雪が降っていた。
しんしんと、雪が降ると人は言った。
しんしんという音なんてどこにも聞こえはしないけれども、その山の中に雪は降り続いていた。
雪の中には……一台の機械が打ち棄てられていた。
それは、さほど珍しくもない。家庭用の電動除雪機であった。
棄てられてから随分と日が経っているのだろう。年季を感じさせる有様の除雪機。……その、影から。
ひとつ。握りこぶし程の大きさの宝石のようなものが姿を現した。
それはコギトエルゴスム……。力尽きて宝石化したデウスエクスのようであったが、それに機械で出来た蜘蛛の足のようなものがついていたいわゆる小型ダモクレスであった。
それは音もたてずに雪の中と除雪機の上を歩き回る。
そして、何かの拍子にひょい、と、
その除雪機の中に入り込んだ。
がたがたがたっ。
動かないはずの機械が動き出す。
軽くエンジン音を響かせながら、除雪機は周囲の木々の周りを、何度か回った。カーブはいい感じに滑らかに曲がることができるようであった。
ならば……と、それは再び行動を開始する。
元の機械の本能に従い、雪を弾き飛ばしながら……、ひとの匂いのする方向へと、走っていった。
●
「諸君、スキーはできるかな?」
浅櫻・月子(朧月夜のヘリオライダー・en0036)の言葉に、萩原・雪継(まなつのゆき・en0037)はほんの少し、考え込んだ。
「教えていただければ……おそらくは何とかなると思いますが……」
絶対、とは言い切れないが、たぶん大丈夫だろう。という口ぶりに、そうか。と月子は満足げにうなずく。
「ならば、いいんだ。何せ今回の舞台は雪山だからな。スキーができるなら話が早い。無ければかんじき履いて歩いてもいいが……」
なんて、面白そうに月子は人差し指を立てた。
「と、話はそれていないがそれたかな。まずは事件の概要から行こう。……とある雪山に、不法投棄されていた家庭用除雪機があった。そいつがダモクレスになる事件が発生したんだ。幸いにも被害者は出ていないが、放置すればそいつがひとのいるところに向かい、事件を起こす可能性が高い。急ぎ現場に向かって、撃破してほしい」
「雪山……。なるほど、それでスキー。ですか。というと、相当、寒いですね」
雪継の言葉に、月子はその通り、とうなずく。
「まあ、スキーは必須ではないな。ただ、近くにスキー場があるし、現場に向かうにはスキーが楽かな、と思っただけで。普通に向かって普通に戦ってくれてもかまわない。……場所はそのスキー場からちょっと離れた山中だ。今のところ人通りがないが、酔狂なスキー客が好奇心でコース外の場所を滑ろうとして鉢合わせる可能性は少ないがあるから、さくっと行ってさくっと倒してきてほしい」
「なるほど……。それで、敵はどのような……?」
「んー。そうだな。そこまで強くはないが、雪玉を投げてきたり、あとは結構素早い動きで走り回って、体当たりを仕掛けてくる。結構動きが速そうだから、気を付けてくれ給え」
そのまま轢かれたら大変そうだぞ。なんて冗談めかして月子は言った。
「まあ、動きは面白いが諸君らの敵ではないさ。油断せずに、気を付けていればそれで充分」
「なるほど……。了解いたしました」
その言葉に、雪継は何やら考え込むようにして頷く。防寒をしっかりしないといけませんね、と、いうので。
「勿論、最低限は必要だな。ただ、ここ数日は雪が続いていたから雪質はいいが、ちょうど到着時には雪はやんでいる。昼間だし、場所も関西の北のほうでさほど標高も高くはないし、そんなに、極寒に行くような心構えでなくても大丈夫だろう」
もちろん雪山なんだから、最低限は必要だと、月子は一応もう一度念を押して、
