雪に藤咲く

作者:七凪臣

●無彩
 ここも冷たいな。
 永きに渡る封印から解き放たれたばかりの男は、浅黒い肌に落ちる白いものを見つめて、そう呟いた。
 真冬の夜。寒いのは当然だ。しかしこの寒さには果てがある。やがて大気も大地も水も温み、多くの命が芽吹く春が来る。
 しかし同族にすら忌避される罪を犯した男は、そんな事は知らないし、例え知っていたとしても意に介さない。
「――与えられた狩場というのは気に食わないが」
 露骨な不満に口元を歪めつつ、男は漆黒の大剣を肩に担ぎ上げると、幾らか先に灯る青みを帯びた淡い紫色の光たちを見遣った。
 ひっそりと慎ましやかでありながら、地上に星を散りばめたようにも見えるそれらは、きっと『美しい』というものなのだろう。
 だからこそ――。
「壊し甲斐は充分」
 浅黒い肌に、黒い武具。髪と瞳はくすんだ銀色。彩らしい彩のない男が、唯一の彩ともいえる毒々しい赤の唇で獰猛な笑みを形作る。
 さぁ、蹂躙を始めよう。
 冷たい夜に、生温い赤を咲かすのだ。
「あんな地味な灯より、赤の方がよっぽど美しいと私が世界に示してみせよう」

●雪藤祭
 雪深い山間の集落でこの時期に執り行われるのが、雪藤祭と呼ばれる催しだ。
 大人が三人、背中を丸めて入れるくらいのかまくらを幾つも作り、藤色の光を放つ紙灯篭を灯すのだ。
 漏れ出た光は遠目に藤の花に見えるらしく、祭の開催期間中はかまくらを楽しむ人、景色を楽しむ人などで集落は賑わう。
「その賑わいを罪人エインヘリアルが襲うのです」
 予知した惨状にリザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)が眉を顰めると、傍らのラクシュミ・プラブータ(オウガの光輪拳士・en0283)も桜色の唇をきゅっと噛み締める。
 過去にアスガルドでも重罪を犯したエインヘリアルだ。襲撃を阻止せねば、静謐な光景は凄惨なものに変わってしまうのは間違いない。同時に、人々に植え付けられた恐怖と憎悪は、地球で活動するエインヘリアル達の定命化を遅らせることになるだろう。
「急ぎ対処しないといけませんね」
 拳を固く握り、「一般の方々の事はわたしにお任せ下さい」と意気込むラクシュミに、リザベッタは僅かに表情を弛める。
「宜しくお願いします。敵は――そうですね、仮に無彩と呼びましょう。敵はゾディアックソード使いの無彩だけです。祭会場である広場に侵入を許す前に撃破できれば、被害は最小限に抑えられると思います」
 無彩が広場に辿り着くには川を渡らねばならない。幅は5メートルほどあるが、この時期の水深は踝を僅かに超えるほどなので、歩みの妨げにはならないが、迎撃地点としても優秀だ。
「寒いのは玉に瑕ですけれど。無彩を討ち果たせば、かまくらの中で温かなぜんざいを頂くことも出来るんですよね?」
 厳しい戦いの後に見出す幸いにラクシュミが微笑むと、リザベッタも目を細めて頷く。
「寒さの厳しい界隈です。昔は冬に命を落とす人もいたのでしょう。祭のモチーフになっている藤は、転じて『不死』。紙の灯篭を用いるのも、紙に神をかけているのだとか。つまり、神様に命の平穏を祈ることが雪藤祭の起源のようです」
 親子四人が入れるほどのかまくらを作り、紙灯篭で内側を藤色に染める。そこで捧げる祈りは、皆で春を迎えたいという、せつじつでありながら、ささやかなもの。
「実際に、藤色に染まるのもいいですし、集落外れの高台から雪原に咲いた藤を眺めるのも良いでしょう。そういう一時を過ごす為にも、皆さん宜しくお願いします」


