ジュエルジグラット潜入調査~進退

作者:雨音瑛

●都市を出て
 ケルベロスたちの行動によって、自らの意思を取り戻したモザイクの住人たち。彼らに見送られながら門を抜けようとしたティアン・バ(泪の行先・e00040)を、住民たちが呼び止めた。
『どうやら、ドリームイーターの軍勢が向かってきているようだ』
『もしかしたら侵入者――君たちの存在に気づいたのかもしれない』
『どうか、気を付けて』
「そうか……ありがとう。いつか、君たちのモザイクが晴れるといいな」
 そう告げ、ティアンは少し先で待っていた仲間の元へと急いだ。
(「知らない星の知らない街、誰かの故郷、か――帰ったらご飯たべたいな」)
 腹部に手を当て、ティアンはわずかに口角を上げる。
「さて、中枢に向けて急ぎましょうか。ところで住民たちは、なんて?」
 ウイングキャット「スノー」と共に駆ける植田・碧(紅き髪の戦女神・e27093)が、ティアンに問いかける。
「ドリームイーターの軍勢が近付いてきているらしい、と教えてくれた」
「ううむ、それはなんとも剣呑じゃな。時間も限られておる、中枢に深入りせずに撤退しなければ、そのドリームイーターの軍勢とやらに退路を塞がれてしまう可能性も否定できぬ」
 ゼー・フラクトゥール(篝火・e32448)が重々しく告げる内容は、もっともだ。
「なら、ここでここで引き返す? ……って、聞いたところで誰も『はい』って言うわけないよね。僕たちは中枢の調査をするために来たんだから」
 風陽射・錆次郎(戦うロボメディックさん・e34376)の言葉に、ケルベロスたちは確かに首肯した。

●中枢へ
 隊列を組んで急ぐケルベロスたちの前に現れたのは、グラディウスを手にした少年――モザイクの住民たちが『殲剣の理』センと呼んでいた者たちであった。
「『殲剣の理』セン……確か、ジュエルジグラットを癒すために許容量以上のモザイクを受け入れてモザイク化した存在、だっけ。ジュエルジグラットを守る意志以外に何も残されていないって聞いてしまったから、ちょっと戦いづらいね」
「ならば、どうする?」
 俯くマヒナ・マオリ(カミサマガタリ・e26402)の前で、コクマ・シヴァルス(ドヴェルグの賢者・e04813)が鉄塊剣の柄に手を掛ける。
「戦おう。ここを突破しないと、中枢には向かえないから」
 フルフルと震えるシャーマンズゴースト「アロアロ」を軽く撫で、マヒナは夜明け色の瞳で『殲剣の理』センたちを見据えた。
「ま、そうするしかねぇよなぁ――ってわけで悪ぃが観念してくれや」
 不知火・梓(酔虎・e00528)はコートの裾を翻らせ、刀を抜く。
「モザイクの住民から色々と情報を得ることはできましたが、まだ不明な点もありますしね。行きましょう、中枢へ」
 身体をワイルドスペースに変え、痛みに耐えながら朝比奈・昴(狂信のクワイア・e44320)は戦う。
 センたちを突破したケルベロスたちは、途中、ワイルドスペースに似た場所を駆け抜け、中枢を目指す。

●現れた脅威
 急ぐケルベロスたちの前に、何かの群れが立ち塞がった。
「また『殲剣の理』センか? 悪いが、何度出て来ても突破させてもら……いや、違うな。繭のようなものを纏った……人型? 一つ目の仮面をつけているのか?」
 コクマが彼らの存在を把握した瞬間、モザイクが放たれる。
「来るよ! うそ、早い――!?」
 マヒナが身構えると同時に、シャーマンズゴースト「アロアロ」がモザイクを受け止める。モザイクはアロアロの体に纏わり付いて全身を覆い――消滅、させた。
 その光景に、マヒナは目を見開いた。
「え……アロアロ……? 嘘、でしょ……?」
「おいおい……こいつの攻撃は、全てを奪ってモザイク化させるってぇのか……?」
