サーシャの誕生日~亥から子へ

作者:森高兼

 幾つもの資料をテーブルに広げて、サーシャ・ライロット(黒魔のヘリオライダー・en0141)は内容を確認していた。クリスマスパーティで注文するケーキの候補を選んでいるのだ。
 そんな忙しないサーシャのある事を思い出した綾小路・千影(がんばる地球人の巫術士・en0024)が、紅茶で一服した彼女に声をかける。
「クリスマスはサーシャさんの誕生日でもありますね」
「あぁ。クリスマスが終われば、すぐに正月ムードへと移行だ」
「来年の事を言えば鬼が笑うと言いますよ」
「……来年か」
 サーシャは何やら意味深に呟くと、手に取った豪勢なケーキのパンフレットをテーブルの上に放り投げた。

 クリスマス当日は自分の誕生日ということが顔を出したケルベロスに千影から伝わったところで、サーシャが話を進めてくる。
「日本には干支があるな。今年は『亥』で、来年は『子』だが。説明ではイノシシとネズミで呼ぶとしよう」
 渡されていた用紙は1枚で、載っているのは定番の真っ白なクリスマスケーキの写真だ。
「裏も見てもらいたい。鏡餅の形をしたケーキの写真がある」
 ちなみに、3段重ねでおまけとして砂糖菓子のミカン付きとなっている。
「そして……今回の主役は干支であるイノシシとネズミの砂糖菓子だ」
 サンプルの2体はテーブル中央の皿に置かれていた。4つ足ポーズと、サンプルゆえにシンプル。
「どんなイノシシとネズミにするかを決めてオーダーメイドし、君だけのケーキを完成させるといい」
 クリスマスケーキをカットして配る予定だけど、個別に注文すればサイズを自由にできる。サイズがどうあれ、鏡餅型ケーキの段数が変わることはない。やっぱりお残しは厳禁とも告げられた。
 参加者の邪魔にならないようにサーシャ達は大きな鏡餅型ケーキを頼むらしく、千影がおずおずと彼女に尋ねる。
「え、えっと、私はあまりお力になれないのですが。よろしいでしょうか」
「…………スイーツは別腹だろう?」
 サーシャは素敵に、不敵に微笑んできた。別腹に関しては彼女もケルベロス級なのかもしれない!


