめ合う二人、今にも重なり合いそうなほどに顔を近付けたその時だった。カップルの目の前に、名状し難き何かが現れたのは。
「きゃああ!」
「うわああ!」
 男と女の悲鳴が響く。うねうねとした目玉の付いた何かが、カップルへとその触手を伸ばす。混乱した頭のまま、男が女の手を握って走ろうとするけれど、その足は無慈悲にも化け物に捕らわれた。
「君だけでも、早く!」
「そんな! 貴方を置いて逃げるなんて!」
 庇い合う二人を、目玉がぎょろりと見据え――二人諸共。
 くちゃくちゃ、と赤い塊を化け物……邪神植物トソースが咀嚼し、飲み込む。カップルだったものをぺろりと喰い終わったトソースがぶるぶると震えるような動きを見せたかと思うと、瞬く間に八体に分裂する。
 そして次の獲物を狙い、それぞれがどこかへと消えていった。

●ヘリポートにて
「ハッピーバレンタイン! ……って言いたいとこなんやけどな」
 いつも朗らかな笑みを浮かべている信濃・撫子(撫子繚乱のヘリオライダー・en0223)が、今日ばかりは少し難しい顔をしてケルベロス達を迎え入れる。
「大阪城の攻性植物に動きがあったんよ」
 季節の魔力の一つでもある『バレンタインの魔力』を強奪する為、強力な攻性植物が大阪都市部を無差別に襲撃する、それが撫子の見た予知だと言う。
「襲撃してくるんは邪神植物トソース……正式名称をチョコレイ=トソースっていう奴でな。バレンタインを楽しんどる男女を食い殺して、バレンタインの魔力を奪うんよ」
 しかも、バレンタインの魔力を奪うとその場で分裂を始め、繁殖するのだと撫子が語る。「それでな、その分裂したんも同じようにバレンタインの魔力を求めてカップルを狙いに行くんよ」
 被害者が出てしまえば、それは鼠算式に増えて大阪都市圏が壊滅しかねない。
「この邪神植物トソースなんやけど、バレンタインの魔力が高まった場所に転移して襲撃を繰り返す性質があってな」
 この性質を利用してケルベロスがカップルとして囮になり、バレンタインの魔力を高めれば邪神植物トソースを大量に誘き寄せることができると、撫子が頷く。
「バレンタインの魔力が高ければ高い程、邪神植物トソースがやってくる数も増えるからな? 皆にはちょっと気合入れて囮になって欲しいんや」
 万が一囮作戦を行わない場合は、迎撃し損なった邪神植物トソースが対応しきれないほどの数になると予想されている。だから何としても! と撫子がケルベロス達に伝えると、相手が居ない場合はどうしたらいいのかと控えめに告げられる。
「そこはまぁ、何とかな? ここに居合わせたんと、疑似カップルを演じるっちゅーのも手や」
 ガシ、と手を掴まれた猫塚・千李(三味を爪弾く三毛猫・en0224)が、寝耳に水どころではない表情を見せたが、それが必要とあればと最終的には頷いた。
「バレンタインの魔力を高めるんは恋人同士と違っても、ケルベロスの皆やったらなんとかなるんやけど……本気を出さんと充分な効果は発揮できへんから、そこんとこよろしくやよ」
 えっ!? という顔で千李が撫子を見るが、時はすでに遅し。犠牲者を出さぬ為、ケルベロス達は大阪へ向かうヘリオンへと乗り込んだ。


参加者
藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)
水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)
ヴィヴィアン・ローゼット(びびあん・e02608)
御巫・かなみ(天然オラトリオと苦労人の猫・e03242)
七星・さくら(しあわせのいろ・e04235)
レヴィン・ペイルライダー(秘宝を求めて・e25278)
ウリル・ウルヴェーラ(黒霧・e61399)
リュシエンヌ・ウルヴェーラ(陽だまり・e61400)