 呟く梓の銜えていた長楊枝が、音も無く落ちた。

●すべきことは
「この敵からは、純粋な悪意を感じますね。たとえ相手が『ドリームイーター』であろうと、全てを奪い尽くしてモザイクとしてしまうような」
 昴が口にしたことを、ケルベロスたちは確かに感じ取っていた。
 さらにはドリームイーターが『モザイクを晴らそうとする存在』であるのなら、目の前の敵は『他者をモザイクにする為の存在』であるということを。
 この敵は危険だと、本能が警告する。肌が粟立つのを堪えるようにして、ティアンは敵を見遣った。
「こいつはドリームイーターじゃない。もっと別の……存在だ」
「さっきの攻撃を見る限り、触れただけでモザイク化される危険があるよ。みんな、気を付けて!」
 錆次郎が警戒を促すと、ボクスドラゴン「リィーンリィーン」は心配そうにゼーを見上げる。
「心配するな、リィーンリィーン。……はてさて、此奴らはジュエルジグラットの悪意かの? それとも、苦しみから逃れようとしてのものか……?」
 ゼーが疑問を口にするが早いか、再び敵はモザイクを放った。
 受け止めるのは、ウイングキャット「スノー」。スノーもまたモザイクに包まれ、消滅してゆく。
「そんな、スノーまで……!」
 ほんの数秒前までスノーのいた場所を見つめた後、碧は迫り来る敵へと視線を移した。


参加者
ティアン・バ(奈落の底・e00040)
不知火・梓(酔虎・e00528)
コクマ・シヴァルス(ドヴェルグの賢者・e04813)
マヒナ・マオリ(カミサマガタリ・e26402)
植田・碧(紅き髪の戦女神・e27093)
ゼー・フラクトゥール(篝火・e32448)
風陽射・錆次郎(戦うロボメディックさん・e34376)
朝比奈・昴(狂信のクワイア・e44320)

■リプレイ

●未知との戦闘
 敵の撃ち込んできたモザイクから、コクマ・シヴァルス(ドヴェルグの賢者・e04813)が庇いだてた。手にした鉄塊剣「スルードゲルミル」でモザイクを受ければ、コクマの予想どおり刃がモザイク化してゆく。
「気にするな、今のうちに攻撃を!」
 ティアン・バ(奈落の底・e00040)は静かに頷き、バスターライフルの引き金を引いた。モザイク化を警戒しての、遠距離攻撃だ。
 直接接触しなければ、モザイク化することもあるまい――誰もがそう思っていた。だが、魔法光線が敵に着弾するや否や、バスターライフルがモザイクに包まれたのだ。
 ティアンは首を傾げ、銃の感触を確かめる。
「これは――接触によってモザイク化するわけではないのか?」
「するってぇと、呪いか何かでモザイク化でもしてんのか?」
 ロングコートを翻らせて斬り込むは不知火・梓(酔虎・e00528)。同時に大半の敵を視界に収めつつ、梓は死角を作らぬよう心がける。
 斬霊刀「Gelegenheit」が光線の跡をなぞる軌跡は、正確無比。その後は、すぐさま敵と距離を取る梓だ。
「鈍らが更に鈍らに、ってか」
 刀身も柄もモザイクとなった刀を見遣り、梓は一瞬だけ口角を上げる。
 攻撃を仕掛ける度に武器が、攻撃を受ける度に防具が、それぞれモザイク化してゆく。それでも武器や防具としての役割は果たしているようであるから、ケルベロスたちはモザイク化した武器の使用を続け、目の前の敵を一体ずつ確実に撃破することに集中する。
 だが、半分ほどを撃破したところで彼ら彼女らの表情はむしろ曇っていた。
「武器や防具の見た目がただモザイク化するだけかと思っていたけど――」
 植田・碧(紅き髪の戦女神・e27093)は疑念を確認するかのように、極彩色の爆発を起こした。士気を向上させながら癒しも与えるグラビティは、彼女が手の中にあるモザイクの塊――元は謎のスイッチだったものだ――を押し込んで起こしたものだ。
