服危うし! 女カマ使い

作者:大丁

 ショーケースに整然と並ぶ輝き。
 あるものは指輪に、あるものはネックレスに。
 店員はすまして立っているだけだ。
 むりには勧めてこない。
 宝石売場の客は、ただただゆったりと、眺めてまわるのだった。
 そこは、百貨店の1階で、高級なバッグや婦人靴、化粧品に時計の売り場もある。
 まったく似つかわしくない、暗い死を暗示させる大鎌が現れたとき、店も客もどう反応していいか、わからなかった。
「ははは。ボクが簒奪しに来てあげたんだ。高貴なご婦人のお立場をね」
 ショートヘアの黒髪に、黒いイブニングドレス。さらさらした布地から、ふくよかな体型が浮き出ている。
 だが、3mもの長身をもつ。女エインヘリアルだ。
「まずはお召し物を脱いでいただこうか」
 湾曲した刃は乱れた光を放ち、宝石売場の客にむかって、着衣を切り刻む。

 演台の前には、大鎌と4mほどの棒が、武器ラックに掛けられていた。
 ポンチョ型のレインコートを広げて、軽田・冬美(雨路出ヘリオライダー・en0247)は、両手でそれらを指し示す。
「敵の武器から説明しておくねぇ。見本に借りてきた『簒奪者の鎌』と、エインヘリアル用の実物の大きさを再現した柄だよ。『デスサイズシュート』で遠距離の相手に服破りを起こすの。でも、ケルベロスのみんななら、一度に数人が標的になったりはしないはずよ」
 出現するデウスエクスは、エインヘリアルの罪人。虐殺と、それに伴う恐怖と憎悪を利用して、地球での定命化を遅らせる目的で、解放されたという。
 左手を掲げて冬美は、シフカ・ヴェルランド(血濡れの白鳥・e11532)を紹介した。
「シフカちゃんの調査をもとに、事件の予知ができたのお」
「エインヘリアルの出現タイミングなのですが、30分ほどの範囲までしか絞れていません。どなたかは、現場の宝石売場付近での待機が必要かと。服ごと人が斬られるのを防ぐため、どうか宜しくお願いします」
 事前の避難も予知を乱す危険があり、最初の攻撃では一般人の命に別状ないとはいえ、その後の保証はできない。
 冬美とシフカは、集まった者たちに、罪人の始末を頼む。
「レッツゴー! ケルベロス!」
「冬美さん、今日は『実演』はなさらないのですね。なんなら、私が……」


参加者
シフカ・ヴェルランド(血濡れの白鳥・e11532)
黎泉寺・紫織(ウェアライダーの鹵獲術士・e27269)
ピヨリ・コットンハート(ぴょこぴょん・e28330)
雁・藍奈(ハートビートスタンピード・e31002)
高千穂・ましろ(白の魔法少女・e37948)
ベルローズ・ボールドウィン(惨劇を視る魔女・e44755)
肥後守・鬼灯(度徳量力・e66615)
カフェ・アンナ(突風はそよ風に乗って・e76270)

