鬼はどこ

作者:八幡

●巨大ダモクレスの出現
 それはとても良く晴れた日の午後。
 居並ぶビルの合間に、ぽかりと大きな穴が開いた。
 突如開いた大穴を見た人々が何事かと、騒めいて居れば……その大穴から巨大な鉄の塊が出現したのだ。
 巨大な鉄の塊は、穴の端を掴み、よっこらしょと、穴からはい出して、
「鬼はぁ、どこだぁ?」
 キュピーンと目を光らせて辺りを見回す。
 その鉄の塊に見えたそれは、よくよく見れば顔と手足があり、ピンク色……と言うか、やたら桃をアピールした装甲を持つロボだったのだ。
「鬼はどこだぁ! ……ハッ! 見つけたぞぉ!」
 ロボは暫しの間、ぎろりぎろりと周囲を見回して、三角形の窓が二つ付いたビルに目をつける。
「くぅ、なんて破廉恥な見た目をしてやがるんだぁ! 鬼はぁ外ぉだぁ!」
 そして、装飾の無いビルに若干頬を赤らめながら、両手に持ったガトリング砲でビルを攻撃したのだった。

●豆まきの季節
「大変だよ! 大きなダモクレスが出現するんだよ!」
 パタパタと慌てた様子で、小金井・透子(シャドウエルフのヘリオライダー・en0227)はケルベロスたちに話し始める。
 大きなダモクレス……と言うと、あれだろう。
 先の大戦末期にオラトリオによって封印された巨大ロボ型なダモクレスのことだろう。
 この復活したダモクレスはグラビティ・チェインが枯渇しているため、戦闘力が大きく低下しているのだが……、
「このダモクレスは人が多くいる場所に移動して、多くのグラビティ・チェインを手に入れるつもりなんだよ!」
 透子が言うように、放っておけば人の多いところへ移動して殺戮を繰り返し、グラビティ・チェインを補給してしまうのだ。
 その上、力を取り戻した巨大ロボ型ダモクレスは、さらに多くのグラビティ・チェインを略奪した上で体内に格納されたダモクレス工場で、ロボ型やアンドロイド型のダモクレスの量産を開始してしまうと言う。
「だから、みんなの力を貸してほしいんだ!」
 そんなことを許すわけにはいかないし、それ以前に誰かが死ぬなどと言う未来を現実のものにするなどありえないだろう。
 自分の言葉に耳を傾けてくれたケルベロスたちに透子は一つ頷いてから、続きを話し始める。
「ダモクレスが出現する場所は、ビル街になるんだよ。大小さまざまなビルがあるから、上手く使って戦っても良いし、路上で正面から迎え撃っても大丈夫だよ!」
 巨大なダモクレスが相手だ。周囲の地形を上手く利用するのも良い手だろう。
 もっとも、相手がこれだけ大きいとなると地上で正面から迎え撃つのと大差はないかもしれないが、
「付近の人たちは予め避難してもらっているから気にしないで良いよ! あとは建物も壊れたらヒール出直せば大丈夫!」
 それ以前に、町の人たちは大丈夫なのか? と言うケルベロスの視線を受けた透子はぐっと拳を握って大丈夫と断言する。
 断言する透子にそれなら戦闘に集中できるなとケルベロスたちが頷いていると、
「それでこのダモクレスは、どうやら鬼っぽい恰好の人を優先的に狙ってくるみたい」
 透子がそんな説明をする。鬼? なんでだろうか、そろそろ節分だからだろうか。
「あとは鬼っぽい恰好な上に露出の高い人が3人以上いると、顔を真っ赤にして両手のガトリング砲から雨あられと弾丸を降らせる、クレイジーボルテックスウルトラビーンズシャワーって言う大技を一度だけ使ってくるんだよ!」
 その上、理由は分からないが、露出が高いと大技を使ってくると言う。きっと目覚めたばかりで色々と倒錯しているのだろう。
「ほう。それは男女問わず3人か?」
 露出と言う言葉に反応した、藤守・大樹(灰狼・en0071)が性別について聞いてみれば、
「うん、男女問わずだよ?」
 透子は首を傾げながらも性別は関係ないという。そこに何の意味があるのかと透子としては不思議なのだろうが、大樹には大きな意味があるのだろう。
「あ、それでこの技を使うとダモクレス自身も大きなダメージを受けるから、使わせるように仕向けるのも良いと思うよ!」
 それから透子は大技を使うとダモクレスが弱体化することをケルベロスたちに伝える。
 一通りの説明を終えた透子は、ケルベロスたちをじっと見つめて、
「大きくて大変な敵だけど、みんななら絶対倒せると思うんだよ!」
 後のことを任せるのだった。


