片翼の機天使

作者:蘇我真

 富山県射水市に、その傷ついた天使は舞い降りた。
 全長7メートルの人型二足歩行ロボ。
 機械のボディはところどころが壊れ、背中から飛び出た天使の翼を模したパーツも半分がもがれている。
 封印から復活したばかりで本調子ではないのは明らかだが、それでも一般市民を殺戮するのには充分の力を持っていた。
「!!」
 手にしたバスターライフルで、逃げ惑う一般市民を薙ぎ払うように蒸発させていく。
 更に、翼のパーツから天使の羽根のような、小型の遠隔操作機動砲台をばら撒きだした。
 羽根の1枚1枚から放たれるビーム。全方位からの、いわゆるオールレンジ攻撃をくらえば一般人や一般施設はひとたまりもない。
 あっという間に、市街地は無残な廃墟と化すのだった。
「ガガ、ガガガ……」
 機械の天使は、無慈悲な殺戮を続けながら市街の中心へと歩いていく。
 魔空回廊が開くまで7分間。
 限られた時間で出来るだけ、グラビティ・チェインを手に入れるために――

●片翼の機天使
「機械仕掛けの天使、か……神を模していたら、まさにデウスエクスマキナだったな」
 今回出現した巨大ロボの外見について、星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)は皮肉めいた笑みを浮かべる。
「まあ、軽口ばかりを叩いていられない。富山県射水市に先の大戦末期にオラトリオにより封印された巨大ロボ型ダモクレスが、復活して暴れだすという予知があった」
 それが、先述した片翼の機械天使だ。
「復活したばかりの巨大ロボ型ダモクレスは、グラビティ・チェインが枯渇している。
 そこで市街の中心へと移動し、より多くの人間を殺戮してグラビティ・チェインを補給しようとする」
 力を取り戻した巨大ロボ型ダモクレスは、更に多くのグラビティ・チェインを略奪した上で、体内に格納されたダモクレス工場で、ロボ型やアンドロイド型のダモクレスの量産を開始してしまう。
「惨劇を回避するためにも、力を取り戻す前にこの片翼の機械天使……略して『機天使』を撃破して欲しい。制限時間は7分だ」
 ヘリオンで現場に到着すると、ほどなくして機天使が出現する。
 そして7分後に魔空回廊が開き、機天使は回廊の中へ撤退してしまう。
 7分ということは、ケルベロスたちに与えられた手番は基本7回。
 短時間でどう決着をつけるか、ケルベロスたちの腕の見せどころだった。
「機天使はグラビティ・チェインが枯渇しているおかげで全体的な性能や攻撃力が減少している。
 今なら皆でもなんとかできるはずだが、戦闘中に1度だけ、特別な行動をとってくることが予想される。その攻撃には気をつけてくれ」
 瞬が見た特別な行動は、ビームで失われた片翼を再現しての、超高速の体当たりだ。
「自らの身体を燃やして、炎を上げながら突進してきていた。オーバーヒートで機天使自体にもダメージがいくようだが、体当たりしたビルを丸ごと吹き飛ばす程度の威力はあるようだ」
 1度しか使えない大技なだけあって、絶大な威力を誇るようだ。
「……ああ、ちなみにビルや施設についてはヒールで治すことができるから気にしないでいい。
 市民の避難誘導も連絡しておくから、ケルベロスの皆が現地に到着したころには、辺りには人っ子ひとりいない状態で戦闘を開始することができる。
 瞬の言葉をまとめると「周りの被害は気にせず全力で止めろ」ということだ。
「相手は手負いとはいえ強敵だ。なりふり構わず、その手で勝利を掴んでくれ」
 そう言って、瞬は頭を下げた。


参加者
十夜・泉(地球人のミュージックファイター・e00031)
クラウス・ロードディア(無頼剣客チンピラ系・e01920)
ミステリス・クロッサリア(文明開華のサッキュバス・e02728)
霧凪・玖韻(刻異・e03164)
クリスティ・ローエンシュタイン(オラトリオの巫術士・e05091)
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
天羽・舞音(力を求める騎士・e09469)
ナディル・アイオライト(告死天・e16891)