■リプレイ

●スイートミッション
「これで……よし、っと」
 キープアウトテープを張り終えた水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)が他の場所はどうだろうかと見回すと、他の場所を担当していた藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)が軽く手を振って応える。それに頷くと、少し離れた場所でテープを張り終えたヴィヴィアン・ローゼット(びびあん・e02608)が鬼人に駆け寄った。
「鬼人! こっちの準備はばっちりだよ!」
「お疲れ、手伝いありがとうな」
 鬼人が頭をぽんっと撫でると、ヴィヴィアンのボクスドラゴンであるアネリーも撫でてというように顔を寄せる。二人で笑い合ってアネリーを撫でると、人払いの手伝いをしていた猫塚・千李(三味を爪弾く三毛猫・en0224)が戻ってきた。
「周囲の避難は完了だ、今は俺達だけだぜ」
「では、そろそろ私達の出番ですね」
 御巫・かなみ(天然オラトリオと苦労人の猫・e03242)がウイングキャットの犬飼さんを撫でると、リュシエンヌ・ウルヴェーラ(陽だまり・e61400)もムスターシュに空からの見張りをお願いね? と笑みを浮かべる。
「オレ達が囮行動をしている間の一般人の避難は千李が、トソースが出てきたらサーヴァント達が知らせてくれるってことでいいんだよな?」
 レヴィン・ペイルライダー(秘宝を求めて・e25278)が改めて確認を取ると千李が快く頷き、サーヴァント達も任されたとばかりに空へと飛んでいく。
「皆、頑張ろうね!」
 幸せなバレンタインを台無しにする輩は許せない! と、七星・さくら(しあわせのいろ・e04235)が気合も充分に小さくガッツポーズを作ると、ケルベロス達が勿論と大きく頷いた。
「それじゃあ……行こうか?」
 ウリル・ウルヴェーラ(黒霧・e61399)が甘く微笑んで、妻であるリュシエンヌの手を取りベンチへ向かう。続くように、鬼人がヴィヴィアンと共にウリル達とは離れた場所のベンチへ、レヴィンとかなみが反対方向へと歩いて行く。
 景臣が自販機で温かい飲み物を二本購入すると自身を待つ人の元へと迷わずに向かい、さくらが最愛の夫に向かって駆けだす。ここに邪神植物トソースを誘き出す、甘い夜が始まろうとしていた。

●甘い時間を、あなたと
「前から思ってたんだが……デウスエクスってこの手のリア充イベント、嫌いなのか?」
 イルミネーションが見えるベンチに座り、鬼人が囁くように言う。その少し近い距離にドキドキしながら、ヴィヴィアンが顔を上げていつも通りを装って答えた。
「人も集まるし、何かしらの魔力が高まるから……なのかな?」
 邪魔をされる立場からすれば大迷惑なのだが、今回は囮だからとヴィヴィアンが思い切って鬼人の手首にするりと触れ、そのまま指先を絡めて繋ぐ。所謂恋人繋ぎとも呼ばれる手の触れ合いだ。
 その手の感触に鬼人が一瞬動揺するが、そこは悟らせまいと押し隠す。伝えたい言葉は胸の中で暴れているのに、ヴィヴィアンの手の温かさに何を話せばいいのか考えが纏まらない。それでも、黙っていても気持ちは伝わるだろうかと鬼人が彼女を見つめた。
「鬼人……」
 少しくらい大胆になってもいいよね? と、ヴィヴィアンが身体を寄せ、甘えるように頬を寄せて彼を見上げる。
「チョコレート、作ったんだけど……食べてくれる?」
 恥じらう様な、それでいて愛しいという気持ちを伝えてくれる彼女の表情に、鬼人の頬が熱くなる。気付かれないようにと願いながらチョコを貰うことを告げると、ヴィヴィアンが手作りのハートチョコを指先で摘まみ、鬼人の口許へと近付けた。
 その可愛さに心臓が止まるかと思ったけれど、ヴィヴィアンの指先を掠めるように鬼人がチョコを唇で奪い取る。
「ん、美味しい」
「そ、そう? 美味しいなら、良かった」
 指ごと食べられそうなその距離と、逸らされない力強い瞳に心臓が高鳴る。
「その、もうちょっと近い方が食べやすいかな?」
 え? と思った時にはヴィヴィアンの身体は鬼人の胸の中にあって、心臓の音が聞こえてしまいそうなほど二人の身体がくっついていた。このまま時間が止まってしまえばいいのにと願う程の幸福感に、ヴィヴィアンがそっと目を閉じた。

