チョコを贈るバレンタインデー許せない!

作者:神無月シュン

 とあるチョコレート専門店の前に突如現れたビルシャナ。全身羽毛の生えたその人型の異形は、一歩店の入り口へと近づくと、周囲に語り掛けるかのように大声を張りあげる。
「バレンタインデー。好きな人へチョコを贈るという風習、そのせいでチョコを一つも貰えずに惨めな思いをする男たちが沢山出るではないか。この様な事は絶対に許せない!」
 その言葉に心打たれた男たちを引き連れ、ビルシャナは店の中へと乗り込んでいった。


「個人的な主義主張により、ビルシャナ化してしまった人間が、チョコレート専門店を襲撃するので、そこへと向かい、ビルシャナを倒してください」
「これはこれは、困った主張ですね」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が説明を続ける中、如月・高明(明鏡止水・e38664)は資料に目を通しながらため息をついた。
「また、ビルシャナの主張に賛同している一般人が配下となっています」
 ビルシャナ化した人間の主張を覆すようなインパクトのある主張を行えば、戦わずして配下を無力化する事ができるかもしれない。
「ビルシャナの配下となった人間は、ビルシャナが撃破されるまでの間、一緒に戦闘に参加してきます。ビルシャナさえ倒せば、元に戻るので、救出は可能ですが、配下が多ければそれだけビルシャナとの戦闘の障害となるでしょう」

「配下の数はどれくらいですか?」
「予知によると、配下の数は10名です」
「放置するには少し厄介な数ですね」
「はい、配下の者たちの大半は毎年チョコを貰えずにいるようで、そのせいで今回のビルシャナの主張に賛同しているみたいです。残りの数名は……」
「数名は?」
 言いよどむセリカ。その表情は少し呆れているようにも見える。気にせず話してほしいと高明は話の続きを促した。
「はい。その……残りの数名は毎年貰いすぎて、お返しするのも一苦労だからという理由でビルシャナの主張に賛同しているようです」
「それは……うん。贅沢な悩みというかなんというか……」
「と、とにかく、ビルシャナ自体の戦闘力はそれほど高くはないようなので、配下の者たちを何とか出来れば苦戦はしないでしょう」

「沢山の人が大事な日の為にチョコレートを買いに来ます。人々の笑顔を守るため、どうかビルシャナを止めてください」
 そう言ってセリカは皆に頭を下げた。


参加者
バジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)
湯川・麻亜弥(大海原の守護者・e20324)
七隈・綴(断罪鉄拳・e20400)
如月・高明(明鏡止水・e38664)
レイナ・クレセント(古代の狭間・e44267)
ディミック・イルヴァ(グランドロンのブラックウィザード・e85736)

■リプレイ


「まさか私が危惧していたビルシャナが本当に現れるとは、これは私自身で赴いて、布教を阻止しなければいけませんね」
 そう言って今回の作戦に参加した如月・高明(明鏡止水・e38664)。事件発生場所であるチョコレート専門店に向かって歩く彼の瞳には、絶対にビルシャナを止めてみせるという覚悟が見て取れる。
「バレンタインになると、いつも必ずリア充が許せない人々が現れますね。まぁ、チョコレートを貰えるかどうかでその人の価値が決まる訳でも無いのに……」
「ですね。それにしても、チョコを貰えなくて嘆くのは分かりますが、チョコを貰い過ぎて困るという人は贅沢な悩みですね。私にも分けて貰いたいくらいです」
 資料にあった、ビルシャナの主張に賛同する配下たちの反応に、七隈・綴(断罪鉄拳・e20400)と湯川・麻亜弥(大海原の守護者・e20324)は呆れていた。
「チョコレートを貰えない人も、貰いすぎる人も、それぞれ悩みを持っているのですね。つまり、何事も、程々が一番という事でしょうか?」
 2人の話を聞いていたバジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)はこれなら不満が出ないのではと呟いた。実際は貰えない人も居れば、沢山貰える人も居る。世の中不公平なものだ。ままならない。
「バレンタインは、贈る側も貰う側も、色々と問題が発生して大変ですよね。だからこそ、バレンタインはもっと楽しむべきイベントだと思うのです」
 貰った貰わないで争うよりも、いっその事チョコを皆で食べるイベントにして楽しめばいいのにと、レイナ・クレセント(古代の狭間・e44267)は語る。
「バレンタイン……愛しい人へと贈り物をする、良い文化だと私は思うねぇ。ふむふむ……」
 まだまだ地球の事に疎いディミック・イルヴァ(グランドロンのブラックウィザード・e85736)は、端末をしきりに操作し、バレンタインについての情報を集めていた。
「あれが……そうでしょうか?」
 しばらく歩くうち、人混みを見つけ高明が呟く。何かを囲むように集まっている人たち。どう見てもただの行列とは考えにくい。そうなれば真っ先に考え付くのがビルシャナとその配下たちという事だ。
 更に歩みを進め、ケルベロスたちはビルシャナを視認する。今まさに店内へと乗り込もうとしている所だった。店内に入られる前に接触する為、ケルベロスたちは駆け出した。