■リプレイ

●今宵はささやかに
 小規模なパーティとして押さえられた部屋は、テーブルが料理のある中央の他に並んでいて若干狭かったけど。大箱と小箱が奥のテーブルに置いてある。大箱は2種類のケーキ、それに飾る砂糖菓子が小箱に入っており、会場には夢も詰まっているのだ。
 参加者全員の会場入りに伴い、サーシャが皆に告げる。
「今日はのんびりしていってくれ」
 イッパイアッテナはミミック『相箱のザラキ』を連れ立って参加していた。
 いつものようにイッパイアッテナの隣で大人しいザラキ。基本的に秩序を望む主の相箱もまた、お利口さんということだろう。
 歩み寄ってくるサーシャをザラキと一緒に迎えて、イッパイアッテナが誕生日の彼女に祝辞を述べる。
「サーシャさん、誕生日おめでとうございます!」
「ありがとう。さて、お待ちかねのものだ」
 手渡された大箱を開け、思わず首を傾げた。
「…………あれ?」
 実はケーキの形に参照する餅を『菱餅』と勘違いしていたからだ。上から赤、白、緑の順で『3』色の菱餅は雛祭りにおいて馴染み深い。参照された鏡餅も『3』段となっている。
 サーシャはイッパイアッテナより詳細を聞くと、すまなそうに微苦笑してきた。
「写真が見づらかっただろうか」
「たまにはこういう事もありますな」
 でも、菱餅型ならば有した緑の段を食べられないのは……やっぱりちょっぴり残念かも?
 気を取り直したサーシャが、ザラキの正面に屈んでくる。
「イッパイアッテナ、もう1つの箱を開封するといいぞ」
「そうしましょう」
 小箱の中身はイノシシとネズミが小さな木箱に寄り添って1組の砂糖菓子だった。
「主役は一応干支の動物達だが。木箱は君で間違いない」
 職人の技が光っていて本物と見比べてもクオリティの高さが窺い知れる。
 イッパイアッテナは砂糖菓子をひっくり返してみた。折れてしまわないように両足が木箱の底面と一体化しており、この足こそがザラキである証拠らしい。
 今度はウリ模様のイノシシを眺めると、ある日の記憶が呼び起こされてきた。
「この猪はもしや、ザラキが以前に友好を深めたウリ坊の誰かですか?」
 ドワーフのイッパイアッテナを少し見上げて頷き、凛々しさを残しながらもザラキに優しく笑いかけてくるサーシャ。
「特に指定は無かったからな。私と千影の会話を耳にしていた職人の粋な計らいのようだ」
「元気だといいですね」
 ケーキを味わう前に、イッパイアッテナとザラキは甦ってきた温かな思い出を噛み締めることにするのだった。
 千影が端のテーブルにサーシャと分ける小振りな2段のクリスマスケーキを運んでいく。
 ウォリアのお誘いでパーティに参加したソロは、ケーキの配布を待ってご馳走をつまんでいた。ふと彼を一瞥する。
(「こいつから誘ってくるなんて珍しかったな」)
 そう思うくらいに意外ではあった。せっかくの機会だから友達と存分に楽しんじゃえばいいだろう。
 間もなく、サーシャが鏡餅型ケーキの収められた大箱を抱えて2人の元にやってきた。砂糖菓子の注文を分担したゆえに、小箱が2つとなっている。
「職人は自らの限界に挑んだと呟いていた……さぁ、受け取ってくれ」
「オレ/我が預かろう」
 ウォリアは差し出された大箱をテーブルの真ん中に寄せておいた。そして、手前の小箱から取り出した砂糖菓子をソロにお披露目する。
 『イノシシ』は兜を被る武者のイメージで仕上がっていた。あくまでもイノシシを基礎の上で、竜派たるウォリアの特徴を最大限反映されて黒竜っぽくもある。さらに嘶きの構えとなっているのが雄々しい。
「ポーズは新年の祝福を表したものだ」
「良い出来だな!」
 細工がとことんまで追求されており、さすがは職人技と称賛すべきか。
 最初の鑑賞を終了して……ソロが自分の担当になって頼んだ砂糖菓子の紹介に移る。
「はいはーい、ご注目」
 『ネズミ』の頭部には王冠があった。スライスされた穴開きチーズのような乳白色のマントを羽織っている。未来を指そうと右前足に持つ錫杖を掲げつつ、腰に左前足を添えてふんぞり返って随分と偉そうだ。
「ねずみ年ということは、ねずみが王様なのだろう?」
「今年の顔とは言える」
 ちょっと悪そうな笑みを浮かべていて何だか不良少年っぽい。マントの厚みや錫杖の太さは強度の都合によりご愛嬌である。
 砂糖菓子のミカンにある葉でケーキの向きを見定め、ウォリアは控え目にミカンの陰へとイノシシを配置した。
(「上手くいったか」)
 ソロが何気に大きなミカンをネズミの足場にして存在感の釣り合いをとる。
「……自由な王様と苦労させられている将軍みたいな構図になったじぇい」
「言い得て妙だな」
 その頃、サーシャと千影は会場で唯一のクリスマスケーキを食べていた。ハイタッチするイノシシとネズミの砂糖菓子が飾られているのは2段目だ。
 ちまちまと食すネズミのごとき千影に対し、ハイペースでケーキをたいらげるサーシャ。彼女の別腹は食欲を凌駕しており、スイーツの大食いに限ればケルベロスとて脱帽させられてしまうだろうか。
 鏡餅型ケーキの見た目と味のギャップを堪能してから、ソロがテンションを高めに思いついたことを口にする。
「来年の意気込みでも語ろう! 私は……皆と仲良く誰一人欠けることなく、ケルベロスライフを堪能するじぇい!」
「ケルベロスとして人を、仲間を守る大義に身を投じるのは大切な事か」
 ウォリアは唐突なソロの提案に応じた。すでに決まっていたように殆ど迷わず、彼女に続いて答える。
「……オレ/我はやはり強さの果てを目指す事だな。オレ/我にとって存在意義ともいえる」
「私も今よりもっと強くなる! そんでもって宿敵をやっつける!」
 最後は真面目な表情で言った直後に口角を僅かに上げながら、切れ長の右目にてウインクしてみせたソロ。
「ってところだ」
「宿敵も無く、暴走する様な想いも無いオレ/我に出来るのは……ただ戦いの果てで死ぬまで自分の強さを追い求める事だけだ。その戦いがどうだったかは、ニンゲン達が決めればいい」
 お互いに意気込みを語り終え、ウォリアが締めにソロのノリに乗っかって一言を足す。
「……なんてな」
 デウスエクスに立ち向かおうと死地に赴くのがケルベロスだ。平穏な一時の中にいる最中は十分に英気を養ってもらいたい。
 そんな皆にエールを送るようなハイタッチの音が、会場の端っこにあるイノシシとネズミの両前足から軽快に響いてくる……気がしたっていいんじゃないかな?

作者:森高兼 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年1月10日
難度:易しい
参加:3人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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