仇なす者、天より堕ち

作者:土師三良

●雪空のビジョン
 雪降る日曜の昼下がり。
「うわっ!?」
 ビル街の通りで青年が尻餅をついた。
 凍った地面で足を滑らせたわけではない。
「な、なんだよ、あれ!」
 と、青年が指さすまでもなく、周囲の通行人たちは視線を上げ、『あれ』を見ていた。
 粉雪にまみれて飛んでいるダモクスレス。
 その形はキノコに似ていた。傘の部分が半透明なので、ビニール傘にも似ていた。しかし、大きさはキノコやビニール傘とは比べものにならない。全長は成人男性の平均的な背丈の四倍ほどもあるだろう。傘の部分の直径はそれ以上だ。
「グラビティ・チェイン――」
 巨大ダモクレスが言葉を発した。発声装置を有しているらしい。
「――採集開始」
 傘を構成している半透明の皮膜のそこかしこに光点が生じたかと思うと、それらは点から線に変わり、地上に降り注いだ。ビルを、道路を、そして、人々を容赦なく射抜く光線のシャワー。
 一通り斉射を終えると、巨大ダモクレスはくるりと回り、ふわりと舞って、空中を移動した。
 そして、再び光線のシャワーを降らせた。
 この作業を何度も繰り返すつもりらしい。
 目についたすべてのビルを破壊し、すべての命を奪い、グラビティ・チェインを獲得するために。

●千梨&ダンテかく語りき
「岐阜県多治見市に巨大ダモクレスが出現するっす」
 ヘリポートに集まったケルベロスたちにヘリオライダーの黒瀬・ダンテが予知を告げた。
「おそらく、先の大戦末期にオラトリオの手で封印されたダモクレスだと思われるっす。なにかの拍子で復活したんですが、グラビティ・チェインが枯渇しているので、本来の力は出せないみたいっすね」
「枯渇しているってことは――」
 と、ケルベロスの一人である櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)が口を開いた。
「――補充を試みるんだろうな」
「はい。グラビティ・チェインを得るため、そのダモクレスは街を蹂躙するつもりっすね。なので、周辺地域の一般人の方々には事前に避難してもらうっす」
「じゃあ、俺たちは無人の街で敵を待ち伏せすればいいってわけだな」
「そういうことっす」
 ダンテは頷いた後、敵についての解説を始めた。
「敵は飛行型でして、キノコみたいな形をしてるっす。全長は約七メートル、傘の直径は約九メートル。その傘の部分から二種類の光線を全方位に向けて発射することができる他、一回だけフルパワーの攻撃をおこなうことができるっす。フルパワーというだけあって、かなり強力っすよー。もっとも、それを使うと、ダモクレス自身もダメージを受けるみたいっすね」
「両刃の剣ってやつか。ところで、そのダモクレスに名前はあるのか?」
「さあ? 予知では名乗ってなかったすね。でも、名無しだと不便ですから、自分が名付けるっすよ。えーっと――」
 三秒ほど考え込んだ後、ダンテはダモクレスに命名した。
「――パラソルとソルジャーを合わせて、『パラソルジャー』にするっす! どうっすか、この名前は?」
「『ふーん』としか言えんわ……」
「自分的にはめちゃくちゃカッコいいと思うんすけどねー」
「俺が知らない間に日本語の大改革が起きて、『カッコいい』という言葉の意味が変わったのかな?」
 と、千梨が呟いている間にダンテは本題に戻った。
「フルパワー攻撃以外にも注意すべき点が一つあるんすよ。戦闘開始から七分が経過すると、魔空回廊が開いて、パラソルジャーは逃げちゃうんす。もし、逃がしてしまったら……」
「どうなるんだ?」
「最悪の場合、パラソルジャーはどこか別の場所でグラビティ・チェインを略奪して、体内の工場でアンドロイド型とかのダモクレスを次々と量産するでしょうね。だから、絶対に七分以内に倒してくださいっす!」
「任せとけ。よゆー、よゆー。俺、タイムリミット付きの任務ってのは得意なんだ。仕事に時間をかけない主義だから」
 無表情で軽口を叩く千梨。
 それを聞くと、ダンテは目を輝かせて笑った。
「おー! さっすが、千梨さん! 頼りにしてるっすよ!」
 軽口に皮肉を返したのではなく、本気で感服しているらしい。


参加者
伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)
神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)
櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)
尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)
ルイーゼ・トマス(迷い鬼・e58503)

■リプレイ

●雪と光線
 空に巨影が出現し、雪雲越しの陽光に陰りが生じた。
 陰るだけに留まって完全な闇が降りなかったのは、その巨影――傘型のダモクレス『パラソルジャー』の大部分が半透明だからだ。
 ヘリオライダー(パラソルジャーの命名者でもある)の黒瀬・ダンテの予知の中では、パラソルジャーは『グラビティ・チェイン採集開始』という言葉ともに虐殺を開始した。
 しかし、現実の世界では――、
「……」
 ――なにも言わず、うろうろと徘徊していた。
 虐殺の対象となる者たちが眼下の街にいないからだ。
 しかし、無人というわけではない。
「おあいにくさま」
 雑居ビルの屋上に赤毛の少女が姿が現した。
 シャドウエルフの新条・あかり(点灯夫・e04291)である。
「この場にいるのは雪とおまえと僕たちだけだよ」
「うっはー! おもしれえ構造の個体だなぁ! それにデケえ!」
 隣のビルの屋上で陽気な声が上がった。
 レプリカントの尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)だ。その横に立っているのは同じくレプリカントの君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)。そして、ビハインドのキリノ。
「こウいう大きな敵は良イ。遠慮なく戦えルからな」
 眸の心中では戦意の炎が燃えていたが、パラソルジャーを見上げる顔は無表情。声にも感情は込められていない。
 それを補うかのように広喜がまた大声を出した。
「おう! デカけりゃいいってもんじゃねえことを教えてやろうぜ!」
「敵対的言動を確認」
 パラソルジャーが空中で停止した。
「戦闘モードにシフト」
「せんとうもーどにしふとー」
 レプリカントの少女――伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)がビルから道路に出てきて、パラソルジャーの言葉をローテンションな声で復唱した。
「シフトする前は何モードだったのかねぇ。空中お散歩モードとか?」
 シャドウエルフの櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)が勇名の横に並ぶ。
「まあ、なんにせよ、戦闘モードとやらになったからには――」
 千梨の手が懐中に入り、すぐにまた外に出た。黒橡に染められた小鳥型のシャーマンズカード『暁』とともに。
「――七分限りの舞台の始まり始まりぃーってわけだ」
「七分も必要ありまセン」
 ビルの窓から身を乗り出して否定したのはレプリカントのエトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)。
「手加減なしで参りますかラネ」
 エトヴァはパラソルジャーめがけて跳躍した。
 間合いに入ると同時に突き上げた武器はパイルバンカー。『雪さえも退く』と言われる冷気を纏った切っ先が敵の底部(傘の手元に相当する部位だ)に突き刺さった。
 その攻撃の反動と地球の重力に身を任せ、一直線に降下するエトヴァ。
 途中で青い巨体とすれ違った。
 竜派ドラゴニアンの神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)だ。
「無論、手加減なしでいくとも」
 錨型のドラゴニックハンマー『溟』を晟は空中で振り構えた。
「こちらには短期決戦以外に選択肢はないのだからな」
 錨の片側の鉤からエネルギー波が噴射され、反対側の鉤が唸りをあげてパラソルジャーに打ち込まれた。渾身のドラゴニックスマッシュ。
 晟は『溟』を振り抜くと、その勢いのまま、真横に離脱した。
 続いて、彼が残した青い軌跡を絶つように金と銀の歯車が飛来。眸の氷結輪だ。それはパラソルジャーの一部を斬り裂き、冷気で凍てつかせた。
 エトヴァが先に付与した冷気が反応して更なるダメージが生じたところに第三の冷気攻撃がパラソルジャーを襲った。それを放ったのは、騎士の姿をしたエネルギー体。千梨が『暁』を用いて召喚したのである。
「不可解。何故に定命者がグラビティを行使できるのか?」
 パラソルジャーが疑問を口にした。対戦末期に封印されたため、ケルベロスの存在を知らないのだろう。
