春の学舎~継吾の誕生日

作者:東間

●2020年、春
 チャイムの音。
 校門。
 おはようございます。起立、礼。
 授業。給食。
 校庭。体育館。
 そんな、世間一般でいう“当たり前”を羨んだ記憶はない。ただ。
「……どんな感じなんでしょうか」
 雀が取ったものだろうか。桜の花を追いかけていた鴉と、目が合った。

●春の学舎
「今年の誕生日は、以前からやってみたかった事をしようと思うんです」
 年上の二人が「どんな?」とハモった。若干食い気味の「どんな?」だったので、壱条・継吾(土蔵篭り・en0279)は、ぱちぱち、と瞬きを挟む。
「学校に、行こうと思うんです」
「受験は終えてるのかい? まだなら情報収集で手を貸せると思う」
「共学? それとも男子校? 専門高校っていうのもあるけれど……」
「あ、いえ。本格的なものではなく。……ですが、ありがとうございます」
 大丈夫です、と小さく笑えば、年上の二人もといラシード・ファルカ(赫月のヘリオライダー・en0118)と花房・光(戦花・en0150)はホッとした表情を浮かべた。
「廃校になった木造校舎を再利用した施設があるんです。施設内は基本、自由に見学出来て、お昼には給食も食べられると聞いて……楽しそうだな、と」
 生を受けたのは、血を繋ぎ続ける土蔵篭りの家。
 ケルベロスに救われるまで、外界に出た事がなかった。
 それを不幸だ、不自由だと思った事はない。“家”の中でも勉強は可能であり、両親を始めとする家族から教わる事も出来る。学校へ通いたいという欲求を、覚える事がなかった。
 ただ。
「テレビや漫画で見聞きする学校に、一度、行ってみたいなと思ったんです」
 しかし、入学の意志もないのに中へ入らせてくださいというのは失礼な気がした。
 文化祭は、楽しいお祭りの日という感覚なので何となく違う。
 そんな中見つけたのがこの施設なのだと継吾は言った。
 元中学校だったというそこは木造という個性を残したまま、入場料や地域の交流所・ワークショップ、撮影場所として貸し出すなどして、取り壊される事なく地域の顔として残り続けているそうだ。
「木造校舎は世代によっては珍しいと思いますし、皆さんも楽しめるんじゃないでしょうか? それに、今は敷地を囲む桜が満開で、とても綺麗だそうですよ」
 制服のレンタルを利用して本格的に学生気分を満喫する事も出来る。図書室も開放されているので、静かに読書してもいいし自習ごっこをしてもいい。普段着のまま、のんびり散策する事だって。
「ただ、春に囲まれた校舎で過ごす――それだけなんですが」
 それを。してみたいんです。
 そう言って微笑んだ紫の双眸は、いつもより、少しだけ明るい色をしていた。


■リプレイ

「どうですか、バルトルトさん」
 継吾の問いに、ヨハンは纏う学ランをそっと撫でる。
 シンプルな作りの、黒い学ラン。一般的なデザインだ。けれど。
「気合いが入ります」
 わかります、と継吾が小さく頷いた。戦士の家系出身であるヨハンにとって学ランは“軍服と似た物”で、継吾にとっては“一張羅と似た物”。しかし二人は、学校というものを知らない者同士。
「これが、そうなんですね」
 様々なものに触れ、幾らかやわらぎつつある鋭い眼差しが、様々な『生徒』で賑やかな廊下と教室――『学校』というものを見て、かすかな輝きを浮かべた。
 学べなかった訳ではないが、ヨハンは身内のみ集う塾のようなものしか知らず、16で家を出るまで親族以外との交流を禁じられた。今通っている医大にも他者はいるが、大学は密かに憧れてた『他者と過ごすお外の学校』とは、少々違う。
 これまでの歳月に悔いはない。一族も、この身も我が誇り。
(「でも。僕は戦士になりたくなかった」)
 普通の家に生まれ、普通の学校へ行き、友達を作り、遊びに行きたかった。
 そんな、ずっと抱えていた憂いが優しくほどけていく。
「壱条さん、学校に誘ってくれて本当にありがとうございます」
「僕の方こそ。一人で“入学”は、少し緊張するものがあって」
 生真面目に深々とお辞儀し合って――始業のチャイムに揃ってハッ。
 遅れてしまっては大変と、ぱたぱた急ぐ足音が木の校舎を彩った。

