光の森の満開の下

作者:土師三良

●光輝のビジョン
 夜の公園。
 一人の老人が酒臭い息を吐きながら、千鳥足で並木道を歩いていた。
「おいおいおいおい、イルミネエチャンとかいうのはどうした? 一つも点いてねえぞぉ」
 周囲の木々はチューブライト等で飾られているが、老人の言うように灯りはついていなかった。この公園のイルミネーションによるライトアップは二十二時まで。もう一時間以上も過ぎている。
「まあ、べつにいいけどなぁ。今年のアルミニイチャンを楽しみにしてたのは俺じゃなくて、婆さんのほうだしよ。それに悪趣味な照明なんざなくても、こうやって少しばかり顔を上げれば、綺麗な星の光がいくらでも……って、雲がかかって見えねぇー! みっ! えっ! ねっ! えっ! よぉーっ!」
 空を見上げてひとしきり叫んだ後、老人は虚しそうに溜息をついて、視線を地上に戻した。
 異様なものが見えた。
 並木の中の一本――大きなエゾマツ。それが動いている。カートゥーンめいたユーモラスな動作で幹を捻り、震わせ、伸縮させている。
 やがて、エゾマツは大地から根を引き抜き、他の木と自分を繋げているチューブライトを引きちぎると、茫然と立ち尽くす老人に近付いてきた。
(「俺にもお迎えが来たか……これで婆さんに会えるな」)
 エゾマツに取り込まれて意識を失う寸前、老人はそんなことを考えた。
 だが、彼の前に現れたのは『お迎え』ではない。デウスエクス・ユグドラシル――攻性植物だ。
 新たな攻性植物の誕生を祝うかのように、あるいは最期を迎えるであろう老人を悼むかのように、暗い空から雪が降り始めた。
 
●ヴェルナー&ねむ嬢かく語りき
「この時期は、イルミネーションで飾りつけられた綺麗な木がいろんなところで見られるよね」
 ケルベロスの前で語り始めたのは、ヴェルナー・ブラウン(オラトリオの鹵獲術士・e00155)だ。イルミネーションを話題にしているのなら、楽しそうな顔をして然るべきだが、彼の表情は少しばかり暗い。
 その理由はすぐに判った。
「でも、そういう木が攻性植物になっちゃうような事件が起きるかもしれない。そんなことを思っていたら――」
「――それが現実になってしまいました」
 ヘリオライダーの笹島・ねむが後を引き取った。
「北海道苫小牧市の公園にある大きなエゾマツが攻性植物化した挙句、近くにいた四方田・米吉(よもだ・よねきち)さんに襲いかかって、宿主にしてしまったんです」
 幸いにも公園内には米吉以外の者はおらず、周辺地域の避難も既に済んでいるという。戦闘に備えてイルミネーションも改めて点灯されたので、照明を用意する必要もない。
 つまり、ケルベロスたちは心置きなく戦えるということだ。
 あることを無視すれば。
 その『あること』について、ヴェルナーが不安げに尋ねた。
「エゾマツの攻性植物を倒したら、米吉さんも死んじゃうの?」
「……はい」
 ねむは沈鬱な顔で頷いたが、すぐに言葉を付け足した。
「でも、助ける方法がないわけでもありません。敵にヒールをかけながら、戦うんです」
「敵にヒール?」
「はい。ヒールグラビティをどんなに使おうが、治癒しきれないダメージが敵に少しずつ溜まっていくんです。だから、ヒールの効果で米吉さんを癒しつつ、蓄積したダメージで攻性植物を倒せば――」
「――戦闘が終わった後も米吉さんは生きているかもしれないってことだね」
「そうです。ただ、普通に戦うよりも皆さんの負担は大きくなりますけど……」
 負担だけではなく、危険も増すだろう。下手をすれば、米吉どころかケルベロスたちまで命を落とすかもしれない。
 ねむは皆の顔を見回した。今にも泣き出しそうな顔で。
「できれば、米吉さんを救い出してほしいです。でも……救出を優先して、皆さんが敗れてしまったら、元も子もありません。それだけは忘れないでください」