参加者
深月・雨音(小熊猫・e00887)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
ニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)
ラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610)
遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796)
嵯峨野・槐(目隠し鬼・e84290)
ローゼス・シャンパーニュ(赤きモノマキア・e85434)

■リプレイ


「うぅ、寒い……冬場にやる格好じゃないよこれ」
 閑散とした町の中はなぜこんなにも寒く感じるのか……ニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)はピンククマぐるみのマルコを抱きしめつつも声を震わせる。いや、寒く感じるも何も水着のビキニのような露出度の高い服装なのだから、実際に寒い。
「さ~むいにゃ! 2月になんて恰好をさせるのにゃ!」
 ニュニルの横に並ぶ、虎柄のチューブトップとミニパンツ姿の、深月・雨音(小熊猫・e00887)もまたパタパタとその場で足踏みをしつつ寒さに耐える。こちらは、ご自慢のもふもふ尻尾をお腹に撒いて、手足を獣化しているだけマシだろうが、
「……寒そう」
「……寒そうにゃ」
 ニュニルと雨音はお互いの恰好をみて、余計に寒さを感じているようだ。
「しかし、ご指名とあらば応じなければなるまい」
 寒い寒いと震える二人と同じく、露出の高い衣装……地獄のごとき灼熱であった故郷の夏衣装を身に着けてきた、嵯峨野・槐(目隠し鬼・e84290)はこくりと頷く。今回の敵は鬼に見え、かつ露出度の高い人を狙ってくると言う。ならば自分をご指名だな? と、お役に立てるならば活用しようと、槐はその衣装を身に着けてきたのだ。もっとも、晒された槐の体は鋼のように鍛え上げられていて、寒さなど弾き飛ばしてしまいそうだったけれど。
「なるほど、そういうものなのですね」
 若いながらに出るとこ出てるニュニル、健康的な体の線を持つ雨音、鍛えに鍛えた槐の肉体。そんな彼女達が、それぞれに寒さを我慢している姿を遠巻きに眺めていた、ローゼス・シャンパーニュ(赤きモノマキア・e85434)は深く頷く。
「え? 何を納得したの?」
 あ、ちょっと温かくなった気がするとか、筋肉つけるとあったかいにゃ? とか、何もかも筋肉が解決してくれるとか、三人集まってそんな会話をしている彼女達の何を納得したのかと、ラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610)が問うてみる。
 問われたローゼスはラルバに向き合い……上衣は開けさせて露出多めにし角も出して少しでも鬼っぽく見せていたラルバの姿を見て、
「なるほど、やはりこれが節分」
 もう一度深く頷いた。
 鬼の恰好をするのに「自前でいいから楽だけどな」とか言っている場合ではなかったのだ。このままではローゼスは節分を脱ぐ祭りだと勘違いしてしまう。
「違うわ。節分はね~」
 何をどこから訂正したものかとラルバが尻尾をたしたししていれば、遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796)がふかふかした狐のお耳をピンと立てて口を開く。
 説明に迷ったラルバは、このそこはかとなく落ち着いた雰囲気の篠葉に、任せてみようと身を引くが、続いて放たれた篠葉の言葉は――、
「呪いを込めて豆をまく儀式なのよ!」
 だめだった。

