たんぽぽ・どりーむ

作者:東間

●よみがえるみどり
 湿度と気温、陽射しがじわじわと夏の気配を帯び始める頃。木々の葉が濃い影を落とす緑の上に、ぽつん、と携帯音楽プレーヤーが横たわっていた。
 イヤホンとコードがささったままのボディはエメラルドグリーン。しかし砂と埃、そして色濃い影が鮮やかな色を暗くして、その姿を人目から隠してしまう。
 梅雨が明けた後に来る夏も、この携帯音楽プレーヤーは人知れずそこにあるのだろう。誰かの目についたとしても、わざわざ拾って持ち帰る人物はいまい。そしてそのまま――というフラグを、葉の間をせっせと掻き分けてきた小型ダモクレスがぽっきり折った。
 尖った脚の一つでツンツンとつついた後、中に潜り込み、自分に都合の良い存在へと機械的ヒールで以って作り変えていく。
 しゃきん、しゃきん、と響く金属質な音はまるで鋏で何かを断つように――その音が途絶えた後、生まれ変わった携帯音楽プレーヤーは、とうの昔に眠りに落ちた曲を、再びこの世へと流し始めるのだった。

●たんぽぽ・どりーむ
 大きな戦いの気配が迫る中、とある携帯音楽プレーヤーがダモクレスと化す。
「ちょっとは大人しくしてほしいけど、言って聞いてくれるタイプじゃないからね。さくっと倒して、美味しいものを楽しんでおいで」
 ラシード・ファルカ(赫月のヘリオライダー・en0118)がまずタブレットに表示した現場は、広い敷地を誇る公園の奥。フェンスで仕切られた先に広がる、緑濃い空間だ。そこは一般人は勿論、公園を整備している職員でも、ほぼ訪れない場所だという。
「つまり人払いや警戒は不要……戦いに集中すれば、確かに“さくっ”と行けそうですね」
 壱条・継吾(土蔵篭り・en0279)の呟きにラシードは「そう」と深く頷いた。
 見た目はエメラルドグリーンの金属質なスーツを着た、細身の人型ロボットだ。顔は黒色の長方形画面で占められ、胸部の銀色リングをくるくるさせると、そこに年号が表示されるらしい。
「年号ですか?」
「ああ。大正、昭和、平成……予知の中で流れた曲が気になって調べたら、どれも当時のヒット曲だったから、多分、持ち主が設定したプレイリストのタイトルだろうね」
 そのダモクレスはヒット曲を乗せた音波攻撃、イヤホンコード形の鞭、音符ミサイルという三つの攻撃手段を持っている。いずれも範囲が広い。まるで、多くに愛された曲を今も聴かせようとするように。
「それを君たちの手で止めてきたら、一度公園の入り口まで戻っておいで」
 入り口近くにあるコンパクトかつレトロな洋館。『たんぽぽ』と看板が立つそこに、始めに言った『美味しいもの』が待っているという。
「無茶苦茶に美味しいって評判のオムライス専門店なんだ、そこ」
 食べたい、と堪えるような顔をした男曰く、鶏肉と野菜たっぷりのケチャップライスはやや濃い目の味付け。その上に載る卵は、ふかふかふわふわふっくら、アーモンド形。そこにナイフを入れたら、「これ本当に卵?」という手応えの後、とろり溢れた蒲公英色がケチャップライスを包み込んで――。
「ちなみに情報元はテレビさ。オムライス……日本はまた罪深い食べ物を……」
 ソースは自家製トマトケチャップ、濃厚デミグラス、まろやかホワイトソースの三種類から選べる。しかも。しかも。
「追いソースも出来るんだ」
「え」
 人によってはオムライスを食べている途中で「ソースがなくなってきた」「もう少しソースがあれば……」が起きるだろう。だが、『たんぽぽ』ではその悲劇が起きない。
 耳をぴんっと跳ねさせた継吾にラシードはこくりと頷き、ヘリオンのドアを開けた。
「『たんぽぽ』は公園が出来た頃からあるらしいんだ。大勢に愛されている店の為にも、ダモクレスの撃破、頼んだよ」


