凍星

作者:小鳥遊彩羽

 そこは山の頂上にほど近い場所にある、廃屋となったログハウスだ。
 今となっては誰も訪れるものはなく、管理の手も入ることがなければ、後は朽ちてゆくだけの場所。
 そこに、ひとつの天球儀があった。
 電池を入れれば光が灯り、星の位置を教えてくれるもの。
 壊れてしまった今では星の位置さえも忘れてしまったかのように、星の光の届かない倉庫の片隅に置き去りにされたままだった。
 その時、不意に現れた小型の蜘蛛のようなダモクレスが、これ幸いとばかりに天球儀の中に入り込んでいく。次の瞬間、光に包まれた天球儀はキラキラと輝きながら、機械的なヒールによって瞬く間に変貌を遂げていた。
「キラ……キラ……シャランラ……」
 星のドレスを纏う、小さな少女のダモクレス。
 くるりとその場で回ってみれば、星座を映したドレスがキラリと輝いた。

●凍星
「今の時期は空気も澄んでいるから、星空がとても綺麗だと思うけれど……」
 そんな時期だからこそか、星にまつわるダモクレスが現れてしまった――と、トキサ・ツキシロ(蒼昊のヘリオライダー・en0055)はその場に集ったケルベロス達に説明を始める。
 星見の名所として知られるとある山。山頂へ続く道の途中にある、今はもう誰も住んでいないログハウス。そこに不法投棄されていた天球儀が、ダモクレスになってしまったのだという。
 幸いにもまだ被害はでていないが、キャンプやグランピング‎で山に訪れる客は少なくなく、放っておけば多くの人々が虐殺され、グラビティ・チェインを奪われてしまうことになる。
「これからその現場に送るから、被害が出る前にダモクレスを倒して欲しい。頼んだよ」
 ダモクレスは天球儀が変化した、星のドレスを纏う少女の姿をしている。
 主に星を操ることを得意としているが、ケルベロス達が力を合わせれば決して倒せない相手ではないだろう。
 星にまつわる思い出があるのなら、思い返したり、誰かに伝えてあげるのも良いかもしれない。
「俺も星は好きだから、よく夜中に一人で星を見たりしてるよ。というわけで、戦いが終わったら少し足を伸ばして、山の方まで行ってみるといい。きっと、素敵な星空が広がっているはずだから」
 外は寒いから、防寒対策は忘れずに。そう言い添えて、トキサはケルベロス達をヘリオンへいざなう。
「流れ星とかも、見られるでしょうか……?」
 なんてフィエルテ・プリエール(祈りの花・en0046)がそわそわしていたりするが、生憎と流星群は先日過ぎたばかり。でも、高い場所で暗闇にずっと目を凝らしていれば、見られるものももしかしたら、あるかもしれないから。
 トキサは楽しげに皆を振り返りながらも、すぐに前に向き直って。ダモクレスの待つ場所へ向け、ヘリオンを発進させる。
「取り敢えずはダモクレスの撃破を優先に――は言うまでもないけれど、折角空も晴れているから、存分に楽しんでおいで」


参加者
ティアン・バ(空遠く・e00040)
ヴィヴィアン・ローゼット(びびあん・e02608)
レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)
御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)
マイヤ・マルヴァレフ(オラトリオのブレイズキャリバー・e18289)
款冬・冰(冬の兵士・e42446)
エステル・シェリル(幼き歌姫・e51474)