「ちょっと待ってください!」
 バジルが店とビルシャナたちの間に割り込み、進行を止める。
「バレンタインデーにチョコレートを贈る風習があるお陰で、お菓子会社の売り上げが上がり、大きな利益を生んで経済効果が抜群なのです」
 いきなりの乱入者に戸惑う配下たちに向かって、語りかける。
「そしてその利益は、経済が循環する限り巡り巡って、貴方たちの利益にも繋がります。チョコレートを贈る風習が無ければ、この季節は不景気になってしまいますよ」
 バレンタインがもたらす経済効果について説明するバジル。しかし、チョコを貰えない人たちにはそんなことどうでもよく……。
「いくら経済効果のことなんて考えたって、チョコを1個も貰えない事実は変わらないんだよぉおおお!」
 バジルに向かって怒りを顕わにする者も居れば、涙を流している者まで居る……。
 様子を見ていた麻亜弥がそっと前へと出る。そして、チョコを貰えないと嘆く配下たちへと話しかけた。
「チョコを贈るバレンタインデーが許せない、ですか。ならばチョコ以外を贈るのが良いとでも言うのでしょうか?」
 麻亜弥の問いかけに黙り込む配下たち。チョコを貰う事がないのだ、そのような事気にするわけもない。しかし配下たちの様子を気にすることなく話は続く。
「考えてみなさい、バレンタインデーに消費期限の短い生ものとか貰っても、すぐ劣化して困るだけですし、小物や置物とかは、貰えば貰うほどかさばって邪魔になるだけです。つまり、贈り物は消耗品で保存も効くチョコが一番なのです」
「うぅ……」
 チョコを貰えない人たちに麻亜弥の言葉が追いうちとなって突き刺さる。
「皆さん、そんな後ろ向きの考え方で良いのですか? もしかしたら今年こそは、誰かからチョコを貰えるかも知れない、そう思いませんか!?」
 流石に気の毒になって、必死にフォローを入れるレイナ。
「チョコが貰えない人がいるなら、今私がプレゼントしてあげますので、欲しい方は順に並んで下さいね」
 ため息を一つ吐き麻亜弥はチョコを取りだす。
「今年、私も沢山チョコレートを用意してみました。良かったら皆さんでお召し上がり下さい!」
 レイナの方も、用意していた大量のチョコを取り出し配る準備を始める。
「う……うおおおおおおおおおおお!!」
 チョコを貰える。その事実に歓喜し、雄たけびをあげる配下の男たち。
「義理チョコでも、『女の子からチョコを貰えた』と言う事実には変わりありませんから」
 よかったですねと、チョコを手渡しするレイナ。
「チョコを貰えないなら、僕もチョコを持って来たので、良かったら受け取ってくれませんか?」
「やったー! ん……? 今『僕』って……」
 バジルからチョコを貰い喜ぶ配下の男。だがすぐに違和感を感じバジルをまじまじと見つめる。
「はい。僕は男ですよ。よく間違われるんですよね」
「いやだああああ」
 バジルからチョコを貰った男が血の涙を流し叫ぶ中、綴はチョコを貰う為に並んでいた男たちへと声をかけていた。
「チョコレートを貰えないからと言って、自分が誰からも好かれていないという訳ではありませんよ」
「どういうことだ?」
「くわしく!」
「大抵の女の子は恥ずかしがり屋なので、思い切ってチョコレートを渡す事が出来ないのです」
「そうなのか!?」
 渡す勇気を持てず、チョコを渡せないでバレンタインが終わってしまう。そういう人も居ると綴が語る。そして……。
「ですが、チョコは何も女の子から渡す物でも無いのですよ。友人同士で友チョコ、日頃頑張ったご褒美の自分チョコ、色々とあります。そして、男同士でチョコを渡して友情を深めるのも良いと思いますよ」
 友チョコと称して、女性同士チョコを交換することはよく目にする光景だ。だが男同士で? と話を聞いていた男たちは首を傾げた。
「今、自分と同じ境遇にある男性が集まっているではないですか。互いにチョコを渡し合って、友達になればいいのですよ」
「試しに、やってみるか……?」
 綴の説得に男たちはチョコレートを買いに行き……。
「ほら、俺からのチョコだ」
「ありがとう。これは俺からだ」
 ………………。
 …………。
 ……。
「どうしよう……。俺、何かに目覚めそうだ……」
「奇遇だな。俺もだ」
「あ、あれ……?」
 長らくチョコを貰ったことがないせいか、渡されたチョコに特別さを感じ見つめ合う2人。その様子を眺めていた綴は、予想外の結果に冷や汗を垂らす。
「大変な事をしてしまった気がするのですが……まあ、いいでしょう」
 綴はそっとその場から離れるのだった。