「いざ学校探検~!」
「探検~っ」
「……探検するのか?」
 笑顔でぐっと拳を上げたキソラと一十の声は木造廊下を元気に駆けていくよう。ティアンの疑問に「そ」と頷いたキソラ曰く、目指すは不思議と書いてロマンがぎゅっと詰まった理科室アンド準備室。
 学校については“仕事で寄った事があるような”というティアンの頭上に、りかしつ、とぼんやりハテナが浮かぶ。普段と違い袖のある――それも長袖の制服が少し落ち着かないのだけれど、それ以上に学校という未知の空間が、服が、珍しい。
「一十の服は学ラン、というのだったか」
「そうだとも。ティアンくん、せんぱいと呼んでくれて構わんぞ、ふっふ」
「一十センパイ。……一十」
「ティアンくん、早速『せんぱい』が消えたのだが」
「よーく似合ってマスよカズ先輩」
 ホラこっち向いて! この中では最年長の筈のキソラが制服姿の二人を早速パシャリ。学生経験が無いのは二人と同じ、けれど授業参観気分には既視感があるからつい笑顔になって――パシャパシャ、カシャシャッ! いつも通りの姿はまるで、家族アルバム作りに心血注ぐ親御さんの如く。
 シャッター音を連れて辿り着いた理科室には、表面が白くツルツルとした長机が六つと木の椅子が何脚か。手前の壁には大きな黒板が、奥の壁には戸棚がずらり。少しだけ他と匂いが違う理科室に存在する全ての用途が、ティアンには分からない。片っ端から戸棚を開けていく一十なら分かるだろうか。
「これは何て名前なんだ……? 触って平気なものなのか……?」
「ああ、それ僕も持っているぞ。薬を使う際に使う、名は……硝子瓶!」
「フラスコね、フラスコ」
 キソラはくっくっと笑って再びパシャリ。長机の上に置かれたままの秤をちょん、と突いて、準備室も行ってみよ、と二人を誘って飛び込んだ先は理科室と比べ少し狭く、その分、棚の存在感が強い。
 その中で一十の視線を最初に惹き付けたのは他より大きな、そして何やら独立した棚だ。早速ガバッと開け――。
「ウワだれだ! ……ん? ビックリした人体模型か」
「忘れちゃいけない理科準備室のスターじゃん。あ、コッチ骸骨だわ。こーゆーのに悪戯すんの、学校生活ーってカンジじゃね? どんな構造してンだろ」
 かぽっ。外れた小腸にティアンの目が丸くなった。
「キソラ、それ」
「いやティアンちゃん、これ外せンのよ」
 人体模型君から借りたての小腸を再びかぽっと収めれば、はい元通り。骸骨に不思議なポーズを取らせて、一十とティアンで挟んで悪戯現場を激写すれば、学校新聞の一面を飾りそう――なんて。
 準備室を探検し尽くした後、理科室の席について黒板を眺めていると本当に授業を受けているようだ。いや、寧ろ授業とはこういう雰囲気なのでは? 一十は徐に机に突っ伏し、ふっふと笑む。
「僕は知っているぞ。こうして寝るのも学生らしさであり、教師はチョークを投げて起こすものであると……」
「そうだったのか。キソラ、その、チョークを投げるというやつ」
 やって、という言葉より先に「よしきた」と投げられたチョークがシュッ。ゴンッ。
「イテッ」
「あ、悪ぃまだ寝てなかった」
「上手い! うん、ケルベロスでなければ危なかった!」
 HPが幾つ減ったかは永遠の謎のまま。理科室を隅々まで楽しんだ後、じゃあ、と三人顔を突き合わせる様は秘密倶楽部のよう。
「つぎは図書館が良いな」
「それは分かるぞ、本のある所だ。ぜひ行ってみよう」
「OK。ここのアルバムとかありそーじゃない?」
 学校を深く知る為の探検はまだまだ終わらない。
 いざ、次の教室へ行かん!