■リプレイ

●青い空の海へ
 ヘリオンのローター音が鳴り響く。富山県射水市の上空にケルベロスたちはいた。
「作戦を開始する」
 霧凪・玖韻(刻異・e03164)は淡々と躊躇することなくヘリオンから飛び出し、落下していく。
 ロングコートのはためきを残して小さくなっていく玖韻の後に、クリスティ・ローエンシュタイン(オラトリオの巫術士・e05091)が続いた。
「では、奇襲のタイミングは合わせるからな」
 クリスティは懐中の時計をひと撫でする。タイミングを合わせる為に、時間をしっかりとセットしていた。
「あいよォ、任せときな」
 軽く答えてクリスティを見送るクラウス・ロードディア(無頼剣客チンピラ系・e01920)。
「7分ですか、短いですね……」
 その横で、十夜・泉(地球人のミュージックファイター・e00031)は緊張を隠せないでいる。
 そんな泉へ、クラウスは手をヒラヒラと振ってみせた。
「なーに、やることはいつもと同じさァ。斬って斬って斬りまくる、以上だ」
「あはん、楽しみねぇ♪」
 次に投下するミステリス・クロッサリア(文明開華のサッキュバス・e02728)は、頬を赤らませひどく興奮していた。
 機械いじりが趣味な彼女は、巨大なダモクレスを解剖し自分の玩具に作り変えることを想像する。
「機械仕掛けの天使を、私の手で堕として、あ・げ・る♪」
 待ちきれないといった様子でライドキャリバーにまたがり、そのままヘリオンから発車する。
「……どうするつもりなんでしょうか」
 そう言う機理原・真理(フォートレスガール・e08508)は無表情だが、よく見ればわずかに眉をひそめている。
「科学者というのはああいうものですからね」
 一方で納得した様子の天羽・舞音(力を求める騎士・e09469)もいる。
「私もこのバトルベルトの力を試したい……実戦でのデータが欲しいという気持ちはありますから」
 そうして持参したバトルベルトを力強く握り込んだ。
「倒したあとの部品を剥ぐなら好きにすればいい。俺は、ただ――」
 ナディル・アイオライト(告死天・e16891)は一度目蓋を閉じ、一呼吸置く。
「徹底的に壊す。動かくなっても、な……」
 再び開いた目には、剣呑な輝きが宿っていた。どうやら彼にとって天使という単語は、未だ癒えぬ、血を流し続ける傷のようだった。
「………」
 そして、それ以上言葉は不要だとばかりにひとり大空へ飛び出していく。
「よし、私たちもいきましょう」
「そうですね」
 遅れて舞音と真理もヘリオンから飛び降りた。残っているのはクラウスと泉のふたりだけだ。
「……ふぅ」
 時計を確認しながら、息を吐く泉。喉が乾き、舌が張り付く。
 そして、時刻と同時に機天使が出現した。
「おーおー、でっけェでっけェ。斬りがいがあるなァおい」
 ヘリオン上空からもその姿がなんとか確認できた。クラウスはさっそく降下の準備をする。
「クラウスさん」
「なんだ?」
 振り返るクラウスに、泉はこわばりながらも微笑んで見せた。
「Good luckです」
「ああ……っていうかほら、てめぇもさっさといけよ」
「え、ええっ!?」
 背中を叩いて無理やりにヘリオンから落とすクラウス。
「うわああぁぁっ!!」
「悪ィ悪ィ。気合入れるつもりがやりすぎちまったわ」
 落ちて行く泉を追いかけて、クラウスも大空へと身を投げ出すのだった。