 賑やかにチョコの配布が行われている中、ディミックと高明はチョコを貰いすぎてお返しが大変だと語る配下の元へとやって来ていた。
「私も地球の文化は、にわかなのだが『ギリチョコ』なる風習もあり、バレンタイン以外にもお中元・お歳暮といった文化がどうやらこの国にはあるようだね」
 先程調べた情報を駆使してディミックが話し始める。
「つまり恋心があるないに関わらず、友好的に接する相手が多ければ、何かしら贈り物をしあうという運命から逃れられないのではないかね? この日を抹消したところで贈り物の悩みは尽きないと思うのだよ」
 バレンタインがなくなったところで、贈り物をするイベントが一つ減るだけだ。
「お返しが大変なら、相応に謙虚に生きたまえよ。返さなければ自然に止むだろうし、多少はそちらの貰えない子達を見習うのもどうかね?」
 視線の先にはチョコを貰って喜んでいる男たちの姿。
「貰う事に慣れすぎて、嬉しさなんて忘れていたな……」
「3倍返しとか良く聞きますが、別に3倍じゃなくても良いのです、大切なのは気持ちです」
 説得を続ける為、チョコを貰って喜ぶ様子を眺めていた男へ声をかける高明。
「お徳用チョコで皆へお礼してあげてみなさい。本当に貴方が好きな女性はそれだけでも嬉しいですし、もし不満を言う女性がいたらその方はお礼目当てにチョコを与えてただけですので、別れてしまって正解なのです」
 これならお返しに悩む必要も無くなるし、本物の思いをこめてくれた相手も見つけられると。
「あと、チョコを貰い過ぎてもチョコは保存が効きますし、自分の食べたい時に食べれば良いと思います」
「ありがとう。彼女たちの思いに向き合ってみるよ」

 ケルベロスたちの説得に正気に戻った配下たちはこの場を去っていった。


「こんなはずでは……」
 ビルシャナを守る配下も居ない。そんな状況でビルシャナとケルベロスたちの力の差は余りにも大きかった。たった数回の攻防でビルシャナは肩で息をし、立っているのもやっとという状態だった。
「大地の力よ」
「奇跡の実りよ、その豊穣の恵みよ、仲間に癒しの力を与えて下さい!」
「流星の如き飛び蹴りを、食らいなさい!」
「これで、痺れてしまいなさい!」
 ディミックとバジルが回復を行い、麻亜弥の蹴りが頭上から襲い掛かる。更に正面から綴の蹴り。
「さぁ、チョコも溶ける炎をその身に喰らいなさい!」
「魔導石化弾です、その身を石化させてあげますよ!」
 高明が炎を纏った蹴りを放ちビルシャナは炎に包まれる。そしてレイナの『竜機兵器【T-REX】』から撃ち出された弾丸がビルシャナを貫く。
「炎を放つのなら……店に放って欲しいもの……だっ!」
 ビルシャナの放った炎は真っ直ぐに店へ……辿り着く前に麻亜弥が受け止めた。
「すぐに治療しよう」
 ディミックが光輝く掌をかざすと、麻亜弥の傷と共に、燃え盛る炎も消えていった。
「海の暴君よ、その牙で敵を食い散らせ……」
「身体を巡る気よ、私の掌に集まり敵を吹き飛ばしなさい」
「青き薔薇よ、その神秘なる茨よ、辺りを取り巻き敵を拘束せよ」
「太古の暴君よ、我が武器にその牙を宿して敵を喰らい尽くしなさい!」
 ギザギザした暗器がビルシャナを斬り刻み、放たれた気がビルシャナの体を吹き飛ばす。
 青薔薇の茨が締め上げ、恐竜の顎を思わせるオーラが喰らいつく。
「私の剣術からは逃れられませんよ。その動きを封じてあげましょう」
 そして……。高明が『静蓮月下』を構え、抜刀一閃。
 刀身が鞘へと収まるのと同時、ビルシャナの身体は真っ二つに切り裂かれた。


 戦いが終わり、バジル、麻亜弥、綴の3人は周囲の修復を行う。
「頑張った自分へのご褒美チョコです」
 片付けを終え、バジルはチョコレート専門店の中へと入っていく。
「私も折角ですから」
 追うように店へと入っていく麻亜弥。
「折角チョコレート専門店に来たのですから、チョコレートを買っていきましょうか」
 綴も店内へと入ると、チョコを選び始める。
「誰かへの贈り物かい?」
「誰にあげるのかは、秘密です」
 店内のチョコを興味深く眺めていたディミックが気になり問いかけるも、綴はただ微笑むだけだった。
「結構チョコが余っているかな? 貰って行っても良い?」
「チョコレートが余っているなら、皆で分け合って食べたいですね」
 レイナと高明は配下に配ったチョコの残りを集める。
 お店へと買い物に行っていたメンバーが戻ってきた後、皆で集まったチョコを囲み、甘い一時を楽しんだのだった。

作者:神無月シュン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年2月20日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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