黒妖犬、吼ゆる

作者:秋月きり

 その日、街は人で賑わっていた。
 一月最初の週末は、暦の関係もあり、多くの人々にとっては連休最終日であった。
 斯くして、駅前通りは人々の集う場所となり、そしてそれは即ち――。

「ぐっへっへっへ。人間共が集まってやがる」
 ビルの屋上から街を見下ろす男が一人いた。
 否、人と呼んで良いものか。3mを超える巨躯に纏う星霊甲冑が、男をデウスエクス――エインヘリアルである事を示していた。
「こいつらに憎悪と拒絶を抱かせれば免罪か。けけっ。上も甘いことを言ってくれるもんだ」
 舌舐めずりと共に、自身に下された指示を想起する。それが甘言どころか、虚言である事を彼は見抜くことが出来なかったのだ。
 そして男は地面を蹴る。目指すは駅前広場。人々が集い、賑わう場所だ。
「ひゃっはー。貴様らのグラビティ・チェイン、頂くぜっ!」
 コンクリートを踏み砕く破砕音と共に、男の狂声が響き渡った。

「エインヘリアルによる惨殺事件が予知されたわ」
 ヘリポートに集ったケルベロス達を迎えたのは、リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)による予知の言葉だった。
「場所は九州にある地方都市。休日の駅前に集まった人々を、罪人エインヘリアルが襲撃するようね」
 罪人エインヘリアルの性質は様々だが、過去にアスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者である事は全てに共通している。放置すれば多くの人々の命が無残に奪われるばかりか、人々に恐怖と憎悪をもたらし、地球で活動するエインヘリアルの定命化を遅らせる事も考えられるだろう。
「エインヘリアル――黒妖犬の通り名を持つ男は、人々に憎悪と拒絶を抱かせれば無罪放免を約束されているようね」
 多分、守る気も無い約束なんでしょうけど、と告げるリーシャの表情は、何処か嫌悪に染まっていた。即ち、男との約束を果たさない可能性――ケルベロスに倒される可能性も織り込み済み、と言う事だ。
「それでも、虐殺を行おうとしているエインヘリアルを放置することは出来ないわ。みんな、お願い」
 それを止めてきてくれと、リーシャは告げる。
「まず、エインヘリアルの得物だけど、爪とナイフね」
 力よりも速度に勝るタイプの様だ。戦場を駆け巡り、右手の爪、そして左手のナイフで敵の急所を切り裂く戦闘方法は、並のエインヘリアルとは一線を画していると言っても良い。
「……なるほど。確かに、並のエインヘリアルとは思えないな」
 興味深げに頷いたのは集ったケルベロスの一人、エメラルド・アルカディア(雷鳴の戦士・e24441)であった。
 速度に任せて斬りかかるそれは、まさしく彼女が懸念していた『忍者』そのものではないか。
「みんなが到着するのは、エインヘリアルの出現、彼がビルの屋上から地面に降り立ったその瞬間になるわ。事前に避難誘導は出来ないから、そこからの対応になるの」
 その為、現場に向うケルベロスの役割は二つだ。エインヘリアルを抑えに掛かる班、そして、避難誘導を行う班だ。
 人々はケルベロスの名を出せば素直に従う為、現場に向かったケルベロスの内、半数が避難誘導を行えば、5分程度で避難誘導は完了する物と見られている。もっとも、パニックに陥らせない方法は思案する必要があるだろうが。
「当然、避難誘導に掛ける人手が多ければその時間は短縮出来るでしょう。対して、エインヘリアルを抑える人員を多くすれば、戦闘は楽になるわ」
 しかしながら、流れ弾で怪我をする人が出てくるかも知れない。逆にエインヘリアルに向かう人員が減れば、その分、苦戦は必至となるだろう。
「リーシャ殿の言う通り五分五分で分けるか、それとも敢えて偏らせるか、と言う事か」
 悩ましいな、とエメラルドは独白する。
「あと、エインヘリアルは説得とか耳を貸さないし、戦闘で不利な状況になっても投降とか撤退とかは選ばない。だから、彼を止めるには倒すしか無いわ」
 アスガルド側から見れば使い捨ての駒。そしてエインヘリアル自身は甘言に騙され切っている。もはや、敵を倒す以外の選択肢はないのであった。
「ともあれ、みんななら無事、このエインヘリアルを倒してくれるって信じている。だから……頑張って」
 そしていつもの言葉でリーシャは皆を送り出すのであった。
「それじゃ、いってらっしゃい!」