 黒板前に立つウォーレンのスーツ姿は正に『先生』。大人びた雰囲気の生徒、もとい学ラン姿の光流はセーラー服やないんやなと瞬きした。
「そういう趣味があったの……?」
「冗談やって! 俺もそないな趣味なんかあらへんて!」
 驚いた勢いで椅子が後ろの席にガンッとぶつかった。君やったら何でも似合うと思うけど、なんて言えない雰囲気になるのはなぜだろう。
「それじゃ授業を始めるよ、ミハル」
「はーい……って継吾先輩やん。一緒にどない?」
 教室のドア向こうに見えた継吾を呼び止めれば、いいんですかと教室を覗いた継吾が、ウォーレンお手製の分厚いプリントにキョトン顔。光流の“英語を勉強したい”が嬉しくて準備につい熱が入ったんだとウォーレンははにかんだ。
「という事で、二人とも僕の事はMr.ホリィウッドって呼んでね」
 和やかな雰囲気で始まった英語の授業は大変本格的。光流は真剣な面持ちでうんうんと耳を傾け――あかん。全然わからへん。
「継吾先輩、わかる?」
「どこですか?」
 先生に怒られないよう会話は短く、音量も小さく。解決してホッとした視線は春の明るさに満ちた外へと向き、ふわふわ揺れる桜に囚われた。しかし今は授業中。じゃあ、ミハル。先生の声に反応するのが、つい遅れてしまって。
「This is a pen.はどの文型……って、ちゃんと聞いてる?」
「いや、聞くのは聞いてたで? 難しすぎてな……それやったら『桜が綺麗や』って英語でなんて言うか教えてくれへん?」
「桜?」
 指した先、外に広がる春色の囲いがウォーレンの目に映る。
「『The cherry blossoms are beautiful.』だよ」
 綺麗な響きだと素直に感じた言葉は『先生』の故郷の言葉。
 そう思うと、気合いが入る。
「おし、もっと真面目にやるわ」
「あれ? 英会話の方が良い? じゃあそうしよう」

 大柄なドラゴニアンの方にも合うサイズがありますよ、と笑顔で言われたものの、レーグルは少々悩んだ末に普段着のまま、ゆらりゆんらりと竜尾を揺らしながら満開の桜の下を歩いていた。
 遠くから見ると全体が眩く、近くで見ると無数の花束が集まったような絢爛さ。その輝きは継吾も惹かれていたようで。桜の散策に誘えば、ゆっくりとした足取りに継吾のそれが並ぶ。
「お久しく、壱条殿。誕生日おめでとう。また一年、壱条殿にとって良き年になるように」
「ありがとうございます、ノルベルトさん。次の春までの一年、大切に過ごします」
「うむ」
 真面目な所は相変わらずの様子。レーグルは静かに頷き、桜が続く先に建つ校舎を見る。
 公園や河原にも桜は寄り添うように存在し、咲いているが、学舎に咲く桜というものはそれらとは違い様々な出来事と共に思い出される花のような――。
「そんな特別な花のように思えるのだ」
 一年という日々を、桜と人、学舎が共に巡り、記憶や想いを芽吹かせていくからか。
「壱条殿にとって桜にはどんな思い出があるだろうか」
「うーん……祝福、でしょうか」
 春に生まれたせいかもしれませんが、と笑う頭上。風に吹かれ、花弁が舞った。

 医者を志し、勉学に励むムフタールにとって学校はそれほど未知の領域ではない。しかしこういった形式の学校は未経験であるが故に、敷地内を軽く巡る中、その違いをより感じ取っていった。
(「なかなか趣があるというか……なるほど、楽しそうだ。継吾が魅力に思うのも分かる」)
 木造だからこその雰囲気。知らないのに懐古を覚える空気。その中に給食というものもあるのだろうけれど。ムフタールは桜の下にシートを敷き、持参したハラール弁当を食べながら校舎を中心とした写真を何枚か撮っていく。
「給食というのも魅力的な響きがあるが……戒律があるから、と我が儘を通すのもな」
 ムスリムであるが故に日本の給食とは縁が出来ないだろう。しかし見学させてもらうのは問題ない筈。食べ終えたら行ってみようか、と思案する瞳に、桜を間近で撮りに来たらしい継吾が見えた。
「こんにちは、ラヒムさん。良い場所を取られましたね」
「ああ、なかなかだ。そういえば今日が誕生日だったか。おめでとう。……写真、一枚撮ろうか?」
 やわらかに、眩しく咲き誇る桜。今も愛され、残る学舎。
 お願いします、と小さく笑んだ姿をムフタールは満開の春と共に収めた。

