ジュエルジグラットに攻め入ったケルベロス達は、その中枢にて、ひたすらにモザイクを生み出し続けていたジグラット・ハートを討った。
それによりジュエルジグラットは消滅し、地球と繋がっていたゲートも破壊された今、ドリームイーター達に地球で暗躍する余力は無いようにも思われたのだが……。
ヘリポートで、腕組みをして空を眺めていた、マグダレーナ・ガーデルマン(赤鱗のヘリオライダー・en0242)はケルベロス達の姿をみとめ、腕組みを解き向き直った。
「この空から、ジュエルジグラットの手が完全に消えたな。ジュエルジグラットが消滅した証……ジグラット・ウォーを戦い抜いた皆が勝ち取ったものだ」
しかし、一部のドリームイーターがゲート破壊前に地球へと逃げ出したことがわかっており、彼らの潜伏場所を突き止めるべく調査がすすめられていた。
マグダレーナは鞄から束ねた書付を取り出した。紙の大きさはまちまちで、所々に書きこまれた注釈の字は大きく雑だ。急いでまとめたものらしい。
書付の中から大き目の一枚を取り出し、マグダレーナはケルベロスに見せた。何処かの地図のようで、その中でも一際大きい建物に矢印が描かれている。
「逃亡したドリームイーターの一体が潜伏している場所が予知できた。討伐に向かえる者はいないだろうか」
地図の隅に書かれた作成年はかなり前だ。ここは、確か……そんな誰かの呟きが聞こえる。
「ああ。ここは何十年も前にデウスエクスの侵略で放棄された街だ。潜伏し、合流を図るにはおあつらえ向きだったというわけでな」
合流とは? と聞き返す声には、どこかそれを見通していた納得が含まれている。
「数を減らしたドリームイーター達は、デスバレスの死神の元へ向かおうとしている。ここは迎えの死神との合流地点になるのだ。奴らがデスバレスへ撤退する前に、仕留めねばならん」
マグダレーナは地図に描かれた大きな矢印に指を添えた。
「かつてここは、この辺り一帯の医療を担う総合病院だった。長い間人の誕生と死を見続けて来た場所だ。討伐対象がここに潜んだのもそれゆえなのかもしれん。討伐対象は『希望喪失絶望兵』、希望を欠損した末に絶望に染まった者だ」
そして、一枚の写真を取り出した。映っている者に大抵のケルベロスは見覚えがあった。熾炎の硬魚、ザルバルク……その増殖力に依った、数任せの攻め手に辟易した者も多いだろう。
「希望喪失絶望兵をデスバレスへ導く案内人が、ザルバルクだ。8体視えた。ザルバルクは何としてでも希望喪失絶望兵をデスバレスへ撤退させようと動くようだ。弱い者から各個撃破というのは有効な戦術の一つだが、時間に限りのある今回はそれは運任せの博打となり得る」
6分だ、とマグダレーナはそのしゃがれた声で制限時間を強調した。
「6分経った後、希望喪失絶望兵はデスバレスへと撤退する。そうなればもうこちらからは手出しはできん。その前に討伐せねばならないが、何らかの策を講じた方がよいだろうな」
「希望喪失絶望兵を集中攻撃、ではいけないか?」
そう言った、バルタザール・パラベラム(戦備えの銃弾・en0212)に、マグダレーナは少し困ったような顔を向けた。
「それが一番だろうが、面倒なことに、ザルバルク共は総出で希望喪失絶望兵を庇うのでな……肝心の希望喪失絶望兵に、逃げ延びようとする主体的な意思が感じ取れんのが、もしかすると鍵になるかもしれん……」
後半の言葉の意味を図りかねたケルベロス達に、マグダレーナはあくまで視えた予知からの見立てだが、と言い添えて続ける。
「希望喪失絶望兵の自我は、恐らく無いかあっても極希薄だ。デスバレスへ撤退せよと命じられたから従っているにすぎんのだろう。それを何らかの方法で上書きできることができれば、或いは……」
自身が発した曖昧な言葉を補おうと、マグダレーナは考え込み、眉間に指を当てた。