■リプレイ

●黒衣の大美人
 ガラスカウンターにのった卓上の丸鏡に、揺らぎが映る。
 シフカ・ヴェルランド(血濡れの白鳥・e11532)が振り返ると、3mの巨躯が実体化しかけていた。即座に殺界を形成する。
「ボクに出会ったというのに、ご婦人がたは気にも留めないね? お召し物の受取り甲斐がない」
 黒ドレスが見回し、シフカが眼前に立つ。
「脱がしていいのは、脱ぐ覚悟がある人だけですよ」
「キミは……ふふん、そうか。シャドウエルフだね?」
 殺界で、人が意識下に去るのだと、気が付いたらしい。
「不審者、発見ーっ!」
 警備員に扮した雁・藍奈(ハートビートスタンピード・e31002)が駆け寄る。
 ケルベロスの面々も、避難誘導に動きかけたところ、スッと掌を掲げて黎泉寺・紫織(ウェアライダーの鹵獲術士・e27269)が制した。
「敵の様子が違うわ」
「確かに、一般人の命を奪おうとしませんね」
 ピヨリ・コットンハート(ぴょこぴょん・e28330)は、襲撃者を前にしてなお、おっとりと言う。
 彼女のファミリアたち、黄色いひよこのピヨコは、頭の上に集合して震えているが。
「情報以上で、好都合です」
 後ろ手にコッソリ、ピヨコの一羽を帽子たなに隠した。肥後守・鬼灯(度徳量力・e66615)が問う。
「ひょっとして、襲撃よりも先に僕たちとの決着をつけようと……、人払いを待ってくれてるんですか?」
「あら、ご明察。服も宝石も、ご婦人がたの命とやらも、どのみち頂戴するんだからね。それに……」
 罪人の女は、ケルベロスらを眺めまわす。値踏みされるような瞳に、高千穂・ましろ(白の魔法少女・e37948)は動揺を隠せなかった。
 いつもオドオドしたカフェ・アンナ(突風はそよ風に乗って・e76270)なら、なおさら。でも、そこで視線は止まる。
「ボクはキミたちが気に入ったんです」
「……えっ」
 ドキンと脈打ったであろう顔で、カフェは黒衣を見返した。
 とはいえ、デウスエクスを信用できないところもある。一般人は、放っておいても殺界の外に遠ざけられるものの、念のため様子を見守り、警護するために、鬼灯(ほおずき)とピヨリ、ベルローズ・ボールドウィン(惨劇を視る魔女・e44755)が選ばれる。
 別れ際にベルローズは、シフカに手さげ箱の蓋を開けて見せた。それは、連斬部隊員ヒルドルから回収したものだ。黙って頷き合う。
 カフェが、女エインヘリアルと互いに惹かれるものがある様子なのは明らかだ。
「私はそんなに強くないのに……でも、あの女性(ひと)とは戦いたいです」
 いつもの猫背がしゃんとしてきた。

●脱ぐ覚悟
「キミは、自分の言ったことは守ってくれるんだろうね?」
 女エインヘリアルは、黒ドレスに腕組みして、シフカを眺めてくる。
「もちろんです」
 百貨店の一階は、自分たち以外に人の気配はなくなり、無人のエスカレーターの駆動音と、危険防止アナウンスだけが微かに響いていた。
 什器のあいだ、通路にでたシフカの黒スーツが、床に映り込む。
 ましろは、その影に目を落としていて、段々と息が荒くなるのを、制服のリボンに手をあてて鎮めているかのようだ。
 黒スーツは、数回衣擦れの音をたてただけで、下着もすべて床を滑って離れた。
 女罪人が満足そうにシフカの裸体を確認し、呼応するかのように紫織も頷くと、自分のブラウスのボタンを外しにかかる。
 飄々と、顔色一つ変えずに、作業をこなし、ガラスカウンターに積み上げていく。
「お足元にご注意して……さ……」
 アナウンスが耳から遠のくのを、藍奈(らな)は感じていた。キョロキョロと周囲を見回す。
 エレベーターからつながる上下の階。ショーウインドウ越しの往来。もう、誰もいないのだが。
 紫織もとうとう全裸になって、何食わぬ顔で魔導書を開いた。呪文の記述を追う視線が一度だけ、藍奈とましろに向けられる。
 やがて、警備員と高校生の制服が、ブランドバッグの棚に、押し込まれた。
「下着も取るんですか……?」
 たぶん、ましろは答えを知っていて、たずねている。藍奈は、またキョロキョロしながら、応じた。
「は、恥ずかしいよね!」
 自分たちだけ脱がない選択はない。
「はい」
 ふたりは、背中に手を回すと、ブラのホックを外した。同じように屈みながら、上下ともを一息に取り去る。
 ケルベロスらが覚悟を見せているあいだ、その相手から目を離さぬよう、カフェはじっと構えていた。誰よりも早く、誰よりも遠くに脱いで、素っ裸を向けている。
 女エインヘリアルも、催促などはされずに、エレガントに黒ドレスを足元に落とした。
 カフェの予想どおり、下着はつけていなかった。
 大鎌が持ち上げられる。シフカは、素手に鎖を巻いて、日本刀を抜き放った。銘を、廃命白刃『Bluと願グ』という。
「戦闘準備完了・・・…では行きましょうか」
 敵味方ともが応えて、初動に移った。

