「なんじゃこりゃぁぁぁぁー!?」
バレンタインデー当日、大阪城から北西に位置する大阪市北区の複合商業施設は悲鳴と絶叫に覆われた。
チョコレートを手に待ち合わせる女性、期待に胸を膨らませた青年、あるいは結ばれた絆を確認し合う恋人たち。
「ニャァァァァァ」
「ニャァァァァァァァァァァ」
その全てを黄土色の樹根めいた触手の怪物が飲み込んでいく。
増えていく。
更に喰らう。
「ニャァァァァァ」
十を数える程となった塊から、芽吹いた幾つもの『目』がぱちくりと動き、狙いをつける。
「ひっ!?」
「く、くるなっ!」
今まさに告白の時を迎えようとしたカップルがまた、飲み込まれた。
「ニャァァァァァ」
人々が、バレンタインデーが溶けていく。
「大阪城ユグドラシルでで新たな動きが見えた」
集まったケルベロスたちにリリエ・グレッツェンド(シャドウエルフのヘリオライダー・en0127)が告げた予知は、攻性植物たちの襲来。
「グランドロンの解放や白百合騎士団の滅亡でデウスエクス大同盟に変化があったのか……原因は不明だが、攻性植物たちは大阪城周辺から、防衛の要の『邪神植物トソース』を外部に解き放ったらしい」
邪神植物トソース……正式名称『チョコレイ=トソース』はユグドラシルとアスガルドの国境地域の防衛を行っていた強力な攻性植物である。
それを攻性植物たちが解き放った狙いは季節の魔力の一つである『バレンタインの魔力』……バレンタインを楽しむ男女を食い殺して奪った魔力で鼠算式に分裂し、大阪府一帯を覆い尽くそうとしているという。
「皆に頼みたいのは大阪市の北区、複合商業施設の護りだ。邪神植物トソースの攻撃を食い止め、大阪とバレンタインデーを守ってくれ」
作戦についてだが、とリリエは地図を広げて説明する。
「この邪神植物トソースだが、バレンタインの魔力が高まった場所に転移して襲撃を繰り返す性質を持っているらしい……この性質を囮に利用する」
同じカップルならケルベロスの方が要する魔力は一般に多い。ケルベロスのカップルが囮となってバレンタインの魔力を高めれば、邪神植物トソースを大量におびき寄せる事が出来るだろう。
「幸いというか、邪神植物トソースは純粋な戦闘力で言えばかなり弱い……我々ケルベロスだから言えることではあるが……集める事さえできれば一網打尽にするのは簡単なはずだ」
ケルベロスたちの魔力を十分に高めれば百を超える邪神植物トソースを集め、一気に倒すこともできるだろう。
……逆に言えば、囮作戦に失敗すればそれだけの数が大阪全域を一斉に襲ってしまう。そうなれば迎撃は困難で、この任務は重大なものだ。
「頼むぞ、ケルベロス……あぁ、それと。バレンタインの魔力を高めるのに重要なのは『本気』だそうだ。恋人同士でなくても大丈夫らしいが、本気でなければダメらしいぞ」
含みあるようにリリエは笑う。
任務とあれば仕方ない。そう思えばイベントに身に入るところもあるだろうか。
さっさと邪神植物を始末すれば、楽しい時間が待っているはずだ。
参加者 | |
---|---|
ラトゥーニ・ベルフロー(至福の夢・e00214) |
青葉・幽(ロットアウト・e00321) |
大弓・言葉(花冠に棘・e00431) |
神門・柧魅(孤高のかどみうむ缶・e00898) |
火倶利・ひなみく(スウィート・e10573) |
輝島・華(夢見花・e11960) |
七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685) |
アリャリァリャ・ロートクロム(悪食・e35846) |
●ケルベロス恋バナ女子会
大阪市北区、複合商業施設の一角に開いたオープンカフェは花盛りであった。
無論、比喩的な意味である。
「くっくっく、どうだ……作るのにかなり時間をかけたが凄いだろう? オレの本気は凄いのだ!」
「凄いけど、凄いけど……これでいいのか……?」
作品名『チョコなる物』。
本気の何かでいいならできる、と神門・柧魅(孤高のかどみうむ缶・e00898)が持ち込んだ山羊か巨木めいた抱え込めそうなチョコレートに青葉・幽(ロットアウト・e00321)も思わず二度見する。