「彼か彼女かすらも知れぬ、希望喪失絶望兵の欠落要素は『希望』。希望を失った身体は絶望が詰まった器なのか……自由意思と縁遠い相手だが、反応を引き出す材料はそれくらいしか予想できん」
挙げたのは予想の一つで、他にも方法はあるだろう、とマグダレーナは締めくくった。
そこまでの説明を終えた所で、束の間下りた沈黙を、飛び立ってゆくヘリオンの音が破って行った。
その音を聞いたマグダレーナはヘリポートの様子を見、そろそろ離陸だ、と呟き、搭乗口を開きケルベロスを誘った。
「ドリームイーターが死神勢力に加わるのは、可能な限り阻止するべきだろうな。単純な戦力増強だけで済まないかもしれんしな」
そこで、一旦言葉を区切って息を吐く。
「希望喪失絶望兵は絶望に侵され、もはや自分の意思で前へと進むことすらできん。その行く手を断つべきは今だろう。古兵はジュエルジグラットと共に滅ぶのだ」
参加者 | |
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藤守・景臣(ウィスタリア・e00069) |
瀬戸・玲子(ヤンデレメイド・e02756) |
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771) |
サイファ・クロード(零・e06460) |
比嘉・アガサ(のらねこ・e16711) |
アトリ・セトリ(深碧の仄暗き棘・e21602) |
ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615) |
エステル・シェリル(幼き歌姫・e51474) |
●
時の流れるままに、緩やかに朽ち果てつつある街の中心に、戦場となる総合病院があった。一段と目を惹くその威容は、まるで亡国の城を思わせた。
放棄された時期を考えると、建物の残存状況は良く、ケルベロス達は正面玄関から中へと入ることができた。作戦説明時の資料によれば、デウスエクスの襲撃があったとき、最優先で患者たちの退避が行われたため、グラビティ・チェインなきこの病院は捨て置かれたのだという。
総合受付であったホールには、各診療科の案内があった。案内図には産科病棟から、終末医療病棟まで、様々な病棟がある。当時考えられ得る診療科が揃っていたのだろう。
藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)は、物憂げな眼で、その長々とした案内を追った。ここは生命と向き合うために人の手により建てられた場だったのだ。その結末が生であれ死であれ、人がその生を全うする為に作られた聖域……。
今は、そこを武装したケルベロス達がドリームイーターの残党を求めゆく。ここが放棄された時にすらなかった筈の戦が、これから始まるのだ。いつしか周囲の壁色は、温かみのある色合いに変わっていた。案内図によれば、ここはかつて、数多の生命が誕生した所であった。
(「――然し、殺さねばなりません」)
ジュエルジグラットが消えた時、種族としてのドリームイーターは終焉を迎えた。生き残ったとて、いずれはコギトエルゴスムへと変じて永き眠りにつく。捨て置いておけばよかった筈であったのだ。
だが、風前の灯であったかれらへ、死神たちが手を伸ばした。死せる者を冥府の海へと曳いてゆく者たちだ。
ケルベロスの出現による生死を懸けた闘争のはじまりが、死神たちにデウスエクスをサルベージすることを可能にした。そうして死神は勢力を増していたのだ。その手は貪欲に、未だ生きている筈のドリームイーターにまで伸ばされている。
景臣の裡に、面影が、よぎった。死神に命刈られた彼女……いつも共にある記憶が、わずかに火勢を増し、紅く揺れた。まるでそれに煽られたかのように、前を歩くキソラ・ライゼ(空の破片・e02771)の白髪がふわりと波だつ。