参加者
ラビ・ジルベストリ(噛み合わぬ歯車・e00059)
カロン・カロン(フォーリング・e00628)
貴石・連(砂礫降る・e01343)
ラピス・ウィンドフィールド(天蓋の綺羅星・e03720)
五里・抜刀(星の騎士・e04529)
九々都・操(傀儡たちの夜・e10029)
五嶋・奈津美(地球人の鹵獲術士・e14707)

■リプレイ

●雪と共に……
 地面を覆う白い雪がイルミネーションを照り返し、夜の公園に幻想的な彩りを与えている。
 だが、それ以上に『幻想的』な代物がそこにいた。
 並木道を徘徊する一本の木――攻性植物と化したエゾマツだ。
 何本もの根を波打たせるようにして這い進む姿はどこかユーモラスだったが、その心(心があるとすればだが)にはユーモアなど微塵もないだろう。獲物を狩るためだけに生まれてきた存在なのだから。
 もっとも、そんな存在のほうを――、
「レッツ伐採タァーイムッ! ……ってとこかしら」
 ――『獲物』と見做す者たちもいる。
 エゾマツの行く手に現れたのは、八人のケルベロスと三体のサーヴァント。伐採タイムを宣言したのはその中の一人、カロン・カロン(フォーリング・e00628)だ。
「それにしても、運の悪いおじいちゃんよねぇ。攻性植物なんかに寄生されちゃうなんて」
 エゾマツの幹の中央に露出している人面――取り込まれてしまった四方田・米吉の顔を見ながら、カロンはジョブレスオーラを纏った。
「いや、そうでもない」
 ラビ・ジルベストリ(噛み合わぬ歯車・e00059)がエゾマツめがけてフォートレスキャノンを連射した。無造作な砲撃に見えるが、注意深く観察している者なら気付くだろう。米吉の顔に当たらないように幹の端ばかりを狙っていることを。
「ある意味、奴は運が良い。この任務を引き受けたのが私だけだったら、奴の命のことなど考えず、攻性植物を倒すことを優先していただろうからな」
「『私だけだったら』ってことはないよ。正直、僕も爺さんを助ける必要はないと思ってるから」
 と、非情な言葉を事もなげに口にしたのは九々都・操(傀儡たちの夜・e10029)だ。
「僕らが敗れてしまったら、あの攻性植物は野放しになって、沢山の犠牲者が出てしまう。だから、爺さんのことなんか気にかけず、全力で戦うべきなんだ。一人の命を救うために多くの命を危険に晒すのはナンセンスだよ」
「……」
 五嶋・奈津美(地球人の鹵獲術士・e14707)がなにか言いたげな顔をして操を見たが、言葉を発する代わりにスターサンクチュアリを仲間たちにかけた。彼女のサーヴァントであるウィングキャットのバロンも清浄の翼をはばたかせ、皆の異常耐性を高めていく。
「とはいえ、それはあくまでも個人的な意見」
 清浄の翼の恩恵を受けながら、操は言葉を付け足した。
「この任務が僕だけの戦いじゃないってことはよく判ってるから、皆の方針に従うさ。不本意ではあるけどね」
『不本意』というところを強調しながら、無数の紙兵を解き放つ。
 それらが雪とともに舞い散る中を貴石・連(砂礫降る・e01343)が駆けた。エゾマツに向かって。
「待っててね、米吉さん! 絶対に助けてあげるから!」
 意識のない米吉に連の声は届かなかったが、代わりにエゾマツが答えてくれた。
 蔓触手を突き出すという形で。
 連はそれを躱しざまに引きちぎり、旋刃脚で幹を抉り抜いた。手応えならぬ足応えを感じつつ、反対の足で相手を蹴って瞬時に離脱する。
 間を置くことなく、背後に控えていたラピス・ウィンドフィールド(天蓋の綺羅星・e03720)が『ラピス・シュトローム』で攻撃した。
「天空よりラピスが命ず。蒼き風よ、来たれ!」
 詠唱とともに手から撃ち出された蒼い旋風がエゾマツを斬り裂いていく。
 エゾマツは苦しそうに身をよじらせた。発声器官があるなら、悲鳴をあげていただろう。