 モザイクとなった防具へも視線を走らせつつ、碧は口を開いた。
「思ったより傷が癒えていないわね。それに、受けるダメージも大きくなってきている気がするわ。攻撃の方はどうかしら?」
 問われ、マヒナ・マオリ(カミサマガタリ・e26402)は伏し目がちに首を振った。
「気のせいじゃ無い、と思う。一体を倒すまでの時間が、だんだん長くなってきてるから……間違いなく、攻撃力も下がってる」
 直後、マヒナが放った稲妻も精彩を欠く。彼女の掌にあるモザイクは、元はガネーシャパズル「夜明けの花」であったものだ。花弁の閉じ込められたクリスタルのピースは、今はまるで視認できない。
 碧とマヒナが口にしたとおりのことを、他のケルベロスも感じていた。
 焦りを感じながらも、コクマは敵に突撃を仕掛ける。
「このままではジリ貧ではないか……! くっ、一体どうすればモザイク化を解除できる!?」
 モザイク化けした二の腕を忌々しそうに見遣り、周囲や敵の状況を観察するコクマ。だが、手がかりとなるような物も事象も一切、見当たらない。
「うーん……ヒールグラビティじゃモザイクは消えないし……」
 そう、風陽射・錆次郎(戦うロボメディックさん・e34376)が状態異常を消し去る力のある癒しを与えても、まるでモザイクの晴れる気配がない。
 オウガメタル「ポーンメタル」の粒子を前衛に振りまいて得られる癒しの力も、それがモザイク化する前より格段に落ちている。
「となれば、じゃ。この敵を倒した後にモザイクが晴れると――そしてリィーンリィーンらが帰ってくると信じて、ひとまずは撃破に努めるしかなさそうじゃの」
 落ち着き払った様子で、ゼー・フラクトゥール(篝火・e32448)はモザイクの槌から砲弾を撃ち出す。
 愛弟子であるボクスドラゴン「リィーンリィーン」は、敵の攻撃からケルベロスたちを庇ってモザイクとなり、既に消滅していた。ほんの少し前、ウイングキャット「スノー」やシャーマンズゴースト「アロアロ」が消えて行った時のように。
 それでもケルベロスたちは持ちこたえ、各個撃破の戦術を続行する。無傷の者は一人もいない状況で敵軍を減らし続け、ついには最後の1体を撃破する好機が訪れた。
 仕留め損なうわけにはいかないと、朝比奈・昴(狂信のクワイア・e44320)は片腕を巨大な刀に変じさせる。
「この敵で最後ですね。確実に――倒します」
 渾身の力を籠め、敵の頭上から振り下ろす。下ろしきった刃が地面に跳ね返り、敵が消滅した。
 すると、ゼーの手にする竜槌が形を取り戻し始める。全員の武器と防具からも、モザイクが消え去っていた。
「どうやら、敵の撃破と同時にモザイクが解除されたみたじゃの。さて、サーヴァントたちは――」
 振り返ったゼーの目に映ったのは、ちょうど真っ白なウイングキャットが碧の腕の中へと飛び込んでいくといったもの。
 続けてゼーの愛弟子も、フルフルと震えるシャーマンズゴーストも姿を現す。
「……良かった……」
 そう呟いて、マヒナは震えるアロアロを抱きしめた。

●その先へ
 出現した敵を撃破したところで、モザイクと化した武器や防具、サーヴァントは元に戻った。状況を確認して、ティアンはゆっくりと息を吐く。
「全員が生存、かつまだ時間もありそうだ。――行くか」
「ええ、行きましょう。ジュエルジグラットの、中枢へ」
 碧の瞳が、中枢へと向かう道を見つめる。
 そう、ケルベロスたちは調査のためにこそジュエルジグラットを訪れたのだ。
 一同は頷き、錆次郎を先頭にして駆け出す。
 錆次郎が行く道を記録するのを横目に、ティアンは眉根を寄せた。
「……妙な感覚が無いか? 言葉にするのは難しいのだが――そうだな、奥に行くべきでは無い、という強烈な不安といえばいいだろうか」