参加者
オペレッタ・アルマ(ワルツ・e01617)
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)
ウリル・ウルヴェーラ(黒霧・e61399)
ラグエル・アポリュオン(慈悲深き霧氷の狂刃・e79547)

■リプレイ

●なつかしきもの
 色、匂い――全ての緑が夏の気配と共に存在感を濃くさせるそこで、エメラルドグリーンの痩身が立ち上がった。
 目覚めた祝いに早速、と思ったのか。携帯音楽プレーヤーこと緑の紳士の指先が胸部のリングに伸びていく。その瞬間緑の中を輝く銀河が駆け抜け、二つの星座が大きく広がった。
 生い茂る緑を大きく上下させたヒールグラビティ。銀河はキソラ・ライゼ(空の破片・e02771)が、星座はサイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)とオペレッタ・アルマ(ワルツ・e01617)が。仲間達の紡いだ眩さと注がれた加護に、シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)は紳士を捉えたまま笑み、一気に駆けた。
(「何を流そうとしていたんだろう」)
 共に先手を奪い、繋いだラウル・フェルディナンド(缺星・e01243)は紳士の胸に浮かぶリングを一瞬だけ見た。日本の曲はあまり詳しくないが、彼は色んなオススメを聴かせてくれるだろう。
 ただし、それを許すのはこの場所でのみ。
 紳士の至近で閃いた月の軌跡と跳ね回る無数の流れ星。美しいが、同時に苛烈な連携攻撃の直後、ウリル・ウルヴェーラ(黒霧・e61399)が螺旋の鍵を握り締めた拳で大きな一撃を見舞い、属性による追撃で紳士の右肩をべっこりと凹ませる。
『――、』
 紳士の手がサッと懐へ入り込――いや。ガシャッと懐に挿し込んだ僅か一瞬で、ラグエル・アポリュオン(慈悲深き霧氷の狂刃・e79547)は黒鎖を奔らせる。前に立つ仲間達の守りを強固にしながら思うのは、紳士が流すという懐メロというものと、入り口近くで見た店の事。
(「どちらにも凄く興味がわくね」)
 ラグエルが浮かべたやわらかな笑みに、紳士が見せた最初の一撃は宣戦布告をするように。緑の中を鋭く躍った白色の先端にくっつく『9』に似たパーツ。どこからどう見ても立派なイヤホンコードが鞭となってしなったと同時、バッと飛び込んだのは一人と一騎。
 プライド・ワンと共に後方の味方を守った機理原・真理(フォートレスガール・e08508)は、腕に走った鋭い痛みには見向きもせず。紳士の胸部、音楽再生ボタンであろうそこを捉えながらプライド・ワンに乗る。
「平成はともかく、大正とか昭和の昔に流行った曲って聞き覚えがなさそうですね……」
 特に大正は。その瞬間プライド・ワンが炎を纏って疾駆した。緑を激しく撒き散らすそこから鮮やかに跳んだ真理の蹴撃も、戦友と同じ紅蓮色。ふたつの炎で紳士が後退した間に壱条・継吾(土蔵篭り・en0279)のオーラがプライド・ワンを癒し、白骨の砲口が開かれる。
「確かに、一世紀前のヒット曲とか中々マニアックな……」
 大正の年間一位とか想像つかなくないか、とキソラはからりと笑って――どぉん! と砲撃音を轟かせた。直後に響いたゴォン! でヒットを確信して笑う。
「流行曲とか全然分かんねーケド、生まれてもナイ頃の曲なんかは却って新鮮だよなぁ。――あ、コレ知らない。知ってる人いる?」
「こン中で最年長の野郎が知らねーんだし、いねーんじゃね」
 じ、と耳を傾けたサイガは、成る程知らねえ曲だわとぼそり。
 流れ始めたのは蓄音機からの音色を思わすような旋律だった。音階はやや低めだがどこか楽しげな旋律を、真白いシルエットが白花を降らせながらなぞるように舞う。揺れる細い指先はメロディを引っ張る指揮の如く。
「アルマさん、もしかしてご存知なんですか?」
「いいえ、継吾。この旋律は、『コレ』もハジメテ耳にします。ですが」
 聴いたことが、あるような。
 ことり。首傾げたオペレッタの視界には、輝き始めた星座の向こう、胸部のリングに触れている紳士の姿。音を増し始めた音色は確かに知らないものなのに、どうしてココロは、あの音色で擽られるように震えるのか。
「これが、懐かしいの『ココロ』ですか?」
 記憶にない。知らない。なのに存在感を増していくメロディが“響く”。
 それが大波となって溢れた。懐かしきメロディがグラビティとなって牙をむく。
 聴かせる気あンのかよとぼやいたサイガの声と、プライド・ワンの車輪音が後方に向けられた波を遮ってすぐ。まあまあ、とシアの双眸が優しく細められた。が、シアの両手はバスターライフルをしっかり構えた後。
「元の持ち主さんは随分幅広い時代の音楽を愛していらしたのですねえ。それだけ愛される歌を沢山抱えた貴方が何かを壊してしまうまえに、止めましょう」
 はい、どーん。ふわふわ優しい声と共に放たれた光弾が周囲の緑を真っ白に照らす。それは紳士の頭部に着弾し、エメラルドグリーンのボディがぎゅんっと吹っ飛んだ。