参加者
奏真・一十(無風徒行・e03433)
七星・さくら(しあわせのいろ・e04235)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
ミント・ハーバルガーデン(眠れる薔薇姫・e05471)
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)
彩咲・紫(ラベンダーの妖精術士・e13306)
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)
グラハ・ラジャシック(我濁濫悪・e50382)

■リプレイ

●滅運命
 空気が痛い。息は吐いた傍から白く氷る。
 頭に凛々しくたった狼耳も、凍って落ちてしまいそうだ。それでもミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)は水深浅い川に駆け入ると、超重の得物を振り抜く。
「これより先には行かせませんよ!」
 全力のスウィングに、細かな水飛沫が湧き立ち、迸る。
 放たれるのは、終わりを齎す竜の咆哮が形を成した砲弾。やや下方に撃ち出されたそれは一度水面で跳ね、闇夜に紛れる黒い男――無彩の顎に直撃した。
「布告の一つもなしに、か。行儀がなっていないな」
 止められた足に、ずれた兜を直しながら無彩が非難を口にする。だが台詞とは裏腹に赤い唇は、にぃ、と愉し気に吊り上がった。
 ケルベロスを脅威と感じていないのだろう。
 ならばとミント・ハーバルガーデン(眠れる薔薇姫・e05471)が暗い夜空に華やかなレースの裾を翻して飛ぶ。
 背に守る紫の光に、ミントの深海の如き青の髪が黒い箒星のように靡く。無論、降り注ぐ先は巨躯の主。
 尖らせた爪先を鎧に覆われた胸部に叩きつけ、衝撃の反動を活かし後方に跳んだミントは、無彩から距離をあけて着水する。
 無法者にかける情けなどない。ケルベロス達は予定通り、雪原傍を流れる川で無彩迎撃戦の火蓋を切って落とした。
 祭会場へ走ったラクシュミは上手くやっているのだろう。人の気配は遠退いている。
 だが無彩の意識を引き付けておくことは重要だ。
(「ラクシュミ様に全てを負わせるわけにもいきませんもの」)
 リボンで留めたケープを羽のように躍らせて、彩咲・紫(ラベンダーの妖精術士・e13306)は無彩との間合いを一気に詰めると、紫の花を纏ったナイフを懐から抜く。
「あなたのトラウマは、どんな物でしょうか?」
 問い掛けには育ちの良さが現れている。が、紫が突き立てる一撃は無情。足の付け根付近に走った痛みと立ち昇る妖しい花香に、無彩は一瞬だけ表情を歪めると、おもむろに己が足元目掛けて剣を払う。
 自浄の加護を自身に宿す陣を描こうとしているのだ。
 粗暴な振る舞いの割に、堅実な戦い方をする男だ。されど攻撃に守りが優先された事は、ケルベロス達にとっても好機。
(「……そういうこと、でしたラ」)
 与えられた観察の隙をエトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)は状況分析に活かす。