参加者
四辻・樒(黒の背反・e03880)
月篠・灯音(緋ノ宵・e04557)
ロウガ・ジェラフィード(金色の戦天使・e04854)
ランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)
エメラルド・アルカディア(雷鳴の戦士・e24441)
小柳・玲央(剣扇・e26293)
嵯峨野・槐(目隠し鬼・e84290)
アルケイア・ナトラ(セントールのワイルドブリンガー・e85437)

■リプレイ

●影、迫る
 その日は朗らかな晴天だった。
 気候は1月にしては暖かく、しかし、小春日には程遠い寒空の下を、それでも人々は思い思いに過ごしていた。
 長期休み最後の日を惜しむように楽しむ者もいれば、まだまだ冬休みは終わらないと仲間と過ごす者もいた。
 そんな平和な時間は、しかし、一瞬の内に砕かれる事となる。
「ひゃっはー。貴様らのグラビティ・チェイン、頂くぜっ!」
 響く狂声は、アスファルトが砕ける音と共に紡がれていた。
「で、デウスエクス……」
 驚愕に目を見開く群衆の一人が、呻くように呟く。
 100メートルは超えるビルの屋上から飛び降りてきたそれが、只の人であるわけはない。まして、それが3メートルを超える巨体の人型をした『何か』であれば、尚更であった。
「おおっと。流石に俺達の事は知っているようだな。じゃあ……くたばれ、餌共が!」
 そしてエインヘリアルは拳に嵌めた爪を振るう。彼の膂力に掛かれば、無骨な鉄の爪と言えど、重機さながらの破壊力を有していた。
 だが、男の予想した血の雨が降る事は無かった。
 腕を止めたのは、小柄な細腕から伸びるうちわ――嵯峨野・槐(目隠し鬼・e84290)の突き出した得物であった。
「黒妖犬よ、せっかくの力もそれを適切に運用する知恵がなければ無駄死にするだけよ。……哀れなものだ」
「ケルベロスか!」
 3メートルを超える大男の一撃を、半分程度の背丈の少女が受け止める。そんな冗談のような光景を為せる者など、他にはいないだろう。
 少女が憐憫を紡ぐ背後で、広がる7つの影があった。
「行くぜ、みんな!」
 散開するケルベロスの一人が、声を張り上げる。銀と白の輝きを抱くそのウェアライダーは、ランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)と言った。
「邪魔すんじゃねぇ! 糞共がっ!」
「その邪魔をしに来たのだ! 地球で好き勝手なんか、させないのだ!」
 エインヘリアルの咆哮に、月篠・灯音(緋ノ宵・e04557)の応じる声が重なった。

 地方都市とは言え、時刻は休日の午後の頃合いだ。行き交う人々の数は数百にも及んでいた。
 だが、第二次大侵略期以降、デウスエクスの侵略行為に晒され続けた人々である。良い意味でも悪い意味でも、デウスエクス慣れしてしまっていた。
「我々はケルベロスです! 落ち着いて避難して下さい!」
 アルケイア・ナトラ(セントールのワイルドブリンガー・e85437)は拡声器越しの大声で、彼らを先導していく。人々が恐慌状態に陥っていないのは、彼女の纏う淑女の煌気、そして、ランドルフが抱く至極のオーラによるものだろう。
 だが、それでも、全てを手放しで喜べる訳ではなかった。
(「やはり時間が掛かる、か」)
 焦燥を表に出さず、しかし、四辻・樒(黒の背反・e03880)は内心で嘆息する。
 避難完了までの予測時間は五分程度。ヘリオライダーの出した時間は、殊更正確だったようだ。その間に抑え役を引き受けた仲間達――とりわけ、恋人である灯音に何事も無ければ良いのだがと、心配を募らせてしまう。
 しかし、それを表に出すわけにはいかない。
 それは自身だけで無く、仲間達にも、ひいては無辜の人々にも焦燥を生み、予期せぬ被害をもたらしてしまう。それだけは絶対に避けねばならなかった。
「――ッ!」
 不安の伝播か、それとも別の理由か。
 それでも息を飲む仲間はいた。
 エメラルド・アルカディア(雷鳴の戦士・e24441)。
 共に避難誘導を行う仲間の一人であり、此度の事件を不安視していたヴァルキュリアの名前であった。