●のこるもの
 茂みから両足だけ生やしていた紳士がばさあっと飛び出し、着地する。その間もなぜか歌は流れ、変化していた。切なさ覚える旋律に、駆け出していたラウルは両目をかすかに見開く。
(「知ってる。確か……」)
 幼い頃、伯父の部屋で聞いた異国の歌だ。あの時は、どこの歌かもわからなくて――そのまま思い出となっていた歌が、『昭和』と表示している紳士から。
(「あの曲は、日本の昭和に生まれ、愛された曲だったんだね」)
 再び聴く事が出来た嬉しさは、思い出の向こうに忍ばせて。
 流星そのものを連れたようなラウルの蹴撃が紳士の挙動を大きく鈍らせ、飛び退いたそこに真理とプライド・ワンが飛び込んだ。
「昭和? これも聞き覚えがないですけど、なぜか耳に残るのですよ」
 呟いた真理の手には激しく吼える改造チェーンソー剣。プライド・ワンのスピンと迷わず一点目掛け振り下ろしたチェーンソー剣の共演は、見目も音も凄まじく――しかしそれを聞いてもウリルは成る程、と涼しい顔。
「今のが懐かしのメロディ、というものか。プレイリストのおすすめは? 他にもあるんだろう?」
 古い機械は、少し哀しい。生み出した不可視の虚無が育ちきるまでの間、聴いてほしいんだろう? と声をかければ年号はそのままに次の曲へ。攻撃ではなく、ただ流れゆく一曲にウリルは微笑んだ。
「どこかで聞いた事があるかもしれない」
 懐メロと呼ばれるものには語り継がれる名曲も多いだろう。この国の曲は然程詳しくない自分でも覚えがあったのだ。恐らく今のは人気があった曲で。欲を言えば、
「タイトルもわかれば良かったな」
 ほろり。掌の上から空中へと零れた虚無が、底なしの気配だけを感じさせながら紳士の片膝から下を一瞬で喰らう。がくんと崩れたバランスは片手を突き、もう片方の膝で飛び跳ねて。しかしカバーしたばかりの紳士の後ろを、モノクロの影がざあっと奪った。
「古めかしいチョイスからしてたんぽぽとやらに通ってる客の持ちモンだったかもな」
 つうわけで。サイガの口は弧を描けど、瞳は獲物を淡々と映すのみ。
「進んで壊されといてくれや」
 普通に聞かせられないのなら、あるのはお役御免ルートだけ。蹴撃で紳士の腹を貫いて――降り始めた薬液の雨に、お、と呟いてニヤリ。癒しのオーラも追加でやって来た。
