さよならゲームセンター

作者:ichiei

 茨木県かすみがうら市、その郊外にて。
 広々した駐車場に三方を囲まれた、平屋建てのゲームセンターがある。
 平日の日中。施設の内部では、けばけばしい光と音が間断なくちらつくものの、肝心の客数はそう多くない。大型筐体に取り掛かる大学生、メダルゲームに熱中する初老、合わせて3、4人、そんなところか。
 あとは、休憩スペースにたむろするだらしない身形の若者が、5、6人。
 素行のよいようにはどうしても見えぬ彼等は、厳密には客といえない。ここを根城とする、地元では悪評高いゴロツキのグループだ。
 が、そのときの彼等は、卑俗な雑談に興じていたのみで、なんらかの明確な悪事を働いているわけではなかった。仲間内だけで休憩スペースを独占する行為は端迷惑であるし、彼等の頻繁な出入りにより近頃このゲームセンターの客足が落ちているという事実もあるにせよ、それを超える犯罪を企んでいるわけではなかったのだ。
「退屈だなあ。なんか愉しいこと、知らねぇ?」
 だしぬけに、建物全体をゆるがす、轟音。
 唐突な闖入者一名の手により。仮初めの退屈が、崩された。
 仲間か? 違う。闖入者は、若者らのグループに向け、どす黒い悪意を放つ。
 若者らは、闖入者の顔におぼえがあった。敵対グループの一人だ。気弱そうで、小狡そうで、一人じゃなにもできないヤツだった。
 しかし、唯今、強行突入を為した彼は、果たして人とすらいえない風貌へと変質していた。血走った目、めくれあがった唇、人間としての名残をとどめるパーツは僅かにその程度。
 クロムグリーンの肉体は不気味に震えながら、若者らとの距離を詰める。
「じゃあ、オレと遊ぼうぜ!」
 用件を問われるより速く、彼は叫ぶ。
「オレも退屈してんだよ。だから、なあ、遊ぼうぜ。なあっ!?」
 返答を受けるより速く、彼は動く。
 植物の蔓に似た形状の腕が、宙を切り裂き、伸張する。飢える触手が、若者達を引っ括る。
 殺戮劇の開幕を彩りしは、悲鳴、流血、破壊、破壊、破壊。

 若者の集う街、茨木県かすみがうら市。
 この街では近年の急速な発展に伴い、大なり小なりのトラブルが増えつつある。わけても若者のグループ同士の抗争は、それまで穏やかな暮らしをおくってきた地元民にとって、非常な懸念材料となっていた。
 しかし、どれだけ目に余ろうと、単なる風紀の乱れにケルベロスが介入する謂れはない。
「ですが、デウスエクスである攻性植物の果実を体内に受け入れ、異形化したものが関わっているならば、話は別となります」
 シャドウエルフのヘリオライダー、セリカ・リュミエールは凛と言い放つ。
 彼女の予知した光景を、ゲームセンターにおける未来の一方的な虐殺を、丁寧な言葉遣いでケルベロス達に伝えた。
「私の予知は、以上です。この攻性植物の撃破が、事件発生を阻止する手段であり、此度の目標となります」
 次いで、彼女は事件の詳細を説く。
「昼のさなかの出来事です。グループの集まる場所は、つまるところ攻性植物の出現ポイントは屋内ですが、照明がありますし、窓もありますから、真っ暗闇になることはないでしょう」
 建物の面積は、おおよそ縦30メートル横50メートルといったところ。その外部を、建物の裏手以外の三方に、駐車場が広がる。
「建物の内部は、ふつうのゲームセンターですね。ビデオゲームやプライズゲームの筐体などが、整然と並んでいます」
 休憩スペースは、建物の一番奥手となる。
「現場への到着は、攻性植物と被害者の接触と、ほぼ同時になります。ですから、皆さんは現場に着いたら早速、被害者をそこから逃がしてやらなければなりません。といっても、そう細かく気を回さなくてもだいじょうぶですよ。『逃げてください!』と警告すれば、危険を感じた彼等は、勝手にどこかへ行ってくれるでしょうから」
