求む! 洋装のフォーマルな着こなし術

作者:質種剰

●和装一番
 愛知県郊外、ひと気のない空き地にて。
「成人式は和服を着るべきであるっ!」
 翼の生えた腕を振り上げたビルシャナが、これも翼同様に異形の嘴から泡を飛ばして、何やら必死に捲し立てていた。
「そもそも成人とは昔でいう元服であり、すなわち子どもだった人間が初めて世間の荒波へ単身漕ぎ出す節目である! そして成人式はその子どもの成長を祝う儀式!!」
 よく見ると、このビルシャナはふさふさした翼を着物の袖へ押し込め、やたらともこもこした振り袖を振り回す勢いで演説している。
「謂わば、新成人当人にとっては、武士の出陣式にも等しい!!」
 そして、ビルシャナの長広舌を聞いている観衆も、人数こそ多くはないものの、全員華やかな振り袖や羽織袴に身を包んで正装していた。
「かつて我々の祖たる武士たちが鮮やかな鎧兜を誂え、出陣式でも大口袴や水干、籠手などを嵌めて打ち鮑や勝ち栗を食べたように、現代の成人式も厳かなものでなくてはならぬ!」
 ビルシャナの論理はかなり無理やりなこじつけのようだが、観衆はしかつめらしい顔でうんうんと頷いている。
「武士の出陣式か」
「良い事を言うわね」
 ビルシャナはビルシャナで、自ら洗脳した信者に囲まれてご満悦なのか、ますます勢いづいて喚き散らした。
「なればこそ、我々日本人は成人式で和装するべきなのである! これから世間へ出ていく新成人は皆、現代の武士なのだから!!」
「おぉ~っ!!」
 日本伝統の着物を大切に思う気持ちだけならまだわからなくもないが、他人の服装にまで口出しするような過激な教義は、打ち捨てておけないだろう。

●必殺コーデ
「成人式に着ていく服装か……確かに和装か洋装か、悩ましいわね」
 氷霄・かぐら(地球人の鎧装騎兵・e05716)が、困惑した様子で首を傾げる。
「成人式は和服でなければいけないという凝り固まった教義を説くビルシャナが見つかったでありますよ」
 小檻・かけら(麺ヘリオライダー・en0031)も、苦笑いして説明を始めた。
「かぐら殿が調査なさった結果、愛知県郊外の空き地でビルシャナが演説していると判明したのであります」
 かのビルシャナ大菩薩が絶命する際に零れ出た光の影響で、日本各地にビルシャナが増えている。
 この度現れた『和服新成人至上主義ビルシャナ』も、大菩薩の光を知らぬ内に浴びて、後天的にビルシャナへと覚醒した元人間だ。
「皆さんには、このビルシャナや取り巻きの信者達と戦って、ビルシャナを討ち倒して欲しいのであります」
 ビルシャナは、結婚式などでドレスを着る花嫁が爆発的に増えた現状を勝手に憂いて、和服の必要性やありがたみをまずは新成人へ布教する事で、全ての人間が日常的に和服を着るような世の中を作ろうと目論んでいるらしい。
「ビルシャナの教義の偏狭さもさることながら、彼女は一般人を配下へと変えてしまうので、大変恐ろしいのであります。そのような事態にならないよう、どうか討伐をお願いします」
 ぺこりと頭を下げるかけら。
 事実、ビルシャナ化している人間の言葉には強い説得力があり、放っておくと一般人女性が配下になってしまう。
「ですが、ビルシャナ化した人間の主張を覆すようなインパクトのある主張を行えば、周囲の方々が配下になることを防げるのであります!」
 和服新成人至上主義ビルシャナの配下となった者達は、彼女が倒されるまでの間、彼女の味方をしてこちらへ襲いかかってくる為、戦闘は避けられない。
 だが、和服新成人至上主義ビルシャナさえ倒せば元の一般人に戻るので、救出は可能である。
「万一、一般人の配下と戦うことになった場合は、ビルシャナを先に倒すのが先決であります。一般人がケルベロスの皆さんに倒されてしまうと、そのまま命を落としてしまうのであります……」
 かけらはそう付け加えた。