 全体を見たラグエルとラグエルの声を受けた継吾、癒し手二人のヒールは懐メロが齎した禍をも祓い、続いた黒鎖が厚い守りと共に僅かな傷も塞いでいく。
「ま、アレじゃあ元持ち主も嬉しかないだろうしネ。懐メロ好きを増やすなら、もっと穏やかにやりたいデショ」
「まあ聴ける曲もあったんだがな。帰って覚えてたら探してやんよ、さっきの曲」
「そーね。今まで楽しませてきた分、ゆっくりオヤスミ」
 ケルベロスじゃなきゃ、こんな風に楽しむ余裕なンて持てっこないし。
 キソラの言葉に、こくん、と頷いたオペレッタは自らを中心に星座を輝かせ、指先は流れる旋律へ触れるようにひらり。煌き映す双眸に、ごう、と飛び込んだ焔が檻を成す。
「悪いな。美味いオムライスが待っているんだ」
 ばたばた暴れる紳士へ一応謝ったウリルの心は、愛しい人が待つ店へ一直線。
 評判しか聞こえないその味はどれ程か。
 同じく店の事を考え、一瞬心穏やかにしたラウルは眼差しを凛とさせ攻撃を選び取る。今を共にする仲間を信じるからこそ、迷い無く無数の銃弾を流星の如く踊らせた。
(「君のオススメ、忘れないよ」)
 軌跡の中で星が衝撃音と共に炸裂する度、前へ後ろへ弾かれて。滅茶苦茶なダンスをサイガの一撃が絶対的冷たさ孕んだ一撃で止め、ラグエルの齎した氷華もじわじわと範囲を広げていく。夏の中、冬に呑まれまいと。ぎぎぎと音立て抗う紳士の表面に無数の蓋が現われ、開いたそこからあらゆる音符が炎と煙を吹いて飛び出した。
「させないですよ!」
 降下先を見抜き自身を盾とした真理とプライド・ワン。二人を中心に継吾の血桜が舞い踊る先に、ふらふら立ち上がる紳士の姿。その様にオペレッタは静かにバスターライフルの銃口を合わせた。
「きらきら、煌くみどり。笑っていらっしゃいます、か?」
 機械兵たる心はぴくりとも震えていないかもしれない。顔は画面で占められている。だが、聞こえているのだろう。幾度も流した曲の全ては、間違いなく紳士の中に記録されているのだから。
 迸った光弾の輝きが薄れ始めた刹那へ、シアが優雅に飛び込む。
「素敵な歌を教えて下さってありがとう。さあ、もうお休みなさいませ」
 野に咲く花をあしらった鞘から再び刃が抜かれ、月を描けば、緑の破片が硝子の如く飛び散って。そしてエメラルドグリーンの紳士は、懐かしき旋律をぷつりと止めた。