 冴える白銀の眼差しに、自陣を映す。まるで能力値のスキャニングだ。より命中精度を上げるべきは、前衛かそれとも――。
 導き出された解に従いエトヴァは青空に雲と星を配置してゆくパズルを繰り、そこより飛来した蝶の恩恵に与ったグラハ・ラジャシック(我濁濫悪・e50382)は、「ありがたい」と一声置いて、数多の死を吸収して破壊力を増した戦斧を掲げて前へ出る。
「雁字搦めにしてやるよ」
 より研ぎ澄まされたグラハの目には、半歩退こうとする無彩の動きがよく見えた。その足の甲目掛け、本来なら頭蓋を砕く一撃をグラハは叩き込む。
「っ、野蛮な鬼め」
 遥かに小柄な相手に怯む心が芽生えたのを誤魔化して、無彩が悪態を吐く。しかし、その言葉尻を奏真・一十(無風徒行・e03433)はすかさず揶揄る。
「どの口が野蛮を詰る? ああ、それと。赤を求めるなら秋の山なら紅くてきれいだぞ――ん、そういう話ではない?」
 あっははと添えた嗤いに、無彩の双眸が剣呑さを増す。それでも一十は笑う。
「美しさに優劣などないのだよ。分からぬくせに、君らはいつも押し付けがましいな」
 侮蔑に無彩が牙を剝こうが、唸りの一つもあげようが。一十は粛々と金色の果実を実らせ、自分たちに自浄の加護を宿す。むしろ一十が恐れるべきは、連れるボクスドラゴンのサキミの不興。事実、つんと澄ました箱竜は、一十には僅かも見向きもせずに紫へ水の属性を注いでいる。
 様々な関係性があるものだ。一十とサキミのやりとりを夫婦漫才のように眺めて和らげた口許を、カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)は引き結ぶ。
「そういう事ですから、あなたには早々にご退場頂きましょう」
 雪の季節の藤の祭。珍しい取り合わせと、善哉を楽しむ為にも、長期戦は好ましくない。
「穿て、幻魔の剣よ」
 斯くしてカルナは初手から問答無用のとっておきを択ぶ。
「!?」
 握る剣が不意に重さを増した原因を、無彩は視認できなかった。何故ならカルナが編んだ魔力の刃に形はなく。腕に刻まれた傷痕が、確かなダメージと武力が封じられた証。
 ――加護が足りない。
 重ねられる戒めに、無彩の判断は早かった。されどその思惑の上をケルベロス達は征く。
「わたし1人では無理でも、『わたし達』ならきっと大丈夫……広がれ、星翼!」
 しんと冷えた夜に、星の光が降り注いだ。そこにミントやミリムを守るように広がったのは、翼思わす七星・さくら(しあわせのいろ・e04235)の柔らかなオーラ。それには無彩の加護を思惑ごと砕く力が内包されている。
「……あの藤色の光のひとつひとつに燈るのは、」
 きっとささやかで、温かい、幸せな祈り。
 絶対に傷つけさせてはいけない耀きを守り抜く為に、さくらは桜色の瞳で無彩を見据えた。
「風情が分からないエインヘリアルは、さっさと倒してしまいましょう」
 雪が綺麗な季節に紛れ込んだ無粋を前に、ミントは青薔薇の意匠が凝らされたパイルバンカーを構える。
 ――無彩に滅びの運命から逃れる術は、既に無い。