 攻性植物は、目前の傷害の排除を優先して動く。無事に被害者を逃がしたなら、ケルベロス達は戦いに専念すればよい。
「攻性植物は、1体。グラビティは、敵に絡みつき締めあげる両腕の蔓触手形態、破壊光線を射る両眼の光花形態、戦場を侵食し敵群を飲み込む両脚の埋葬形態、この3点です」
 青年と融合した攻性植物を青年と切り離すことは、不可能だ。青年の性質が、もとより邪悪を極めていたからである。攻性植物という絶大な力に酔い、理性を喪失した彼を放置しておけば、無辜の市民にもいずれ被害が及ぶ。倒すしかない。
「そいじゃあ、できるだけがんばりますかい」
 ケルベロス達が銘々、最後の確認を行うなか、安全帽を被りなおしながら呟くのは、フラウ・ミューゼット。
「いつか誰かの自宅になるかもしれない場所を、攻性植物とDQNどもから、解き放ってやんましょー」


参加者
天谷・砂太郎(宿無し放浪者・e00661)
シエナ・ジャルディニエ(小さな庭師人形・e00858)
モモ・ライジング(地球人の鎧装騎兵・e01721)
犬神・伏姫(地球人の自宅警備員・e01869)
御白・雪之嬢(おふとぅんの使者・e03194)
御巫・かなみ(のんびり屋のオラトリオ・e03242)
伊集院・忍(地球人の降魔拳士・e04986)
ミスティアン・マクローリン(レプリカントの鎧装騎兵・e05683)

■リプレイ

●1
「すぐに逃げてください!」
 突入。ミスティアン・マクローリン(レプリカントの鎧装騎兵・e05683)の喚起と同時に、天井を跳ねる、渇いた銃声。モモ・ライジング(地球人の鎧装騎兵・e01721)の威嚇射撃だ。
 しかし、リボルバー銃の威力は彼女らの予想を超えていた。モモの銃弾は、入口近くの天井を大きく掘削し、はるかな高みへ吹き飛ばしてしまった。
 同じく威嚇せんと、アームドフォートを構えたミスティアンだったが、中途で下ろしてしまう。賑やかな雰囲気は好みだといっても、破壊を追加してまで盛り上げようとは、いくらなんでも思わない。
 まあ、結果オーライではあった。銃声にくわえ、突然の青天井。攻性植物を引き付けるという当初の目的は、嫌というほどに達せられたのだから。
「最近は、ゲームセンターも下火になったと聞くが……」
 犬神・伏姫(地球人の自宅警備員・e01869)、むしろ愉快げに、丸く切り取られた晴天を仰ぐ。
「かような『天災』が起きては、一時閉店も宜なるかな。皆のもの、疾く逃げよ!」
「避難します! 私達についてきてください!」
 伏姫と御巫・かなみ(のんびり屋のオラトリオ・e03242)は、ゲームセンターの内部を二手に別れた。
 弾丸は忠告よりも雄弁に退避を促したものの、腰を抜かして逃げ遅れたものがいるかもしれない。幸い、といっていいのだろうか。天井の一部が消えたおかげで、オラトリオたるかなみの飛行もたやすくなった。
「上方からの確認は、お任せください!」
 飛び石を渡る要領で、大型筐体の上部を移りながら、物陰をひとつずつ丹念に覗くかなみ。不在を認めておもてをあげた途端、いまだ健在なシーリングライトで、額をしたたかに打った。同行のウイングキャット、犬飼さんが伸びをしながら一声、にゃーお、と。いわんこっちゃない、とか言いたいのだろう。
 そんな1人と1匹の足下を駆けゆく、細身の羊、御白・雪之嬢(おふとぅんの使者・e03194)。
 沸いた鉄瓶にも似た喧騒に目を細める、いや、瞼の重さはひとえに眠気からくるものだ。幅狭の通路を体を低くして急ぎ、いの一番に攻性植物に肉薄する。
「あ~そび~ま……」