「ええ、しかも不安だけではありません。こちらも言葉にしづらいのですが……プレッシャーとでも言えば良いでしょうか。そういったものも感じますね」
 目に見える異変はないのに、と、昴は怪訝そうな顔をする。
「確かになぁ。ま、でもこれくらいなら、まだ気合いでなんとかならぁな」
 襲い来る不安やプレッシャーとは裏腹に、梓のロングコートはどこか楽しげに翻っていた。
 中枢を調査し、生きて帰還する。確かな意思を胸に駆けるケルベロスたちは、あるものを前にして同時に立ち止まった。
「ここが、中枢なのか……?」
 コクマは息を呑み、本能的に視線を逸らした。中枢の全てを記憶し、解析しようと決意していたコクマの意思を以てすら、正視するに堪えない光景があったのだ。
 マヒナはいっそう震えるアロアロの手を握り、ぎゅっと目を閉じる。目を閉じても消えない光景は――、
「モザイクが……坩堝の中で、煮えてるの……?」
 そう『煮えたぎったモザイクの坩堝』だ。
「ふうむ……正気を失わせるような冒涜的な外見――これほど混沌という言葉が相応しい物も、なかなかあるまいて」
 薄目で状況を確認するゼーが、ゆっくりと頷いた。
 見ているだけで引き寄せられそうになる、蠢くモザイク。誰もが踏み出せぬまま、ただその場に立ちすくむ。あれに手を伸ばしたら、触れたら――モザイクと同化してしまうような気がして。

●調査
「ここは――これは、いくら何でも危険すぎるよ。調査はここで止めて、帰るべきじゃないかな? もう、時間もあまり残っていないし……」
 口元に手を当て、マヒナが仲間の様子をうかがう。これ以上の調査でマヒナに何かあろうものなら、彼女を待つ婚約者と友人たちは間違いなく悲しむことだろう。
「そうだな。生きて帰るのならば『あれ』に手を出すべきではない」
 と、ティアンがモザイクの坩堝を一瞥した。シャドウエルフの娘にも、悲しませたくない者がいるのだ。
 情報よりも無事に戻る方が大事だと見送ってくれた者が。その言葉に応えるのなら、坩堝の存在を中枢の情報として帰還すべきだろう。
 しかし、と低い声音で反論したのはコクマだった。
「ワシらは中枢の有益な情報を、まだ得ていない」
「……そうね。それにあれだけの危険を冒してここまで来たのだから、今さら引き下がるのもちょっと、ね?」
 スノーの喉元をくすぐりながら、碧も反論する。
「この調査は――最終決戦のために有益な情報を得て、ドリームイーターの侵略を解決するためのものです」
 昴が静かに語り出す。
 ケルベロスたちが撃破した寓話六塔『青ひげ』や『ポンペリポッサ』によって、『ドリームイーターとの最終決戦において、ゲートを破壊しても侵略を食い止められない可能性がある』という情報がもたらされた。情報の信憑性は不明だが、最終決戦に関してケルベロスの総意を問う投票ではひとまずジュエルジグラットの調査を行うことが決まったのだ。
 ドリームイーターの侵略を止められるかどうか、現時点ではこの調査隊による調査結果にかかっているといっても過言ではない。加えて、いま地球で待つケルベロスや一般人の期待は、半端なものではないだろう。だからこそ、と昴は語気を強めた。
「ここは、何としても調査すべきです。ティアンさんとマヒナさんの言う通り、あの坩堝は明らかに危険ですが――」
 仲間の返答を待たずして、昴は腕を巨大刀へと変形した。モザイク化させる敵を両断した時のように、坩堝で煮えたぎっているモザイクを斬ったのだ。
「モザイクに隠された何かが、きっとあるはずです」
「グラビティで一時的にでもモザイクを散らせれば、その先を見ることができるかもしれないわね」
「よし、ワシも手伝おう」
 碧はスイッチを押し込んで爆発を起こし、コクマは地獄を纏わせたスルードゲルミルを叩き込む。