「和服新成人至上主義ビルシャナは、敏捷性が活きた謎の経文を唱えて、遠くの相手1人に催眠効果を狙ってきたり、八寒氷輪を遠投して複数人を氷漬けにしてくるでありますよ」
 ビルシャナのポジションはジャマー。簪や扇子を投げつけてくる配下10人も同様である。
「教義を聞いている一般の方々はビルシャナの影響を強く受けているので、理屈だけでは説得することは出来ませんでしょう。やはり何かインパクトのある演出をお考えになるのが宜しいかと」
 今回ならば、『洋装で成人式へ出るメリット』を語って対抗するのが良いだろう。
「いかがでしょう。日頃からファッションに拘りのある方は『堅苦しくなり過ぎず羽目も外し過ぎない華やかな主役級フォーマルコーデ』をご披露なさっては。きっとかなりの威力が見込めましょう」
 そう断じるかけら。
「新成人にとっての成人式って、フォーマルな式の中では一番自由なのでありますよ。例えば結婚式のように主役の花嫁さんへ遠慮することなく好きな服を着られるのであります。子どもさんの入学式のように、お祝いらしい明るい色味を求められることもなく、シックな色味で揃えるのも自由でありましょう。成人式は何といってもご自分が主役、存分にお洒落なさる絶好のチャンスであります。そんなメリットも伝わるような洋装コーデ、期待してるでありますよ!」
 何より一般人信者らが和服新成人至上主義ビルシャナの教義を完全に捨てられるように、強い意志で対抗案を推すのが肝心だ。
「また、和服で長時間過ごすのって慣れていないと帯が苦しかったり色んなデメリットがあるものです。そういう欠点もビルシャナや信者の方々へようくわからせて差し上げてくださいましね」
 かけらはそう言って説明を締め括ってから、
「既に完全なビルシャナと化した当人は救えませんが、これ以上一般人へ被害を拡大させないためにも、和服新成人至上主義ビルシャナの討伐、宜しくお願いします」
 皆を彼女なりに激励、深々とお辞儀した。


参加者
日柳・蒼眞(うにうにマスター・e00793)
皇・絶華(影月・e04491)
氷霄・かぐら(地球人の鎧装騎兵・e05716)
エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)
栗山・理弥(見た目は子供気分は大人・e35298)
月白・鈴菜(月見草・e37082)
 

■リプレイ


 空き地。
 和服新成人至上主義ビルシャナと信者連中がたむろしている所へ、ケルベロスたちは降り立った。
「成程。確かに成人とは元服、合戦に挑む服装の必要もあろう」
 皇・絶華(影月・e04491)は、和装で居並ぶ信者たちを前に、口だけでビルシャナの教義を肯定してみせた。
(「本音を言えばビルシャナの言葉は正しい」)
 その実、内心でも和服主義へ賛同していたようだ。
「でしょ! よくわかってるじゃない」
 すわ新たな同志の出現か、と信者らが色めき立つ。
「では問いたい。お前達にとっての現代の合戦とは何だ?」
 けれども、いかに日頃からマイペースな絶華とはいえ信者たちを調子へ乗らせるのはマズいと解っているので、すぐさま質問責めに切り替えた。
「そりゃ社会に出て働くことじゃないの」
「内勤でも外回りでもどんな職種だって耐えなきゃいけない辛い事があるもの」
 ぽんぽんと深く考えずに脊髄反射の如く答える信者たち。
「働き社会に貢献するか、なるほど確かにこの世には多くの生き方があるだろう」
 絶華は大仰にうんうん頷いてから、
「ならば……今も尚、社会の中で戦い続ける為の侍たちの武装であり衣装はなんだ?」
 さらにズバッと切り込んだ。
「和服か? 甲冑か? 否否否、現代社会の戦いは殺し合いでも斬り合いでもない」
 立て板に水の如く捲したてる絶華が何を言いたいのか察して、信者らの目が泳ぐ。