●凍夜
 ただまっすぐに、力任せの斬撃が降ってくる。
 刹那、エトヴァは一十と視線を交わして役目を請け負うと、強い踏み込みで紫の前へ出た。
 全てを砕く剣閃に、盾を担うエトヴァの膝も崩れる。衝撃に水飛沫が上がれば、川底に手をついたレプリカントの全身はずぶ濡れになっていた。
「冬の水はさすがに沁みますネ……」
 戦線を支える意思は固くとも、雪と共に透き通る心地ばかりは儘ならない。だが『沁みる』と感じられるのも、心がある故。
「無彩……にも、味わいはありますガ。雪に彩が差すならバ、優しい春の色が良いですネ」
 言の葉にノイズをざわめかせながらも、エトヴァは機械人形に非ず。冬に点る慎ましやかな希望の灯を、厳冬を越えようとする人々の祈りを、息遣いを、深く美しいと感じられる人だから。
「この身を盾に……守ってみせマス。全てヲ」
「上等だァ!」
「単純ですね。だから血腥い赤を美しいなんて思えるんですよ」
 既に死に体とは言え、手負いの獣ほど恐ろしいものはない。エトヴァへ向いた殺気を分かり易い挑発でミリムは己に向けさせ、槍の穂先をちらつかせた。
「壊し甲斐ある物を目の前にしてあなたが壊れますか?」
「!!」
 ミリムの侮蔑に無彩が気色ばむ。怒りで周囲が視得なくなった一瞬、一十は鋼の鬼を拳に集約させて走った。
「己の内側とて赤かろう――満足?」
「――ガ、ァっ」
 鎧ごと内臓を破る一打に、無彩が赤い血を吹く。溢れ落ちたその色は、冷たい川に運ばれてゆく。その赤をサキミが跳ねて加速させた。
「ふざける、なっ」
 ギリと奥歯を鳴らした無彩が血に飢えて吼える。その獰猛な眼差しに、咄嗟にカルナは我が身を晒す。
「川は渡らせません――今のあなたに渡り切れるとも思いませんが」
 視線一片たりとて祭会場へは届かせまいと、カルナはこの夜いく度めかの見えざる魔剣で無彩の力を削ぎに削ぐ。
「その通りだ。てめぇ如きにゃ何も壊せやしねぇと思い知って、雪解けより早く消えて逝け」
 ――ドーシャ・ヴァーユ・アーカーシャ。病素より、風大と空大をここに侵さん。
 絶命を宣告し、グラハは低く唱えた。裡に凝るように響く詠唱は、己の精神を過剰憎悪させるもの。
「――ざぁんねん。ホンモノなんざどこにもねぇよ」
 振るった戦斧でつけた傷は、袈裟懸けに一筋だ。だが顕現させた黒靄の効果で五感を揺さぶられた無彩は、僅かの傷も致命傷と錯覚し、その誤解により巣食う不調を倍加させた。
 エインヘリアルの巨躯を、氷が、炎が覆う。
「狙ったか!?」
 追い込めるだけ追い込んで、そのくせ致命傷には至らぬ数々の呪縛。それが此処に来て極限まで勢い増した事に無彩は臍を噛み、グラハは「どうだか」と適当に返す。
 別に狙ったわけではない。確実に勝てる機を逃さなかっただけ。
「エトヴァくん、大丈夫?」
 怪我の程度を尋ねるさくらに、エトヴァは首肯だけで無事を示す。僅かの時を凌げない程ではない。何より今は、畳みかける時。
 肌で感じたエトヴァの覚悟に、癒しに徹したさくらもついに銀枝の杖が戴く紅水晶の蕾をデウスエクスへ向けた。
「この世界で美しいものは、赤だけじゃないのよ?」
 迸った時間さえも凍らせる弾丸に、無彩の命が、水飛沫が凍って砕け、遠くの紫光を反射させてちらちらと輝く。
 美しい光景だった。同時に、小さな煌めきまでが目に留まる程、大気は冷えている。多くの者の手足の感覚は、殆どないに等しい。
 寒い、痛い、寒い、痛い。歯の根が合わさらぬくらいに凍えつつ、ミリムは気勢を吐く。
「ここには守る大切な人と文化がありますから!」
 挫けない。譲らない。壊させない。
「温かい赤なんて見せませんよ……風槍よ! 穿て!」
 掲げた紋章から、女王騎士の風槍を無数に放ち、ミリムは無彩を翻弄した。巨躯が鑪を踏むごとに、水が跳ねる。血が落ちて、川がますます赤くなる。
「冷たいですか? それとも熱い?」
 どれだけ濡れても消えぬ炎をアメシストの瞳に映し、ミントは親しき友の残霊と共に戦場に舞った。
「大空に咲く華の如き連携を、その身に受けてみなさい!」
 縦横無尽に駆ける槍の狭間を狙い、ミントは銃で撃ち抜く。そして終いの交差する一撃を呉れた直後、ミントは頼もしき仲間に全てを託す。
「紫さん」
「お任せください!」
 エトヴァの背に守られ、研げるだけ爪を研いだ淑女が最前線へ躍り出る。
「全ての物に恵みあれ、」
「嫌だ、嫌だ嫌だ!」
 見苦しく地団太を踏む無彩にかける哀れなど持ち合わせない。
「自然の怒りは抑える事が出来ませんわよ!」
 高く掲げた紫の両掌が、光を育てた。その光は眠る水苔らまでを覚醒させて急成長させると、剣の切っ先のように鋭くまとまり、巨躯の心臓を貫いた。