「大丈夫、大丈夫! どんな形であれ『好き』の気持ちとスイーツは大切なものよ!」
「貰ぇるものはたくさんもらぅ。リリ、ぉ茶」
だが目印にはちょうどいい。大弓・言葉(花冠に棘・e00431)が甘い香りの『Halloween Parfum』をティーカップを淹れ、周囲にに持ち寄ったショコラケーキを広げていけば、ラトゥーニ・ベルフロー(至福の夢・e00214)……そのサーヴァントのボクスドラゴン『リリ』が薔薇の香り漂う『Red Mirage』を準備した。
「バレンタインはボクたち女の子が主役だからね!」
「ベイクドショコラにー、チョコたっぷりドーナツにー、クッキー色々、バラとイチゴの真っ赤なパウンドケーキもドーン!」
食の味も量もさすがのケスベロススタイル、アリャリァリャ・ロートクロム(悪食・e35846)が並べていくなか、七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)は友チョコを火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)へ。
「“特別”なヒトは恋人さんに限らないんだよ! ボクは兄様にもチョコをあげるんだよ! 兄様はとっても綺麗でかっこよくてボクたちに優しいんだよ!」
「そうだね。いまお留守番してるんだけど、タカラバコちゃんにチョコあげたよ! そしたら甘いものだからかしらないけどすっごい喜んで、ダンスまでしてくれて~!」
本人がいないところだから言える~! と、スマートフォンの動画を見せるひなみく、彼女の配るスティックチョコを片手に、乙女たちのコイバナは最高潮に盛り上がる。
「アタシの憧れの人は憐お姉ちゃんよ。血は繋がってないけど、アタシはお姉ちゃんだと思ってるし、お姉ちゃんもアタシの事を実の妹みたいに……もっとそれ以上に可愛がってくれてるの。カッコよくてクールで優しくて、大人の女性って、感じで……」
「そうですよね、認めてくれる方! そんな方を私も支えて共に歩める相手に巡り合えたら、って……」
話題の広がりに口が軽くなった幽に輝島・華(夢見花・e11960)も乗る。
「なんかぃい、あまぁい、匂ぃ……」
ラトゥーニがうとうととしだすのはチョコレートの甘い香りだけではないだろう。
「けどイイヒトなかなか見つからネーナ! ウチのコト使っテくれルご主人探し中だけど……ただおいしいもの一緒においしいっテ食べテ、ウチが死んだラウチのコトおいしいっテ食べテくれルダケでイイんダケド!」
その一方、やっぱり女子力は見た目なのか……と、うなだれるアリャリァリャもいたが、そんなことはないぞと柧魅が力説。
「うむ、それはアリャリァリャが凄い事なのだ。近寄ることもできないとはそれだけすごい、希少価値ということだぞ!」
「なンかシんネーガ、スゴい自信だな!」
豪快な愛らしさで笑い合う二人。
だがそのテーブル脇には、顔を覗かせた細く長いものがいた。
「来たんだよ!」
瑪璃瑠の目ざとい声に、日南区の手で蝶の片羽が閃いた。
●外野なる(邪)神の来訪
先走った蔦触手の鎌首が飛ぶ。反応したのはひなみくだった。
「死角から来てる、テーブル!」
始末を終えた『バタフライ・キス』を鳴らし、ひなみくはスライド式のテーブルを慎重に蹴り飛ばす。それは視界の確保であり、宴席の死守。
「ニャァァァァァ」
「ニャァァァァァァァァァァ」
だがそれは正気への挑戦。岩の下をはいずる地虫が如く、どけられたテーブル下から歪んだ猫のような鳴き声が響き出す。
即座に叩きつけた紅蓮大車輪が邪神植物を焼き払う、が。
「コイバナにつられてやってくるにはちょっと見た目が……でも彼らも恋をしたいのかもと考えると……つらたん!」
「それはないと思う……ぶーちゃん、御願い」
なんとか、言葉の指示に緊急退避したスイーツはクマバチに似たボクスドラゴン『ぶーちゃん』に受け止められた。
もはや退く場はない。敵の数に怯える相棒を庇い、言葉は地に放ったエレメンタルボルトへと簒奪者の鎌をぶん回した。
「もう、女子会……じゃなかったバレンタインを邪魔するトソースは殲滅なの」