 ブランコに乗りたい、と言ったかなみをレヴィンがまじまじと見つめる。
「子供っぽいでしょうか?」
「いや、かなみらしいなって思ってな。でも勢い付け過ぎて落ちるなよ?」
「うぅ、落ちたりしませんよ~!」
 行こう、とレヴィンがかなみの手を握る。わ、と嬉しそうに微笑んだかなみにレヴィンも笑って、改めてゆっくりと歩き出した。
 ブランコはすぐに見つかって、繋いだ手を離すのを惜しむように、かなみがレヴィンと繋ぐ手に力を込める。
「ん? 一緒に乗るか?」
「ひ、一人で乗れますってば~!」
 笑いながらレヴィンもかなみが座ったブランコの隣に座る。少しだけ二人でブランコを漕いで、キィっと止まるとかなみがレヴィンの方を向いた。
「これ、チョコとプレゼントです」
 綺麗に包装されたそれは、かなみが包んだのだろう。上手に結ばれたリボンにかなみの想いが詰まっているように見えて、レヴィンの頬が緩む。
「ありがとう……毎年貰えるけど毎年嬉しい」
 貰えると思っていても、本当に貰えるまでは緊張もするし、実際に貰えたらとても嬉しい。頬を緩ませたまま包みを開けると、チョコとランプが一つ。そっと点けてみれば、優しい青色をした炎が灯る。
「これ……」
「はい、レヴィンさんの炎の色と同じ炎のランプにしました!」
 ふふ、と笑って、かなみが続ける。
「普段右目の炎は他の人と比べて弱火って言ってますけど、本当はわざと炎を出さないようにしてますよね……?」
「驚いたな、お見通しなのか……」
 右目が地獄化した切欠を思うと、どうしたって目を背けたくなるけれど。
「何年お付き合いしてると思ってるんですかー! 私の好きなレヴィンさんの炎、レヴィンさんにも好きになって欲しいです!」
 最愛が、自分の勝利の女神がそう言うのなら。すぐには無理でも、自分の炎に自信を持たなくてはとレヴィンの瞳が優しい光を灯す。
「ありがとう……大好きだぜ、かなみ」
「私もレヴィンさんが大好きです!」
 どちらからともなく伸ばされた手を繋ぎ、二人が笑った。

 どちらが好きですか? と問われて受け取った、まだ熱い缶のプルタブを開け、ゼレフ・スティガル(雲・e00179)が景臣の隣を歩く。
「あっちもこっちも甘い香りの季節だねえ」
「この時期になるとチョコレートの匂いを感じるだけで、浮足立つ気持ちになってしまいます」
 お菓子会社の陰謀だとは言うけれど、チョコレートに罪はないですからと景臣が言うと、ゼレフがそうだなぁと相槌を打つ。
「……あ、ゼレフさん」
「どうした?」
「彼方のイルミネーション、綺麗ですよ? 行ってみませんか」
 微笑んだ景臣がエスコートするように伸ばした手を、唇の端で笑ってゼレフが取る。繋いだ手をそのままにイルミネーションに向かって歩くと、景臣がふふっと笑う。
「この日の為に何を話すか考えてきたんです。例えばですね……」
「うん」
「ほら、あれです、えーっと……」
「うん? 何をそんなに緊張してるのさ」
 相槌を疑問符に変えたゼレフが、景臣の顔を覗き込んだ。
「……っは! 凄いですね。何故緊張していると分かったんです?」
「いや、とても分かり易いというか」
 ふ、と笑って、ゼレフが全てお見通しとでも言うように、繋いでいる景臣の手をポケットの中へとエスコートする。
「そうだねぇ、装うならこんな感じで」
「……そうですね」
 誘われたポケットの中はすぐに二人の体温で温かくなり、景臣が目を瞬かせると緩く微笑んだ。
 そのままイルミネーションを楽しむように歩き、いつもより少し近い距離で囁き合う。
「そういえば、景臣君と会って何年経つんだっけ」
「……何年でしょう?」
 気にしたことも無い程、一緒にいるのが当たり前になった相棒の顔を景臣が盗み見る。二人で歩いて、話して、何度も繰り返したからこそ。
「貴方が本当に笑っている姿を見られる様になった気がします」
「そうだね、僕だって君の歩く速さもすっかり覚えてしまった」
「ふふ、ゼレフさんが寒さに強いのは僕だって知っていますよ」
 は、と破顔したゼレフが、それでも冬がひと恋しい季節と云われるのは少し分かるようになった気がすると、景臣を見る。
「人恋しいならば、暫くこうしていましょうか?」
 景臣がポケットの中の手を軽く握れば、応えるように柔らかく握り返された。