「効いてるみたいですね」
 五里・抜刀(星の騎士・e04529)が満足げに頷く。
「この勢いで攻め続けたいところですが――」
「――残念ながら、そういうわけにはいきません」
 乙女の心を持つ老翁のオリヴィエ・デュルケーム(癒姫・e04149)が後を引き取り、治癒のグラビティ『優しき雨(ナミダアメ)』を発動させた。
「いかないんですよねえ」
 抜刀も治癒のグラビティ『千羽鶴の解放』を使った。
 癒しの力を秘めた涙の雨が降り注ぎ、祈りの力が込められた無数の折り鶴が舞う。二つのグラビティの対象はエゾマツだが、もちろん、オリヴィエと抜刀は敵を救おうとしているわけではない。エゾマツに取り込まれた米吉の命を繋ぎ止めているのだ。

●光の中で……
「雪に雨に紙兵に折り鶴か……いろんなものが降ったり飛んだりして、なんだかカオスな光景よねえ。炎を混ぜたら、もっとカオスなことになっちゃうかなあ」
 カロンが指先を動かすと、エゾマツの根本の側から溶岩が噴き上がった。ニートヴォルケイノだ。
 だが、溶岩は周囲の雪を蒸発させるにとどまった。エゾマツは滑るような動きで横に移動したのである。
「あ! 木のくせに私の攻撃を躱しちゃったりなんかして。生意気じゃないのぉ」
「見かけによらず、素早く動くこともできるらしい。だが、これは躱せるかな?」
 ラビが雪玉を投げた。
 四つの音が立て続けに響いた。雪玉が風を切る音、蔓触手が振り下ろされる音、蔓触手によって雪玉が叩き潰される音。
 そして、小さな爆発音。
 エネルギーの光弾がエゾマツに命中したのだ。
「なになに? いったい、なにをやったの、家主ぃ?」
「敵の目をごまかしただけだ。雪玉の影に重なるようにして、ゼログラビトンを飛ばしたんだ」
 目を丸くして尋ねるカロンに『家主』ことラビが種明かしをする。
「ごまかすだけじゃなくて、眩ましてやろうかな。攻性植物ごときに目があるかどうかはさておき……」
 そう言いながら、操が新たな仲間を呼び出した。仲間といっても、ケルベロスやサーヴァントではなく、物言わぬ球体関節人形だが。
「照らせ、日輪」
 操の声に合わせて人形が強烈な光を発した。『心葬傀儡天道 天照螺旋(シンソウクグツアマテラストリーム)』という名のグラビティだ。
 その光が消失すると同時に連とラピスがまたもエゾマツに肉迫した。
 まずは連が降魔真拳を打ち込んだ。
 続いて、ラピスが攻撃を加えようとしたが――、
「埋葬形態が来る!」
 ――エゾマツの奇妙な動きに気付いた連が叫び、飛び退った。
 しかし、間に合わなかった。異形の根が大地を浸食し、周囲の雪面がぬかるみへと変わる。連、ラピス、オリヴィエ、操の足首が埋もれ、呪力による痛みが爪先から頭頂へと駆け上った。
 攻性植物に顔があるなら、その様子を見て、会心の笑みを浮かべるかもしれない。もっとも、それはすぐに驚愕の表情へと変わることだろう。
 痛みをものともせずにラピスが斬霊刀を叩き込んできたのだから。
「この程度の傷で怯むと思ったら、大間違いだよ!」
 力任せに刀を振り抜きながら、ラピスは叫んだ。エゾマツの傷口から緑色の体液が吹き上がり、彼女の顔を染めていく。
「いえ、たとえ『この程度』じゃなかったとしても耐えられる! 米吉さんを助けるためならね!」
「その意気やよし……と、言いたいところだけど――」
 奈津美がサークリットチェインでラピスたちの傷を癒していく。
「――あまり無茶はしないでね。あなたたちが倒れてしまったら、助けるものも助けられないんだから」
 その静かながらも厳しい口振りは、やんちゃな妹に手を焼く姉を彷彿とさせる。
 仲間たちを治療しているのは奈津美だけではない。オリヴィエのボクスドラゴンであるフラウも『やんちゃな妹』のもとに飛んでいき、属性を注入した。