■リプレイ

 深い森の狭間。今は誰もいないはずの場所。
 そこに、まるで空から零れ落ちた星が形を成したかのような煌めきを纏う少女がひとり。
「ラ、ララ……シャラ、ル――♪」」
 だが、機械仕掛けの少女の瞳が瞬くと同時に――暗闇をいくつもの光源が照らし出した。
「破損した天球儀。ダモクレスの手を借りて、今一度星の世界を望む……」
 款冬・冰(冬の兵士・e42446)は淡々と、ナノマシンによる演算で的確に情報を処理していく。
「センチメンタルを認識。だからこそ。瞬く命は奪わせない」
 冬の夜風は確りと備えをしていても、肌を刺すような冷たさを帯びていた。
「――星か。異星やら月やら行ったいまでも届かねえように思えるのは、何でだろうな」
 少女を見やり、レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)はふと零す。
 その隣に歩み出たティアン・バ(空遠く・e00040)は、静かに告げた。
「おまえの輝くべき場所は、もう、ここじゃない」
 星のドレスに身を包むダモクレスの少女が、レンズのような双眸に二人の姿を映し出す。
「ま、そんなこた兎に角。迷い星はとっとと空に還してやるか」
「ああ、かえそう」
 二人が動いたのは同時。
 地獄の炎を纏わせた竜骨の剣を手にレスターが肉薄する一方、ティアンはゆびさきから紙兵を踊らせる。
「シャ、ラ、ラ――……♪」
 躍るように繰り出された少女の蹴りは、レスターが受け止める。
「フィエルテ、」
「はい、お任せ下さいっ」
 ティアンの声に頷き、フィエルテ・プリエール(祈りの花・en0046)が守りの雷壁を重ねて巡らせた。
 星の光を纏う少女の、その輝きが翳らないように。
「――此処で終わらせてあげよう」
 ラウル・フェルディナンド(缺星・e01243)はルーンを宿す斧を手に高々と跳躍し、頭上からの鋭い一撃を刻み込む。
 衝撃にふわりと舞う星空のドレス。身を翻し、躍るように地を駆ける少女。
(「すごく綺麗なダモクレス……」)
 既に戦いは始まっているというのに、ヴィヴィアン・ローゼット(びびあん・e02608)はまるで舞台に立っているような感覚に襲われていた。
 勿論その美しさにただ囚われるばかりではなく、ルーチェと名を紡げば心通わすオウガメタルがヴィヴィアンの全身を覆う装甲となり、繊細で柔らかな光の煌めきを仲間達へ送る傍ら、舞い上がった匣竜のアネリーが少女にブレスを吹き付けていて。
(「元が天球儀なら、彼女はこの星に惹かれているのだろうか」)
 星が瞬く空をちらりと見上げ、何とはなしに思いを馳せながら、御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)は己の身に半透明の『御業』を下ろす。
「以前、春の星を共に見た小さな友人は、こいぬとおおいぬの星座を見たいと言っていた。……お前なら、どこにあるか分かるだろう」
「ラ、ラ――……」
 蓮の声に応えるように、少女はドレスに散りばめられた星を明滅させる。だが、ダモクレスへと造り変えられてしまった彼女には、もはや正しい星を映すことは叶わない。
 御業の巨大な腕が少女を鷲掴みにする。そこへ飛び込んだオルトロス――空木の神器の瞳が、少女を忽ちの内に燃え上がらせる。
 すると、頭上から降ってきた流星がひとつ。重力の尾を引いた強烈な蹴りが、少女へ深く刻み込まれた。
「天球儀ってステキだよね。わたしも持ってるよ。だから、あなたもとってもステキな姿なんだね」
 懐かしむような声を響かせながらマイヤ・マルヴァレフ(オラトリオのブレイズキャリバー・e18289)がそう告げると、匣竜のラーシュはすぐさま自らの属性をレスターへ注ぎ、傷を癒しながら攻撃への耐性を重ねて。
「ううー、この季節の夜はやっぱり寒いね。でも、綺麗な星空を堪能する為に、皆で頑張ろうね」
 本格的なデウスエクスとの戦いは初めてであるエステル・シェリル(幼き歌姫・e51474)は、けれど落ち着いた様子で。
 共に戦う仲間達を頼もしげに見やりつつ、軽やかに地を蹴った。
「重い一撃を、その身に喰らえー!」
 忽ちの内に獣化したエステルの手足が、重力を纏う。
 高速で放たれた一撃は風を抉るような重量を伴い、星の少女を弾き飛ばした。
「――『青星』、起動」
 それは『光り輝くもの』。冰は刀にグラビティを込めて氷の刀身を形成し、無駄のない動きで少女との距離を詰める。
 緩やかな弧を描く斬撃。青白い光の軌跡が星の光を浴びて煌めく。
「状況確認。ダモクレス、依然として健在。――戦闘、継続」
 淡々と落ちる冰の声。少女は軽やかなステップを刻み、星の煌めきを振り撒いてゆく。

