●巡隷者
暗い地下水路。甲冑に身を包んだ女騎士が、水路の流れに逆らい歩いていた。
胸を覆う部分には金の十字架、しかしそこはモザイク化している。
群青色のスカートや革のブーツが濡れるのも厭わず、彼女は水路の奥のみを見ていた。
向かう先には希望となる灯火がある、私はそれを見ている――そんな眼差しだった。
だが行く手は暗闇に覆われ、彼女の金色の瞳は歪で狂信的な輝きを放っている。
●その名は『巡隷兵団』
「皆さんの活躍のおかげでドリームイーターの本星は制圧されたのです。本当にありがとうございます、なのです」
ウェアライダーのヘリオライダーである笹島・ねむは、ジグラット・ウォーを終えて帰還したケルベロスたちを労い、感謝の言葉を述べた。
「これによりドリームイーターは組織的行動が不可能となったのですが、生き延びた『赤の王様』『チェシャ猫』らに導かれて、一部のドリームイーターが戦場を離脱したのです。これが問題なのです」
ねむの話によれば、ドリームイーター残党はデスバレスの死神勢力と合流しようとしており、その内の1体を迎えに下級死神の群れが現れるようだ。
「ですので、合流地点へ向かってドリームイーター残党と下級死神の群れを撃破して欲しいのです」
ねむの背後のモニタに、ターゲットとなるドリームイーターと現地の地図が表示される。
敵の名は『巡隷兵団』。
鍵型の大剣と鍵穴の開いた盾を持ち、修道女を思わせる風貌の女騎士だった。命令を受ければそれを遂行するために挺身の覚悟で従事する特徴があるようだ。おそらく彼女にはデスバレスへの撤退指示が下されたのだろう。
合流地点は都内某所の地下水路の一角であり、地図を見るかぎり内部は迷路のように広がっている。
「『巡隷兵団』は迎えの死神が来るまでは隠れているので、死神と合流するために姿を見せるまでは攻撃できないのです。さらに戦闘開始から6分ほどするとデスバレスへ撤退しちゃうのです。下級死神のザルバルクは総勢8体、『巡隷兵団』の撤退支援のため全力を尽くすのです。撤退を阻止できるか許してしまうか……確率は五分五分なのです」
下級死神といえども数が多いのが厄介だ。
だが死神は後回しにしてドリームイーターを優先して攻撃、あるいはドリームイーターの注意を引けば撤退を阻止する確率も上がるだろう。『巡隷兵団』が与えられた命令や任務に狂信的に従事するのなら、そこを否定すれば挑発になるかもしれない。
「戦闘時はザルバルクの群れが前衛、『巡隷兵団』が後衛なのです。水路の水深は大人の膝くらいなのです。左右に通路があるのですが、こちらは大人1人分の幅しかないのです」
通路は移動時には使えるだろうが、戦闘時は水路に飛び込んで、ということになりそうだ。水深が大人の膝ほどでも、転倒すればバッドステータスの【ずぶ濡れ】は免れないだろう。
「ドリームイーターの本星は制圧できたのです、死神側の目論見だってきっと打ち砕けるのです。残敵掃討作戦、どうかお願いします、なのです!」
ねむからの激励を受け、ケルベロスたちはヘリオンに向かった。
参加者 | |
---|---|
相馬・泰地(マッスル拳士・e00550) |
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112) |
機理原・真理(フォートレスガール・e08508) |
天音・迅(無銘の拳士・e11143) |
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801) |
美津羽・光流(水妖・e29827) |
尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130) |
白樺・学(永久不完全・e85715) |
●地の底のような水路の中で
暗い水路両脇の通路を、ケルベロスたちは2組に分かれて歩いていた。
「迷路のような地下水路で合流……なんだかスパイ映画みたいですね」
ランタンの灯りで地図を確認していたカルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)がそう呟いた。