「それは交渉であり、社会を正しく運営する事であり経済である。その者達の戦の為の召し物はなんだ」
「……スーツって言いたいの?」
「そう! スーツだ!!」
 声高らかに断言する絶華。
 彼自身、この日は清潔感のある紺のビジネススーツに無地のネクタイを締めている。
(「忍者たる者やはりスーツも着こなさねばならないと聞いた事があるのでな」)
 現代に生きる忍者たるもの、社会に溶け込む技能も必須という事か。
「お前達は社会! 企業という戦場に挑む戦士達だ! ならばまず洋服を着こなして見せろ!」
 ビシっと言い放つ絶華へ、信者たちは咄嗟に言い返せない。
「それもそうね。着物で営業回りとかきっと地獄だわ」
「事務だって無理よ。椅子に座りっぱなしとかスーツだからこそできるのね」
 これから初めて社会に出ていく自分たちの認識の甘さを、つくづく思い知らされたようだ。
 続いて。
(「俺も来年成人式なんだよな……」)
 複雑そうな表情を浮かべるのは栗山・理弥(見た目は子供気分は大人・e35298)。
 ドワーフゆえ10代前半の少年にしか見えないが、本人の主張通り現役大学生である。
「俺、こう見えても来年成人式なんだ」
 理弥は童顔のコンプレックスに気後れしないよう、胸を張って信者たちへ言い募る。
 チャコールグレーのスーツと白シャツへ合わせた、ワインレッドのネクタイに同色のポケットチーフ、細身のネイビーのコートがよく似合っていた。
「えええええっ!?」
 ——ネイビーのコートとワインレッドのネクタイが似合いすぎていて、制服を着た中学生男子としか見えずに、信者たちが驚愕する。
(「……俺、この見た目だとなに着てもおめかしした子どもにしか見えねえ気がする……」)
 予想外に驚かれて、がっくりと肩を落とす理弥。
 それでもネイビーとぎりぎりまで迷ったスーツの色は『茶髪にはグレーが似合う』という情報を信じて、前髪の灰色メッシュと合わせる形でグレーをチョイスしたのだが、あながち間違いではなかった。
「と、ともかく! こんな俺が袴履いても正直七五三感が……」
「確かに……」
 素直に頷く信者たち。
「……じゃなくて! スーツの方がまだ大人っぽいだろ?」
 理弥は思わず膨れっ面になりながらも、根気強く説得する。
「それに、スーツなら社会人になってからも着られる! 着物はどうしても、着れる機会が限られるんだよ。普段着着物にするとか言ってるけどさー……ビジネスの場だとやっぱスーツが戦闘服だろ」
 これももっともな話である。現代の多くの社屋が大抵洋装のスーツに対応した造りとなっている事からも、ビジネスの世界では自ずとスーツ着用を義務づけられているのが伺える。
「それは……」
 やはり社会人はスーツ着用を義務づけられるのか、と信者たちが項垂れる。
「あとさ、女は成人式の振袖の勧誘すごいよな……俺には5人の姉がいるけど、20歳近づくと来るわ来るわDMの山!」
「そうそう! あれ楽しみよね!!」
 DMの話題になって思わず瞳を輝かせるも、
「いや、個人情報とか心配になるし、姉貴達もうざそうにしてたよ……」
「そ、そうなの……」
「言われてみれば、何で今年成人式って知ってるのかしら……」
 理弥に不可解な謎を指摘されて、ますます落胆する信者たちだ。
「結局めんどくさがって姉貴は誰も振袖着なかったなー……あんまりゴリ推しされても着る気なくすんじゃね?」
「5人もお姉さんがいて、誰ひとり着物着てないの!?」
 信者たちにはその事実も割とショックだったらしく、
「そんなに着物って前世紀の遺物扱いされてるのかしら」
「振り袖のDMが迷惑がられて逆効果だなんて、呉服屋に抗議してやりたい……!」
 と、どんどん落ち込んでいった。
 ちなみに、理弥の姉5人が成人式で振袖を着なかったのは事実だが、その理由は『男の子が成人するなんて何にもめでたくない! やる気出ない!』というショタコン丸出しの嘆きゆえだったとか。