「戦いが終わればきっともう夕方だろう。スキー場の麓に温泉旅館があるが、そこが一泊させてくれるらしいので、ゆっくりしていくといい。風邪をひかないように、ゆっくり温まるんだぞ」
いくらそこまで寒くはないといっても雪山なんだから、と笑う月子に、雪継も微笑んだ。
「ありがとうございます。では、体に気を付けて、行ってきますね」
雪継の言葉に、月子はそういうこと、と上機嫌で頷いた。
参加者 | |
---|---|
落内・眠堂(指切り・e01178) |
エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740) |
エリヤ・シャルトリュー(影は微睡む・e01913) |
ロストーク・ヴィスナー(庇翼・e02023) |
アトリ・セトリ(深碧の仄暗き棘・e21602) |
巽・清士朗(町長・e22683) |
霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973) |
ウリル・ウルヴェーラ(黒霧・e61399) |
暖冬にしては珍しく一日中降り続いた雪は、陽が昇るころにはやんで、まっさらな雪がきらきらと日の光を受けて輝いていた。
「壮観だね。これは滑り甲斐がありそうだ」
そんなまばゆい世界に、雪を切る音が響いていた。雪の上をすべる影が九つ。声を上げたのはスノーボードのアトリ・セトリ(深碧の仄暗き棘・e21602)だった。ウイングキャットのキヌサヤもしっかりついてきている。
「そうだね。……、と」
よっ。と言いながらロストーク・ヴィスナー(庇翼・e02023)がわずかに崩したバランスを整える。首元にいるボクスドラゴンのプラーミァが楽し気に鼻を鳴らした。彼が先頭で、隠された森の小路と共に進めば自然と枝たちが道を開けるようによけて行った。もっとも、動きようのない大木は自力でよけるしかないのだけれど。
「大丈夫? まあ、転んだら仲間のことは任せておいて」
「その時は、頼りにするよ。……スキーは一応できるけれど、慣れているのは山でなくて、平らな雪で、どちらかというとスケートのほうが得意なんだよな……」
アトリの言葉に礼を言いながらも、思わずぼやくロストーク。それを後ろから追いかける、エリヤ・シャルトリュー(影は微睡む・e01913)が花先までマフラーに埋めて、スキーを滑らせながら思わず感心したような声を上げた。
「ひゃー、真っ白だね。ローシャくんも転んだら、真っ白になっちゃう。風邪ひかないうちに、ダモクレスさんをお片付けしとこうね」
「……」
「あれ、にいさん?」
ふと首を傾げてエリヤが肩越しに振り返ると、エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)がゆっくり、ゆっくり、エリヤから少し離れているところを滑っていた。
「大丈夫だ、問題ない。すぐに追いつく」
視線を感じて、なんだかぎこちない口調でエリオットは手を振っていた。ついさっきまで「スキーか……ま、なんとかなるだろ」なんて言っていたエリオットであるが、どうやら何とかなるにはもう少し時間がかかりそうだ。大雪も、滑った経験もあまりなければ仕方ないだろう。むしろ、
「エリヤは……早いな?」
「んー。なんとなく?」
割とすいすい滑るエリヤを見つめるエリオット。その傍らをおかしそうに、落内・眠堂(指切り・e01178)が滑っていた。彼は今回、スノーボードだ。
「大丈夫か? まあ、そのうち慣れるんじゃねぇの。早いとこ片付けてあったかい風呂入りてえなあ」
励ますように言う眠堂。そうしたら同じく慎重に滑る萩原・雪継(まなつのゆき・en0037)に、
「落内さんは、こういうものは得意なんですか?」