 バレンタインは大好きな人に想いを伝える勇気を貰える日、そんな大切な一日を攻性植物なんかに壊させないのよ! と意気込むリュシエンヌに、ウリルがベンチにエスコートして座る。
「ルル……なんだか燃えてるね?」
「だってバレンタインなんだもの、悪い子は一網打尽なのっ」
 旦那様とのすーぱーらぶらぶぱわーで! とリュシエンヌが頷いて、そっとウリルの膝の上に座り直した。
「俺の妻は甘えん坊さんだね」
 膝に乗った彼女に甘く微笑んで、ウリルが落ちないようにね? と、腰を抱き寄せる。
「うりるさんはルルを落としたりしないもの」
「確かに。ルル、イルミネーションは見ないのかい?」
「それよりも、うりるさんを見てる方が大事だもん」
 くすくすと笑って、リュシエンヌが準備していた手作りチョコの箱をウリルに見せた。
「ルル、このままじゃ食べられないから……なんて心配は無用みたいだね」
 リュシエンヌが箱を開けて、チョコを一粒その白い指先に摘まんでいる。
「えへ……ルルのらぶがたっぷり詰まったチョコよ? はい……あーん」
 敵を誘う為の囮作戦だけれど、そんなことを忘れてしまうほどに二人の空気は甘くて蕩けそうな程だ。
「ん……美味い」
 口の中で溶かすと、ラム酒がふわりと香ってウリルの好みを把握したチョコだと分かる。妻の愛を感じながら、しみじみとチョコを味わっているとリュシエンヌがウリルの頬をちょんっと突いた。
「うりるさん、チョコ付いてる」
「どこ……」
 に、という言葉は唇に感じた柔らかな感触に奪われて消える。
「……美味しい、ね?」
「じゃあ、もっと味わってみる?」
 そっと鼻先を摺り寄せて、ラム酒が甘く香る二人の吐息がゆっくりとその距離を近付けて――。

「さくら?」
「はい、ヴァルカンさん」
 最愛の夫の腕に自分の腕を絡め、いつもより少し積極的に身体をくっつけていたさくらが彼を下から覗くように見上げる。その仕草もとても可愛らしく、ヴァルカンが目許を緩ませながらも口を開いた。
「私は普段通りで良いと思うのだが」
「ひっついているのは、ダメ……?」
 上目遣いでそう言われてしまえば、彼に否という選択肢はない。なんとも妻には弱い……と内省しつつも、嬉しそうに微笑むさくらを見てしまえばそれもすぐに霧散する。
「あ、あのオブジェ素敵ね!」
 さくらが指さす先には、ハートマークの中に鐘が釣り飾られたもので、イルミネーションによってピンクや白と煌びやかに光を放っている。写真を撮ろうという誘いにヴァルカンが携帯電話のカメラを起動させて構えると、構えた腕ごとさくらに引っ張られた。
「一緒に撮るのよ?」
「……ああ」
 顔を近付けて自撮りをすると、嬉しいと喜んでいたさくらが、ピンっと背筋を伸ばして彼に向き合った。
「ぁ、あのね? 今日はバレンタインだから、あなたに甘い贈り物があるの。……目、閉じてもらっても、良い?」
「無論だとも」
 素直に目を閉じ、さくらが何をするのかを待つ。チョコレートを口の中に放り込まれるのか、それとも……と考えた瞬間。
「……愛してる」
 ヴァルカンにしか聞こえない小さな囁き声が聞こえたかと思えば、すぐに柔らかい感触がヴァルカンのそれに重なり、目を開ける前に離れていく。
「ふふ、吃驚した? 贈り物がチョコだとは言ってないわよ?」
 そうして目を開ければ、悪戯が成功したような笑みを浮かべたさくらの顔。愛しいとはこういうことを言うのだろう、ヴァルカンは目の前の細い身体を抱き寄せる。
「愛している」
 そう告げて、言葉よりも確かな愛をその唇に――と思った時だった。
「ふぁっ、ゃ、んもうっ! そういうことは家で……」
「さくら?」
「あれ?」
 愛しい夫の腕は確かにさくらの身体を抱き締めている、とすればこの足を触る感触は? と、さくらが違和感を感じる箇所に目を向けた。
「……お前かぁっ!」
 さくらが叫び、太腿に絡んでいた攻性植物の触手を千切るのと同時に、見張りをしていたサーヴァント達から警告の鳴声が響いた。