「や、やめた方がいいよ! 何が起こるかわからないし、それに――もしかしたら、死ぬかもしれな――」
 悲痛な声を上げかけたマヒナは、言葉を失ってその場に座り込んだ。
 夜明け色の瞳には、昴、碧、コクマの姿は映っていない。
 ただ、モザイク化した存在だけがゆるゆると蠢いているだけだ。
「グラビティを辿った呪いみたいなものなのかな?」
 錆次郎はただただ驚愕しながら、坩堝へと溶け込もうとする3人分のモザイクを見遣る。
「スバル、アオイ、コクマ、待って、行かないで! 少しでも意識があるのなら、ワタシたちの声が聞こえるなら――どうか、思いとどまって!」
 マヒナの呼びかけに、3人は応えない。
「引き戻したいところだが――直接触れれば、ティアンたちもモザイクになってしまうかもしれない……何か方法は……」
 ティアンは唇を噛んだ。
 3人は元の形を保てず、徐々に崩れてゆく。このまま完全なモザイクとなるまで、そう時間はかからないだろう。
「モザイク……方法……そうだ!」
 錆次郎は目を見開き、仲間に告げる。
「ねえ、3人に大事なものを思い出してもらおうよ! 植田さんは金色の狐ストラップ、朝比奈さんは聖王女への信仰、シヴァルスさんはまた会いたい人、って言ってたよね? 一か八かの手だけど、何もしないよりは――きっと!」
 言いつつ、錆次郎の脳裏に青髪ドワーフの姿が浮かんだ。背の低い彼女は、錆次郎の恋人。彼が大切にしている人だ。
 なるほど、とティアンは碧に向かって呼びかける。
「碧、聞こえるか。お前の大切なものを――金色の狐ストラップのことを、思い出すんだ。そのストラップは……きっと誰か、大切な者からもらったんだろう?」
 ティアンが推測したとおり、碧が所持していたストラップは恋人が作ってくれたものだ。
「スバル! 聖王女への信仰を思い出して。いつも胸に信仰を置いてるって、言ってたよね?」
 マヒナも、必死に声を張り上げる。
「また会いてぇ、って思える奴がいるんだろ、コクマ? 俺にも、大事な人がいる。コクマが会いてぇって思えた奴が誰なのかまでは知らねぇが、そいつのためにも戻って来いや、なぁ?」
 家族、養女、惚れた女を脳裏に思い浮かべ、梓は思わず身を乗り出した。そうして、同時に手を差し伸べる。
 モザイクたちに手を伸ばしながら、ケルベロスたちは3人へと声をかけ続けいてた。
 何か変化があってくれと願うように凝視していたゼーの目に、まだ変化らしい変化は確認できない。
「呼びかけが届いてくれると良いのじゃが……しかし既にどのモザイクが誰やら――む、見よ」
 ゼーが、坩堝の付近を指差す。
「モザイクが人の形を取り始めたのじゃ。ひょっとすると、これは……」
 人の形、頭、腕、手――やがて指の形も認識できるほどになった『それ』は、ケルベロスたちに手を伸ばしてきた。

●視えたもの
 モザイクに攻撃を仕掛けた者たちは、自身がモザイクになったと理解し、絶叫を上げていた。
(「このままモザイク化が進めば、わたくしはあのモザイクの坩堝の一部となることでしょう。そうなってしまったら、わたくしは二度と自分を取り戻せない――」)
 身体の各所が感覚を失いモザイクと化してゆく。それを止める術を、昴は持たない。
 碧もコクマも同様に、自分という存在がモザイクに溶けていく感覚を覚える。
 そのさなか、3人は何かを感じ取った。
(「これは……モザイクでは無いものが存在している……?」)
 どうにか意識を保ちながら、コクマは思考と感覚を集中する。
 『それ』は、完全なモザイクではない。だが、そのほとんどがモザイクとなっているせいか、存在自体は欠片程度しかないようだ。そこから生まれたモザイクが中枢を埋め尽くしており、さらにはジュエルジグラットそのものがそこから生じている。
