とてもやかましいピンクの電話

作者:ほむらもやし

●予知
 夜明け前の青い景色が広がる時間。
 今日も人の営みの途絶えた街並の輪郭が闇の中から浮かびあがる。
 数百メートル東側には太平洋、国道6号線に面した場所にドライブインの廃墟がある。
 位置的には海岸とは緩やかな丘と田畑などで隔てられていたが、海からの塩分を含む風の影響か、「ドライブイン三平」と書かれた看板は色あせていて、建物の風化も早く進んでいるようだ。
 この建物の中で光る宝石の身体に手足の生えた、蜘蛛のような何かが跳ね回っている。
 沢山のボタンがついたテーブル形麻雀ゲーム機、業務用の冷蔵庫、14インチのブラウン管のテレビ、そしてピンク色の公衆電話……、光る何かは室内にある様々なものを物色するように一巡りすると、ピンクの公衆電話の前で止まった。そして釣銭取り出し口から、割と無茶な感じに入り込んだ。
 間も無くそれはふくよかな顔と痩せ型の顔――2つの顔を持つけばけばしいなにわのギャルの如き人型のダモクレスと変わる。
「なんやここ辛気臭い場所やなー」
「まあ旦那の無理な借金で店を潰してしもうてな」
 2つの顔は、わけの分からないことを唐突に話しながら、建物の壁を破壊光線で打ち抜くと、海側の多くの人の気配がする方に向かって歩き出した。

●ヘリポートにて
「長い間放置されていたピンク公衆電話機がダモクレスとなり、人を襲おうとしている。至急の対応をお願いする」
 ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は、丁寧に頭を下げると、ルカ・ラトラス(幼き研究者・e67715)の心配が現実のものとなると言った。
「ダモクレスが出現するのは、福島県大熊町にある廃墟化の進むドライブイン。名称は『ドライブイン三平』。国道6号線に面した場所にある」
 このドライブインは約9年間、放置状態にあるが、複雑な事情もあり、営業再開も取り壊しもできないままらしい。
「近隣住民はいないはずだ、朝も早い時間だから、工事車両が通る可能性も低い」
 周囲への被害を考慮して戦う必要は無いが、車両が通る可能性は少しあるので、頭の片隅に入れておいた方が良いかもしれない。
 それから、もし戦いに敗北したりこのダモクレスに対処する者が居ない状況となれば、この場所を離れたダモクレスは、間も無く人々に襲いかかり大惨事を引き起こす。
「ダモクレスの数は1体。なにわのギャル的な顔が2つあるけれど数は1体。味方する配下もいない。ただ2つの顔がやかましくしゃべることがあるので、イライラするかもしれない。攻撃は音声と光線、密着を絡めた打撃だ。人によってはあつくるしさに苦しめられるかも知れない」
 到着時間は、朝6時30分頃。夜明けの直前ぐらいで景色は青暗い。
「到着はダモクレスが壁を破壊して、廃墟のドライブインの駐車場に出てくるのと、ほぼ同時。速やかに攻撃を仕掛けて、撃破を目指して下さい」
 様々な事情で営業出来なくなったドライブインだが、店主はまたこの場所に戻って来て、プラントの作業員たちに、大盛りのカレーやとんかつをお腹いっぱい食べてもらいたいと思っている。
 ドライブインの、がっつり大盛りの洋食は昭和の浪漫だったね。
 ケンジは感じていたままを、懐かしげに言うと、出発の時を告げた。


参加者
カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)
ロベリア・アゲラータム(向日葵畑の騎士・e02995)
パトリシア・バラン(ヴァンプ不撓・e03793)
香月・渚(群青聖女・e35380)
ルカ・ラトラス(幼き研究者・e67715)
 