「景臣サン」
キソラは、頭の後ろで組んでいた手を解いて、景臣へと振り返った。手の甲に今も残る紅い熱の余韻はおくびにも出さず、かるく笑う。
「もしかしたら、オレも小っちゃい時、こんなトコに居たのかもしれねぇなぁ」
周りに一通り目を巡らせ、ま、よく覚えてないンだけどな、とまた前を向いたキソラは、行く手の一点を見つめた。
「ちょうど、あんな感じでよ」
キソラの目線の先には、佇む人影があった。洋鎧を着こみ、槍を携えた姿は、周りの風景から浮いており、ちぐはぐだ。だが、この人影のかもす違和感の本質は見かけではなかった。
彼又は彼女が何を意図する誰なのかが全くわからない。鎧から覗く身体をもれなく覆うモザイク故の印象なのかと思いきや、それともまた違う。己の意思というものが全く感じ取れない、徹底的な空っぽの在り様が、およそ命ある者とは思えないのだ。
瀬戸・玲子(ヤンデレメイド・e02756)には、その空虚の理由に心当たりがあった。今まで鹵獲してきた知識の中に、そういった存在についての記録があったのだ。
「希望を欠損し、絶望に埋め尽くされた末に自分を失くしていますね。希望喪失絶望兵、名前の通りの相手です……しかし、産科病棟に潜んでいたとは」
ケルベロスが希望喪失絶望兵に近付いてゆくと、希望喪失絶望兵の周りの空間から、滲み出るようにザルバルク達が現れ、ケルベロス達の前に立ちふさがった。
●
予知で伝えられていた通り、ザルバルク達は希望喪失絶望兵を庇い、支援するように動いた。彼らはデスバレス撤退用の要員だ。逃亡まで、あと6分。
「地図によれば、産科病棟付近は部屋が広めです。建物の損傷も少ないですし、視界も足掛かりも充分確保されていると見ていいでしょう。留意するのは残り時間だけ……」
玲子は戦闘開始と共に、アラームを4分に合わせた。ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)も5分にアラームを設定している。それぞれの時点で、戦いの方針を変えるためだ。
ケルベロス達は、直ちに攻撃を開始した。文字通りの壁として阻むザルバルク達に、初手の攻撃が集中し、冷気を伴うグラビティの重複により、そのの体表がグラビティの氷で覆われる。ザルバルクもまた、手近なケルベロスへ向かって、爆炎をまき散らし、その身体をうねらせ絡みついた。
(「これは、嫌らしい布陣ね」)
執拗に絡みつくザルバルクの身体へ、仲間達の攻撃の矛先が向いてしまっている。爆炎により着火した炎も、激しく燃え上がっている。これらの不調を逐次解消してゆかなければ、立てた戦術の実行もままならなくなる。
玲子は身体を覆うオウガメタルへ、オウガ粒子の放出を頼んだ。戦場に銀閃が走り、ザルバルクに近接した仲間達に超感覚の目覚めをもたらした。と同時に不調も解消してゆく。ただし、全てではない。仲間達も各自対抗策を用意しているはずだが、時に限りのあるこの戦場では、攻撃の一手こそが貴重であった。
希望喪失絶望兵も、槍の長さを生かした間合いで、近接した仲間に払いを仕掛けている。今の時点では、彼又は彼女に攻撃を到達させるのは難しいだろう。主体意思を持たない兵士を、自己の判断で留まらせる手立てはないだろうか。玲子は戦場を見据え、戦いながらも収集した鹵獲知識を読み解いていく。
(「私は、こいつを知っていると思うのですが、だとすると違和感が出てきます」)
玲子の知る限り、彼又は彼女は、無数の兵士の一人であったはずだった。指揮する者がいて、そして数が揃ってこその存在であるのに、たった一人で逃げ延びようとするこの状況自体が、違和感の塊なのだ。
(「逃げ延びようとする先に、指揮する者がいる……と、考えられますが……」)
だが、現在目前にいない者を倒すことはできない。どのみち、見逃す理由もなく、逃亡する希望喪失絶望兵は阻止せねばならなかった。