●番犬、疾走る
「ひゃっはっ。ならばまずはてめぇらのグラビティ・チェインを貰うとするかねぇ!」
 漆黒に塗られた爪と短刀が走る。交差する刃は光の跡を残し、十字の傷を刻んでいった。
 それを受け止めた蒐は己の車体そのものを急速後退。斬撃の勢いを受け流し、自身の損傷を最小限に抑えていく。
「そう簡単に奪えると思うな」
 エインヘリアルの弁を静かに否定し、槐は陣を敷く。それは仲間に破魔の力を付与するだけではない。蒐に刻まれた疵も、僅かながら癒やす力を秘めていた。
「我が父は太陽に似たる者、快楽の狂気――優雅なる魔性、魂を灼く者――どうか、その歩みに悦びを」
 そして、ロウガ・ジェラフィード(金色の戦天使・e04854)の瞳が妖しく輝く。
 薔薇を抱く髪からは芳香を、金色の瞳は魔光を。認識そのものを狂わせる魔眼はエインヘリアルを捉え、しかし――。
「はん。妙な技を使いやがるな、お前!」
「――流石は速度特化のエインヘリアル、と言った処か」
 寸前の処でエインヘリアルは跳躍。駅広場の柱を蹴り、屋根を蹴り、地上へ降り立った上で挑発。白刃の切っ先をロウガに向け、にやりと笑う。
 対するロウガの言葉も是と笑う姿は、己が勝利のみを信じる求道者にも見えた。
「速度特化。加えてキャスターの加護。……当てるのに一苦労しそうなのだ」
 雷の防壁を展開しつつ、灯音が嘆息する。まして、此処に集まったケルベロス達8人の内、避難誘導に半数を割いているのだ。今の人員では文字通り、彼の敵を抑える事だけで精一杯だろう。
 そして、流石は黒妖犬の異名を持つエインヘリアルだと妙な場所で感心してしまう。黒い犬の姿をした妖精を指す単語が、球電現象に遭遇した人が語り継いだ物を思えば、電光石火の猛攻は、その異名に相応の様に思えた。
「大丈夫。それが私たちの役割だよ」
 鎖の魔法陣を描く小柳・玲央(剣扇・e26293)は微笑する。
 今行うのは耐えること。耐え忍び、仲間が集うのを待つことこそが、今の自身らの役割だ。
 そう信じるからこそ、唇を薄く開く。
 同じ美貌。同じ笑み。
 しかし、そこに宿ったのは明らかな嘲りだった。
「抜け出せず、思い通りにも出来ず、そして、自由にもなれず。何が憎悪だ、何が拒絶だ。……頭が足りてないんじゃないの?」
「良く吠える犬共だな!」
 再び黒い影が疾走する。
「――哀れな」
 挑発に乗る事か、それとも、怒りの矛先が目の前のケルベロスにしか向けられない事か。
 凜と立つ槐は、怒号ごと、凶爪を受け止め、嘆息するのだった。