 雪之嬢の手からずるりこぼれる、間延びした声音とは対称的な、底なしの純黒のオーラ。
「……しょー?」
 疾走にまかせ、攻性植物のほうへ押し遣った。『トーチャーズルーム』こと『我々の業界でも拷問です。』は、雪之嬢によって開発されし、究極の個。五感を塞がれた攻性植物の動きが、ささやかながらも鈍くなる。
「うみ……使える、みたい……」
「おーお。やるもんだ」
 塵煙くゆる大仕掛けは、天谷・砂太郎(宿無し放浪者・e00661)の戦意をかきたてる。野火のごとく一散に走り、攻性植物と被害者のあいだに入り込む。デストロイブレイド。膂力から成るストイックな一撃が、狭間を断った。
「当店、台パンは禁止となっております。お客様じゃない様」
 諧謔的な物言いと共に、吊り上がる口角。砂太郎、二振りの鉄塊剣を突き付ける。
「ま、俺も店員じゃねえけどな。歯応えあるお相手参上、ってね」
 宿無しの彼に、名乗りはいらない。地獄化した胸が、彼の境遇と自我を、弁舌に代わって物語る。
 一歩遅れて、モモも砂太郎の隣に並んだ。
「お暇なのかしら。それなら私達と遊ばない?」
 先程の事故は、ルーレットでいうならば、回転盤からボールが飛び出したようなもの。今宵の天運は今以て、赤とも黒とも定まってはおらぬ。
 モモ、さっぱりと気持ちを切り替える。ケルベロスコートに覆われた腕から二挺をまっすぐ伸ばす、対峙するものへ、攻性植物へと。
「スリル満点のサバイバルゲームでね!」
「かかってきな、もやし野郎!」
 モモと砂太郎の2人が跳躍すれば、伊集院・忍(地球人の降魔拳士・e04986)も共に攻めかける。
「おらぁ、こっち見ろやぁ!」
 陣風。加速のバトルガントレットで攻勢植物の正面から突きあげれば、攻性植物は癇癪の滲む眼でケルベロス達を一瞥した。
 シエナ・ジャルディニエ(小さな庭師人形・e00858)は、ヴィオロンテという名の、彼女の攻性植物を思わず知らず後ろ手に庇う。彼女のヴィオロンテは、あんなに濁ってはいない。同族の変わり果てた姿をヴィオロンテに見せたくはなかった。
「Admonester! それは攻性植物の力であって、あなたの力じゃないの!」
 ふたつは既に分かちがたく、同一化を果たしている。知っていても、声を嗄らす。かなみたちが一般人の逃走を確認し終わるまで、攻性植物を注意を引くのが前線の役目だ。
 やがてシエナは決心する、彼女の攻性植物を放つこと。
「Macher! ヴィオロンテ、噛み付いて!」
 憐れんで、鋸歯の葉を差し向ける。攻性捕食。ボクスドラゴンのラジンシーガンがヴィオロンテのあとからはためき、ボクスブレスを吐いた。
 ――……そうだ、あれはあいつの力じゃないんだ。
 シエナの言葉に、ミスティアンは想う。
 自分にも似た経験がある。架空の世界を現実だと信じ、その過程において、取り返しの付かない過ちを犯したことが。では、奴を苛む権利など自分は持たぬのではないか。弱気に陥れば、違う、と、どこからともなく声にならない声。不可視のなにかに突き動かされ、己の唇が紡いだ切言。
 目前の危機から目を背けること、それこそが『リセット』だ、と。
「お前は強くない! ただ、増長してるだけだ! だから、こんな化け物に取り憑かれて……!」
 振り絞る声の終わりが、かぼそい弦のように慄える。
 お前は私が倒す。
 一途な信念を光に託せば、咲きあふれる大輪の五芒星、それは攻性植物めざして迫り上がった。
「星よ、切り裂け! スターショット!」
 目標は、攻性植物の両眼。過たずスターショットは攻性植物を貫くが、反射のように、白い光線がミスティアンを灼く。間髪入れず、フラウが優しい世界でミスティアンを癒した。