「違う。そうじゃない」
 自分でもびっくりするほど冷静な声でツッコミを入れたラルバに、篠葉は呪いは良いものよ? なんて訴えてくるが、ラルバは粛々と同じ言葉を繰り返すのみだ。
 そんなラルバ達に、なになに混ぜてよとニュニル達が加わり混沌度が増している。
「ちゃんと鬼っぽいじゃないか」
 何をやっているんだかと、彼らの様子を見ていた、玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)は胸元辺りから聞こえてきた声に……その主に目を向ける。
 陣内が目を向けた先に居たのは、新条・あかり(点灯夫・e04291)と、その手に抱かれた陣内のウイングキャットである猫だ。
 角と虎柄のスカーフを着けて鬼のコスプレをした猫は嬉しそうにドヤ顔で……ついでにあかりの手の中に居るせいか、なおドヤ顔である。
(「俺から出てきたクセに、なんでこんななんだろう……」)
 ドヤ顔で、素直にあかりの手の中に納まる、陽キャラパリピな猫に陣内は髭をひくひくと動かすが、
「ね? タマちゃん」
 無表情ながらも耳をぴこぴこさせて自分を見上げるあかりに、ふっと小さく息を漏らして、「そうだな」と林檎色の髪に手を置いた。


「鬼はぁ、どこだぁ?」
 一行が万全の準備を整えていると地面にぽっかりと穴が開いて、その穴からダモクレスが這い出して来る。
 ダモクレスの顔が地面から出たところで、待ち構えるように正面に立っていた槐は、普段は閉じている目を開く……瞼の下から現れたのは混沌の水で生成した疑似的な両目。
「ここだよ」
 潰せるものなら潰してみろと、その目で挑発的に睨みつけながら、君影のつぼみを振るえば、混沌をまとった光の鞭はダモクレスの顔面へと延びる。
 その一撃をダモクレスは間一髪のところで首を横に倒して避けるも、瞼の横を大きく抉られ、
「ななななんて破廉恥な格好を!」
 槐の恰好に動揺した様子で顔を赤らめる。そして続けざまに槐のライドキャリバーである蒐が掃射するガトリングを手のひらで受け止め――穴からはい出してくる。
 体を傷つけられた事よりも、露出の高い鬼の恰好をした槐に頬を赤らめるダモクレスに、あかりは無感情な琥珀色の瞳を向ける。節分の時期に鬼を狙うダモクレス。なんともタイムリーだけれど、正義の味方たるべき桃太郎が殺人マシーンになるのはいただけない……と言うよりも、この寒いのに露出度が云々とかどう考えてもエロ太郎ではないか。
「手の鳴る方へ、鬼ならぬ犬がお相手しようか」
 ちなみに鳴るのは手ではなくバスターライフルである。そんなことを考えつつも、あかりは構えたバスターライフルから黒い玉を射出する。射出された玉はダモクレスに直撃すると、グラビティを侵食するようにばちばちと全身に広がる。
「おっと、ここにも鬼は居るぞ」
 バスターライフルを鳴らしたあかりを睨みつけるダモクレスに、今度は陣内が声をかける。ちなみに鬼は陣内ではなく猫である。陣内の前をふわふわと飛んでいた猫はドヤ顔のまま尻尾のリングを投げつけ……その姿に動揺したのか手を前に出していやいやするダモクレスの腕をリングで切り裂く。
「――いける」
「やっぱりエロ太郎だ」
「鬼の基準ガバガバだな!?」
 どうやら猫でもいけるようだ。とんだエロ太郎……長いので太郎と呼ぼう。ラルバが思わず突っ込むのも納得である。太郎が猫に気をとられている間に、雨音とニュニルがビルの壁を蹴って電柱に上り、ローゼスはダモクレスの後ろへ走る。そして雨音は電柱を蹴って、太郎に向かって飛び掛かると同時に、陣内が満月に似たエネルギー球を雨音ぶつけ、
「ぐヴぁ!?」
 雨音は、その力をがお~と獣化した拳に集中させて、力いっぱい太郎の顔面に叩きつけた。顔面を叩かれた太郎はグギィと顔を斜めに歪めながら鼻からオイル的な何かをたらす。それが、目の前にいた鬼の恰好の、しかも露出の高い少女の姿に興奮したせいか、それともただのダメージかは分からなかったけれど。
「鬼のイメージはよくわからにゃいけど、肌色を見られないってどれだけ純情にゃ?」
 斜めった太郎の顔面を蹴って空中で反転しつつ、雨音はそんな事を口走るが、おっさんは大体純情なものなのである。ほら、藤守・大樹(灰狼・en0071)も雨音達を直視しないようにしているし。
「えーと、変なロボットだね?」
 桃がモチーフなのか、桃太郎がモチーフなのかは良くわからないがいずれにしても変なロボットである事に変わりはない。ついでに放置しておくと被害を出すところも厄介だ。ボクらが教育してあげないと「ね、マルコ?」とニュニルはマルコに話しかけたあと、腰にリボンでくっつけて、
「あはは、鬼はココ、だよっ。鬼退治出来るものならしてご覧?」
 顔が斜めった太郎の視界に、わざと入るようにビルの上に跳びのってから挑発しつつ、仲間達の背後にカラフルな爆発を起こす。
「さーて、今日も元気に呪っちゃうぞ!」
 ビキニな鬼のコスプレで挑発するニュニルに太郎の視線は釘付けだ。今のうちにと、篠葉はバスターライフルから髑髏に見えなくもない玉を発射し、ウイングキャットのクロノワは尻尾の輪を放つ。篠葉の呪い的な何かとクロノワの輪に絡まれた太郎の動きが一瞬止まったところで、七色の煙を帯びたラルバは太郎の膝の上に飛び乗り、
「桃さんこっちらー、だぞ!」
 そのまま膝を蹴って太郎の股間に電光石火の蹴りを叩きこんだ。
「巨大であろうと足があれば転ばせられるものです。しかし何を思ってこのようなデザインを」
 ゴリっと胡桃に胡桃をぶつけたかのような音が響き、太郎が若干内股になったところに、太郎の後ろに走りこんでいたローゼスが、その内股になった膝に流星の煌めきと重力を宿した飛び蹴りを炸裂させる。膝の裏を蹴られた太郎がうめき声を上げながら膝をつき……ローゼスはそのまま、落下してきたラルバの手を掴んで駆け抜ける。雨音が着地し、ローゼスとラルバが槐の横まで移動すると、大樹は太郎を中心に味方を守護する魔法陣を展開した。