 一瞬にして、3人は理解した。
 この欠片だけの存在が十二創神『魔石獣ジュエルジグラット』である、と。
 証拠はどこにもない。ただ感覚だけが告げるように、理解させるように示してくる。
(「でもこれを理解したところで、私たちはモザイクに……」)
 碧が溶けていきそうな意識を手放そうとしたその時、頭上から声が聞こえてきた。さらには、モザイクがひび割れていく。
「碧――大切――金色の狐ストラップ――もらった――」
「スバル――聖王女――信仰――いつも――信仰――」
「また会――コクマ――戻って来い――」
 その言葉で、3人の意識は明確になった。
 割れたモザイクの隙間から、差し伸べられた手が見えたから。モザイクとなった3人も、手を伸ばし始めた。
「もしかして、ティアンたちがわかるのか?」
「だったら、繋ごう。きっと今なら、大丈夫」
「だなぁ。これ以上の好機はねぇだろうよ」
 モザイクの手を見つめる3人は視線を交わし、意を決したようにモザイクの手を握った。
 碧の手を、ティアンが。昴の手を、マヒナが。コクマの手を、梓が。
 すると、繋いだ手の箇所から徐々にモザイクが消えてゆく。
 間もなくして、モザイクと化しつつあった3人は元の姿へと戻った。
「良かった……本当に、良かった……」
 涙ぐむマヒナに、アロアロが寄り添う。
「えっと……3人の無事を喜びたいところだけど、そうもいかないみたいだよ」
 錆次郎が示す先に居るのは、人型のモザイクだ。『殲剣の理』センにも似ている。
「なら、手早く片付けて撤退するとしよう」
 バスターライフルを構え、ティアンが突破できそうな場所を探る。
「そうね。中で見たものについては脱出がてら話すとしましょうか」
 碧が咳払いをいくつかする。戦意を向上させる歌を歌うには、問題なさそうだ。
「一刻も早く聞きたいところだけど、今はそれどころじゃないよね。怪我したらすぐに言ってね、手早く治療するから」
 特殊弾丸を装填した痛銃を手に、錆次郎は仲間の様子に気を配るのだった。
 人型のモザイクを撃破しつつ、ケルベロスたちは徐々に中枢から遠ざかってゆく。
「これだけ離れれば大丈夫そうじゃの。さて、中で見たものについて聞かせてもらえるかの?」
 昴、碧、コクマの顔を順に見て問うのは、ゼー。
 昴はゆっくりと頷き、話し始めた。
「中枢そのものに近づけば、モザイクに飲み込まれてしまいます。ですが、モザイクの一番奥こそに魔石獣ジュエルジグラットそのものともいえる存在がいたのです。十二創神たる魔石獣ジュエルジグラットを苗床に繁殖したモザイクが、この巨大なジュエルジグラットをも形作っている……そう、感じました」
 同じものを見て同じように感じたコクマは、眉間にしわを寄せた。
「たとえゲートを破壊したとしても、あの中枢を攻略してジュエルジグラットを滅ぼすか助け出す必要があるだろうな。そうでなければ、ジュエルジグラットは破壊されたゲートを無理やり通って何度でも地球に手を伸ばしてくるに違いない」
「現在のドリームイーターには地球を征服するような力はないわ。けれど、増え続けるモザイクはいつか最大の災厄として地球に襲い掛かるはず。でも、私たちケルベロスは『モザイクが人型になった敵を撃破』できる。つまり、中枢のモザイクを力技で晴らすことも不可能ではない……ということかもしれないわね」
 すり寄るスノーを撫でながら、碧はそう結んだ。

●ジュエルジグラット脱出のために
 3人が見た中枢の情報を共有し終えた後、ケルベロスたちはジュエルジグラットからの脱出を急ぐ。
 しかし、退路を塞いだのは見慣れぬ敵であった。その敵は一定以上は近寄らず、盾のようなものを掲げてケルベロスたちを封じ込めようとしてくる。