 激しい攻撃を何度も受けたことによって、彼あるいは彼女の体は傾いていた。だが、変化はそれだけではない。傘の内側にいくつもの光点が灯っている。
「……来るよ!」
 仲間たちに警告を発して、あかりがバスターライフルのトリガーを引いた。
 銃口から飛び出したのはゼロクラビトンの光弾。
 それが炸裂した次の瞬間、雨が降り注いだ。
 光線の雨。
 パラソルジャーが反撃したのだ。傘に生じていた無数の光点を光線に変えて。
 標的となったのは前衛陣。その中には勇名もいたが――、
「ずどぉーん」
 ――怯むことなく、『ポッピングボンバー』なる小型ミサイルを発射した。
 ミサイルがパラソルジャーに命中してブレイブマインと見紛うカラフルな爆煙を発生させた頃には、勇名たちが受けたダメージの一部は消えていた。白い雪に輝きを分けながら降ってきた黄金のオウガ粒子によって。発生源は、広喜が装備している『オリガメタル』。
「綺麗だが、危険なシャワーである。今後、それは――」
 花を模したガネーシャパズルをいじり回しながら、あかりや勇名と同年代の少女がパラソルジャーを見上げた。
 オウガのルイーゼ・トマス(迷い鬼・e58503)だ。
「――せんぱいたちではなく、私に向けて撃ってもらおうか」
『百花』の名を持つガネーシャパズルが殺戮の女神の幻影を空に映し出した。標的に怒りを植えつけるカーリーレイジ。
「正確には『私と所長どのに向けて』だがな」
 自分の言葉を訂正して、ルイーゼは『所長どの』を見た。
「やれやれ。俺も標的にならなくちゃいけないのか」
 探偵事務所の所長を務める千梨は軽く溜息をつき、黒橡の小鳥を天球儀型のガネーシャパズルに持ち替えた。
「所長どのはヘリポートで『タイムリミット付きの任務は得意』と宣っていたではないか。大口を叩いた分、きりきり働いてもらわねばな」
「今日はもう給料分の働きをしたつもりでいるんだけどな。『先に寝てても構わんのだろう?』って言いたい気分。でも――」
 天球儀から光の蝶が現れて勇名の背中にとまり、傷を癒すと同時に第六感を呼び覚まして命中率を上昇させた。
「――寝たくても、寝れそうにないな。ヴァオの歌は子守歌にならんだろうし」
 名前を出されたヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)はドラゴニアンの翼で空を舞いながら、『紅瞳覚醒』を演奏していた。
 その口から流れ出ているのは優しい子守歌ではなく、根拠なき大言壮語だ。
「エトヴァが言ったとおり、七分も必要ねえ! 俺様が三分でカタをつけてやるぜぇ!」
「三分で!?」
 腕に装着した機器を操作しながら、広喜が叫びを発した。途端に各前衛の背後でブレイブマインが爆発。配線が剥き出しになったこの機器は爆破スイッチだったのだ。
 自らが発生させた爆発音に負けじとばかりに広喜は叫び続けた。
「すげえなぁー、ヴァオ!」
「いや、目をキラキラさせて真に受けてんじゃねえよ! ピュアにも程があるだろ! 今のはツッコむところだから! ツッコむところだーかーらー!」
 広喜の無邪気な反応に狼狽するばかりのヴァオ。
 その傍を晟が飛んでいく。
「ちょっと、晟! ツッコミの見本ってのを広喜に示してやってくれよぉ!」
「……」
 晟はヴァオに一瞥もくれず、無言で通過。
「無視すんなぁーっ!」
 聞くに耐えない(かつ、聞くに価しない)怒号を後にして、パラソルジャーの上に回り込む。そこでは小さな蒸発音が間断なく弾けていた。パラソルジャーに触れた雪が溶けているのだ。
「ふむ。傘の部分は熱を帯びているようだな」
 青い電光を纏ったゲシュタルトグレイブ『漣』を晟は傘に突き立てた。同時にボクスドラゴンのラグナルがブレスを放射。
 パラソルジャーの体がまた大きく傾いた。

●雪と熱戦
「んうぅぅぅー♪ ぱらそるじゃー、でっかいぞー♪ ふよふよするしー、びーむもでるぞー♪ ぱーらーそーるーじゃー♪」
 斜めになった傘に勇名が飛び乗った。お世辞にも上手とは言えない歌唱を披露しながら。
「でも、ぼくたちで『どかーん』ってやっつけるけど、なー」
 歌うのをやめて、降魔真拳を叩き込む。
 拳が減り込り込んだ場所のすぐ横に星形のオーラが刻印された。
 あかりがフォーチュンスターを蹴り込んだのだ。
「パラソルジャー……なんて、かっこいい名前つけてもらっちゃって」
 あかりは頭を軽く振り、赤毛を斑に染める雪を払い落とした。
「ただのビニ傘野郎のくせに」
「パラソルジャー? ビニ傘野郎?」
 巨体のどこかにある発声器官から呟きらしきものが漏れた。どうやら、彼あるいは彼女は当惑しているらしい。人型だったなら、首を傾げているかもしれない。