「この破廉恥鬼どもめぇ!」
 目の前で挑発的な鬼の恰好をする一行を涙目で睨みつけた太郎が両手を広げると、両腕に備え付けられたガトリング砲が歪な形に変形する。
「クレイジーなんとかが来るよっ……」
 ガトリング砲の形が変わるのを見た瞬間。ニュニルはビルから飛び降り、槐は壁を走るようにビルの側面を登る。だが散り散りに動く目標を追うように太郎のガトリング砲が火を噴き、ビルを中央から割るように、斜めに抉り取るように破壊していく。
 それから地上に居たもの達にも弾丸が雨あられと降り注いで――たまりすぎた熱を放出するように太郎のガトリング砲が煙を吹くと、破壊に耐えきれなかったビルが倒壊する。
 しかし行き成りの大技を放った程度でケルベロスを仕留める事はできない。倒壊する寸前、ビルを蹴って飛んだ槐が煙を引きながら太郎の真横に現れる。
「慙じること無く、愧じること無し。我が身、人に非ざる鬼なれば」
 そして、そのまま肩に飛び乗り、眼球に叩き込む。それは、いかなる罪深い手段を取ろうとも、ただただ破壊を尽くす外道の業。おこないを美化せず、憎まず、悪と認め内包し善の絶対性を否定する拳。問答無用の剛拳は、太郎の目を覆っていたレンズ的な何かを打ち砕き、その奥の機械まで突き刺さる。
「いたた、食べ物を粗末にしちゃいけませんっ」
 地面に着地すると同時に、前転するように身を翻したニュニルは腰に巻き付けたマルコが無事な事を確認してから、自分の体にちらりと目を向ける。軽い傷は受けているが、大きなものはないようだ。露出が多かったせいか少し赤くなっているのが気になるけれど。それから敵を見やれば、目を貫かれた太郎が首をぶんぶんと振り回して――槐を振り払ったところだった。
「届け、愛しの君。桜色染めのテディベア」
 空中に放り出された槐に右手を差し出したニュニルは口早に言葉を紡ぐと、
「身体蝕むその毒を、傷と痛みと哀しみを、溶けて消えるよう抱きしめて」
 魔法の力で生成された愛らしい小型のテディベアが出現する。現れた、テディベアは空中で優しく受け止めるように、槐の背中に抱き着いて、その傷を癒していく。
「確実に仕留めるよ」
 ふわりふわりとテディベアと一緒に地上に降りてくる槐を横目に、あかりはフェアリーブーツに理力を込め、
「勘違い桃太郎に、一つ忠告しとくぞ。オレは鬼じゃなくてドラゴニアンだっつーの!」
 ラルバはシャーマンズカードを頭上に掲げて、氷属性の騎士のエネルギー体を一時召喚する。それから「メガー!」と顔を押さえて悶えている太郎のがら空きになった腹に向かって、あかりの星形のオーラとラルバの騎士が突撃すると、太郎の腹部が爆発したのだった。