 他のサーヴァントたちは攻撃を担当していた。バロンは尻尾の輪を飛ばし、オルトロスのレオ太は神器の剣をくわえて敵に向かっていく。
「いいぞ、レオ太」
 自分のサーヴァントの攻撃を見届けて、抜刀がエゾマツに再び『千羽鶴の解放』をかけた。
「どなたかの癒しの願い、お借りします!」
 折り鶴の群れがエゾマツの周囲を回る。それらの翼は濡れていた。オリヴィエの『優しき雨』によって。
「死なないでください、米吉さん」
 オリヴィエは米吉に語りかけた。相手の意識がないことは判っている。それでも想いは届くと信じているのだ。
「お迎えはまだはやいですよ。お婆さんの生きられない世界を代わりに生きてあげてください」

●星を見上げて……
 激しい戦いが続いた。
 いつの間にか雲は晴れ、雪は止んでいた。代わりに血の雨が降った。ケルベロスたちの赤い血、エゾマツの緑の血。
 流した血に値するだけのものを得ているのはケルベロスのほうだ。オリヴィエと抜刀はずっとエゾマツにヒールをかけ続けているが、『優しき雨』にも『千羽鶴の解放』にも状態異常を消す効果はない。そのため、エゾマツには『心葬傀儡天道 天照螺旋』などの影響が残り続け、動きは鈍くなる一方だった。それに対して、ケルベロスたちの状態異常(だけでなく、物理的な負傷も)は奈津美とフラウが癒していく。
「絶対に米吉さんを救い出して、イルミネーションを見せてあげるんだから!」
 ラピスが何度目かの斬霊斬を放った。蔓触手による何度目かの反撃を食らいながら。そして、後方に控えた奈津美が何度目かの気力溜めでラピスを治療した。
「……あと一息かしら?」
「そうみたいねえ」
 と、カロンが奈津美の呟きに応じる。その手に握られていたファミリアロッドがミンクに変わった。
「さあ、行ってらっしゃい。働かないと、マフラーにしちゃうわよ」
 マフラーにされてはかなわん……と、思ったかどうかは定かではないが、ミンクはミサイルさながらの勢いで飛び、エゾマツの傷口の一つに頭を突き入れた。
 エゾマツは今まで以上に激しく身をよじらせた。幹のそこかしこに亀裂が走り、雪に彩られた枝が萎び、緑の葉が抜け落ちていく。限界が近付いているらしい。
 これが最後になることを確信しながら、オリヴィエがまた『優しき雨』を降らせた。
「生きてください!」
 目を閉じたままの米吉に叫ぶ。
「命を途中であきらめたりしたら、お婆さんも怒って会ってくれないかもしれませんよ!」
 その声に対抗するかのように金属音にも似た甲高い音が響いた。発生源はエゾマツの幹の上部。亀裂の隙間からレンズのような器官が覗き、光が放射されている。
 音が高くなるにつれて輝きを増していく光――それを真正面から見据えて、オリヴィエは呟いた。
「もしかして、あれは……」
「光花形態ってヤツね」
 連がオリヴィエとエゾマツの間に立ち、手をかざした。『砂礫の打突』を発動させながら。
 次の瞬間、レンズから熱光線が放たれた。しかし、連めがけて一直線に伸びたそれは彼女を射抜くことなく、乱反射して散った。『砂礫の打突』で結晶化した手に受け止められ、相殺されたのである。
 それでもエゾマツは残された力を振り絞り、新たな動きを見せた。攻撃のための動きなのか、防御もしくは逃走のための動きなのか――それは判らない。動き始めた途端、黒い鎖と白い網に拘束されたからだ。
「往生際が悪いぞ、下等生物」
 と、黒い鎖――猟犬縛鎖でエゾマツを縛った操が憎悪と侮蔑を込めて吐き捨てた。
「やっちゃってよ、家主」
 と、白い網――縛霊撃でエゾマツを捕らえたカロンがラビに声をかけた。
「言われるまでもない」
 ラビがすげない返事をしたが、それは誰の耳にも届かなかった。彼自身が放ったフォートレスキャノンの砲音にかき消されたからだ。