「遅え! 遅え! 遅え遅え遅ぇ遅ぇっ!」
 エインヘリアルの爪や刃はケルベロスを切り裂き、鮮血を周囲に撒き散らす。
 対するケルベロスの攻撃は、しかし、ただの一度もエインヘリアルの身体を捉えていない。躱し、あるいは得物で防ぐ事で、その巨体への損傷は避けられていた。
(「如何に凶悪なドラゴンの一撃と言えど、当たらなければそれまでよ!」)
 コギトエルゴスムと封じられる迄、男はそうやって生きてきた。いわば、それが男の生存戦略だった。
 今の彼らに敗する理由はないと、男は笑う。
 無様な挑発はその為だろう。少しでも多くの地球人を逃がす為、肉の盾としての囮を買って出たと言う所か。
(「お望み通り、殺してやんよ!」)
 彼奴らが抱く良質なグラビティ・チェインの為に。
 絶望と憎悪、拒絶をこの世界に振りまく為に。
 漆黒の嵐と化した黒妖犬を誰も止める事が出来ない。止められる筈もない。
 地球人の女も、オラトリオの男も、レプリカントの女も、オウガの餓鬼も蹴散らし、切り刻み、その果てに逃げ惑う地球人共を虐殺してやる。
 確信を以て、エインヘリアルは笑う。
 男による蹂躙は、しかし、無数の槍衾によって止められてしまう。
 それを生み出したのは、一人のヴァルキュリアが振るうゲシュタルト・グレイブであった。

●黒妖犬、吼ゆる
 刹那にも永劫にも思えた防戦は、しかし、一瞬の内に崩壊を迎えていた。
 均等になりかけた天秤を傾けたのは、長槍の一撃――エメラルドによる回転斬撃であった。
「向こうはいいの?」
 宝瓶宮の輝きを宿しながら、玲央はエメラルドに問いかける。彼女の帰着は予測時間より大分早い。首尾良い避難が出来たのか、それとも――。
「樒達に任せてきた」
「――だよね」
 そんな虫の良い話など無いか、と微苦笑を浮かべる。彼女以外のメンバーが未だ、戻ってきていないのはその証左だろう。
 だが、狙撃手の彼女が戻ってくれば、未だ、傷を追わないエインヘリアルに、足止めを付与する事が可能。そうなれば、それを糸口に、幾多のバッドステータスをエインヘリアルへ叩き込む事が可能となる。
「その分、頑張るよ」
 未だ避難誘導を続ける樒、ランドルフ、アルケイアの負担を減らすべく、防御に集中する。
 崩れるビルから降り注ぐ破片やエインヘリアルの使用するグラビティの余波等、人々を害する流れ弾は無数にある。それから人々を守るのは、ディフェンダーの加護を受けた自身の仕事なのだ。

「はっ! 群れやがって!」
 黒き疾風が迸る。空気を裂き、地を裂き、壁や柱、そしてケルベロス達を割く凶風は、しかし、その動きは数分前に比べれば、遅々とした物と化していた。
「どうしました? 黒妖犬。息が上がっているようですが?」
 氷結杭を叩き付けながら、アルケイアが嘲笑う。紫の瞳は憎悪に彩られており、浮かぶ愉悦は追い詰められていくエインヘリアルへの餞にも見えた。
 仲間がエインヘリアルの猛攻に晒された時間は十分に満たない。だが、エインヘリアルの優位も、今は無へと帰している。
 彼女達の合流によって、既に形勢逆転。今や、追い詰められている者はエインヘリアルの方であった。
「都合のいい話にコロッと騙されるオツムだからな。憎悪と拒絶を求めた果て――それを行ったドラゴン連中がどうなったか、知らねえんだろう?」
 ランドルフの憐憫を込めた斬撃は黒妖犬の脚を切り裂き、皆が着けた損傷を拡大させていく。
「ドラゴンだと?!」
 彼は知らない。個体最強と呼ばれた彼の種族がこの地球に於いてどのような末路を迎えたか。故に上げた驚愕の声に、しかし、返答はない。
 代わりに彼に向けられたのは槐の鬼の拳、そして、蒐の炎纏う体当たりであった。
 三重に重ねられた攻撃に倒れぬと踏鞴踏む彼に叩き付けられたのは、剣舞の如き軽やかな、しかし、コンクリートすら打ち砕く重撃であった。
「釘付けにしてあげる♪」
 斬撃を受け止めたその足下で、無数の爆発が巻き起こる。
 青色を放出する爆炎は、地獄の炎で練り上げられた爆竹だ。斬撃と爆撃。その双方を振りまいた玲央は満足げににこりと笑う。
 それが、エインヘリアルの最後に見た天上の笑みであった。
「いっけーなのだ、樒!」
 今が好機と、蒐に緊急手術を施していた灯音が叫ぶ。応じるそれは、奇しくもエインヘリアルと同じく、漆黒の影による疾走であった。
「これで終わらせよう。――ただ、全てを切り裂くのみ」
 恋人の声に応じ、繰り出された樒の一撃は、ゾディアックソードの白刃を、真一文字に紡ぎ出す。
 それが切り裂いたのは星霊甲冑の境。兜と胸甲のつなぎ目であった。即ち、如何なる生物の急所、首筋であったのだ。
「あ、が、く、お?」
 笛の音にも似た呼気が血の泡と共に零れる。
 喉を押さえるエインヘリアルは、己の最期をそれでも拒絶しようと目を見開く。
「猛き剣戟、燃えて盛りて圧し砕く!」
「逃げられると思うな……!」
 終局は双刃と化した一撃、ロウガの漆黒剣による高速斬撃とエメラルドによる冥府深層の冷気纏う手刀であった。
 二刀の刃に切り裂かれ、十字に切り裂かれたエインヘリアルは末期の叫びと共に、地に崩れ落ちていく。
 獣じみた断末魔が途切れた時、そこには何も残されていなかった。