「ドリームイーターは、欠損を埋めてモザイクを晴らそうとします。希望喪失絶望兵にも、その性質は残っているはず。それを、顕在化させましょう!」
玲子の声に続き、戦場に歌声が響く。仲間達の応えを代するそれは、エステル・シェリル(幼き歌姫・e51474)の紡ぐ歌であった。それは、大いなる存在へ奇蹟を請う歌詞であったが、禁じられた歌の歌詞、その言葉の一片ずつが、庇い合うザルバルク達を縛めてゆく。
「奇蹟はね、それを望んだ人がいるから起こるの!」
「そう、奇蹟は望んで起こすもの、だよな!」
サイファ・クロード(零・e06460)がエステルへ顔を向けウインクして見せ、その言葉と裏腹の野次をザルバルクに飛ばした。
「アンタらがいると囚われのお姫様とお話できねぇじゃん。娘溺愛してる父親かよ」
その表現に、景臣は口元だけで笑った。娘を溺愛している父には心当たりがあった。確かに、希望喪失絶望兵は、箱入り娘の様相だ。そういえば、そんな名前のパズルがあり、今の状況はまさにそのパズルのようだった。
サイファが掌より相次いで放った光弾を、ザルバルク達は庇い合って受け止める。貼りついたグラビティの氷が追撃となり、遂に一体の身体が、一瞬浮遊力を失いぐらりと揺れた。その隙に乗じ、此花の鯉口を切った景臣は、一足で間合いへと踏み込み、刃を抜き放つ。
此花は、確かにザルバルクを斬った。だが、ザルバルクが斃れたのは、刃の斬撃ではなく、己の血肉たる炎が刃に喰われたが故であった。ザルバルクの命と等価の熱量を、此花を通じ景臣も感じとっていた。
「貴方の為に散ってゆくザルバルク達……その姿を見て尚、貴方は命じられるが侭逃げ去る心算なのでしょう」
景臣は藤色の宿る眼を、彼又は彼女に向けた。反応は無い。そもそも聞いているのかどうかもわからなかったが、景臣は構わず続ける。
「ええ、軽蔑は致しません――それが貴方の選択ですから。ならば、我々は、貴方という絶望に抗いましょう。無駄だとお考えですか?」
語る間に、またザルバルクが一体仕留められた。それを目の当たりにしても、やはり彼又は彼女は、訓練された兵士の動きで戦場に在るだけだ。モザイクから滲み出た黒い染みが、景臣へと放たれたのが、唯一の反応であった。
「然し、それはやってみなければ分かりません。最後まで『希望』を捨てぬのが信条でして」
速くも鋭くもない、しかし狙った獲物への執着だけは突き抜けた、絶望の塊の辿る軌跡へ、比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)が跳ねるように飛び入り、景臣の代わりに受け止める。
「景臣、煽り過ぎ」
ひたすらに冷たくて、重い――絶望の滲んだ染みを浴び、アガサの足取りは乱れるが、その治療は仲間に任せ、アガサはザルバルク達を見据えた。その直下の地面が緑青に似た色に染まり、ゆらりと立ち上る濃淡のその色が、ザルバルク達の表皮を、内臓を錆つかせてゆく。
「そう言うけれど、比嘉さん。あなたも言いたいことがありそうに見えるよ」
アトリ・セトリ(深碧の仄暗き棘・e21602)はオーラの塊でアガサを包み込み、黒い染みを空に散らし浄化した。一撃を受けただけと侮るべきではない。攻撃自体は凡庸だが、その攻め手の真髄は、付随してまき散らされる絶望にあった。
「だなぁ。アガサちゃんもさ、アトリもさ、もうじゃんじゃん言いたい事言っちまえよ。なあ、ノチユ?」
「……ああ」
キソラに話を振られ、ノチユは低い声で応えた。その眼はひたりと希望喪失絶望兵に注がれている。モザイクに覆われた、彼とも彼女とも知れぬ無貌の誰か。緒戦からずっと、目が、離せなかった。
一言も発さず、ノチユは氷結輪を希望喪失絶望兵へと投げつけた。戦場の辺縁を大きくなぞる様に飛んだ戦輪は、初めて阻まれるものなく届く。氷の魔力が憑いた鎧に、霜が下りた。