 ただ潰すだけでは駄目なようだ。ひとつの緑に花がひとつとは限らない。
「一般人は皆、退去した!」
 オルトロスの八房が伏姫の真下で唸り、主人に賛同する。改めて態勢を改めた9人のケルベロス達が、攻性植物と向かい合う。
 激戦を目近にし、体中に逆巻く昂揚。忍、柔らかな顔付きにそぐわぬ、なんとも荒っぽい息を吐き出した。
「お前の相手は俺たちがする。かかって来いよ」
 バトルガントレット装う腕で挑発的に差し招いた。

●2
「では、いきますよー」
「むに……」
 野遊びするうさぎの如く、スターゲイザーで軽やかに挑むかなみを横目に、肺の底からしみじみと込み上げる、嘆息。べつだん呆れているとかそういうのでなく、単なる本能の発露だ。雪之嬢、羊が鳴くような、長々しい欠伸をした。世界は今日も騒がしく、雪之嬢とベッドとの豊かな逢瀬は、刻一刻と削れられる。
「起きて動く、面倒、けど……」
 雪之嬢は、重たいまぶたをこすりあげる。
「ボク、ハッピーエンド、至上主義……。よって、悪は滅ぶべし……?」
 慈悲はない、と、太古よりの記録が申しますから。
 雪之嬢、今度はニートヴォルケイノを験する。攻性植物の浴びた負傷は、彼女の得意の『我々の業界でも拷問です。』のときとさほど変わらない、では、次に打つ手はなにが最適か? 位置は? 一人だけの問題ではない、他のケルベロス達はどうする?
「……あんまり……悩ませ、ないで」
 折角体を縦にしようとがんばっているのに、またも眠たくなってしまう。羊の手足に斜めの気分を力一杯託し、獣撃拳として蹴飛ばした。攻性植物がのたうてば、筐体の一つが巻き込まれて粉々になる。
 いっそ筐体でも投げ打って阻んでやろうかと考えていた忍、出鼻をくじかれた思いで、剥き出しの基盤になった悲しく見やる。彼とて出来うるならば、筐体などは壊したくなかった。
 が、それが無茶な願いであることも、きちんと弁えてはいた。攻性植物を相手どって手加減などできやしない。だから、せめてこの場所だけでも守ろう、と、恐れ知らぬ獣のように、極限まで接近する。誓いを込め、誇り高き拳を振り抜く。
「さよう。下火になったとはいえ、そこを己が居場所と愛し続ける者がいるのも、また事実」
 姫の一字を名に組む者は、己を愛するように、己が愛する物を愛する者をも愛する。
「ならば守らねばならぬよな、同好の士としては」
 もちろんゲームを愛する者のな、と、伏姫、蠱惑の肢体を攻性植物に寄せる。忍の動きとは反対の方角だ。
 間隙とは与えられるものではなく、奪いとるもの。死角を求める忍のために、伏姫は自身を用いた。達人の一撃。伏姫の意図を直ちに捉えた忍、怒号する。攻性植物の用心が忍から伏姫に移った一瞬に、螺旋掌にて接すれば、螺旋の力は攻性植物の内部に発破を起こす。
 攻性植物はよろめくものの、終結には至らない。彼は埋葬形態を発動させた。すさまじい速度で増加する寄生根が建物を上から下から蝕む。モモ、鮮やかなタンブリングで回避し、しかし3度めの着地のとき脾腹をのされた。
 ミスティアン、体をモモの方角に捩じ向けた。鴉青の眼に、濃い慚愧がたゆたう。デジタルめいて瞬く記憶。己を越して他人を負傷せしめたことを悔いているのだ。狭霧のかかる意識から、言葉を引き出すモモ。
「あなたのせいじゃないわよ」
 思考を侵略される恐怖に、モモは膝を地に付ける。だが、銃を握る両腕を下ろすことだけは絶対にしなかった。
「誰のせいでもないの。取り返せないミスでもないしね。あなたはあなたの役割を果たして頂戴」
「……うん、わかった」
 みんなで元気で帰りたい。無邪気で、けれど、大それた希望を遂げたいならば、ミスティアンは彼女が出来ることを為すしかないのだ。