(「都合よく解釈してくれてるし黙っておこう……」)
 理弥は貝のように口を噤もうと決めたが、自然とこぼれる溜め息はどうしようもなかった。


「フォーマルな格好は滅多にしないから緊張するわね……」
 ローレライ・ウィッシュスター(白羊の盾・e00352)は、一見するとシンプルなロングドレスに厚手のストールを羽織っていた。
 すらっとした褐色の肌を包む藍色のドレスは、縁こそレースやフリルで飾ってはいるものの、生地と同じ糸で雲海の刺繍が施された和柄の布地である。
 生成りのストールを胸元で留めたサファイヤのピンは、夜空に浮かぶ月と星を思わせる彩りだ。
「やだ可愛い、改造着物?」
「晴れ着っぽくはないけど、ああいう落ち着いた柄も良いわね」
 ストールが半衿に見えなくもない為か、信者たちは和柄ドレスを和服そのものと誤解してざわめいている。ローレライの目論見通りといえよう。
「和服って動きにくくない? あと着付けにも朝早く起きなきゃいけなくて、時間がかかるのよ!」
 と、懸命に和服のデメリットを語るローレライ。
「着物は簡単にクリーニングにも出せないのよ。こんなふうに和柄のドレスっていうのもあるし、ドレスの方が式の最中も行き帰りも、着物よりずっと楽よ」
 信者たちは簡潔ながらも鋭い指摘に動揺してか、
「丸洗いできる着物もあるけど、それだとどうしても見た目が安っぽいしねぇ」
「そうよね。着物だとどうしても車を呼ばないと」
 ひそひそと不安そうにさざめきあっている。
 一方。
 月白・鈴菜(月見草・e37082)は、いつも通りに日柳・蒼眞(うにうにマスター・e00793)を石英より蹴落としてから、自分は悠々と降下してきた。
「……和服は……親が子どもの門出を祝って買うにしても、高額の買い物よ……」
 そう信者たちへ言い放つ鈴菜自身は絢爛豪華なチャイナドレスに身を包んでいたが、確かに振り袖と比べれば幾分気軽な買い物だろう。
「……それに……金額の違いが分かり易いものでもあるわ……衣擦れの音とか色々とね……」
 実際、同じ絹織物の中でも繻子、綸子、金襴、緞子、紬と様々な種類がある。
 しかも、昨今ではウールやらポリエステルやら化繊素材の生地も増えて、家で洗濯できる手軽さと引き換えに、高級な絹織物との格差は広がるばかり——と思いきや、毛織物の中でもカシミヤやアンゴラの混紡となればやはり値段は跳ね上がり、一体どれが高級品なのか生半可な知識では判別できなくなっていた。
「私の振り袖、母のお下がりだけど幾らしたのかしら」
「どうしよう。これB反市で買ったってバレたら!」
 信者たちは互いの振り袖へ鋭い視線を走らせては、すっかり疑心暗鬼に陥っている。
「……もし周囲と比べてみて……経済力の差が露骨に表れてしまっていたなら……着ていて楽しいと思えるかしら……?」
 鈴菜の容赦ない詰問へ、力なく首を横に振る信者たち。
「……和服は立ち振る舞いがしっかりしていないと見苦しくなるし……粗相をしてしまう事も多いわ……」
 長時間の正座に慣れていなくて足が痺れたり、上手く歩けなくて裾がみっともなく捲れたり、階段の昇り降りにも一苦労する——というのはよく聞く話で、どれも予めの訓練が必要である。
「……普段から着慣れているなら兎も角……成人式にだけ着ても、嫌な思い出が残るだけにならないかしら……?」
「やだっ、簪が傾いてる!」
「言われてみればさっきから帯がキツくて」
 痛いところを指摘されて焦った信者たちは、微妙に着崩れた振り袖を直そうと必死だ。
「……それと……成人式は武士の出陣式のようなものだから正装しろ、というのはまだ分かるけど……今は外国出身の方も珍しくないし……彼らにとっての伝統的な正装は和服ではないのに……」
 ……どうしてみんなで和服を着なければいけないのかしら……?