「――”祈りの門は閉さるとも、涙の門は閉されず”」
 ティアンが開くは天上に続くという門の一つ、涙の門。そこから溢れる淡い光が、綺羅星の刺すような痛みを優しく癒す。
 巡る攻防のさなか、星の輝きを受け止めながら、ヴィヴィアンは悲しげに眉を下げた。
(「天球儀が動いていた頃は、きっとキラキラした眼差しに囲まれていたんだろうな」)
 いつしか置き去りにされ、忘れられてしまった存在。それでも、いつか誰かが再び自分を手に取ってくれる日を、ずっと待ち続けていたのかもしれない。
 それが叶わぬままデウスエクスに変えられてしまったことが、なんだか悲しくて。
「あなたを倒すことで、悲しみを少しでも浄化できたら……そう、願いたいの」
 ヴィヴィアンが歌い上げるのは、少女への想いと願いを籠めたバラード。
 緩やかな調子に澄んだ歌声を乗せて、力強く高らかに。優しい浄化の炎が、星屑の少女を優しく包み込む。
「本当は見たくないかもしれないけれど……」
 言いながら、エステルはナイフの刀身に少女の心を映し出す。
「……ラ、……、――!」
 それを見た刹那。歌うように紡がれていた少女の声が止まった。
 具現化されたであろうトラウマは、少女の目にしか映らない。
 だが、それはまるでヴィヴィアンが巡らせた想像を思い起こさせるような、どこか寂しく、悲しい光景を思わせた。
 ――ダモクレスにも『そういう』感情があるのか、蓮にはわからないけれど。
「せめて星と共にここで眠らせてやろう」
 神器の剣で斬りかかる空木に続いて、蓮は掌に納まる蒼色の鉦吾に指を滑らせた。
 夜空に響く炸裂音。いつの間にか少女の身体に貼り付けられていた不可視の爆弾が爆ぜ、その目を眩ませる。
 望まぬ現実へ引き摺り出されてしまった少女へ終焉を与えるべく、ラウルは指先を宙に翳した。
「……優しい星色の夢に包まれて眠るといい」
 星の軌跡をなぞるように辿る指先が綻ばせる、宝石のように美しい花。
 降り注ぐ花達は柔らかな色を重ね、戦場を穏やかに、緩やかに染め替えてゆく。
 咲き溢れる万華の彩に抱かれ、夢の涯てのその先へ。導かんと迫ったのは、冰だ。
「一刀にて、積もる瞬きを月並みとする」
 魔法で生成した氷の剣を用い、冰は三段に渡る剣技を見舞う。雪崩のように冷厳に、冬月のように鋭く、そして氷華を散らすが如く冷酷に――たとえ風雅がなくとも、それは確かに世界の脅威を屠る技。
「冬の静寂へ、おやすみなさい」
 冰の手に握られていた氷の剣が、ゆるやかに溶けて散らばってゆく。
 マイヤが見上げる先には無数の星と花々、そして花の色を抱いて宙に溶けゆく氷の煌めき。
 心に寂しさを覚えた時、マイヤは決まって星空を見上げていた。
(「キラキラ光る輝きは、ここにいるよ、見てるよって言ってくれてるみたいで……」)
 不意に傍らに寄り添う相棒の気配に、マイヤは柔らかく目を細める。
「今は、ラーシュが居てくれるから平気だけどね! ……わたしの天球儀はこれだけど、これは皆を守るためにあるの」
 マイヤの手の中には、手のひらサイズの天球儀。それはスイッチを押すと何故か星が飛び散り、その煌めきが爆発力となる――マイヤの、とびきりの天球儀だ。
「だから、終わりにさせよう!」
 ――きっと、願いは叶うから。
 マイヤが降らせるのは星の群れ。キラキラ輝く流れ星が、眩く空を満たしてゆく。
 踊るように弾けるように、連なり溢れる無数の光。
「――ああ分かった」
 数多の光を抱いた少女が今にも倒れそうな様を目の当たりにしたレスターは、不意に声を上げた。
「わかった? 何が」
「綺麗なもんには届かねえ方がいい、そう思ってるからだ。届きゃこうやって、壊しちまうからな」
 今にも崩れ落ちそうな少女の円舞。それを難なく受ける男を横目にティアンは少女へ銃口を向け、告げた。
「……ねむるといい」
 少女を貫く、ひとつの弾丸。
 その、刹那。
「――仕留める」
 レスターの右腕に滾る地獄が骸の剣先へ至り、火柱となって噴き出した。
 渦巻く炎はうねりながら梁龍のように首をしならせ、少女へ銀の牙を突き立てる。
「……ラ、――ラ、」
 仮初の命を喰らわれ、砕かれた少女は――瞬く星の煌めきを一つ残して、やがて夜風に溶け消えた。