 学ランに袖を通し、詰め襟をきっちり上まで留める。過去に見かけた『学生』と同じ装いは少し気恥ずかしく、しかし同じ物を着た広喜はそんな眸を見て「すげえカッコいいっ!」と無邪気に目を輝かせた。
「なあなあっ、俺似合うかなあ」
「ああ、広喜もよく似合ウ。なんだか十代の頃の広喜ヲ見ていルようだ」
 心を得る前はダモクレスだった二人に、学生時代というものは存在しない。けれど有り得なかった時間が今ここで重なった気がして、それが互いの心にあたたかいものを灯す。
 学ランを着るだけではない。歴史の教科書とノートを用意して、借りた教室で机を向き合わせる“自習”というそれも、どこかに置いてきた学生時代を大事に拾い上げ、重ねるように。
「ケルベロスの戦いのことも、いつか教科書に載ったりするのかな」
 そしたらこんな風にずっと覚えててもらえるな。そう言った広喜の目は、過去に存在した人々の足跡を綴った文章をゆっくり追った後、ニカッと笑う。ゲート破壊といった大きな戦果もあったのだ、有り得ない話ではない。眸は静かに頷き、ページを捲った。
「これまで経験しタ戦いも、きっとここに載ルだろう。地球が平和になっタ時代の子供たちが、ワタシ達の名を覚えてくれルかもしれなイ」
「眸と一緒に……そうなれたら、すげえ嬉しいな」
 地球の歴史のひとつになる事。誰かの記憶に刻まれる事。
 それは心を得たのと同じくらい奇跡のような確率と出来事で――。
(「……ン?」)
 ふいに暖かな陽射しを感じ、眸は窓を開ける。外の澄んだ風と一緒に、ひらり。今この瞬間に桜色が重なった。
 花弁を拾い上げてノートに挟み込む眸は本物の人の学生のよう。ずっと一緒にこうしていたんじゃないか? 広喜の心は目の前の光景に深く引き込まれ、けれどそれは一瞬。すぐ我に返り、同じように吹き込んだ花弁をサッと拾い上げる。
(「俺もっ」)
「どウした、広喜」
「へへ、何でもねえっ」

「成果はどーよ」
「馬鹿みたいに撮ってる。ほら」
「ほー、大漁じゃん。おめ」
 木造校舎に浪漫を覚えた男のカメラの中身は、撮っていた事も含め予想通り。
 ニヤリ笑ったサイガは『校長室』の札をふぅんと見上げ、通り過ぎる。
「入室禁止残念だな、校長室ってのがこれ程似合うヤツもそういねえだろうに」
「知らなかった、俺がそんなに威厳を垂れ流していたなんて」
「壁に飾られてそうだろアンタ。夜中に目が動く」
「え、日本の校長先生の写真ってそういう……?」
「てのをデウスエクス情報伝いで聞いたことあんだよ」
 学校とは、恐ろしいものがいつの間にか生まれる場所だと。
「必要な分は死んだ親父に教わったもんだが」
 さらっと出た話に赤い目が一瞬丸くなり、そうか、といつもの雰囲気に戻る。
 適当にガラッと開けて覗いた教室は、サイガが教わった話と比べ随分と広い。様々な学校を知られるのもケルベロスであるが故。いやぁ万々歳、と時間割をしみじみ見上げ、ふと思う。
「アンタは?」
「制服校だったくらいで後は普通だよ。オカルト的な闇は無かった……は、筈!」
「……家に百人教師がいんじゃねえのか。けどまぁソコんとこちょっと詳しく聞かせろよ、揚げパンセット程度なら奢ってやっから」
 通学、授業中、ランチ、友人、恋。丸裸にしてやると笑う黒い瞳に、お手柔らかにと、困りながらも楽しそうな笑みが返った。