 鈴菜は慌てて身繕いする信者たちを冷めた眼で見やると、
「……新成人はみんな現代の武士なら……女の人も武士になるの……? 先祖は武士じゃなくて農民や町人だった方のほうがずっと多いと思うのだけど……」
 心底不思議そうに首を傾げた。
 他方。
「……成人式は和装であるべき……それなら裸に褌一丁で参加すれば良いのか?」
 蒼眞は何食わぬ顔で起き上がると、自ら書いた台本の通りに粗方喋り終えた鈴菜から説得を引き継ぐ。
「洋装和装だとかの前にまず自身の言動に問題はないか、その場に即した格好なのかというTPOを弁えるべきだと思うぞ……」
「やだ、この寒いのに褌だなんて」
「滝に打たれる荒行じゃあるまいし」
 顔を顰める信者たち。
「そもそも成人式は大人になった自覚を促す意味もある……大人なら何を着るかは周囲の反応を含めて自己責任で決めて良いだろうし、他人が指図するものでもないだろうさ」
「そりゃそうかもしれないけど……」
 蒼眞の紛う事なき正論に押され気味である。
「わざわざ成人式の為だけに和装を用意するよりは、スーツにした方が後々まで使えるんじゃないか? 冠婚葬祭どんな状況でも無難に着られるし、持っていて損は無い」
 そう助言する蒼眞自身、パリッとしたリクルートスーツに身を包んでいる。
「それに、成人式に参加する年齢で大学生だとすれば、ぼちぼち就職活動を考える時期だろう」
「…………」
 無言で信者たちが顔を見合わせる。
 その視線は、既に就職の決まった裏切り者がいないか見定めるように鋭い。
「就職活動にスーツは必須アイテムなんだし、嫌でも用意する必要がある。予め着慣れておくという意味でも、成人式にスーツで参加するのは悪くないと思うぞ」
「う、ウチは自営業だし」
「あー狡い!」
「そうだ、呉服屋や茶店に就職すれば良いんじゃない?」
 もしかすると、成人式を楽しみにする事で就職活動から目を背けていたのだろう。
「ここに居る全員が就職できるほど、呉服屋の募集があると思う?」
「…………」
 信者たちは衿元を掴む勢いで侃侃諤諤と言い争い、やたらと険悪な雰囲気になっていく。
「…………」
 蒼眞は説得の手応えを充分感じられた事もあって、落とされる前の機内で小檻相手に楽しんでいた悪代官ごっこを思い返している。
「……蒼眞」
「ん?」
 そして、小檻の帯くるくるへ熱中する蒼眞を当然気に入らなくて蹴落とした鈴菜は、今も自分のチャイナドレスへ何かしら感想が欲しくて、懸命にアピールするのだった。


(「特別な日じゃないと着れない振袖も悪くないと思うし、私も成人式の時には振袖着たけど……それは言わないお約束……」)
 エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)は、ファンデの入ったコンパクトを開いて、髪型やメイクの乗りを確かめながら、説得におけるNG項目も再確認していた。
(「あと、体型維持の努力とかも必要ない体質だけど、これも言っちゃダメ……たぶんこわいことになる……」)
 どことなくエヴァリーナの顔色が蒼白に見えるのは気のせいか。
 ともあれ、この日のエヴァリーナは、チュールレースのスカートがハイウエストからふんわり広がるフェミニンなピンクベージュのドレスに、ピンクパールのアクセサリー、ヒール7cmのパーティーパンプスを合わせていた。
 絹のような銀髪はヘアアクセサリーで多少アレンジはしたものの、きっちり結わずにさらりと流している。
「装束と立ち姿を美しく見せる為に胸を潰したり詰め物をして体型を筒状にするのが和装だけど、洋装は逆に自分の体型を活かして美しく見せるんだよ」
 自分の体型を活かして——エヴァリーナがその豊かな胸を誇示するかの如く張ってみせれば、信者たちはその見事な量感に圧倒されて、
「……どうせ私らは活かせる体型すら無いし」
 と負け惜しみをほざくしかできない。
 元々フェミニン&ガーリー系統なブランドの専属モデルをしている事もあり、そう説明するエヴァリーナは立ち姿からして決まっていた。
「成人式はある意味、御披露目の日。最高にキレイな自分を見せるのにうってつけなんじゃないかな」