■リプレイ

●住む人の消えた街
 海岸線の方を見ると丘の向こうに突き出た鉄塔や大型クレーンの上部に設置された航空障害灯が点っていた。
「夜明け前とは言っても、もう人々が動き出す時間帯です。なるべく早く安全を確保しなければいけませんね」
 上空から見た国道6号を行く車の明かりは見えなかった。
 それでも、ロベリア・アゲラータム(向日葵畑の騎士・e02995)は戦いの影響は最小限に留めようと気を張る。
 規則的な点滅を繰り返す信号機や外灯は機能しているようだ。だが道を行き来する車両の動きは無い。
「私もそう思いますの。ですが、お店も家もあるのに誰も住んでいないなんて、何とも不気味な感じがしますわ」
 カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)は、間違いなく街がそこにあるのに、家々の窓に、たったひとつの灯りすら無いことが、恐ろしいことのように感じられた。
 そんなタイミングで国道6号線沿いの一点で閃光が爆ぜて、一筋の光が走る。
 直後、目的地のドライブインの建物が炎を噴き上げて爆発、看板の「ドライブイン三平」の文字が炎の橙色に照らされて浮かびあがる。
「もう、動き出してしまいましたの?」
 炎の中から歩み出てくるピンクの公衆電話のダモクレスの姿を見定めると、カトレアはアスファルトを強く踏み込んで、暗い空に跳び上がる。
「なんや辛気臭いところやなあ……はぁん?!」
 状況の把握をしようとしていたダモクレスは、想定外の攻撃の気配に驚き上を見上げると、流れ星の如き光の筋を曳きながらカトレアが間近に迫っていた。
「さぁ、この飛び蹴りを、見切れますか?」
 瞬きをする間に激突。
 炎の色とは違う白い光が散る中、ダモクレスは蹴りを食い止めようとする。
 しかし蹴りの衝撃は、硬い物が擦れ合う嫌な音を響かせながら強引にダメージを刻み込む。
 直後、蹴りの衝撃を受け止めきれずに、ダモクレスは後ろに下がって力を流そうとする。
「行くよ、ドラちゃん。サポートは任せたからね!」
 ボクスドラゴン『ドラちゃん』に声を掛けつつ、自身は、香月・渚(群青聖女・e35380)は、生き生きとした元気な歌で、仲間の背中を押す。
「さぁ、皆。元気を出すんだよ!」
 攻撃の切れ目に乗じて、態勢を立て直したダモクレスは、渚の歌声に対抗するようにと、やかましく喋りだす。
「なんやあんたら、礼儀がなってないな?」
「世の中的にはそうやけど、ケルベロスに一番人気のお作法ってなんでしょう?」
 ルカ・ラトラス(幼き研究者・e67715)には、ただ元気がいいだけの腹話術にしか感じられなかった。しかしダモクレスを取り囲もうとしていた、カトレア、ロベリア、パトリシア・バラン(ヴァンプ不撓・e03793)、渚の4人が、続きを聞こうと耳を傾けている様子に気がついて、手にした攻性植物を、黄金の果実を宿す「収穫形態」へと変化させる。
「豊穣の実りよ、仲間に奇跡の光を!」
 瞬間、意識が朦朧としかけた、パトリシアは冷や水を掛けられたかのような心地で目を見開いた。
「はっ、ワタシはナニを?! オソロシイ……ピンクの電話ってソウイウことダッタノネ」
 やけに元気の良いポンコツ女子の迷惑にまともに応答するシュールな会話が切れ目無く続く。
 パトリシアは少しの間緑の瞳を細めて、身体の内に潜む力を呼び起こす。ちらちらと点滅する分身の如き影が現れた。これで少しはマシになるはずだと、仲間を護る壁になろうと敵の正面に立ち塞がる。
「どんとこい双顔オバハン! そもそもどこからどうしてこんなところに現れた!」
「何てことはないんですけど、大盛りカツカレーが美味しいって聞いたから――」