「いや、まったく!」
問われた言葉に、びし、となぜかかっこつけて親指を立てる眠堂。
「でもなんか行ける気がする。こういうのはきっと慣れが大事だ、……たぶん!」
いけるいける。という彼の動きは多少ぎこちないが、なんか堂々としている。
「遠慮なく転んでくれても構わないぞ。その時は助けるし、そちらの方が上達も、早い」
巽・清士朗(町長・e22683)もフォローするように若干スピードを緩めながら言うので、
「巽さんも、得意なんですね。スキー」
「大学時代にウインタースポーツサークルの友人がいて、当時はそれなりに滑っていたからな――…と、見えて来たぞ」
雪継の言葉に清士朗は答えながら、ふと声を上げた。あそこだ。とストックで前方を指し示す。
「ああ、本当だ。油断せずに行こうか」
ウリル・ウルヴェーラ(黒霧・e61399)がそういって、若干表情を引き締める。とはいえほんの少し、いつもよりもその表情が上機嫌かもしれない。
それに気付いた清士朗がちらりと視線を向けると、ウリルもそれに気が付いて、
「休日以外でこうやって滑れるのが嬉しくてね。実際楽しいし。ダモクレスが待っているとはいえ、こういうことでもなければコース外の誰の跡もない新雪を滑れる機会なんてそうそうないだろう」
「なるほど、確かにこのような戦いも、心躍るというものだ」
なんて思わず笑いあうぐらいの余裕があった。
「……なかなか珍しい状況ですが、やれるだけやるとしますか」
その横をスキーボードで滑りながら、霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)がそんな声を上げる。そしてそのまま口を閉ざした。そうこうしている間に、敵はもうすぐそこまで迫ってきていた。
「うん……。このまま、突っ込むよ」
ロストークが声を上げて、アトリも敵を見据えて頷く。
「じゃ、敵さんとの雪山チェイスと洒落込もうか」
そんなアトリの声が聞こえたのか、除雪機もまたエンジン音を立てて彼らのほうへと体を回転させた。
「ああ……。速さ勝負ってのはちょっと面白いが、ひとつお手柔らかに頼もうか」
眠堂も面白そうにそんな声を上げる。それで、戦闘が始まった。
ぶべべべべ。と除雪機から雪玉が放たれる。
「させないよ!!」
負けじとアトリの体が宙を舞う。華麗にスノーボードを操り雪玉から仲間を守るように動きながら、鋼の鬼と化した拳を除雪機の体に叩きこんだ。キヌサヤも翼を羽ばたかせる。
「うん、あとが楽しみだし、早めに決着がつくといいねえ」
ロストークのほうは若干のんびりした口調で、愛用の槍斧で雪玉をたたき落とす。プラーミァも一緒にブレスを吐き出して、そのまま流れるように槍斧に刻まれたルーンを開放し、氷霧をまとうそれを一気に機械の体へと突き立てた。
「……張り切りすぎて雪崩を起こさないようにだけ気を付けておこうか」
「だ、大丈夫だよ。スキーで滑るのすっごく楽しいけれど、もちろんお仕事も忘れてないよ」
何気なく言ったロストークの言葉に、エリヤがひゃっ、と声を上げる。若干遠足気分の自覚はあったので、
「《我が邪眼》《目を閉じた蛇》《其等の翅で闇に閉ざせ》……」
素早くその眼の、蝶の姿をした魔術式を、黒いローブ織り込まれた無数の魔術回路の一部を使用し、自分の影の一部を異形蝶に変形させ、敵を取り囲むようにして動かしていく。
「滑りながらでもしっかり狙えるようにしないとね……っ」
「ああ。折角の楽しい雪の道だから、楽しく滑れるようにしたいものだ」
ざ、とウリルがスノーボードを旋回させて、うまいことそうこうする敵の前に回り込む。自分の楽しみと、慣れぬ仲間たちも楽しく……とまでは口には出さないけれど、