●そこにある平和
 ヒールが街を癒やしていく。
 幻想を内包しながら再生して行くそれらを見守りながら、アルケイアはほっと一息吐く。
 それは嘆息であり、そして、喜びでもあった。ゲートを破壊しない限り、今回のようなエインヘリアルの暴虐は続くだろう。だが、それでも……。
「無事に終わって、良かったわぁ」
 京都弁混じりの槐の言葉に、思わず頷いてしまう。
 ああ、そうだ。自分達はケルベロスとして、無辜の人々を守れたのだと言う実感が、今更の様に沸いてくる。それがとても嬉しく感じられた。
「上手い話にご用心、ってな」
 地面に塵と溶けたエインヘリアルに向かって呟くランドルフの声は、誰に向けられた物だろうか。
 死したエインヘリアルか、それとも、自戒なのか。
 ともあれ、冬毛の彼を見ると、冬毛のもふもふとした縫いぐるみを想起してしまう。不謹慎だし、失礼なのでそれを口に出すことはなかったが。
 同じ地面に黙礼を捧げるロウガの姿は、オラトリオの容姿と相俟って、神秘的な雰囲気を醸し出している。
「……」
 伏せた目の祈りが捧げる先は神か、それとも別の何かだろか。
 死してしまえば敵も味方もないその考えは共感は難しくとも、尊い物だと感じられた。

「お疲れ様だったのだ。ずいぶん、丁寧にやさしく誘導してたのだ。いい娘でもいたのだ?」
 街にヒールを施しながら灯音が声を荒らげる。
「私が灯以外を見る訳がないだろうに」
 ハムスターよろしく頬袋を膨らます恋人に、樒はクスリと笑って言葉を続けた。
「博多ラーメン、楽しみにしていたのだろう? 食べて帰るとしようか」
「むむむ」
 誤魔化されたのか否か。それでも灯音は表情をぱっと輝かせる。
「それじゃ、行くのだ!」
 そんな恋人達の甘い囁きを背後に、エメラルドは目を細める。
「人の営みを、自然を邪魔して何が楽しいのかわからない。私たちの想い、届いたと思う?」
 玲央の言葉に首を振る。
 想いが届いたとしても、死に行くエインヘリアルがそれを、心に刻む暇はなかっただろう。死した後、彼らが何処に行くのか、戦乙女を以てしても知らないのだから。
「――そうだな。きっと」
 願う事も思う事も自由だと、独白する。
 束の間の平和と言えど、平和を守る事が出来た。
 自分達がその尊さを知ったように、彼らもまた、それを知って貰いたい。
 叶わぬ夢と思っても、それを胸に抱き、エメラルドは空を仰ぐ。そんな彼女の髪を、一陣の風が撫で上げ、流れていった。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年1月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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