「下水ではなかっタだけ良かったガ。頭上が少々気にナるナ」
「戦闘中に崩れでもしたら、と思うと、ちょっと怖いですね……」
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)と機理原・真理(フォートレスガール・e08508)は天井を見上げる。地下水路は古びた石造り。壁や天井には脆くなっている場所もあるかもしれない。
「ドリームイーターの残党もおかしな任務遂行してんな。死神どもについてった先に『希望』なんざねえだろうに」
死神のもとに身を寄せたところで本当に希望があるのか、それとも命令に従っているに過ぎないのか。尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)には疑問だった。
「希望どころか敗走先がデスバレスとかドン詰まりやな。ちゅうかドリームイーターやったら死神には東京湾で一杯食わされて――」
「今、何か光ったぜ」
美津羽・光流(水妖・e29827)の言葉を、先頭を歩く天音・迅(無銘の拳士・e11143)が遮った。確かに水路奥の暗がりで蒼白く輝くものが見える。それは死神が作り出す魔法陣の輝きに似ている。
「さっそくお出ましかぁ!」
「通路は狭いな。水路に下――」
格闘技用トランクス一枚の相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)は濡れるのも厭わず水路に飛び込んだ。泰地に続こうとした白樺・学(永久不完全・e85715)は、下りるのを手伝うつもりの助手の手が滑り、突き落とされてしまう。
ともかく通路は狭い。
真理と迅は水路に下りてライドキャリバーに騎乗、眸と泰地がこれに相乗りし、他は左右の通路を駆け抜け、急ぐ。
●信じる旗のもとに
そこでは8体のザルバルクが空中を回遊するように泳いでいた。
ザルバルクの群れの軌跡が水面に魔法陣を作り、蒼白い輝きを放っている。
巡隷兵団の少女は、その輝きをじっと見つめていた。
「デスバレス行きのゲート……これが安定するまで6分ほどかかると聞きましたが?」
彼女はザルバルクたちに問いかけるが、返答はない。
「所詮は下級の死神ですか――」
そこで巡隷兵団は眦をつり上げた。ザルバルクたちも周囲の異変に気づく。どちらも接近するケルベロスたちを認識する。
「Fire!」
「巡隷兵団の少女ヨ。貴様の信奉すルものには何の意味があルのだろうな? 薄っぺらい希望ナらば笑えるゾ」
プライド・ワンから飛び降りた真理、そして眸が砲撃を開始した。眸の相棒のキリノは前に出て、敵の足止めを試みる。
奇襲にザルバルクの群れは浮き足立つ。この間隙を突いて広喜が突撃、泰地がサポートに回る。
「てめえの任務が正しいってんなら、死神の手なんざ借りねえで自分の手で俺たちを排除してみろよ。俺たちの任務とどっちが勝つか勝負しようぜ」
「雑魚はすっこんでな!」
盾で防御を固める巡隷兵団に刳リ詠が叩きこまれ、配置に着こうとする死神前衛には死天剣戟陣。金属の反響音と、体液を散らすザルバルクの奇怪な叫びが地下水路内に響き渡った。
巡隷兵団の撤退まで6分しかない。
速攻で片づけたいが、敵も前衛後衛に分かれての迎撃態勢を整えつつある。
巡隷兵団は最後方、これを護るようにザルバルクの群れがケルベロスたちに突っ込み、妨害行動に出る。
「兵団と名乗るのなら、お仲間もたくさんいたのでしょうね。その兵団が壊滅状態なのに、それでも命令や任務に縛られるって僕なら絶対ごめんですねー」
白梟のネレイドをザルバルクの群れに向かわせたカルナは、挑発を交えつつ味方前衛にメタリックバーストをかけた。その腕では、アラームをセットした防水仕様の腕時計が刻々と時を刻んでいる。
「邪魔や」
光流が敵前衛に螺旋氷縛波を放ち、迅は雷にキャリバースピンを指示して自身は巡隷兵団めがけて時空凍結弾を撃つ。これは盾で地下水路の壁へと弾かれたが、迅は口元に笑みを見せた。
「……やるな!」
この時、巡隷兵団の盾が輝きを発した。
