深淵の畔で眠らせて

作者:四季乃

●Accident
「静かね」
 吐息と共に零れ落ちた呟きは、静謐な森の空気にとろけて消える。腕に抱えたパンドラの拍動だけが此処に在る命に感じられるほど、歌枕・めろ(よるをかけるつばめ・e28166)の身を包む気配は静まり返っていた。まるで異物を拒むように、あるいは息を潜めるように。
 めろを迎え、惑わせる木々のざわめきが繰り返し耳朶を食む。
「梅が咲いた、と聞いたのだけれど……」
 ほんの気まぐれだった。
 満開には程遠く、けれど小ぶりながらも新春を彩る艶やかな色が芽吹いた。往来ですれ違ったマダムたちがあんまり嬉しそうに笑うので、爪先がそちらに向いただけ。気温は未だ高く、大寒に似つかわしくない暖かさではあったものの、季節を先取りするのも悪くはない。
「一足遅かったかしら……ルールブルーの中を捜すのは難しそうね」
 日の入り前の世界が等しく青に染まる時間。めろが郊外にある鎮守の森に足を踏み入れたとき、幾何学模様に折り重なる木々の茂みも相まって、参道は既に薄暗く花を楽しむにしては聊か明かりが足りない。
 大人しく帰ろう、と思っためろが歩みを止めたとき、ぴたりと後を追うようにもう一つの足音が止まった。気配に気が付いたのは、この一瞬であった。
 細く吐息する。パンドラから片手を離して、ゆっくりと背後を振り返る。その人物もまた、頬にかかる長い髪を滑らせながら伏した睫毛を持ち上げ、こちらに正視を寄越すところであった。
 あかい、紅い瞳がめろを捉えた。
 真白の雪に抱かれたかの如く、ただ二つの色しか持たぬその”男”は――いや。
「夢を、視ているのかしら」
 薄く開いた唇から驚愕がまろび出る。
 ”それ”はめろの言葉を耳にすると、白きレイピアの切っ先を突き付け、双眸を細めて首を傾ぐ。剣先から雪のような花が芽吹くと、凍てた空気が逆巻いた。
「生に終止符を、打ちたいんだ」
 白花が、吹き荒れた。

●Caution
「歌枕・めろさんがデウスエクスの襲撃を受けることが予知されました」
 集まったケルベロスに開口一番、そのように呼びかけたセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)の顔色は悪い。いくら連絡を取っても、彼女に繋がらない焦りが顔色に表れているのだ。
「彼女の安否が気掛かりです……どうか救援に向かっていただけませんか?」

 その名はモルガン。
 種族は死神でレイピアを所持しており、死神特有のグラビティも使用して攻撃をすると思われる。姿は膚から髪、衣装に至るまでが純白なため、薄暗い時間帯とはいえ敵の姿を視認するのは難しくないだろう。
「ただ……なぜめろさんが狙われているのか、その理由までは分かっていません」
 宿敵との関係、その背後を汲み取るのはきっと一部の者たちだけなのだろうとセリカは言う。けれど分かっているのは、今めろに危険が迫っていると云うこと。敵の能力によって辺りは人払いが成され、現場にはめろと死神の二人きりだ。
「巨木が連なる参道は道幅も広く死角も多いですから、きっと皆さんであれば不都合はないと思われます」
 一般人の避難誘導なども必要ないため、めろの救出を第一に考えて行動できる。
「どうか皆さん、めろさんを救ってあげてください」
 深く頭を下げるセリカを見て、ケルベロスたちは力強く頷きあった。


参加者
春日・いぶき(藤咲・e00678)
シャーリィン・ウィスタリア(千夜のアルジャンナ・e02576)
遊戯宮・水流(水鏡・e07205)
比良坂・冥(カタリ匣・e27529)
歌枕・めろ(よるをかけるつばめ・e28166)
月岡・ユア(幽世ノ双月・e33389)
一・チヨ(ゆめみるよだか・e42375)
ステラ・フラグメント(天の光・e44779)