 でまかせを言っているのか、事実に基づいているのかは分からないが、ダモクレスは2つの顔で即座に応じて来る。
「やりにくい相手です。力押しだけでは、やはり難しさを感じます」
 ロベリアは躱された盾を構え直しながら、ダモクレスとの最適の間合いを探る。電話の送受話器が応答し合うように喋り続けている。
「大地に潜むゴーストたちよ、皆を癒す力を分けてくれ!」
 ルカの祈りと共に、この土地に塗り込められていた、恐るべき惨劇の記憶が呼び起こされる。理不尽な惨劇のイメージは莫大な魔力を生み出し、強力な癒力を作り出した。
「けっこうきつい妨害能力だよな。俺もギリギリだ」
 実際に起こった懸念が引き起こす事態を想像して、自分が何とかしなければいけないと気持ちで此処に来たが、複雑に絡み合う現実は考えていた以上に厳しい。
「大丈夫だよ。少しずつだけど良くなっているから」
 明るくなり始めた空に飛び上がった渚の飛び蹴りが、またひとつダモクレスの動きを鈍らせる。
「あの、あなたがた、私のこと何か知っているんですか?」
 そうきついのは敵も同じだった。徐々に不利に傾く戦い。面の皮の厚さを誇るピンクの電話のダモクレスも、いつしか余裕がなくなりはじめ、自ら癒す必要に迫られていた。
「強力な重力の一撃を、受けてみなさい!」
 カトレアがグラビティを篭めた拳で殴ると同時、ダモクレスが感じたのは、せいぜい数十キロほどの人間の身体から生み出されたとは思えない高質量の打撃。踏みとどまるのが精一杯で、強烈な衝撃に纏っていた加護を全て消し飛ばされる。
「……ったく、迷惑な人たち」
 地響きと共に巨大な円筒の一部のような部品を載せた大型トラックが国道を通り過ぎて行く。ダモクレスは感心を示さない。ほんの数秒の出来事だったが、ケルベロスたちには緊張する時間だった。
「あなたを、ここで必ず倒します」
 ダモクレスの逃走を許せば大変な事態を招く。絶対に決着をつけなければなないと、カトレアは燃えさかる炎を映す赤の瞳に、決意を滲ませる。
 そこに、盾を前に突き出したロベリアが熱気を帯びた風と共に突っ込んでくる。
「吹き飛べ!」
 次の瞬間、余力のない状態で踏み留まっていたダモクレスは後ろに弾き飛ばされて、燃えるドライブインの壁に激突して大量の破片を散らす。崩れた壁の内側で、桜の代紋の入ったヨーヨーを手にした女学生のポスターが灰と消え、落下して来る破片に混じっていた、楕円形をした金属製の皿が甲高い音を立てて地面を滑る。
「オバハン! ソロソロ年貢のオサメドキデスネ!」
 癖のある発音の日本語響きと共に、パトリシアは炎の中に飛び込む。
 火焔を引き裂いて、振るった手の先から降魔の一撃を放つ。それは咄嗟に身を守ろうと×の字に重ねたダモクレスの腕に食い入って、そのまま命を啜り始めた。
「アレ、初対面のハズナノニ、アナタ、ドコかで見たヨウナ、気がスルネ」
「あんたなんて知らん! それよりそれ、やめいや!!」
 このままでは絶対に負けると、気がついたダモクレスは、降魔の一撃に穿たれた傷を癒すことなく、捕食形態の攻性植物を操るルカの方を見据える。そして鋭く腕を突き出して、光線を放った。
「残念だったね。ボクが見えて無かったみたいだね」
 射線に割り込んできた渚は得物の一振りで光線を弾く。ダメージも受けたが軽微だ。故にそれを気に止めることなくローラーダッシュの摩擦の火花を散らして、ダモクレスの方に向かって行く。
 攻撃を阻まれた不快さを隠そうともせずに、ダモクレスは両手を前にぶらりと下げた、一見やる気の無さそうな構えを見せる。
「もしかして、ノーガード戦法なのかな?」