「くっ、我が装甲がぁ! 恥ずかしい!」
 爆発した腹部を抱えるようにくの字に折れた太郎。全身から煙を吹きながらも恥ずかしさに耐えつつガトリング砲から弾丸を放つも、その弾丸を雨音達がにゃにゃっとあっさり避けていた。
「ダモクレスにも露出が多いと恥ずかしい感情ってあるのね。ちなみに、その桃装甲は服って認識なのかしら。それもある意味恥ずかしい感あるような……」
 崩れたビルの瓦礫の上にひょいひょいと登った篠葉は、大分弱った様子の太郎をじっくりと眺めつつ考える。あの桃装甲は恥ずかしくないのかと。認識の相違ってやつかしらと。とりあえず呪っとく? と。あと、
「お伴はどこだい、桃太郎さんよ。独りで鬼退治とは寂しいじゃないか。ヘッドハンティングにしくじったのかい?」
 お供についても気になったので問うてみようかと思えば、先に陣内が肩をすくめながらそんな事を聞いてみる。お前がバラまくべきは豆じゃなくきびだんごだと思うんだがなあ……と。そして同意を示すように猫も「きびだんごちょーだい」と太郎の前に肉球を差し出すのだが、
「犬とか猿とか雉とか……全裸だぞ!?」
 そんな陣内の問いに、太郎は顔を真っ赤にしながら、正気か?! と聞き返してくる。
「……まずは自分の正気を疑え」
「認識の相違ってやつね」
 やはり大分倒錯しているらしい。陣内は呆れたように息を吐きながら、太郎を煽るようにふわふわと飛んでいた猫を両手で掴み、心を重ねるように猫と額を合わせれば……猫の姿は溶けるように消え、代わりに陣内の背中から碧い羽根が伸びる。
「今だけだぞ」
 そして羽の発生源たる背中の傷跡に、あかりの視線を感じた陣内は瞬きの間だけ優しく目を細めて――その羽を大きく広げれば、暖かい光が溢れだして周囲を照らす。光同士が共鳴し合うように煌めく空間の中、雨音は太郎の膝を右足で蹴り、腕を掴み、肩を左足で蹴って頭上高くまで一息に飛び上がる。
「ありがとにゃ! ぷにぷに・にくきゅう・あたっく!」
 光の効果により傷がみるみる回復して調子のよくなった雨音が太郎の後頭部へ、柔らかくて高反発な肉球で無数のパンチを打ち込めば、肉球が後頭部に当たるたびにぺしぺしと心地よい音が周囲に響き――メキョっと太郎の頭部が歪む。
「冥府より出づ亡者の群れよ、彼の者と嚶鳴し給え」
 それから太郎の後頭部を蹴って雨音が離れるのを確認した篠葉は、瓦礫の山に両手を置いて……瓦礫の、その下の大地に隠潜する怨霊を引き摺り出す。引き摺り出された怨霊は太郎の足元から這うように、その体を登って身動き取れないように雁字搦めにし、
「この剛脚の真の威を知れ」
 地面に縛り付けられた太郎の目の前で、今度はローゼスが力強く大地を踏む。鍛え抜かれた躯体と重装駆動機から繰り出される踏み込みは地を揺るがし、波紋のように広がる振動は太郎の足元から伝わり……刃のような重撃となって装甲を破壊していく。
「宿る全ての力、ここに姿を現せ」
 足元から装甲を砕かれうずくまる形となったた太郎の、その真下で待機していたラルバは、術者自身が操る御業の力と、これまでに喰らった力を極限まで開放し、力の全てを拳に乗せる。
「仇なすものを打ち砕く、竜と狼の怒りとなれ!」
 それから地を蹴って飛び上がり、螺旋のように混じり合う御業と食らった力を、太郎の装甲がはがれていたどてっぱらに捻じ込んだ。腹から背中へと抜けていく力の本流は竜のようにも、狼のようにも、絡み合う獣のようにも見え――太郎の腹に大穴を穿ったのだった。