■リプレイ


 雪と見紛うような白き花が視界を覆う。たちまち皮膚が凍てるのを感じた歌枕・めろ(よるをかけるつばめ・e28166)は、光の盾を具現化することで防御の姿勢に入った折、己を喰らう幻雪が蝎の火で灼かれるのを見た。
「めろ、迎えに来たよ」
 残滓となった花びらを掻き分け、彼女の細い手首を引き寄せた一・チヨ(ゆめみるよだか・e42375)は、飴色の瞳に自分だけが映ればいいと赤き視線から遮るように立ち止まる。指先を握り返す温かさを覚えながら、頸だけで振り返り視軸に捉えた敵モルガンは、己の一撃に加え死角から穿たれた不意打ちに片膝を突いたところであった。
 穂先に付着した血液を払い、望月の双眸でめろを捉えたシャーリィン・ウィスタリア(千夜のアルジャンナ・e02576)は、夜気が芽吹くような吐息を漏らし、傍らの小さきものにそっと触れる。
「ネフェライラ……参りましょう。今宵を多くの血に飾る必要はないわ」
 黄金の装飾が煌めき、夜空を思わせる炎が吹きすさぶ。ネフェライラの息吹に巻かれたモルガンが、正面から迫るブレスに向かって剣戟を振るうと、掻き消すように白き花が舞い上がった。木々の梢を飛び移り颯爽と迫っていた月岡・ユア(幽世ノ双月・e33389)は、黒翼を広げたノッテがすぐさま羽ばたきで皆のフォローにあたるのを見て、対角線上に居る遊戯宮・水流(水鏡・e07205)と視線で疎通を図ると、次撃に掛かる腕が得物を振り上げるより素早く左右からの挟撃を仕掛けた。二方向から蹴りこまれた衝撃を逃がすことが出来ずに、モルガンの上体が前のめりに傾ぐ。吐き出された呼気は血を交えていた。
「彼女は連れて逝かせない」
 反射的に振り抜かれたレイピアから逃れ、後衛へと退いた水流の言葉にモルガンの柳眉が吊り上がる。その様子を水流の傍らで見ていた春日・いぶき(藤咲・e00678)は、掌に硝子の粉塵を小さく吹雪かせながら紫眼を細めていた。
「友人の大切な人だと言うことは把握してます。でも僕にとって大事なのは友人の望みなので」
 彼女が、願うので。
「貴方にあげられるのは、彼女の言葉と刃だけのようです」
 溶けた硝子は血を止め傷を癒やし、きらきら光る硝子色の、皮膜によく似た盾と化す。それは青い薄闇に飛び立つ紙兵に交じると、サークリットチェインを展開していたステラ・フラグメント(天の光・e44779)の守護に抱かれ、前衛たちの身へととろけて染み込んだ。
「モルガンさん、お話はめろちゃんから聞いてます」
 新たな紙兵を浮かび上がらせながら比良坂・冥(カタリ匣・e27529)が呼び掛けると、モルガンはゆっくりと背筋を伸ばしながら白襟に指を掛けた。悠然として衣類の乱れを正す居住まいはまるで演者のようでもあり、レイピアの剣先を突き付ける仕草すら一々が雅であった。
「もしあなたがめろちゃんに一目会いに来たというのならば邂逅の邪魔はしません」
 エクトプラズムで作り出した武器を振り被り、モルガンの下肢へと一撃を見舞ったびーちゃんが、レイピアの先端から放たれた幻雪に揉まれて吹き飛ぶのを見て、冥は吐息をかみ殺す。
「……けれど、どうやらそれだけじゃあないみたいね」
 ころころと激しく身を打ちながら転がるびーちゃんを、パンドラとさゆりがふたりして受け止める。傷付いた体にヒールをかける時間を稼ぐように、ユエがポルターガイストで小岩をぶつければ、敵も少々怯んだようであった。
 連携の取れたサーヴァントたちに安堵を零した水流は、壱式・流水の鯉口を切りながら聊か表情に陰りを落とす。
(「モルガンさん……本当は貴方も一緒に連れて帰りたいくらいだよ」)
 けれど、意向は違うみたいだ。
「彼女は連れて逝かせない。話す時間を作れるよう、推して参るよ」
 言うなり、緩やかな斬撃が放たれた。水流の月光斬はモルガンの軸足のアキレス腱を斬り付け、森の奥へと消えるや否や新たな風を呼んだ。びーちゃんはその木々のざわめきに紛れるようにしてモルガンとの距離を縮めると、反対の足にガブリ。