「なんだ、ありゃ? 儀式か何かでもしてぇのかぁ?」
 梓は煙草代わりに銜えた長楊枝を上下に動かし、半目で敵を見遣る。
「それに――見よ、あ奴らは明らかに中枢を恐れておる。加えて、前に進む勇気もなさそうじゃ」
 師匠の言う通り、というように、リィーンリィーンが何度も頷いている。
「寓話六塔もこの場には来ていないみたいだね。『モザイクに飲み込まれる事を恐れて』いるのかな?」
 周囲を眺めていた錆次郎が、意見を求めるように疑問を口にした。
「それは不幸中の幸いね。でも、どうする? あいつら、私たちを逃してくれる気はなさそうよ?」
 いつでも仲間を庇える位置を取りながら、碧は短くため息をついた。
「逃がす気はない、ってことは……中枢の状況を知られたくないのかな?」
 小首を傾げるマヒナの声を聞いて、コクマは愉快そうに笑った。
「ならば、何としてもここは突破しなくてはな」
「ええ、せっかく情報を得たのです。あとは帰還するだけですからね」
 微笑む昴は、続けて聖句を呟いた。
「とりあえず、遠距離攻撃でも仕掛けてみるか」
 ティアンがライフルの銃口を持ち上げ、狙いを定めて引き金を引く。放たれた光線は盾に弾かれ、完全に消失させられた。
 それを見て、ティアンは、防御して耐えたのでは無い、攻撃を完全に無効化する結界であると推測する。
 このまま攻撃を続けるだけならば、何時間たたっても、結界を破壊する事は不可能な事だろう。
「突破不可能な結界か。だが、それは、通常の方法では、の話だが」
 そう呟くティアンの顔に、不安の色など滲むはずもなかった。

●その剣の名は
 梓はふっと笑って、腰の後ろへと手を遣った。
「そうだな、通常の方法じゃあ無理だ。だが、俺たちには『これ』がある――」
 そう、ケルベロスたちは既に対抗手段を持っている。腰の後ろに括り付けていたものを外した梓は先ほど『これ』と呼んだものを仲間に示した。
 光る小剣は、所持する梓の顔を、そして共にここまで来たケルベロスたちの顔を照らしている。
 マヒナの顔が、思わずほころんだ。
「そっか、グラディウスだね」
「私たちにはこれがあったわね」
 碧もマヒナと顔を合わせ、笑みを浮かべる。
「グラディウスは『強襲型魔空回廊の破壊』――すなわち特殊結界の破壊効果があるのであったな」
「グラディウスならあの盾も破壊できそうだね」
 生還への希望が見えてきた。コクマと錆次郎は梓、ティアン、ゼー、昴の手にするグラディウスを順に見つめる。
「よーし、いっちょ派手に行くかぁ! 作戦の成功と、無事の生還への思いを込めて、ってなぁ!」
 梓の声が、響き渡る。
 グラディウスの力を引き出すには、思いの強さと叫びが重要なのだ。梓に続いて、ティアン、ゼー、昴も思いを強く抱き、声を狩り上げた。
「ああ、なんとしても生還する――!」
 ティアンの喉、その奥底にある傷が痛むが、大切な者の元へ生きて戻れるというのなら代価としては安いものだ。
「うむ、行って帰って来るまでが調査じゃ。皆で生きて還ろうぞ――!」
 ゼーの咆吼にも似た声で、捻くれて太く老獪なムフロンの角が振動する。
「ええ、無事の生還を。聖王女、どうかお力を……!」
 祈りにも似た思いを込め、昴は両手でグラディウスを握った。
 雷光と爆炎につづいた発生したスモークに、何かの影が映る。
 8人のケルベロスと、3体のサーヴァントだ。
 スモークを抜けたケルベロスたちは、再び駆け出す。
 敵の防御を突破することに、成功したのだ。

●行く者たち
 ケルベロスたちは、来た道を逆に辿って帰還を目指す。
 途中、マヒナが都市のひとつを指差した。
「ねえ、ワタシたちが立ち寄った都市だよ。さすがに立ち寄ってる時間はなさそうだけど……」