●春待彩
「かまくらって、雪で出来ている割には結構暖かいですね」
 藤色に照らされた雪壁を見回し、ミントが紫水晶の瞳を瞬かせると、紫もラベンダー色の髪をふふふと揺らす。
 興味心を擽る、冬の風物詩。甘い善哉は身も心も温めてくれる。こうして昔から春を待ったのだろうか。
「皆の平穏を、祈りましょう」
 どうせなら一人より二人。同じ空間を分かつミントへ、紫は花のように微笑む。
 ケルベロス達の尽力で、雪藤祭は事なきを得た。小振りのかまくらは、観光客や地元の人々でそれぞれ賑わう。
 けれど全身びしょ濡れの儘のミリムは、あまりの冷えに意気消沈。ふさふさ尻尾も萎れてしょぼん。
「ラクシュミさん」
 紙灯篭が作る幻想的な光景も魅力的だが、やはり欲するものは甘味と人の優しさ。
「お願いします」
「小さい子にばかりするものではなかったのですね」
 ねだられた「あーん」にラクシュミはほっこり微笑み、赤子へするようミリムの口へ、善哉をスプーンで運ぶ。

 ――狭くて暗い中に居ると、昔を思い出す。
(「あの時は洞窟だったけどな」)
 灯を点さぬかまくらの中、グラハはぽつりと過ぎし日に浸る。
 デウスエクスのオウガとしては、劣等も劣等であったグラハは、無駄な勝負を吹っ掛けられる前に他者との距離を置いていた。つまりは、孤独。
「……はん」
 堪らず、自嘲が口を吐く。が、不思議なものだ。『ゴミ』のような経験なのに、懐かしむだけの余裕がある。
 ――昔は、昔。
 ――今は、今。
 つまりは、そういうことか。
「宜しければ明かりをお裾分けしましょうか?」
 胸に落ちた得心に、グラハがようやく暗がりに火を灯す気分になった頃。分火を手にした訪れが、かつてオウガの女神と呼ばれた女だったのは偶然か、必然か。

 外は極寒。だが中は想像以上に暖かく。雪で出来た不思議に心浮き立たせた灯は、同じく物珍し気な様子のカルナへ、素直な言葉を漏らしてしまう。
「カルナさんっていつも初めての事ばっかりな気がします」
 何故、後悔は後から押し寄せるのか。
 口にしてからカルナが記憶喪失なのを思い出し、灯は慌てて小さく詫びる――けれど当のカルナは「そういえばそうですね」と納得顔で頷いたかと思いきや、にこりと破顔。
「灯さんはかまくらで遊んだ事ってあります?」
 細かい事は気にしないのか、それとも呑気なのか。いつも通りの様子に、強張りかけた灯の貌もふわりと緩み溶ける。
「子供の頃、親に小さなのを作って貰ったけど。誰かと入ったり、お善哉を頂くのは初めてですね」
「それじゃあ、初めて同志ですね!」
 藤色の光に染められて、カルナと灯は笑い合う。メインはやっぱり善哉。一仕事終えた後は格別だし、カルナのファミリアの白梟ネレイドが興味をもてば、灯の翼猫のシアだってうずうず。
「おいし~い! 善哉ばんざーい!」
「さり気なく韻を踏むとは。やりますね、灯さん。確かにお餅と餡子の組み合わせは間違いありませんが」
 他愛ない事に笑みを交わす二人と二匹のかまくらは、さながら小春日和。
「食べ終わったら藤を見に行きませんか?」
 灯の新たな提案にも、無論カルナに否やはない。
 不死と神に加えて善哉。縁起物のてんこ盛りは、目出度いのか重いのか、分からないけれど。雪藤祭は、きっと素敵な思い出になる。