おっかなびっくり、打ち込まれた地面に炸裂するエレメンタルデトネイション。解放された属性の嵐が身を隠し近付こうとする『邪神植物トソース』を一気に吹き飛ばした。
「数はいるけど……そんなに強くなぃ? リリ、任せた」
のたうつ邪神植物の様子にラトゥーニが身を引く……が、敵がそれを許すはずもなく、面倒くさそうにラトゥーには暗黒縛鎖の結界を張った。
その拘束の鎖を飛び越えて駆け抜ける影が一つ、二つ。
「ざっと数えて百と五十ってとこ? 誇っていいのかしらね、これ!」
「おぅ、これがオレと、オレたちの本気だぜ!」
煉瓦敷きの地面を横っ飛びに『Eurypterid Mk-Ⅱ"Pterygotus"』を着装した幽のナパームミサイルが投網めいた軌道を描く。
応えながら柧魅も飛び込み、開いた穴を広げんとする……が。
「うぉっ? なんだこれ……!」
咄嗟、襲い来る浅茶色の蔦を旋刃脚に切り替えて薙ぎ払う。名状しがたき攻性植物の傷から漏れだす体液は、粘り気の強い赤土色。
「おォ! なンかウマそーだナ!」
「え……た、食べるのはちょっと危なそうですの……」
飛びかかるアリャリァリャの隣、華の危惧を裏付けるようにライドキャリバー『ブルーム』のキャリバースピンがひっかけた粘液が音を立てて爆ぜ、箒に咲いた花飾りが色を変える。
「なーニ、いいシゲキだゾ!」
「シゲキってなんだっけ……」
ものともしないのはアリャリァリャただ一人。
言葉にオラトリオヴェールの援護を受けつつ、襲い絡みつくソトースの蔦を両の手のチェーンソー剣で、斬霊刀で、あるいは噛み付きで引き千切り、焼けつくゴスロリパンクも気にせずと突進する。
「ニャ!?」
「オォォォォ、ダイ、コン――おろーし!」
摩り下ろすが如き猛烈な連撃が着火、顕現した地獄の窯が邪神植物を『名物・大魂颪焼』へと変えていく。
「食べりゅ?」
「え、遠慮するんだよ……けど、今だよ!」
焼き上がった邪神植物に本気ともつかぬラトゥーニを遠慮し、瑪璃瑠は一時開けたカフェの戦闘空間へ『月夜の天使』を呼び寄せる。
それは月杜・イサギの残霊と奏でる、記憶に焼き付いた始まりの日の光景を再演する魔術結界。
闇夜に輝く月よりも尚美しい舞い散る羽が絡みつく蔦を萎えさせ、粘りつく毒液を浄化していく。
「其は始まりの記憶。月よりも美しいヒト」
「よーし今度こそこっちもいくか、複合式忍殺術!」
蔦触手を振りほどき、復活した柧魅もまた残霊を呼ぶ。
仲間たちが抉じ開け、集結する邪神植物に塞がれかけた敵中心地に背中合わせの二人が飛んだ。
「複合式忍殺術・黒雷閃華」
柧魅の『柧魅式忍殺術』へ、残霊の御足菜・蓮から『緋緋色蓮華・陽煌絶零』の羽ばたかせる紅く燃える光の翼が重なり、解き放たれた粒子が蓮華の花の如く広がって咲き乱れていく。
「攻性植物に花咲かせるとは、いいセンスしてるわね……!」
幽の呟きに瞬間、張り巡らされた朱い鋼の糸を通して、黒き雷霆が炸裂した。
●召『還』せよ邪神植物
触手ひしめくソトースたちの中心、がっぽり開いた穴に幽は『ウェポンスラスターベン』を吹かせて空から飛んだ。
飛び込みながらのキャバリアランページが邪神植物を刈り取り、突入口を閉じさせまいと粘る。
「もう半分は潰したと思うんだけど……選手交代よ。瑪璃瑠、こっちもお願い!」
「任されたんだよ!」
アリャリァリャと柧魅の大技が相当な数を刈り取ったはずだが、倒しても、なおソトースたちの勢いは減じない。
前衛の柧魅たちから逃れた触手が迫るのを、ラトゥーニはディスインテグレートの虚無球体を盾に逃れる。
「減らなぃ……喚ばれてるなら、戻さなぃと」
「助かったんだよ、ラトゥーニ!」
その動きは結果として瑪璃瑠への援護になった。
立て続け、大自然の護りをアリャリァリャに接続し、毒に爛れた肌を癒していく。
その間にも増え続ける邪神植物、その数は今なお五十以上にあった。
「ニャァァァ」
「もうっ、そんなに触れたいかっ!」
そのしつこさに、ひなみくの声が瞬間、荒げる。
瞬間、放つは声と似合わぬピンクとオレンジのふわふわ『YUMEKAWA gloria!』