(「言いたい事、か……僕は」)
意思を秘め、戦場に立つ仲間達を眩し過ぎるものと感じ、ノチユは戦場に立っていた。むしろ彼又は彼女の方が、ノチユには近しい薄闇であったのだ。
明日を信じる事を止め、今在る理由は己が死んでいないから――それは、鏡映しの己だ。だから、何を言おうとも、それは己自身への問いかけに過ぎないのだった。けれども、彼又は彼女をがえんじることも、ノチユにとって違和感があった。それはきっと、胸に宿ったこの仄かな光ゆえだろう。
さらりと揺れる、長く黒い髪。己を優しく見つめる、夜空の星々の煌めきを宿した黒い瞳。よぎったその面影が、ノチユに口を開く決心をさせた。良いのだ。仲間達の想いが届く、その礎となれれば、それで良い。
「何も考えないでいるのは楽だよな」
呆れ半分、嘲り半分の口調を選び、ノチユはドラゴニックハンマーをこれ見よがしに振って見せた。そして、彼又は彼女がこちらを注視したのを確認したあと、鼻で笑う。
「そうしていれば、期待なんてしなくても済むんだから」
その言葉に反応したのは、ザルバルク達だった。ノチユの居る遠間に向けて、相次いで爆炎が放たれるが、ある意味それは都合が良かった。近接戦闘中の仲間に攻撃が集中していたのを逸らすことができたのだ。また、遠間の仲間達は皆、ザルバルクの炎に対して、あらかじめ対策を講じている。
応えのないまま、更なる言葉を浴びせようとするノチユに、よくぞ言ったと言いたげな笑顔で、サイファが自身を指さしている。次喋りたいらしい。ノチユが目元で是と伝えると、サイファは拳を握って意気込み、侮蔑に満ち満ちた表情を浮かべ、彼又は彼女に向き合った。
「アンタは自分が不幸の塊みたく思ってるように見えるんだけど、オレから見ると、自分でその環境に浸ってるように思えたんだよなあ」
半笑いで喋るサイファは、心ある者が相対すれば、本気でぶん殴りたい風情だ。煽り倒して反応を引き出そうとしている――自分と同じ意図と知り、ノチユは次のサイファの言葉を待つ。
「そりゃ、言われるままに行動してたら希望なんか見える訳ないじゃん」
「お前は自分が誰だったかも忘れて、どうしたかったかも思い出せないまま、僕達に殺されるんだよ。それが嫌なら、ちょっとは抗ってみたらどうだ」
また、彼又は彼女から、黒い絶望の染みが放たれた。今度はサイファを狙った染みを、アトリが回し蹴りで受け止め、弾いた。フェアリーブーツから舞う黒い蓮が、染みを包み込み消滅し、尚も残った染みも、二連目の回し蹴りで消え去った。染みがもたらす重圧がアトリの心身を苛むが、今見た事実は希望に連なるものだった。
「どうやら、耳に痛いことを言った相手の中から狙うみたいだね。届いてる証だよ」
心の欠片は残っている――アトリの言葉が仲間達の背を押した。頷くサイファから強く発せられる「生きたい」という想いは、煽り顔を消しかけている。
「考えろよ。んで、自分で決めろ。それでようやく『希望』が見える。自分の意思でオレたちを殺しにきなよ。それでようやく『生きた』って言えるんじゃねぇの」
そうだよ、とサイファの言を追認し、アトリは自らをオーラで治療しながら、彼又は彼女へと近づいてゆく。
「柄じゃないけど、こちらも無辜の人々を……人々の希望を背負ってる。それを奪う輩を易々と見逃す訳には行かないんだよ」
彼又は彼女の正面でアトリは立ち止まる。全員から狙える場所に身を晒すアトリに、ウイングキャットのキヌサヤがいつでも庇えるようにと寄り添う。
「それでもなお死神に託すと云うなら、今だけは望みを繋ぐ為に歯向かってみせなよ」
今度は、アトリが狙われる。それを見越したアガサは、ザルバルクが微かに身をうねらせたところを狙い、青緑の錆で包みこんだ。その中の一体が堕ちる。庇うザルバルクは、あと2体……!