「訂正を求める。私の名はパラソルジャーではなく、ア……」
 パラソルジャーは最後まで言い終えることができなかった。またもや、星形のオーラが命中したのだ。
「センリはさっさと寝たいようですガ――」
 今度の蹴り手はエトヴァだった。
「――俺たちの誰よりも先に眠りにつくのはあなたでスヨ。パラソルジャーサン」
「訂正を求める。私の名はパラソルジャーではなく、アン……」
「おまえの本名など、どうでもいい」
 ルイーゼが遮り、攻撃を食らわせた。先の二人と同様に蹴り技だが、フォーチュンスターではない。怒りを付与するファナティックレインボウ。
「訂正を求める!」
 パラソルジャーの声量が上がった。ノイズ混じりの叫び。
 そして、再び光線の雨が振った。
 標的は中衛の千梨とルイーゼ。怒りが作用したのか、本名を『どうでもいい』と切って捨てられたからか。
 しかし、その攻撃でダメージを受けたのは中衛の二人ではなかった。両者ともに仲間に庇われたのである。
 千梨の盾となったのはラグナル。ルイーゼの盾となったのは眸。
「貴様はパワー自慢らしイな。だが、ワタシも頑丈さに自信があルのだ。それに――」
 パラソルジャーに語りかけながら、眸は地を蹴った。
「――広喜も背中を守ってくれテいる」
 空中で放ったグラビティはスパイラルアーム。それに合わせて、キリノが金縛りを仕掛けた。
 二人の攻撃の成果を見届けて、千梨がラグナルの頭を撫でた。
「ありがとうよ」
「ぎゃう」
 と、可愛い咆哮で答えるラグナルに向かって、ルイーゼも礼を述べた。
 声には出さすに。
(「ありがとう。わたしの大切な人を守ってくれて……」)

●雪と一閃
 戦闘開始から四分が経過。
「まだまだ、いけるよな?」
 幾度か仲間の盾となった眸に広喜がマインドシールドを施した。
「もちろンだ」
 広喜に送り出されて、眸はパラソルジャーに飛びかかった。無表情のままで。『広喜も背中を守ってくれテいる』という自身の言葉の正しさを実感しながら。
 彼の得物は特殊な形状のチェーンソー剣。歯車のように噛み合った五枚の丸鋸が自らを回すと同時に互いを回し、パラソルジャーの下部の装甲をズタズラスラッシュで傷つけた。
 すかさず、上部の傘を晟が攻撃。『溟』によるアイスエイジインパクト。熱を帯びているはずの傘に霜が生じた。
 晟もまた眸と同じく盾役を務めてきたので、少なくないダメージを被っていたが――、
「皆、がんばっていきましょうね!」
 ――ジェミ・ニアがマインドシールドでヒールした。
(「雪はいいでスネ。心が洗われるようデス」)
 ジェミに感謝の眼差しを送りつつ、エトヴァが細身のドラゴニックハンマー『漣ノ戦鎚』を砲撃形態に変えた。
(「心が洗われたからなのカ……『皆で無事に帰れる』と強く信じることができマス。どんなに強大な相手も怖くありませン」)
『強大な相手』に向き直り(その時点で眼差しは感謝のそれではなくなった)、轟竜砲を発射。
 一方、雪に心を洗われていない者たちもいた。
 玉榮・陣内と比嘉・アガサ。ともに厚着。ともに不機嫌そうな顔。
 エトヴァの砲撃を受けたパラソルジャーがよろめいたことにより、傘に遮られていた雪が沖縄出身の二人に容赦なく振ってきた。
「知ってるか? この白いやつ、『雪』っていうんだぞ」
 と、やけくそ気味の軽口を叩く陣内に対して――、
「……」
 ――アガサはやつあたり気味の蹴りを浴びせた。
「蹴る相手が違うだろうが!」
「だって、寒いんだもん!」
 仲良く(?)喧嘩する二人であったが、ビルの屋上から眸の声が聞こえてくると、真剣な顔つきになった。
「五分経過。アと二分だ」
「よっしゃー!」
 真先に応じたのは広喜。配線剥き出しの機器の上を指先が走り、ブレイブマンの爆煙が上がった。
 その恩恵を受けた者の一人である勇名が再び歌い出す。
「ぱらそるじゃー、よーわいぞー♪ へろへろしてるしー、びーむもしょぼいー♪ ばーかーそーるーじゃー♪」
「ばーかーそーるーじゃー♪」
 いつの間にか、それは二重唱になっていた。
 広喜が一緒に歌っているのだ。
「訂正を求める。私の名はパラソルジャーではなく、アンブ……」
「どかーん」
 勇名が歌声を奇声に変え、パラソルジャーの言葉を断ち切った。ついでに降魔真拳を叩き込んだ。いや、ついでではなく、その殴打こそがメインだったのだろうが。
「なかなか面白い歌でスネ」