「ここは、ヒトの生命の大切さがわからない、お前のような奴のいていい場所じゃない!!」
 小さな猶予でも稼ごう、と、レプリカントたる己を開放する。世界を見るように、胸が綻ぶ。コアブラスターを発射した。
 然り。フォールドのタイミングではない、と、モモの理性ではなく天性が決める。
 そして、賭け事で培った判断力は、今回も正しかった。シエナ、常人には果たして見ることすらかなわぬ彼女のグラビティを、降る雪と戯れる幼子に似た仕種で、拡散させる。
「Querison! 治療用ナノマシン散布開始ですの」
 ソワン・プティットゥマシーヌが、ケルベロスの催眠を隈無く除けば、モモの瞳もまた正常に戻る。ゆるりと立ち上がる。
 コートの袖口で、捨て鉢気味に顔を拭う。血を捨てた唇には、好物を発見したような純粋な喜びと、それでいて、深閑とした冷たさの両方が残される。
「なかなかお相手さんもやるね。いいわ、最高に面白くなってきたよ!」
 リボルバー銃の弾倉が音を立てて輪転する。やおら速さを弥増す、重力もつ地球のように。
「私の狙いになったのが運の尽き。賽の目持って、河原へ流れろ!」
 一天地六。21発の弾丸の悉くが、攻性植物を正確に穿つ。あとに漂う硝煙は不思議と苦い。口直しが必要だとばかり、ポケットから取り出した飴を、素早く口の中へと放り込んだ。
「犬飼さん!?」
 モモと同じく埋葬形態を喫したかなみ、真っ先に、己よりも彼女のウイングキャットを気に掛ける。実際には、犬飼さんのほうが、かなみよりも案外丈夫だったりするのにも関わらず、だ。
「犬飼さん、無事だったら返事をしてください。無事じゃなくても、してください!」
「にゃー」
「あ、犬飼さん。よかったです。それで、御無事ですか、御無事じゃないんですか?」
 犬飼さん、再びにゃーと鳴いたその声が、溜息めいて聞こえた理由は、おそらく負傷の加減とはまったく別のところにあるのだろう。
「それじゃあ、犬飼さん仕切り直しです。いきますよー」
 それはこちらの科白だと、犬飼さんは言わなかった。かなみ、小さな胸に己の腕を押し当てて、互い違いにてのひらを組む。そして、微笑みを投げるよう、両腕を開いた。
「どんな困難にも打ち勝つ力を……!」
 ヒーリングレイジをケルベロス達に呈する。
 心尽くしの祈りが、肌膚に沁む。温かな飲み物を含んだような新しい活力がわき出すのを、砂太郎は感じた。元より揃っているとは言いがたい黒髪が、あふれる精気にばらりと弾む。砂太郎、片手でいい加減に撫で付けた。
「おいおい。喧嘩の相手は俺だろ? うちの女子はかわいいけど、余所見すんなよ」
 じゃれつくような軽口とは裏腹に、集中する。五感を一時封じれば、瞼の裏にほのかに浮き上がる、彼だけの次元だ。暗い。けれども、なにかが蠢いている。中心、いや、もう少し隣へ。
「……視えた、そこだぁっ!!」
 一元に無限を、悠久の木の下闇に『一筋の光明』を。グラビティの銃弾で刳る。瓦礫を撥ねながら緑の体をぐらりとかしげる攻性植物に、
「デウスエクスに魅入られたのが不運だったな」
 砂太郎は剣と剣とを備える。が、それらを突き通そうとはしなかった。
「俺は紳士だからな。トドメは姫に譲るものだろ?」
「大儀である」
 伏姫、床に散らばるメダルの1枚をつまんだ。親指で跳ねあげる、颯爽と、それがトリガーだ。
「賭けよ、己が命を、我らは勝利を」
 千の同胞、万の言霊・究竟実況生放送。
 1つの光が2つに、2つが4つに、細く分裂し、65536本を超える光の剣へと姿を変える。伏姫がしめやかに行く先を示せば、光剣は獰猛なベクトルで、一斉に攻性植物に襲いかかる。おしまいだ。
『――――ブレイクアウト?』
「少しレートが低かったかの?」