 全弾が命中し、いくつもの爆炎が明滅した。見えない手で絞られているかのようにエゾマツの幹が捻れ、上下に延びていく。
 そして、最後の爆炎が収まると、エゾマツは無数の黒い粒子に変わり、夜の空気の中に溶け消えていった。
 後に残されたのは、意識を失った状態で佇立する米吉。
 その膝が崩れ、体がよろけた。しかし、無様に転倒することはなかった。ケルベロスの一人がすかさず駆け寄り、抱き止めたからだ。
 そのケルベロス――操が米吉を雪の上に寝かせると、他の者たちも集まってきた。
 抜刀が米吉の呼吸や脈拍を手早く確認し、安堵の溜息を漏らす。
「大丈夫みたいです」
 その言葉が正しいことはすぐに証明された。
 米吉が目を開き、ゆっくりと上体を起こしたのである。
「……ありゃ?」
 呆けたような顔をして、彼は誰にともなく尋ねた。
「いったい、なにがどうなってんだ? 得体の知れない木の化け物に飲み込まれて、ついにお迎えが来たかと思ったんだが……」
「そう、お迎えが来たのよぉ」
 と、カロンが言った。
「ただし、天からのお迎えじゃないけどね。私たちがこっち側から迎えに来たの」
「なんだかよく判らねえが……俺ァ、死に損なったってことか?」
「はい。死に損ないました」
 泣き顔混じりの優しい笑顔を見せて、オリヴィエが頷く。
「生き損ないかけてる人を死に損なわせるのが私たちケルベロスの使命ですから」
「ケルベロス……」
 その言葉を呟き、米吉は改めて皆を見回した。
 そして、顔を引き攣らせ、息を呑んだ。ここに至って、ようやく理解できたのだろう。なぜ、自分の周りにいる八人の男女が傷だらけなのか。なぜ、全員の衣服が赤い血と緑色の液体に染まってるのか。なぜ、自分が生きているのか。
「米吉さんが助かったのは――」
 米吉に向かって、連が微笑みかけた。
「――天国のお婆さんのおかげかもしれませんね」
「そんなわけないだろうが。こいつを救ったのは死人じゃなくて、私たちだ」
 と、現実的な言葉を口にしたのはラビだ。
「おい、これは貸しだからな。いつか酒でも奢れよ」
 顔を引き攣らせたままの米吉を見下ろして、ラビは冗談とも本気ともつかないことを言った。
「僕にはなにも奢らなくていいよ」
 と、操も米吉に話しかけた。
「貸しをつくったつもりはないから。そもそも、キミのために戦ったわけじゃないしね」
「そんなことを言ってるけど、米吉さんが解放された時、真っ先に駆け寄ったのは操君ですよね?」
 ニヤニヤと笑いながら、抜刀が言った。
 操は唇を尖らせて反駁しかけたが、その前に米吉が皆に向かって――、
「……すまねえ」
 ――感謝の言葉ではなく、なぜか謝罪の言葉を口にした。今にも消え入るような声で。
 ほんの一瞬、重い静寂が周囲を領した。
『ほんの一瞬』で済んだのはラピスが明るい声を張り上げたからだ。
「なにはともあれ、良かった! 米吉さんにイルミネーションを見せてあげることもできたしね」
 彼女の言葉に釣られて、米吉は視線を巡らせた。
 その口許にどこか寂しげな微苦笑が浮かぶ。
「お嬢ちゃんには悪いが、このイルミネエチャンとかいうヤツはたいしたことねえなぁ。それによぉ、こんな悪趣味な照明なんざなくても、こうやって少しばかり顔を上げれば、綺麗な星の光がいくらでも……」
 言葉を切り、空を見上げる。
 ケルベロスたちもそれに倣ったが、奈津美だけは足下になにかの気配を感じ取り、すぐに視線を落とした。
 そして、腰を屈めて、その気配の主――バロンの頭を優しく撫でた。
「お疲れさま」
「にゃあ!」
 小さな相棒の嬉しそうな鳴き声が星空に吸い込まれた。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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