●たんぽぽいろのゆめ
 真理達が戦っている間、たんぽぽの守護者を担っていたマルレーネは、運ばれてきたオムライスへの対応も完璧だった。デミグラスとホワイトソース、二色でそれぞれのオムライスに描かれたハートは愛らしく、その下には名前まで。
「マリー……!」
 感激で声を震わす真理の口元に、マルレーネはふわふわ卵のオムライスを一口掬い、運んでいく。恋人同士ならではのイチャイチャTOP3に入るだろう『あーん』は、真理からも。交わした一口を一言で表すなら、
「……美味しい」
「うん、美味しいです」
 黙々と味わうマルレーネを幸せそうに見ていた真理だが、目が合うとその頬がぽっと赤くなる。ケチャップのように真っ赤になる前に、そういえばと取り出したスマホへ視線を注いで誤魔化した。
「さっき良い感じの歌があったのです。これなのですよ」
「ふーん?」
 マルレーネが隣の席に移ればイヤホンで半分こ、も簡単で。
 ぴたりくっついた二人の間、昭和の名曲がオムライスの味わいと共にゆったりと広がっていく。

 幸せが詰まった黄色の楕円。す、とナイフを寄せたシアは高鳴る鼓動に瞳を震わせる。
「本当にタンポポのようで、ナイフを入れるのにドキドキしますわ……」
「そうだね。ボリュームも見事だ」
 微笑んだラグエルにオペレッタと継吾も同意見。卵何個分かと黄色を見つめる二人を前に、ラグエルはメニューにあった他の味を思い出す。他のも気になったのだが。
(「それはいつか……一緒に来れた時に」)
 再会して一年以上、未だ塩対応な弟と来られたらいいな。希望を胸に今回は我慢の二文字だ。
 いざ、と四人はナイフを入れ――ぷつ、という手応えに目をぱちり。ナイフを引けば、今度は閉じ込められていたふわとろオムレツがライスを贅沢に包み込む。
「まあ……!」
「これは」
 オペレッタはシアと感嘆の声を重ね、視線を交わして。ハジメテのソースと共に一口食べれば、その紫の瞳に静かな輝きを踊らせた。
「とてもとても、おいしいです」
「ええ。ケチャップソースも素晴らしい味ですわ」
「しかも自家製なんだってね」
「ソース単体の販売はしていないんでしょうか?」
 ケチャップ談義が始まりそうで、けれど舌鼓を打つから始まらない。そんな赤い領域に、ちょん、と白一色がやって来る。継吾、継吾。言葉は淡々と、しかし瞳は相変わらずきらきら輝かせるオペレッタの手が、オムライスを示す。
「ホワイトソースも、いかがですか?」
「いいんですか?」
「はい。『これ』はしっています。わかち合うと、よりおいしくなることも」
 過ぎるのは己の始まり、レプリカントになった日。ハジメテ食べたのはオムライスで、今ではすっかり好物だ。では、と小さく笑って頷いた継吾とソースを分かち合えば、短めの尻尾はぱたぱた動き、より美味しくなった大好物を味わうオペレッタは聴いたばかりの懐かしいフレーズを知らず口ずさむ。
 そんな、穏やかで美味しい時間がある程度進んだ時だった。
 ソースが。減っている。
 きりり頷きあうオペレッタとシア。成る程、と察した継吾にラグエルは何が始まるんだろうと首を傾げ――追いソースをお願いします、に、成る程と微笑むのだった。

「うりるさん、お疲れさまでした」
「ありがとう、ルル。何だか嬉しそうだね?」
「だって、うりるさん達ががんばってくれたから素敵なお店でおでーとできるんだもの」
 烏龍茶で乾杯をしたウリルとリュシエンヌの前にケチャップソースのオムライスが運ばれてくる。ソースはケチャップで、オムライスはトロトロよりもふわふわ派。同じ好みに二人の微笑みは深まるばかりだが、“同じ”は他にもあって。
「うん、美味い!」
「わあ、美味しい……!」
 一口目の感想も二人一緒。違うのはウリルのオムライスの方が少し大きいくらいだ。
 食べる度、ふわふわ卵の下から、ほのかに甘い玉葱を抱き込んだケチャップライスがほろり。ケチャップ同士で卵を挟むような美味しい幸せが、口の中を一瞬でパラダイスに変えていく。
「ねえ、うりるさん。追いケチャップしてもいい?」
「いいね、するといい」
 リュシエンヌに笑みを向け、もう一口。懐かしい味に思えるのは、店のレトロな雰囲気とも合っているからか。ここだけの気分と美味しい時間に笑みは絶えなくて。
「美味いものを食べると元気が出るね。こういうデートもいいな」
「うん!」
 けれどリュシエンヌを一番元気にするのはウリルの笑顔で。
 ウリルを満たすのは、嬉しそうな妻の笑顔。
 二人の間で交わされる全てが、幸せに繋がる色になる。