「動きを止めよう。もう逃がさない」
ウリルの言葉と共に黒き竜の闇黒と血の狂宴が敵の動きを封じ込める。
「今のうちだ」
「了解。これならしっかり狙えそうだぜ……我が御神の遣わせ給う徒よ。こなたの命に姿を示し、汝が猛々しき鼓吹を授け給え。急ぎ来れ――"颶風狂瀾"!」
それに眠堂が応えた。粉雪が舞い、花が散るように落ちていく。そのまま吹き荒れた嵐は敵をも押し込んで、その動きを留めた。
「っし、今だ!」
「はい!」
合わせるように、雪継も体制を若干崩しながらも敵の足元を切りつける。高速で走り回る敵の動きが徐々に鈍り、
「……」
和希もまた、無言で敵の熱を奪う凍結光線を発射した。感情を表に出すこともなく、冷静に放たれたその一撃は、ためらうことなく敵の姿を撃ち抜く。
「墜ちろ……ッ!」
そのままバスターライフル魔法光波を撃ち出すように動く和希。それと同時に清士朗は刀に手をかけた。梅枝と千鳥の銀象嵌細工が揺れる。それに敵の動きも反応するが……しかし、
「陰陽の 和合を知らぬ 仕手はただ 片おもひする 恋にぞありける」
その手は刀の鞘をすり抜けた。徒手のまま敵へと接近して手を伸ばす。その鋭い一撃で、一瞬、倒しきったように思われたが……、
「ダモクレスを追い出したら、供養してやるゆえ――しばし、辛抱せよ!」
おっと。と清士朗は即座にスキー板を跳ねさせて離脱する。鼻先を木々が通り過ぎる。
敵はぎゅるんと音を立てて体を旋回させた。一瞬でスピードを上昇させ、猛スピードで彼らのほうへと突っ込んでくる。ロストークがその突進を愛用の槍斧で何とか受け止めると、
「……っ、大丈夫か!? 大丈夫だな!?」
即座にエリオットが攻性植物を黄金の果実を宿す形態に変化させる。「心配しすぎ」なんて思わず笑うロストークをよそに、
「さあて、と……。次の行く先は決まってるんだから」
そういってキヌサヤに助けを貰いながらアトリは氷鱗の首飾りに触れた。
「唸れ、氷鱗纏う気高き龍の魂……冥き刃に載せて命脈の刻を絶つ」
紫黒色纏う氷のオーラを疑似的に再現させ、影の刃へと載せる。そうしてそれが敵の硬い体へと突き刺さり、 敵はついに、動きを止めたのであった。
「人も降魔も、機械とて御霊宿りて死ねば神――寿ぎ申し上げる。そなたは今、神と昇った」
二礼二拍一礼。清士朗が静かに一礼をするのであった。
●
その後。
「ルル」
「お帰りなさい、うりるさん! お怪我ない?」
ウリルは真っ先に麓、彼を待つ妻のもとへと。
「疲れたでしょう? ひと休みしたら、温泉に入ってゆっくりしましょう?」
「ああ。お待たせ。ルルこそずっとここに立っていたの? こんなに冷えてるよ」
ゴーグルを外し、ウリルは寒さで赤くなるリュシエンヌの頬に手で触れると、ウリルは微笑んでその手に懐く。
「これくらい平気なの。うりるさんに会えたから」
「そう……。それじゃあ、行こうか。温泉に入ってゆっくりしよう」
「うんっ」
嬉しそうなリュシエンヌの手を取って、二人して旅館へと歩き出した。
「うりるさん、聞こえる? お星さまが綺麗ね」
「ああ。ちゃんと聞こえているよ」
温泉は別々になる。隣からリュシエンヌの声がする。
「うん……綺麗だね」
お湯に浸かって空を見て。柵ごしの声にウリルは返答した。
「お顔見えなくて寂しいから、せめて同じ夜空を見ていたい。こんなの、子供っぽいのよね?」
「まさか」
リュシエンヌの言葉に、ウリルが思わず笑みをこぼす。顔は見えないけれども、声がとても優しかった。
お湯の流れる音がして、ぽつぽつ語り合う二人の声。目の前には互いにいないけれど、なにか繋がる温もりを感じる気がした。
●
「あー……。これこれー……」