●甘い罠にご用心
 警告が響いた瞬間に動いたのはウリルで、リュシエンヌの手を取り戦いやすい場へと駆け出す。
「この邪魔をした罰は、しっかり受けてもらわないとね」
「うりるさん、あれ!」
 リュシエンヌが見たのは、うぞうぞと集まるトソースの群れ。
「……ちょっと集めすぎたか?」
 鬼人がそう言うと、渇いた笑いを浮かべる。ざっと見た限りでも、200体はくだらない。公園の中心部、円を描くようにお互いの背を預け、いい所を邪魔された恨みを晴らすが如くケルベロス達が動いた。
「さあ、静かに眠れ」
 ウリルの唇から囁かれた声は冷たく、トソース達に巻き付くかのようにその身を地へと伏せさせる。Cauchemar(ハメツノウタ)はその名の通り、攻性植物の群れを破滅へと導いていく。その攻撃を潜り抜けた敵へ、リュシエンヌが煌く光の粒子を降り注がせた。
「動かないで」
 Coin leger(ネライサダメテ)、その光はトソースの影を縫い留めてウリルと同じように敵を這い蹲らせる。ムスターシュはそんな主とその旦那様を守る様に翼を羽ばたかせた。
「いくぜ、ヴィヴィアン!」
「任せて! ――愛しきあなたと共に」
 互いの背を任せ、鬼人とヴィヴィアンが息の合った動きを見せる。花吹雪が舞い、ヴィヴィアンの声が凛と響いて越後守国儔を構えた鬼人の剣技が冴え渡る。それは戦場でありながら、二人だけの美しく神聖な演舞、紅華歌舞と蒼月刀舞。二人でなければ成し得ない妙技がトソースの群れを切り刻むと、それを援護するようにアネリーがブレスを放ち、殲滅していく。
「いきますよ――火加減は苦手でして」
 眼鏡を懐のポケットに仕舞い、景臣が此咲に幽かな紅蓮を纏わせて舞うように振るう。それをサポートするようにゼレフが動き、二人の目の前にいた敵が花と散る。
「負けてられないな」
 敵の数が多い場所を狙い、レヴィンが銀色の銃に青い炎を纏わせる。引けなかった引鉄も、見ないフリをしていた何もかもを吹き飛ばすように、銃口をトソースに向けた。
「逃げるなよ、どこまでも追いかけ絡みつくぜ……!」
 青い炎が走り、トソースを絡め取るように燃え広がる。
「纏めてぶっ飛ばすわよ!」
 いい所を邪魔された恨み、とばかりにさくらが右手を掲げ、魔力を集めていく。
「ちょっと本気出しちゃうわよ? ……降り注げ、桜雷雨!」
 ふわり、と魔力で模られた桜の花弁が優美にトソースの頭上を舞う。一瞬、その美しさに動きの止まったトソースへ、雷の矢が暴雨のように降り注いだ。
「その、さくら、程々にしておくのだぞ……?」
 自分の出番はなさそうだとヴァルカンが嘯いて、さくらが打ち漏らした敵を片付けていく。
「どんな困難にも、打ち勝つ力を……!」
 祈りを捧げるように天を仰いだかなみを守る様に、レヴィンの背が触れる。その守りに全てを預け、かなみのヒーリングレイジが鬼人へと降り注いだ。犬飼さんもかなみを守る様に羽ばたき、向かい来る敵へ尻尾のリングを飛ばす。
「結構減ったが、まだいるな」
 近くの敵を倒していた千李がそう呟いた時だった。
「手を貸そう」
 皇・絶華(影月・e04491)が颯爽と現れ、トソースの群れに向かって名状し難き技を放つ。
「我が圧倒的なパワーを秘めたチョコを以て貴様らにも圧倒的なパワーを与えてやろう!」
 トソースに負けず劣らずなうねっとした何かが、トソースを飲み込む。圧倒的な力を受け止めきれなかったのだろう、そのまま飲み込まれたトソースはとぷんと消えた。
「この調子なら、全部倒すのも時間の問題だな」
 千李の言葉は正しく、バレンタインの魔力に誘われた邪神植物はケルベロス達の息の合った猛攻により、あっという間に最後の一体まで狩り尽くされたのだった。

●バレンタインの夜に
「これで全部、でしょうか?」
「そうみたいね」
 公園のヒールを手分けしていたかなみとリュシエンヌがお互いの顔を見合わせて微笑む。そして、お疲れ様と手を振り合ってお互いの唯一が待つ場所へ駆けていく。
「お疲れ様です」
「ああ」
「……デートの続きでもしましょうか?」
 悪戯っぽく笑った景臣にゼレフが笑って、その手を掴んでポケットへと連れ去ると、そのまま歩き出す。
「俺達も帰るか」
 どこからともなく取り出したマフラーを自分とヴィヴィアンの首に巻いて、鬼人が微笑む。
「……うん!」
 嬉しいサプライズに頬を緩ませ、ヴィヴィアンが鬼人の手を繋いだ。
「そろそろ帰るか? さくら」
「……デートの続きは?」
 イルミネーションを背にさくらが答えると、ヴァルカンがエスコートするかのように恭しく腕を差し出す。

 それぞれのバレンタインの夜の始まりを告げるように、公園に優しい鐘の音が響いていた。

作者:波多蜜花 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年2月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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