 オムライスといえば一般的にはオムレツでライスを包んだアレだが、シズネの前にあるのはシズネの知るオムライスじゃなかった。ずんぐりとした見事なオムレツがライスの上にどーん! だ。運ばれてきた時、卵がぷるぷるしていたのを覚えている。
「でもなんでたんぽぽなんだ?」
「ふわとろ卵が蒲公英の花の様に広がるから?」
 楽しげに答えたラウルは出来たての豊かな香りへとナイフを寄せていて。天才か? と真剣な顔になったシズネもナイフを取り、そいつを確かめてやろうとわくわくしながら切れ目を入れ――二人揃ってハッ! とした。
 切れ目がふわり綻んだと思ったら、閉じ込められていた蒲公英色が湯気と香りもふわふわさせながら、とろ~り広がっていく。ライスと卵とソース、三つをしっかりたっぷり掬って頬張れば、一口分以上の味わいににまにま笑顔がひとつ咲き、たまらず追いソース。
「……凄く美味しい! コレは追いソースするしかないね」
 しかし、魅力的三銃士という究極選択を真剣に乗り越えたラウルは、王道トマトとコク深デミグラスを知らず、シズネもまた――。
「なあ」
「ねえ」
 タイミングはぴったり。互いにきょと、として、探るように続けた言葉が「一口」とお揃いになった瞬間、二人は小さく吹き出した。美味しい顔を映し合って同じ事を考え、分け合った一口で揃って笑顔になる。
「また食べたくなるな……!」
「そうだね。またいつか、一緒に来よう」
 次もまた、お腹も心も幸せでいっぱいに。

「おお、ホントに蒲公英色だ」
「まぁたパシャパシャしてんのかよホワイトにしたキソラ君」
「いやコレはチビらに自慢せねば」
「へーへー。……オイこれ案外すぐ食いやすいレベルに冷めんぞ。ぼくらのせいで兄ちゃんのオムが冷めたつってチビが泣くぞ」
「そいつは駄目だ」
 見事なビジュアルは撮らずにいられないが、家族の涙も止めねばならぬ。気遣っていた双眸はというと、スマホをしまい噂通りの見目と食感に「おー」「へー」と感心しては食べる様を――油断なく、ソースを映していた。
「そだ、少しちょーだい」
 返事より先に一口ぱくっ。てめ、という声に「美味いモンは分けあった方が楽しいじゃんね?」と笑って自分の分も勧めれば、「しゃあねえな」とスプーンが黄色に迫って――待てよ。
(「デミグラスにホワイト垂らすとかつてねえ味になんのでは?」)
 ホワイトを垂らしているシチューを見たような見ていないような。サイガはわくわく垂らした。もぐもぐ食べた。
「……?? よく分かんね」
「分かんねってお前な。てか一口多いわ、その分寄越せ」
「分け合いの精神はどうしたよ兄ちゃん」
「多く取られたら取り返す精神なンだよ」
 一口どうぞは毎度お馴染みの奪い合いへ。しかし攻防のさなかでも卵は豪奢にふわふかとろりで美味しく、ライスも非常に香ばしくて美味く。ソースは言わずもがな。何せ追いソースコンテンツが作られる程のソースだ。
「まった普通にホワイト単体でも食いてえわ」
「おかわりする? じゃあオレ、ケチャップの食いたい」
 すっ。すっ。
 ボリュームを半分にまで減らし合ったオムライスを間に挙がった追加オーダーの手。
 ほぼほぼ同じタイミングで挙がったそれは、気の合い具合を示す良いサイン。

作者:東間 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年7月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 4
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