●片翼の機天使
(「全長7メートルの人型か。そこそこ巨体だな」)
 玖韻は現れた機天使を仰ぎ見て、淡々と思考する。
(「飛行能力があるなら人型にする必要性も無いと思うが……」)
 人型、いや、天使の形をしていること自体が人々へ畏怖を植え付けるねらいなのかも知れない。そこまで考えて、玖韻は思考を打ちきった。
(「まあいい、それよりも今はこいつの撃破だ」)
 バスターライフルを構え、標的へと向ける。放たれたフロストレーザーが機天使の胴に直撃した。
 命中率が最も高く、氷のバッドステータスを付与して総ダメージ量を上げていく。
 玖韻はどこまでも冷静で、計算をしつくしていた。
「霧凪に合わせる……!」
 機天使の横、近くの物陰に隠れていたクリスティが躍り出る。シャーマンズカードから召喚した半透明の『御業』が炎弾を放ち、機天使の翼を焼く。
「よし……時間もタイミングもぴったり!」
 クリスティの目に、その翼の向こう、背後から突進してくるライドキャリバーが映る。ミステリスだ。
「やっちゃうわよ!」
 ライドキャリバーに乗ったまま、アームドフォートで機天使の頭を狙う。
「!!」
 振り向く機天使。ライドキャリバー上の揺れもあり、さすがにスナイパーのポジションでも狙い撃ちは外れてしまった。
「はずれ、ね。ま、しょうがないわね」
 ライドキャリバーに乗ったまま機天使を横切るが、機天使はそこにバスタービームを掃射してくる。
「くっ……!」
 直撃を受けてライドキャリバーから放り出されるミステリス。何度か地面を転がり、膝をつくようにして起き上がった。
「大丈夫か!?」
 心配そうなクリスティへ、ミステリスはウインクで返した。
「なんとかね……ったく、アスファルトとキスする趣味は無いわよ」
 摩擦とビームで焼けた傷を負ったが、まだ大丈夫なようだ。
 更なる追撃を行おうと天使の翼を広げる機天使。その横のビル、3階の窓ガラスが割れた。
「はあっ!」
 真理だ。ミステリスと同じくライドキャリバーへまたがり、ビルの窓から飛び出しで機天使へと攻撃をしかける。
 キャリバーを空中で乗り捨て、二段ジャンプのようにしてその顔面にスパイラルアームを叩き込む。
「ッ!!」
 命中だ、横っ面をはたかれて機天使の動きが一瞬止まる。
 真理はそこから空中で1回転して脚から着地し、彼女を守るようにライドキャリバーも自律的に展開した。
「輝ける誓約……私達が勝手に付けた名前で、違う個体のあなたは何も知らないのですよね」
 真理の鋭い視線が機天使を見据える。彼女の宿敵は天使型のダモクレスだった。
 機天使は真理の問いに答えない。答えるつもりがないのか、答えられないのか。返答とばかりに片翼の翼から羽根状の小型遠隔操作機動砲台をばら撒くように射出する。
「それでも、私は――」
「――俺が殺す。ここで殺す」
 思考がシンクロするようにナディルが自らの斬霊刀、天輝夜を握る。
 真理の視線が鋭いのならば、ナディルの視線は昏い。
(「祝福もできず、与えるのが死だけなのだとしたら、お前達は天使ではない。……ただの死神だ」)
 斬霊斬で羽根を手当たり次第に切り捨てて行く。あちこちで巻き起こる爆発は戦場に咲く花のようだ。
 そんな爆発音を遮るように、どこからか機械音が鳴った。
「変身……!」
 アーマードケルベロスと姿を変えた舞音だ。
「さて……テスト、開始だ」
 姿と共に口調も変わる。全身スーツ姿でバトルベルトを腰に巻き、羽根の射撃も構うこと無く機天使へと突進する。
「はっ!!」
 その身から繰り出されるのは、卓越した技量による一撃。斬撃と共に、機天使を氷漬けにした。
「よし……今だ!」
 舞音が天に向けて叫ぶ。様々な方向から奇襲し、機天使を翻弄するケルベロス。
 その極めつけとして、頭上にふた粒の影があった。
「いけェ泉ィ!」
「は、はいっ!」
 バトルオーラをその拳に纏った泉と、刀を抜き、頭から地面へと落ちてくるクラウスだ。
「うわああああぁぁっ!!」
 オーラにグラビティ・チェインを破壊力として加えた泉の拳。機天使も上空からの奇襲に気付き、仰ぎ見る。
(「避けられるっ!?」)
 攻撃が当たらない。瞬時に悟った泉は、しかしそれでもあえてグラビティブレイクを仕掛けた。
 弾丸のように地面へと突き刺さる泉の拳。アスファルトごと地面が陥没する。
「クラウスさん、頼みます!」
「おうっ!」
 泉の攻撃をかわしたことで、機天使の行動は制限される。
 機天使がどう動くか、どこへ落ちれば敵を効率良く斬り捨てられるかがクラウスには見える。
 否、クラウスにはそれしか見えていなかった。
「おらよっ!!」
 クラウスの雷を纏った刀が、空を見上げる機天使の瞳を刺し貫く。
「!!!!」
 放電し、機天使の頭部が爆発を起こす。巻き込まれるのはごめんだとばかりに刀を抜き、代わりに登はん用のフック付きロープを顔面装甲へと引っかけて伝い降りるクラウス。
「やりましたね!」
「てめぇのサポートのおかげだよ……っつーか、まだ気ィ抜くんじゃねェぞ!」
 誘爆を起こす機天使。その背中に、炎を纏った翼が浮かび上がった。
「退避よ、退避!」
「まあ、隠れておくか。建物ごと吹っ飛ばされそうな気もするが」
 ミステリスと玖韻は真理の飛び出してきたビルの物陰へと隠れて行く。
「ここがメディックの見せ場だ……!」
 クリスティが作り出したオラトリオのヴェールがケルベロスたちを包み、癒していく。
「よし、全員ほぼ回復できたな……あとは各自耐えてくれ!」
 射線上から逃げようとするクラウスと舞音。機天使が狙ったのは、舞音だった。
 炎の翼を纏った突進攻撃が、横のビルをなぎ倒しながら舞音へと迫る。
「くっ……!」
 避けきれないと悟る舞音。身を固めて衝撃に供える。
 吹きつける烈風。
 唸る轟音。
 しかし、衝撃は来ない。その前に真理が立ちふさがっていたからだ。
「私が、守ってみせるです!」
 両手をクロスさせるように構えて機天使の突進を必死に受け止める真理。
 身体が押され、足が摩擦で焼ける。衣服が焦げ、皮膚が溶けても表情と体勢を崩さない。
「なんて無茶を……!」
 舞音の言葉に、真理は振り返りもせずに答えた。
「良く、言われます……!」
 身体の節々から黒煙を上げながらも、真理は炎の翼による突進を受け止めきった。
「うっ、くぅ……」
 流石に膝をつく真理に、クリスティが素早くつく。
「機理原は私に任せて、追撃を!」
 突進を受け止められた機天使は、オーバーヒートしたのか誘爆を起こしている。
「畳みかけましょう!」
 泉の振り下ろした鎌が機天使の首筋を狩る。
(「まだ浅かったか……トドメは譲りましたよ!」)
 落下しながら、サムズアップで後は任せたとハンドサインを送る。
「今度はしっかり当てるわよ!」
 戻って来たミステリスのフロストレーザーが今度は直撃する。オーバーヒートを起こし高温となったボディが急速に冷凍され、その金属製の身体がひび割れはじめた。
「皆を守りたいというその気持ち、しかと受け取った!」
 必殺キーを押す舞音。
「Finish! Strike Genesis!」
 電子音声と共に、舞音の全身が赤く発光する。リミッターが解除されたのだ。
「――……壊れろよ、出来損ない」
 ナディルの全身から無数の蝶が放たれる。それは死を刻む漆黒よりも暗い蝶だ。
 蝶たちは機天使へとまとわりつき、その身体の自由を奪って無理矢理に死角を作り出す。
 舞音の燃える炎のような想いと、ナディルの氷のように冷たい想いが混ざり合う。
「儚く無価値に――現の中で死ね」
 夢を奪ってきた機天使には夢幻すら見せないとばかりに通告し、天輝夜が機天使を斬り刻む。
 ひび割れたボディの継ぎ目が斬り込まれ、ついにその胸、心臓部にひときわ輝きを放つコアのような部分が露出した。
「はぁっ!」
 そのコア目がけて舞音が跳躍する。
「真の強さを思い知れ!」
 突き出した赤い右足が、コアをぶち抜く。
 一拍遅れて、大爆発。
 その右足は一切の再生を許さず、機天使を粉みじんにするのだった。