 光剣の正体がネットからの奨励の象徴であることなどおくびにも出さず、落下するメダルを受け止め、伏姫、にたりと、遙かな電子空間へ笑みかけた。

●3
「このゲーセンのラインナップ、気に入ったな」
 終局のそののちである。店内に戻った店員と招かれざる客たち、つまり攻性植物の被害者になりかけた彼等、を前にして、一睨み。
「俺、ここをホームにするわ」
 と、忍がきつく明言すれば、その場にいるものの殆どが逃げそこねた小鼠のように竦み上がる。
 が、臆さないものが、たったひとり。
「本日のヒール当番は、忍くんに決定ねっ!」
 モモだ。取って付けた笑みを浮かべて、パンパンと、いささか気の抜けたふうに手を打つ。
「いやー、まさか自ら建物の修復係を引き受ける強者がいたとは。じゃ、そのあいだ、私はメダルゲームで遊んでこようっと」
「は?」
「ヒール当番、おめでとうございますー」
「え?」
 かなみまでが拍手で心から祝うものだから、忍の逃げ場は断たれたも同然だ。
 忍個人としては、ああ言った手前、ヒールするのに吝かではない。しかし、ゲームに興じる仲間を横目にしながら指をくわえて孤独な作業というのは、なんとも無念ではないか。なにか突破口は、と、泳いだ目で必死に探す。
 ある。突破口ではないが、道連れになってくれそうな、哀れな子羊、でも雪之嬢じゃないよ、一匹。
「な、砂太郎。ほら、付け焼き刃でもいいから連携を試したいって、言ってたよな?」
「待て。あれは戦闘のことであって」
「大して変わらねえよ。タメ同士じっくり積もる話でもしながら、ヒール祭りで騒ごうぜ!」
「わーうれしーなー。じゃなくて、だから落ち着けって。第一、俺、今日はヒールは使えな……」
 ふぅはははは、と独特の哄笑をこぼしながら、有無を言わさず、砂太郎をひきずる忍。好事に置いてけぼりをくらわせられるぐらいなら、いっそ自分で開催すれば、と、居直ったらしい。一息入れたら店内を見て回りたいとは思っていた砂太郎だが、想定とは斜め45度の方向に、希望は叶えられそうだ。
 一方、攻性植物の側を、今以て離れないケルベロスもいる。
 例えば、シエナ。攻性植物を愛する彼女は、今回の事件も宿主に非があると考えていた。なにせヘリオンに移送される途中でも「こんな人ばかりだから、攻性植物のイメージが悪くなる一方なの!」と微妙に不機嫌だったぐらいだ。
 シエナ、攻性植物の一部保護と回収を試みたが、若者と攻性植物は深く混じり合っており、あちらを生かしてこちらを殺す、というわけにはいかなかった。
 それならば、静謐な弔いを。永久の春を、祈る。
「Excusez-moi……せめて、安らかに眠って欲しいですの……」
 供える花もplaqueもないけれど、送るそれが、遠い何処かで花開いて欲しいと切に願う。ラジンシーガンのかすかな嘶きは、聖歌のリズムを思わせる。
 雪之嬢がシエナの隣に腰を下ろした。
「……邪悪でも、なんでも……眠りは、平等」
 雪之嬢はアイスを置いた。コンビニエンスストアで調達してきた、なんの変哲もないソーダ味だが、雪之嬢にとっては大切な今日のおやつだ。
「あげる……ばいばい」
 しゃがんだままで、手を振る。すると、攻性植物の残骸は、まるで別れの挨拶を返すかのように、少しずつ端のほうから千々の風に溶けた。

作者:ichiei 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年9月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 11
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