「たとえこの身が滅びようとも、信じる旗の下に殉ずるまで。巡隷兵団、戦術行動に移る」
直後、モザイク状の波動がケルベロスたちへと放たれた。
「攻撃にも使える盾か、興味深いぞっ」
知識欲旺盛な学は、味方へエレキブーストを送りながらも知的好奇心を抑えきれない。そんな彼を押し退け、いいや盾になるように助手が前へ出て、迫る死神の群れへと炎を放った。
●巡隷兵団はその身を捧げる
戦闘開始より3分が経過していた。
水路内も通路上も、敵味方入り乱れての混戦となっていた。
「雷っ、死神どもをガトリングで薙ぎ払えっ」
「死神連中は撤退支援に全力を尽くせと指示されて、巡隷兵団は挺身の覚悟で命令に従う。へっ、似た者同士だなっ」
相棒に指示を下した迅は巡隷兵団へと殴りかかり、泰地は気力溜めで負傷の目立つ仲間を癒やす。
戦局は一進一退。水飛沫には血飛沫が混ざり、肉とともに石畳が抉れる。
ケルベロスたちはサーヴァントも全力投入して3体のザルバルクを仕留めていたが、未だ数が多い。
巡隷兵団は時間まで逃げ切るのが狙いか。常にザルバルクの陰に入るように動き、そこからモザイク状の波動を撃ってケルベロスたちを牽制、近づく者があれば鍵型の剣で追い払おうとする。今、その斬撃が距離を詰めた光流に浴びせられた。
光流は水路に倒れたが、それはフェイント。チャンスと見て追撃に移ろうとした巡隷兵団を、彼が繰り出した最果ての波が打ち据えた。
「なぁ。行先が死の国とかお先真っ暗やろ? 希望なんかお前の目にしか映ってへん。まやかしや。死神と合流、ようは死ねって指示やんな。俺らが手伝ったるで?」
通路の壁に叩きつけられた巡隷兵団は、全身の水飛沫を払うように剣を一振りした。そこへ盾役のザルバルクが群がってくる。
ザルバルクが前衛、巡隷兵団が後衛。敵はこの配列を崩さない。
「指示通りに動くが最優先か? なるほど、その頭はお飾りか。己で考えもしない配下が何の役に立つ。精々が使い捨ての駒だろうに。おまえも、おまえが信じるものも、実にくだらん」
追加のメタリックバーストを味方に送る学の言葉に、巡隷兵団の表情が微かに険しくなった。
「僕は命令とか任務に縛られるのはあんまり好きじゃない方ですけど。妄信的に従う方が楽な人もいるのですかね? 従いたい、という気持ちもまた願望な気がするのですが。あなた、これまで利用されていたんですよ。そしてこの先は死神たちに利用される」
「信ずるモノを悪し様に言われても尚死神の庇護に入ろウとはその忠誠心も大したことはなイらしい。言われるままに行動すルことが最上か? それ以上の意地を見せたラどうだ」
カルナのフォーチュンスターと眸のGrief/Scarが立て続けに巡隷兵団に直撃する。
「……侮辱は許しませんよ」
自身への侮辱より、自身が信奉するものへの侮辱が許せない。彼女の言葉には、そんな響きがあった。
巡隷兵団が剣を振りかざして前に出る。この行動にザルバルグたちの足並みも乱れる。
「あの方は希望を与えてくれた。与えられた希望のためならば、巡隷兵団はその身を捧げる。いかなる命令にも従う。たとえ最後の1人であっても任務を遂行する」
真正面にいた広喜が左肩から胸へと斬撃を受けるも、その顔には凄絶な笑み。
「任務か。てめえらを倒すのが俺の任務だ」
彼の指が遠隔爆破のスイッチを押した。
直後に巡隷兵団の背後で爆発が起こり、両者もつれ合うように水路に倒れた。
爆発は水路の壁面を揺るがし、一部が崩れ、天井からも石の欠片が降ってくる。
倒れた広喜にはザルバルクどもが圧し掛かるように群がり、サーヴァントたちがこれの排除に動いた。
先に起き上がったのは巡隷兵団――しかし。
「希望とか願いとか、そういうのは誰かに貰うものじゃないのです。自分の想いやしたい事は、自分で見つけなきゃ意味ないのですよ」
巡隷兵団の瞳に映ったのは、真理が構えたアームドフォートの砲口。彼女は咄嗟に防御態勢に入るも、発射された砲弾は盾を打ち砕き、左腕の骨も粉砕した。
●瞳に映る灯火
「左腕損傷……治療……回復……できない?」