先ほどの戦いとは打って変わって。アトリはごろんとマッサージチェアーに寝転がり温泉旅館を全力で堪能しているようであった。
「おお、やってるな」
そこに浴衣姿の眠堂が、ひょいと手を上げて声をかけた。アトリは薄目を開ける。
「そーそー。あなたもやってるのねー……」
普段はクールなアトリだが、どうやら何かにとりつかれてしまったようだ。若干だらけたような口調でアトリが言うので、眠堂も笑った。
「ああ。実は冬は嫌いではないけれど苦手だからな。疲れを癒やすためにゆっくりつかってきたところだぜ」
「そうだよね。身体冷えてたから温泉もさいこー。……ってことで、一緒に座っていかない? 萩原さんもね」
「おや。お二人ともなんだか楽しそうですね」
通りがかった雪継にも、ひらりとアトリが片手を上げると眠堂も、おっ。と声を上げる。
「よし、俺の奢りだ。雪継も、ほら」
おいでおいで、と手招きをするので、雪継も笑ってそちらへと足を向けた。
「ふふ。また犠牲者を増やしてしまったね……。そういえば二人とも、牛乳は飲んだ?」
「はは、勿論、温泉に来てあれを飲まなきゃ始まらない、だろう?」
「あ……。そういえば、飲んでませんねえ」
三人マッサージチェアーに転がれば、何の気なしにアトリが言って。大いに頷く眠堂と、忘れてた、みたいな声を出す雪継。
「じゃあ、一度試してみるといいよ。なんだったら自分が奢ろうか? 温泉上がりは牛乳をグイッと飲むって噂だし、美味しかったんだよ」
「そうですか。では試してみますね」
「ああ。あれは絶対試してみるべきだって……」
そういいながらも、眠堂の声が若干沈んでいく。
「いやぁ、極楽ってこういう事を言うんだね……」
アトリの言葉が妙に説得力を持って落ちるのであった。
そうして存分に極楽気分を味わったのち……、
「……なあ、どころで高級旅館に卓球台ってあると思う?」
ふと。眠堂が起き上がってそんなことを言った。
「お……。旅館に来たらあれであれするってやつだね。噂は聞いてるんだよ」
「やる気だな。じゃあ探しに行こうぜ」
アトリが面白そうに素振りを始める。相手になると彼女もまた席を立った。
●
「お仕事お疲れ様でした、清士朗さん」
「うむ、出迎えご苦労」
リリィに刀を預け、エルスも共に清士朗も宿へと入る。
一息つけば、食事の前にお風呂だろうか。なお、土産はホテルの高級アイスがいいと某所からのお達しがあったので、それも後々探さなければいけないが。
「清士朗様……。どう、かな?」
部屋付きの露天風呂そこに清士朗とエルス、リリィでタオル装備で浸かって、エルスが清士朗にお酌をする。
「おっと、これは有難い。リリィもおいで」
「ええ。お邪魔するわね」
清士朗の言葉に柔らかく微笑んで、リリィはエルスと反対側の清士朗の隣へと腰を下ろす。顔を上げると満天の星空が目に入った。
「海の幸も沢山出るといいわね……カニとか。牡蠣とか。それとも……」
星空を見上げて、目を細めながらリリィはそんなことを本気で言っていたので、清士朗は思わず笑い。
「天に星月、地に雪花、まこと素晴らしき夜だ……ふふ、まさに両手に花」
そんなことを言う。エルスは神妙な顔をして、小さく頷いて。お湯を両手で掬う。そしてそれに視線を落とした。
(まさかこんな感じで、友達、恋人……家族を手に入れたとは思わなかった。この幸せ、絶対守ってみせるの)
決意新たにする顔をのぞき込んで、リリィはそっと微笑む。このひとときをしっとりと過ごしましょう。口には出さず空を見上げた。口に出すのは夕飯のことぐらいで、自分にはちょうどいいだろう。
「こういう場所だ。山菜も出るだろう。なに、楽しみだな……」
リリィの心に清士朗は頷いた。
それは確かに、彼らが守った温もりの証なのだ……。
●