 正門。下駄箱。廊下。教室。子供の頃に縁の無かった『学校』の全てに、シズネはきらきら包み込まれたような心地。初めての学ランは心持ちつんつるてんだけれど、袖を通した瞬間最高にカッコよくて――何より、憧れのキュウショクの眩しい事!
「うま……!」
 大きな一口で迎えた揚げパンをめいっぱい頬張るシズネの口元は、きな粉でデコレート状態。美味しさに浸るその向かいでは、千切った一口食べたラウルも、甘く香ばしく、サクサク食感と一緒に優しく広がったきな粉の風味にぱぁっと笑顔を輝かせていて。
「シズネ、コレとっても美味しいね!」
「おめぇもそう思うか? オレも!」
 あー、ん! 二口目も大きく囓ったシズネの頬は幸せと揚げパンで膨らんでいる。制服も頬張る給食もお揃いな事に、ラウルの中にあった“初めての制服”という気恥ずかしさはいつの間にか消えていた。
「同じ学校に通っていたらこんな風に過ごせてたのかな?」
「おめぇは優秀な生徒してそうだ」
「え、そうかな?」
「おう。似合ってるぜユウトーセーさん?」
 完璧に学ランを着こなしているのに少し顔の赤いラウルを揶揄えば、悪戯っぽく笑うシズネの姿越しにラウルは中学生のシズネを思い浮かべ――くすり。
「シズネは、勉強はちょっと苦手だけど運動は大得意で、きっと可愛かっただろうね」
 一粒食べた冷凍蜜柑は甘さと冷たさ、しゃりしゃりが一緒になった奇跡の美味しさ。もしもの過去を想い、柔く笑ったラウルにムッと立った耳と膨らんだ頬が向く。
「そこは“カッコイイ”じゃねぇのか?」
 けれどその顔はすぐにぷっと吹き出し、笑顔に戻る。
 春風と共に始まり、過ぎゆくその学校生活はきっと楽しいのだろう。“二人の思い出”にそれは無いけれど、そんな想像が出来るのもこんな今があるからこそ。ラウルと過ごす学校生活の為、かつての過去をやり直したいとは思わないけれど。
「どうしたの?」
「おめぇにセンパイって呼ばれるのはわるくねぇなあ、って」
「『シズネ先輩』、か……ふふ、そうだね。君とならどんな過去も未来も、愉しさに満ちてるよ」

 20歳間近だけど――折角の機会を前に“年齢”なんて、そんなもの!
 お揃いの学ランだねと笑うジェミの姿に、エトヴァは眼差しを和らげ笑う。
「……似合っていますネ。君の制服姿、見たかったのデス」
「エトヴァも詰襟似合うね。あっそうだ! 髪結わせて?」
 さらさらとした青い髪を慣れた手付きが三つ編みにし、揃って身だしなみを整えたならいざ初めての教室、初めての給食へ。
 制服、私服、老若男女。わいわいと賑やかな一室で大勢が食事を楽しむ光景は、二人にとって新鮮さ盛り沢山。向かい合わせにくっつけた木の机に置いたそれぞれの給食も、実に興味深い。
「これが揚げパン! 初めて見た。しかもきなこだよ」
 皿から若干はみ出るボリュームだというのに、そこにシチューを合わせてくるセンスにジェミの目は丸くなったり笑ったりと賑やかだ。きな粉を落とさないようかぶりつくと、揚げパンときな粉の甘さがほのかなしょっぱさと一緒に広がった。
 オーロラソース和えを前にしたエトヴァも、これは肉か魚かと美味しそうではある焦げ茶色を観察してから「頂きマス」とぱくり。瞬間、目にぱっと光が浮かんだ。
「……ソースが絡んで美味しイ。あ、豚肉、デスね」
「これが学生の食べ物なんだね。エトヴァ、半分こしよう?」
「はい、はんぶんこ」
 オーロラソース和えは濃いめの味とご飯の相性抜群で、頬張った揚げパンはざっくり食感と共に甘い味わいがじゅわっと広がるよう。
 向かい合って食べる給食。何気ない談笑。窓の桜を眺めれば、こうして日々穏やかな時を過ごすという事が不思議で――だからこそ大切な心地に包まれる。
「俺たちがもし、地球に、日本に生まれていたラ……その時ハ君と一緒のクラスがいいな」
 それはIFの世界。二人一緒に登下校して、帰りに寄り道して宿題をして。そんな普通っぽい学生生活に、今のような刺激はないかもしれないけれど。
「エトヴァと一緒ならきっと楽しいよ」
 だからその時はうんと早く出会って、定命の中に色々を二人で沢山詰め込みたいな。
 ジェミの言葉にエトヴァはふわり笑んで。
 給食の時間は、春のように穏やかに過ぎていく――。

作者:東間 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年4月23日
難度:易しい
参加:16人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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