 レイピアの斬撃で払い除けられたびーちゃんの傷は、すかさずネフェライラが癒し、誰が負傷してもノッテやさゆりたちの支援の手があるため、ケルベロスたちの負傷度合いはさほど酷いものにはならずに済んでいた。
「めろの終止符を決めるのは、もうきっと君じゃないさ。今のめろをみてくれ」
「めろさんを愛した優しい死神さん……彼女が望まないなら、僕は君の願いを阻むよ」
 肩を並べたステラとユアが、守るべき人の傍らに寄り添い立つようにして呼びかける。その言葉に血濡れた瞳が僅かに細められたのを、見た。
「めろちゃんはあなたとの死路を望まない。彼女の心を自分といた時の侭に閉じ込めるのは誰にも許されないよ」
 冥の屹然とした態度に瞼が落ちる。
 モルガンは半身を引いて胸の前にレイピアを掲げると、フッと呼気を吐くような軽やかさと共にその先端を突き出した。逆巻くのは幻の花。流水を描くようななめらかな剣戟によって繰り出された一撃が、瞳を、膚を、冷たく刺す。
「めろは、俺の、だからな」
 ルーンアックス・蝎の火を片手で振り上げ虚空に飛び上がったチヨは、柄を両手で掴むと加速をつけて巨きな刃で幻花ごと叩き斬る。
(「話がしたいのなら、時間をつくろう。殺したいのなら、この手を使ってくれ」)
 骨すら断ちそうな気迫の斬撃に眉根が寄るのを見て、めろは波打つ鼓動を確かに感じていた。
(「貴女と離れて幾度この日を夢見た事か。めろの手を離した貴女への憎しみだけで生きてきた」)
 でも、今は違う。
「貴女に話したい事や伝えたい事が沢山あるの」
 呼びかけに赤い視線がこちらを向く。
 久々の再会ならば積もる話もあるだろう。その会話を邪魔せぬよう、先ほどの攻撃で傷付いた冥の肉体をサキュバスミストで包むいぶきは、駆けつけた皆の顔を一人ずつ見渡して顔を綻ばせるめろに笑みを返す。
 惨殺ナイフ・喰命鬼を逆手にし、至近へと迫るユアに向かってレイピアを振り払おうとするモルガンの腕を、ステラの獣撃拳が弾き飛ばした。
「今のめろをみてくれ。めろの話を沢山聞いてくれ」
 瞬間、白い骨のような魚たちが眼下から突き上げてきたので、ステラはしなやかな身のこなしでバク転すると、寸でのところで回避する。
「お願い、今のめろちゃんを見てあげて」
 後衛に向かって飛び立つ紙兵を背負い、切実に呼び掛けられる冥の言葉には重みがあった。それはきっと、冥自身がモルガンの境遇に似通った過去を経験していたからなのかもしれない。
「……彼女が今、不幸にみえるかい?」
 ステラはそっと身を引いて、己の後方に佇む彼女の姿を見せてやる。
 直線状に対峙したモルガンを正視して、めろは白い指先を握りしめた。この静謐な森の気配に呑まれぬように、一言一句として彼女が聞き漏らさぬように。
「愛しいめろだけの人が、沢山の出逢いが気付かせてくれた。ありがとう、貴女はめろを愛してくれてたのね」
 モルガンの視線が彼女から外れぬように、ユアが背後から喰命鬼を突き刺しその場に留めさせると、千夜に朽ちた忌血がその脇腹の傷口から流れ込んでいく。不快感を覚えるも既に遅く、まるで意思を持った生物のように、それはするすると内に潜り込む。
「ごめんなさいね……? わたくしの血が体内に入ると、少し悪さをするかもしれないわ。たとえば――……小鳥との、いとしい日々を、思い出したり……」
 血を辿った先。
 白魚のような指先を顎に添えたシャーリィンが蠱惑的な笑みを湛えて、こちらを見下ろしていた。
 夜籠りの蜜血を喰らい、脇腹を抑えて膝を突いたモルガンは、薄く瞼を閉じた。瞼の裏に何を視ているのか、それは分からない。分からないが、ゆるく息を吐いて態勢を整えようとするその動きに、焦りはない。
「僕はめろのお願いを叶えるよ。だってめろの魔法使いなんだからね」