「ああ、寒かったぁ……割と楽しかったけど、鬼役はやっぱりもういいかな」
 消えて行く太郎を見つめていたニュニルは晒していた素肌を手でさすり……弾丸が当たって赤くなった部分をまじまじと見つめる。
「桃かなにかは知らにゃいけど、今日は! 鬼の勝ちにゃ!」
 同じく弾丸の直撃を受けた雨音も結構赤くなっているが、こちらは気にした様子もなさそうだ。ケルベロスであれば、この程度の傷すぐに消えるだろう。マルコを抱きしめながらニュニルが周囲を見回せば、槐が身の丈の倍はありそうな瓦礫をひょいひょいと拾っては、積み上げていき、
「しかし、派手にやってくれたな」
 小さく息を吐いてはヒールで修復していく。
「呪うも八卦、祟らぬも八卦。どうなるかは運勢しだい!」
 槐と並んでヒールを行うのは、篠葉だ。あちこちを跳びまわっては壊れたところを直す。
「あれは直って……るよな?」
 直してはいるのだが、なんだか若干禍々しくなっている気がしなくもない。ラルバは上空から損害状況を確認しつつ、篠葉が直した部分に首を傾げるも、機能的には問題なさそうなので気にしない事にした。

 一通りの修繕作業が終わったところで、あかりはニュニルと槐、それからラルバに温かいコーヒーを配って回る。寒かったであろう面子に対する心ばかりの気遣いだ。雨音にもと思い周りを見れば、
「みて、この子。可愛いタ」
「フシャー!」
 大樹の尻尾に包まったレッサーパンダ姿の雨音に大樹が威嚇されているところだったので、そっとしておく事にした。
 それからあかりは陣内を探して……鬼の姿が気に入ったのかくるくると跳びまわる猫と、それを無の表情で見つめる陣内を見つける。
「はい。タマちゃん」
 それは、いつも通りの光景で……あかりはコーヒーと一緒にチーズケーキを陣内に渡すと、ピンと尻尾を立てる陣内の隣に座った。

「それでは、節分グッズも買わないといけませんし、そろそろ引き上げましょう」
 それから修復作業が完全に終わったところで、ローゼスが主張すると一行はその言葉に頷き――それぞれの帰路へとついたのだった。

作者:八幡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年2月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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