●終わり行く戦い
 ダモクレスは相変わらずに喫茶店のオーナーと迷惑な注文をする客に扮して、コントのような会話を続けている。
「そんなにカツカレーばかり注文して、本当に食べきれますの?」
「いやですよ。普通のカレーばっかりじゃ飽きちゃうじゃないですか、だからカツカレーなのですよぅうっ?!」
 テンションの高い声色とは裏腹にカトレアの飛び蹴りの直撃を受けたダモクレスの首筋から火花が上がり、ゴムが焦げるような嫌な臭いが立ち、続けて反撃を警戒していた渚が反対側から、強い蹴りを打ち込む。
「もうあかんかも……」
 へたへたと膝を着くダモクレス。
 絶望の声をあげる痩せた顔に向かって、ふくよかな方の顔がまだまだこれからと励ますが、反応が薄い。瞬間、無駄のない動きで、間合いを一挙に詰めた、パトリシアが指を突き出す。
「本物のピンクの電話は、アナタなんかより億倍も兆倍も面白かったワヨ! 過去形で語りたくナイケドネ!」
 容姿に関しては色々気を使い続けているパトリシアも、今年で33歳。昔は色々なお店で見かけたピンクの公衆電話やブラウン管のテレビに映るそれを思い起こしながら、ダモクレスに触れた指先を押し込んだ。
「経穴のヒトツ、指天殺を突いたネ、気脈を断ち切ラレタ身体じゃあ、もう戦えないネ?」
「じゃあ、逃げられないようにシテあげる――」
 態度を豹変させたダモクレスはパトリシアの腕を握り、強引に引き寄せると、凄まじい力で抱き締める。
 肋骨が軋み背骨が悲鳴を上げる。
 鍛え上げた筋肉が押し潰され内臓が破裂するような激痛。口から血の塊が溢れ出た。そして身体が宙に浮かぶような感覚が来て、視界が次第に暗くなって行く。
「放せ、放セェェ……」
 拘束された両腕の代わりに必死に蹴りで抵抗するが拘束は全く緩まない。姿勢が悪く距離も近すぎて力が入らないのだ。この戦いの中で初めて目論見通りに事が運んだダモクレスは満足げな表情を浮かべる。
「お前だけでも、死ね――」
「させません!」
 ロベリアは声を張り上げ、盾を前に突き出してダモクレスに向かう。パトリシアを痛めつけることに夢中になっていたダモクレスは、受け身の姿勢すら取れないまま、ロベリアの激突を許した。
「ギャッ!!」
 拘束の腕が緩み、ダモクレスはバランスを崩して吹き飛んで、後方の壁に激しく激突した。
 解放されたパトリシアの両胸は原型を留めぬ程に引き潰され、複雑に折れた肋骨の先端が枯れ枝のように突き出している。――すぐに癒さなければならない。ルカはその為にここに居る。
「癒しのオーラよ、パトリシアを助けてあげてくれ」
 莫大な癒力を孕んだルカのオーラ破壊されたパトリシアの肉体を急速に元の形に戻して行く。
「大丈夫。傷は浅い、絶対に元に戻してあげるから」
 一方、ダモクレスには、僅かの余力も残されていなかった。
 人の心を惑わす程の美しい刀身を高らかに掲げて、克己の霊とともに薔薇の軌跡を描く斬撃を繰り出す。
「その身に刻め、葬送の薔薇! バーテクルローズ!」
 あと少しで勝てる。確信を持って突き出した刀刃がダモクレスを貫いて、直後、大爆発を起こす。
「やりましたか?」
 消えゆく克己の霊は戦果を確かめることなく消えて、爆発の後には元の形が分からないほどに滅茶苦茶になったダモクレスが蠢いていた。
「まだみたいだね。でも今度こそ、終わりにしよう」
 夜は明けて周囲はもう明るくなっている。どこか寂しげにでも決意を孕んだ渚の炎を帯びた蹴りがダモクレスを燃え上がらせて、そこにロベリアの巨大な金属の塊の如き、戦槌が叩き付けられる。
 瞬間、ピンクの電話のダモクレスの身体は、遂にバラバラに砕け散り、塵となって消える。
「この場所の人たちは、好んで帰って来ないわけじゃありません。帰って来たくとも帰れないのです」
 かくして長い戦いに幕が降ろされた。
 未曾有の災厄を齎そうとしていた、ダモクレスは邪悪な意図を実現する前に倒された。
 破壊された「ドライブイン三平」も5人で協力してヒールを掛けて、オーナーが帰って来たときに悲しい気持ちにならないよう、できる限り元の通りになるように頑張って修復した。
「終わりましたかね、それにしてもダモクレスには変わった者もいるのですね」
「ソウデスネ。しかしピンクの公衆電話、ドライブイン……懐かしいワードが多スギルワ」
「懐かしいのですか?」
 ドライブインの室内に貼られたポスターやテーブル型ゲーム機をパトリシアが懐かしんでいる様子は、19歳のカトレアや17歳の渚、11歳のルカ……まだ10代の者にとっては良く分からない感情かも知れない。
「長い間、使われてないけど、この店のオーナー、たまに来て手入れしているみたいだな」
 ヒールで修復された厨房の方を振り返って、ルカはふと想像する。
 いつの日か、営業を再開したこのドライブインが沢山のお客で賑わって、メニューに載っていた写真のようなすごい大盛りのカツカレーをお腹いっぱい食べている様子を。
 もう少し時間が経って、いろんな問題が解決して、皆がお互いのことを思いやれる日がやってくれば、もう誰も住み慣れた土地を追い立てられる必要も無くなって……。
 時代が良い方に向かって行くことを願って止まない。
 夜が明けた福島の空は青く澄んでいる。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年2月5日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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