 声がよく届くように、ユエが金縛りでモルガンを封じると、水流の蹴りが肩口を鋭く弾いた。レイピアで大地を突き身体の支えを取ると、モルガンは白き魚を解き放ち、ケルベロスの躯体を喰らう。
「モルガン」
 赤い花が咲く。その向こう側に呼び掛ける声に、モルガンの瞼がまた、落ちる。
 返事はない。
「皆はめろの大事な人なの」
 それは”語らう”というものではなかった。
 語らいでは無かったけれど、モルガンは彼女の言葉を遮らなかった。
「めろ、友達が出来たの」
 無視しているわけでもなかった。
 それはまるで、学校から帰ってきた子どもが、楽しそうに一日の出来事を話すのを聞いているような、静かに耳を傾ける様子そのものだった。
「めろは人を愛する事を知ったの」
 抽出された魔力が、大切な人たちを癒していく。それを蝕むは死んでしまった逢いたい人の幻影による、催眠。しかし。
(「問題ありませんね。僕にはもう、いませんから」)
 蒼い世界に降り注ぐいぶきのメディカルレインが頬に落ちると、顎を伝い地面を濡らすその一連はまるで――。
「めろさんが伝えたい事、全部聞いてあげて。君への想い全部」
「少しでもめろが多くの言葉を彼女と交わせるように、この怪盗も素敵な貴女の盾となりましょう!」
 遠く輝く瞬きに祈りを、魂を捧げる月光詩で月の力を身に降ろす。ユアの歌は戦場上に宵を月を顕現させ、その月明りの下でステラのガジェットから溢れた砲弾が星屑が踊るように、強く、輝いた。
 ぐ、と目を細め眩さに身構えるモルガンが場から退こうとしたのを見、滑るように彼女の背面に迫ったのはシャーリィンであった。彼女の細腕からは到底想像もつかぬ膂力の一撃が振るわれると、それはモルガンの背を穿ち、蒼の時間をたちまち赤に変えてしまうほどの無慈悲が襲う。
 ビリビリとした雷を散らしながら得物を抜いたシャーリィンは至近から反撃を喰らっても尚、まるで受け止めることが当然、といった様子で表情を崩すことはない。
 しかし。
 一瞬。ほんの一瞬、息が詰まった。咲くのだろうと思われた幻が、咲かなかった。聡明な彼女はそれだけである可能性を見出してしまったのだ。
 大切なヴェールに触れて動揺を散らすシャーリィンを一瞥したネフェライラは、属性インストールで彼女を癒し、そばに寄ろうとしたのだが、己の役割を思い出したかのようにくるりと背を向けてモルガンを見やる。
 上空から全体を見渡していたノッテが清浄の翼による羽ばたきを起こすと、モルガンの白髪が浮かび上がった。曝け出された顔色は白皙のため青白く見えたものの、苛烈な攻撃の手は止まぬ。赤い傘をぶんぶん振り上げて応援するさゆりの傍らで、癒しに集中していたパンドラの瞳に母娘の姿が映りこむ。
「モルガンさん。俺もボロボロだった奴に手を伸ばして共に暮らした事がある。そいつは沢山の物を俺にくれた。あなたもそうでしょ……だから手を離したんじゃないの? 駄目だよ晩節を汚しちゃあ」
 執拗な揺さぶりと共に、物理的な苦痛がレイピアを刻み戦闘力を錆びさせる。冥の虚実欺騙により動きがぐっと鈍くなったモルガンに、びーちゃんが飛び掛かっていく。
「僕は、基本的にどんな事があっても生きたい人だよ。だから、貴女の事は……分からない。ただ、長い時を生きすぎて心がすり減っていったんだろうなって事は分かる。貴女はきっと優しい人なんだね」
 ぽこぽこと戦意を削ぐように殴るびーちゃんの攻撃をじっと耐える姿を見て、水流は吐息するようにそう、零した。モルガンは長い睫毛を伏せると――フ、と笑った。ユエは咄嗟に、金縛りを放った。次いで動いたのはチヨだった。
「全て貴女のおかげだよ。今のめろは幸せだよ」
 彼女の言葉を螺旋で抱くように、チヨは蔓触手形態に変形させた攻性植物でモルガンの躯体を絡め取ると大地に縫い止めた。
「ごめんね。めろは皆が大好きだから――共には行けない」
 来たれ、甘き死の時よ。
 優しき眠りへ、穏やかな微睡みへ。
「おやすみなさいママ。大好きよ」