 勇名の歌への興味を口にしながら(さすがに一緒に歌うことはなかったが)、エトヴァがパラソルジャーを凝視した。もちろん、ただ見つめているわけではない。その凝視は『Schlummer-Ⅱ』なるグラビティなのだ。
「訂正を――」
 エトヴァの瞳から受けたダメージの影響か、パラソルジャーの高度が少しばかり下がった。
 だが、戦意までは低下していないのだろう。傘の内側に無数の光点が生じている。先程までのそれらよりも眩しい光点が。
「――求める!」
「デカいのが来るぞ!」
 パラソルジャーと晟が同時に叫んだ。
 次の瞬間、光線の雨が降った。
 光点がそうであったように、光線もまた眩しさを増していた。それに威力も。
 だが、標的となった者たち――千梨とルイーゼは耐え抜いた。前者は自力で、後者は急降下してきた晟に守られて。
「ありがとうございます、神崎せんぱい」
 なにごともなかったかのように急上昇していく晟への礼もそこそこにルイーゼは千梨に目を向けた。
「所長どのは無事か?」
「俺は大丈夫だけども――」
 少なくないダメージを受けたにもかかわらず、千梨は涼しげな顔をして、頭上を指し示した。
「――敵さんは大丈夫じゃないっぽいね」
 確かにパラソルジャーの状態は『大丈夫』と呼べるようなものではなかった。強力すぎる攻撃を放ったことによって、半透明の皮膜のあちこちが破れている。
 その無惨な破れ傘に晟が突っ込み、グラビティ『霹靂寸龍(ヘキレキスンリュウ)』を放った。『漣』のように青い電光を纏った『溟』が傘の一部を抉り抜き、刺し貫く。
「一気にたたみかけましょう!」
 ジェミがパラソルジャーに飛びつき、白熱するエネルギーを手刀に乗せて叩き込んだ。
 間髪を容れず、陣内が跳躍して月光斬を見舞う。
 更にアガサも跳躍。陣内を空中で蹴って軌道を変え、ゲシュタルトグレイブをパラソルジャーに突き立てた。
「だから、蹴るなって言ってんだろうが!」
「だって、寒いんだもん!」
 仲良く(?)喧嘩しながら地上に落ちていく二人を横目で微笑ましげかつ羨ましげに見ながら、あかりが『Liar(ウソツキナミダ)』を発動させた。
「雨を降らすのはおまえだけの専売特許じゃないんだよ、パラソルジャー。もっとも、僕の雨は――」
 グラビティによって降り注いだのは何千本もの氷柱。
 針金のように細いそれらはパラソルジャーに次々と突き刺さり、傘を剣山のような姿に変えた。
「――光線の雨じゃないけどね」
「これ、めっちゃ痛そう! てゆーか、見てるほうまで痛くなってくるぅーっ!」
 悲鳴をあげて、針だらけのパラソルジャーから目を背けるヴァオ。
 情けない彼に代わって、オルトロスのイヌマルがパラソルジャーを睨みつけた。神器の瞳で。
 傘の一部が燃え上がり、パラソルジャーの高度が更に落ちた。
「訂正を……求める……私の名は……」
「いや、ルイーゼも言ってただろ。アンタの名前なんかどうでもいいってさ」
 千梨が舞いを始めた。それは御業を自らに卸すための舞い。その名も『天羽衣(アマノハゴロモ)』。
「パラソルジャーではなく――」
 巨大ダモクレスは己の真の名を告げた。彼あるいは彼女にとっては『どうでもいい』ことではないのだろう。
「――アンブレイカブル・アンブレラである」
「黒瀬せんぱいと同じセンスだ……」
 呟きながら、ルイーゼが二度目のファナティックレインボウをぶつけた。
「名前負けシてるナ。アンブレイカブルには程遠イ」
 眸がジャンプして、パラソルジャーことアンブレイカブル・アンブレラにチェーンソー剣を叩きつけた。
 そして、五枚の丸鋸で構成された異形の刀身が離れるや否や――、
「うん。こうしてブレイクされてるもんな」
 ――舞いを終えた千梨が飛び上がり、御業によって高められた力を活かして、護身刀の抜き打ちを浴びせた。
 それがとどめの一撃となった。
 五分数十秒の激戦(エトヴァの予言通り、七分もかからなかった)の末、パラソルジャーは盛大に爆発……するかと思いきや、無数の鈍色の粒子に変じ、蒸発するようにして消失した。
「おいおい。意外と地味な死に方だな」
 拍子抜けしたような顔をして、千梨が着地した。
 そして、巨影が消えた空を改めて見上げた。
「お? 雪が――」
「――止んだな」
 ルイーゼが後を引き取った。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年2月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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