 ジェミが「大丈夫?」と差し出したタオルを受け取り、エトヴァはふわりと笑みかける。
「ハイ。それにしても……丸っこい雪のお家……ドキドキしますネ」
 濡れた体を労わる心配りが温かい。そして寄せ合う肩から分かたれる熱が、冷え切り疲れた体をじんわりと癒す。
「はい、お善哉も」
「ありがとうございマス」
 家族から焼かれる世話は心地よく。知らず気持ちは童心に返る。
 藤色に照らされる雪壁の小さな家は、まるで秘密基地。そこで季節の甘味に舌鼓をうつのだ。エトヴァとジェミ、互いに向け合う顔が自然と笑顔になるのも当然。みけ太郎がいないのは、少しばかり残念でもあったけれど。
「……ほっとしますネ」
 揺れる蒼穹の髪に頬を擽られ、ジェミはまた笑みを深める。
「うん。このお家の中は、やさしくてぽかぽかがいっぱい」
 外は変わらず真冬の夜。
 だのにかまくらの内側は、ふんわり綺麗な藤色と同じ優しさと温かさで満たされている。これが魔法でないのが不思議なくらい。
「綺麗ですネ」
「そうだね」
 ぽかりと開いたままの出入り口に切り取られた雪景色を、二人は寄り添いながら眺める。
 兆す藤色と、降る雪と。
 愛と祈りに溢れる景色は、地球と人を愛する心に深く沁みるものだった。

 頑張ったご褒美は、とびきり甘いものが良い。
「ヴァルカンさん、寒くない? 大丈夫?」
 さほど広くないかまくらの中、翼を広げることも叶わぬ愛しい人を、さくらは小首を傾げて見上げて、ほんの少し悪戯心を秘めた笑みを浮かべる。
「わたしはあなたに貰ったストールのお陰で暖かいけれど」
 もっとこちらへ、という言葉は先ほど貰った。
 雪の洞は思ったよりも外界の寒さを隔ててくれるが、夫婦水入らずの時間を過ごすにはもう一声。
「……もっと、温めてくれても良いのよ?」
「――ふふ。今日のさくらは随分と甘えたがりだな」
 強請られて、唱える否やをヴァルカンは持ち合わせず。さくらを腕の内へと抱き込む。
 神に息災を祈る為に始まったとされる雪藤祭。互いに戦場に身を置く事が多いケルベロスだから、命の危険は常に付きまとう。故に、二人で穏やかな時間を過ごせるのはこの上なく幸せな事。
 一頻り堪能した善哉の碗を傍らへ置き、さくらは藤色の光に祈りを捧げる。
 それは一緒に春を迎えたいという、ささやかな願い。願わくば、次の春も、その次の春も、そのまた次の春も、ずっとずっと。
「……ねぇ、春になったら。本物の藤を見に行きたいわ」
 そっと囁く妻の頤を、夫は背から引き寄せ、唇を寄せる。
「ああ。春になったら、今度は本物の藤を見よう」
 しっとりと重なる熱と熱。間際に永遠の愛を囁き、二人や約束の口付けを交わす。
 身も心も溶けてしまいそうな感覚は、ヴァルカンが入り口を翼で塞いだからか、それとも――。

 不機嫌そう――そう、ではなく。間違いなく不機嫌――なサキミが、尻尾でぱたぱたと足を叩いて来る。
 多分に怒りを含む眼に見上げられた一十は、「寒いのか?」とわざと意味を取り違えて箱竜を抱き上げた。
 分かっている。サキミは善哉を楽しみにしていたのだ。だというのに、一十が足を運んだのは集落の高台。
 川と変わらぬ寒さに、身体は当然凍える一方――でも。
「絶景だな」
 眼下には、確かに花が一房、咲いていた。
 雪原に楚々と煌めく紫は、中で過ごす人の分だけ色合いも光加減も千差万別。
 美しい真冬の藤に一十は目を細める。
 ひとの想いで色付く世界は、或いは世界を色取るひとの想いは美しく、それを一十は愛してやまない。
 何もかもを叶える神にはなれぬが、彼ら彼女らの祈りを守るくらいは出来るだろう。今日も明日も、これからも。
 ひとの祈りが灯す光を、一十は静かに見守る。
 だれのもとにも善き春が訪れるよう、静かに祈り乍ら。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年1月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 3
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