「貴方が慈しんだ雛は、たったひとりの手を取って、籠から飛び立つのでしょう。どうか、それを……慈しんで――お眠り下さいまし」
 二人の愛を見届けたシャーリィンの言葉が、水のように染み込んでいく。
「彼女には、まだまだ生きて謳歌すべき時間がある。だって、そうでしょう。僕と同じで、快楽の摂取は食事と言い切った彼女が、彼の傍であんなにも幸せそうに笑うんですよ。これから、美味しい愛を沢山召し上がって頂かなければ」
「めろを育ててくれてありがとう。逢うことが出来たよ」
 唇に笑みを刷いたいぶきの言葉に、感謝の込められた水流の言葉に、幽かな吐息が漏れ落ちる。赤い瞳の中でしっかりと握られた指先を見つめ、「そうか」モルガンは酷く穏やかな表情で瞼を閉じると、どこか安心したように眠ってしまった。

「おかえり。辛かったね……頑張ったね。僕にはきっと出来ないことだから。だから、君が凄いって、そう思うんだ」
「めろ、伝えたいこと、沢山伝えられたかい?」
 水流とステラの呼びかけに、めろは「うん」「うん」と何度も頷いた。
 ただ一人、静かに様子を見守っていたユアは、武器を収めると知らず強張っていた肩を落とす。
「――死に逝く魂が、安らかでありますように……」
 後悔が、なかっただろうか。ちゃんとたくさん伝えられただろうか。生きる事に飽きる気持ちとは、どんな気持ちだったのだろうか。不意に思い返して、少しだけ、生きる事に羨望した自分を胸の内に抱えながら、ユアはそのまま踵を返した。そっと傍らに寄り添うユエのやさしさを肌で感じながらも、眼裏に残る”母”の死に顔を振り払いながら。
(「姉ちゃん。俺も大切な人が出来たから、まだそっちにはいけそうにないよ」)
 ステラはその様子に誰よりも早く気付き、あとは彼の役目だとばかりに仰々しく礼をするとユアの背中を追いかけていった。

「ねぇ、こんなめろでもまだ……あいしてくれる?」
 チヨに手を引かれ皆の輪の中に在るめろが、震える指先で問うてきた。チヨはその不安ごと抱きしめるように強く指を絡めると、揺れる視線をしっかりと見つめ返す。
「めろ、俺はきみの大事なものを、またひとつ奪った。こんな俺でも、愛してくれるだろう?」
「勿論よ、愛してるわ」
 即答した言葉に、ほう、と誰からともなく安堵が漏れた。
「随分と変わったね」
 張り詰めた糸を弛ませたのは冥であった。「子供の成長は無限だねー」なんて朗らかに笑うので、その視線のくすぐったさにチヨが少し身じろぎする。けれど、これが良い。
 パンドラに駆け寄ってぎゅーっと抱きしめるさゆりを視界の端に捉えながら、雁字搦めに繋いだその手を、二度と離さぬようにチヨはきつくきつく、指先に想いを込めた。
「おかえりなさい」
 ああなんてそれは、やさしい響きなのだろう。

作者:四季乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年2月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。