●百貨店の激闘
 エインヘリアルがふりかぶろうとした大鎌の刃に、廃命白刃をかませてシフカが、抑える。
「……くっ!」
「ぬっ……!」
 鎌は刃渡りだけで、シフカの身長ほどもある。跳ね返されないためには、『Bluと願グ』に帯びた霊力をもってしても、半身から真横にならねばならぬほど。
 力比べになっているふたりに藍奈は、背を向けて逆へと滑走する。
 エアシューズのローラーが、エスカレーターの手すりを登ると、ガラス仕切りを蹴って、巨女の頭へと飛び掛かった。
「お、おっぴろげてジャーンプッ!」
 なかばヤケを起こしたスターゲイザーは、組み合う白い肌に、色黒を突撃させて、煌めくピンクの印象を残す。
 衝撃にのけぞった女エインヘリアルは、背中から床に倒れ、そのまますべっていった。
 紫織は、『アースヴァイン』の詠唱に入っている。仰向けになった敵を、砂の蔓が縛りつける。
 呪文がすすみ、頁の下までくると、魔導書をすかして、自身の下半身が目にはいってきてしまう。
(「でもこの解放感……くせになりそうね……」)
 さっさと脱いだ彼女だったが、こうして宝石売り場のカウンターの前であらわな姿でいると、キッチリとした身なりの販売員がさっきまでいた場所に、心をザワつかされるのだ。
 ボクスドラゴンのナハトが、紫色の息を吐く。
 アースヴァインは、さらに成長した。捕らわれの女は、大股を開かされ、濡れて光るものをみせている。紫織もまた、自身の下半身から。
 ましろには、『御業』がそばに現れて、熾炎業炎砲を放つ。
「炎魔法ですっ! えいっ!」
 髪留めと杖のデザインは、魔法少女に変身させてある。位置を変えながら、氷に光へと、標的が鎌で脱出するまで、魔法攻撃を加え続けた。
「どうです。もう、気に入ったなどと世迷言は……」
「撤回はしないよ。だって、キミたち脱ぐの好きだろう?」
 もう黙ってましろは、御業の分身を増やした。
 カフェは、降魔真拳で殴りかかるも、かわされてしまう。身をひるがえした女エインヘリアルは、カフェのオシリを撫でていった。
「ひゃあっ……! わ、私、やっぱり……」
 頬が赤く染まっている。
(「……3mの女性。私、私より背の高い女性が……好きで……」)
「柔らかいね。そらっ」
 撫でられた尻は、ドンと押されて距離をとらされると、次には大鎌を投げられる。
(「……って、敵です、敵ですっ。好きとか考えてる場合じゃありませんっ……!」)
 黄色いひよこたちが青い顔で、歩道の石畳をウロウロしていた。
 百貨店の客たちはもう、通行人に紛れてしまっている。従業員は、殺界の境目で、所在無さげだ。
「心配ないです」
 ピヨリは、ファミリアたちを抱き寄せると、頭に乗せてやる。
 その彼女にむかって、ベルローズはつぶやいた。
「シフカの優勢の証左ですよ」
 店員が職場に戻らないうちは、形成している主の殺意が消えていない。
 だが、そんなのは理屈だ。
 結局は不安そうな眼差しを、がらんとした大通りに立つ百貨店へと向けてしまうのだった。
 掻き寄せた厚手のコートは戦闘後の、もしものために用意したもの。このまま不要となることを願う。
 その肩へと、鬼灯が手を置く。
「僕も同感です。ほら、もともと避難誘導にメンバーを割り振る作戦だったじゃないですか。どっちの班も、相手を信頼してなくちゃ」
 本当は、真っ先に接敵し、彼女らを守るつもりでいたのだと、つい腕に力がはいってしまう。ベルローズの身体を寄せすぎていると判ったのは、彼女の香りが、鼻をくすぐったからだ。
「ああ、でも、僕なりに打つ手は打ってるんです」
 気恥ずかしさに、少し距離をあけると、オウガメタルの輝きを示した。
 化粧品のディスプレイに突っ込み、うつぶせていたカフェに、光る金属粒子が降ってくる。
「うぅ、鬼灯さん……でしょうか」
 重かった尻、ではなく腰をあげて、百貨店の1階に再び立ち上がらせた。
 帽子売り場に潜んでいたひよこは、ピヨと人鳴きし、一念発起してマネキン人形をよじ登る。
 頭に乗るのは得意だ。
 大鎌を投げようとする女罪人の、胸元にむかって飛びついた。
 ピヨコボムを炸裂させ、女の乳房が揺れる。
「ち、ちいさい子が……」
 鎌は手元がくるい、藍奈はその投擲をよけながら、売り場の什器の間を駆け抜ける。
 その間も、姿見やガラスケース、卓上の丸鏡に、全裸が映っている。
「ち、違うよっ! 不審者じゃないよぉ!」
 高く跳躍し、前転を3回きめると、両足蹴りの体勢に入る。
「ヴァルキュリャー! 回転!!」
 天井にも、鏡状の装飾があった。
「いやああん、フルキック!!!」
 またしても大女は、顔面に藍奈を受ける。ピヨコに気をとられたのもある。
 しかし、よろめきながらも、戻ってきた鎌を掴んで、今度は低めに投げた。
 紫織は足首を刈られ、売り場カウンターの後ろの柱に、逆さで縫い付けられる。
 片足だけが掲げられてしまうと、先ほど敵にしたように、大股で固定されたようなもの。
「そんな、どうして人影が……うッ」
 柱のまわりを取り囲んで、見上げられている。上目にそう見えたとたん、大女の股間と同じものが吹いてしまった。
 ヘソまでつたわる。
「き、禁断の断章を……」
 魔導書の秘儀で戒めを解いた。
 見物人の正体は御業だった。ましろが意識した、視線の顕現にすぎない。
「見られながら戦うんですね……。服も着ないで百貨店からどう帰ればいいのでしょうか」
 御業が暴漢のように振る舞う。演技に熱がはいると、炎魔法の火力も上がる。
 黒ドレスだった女は翻弄されて、うめいた。
「ボクの想像を超えてたよ。脱ぐだけでなく、見られたいとは……」
 シフカは、にっこりとほほ笑んだ。
「あなたも、お好きでしょう?」
 月光斬で女の、急所を攻撃して動きを鈍らせる。ベルローズから渡されたもの、『惨劇の記憶』が、力添えをしている。
「死を告げし嘆きの精よ。一陣の疾風となりて、我らに敵を屠る権能(ちから)を与え賜え……」
 彼女の詠唱が、耳に蘇るようだった。
「今です。カフェさん!」
「さようなら……!」
 カフェは、女罪人の背後に位置していた。自分のより大きい尻が、眼前にあった。
 両方の人差し指を組んだ指天殺を、思い切り突き立てる。
「ううッ! ああああ!」
 絶叫し、震えながらも、女は身体を捻って、カフェに目を合わせた。
「キミとつながれて、死んでいくなら本望さ……」
 膝を折って、ゆっくりとうつ伏せになると、目を閉じた。