 戦いの傷跡をヒールで癒したケルベロス達。
 一段落が着いた頃、ヴィヴィアンは思い切り深呼吸をした。
 肺と心を満たす澄んだ空気に、自然と晴れやかな気持ちになる。
(「……気持ちいいな、こんな感覚はひさしぶり」)
 そう遠くはない道を辿って行けば、満天の星がケルベロス達を出迎える。
 まるで宝石箱をひっくり返したみたいな空のようだという人もいるけれど、エステルの瞳に映る星空は、まさしくそんな煌めきに満ち溢れていた。
「綺麗な星空だねー。流れ星は、何処かにないかな?」
 ひとつくらいは流れてきそうだと、じっと星を見つめるエステル。
 ――その時。
「……あっ、」
 見つけたと声を上げるより早く、真っ直ぐに尾を引いて消えていった光にエステルは何度も瞬く。
「うん、本当に綺麗」
 改めてそう口にすれば自然と綻ぶ笑み。それからエステルは暫くの間、のんびりと星を眺めていた。
「一昨年。プラネタリウム廃墟での任務。其処で、冰は元コンパニオンロボットと交戦。……星々への興味を持ったのは、それが切欠」
 ゆえに冬の星空についてはケルベロス一、と言えるかどうかは定かではないが、それに匹敵するほどの知識を得たという自負が冰にはあった。
「それからたくさんの星を、学ばれたのですね。それは、とても素敵で、すごいことです」
 文字通り瞳を輝かせるフィエルテをちらりと見やり、冰は再び星を見ながら続ける。
「南の空の、あれが冬の大三角。シリウス、プロキオン、ベテルギウス……」
 一つ一つ指差しながら星を辿った冰は、先程戦いで使った刀を取り出した。
「これはシリウス。青い星。他にも、冬の大三角を冠した武器を持つ。冰の冬は、遥かな夜空にも広がっている」
 見上げた空に瞬く星が、ほんの一瞬、強く輝いたような気がした。
「凄いね、降ってきそう」
 冬の夜空は寒いけれど、透き通っているよう。
 マイヤは擦り寄ってくる相棒のラーシュを腕の中に招き、ぬくもりを分かち合いながら満天の星を見やる。
「……え、さっきの事気にしてる?」
 星を見つめるマイヤの眼差しが、どこか寂しく感じられたからだろう。
 案じるように瞳を揺らす相棒を心配させまいと、マイヤは明るく笑う。
「大丈夫だよ。今はラーシュと一緒だし、友達もいるし。……それに、わたし達ずっと一緒でしょ」
 喜びの声を上げて更にくっつく相棒をぎゅっと抱き締めながら、マイヤは再び星を見上げた。
 星は輝いて道を照らしてくれる道標。だからもう、迷うことはない。
「アメリーちゃん、……どうしたの?」
 意気揚々と冬の星座の話をするつもりで来たはずなのに、どこか浮かない表情のアメリー・ノイアルベールを、ヴィヴィアンはそっと覗き込む。
「ダモクレスなのに、とても綺麗だと思ってしまいました」
 だからこそ、天球儀がダモクレスになってしまったことが、アメリーにはやりきれなかった。
「うちの家、日本に別荘を持っていまして」
 星が綺麗に見える、人里離れた場所に建つ別荘。
 大きな天球儀が自慢だと、アメリーは続ける。
「でも、最低限の管理がされている程度で……無人同然で」
 つまり、その別荘でいずれ今回のようなことが起きないとも限らない。アメリーの言わんとすることを、ヴィヴィアンはすぐに理解した。
「ヴィヴィアンさん、よければ使ってくれませんか。悲しい天球儀をもう増やさないためにも」
「わかった、あたしも協力するよ」
 その申し出を断る理由は、ヴィヴィアンにはなかった。
「物だって使われないと寂しい……そこをデウスエクスに付け込まれたりしちゃうものね」
「それに、都会で暮らしていると、自然に触れたくなる時もあるでしょう?」
「……わかる?」
 アメリーが何気なく続けた言葉にヴィヴィアンは驚いたように目を瞬かせてから、柔く微笑む。
 都会暮らしに慣れていても、たまに星が見たくなる夜がある――例えば、今みたいに。
「……ありがとうね、気遣ってくれて」
 それから二人は改めて、冬の星座の話に花を咲かせるのだった。