 何せピンクベージュのドレスもエヴァリーナがモデルをしているブランドの新作であり、それへ合わせたジュエリーもブランドの提携先——同じ系列のコラボ商品だから、ドレスの一揃いはエヴァリーナへ誂えたようによく似合っている。
「それに和装……特に振袖は着付けに人手と知識が必要だから、専門家さんにお願いしなきゃいけないよね」
「あっ……」
 ただでさえ大仰な振り袖の着付けを1人でこなすなど到底無理と気づいて、戸惑う信者たち。
「成人式には和装一択ってしちゃうと、業者さんに何かトラブルがあった時、大変な事になっちゃうよ」
 さらに追い討ちをかけるエヴァリーナ。万が一、折角レンタルを頼んだ晴れ着が当日になって届かないともなれば、もはや目も当てられまい。
「選択の幅は広く持っておくのがいいんじゃないかなぁ」
 そう優しく諭すエヴァリーナを前にして、
「どうしよう……私のレンタルした晴れ着、届かなかったら」
「着付け、今から予約して間に合うかしら……」
 信者たちの顔色は蒼白を通り越して土気色になっていた。
 それだけ、エヴァリーナのいう『業者さんに何かトラブル』の精神的ダメージが相当大きかったのだろう。頷ける話である。
 さて。
「正直、着物を着るチャンスなんて成人式と卒業式くらいかしら?」
 エヴァリーナと同様にコンパクトを開いてせっせとメイク直しをしているのは、氷霄・かぐら(地球人の鎧装騎兵・e05716)。
「それだけ機会が少ないから記念に着たいって思いは、確かにあるわね」
 と、到底信者たちへ聞かせられない本音は鏡の前で飲み込むと、
(「実を言うと、わたしも前撮りの写真振袖だったし……」)
 かぐらは普段と変わらぬ穏やかな笑みを浮かべ、パステルカラーのシンプルなワンピースにボレロといった装いで信者たちの前へ進み出た。
 ビジューが華やかなネックレスにイヤリング、黒髪へ映える髪留めは全て同じブランドで統一感を放っている。
「みんな式の後の予定はどうなっているのかしら?」
 にこやかに問いかけるかぐら。
「同窓会や食事会? それともどこかにお出かけしたり?」
「そりゃ、食事会とか。テーマパークに行ったりとか」
 もはやここまでで何度も心を折られている信者たちは、答えるのもしどろもどろだ。
「どう動くにしても洋服の方が楽よね。汚さないようにずっと注意してないといけないとか、お手洗いに行って着崩れちゃうとか、お腹いっぱい食べて苦しいなんてこともないし」
 かぐらが噛み砕いて説明すれば、ああ、と納得したふうな嘆息があちこちから上がる。
「アクセサリを変えればカジュアルな場所に行っても浮かないから、時間を潰すのも楽よ」
 これも見落としやすいが洋装の利点だろう。スーツならばどこを歩いていても浮かずに風景へ溶け込めるし、スカーフやバッグなど小物の使い方次第で幾らでもカジュアルな雰囲気にできる。
「あと、髪型も自由が利くのがいいわよね。着物だと髪が長い人はアップにするしかないんじゃない?」
「確かに、高い晴れ着だから髪を下ろすのは躊躇われて」
「衿も帯も極力汚したくないしね……」
 力なく頷く信者たち。
 そして。
「私、やっぱり成人式はアクセをつけられるドレスにしよう」
「私は動き易いスーツにしたい」
「私も就活に使えるスーツにする」
「着付けの為に早起きしたくないし予約も面倒」
 ケルベロスたちの説得の甲斐あって、信者たちは全員正気に戻った。
 一応スーツを着ていたガイバーン・テンペスト(洒脱・en0014)が、彼らを追い立てるように避難させる。
「ぐぐぐ、よくもぬけぬけと鞍替えなど。恥知らずの裏切り者どもめが」
 往生際悪く喚き散らすビルシャナだが、もはや1人も味方を持たぬ奴など敵ではない。
 それ故、ケルベロスたちは何憚る事なくビルシャナへ集中攻撃を見舞って、引導を渡したのだった。

作者:質種剰 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年1月21日
難度:普通
参加:7人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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