その砲弾には対デウスエクス用ナノマシンが含まれていた。治癒は阻害され、動かなくなった左腕全体が仄かな赤い輝きを放っていた。
巡隷兵団の異常を察したか、ザルバルクの群れが一斉にケルベロスたちへ突撃した。
敵も必死だった。タイムリミットまで後わずか、弱っている個体も鬼気迫る勢いで攻撃してくる。
しかし、こちらも負けるわけにはいかない――その時、カルナの腕時計の、5分経過を知らせるアラームが鳴った。
「時間がありませんね。ここからは火力重視です」
「今解き放つぜ癒やしのオーラを、はあああああっ!」
群がるザルバルクを跳ね除けたカルナは巡隷兵団を絶零氷剣で斬り裂き、泰地が癒しの波動で味方を包んだ。
「助手ゥ! 貴様も巡隷兵団に合わせろっ」
回復役の学も巡隷兵団狙いに切り替える。助手と攻撃のタイミングを合わせた彼は殺神ウィルスを放ち、喰らった巡隷兵団は吐血して崩れ落ちそうになる。
左腕が動かず、全身に夥しい傷を負いながらも、巡隷兵団の瞳は未だ光を失っていなかった。彼女は果敢に剣を振り、抵抗を続ける。
「撤退なんざさせねえ。この一瞬に、賭ける……!」
翼飛行でザルバルクどもを飛び越えた迅が、巡隷兵団の頭上から悠久の刹那を叩きつけた。片腕では追撃の連打を凌ぎきれず、打ち据えられた巡隷兵団は風に舞う木の葉のようにその場を回る。
次いで光流の螺旋氷縛波が直撃、巡隷兵団は水路の中で片膝を付いた。
ザルバルクの群れを切り抜けた真理が、そこへ突撃した。
巡隷兵団はカウンターを狙い剣を構えようとした。だが剣と両足が周辺の水ごと氷結している。
はっと息を呑んだ彼女の、その胸のモザイクに、真理の貫手が突き立った。
「任務を全うできずとも私は屈しない……。与えられた希望のために巡隷兵団はその身を捧げる……私が、後悔とともに、死ぬことはな――」
巡隷兵団の瞳から光が消えていく。
体も細かな灰のように崩れていく。
しかし最期の瞬間まで、彼女の瞳は希望の灯火を見ていた。
彼女にしか見えないであろう、その灯火を。
「何かを信じるのは良い事かもですが……それが本当に正しいのか、ちゃんと考えないとダメだと思うのです」
そんな巡隷兵団に真理は哀し気な瞳を向けた。
残るは、護衛対象を失ったザルバルクのみ。
轟く爆発音。
全身の装甲を展開した眸と広喜によるマルチプルミサイルの斉射により、既に弱り果てていたザルバルクの群れは殲滅された。
「盛大に濡れタな……帰って熱いシャワーを浴びよウ」
「同感だ。機体の洗浄しねえとだなっ」
ミサイルの発射口から白煙を立ち昇らせながら、2人は笑顔を見せ合った。
「こないだの戦争でドリームイーターはだいぶ冥府の海送りに……あ、ひょっとしてそっちとの合流が狙いか?」
「ふむ。ありえそうな話ですね」
消えゆくデスバレスへの魔法陣を見ながら光流は小首を傾げていた。その隣に立つカルナの肩にはネレイドが舞い降り、翼を休めている。
「別勢力の戦力増強は許せねえ。この先も残党処理はきっちりやらねえとな」
「今回の戦いが次に活かせるだろう……って助手それはまだ記録中のメモだ捨てるなあ!」
勝って兜の緒を締めよ。気合いを入れるように泰地は自らの顔を両手でパンと叩き、今回の戦闘の記録を取っていた学は助手にメモを捨てられ怒鳴ってしまう。
「戻ったらおまえも洗車してやらないとな……ん?」
相棒の雷を労う迅は、真理が掌の中の何かを見つめているのに気づいた。
「それは?」
「これだけでも弔ってあげたいです。こんな場所では、寂しすぎるです」
掌にあったのは、ひと掴みの、巡隷兵団の髪。
わずかに残ったこれだけが、巡隷兵団を名乗った彼女の生きた証だった。
自らの『願望』を失い、与えられた偽りの『希望』に殉じた彼女。
その本当の名前は、果たして何だったのだろう。
作者:砂浦俊一 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年2月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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