 冬の澄んだ空に輝く星。
「なあ、共に星を見た時の事、覚えているか?」
 こうして二人で出かけるのも何度目だろう。
 不意に蓮が零した問いに、蓮水・志苑は勿論ですと小さく頷いた。
 それは年明け前のクリスマスのこと。その時の誓いを、志苑は再び口にする。
「――必ず貴方の隣に帰って来ると」
「……ああ、俺も誓った。この気持ちと、変わらずあんたを待つと」
 数年ぶりに実家に戻った志苑は、家族に様々なことを伝えた。
 友のこと、ケルベロスである自身を取り巻く今の環境のこと。
 それから、志苑自身の今の想いも。
「……おかえり、志苑」
「はい、只今戻りました、蓮さん。待っていてくださってありがとうございます」
 そうして、互いに口を噤む。白い息が、静寂に溶ける。
 話したいことはたくさんあるのに、どうしてか言葉が出てこなくて。
(「落ち着いたら、必ず伝えます。なので今は……」)
 何も紡げぬまま身を寄せる志苑に、蓮は静かに寄り添った。
 星と共に眠った少女が見た空。そこに瞬く星を見上げながら、蓮は志苑が確かにここに、傍にいるのだと実感する。
(「暫し離れていただけで……こんなにも、私は、」)
 そして、志苑はそっと蓮を見上げ、気づいてしまった。
 ――貴方の隣はこんなにも暖かく、心地が良い。
 凍てる冬空に輝く数多の星彩。
 月彩を纏う彼女と出逢い、ラウルの灰色の世界に色が燈ったのも、こんな風にたくさんの星が瞬く夜だった。
 ラウルが紡ぐ星への想いを聴きながら、燈・シズネはかつて共に見た数多の星を、その光景を思い返す。
 再会と別れ。けれど悲しいばかりでなく、そこに確かなひかりが在るのは、何度も二人で星空を見た記憶があるから。
 シズネにとってはラウルこそが特別な一等星だと、彼は知っているだろうか。
「シズネは……俺を置いて逝かないでね」
「――あたりまえだろ!」
 不意にラウルが零した音に声を荒らげ、シズネは強く彼の手を握り締める。
「この先もずっとおめぇと……何があっても、この手を離して置いていったりなんかしない!」
 それはシズネの心からの叫び。
「幸せも、おめぇもずっとこの手の中に欲しい。オレはわがままで怖がりで、それでも、おめぇの太陽だから!」
 色褪せた寂しい世界で彼が独りきりになることがないように、彼の標になると決めたのだ。
 凍える様な孤独を識るのも、命の熱に心満たされるのも、ふたりだからこそ。
 シズネがぶつけてきた真っ直ぐな想いが、ラウルの心に願いを燈す。
 月の標を喪い褪せた世界に再び色を与えてくれた彼と、幾度でも星の記憶を紡いで生きていきたい。
 移ろう世界の色を心に重ねて、歩んでいきたい。
 月彩纏う彼女が教えてくれた感情を、ラウルは零さぬように掬い上げる。
(「……いつか、君に伝えられるかな」)
 今はまだその想いの名を心の底に沈め、ラウルは微笑んだ。

「寒くねえのか」
 茫と星を見ていたティアンの肩に、雑に巻き付けられるブランケット。
「……ありがとう。レスターは寒くない?」
「ああ、おれは寒くねえ」
 温もりに微かに笑むティアンに、レスターは常と変わらぬ無愛想な声を返す。
 それは痩せ我慢というわけではなく、戦いの残火が燻るからだ。
「いつか海に星見に行ったろう。山の星ってのもいいもんだな。星が近い」
「海の星、綺麗だったな。山の星は空気が澄んだ感じ、する」
 ――あの日も、星がきれいだった。
 レスターと仲間達の力を得て、廃墟の天文台でひとつの宿縁に決着を付けたあの日。
 その光景を思い出しながら、ティアンは海硝子越しに星を見る。
「何か良いもん見えるか」
 横からレスターがレンズを覗き込む。
 散らばる星達は肉眼で見るよりもずっと大きくて、近い。
「レスター、好きな星、ある?」
 星座はいくつか教えてもらったけれど、全く覚えられなかった。
 結局ティアンが理解できたのは、この地と故郷の南国ではどうやら空が違うらしいということだけ。
「……おれも星座は分からんが。そうだな、北極星だけ知ってる。漁師だった親父が昔教えてくれた」
 レスターは星空へと目を凝らし、一つの星を指差した。
「迷った船を導いてくれるんだと。お前も覚えとくといい」
 うん、と小さく頷き、ティアンはレスターが北極星と呼ぶそのしるべ星を――目映い輝きを放つ一つ星を迷わぬように見上げる。
 それはまるで鼓動のように、ティアンの瞳に深く焼き付いた。

作者:小鳥遊彩羽 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年1月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 3
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