●ショッピング
「わあ、綺麗ですね」
 ましろは、制服姿でショーケースに寄りかかった。傍らには、紫織もいる。もちろん、塵ひとつない元の恰好だ。
 シフカが殺界を解いて、一般人とともに迎えてくれたとき、戦闘後とは思えない綺麗な恰好に少し、ピヨリは違和感を持ったけれども。
 まあ、気にしないことにした。
「……宝石は魔術価値も高く、いくらあっても困らない憧れのアイテムです」
 お洒落なよそいきワンピを着て、目を輝かせる。潜入の演技でなく。
 魔術というキーワードに、ましろも紫織も、関心を強めた。
 すみのケースには、藍奈もいて、むしろへばりつくような恰好だった。
「ち、違うよっ! 不審じゃないよっ!?」
 この辺りのヒールをかけたのは、彼女だ。運よく、怪しまれない程度に修復が叶った。でもまだ、細部が気がかりらしい。
 ピヨリは、眠そうな目をさらに細めて笑う。ピヨコも藍奈が連れてきてくれて、頭の上に揃っている。
 そんな姿を、鬼灯はほのぼのと見下ろすのだった。
 ベルローズの、潜入時の筋書きは、母へのバレンタインのプレゼントを探しに来ていたら、丁度事件に遭遇した女子高生、である。シフカも、事件は解決したので、みんなでショッピングにしましょうと言い、偽装でなく本当にアクセサリーを選んでくれている。
「プレゼントと言えば、肥後守さん……」
 ふと、ベルローズは鬼灯に向き直る。
「クリスマスイブに雪景色を独り占めできました。ありがとうございます」
「僕も頂いたプレゼント、大切にしますね!」
 この友情もふくめて。
 そして、ケルベロスの皆が無事だったことに、改めて安心し……。
「カ、カフェさんは、どうしました?」
 姿が見えない。メタリックバーストを送ったとはいえ、彼女の肉体はギリギリだった。
 幸い、いくらもたたないうちに、猫背が戻ってくる。
「あ、あのう……迷子らしいんですけど……」
 カフェは幼女を、ふたりも抱いていた。シフカは、またニッコリと微笑むのだ。
「これはまた事件ですね。解決しなくては」
 ひとりを預かると、いっしょに百貨店案内へと。

作者:大丁 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年1月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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