●守られた街で
「ふふふ~ん♪ お宝お宝♪」
 鼻歌交じりに倒した機天使の残骸を漁るミステリス。
「何がお宝なのか、私にはわからないが……」
 真理を治しながら苦笑するクリスティ。
 彼女も巨大ロボの造りに興味があってミステリスの様子を見学したのだが、焼け焦げた回路やネジを見ても結局よくわからなかった。
「お宝じゃないですけど、私も欲しいものがあるです」
 治療が終わると、真理はチェーンソーで残っていた機天使の翼を切断する。
「この翼は私が奪うです……あなたはもう二度と飛べない、二度と誰も傷つけさせないのですよ」
 焼け焦げ、羽根もほとんど残っていない機械の翼。その一部を、きつく握りしめた。
「クリスティ、怪我人の回復が終わったら建物や道路のヒールを手伝ってくれないかな?」
 ナディルは戦闘時とは打って変わって、柔らかい口調でお願いしてくる。
「ああ、そうだな。街を元に戻さないと……やや、ファンシーになってしまうかもしれないが」
「それでも天使の傷痕が残るよりはずっといいよ。ね?」
 にこやかな笑顔にも、やはりどこか陰のある男だった。
「よし、帰投するか」
 玖韻はいろいろと見なかったことにして、我関せずとばかりに歩き出す。
「もう帰っちゃうんですか?」
 泉の言葉に振り返る玖韻。
「ああ……それと奇襲時の選択、見事だった」
「え――」
 無表情で告げられたので、泉は自分が褒められていると気づかずに反応が遅れる。
「ではな」
 玖韻はもう振り返らない。
「あの徹底的に効率を求める姿勢は筋金入りだなァ。ある意味オレと同じってな」
 機天使の残骸に寄りかかり、空を見上げるクラウス。
 ケルベロスによって守られた射水市の空は、どこまでも澄み渡るように青かった。

作者:蘇我真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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