和希もまたオウガメタルのイクスと共に部屋の露天風呂へと浸かる。
あまり騒がしいのが得意ではないことと、オウガメタルと一緒に温泉に入ることへの配慮もあった。
冷たい戦いの後の温泉は隅々まで染み渡るようで、和希はぐっと体を伸ばす。
「夕食は、何が出るのでしょうね。楽しみです」
なんとなく口に出して和希は一つ息をつく。これで結構、楽しみにしているのだ。
風呂から上がって一息ついていると、食事の時間となる。部屋に運んでくれるというので、姿勢を正して待つことにした。
「……!」
次々と運ばれてくる、旅館ならではのごちそうに目を奪われるのも、正直仕方がないことだろう。
旅館の例にもれず、量はかなり多そうだったが……、
「いただきます」
心配はない。これで結構、食べるのだ。
すぐに箸に手を伸ばす和希。あっという間に料理に夢中になり、食べきってしまうことだろう……。
●
そして、夜。
食事も終わればだいたいの人がそろそろ寝始めるような時刻。
「んー。うー……」
エリヤが舟をこぎ始めていた。ご飯もお風呂も楽しんで、布団を敷くのも手伝って。そうしたら何だかうとうとしてきて。
「いっぱい食べたねえ」
ロストークが微笑んで。同じように布団に座る。さてあとは寝るだけだというのに、
「やー、晩ご飯美味しかったなぁ」
とか言いながら布団に飛び込んだエリオットが、
「お。和菓子がある」
なんて言い出したものだから。
「にいさん。おかしー」
「おっと。食べたらちゃんと歯磨きするか?」
「するー」
「だったら、僕のも食べるかい? ほら」
「んー」
「あ、俺のもやるよ」
「んー」
嬉しい嬉しい。とお菓子手をもぐもぐするエリヤに、ロストークとエリオットも顔を見合わせて思わず笑うのであった。
「ほら、エリヤ。歯、磨けって」
「はー……い」
「エーリャ。僕と一緒に行こう。……リョーシャも、磨くんだよ」
「ばれたか」
ロストークに促されてエリヤが立ち上がり、冗談めかしてエリオットも立ち上がる。
「ほら、歯磨きしたら寝ろよー」
「はーい……」
エリヤの背中を優しくたたいて、歯磨きののちエリオットはエリヤを布団の中へと誘導する。
「ほら、エーリャ」
きゅっと一緒にロストークの布団に潜り込むプラーミァに目元を和らげながらも、自分も横になったロストークが軽くエリヤの背中を布団越しにぽんぽんしていた。
「電気消すぞー」
「ん、頼んだよ」
なんだかんだで楽しいおしゃべりをしている間に、もうすっかり時計の針は日付をまたいでいた。電気を消してロストークとエリオットも布団に潜り込む。
「ぁー。それにしても今日は慣れない運動で疲れたな」
「楽しかったけれどね。いつもと違うリョーシャを見られたし」
「な。いつもと違うってどう違うっていうんだよ」
ロストークの言葉に反論するエリオットは何処か楽し気で、二人して布団の中、あれこれと会話をする。
大半はしょうもない話であったが、
「噂に聞く修学旅行の夜ってこんな感じなのかな」
「かもな。ああ、でも枕投げを……」
「むー。にいさん達はいつ寝るのー?」
してない、とエリオットが言いかけたとき、
なんだか羨ましそうなエリヤの声がした。
「……すー」
「寝言か」
「寝言だね」
滲むように楽し気な笑い声が、いつまでも小さく聞こえていた……。
作者:ふじもりみきや |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年1月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 2
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