「このまま死神の操り人形に成り下がるつもりなの? この期に及んで利用されるだけなんて」
バカじゃないの? と言い放つアガサの仏頂面は、煽りでもなんでもなく、本心からのものだった。キソラは口笛を吹き、彼又は彼女と周りのザルバルクへ氷嵐を放つ。
「アガサちゃん、きっついわー。けどよ、あんたさ、死神と合流したトコで、兵として居られる場所があるのかも怪しいだろうよ。なあ、命が惜しいワケじゃねぇンだろ、なら流れに逆らったって構わねぇンじゃねぇ?」
「バカならバカなりに、自分が何を思って、何に希望を見出していたのか、どうせ死ぬならそれくらい思い出してみたらどうなのさ」
次はアガサを狙ってくる……彼又は彼女の動きを、そう予想していたケルベロス達の見立ては、大きく裏切られた。
「おい、あいつ、こっちに向かってきやがったぜ……」
呆気に取られた様子で、バルタザール・パラベラム(戦備えの銃弾・en0212)が呟いた。それは、戦術上何の益もない行動であったからだ。
「4分経過……!」
そして玲子の声が戦場に響く。残り時間は少ないが、庇うザルバルクの数も減っていた。今は彼らと並んで立つ希望喪失絶望兵へ範囲攻撃を仕掛ければ、共に損傷を与える事ができる。そして、その後方に陣取るザルバルクはもう無視して構わない。
「希望と言うものは、自分から探して、行動しなきゃ何時まで経っても現れるモノじゃないよ。私たちが貴方の心を見つけたみたいに、探そう、ね?」
エステルは、色とりどりの塗料を宙に生み出した。グラビティにより創りだされた鮮やかな奔流は、モザイクを塗りつぶすように、彼又は彼女を華やかな色彩にいろどった。
攻勢に転じた仲間達の攻撃により、庇いに入ったザルバルクが更に一体、屠られた。もう彼又は彼女への攻撃は、素通しのようなものだった。
感情も見えず、人のように血も流さないが、負傷は相当蓄積しているようだ。そう判断した玲子は、愛用のマテバ・オートリボルバーを取り出し、次いで魔導書を取り出した。鹵獲知識が集約された魔導書の術式により、弾倉へ『神討ち』装填儀式を行うのだ。
「希望がないから絶望する、世の中はそんな単純なものではないでしょう」
術式が記された魔導書の頁が、一枚、また一枚と玲子の周りに浮き上がる。記された文言の一字一句を詠唱しながら、トリガーを半ばまで引くと、弾倉が回転し発射準備を整える。
「それに、希望とは尽きずに後から湧いてくるものです」
弾倉の一番下に、儀式の進行とともに魔力が圧縮されてゆき、最後の術式で、弾の形へと形成された。これこそが、神討つ混沌の銃弾であった。
「例え欠損要素だろうとそれで絶望する必要はないです!」
トリガープルは限りなく甘く、玲子が指にほんの少し力を入れただけで、銃弾は真っ直ぐに放たれ、まるでそれが定めであったかの如く、彼又は彼女の左胸に吸い込まるように着弾した。
断末魔は、なかった。最後まで、彼又は彼女が誰なのかも分からなかった。消え逝くその身体が完全に宙に融けるその一瞬前、先にモザイクが消え去ったように見えたのは、ケルベロスの願望によるものだろうか。
彼又は彼女が、末期に一粒の希望を得た証左は何もなく、帰路につくケルベロス達もそれに触れることは無かったが、不思議と皆得心していた。
希望喪失絶望兵は、自らの意思で、己が死に時と場所を選んだのだ、と。
作者:譲葉慧 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年2月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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