「……ポイントは髪飾りなんだよ~?」
「まぁ、かわいらしい。では私からも……」
華の手から舞うのは『青薔薇の奇跡』。邪神植物がにじりよるひなみくの元へ。風に乗って花弁が飛ぶ。幻想的な光景のなか、伸ばした触手がグラビティを振れた。
「触れてもいいよ? 寒いのはお好き?」
その瞬間、ソトースは氷と砕けて青薔薇の中を散っていく。
「凍り付くくらい、わたしに見とれて欲しいの……」
「その思いの奇跡は、確かにここにありますの」
「ニャ、ニャニャァァァァァ」
華の声に邪神植物らは気づいたのだろうか? いつのまにかが包囲される側と化していた事に。
ライドキャリバー『ブルーム』のキャリバースピンが箒星の軌道を描き、奇蹟の青薔薇を風に舞わせた。
「おーっと、逃がしはしないよー!」
そして賢明にも後ずさろうとしたソトースらには、言葉が『コンパクト風爆破スイッチ』を開き、起動。
仕込んでおいたエスケープマインが一斉に起爆し、凍りかけのソトースたちを容赦なく吹き飛ばす。
「『女の子は正義』なのっ!」
「おォッ、女子力だゾー!」
止めと飛びかかるのは『女の子は正義』を体現するような、リボンとフリルに飾り付けられたアリャリァリャ。
傷と破けた衣装を覆い愛らしさを増した装飾が、粘液も触手も通さないのは女子力という他にない。
「ミンナでワイワイ食ベルのはおいしいナ! イタダキマース!」
斬霊刀が乱れ咲かせる桜花剣舞。
血しぶきにも似た桜吹雪が舞い散れば、そこに動く邪神植物はもはや残っていなかった。
●再び花咲いて
「できたよーっ」
何とかオープンカフェの片づけを追え……言葉の半身『ぶーちゃん』が会場を死守してくれたこともあり、無事に一同は戻ってきた。
言葉の渾身のメイクアップをのせたアリャリァリャと共に。
「あら、これは素敵」
「な、なんカ変な気分だゾ!」
「照れ顔もかわいー! ほら、こっち見て、はいチーズ!」
いつもと違った雰囲気のギャップもあるだろうか。ひなみくの携帯カメラを向けられ、アリャリァリャはもじもじと赤面する。
「ふっ、なかなかやるじゃあないか……オレが見込んだだけの事はある!」
「何がやるのよ、なにが……むぐっ!?」
柧魅のドヤ顔に思わず突っ込む幽だったが、おすそ分けのクッキーの妙な感触にその顔が歪む。
さてこれは一体何なのか。
「聞かぬが華だと思うんだよ……」
「あ、悪食……あーもう!」
ローズヒップティーをそっと差し出す瑪璃瑠。一息に飲み込んだ幽は、不意に思い出したように立ち上がった。
「……ねぇ、大阪城って南東の方でよかったかしら?」
「ん? 多分あってると思うけど……あ、ほらアソコ。どしたの、幽ちゃん?」
問われて言葉が指し示した先には確かに大阪城……今はデウスエクス大同盟の拠点と化した大阪城ユグドラシルが見える。
「ありがとう、ちょっと……ね」
お開きを前に席をたつ幽の手には、一つ、チョコ饅頭。
「ぉゃつ?」
「うんと、違うと思うよ」
華より饅頭と興味津々なラトゥーニとボクスドラゴン『ぶーちゃん』をそっと遮り、瑪璃瑠はその行先を見送った。
もう危険はないだろうし、何となくわかったから。
「人を好きになるってとてつもない力を秘めていると思います。私はまだ人を好きになった事はないのですが……こうしていると、いつかって、思えます」
「そう、どんな形であれ『好き』の気持ちは大切なものよ!」
誰となくつぶやく華に、言葉が力強くうなずいた。
「お饅頭初めて食べた時、凄い顔してたものね。これは……レリのバカ……バカはアタシも同じか?」
吐き出すと気持ちがまとまらない。ちょうど大阪城を見上げる位置に小さな社を見つけ、幽は饅頭の皿を供えた。
「こんなの義理よ、義理!」
絞り出した声は、二月の風に舞って消えた。
作者:のずみりん |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年2月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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