「うん? 住人が顔を出して手招きしているな。すぐに追いつくから、先に行っていてくれないか」
 仲間に声をかけ、ティアンは手招きした住人たちの元へと駆け寄った。二言3言かわした後、軽く頭を下げて礼を述べ、急ぎ仲間の元へ戻る。
「ここから先はあちらの道を通るといいそうだ。今なら敵の数が少ないと、住人たちが教えてくれた」
「そっか……あの人たちも、いつか救われるといいな」
 振り返って都市を視界に収めたマヒナは、どこか寂しそうに呟いた。
 モザイクの住人たちに教えられた道にも、徐々に残霊が現れ始める。
「邪魔だ、失せな」
 梓は黝い刀身に雷光を纏わせ、残霊を貫いた。運命、という銘を与えられたこの刀は、梓だけでなく、調査のためにジュエルジグラットを駆け抜けてきたケルベロスたちの運命を切り開いているといえるだろう。
 敵から離れる梓の傷は大した物でないと見て取った錆次郎は、周囲を見渡した。
「やっぱり、寓話六塔の姿はないみたいだね」
 と、悪魔っ娘銃から弾丸を放つ錆次郎。特殊弾丸は残霊を貫き、瞬く間に消滅させてゆく。
「いまのところは軍隊、ってほどの数でもないように見えるけど……」
 アロアロの癒しを受けながら、マヒナは敵の頭上にココナッツの幻影を落とす。
「先ほどの盾でわたくしたちの足止めが成功すると思っていたのかもしれませんね」
 身体をワイルドスペースに変えた昴が、自身からワイルドを切り離して投擲した。
 残霊を倒しながら、ケルベロスたちは走り続ける。
 リィーンリィーンと共に殿をつとめるゼーは、振り返って見えたものに足を止めた。
「フラクトゥールさん、何かあった?」
 走る速度を落としながら、同じく殿を担っていた錆次郎が振り返る。
「あれは……敵の軍勢?」
「そのようじゃ。大方、我々がグラディウスを使用して脱出しようとしている、とでも報告を受けたのじゃろうな。このままでは追いつかれるのも時間の問題じゃの」
「私も同感。さあ、皆は行って」
 碧スノーを抱きかかえ、ゼーの隣に並んだ。ついにはコクマまでが同じように駆け寄り、3人は他のケルベロスに背を向ける形となった。
「うむ。ここはワシらが残って、あの軍勢を足止めする。昴は中枢で見たものを地球で待っているケルベロスたちに伝えてくれ」
 瞬間、3人の選択を誰もが理解した。
「せっかくここまで来たんだよ、一緒に帰還しようよ! 今度こそ……死ぬ、かもしれないんだよ?」
 マヒナの不安そうな視線を受けて、コクマは口角を上げる。
「『死ぬかもしれない』のならば『死なないかもしれない』可能性だってあるだろう? 心配せずとも、ワシは死ぬつもりはない。生きてやりたい事は幾らだってある。ならば――」
 コクマは、軍勢に向かって駆け出した。
「此処で死ぬわけにはいくわけなかろうよ!!!!」
 張り裂けんばかりの叫び声を上げた男は、潜在能力を「暴走」させた。
「そういうこと。後は皆に任せたわ」
 仲間に背を向けたまま軽く手を振った碧は、もう片方の手でストラップを握りしめた。掠れる声で呟いたのは、恋人の名前だろうか。
 碧がきつく瞬きをすれば、両の手には銃が握られる。不遜な笑みを浮かべたメイド服の娘は、先ほどまで確かにケルベロスであった者だ。一撃の無駄もなく撃ち込む弾丸は、敵軍の数を確実に減らしてゆく。
「若い者は帰るのじゃ。ここで我々が足止めをしたとて、限界はあろう」
 優しく告げられたゼーの言の葉には、有無を言わせぬ厳しさすら垣間見える。
「――我々は簒奪者に抗う者じゃ」
 一呼吸置いた後の言葉は、軍勢に向けてのものだ。いっとう低く呟いたドラゴニアンの身体が膨らみ、巨躯のドラゴンへと変貌した。そこから先は、既に暴走した二人と同じ。軍勢へと突っ込み、足止めのための攻撃を仕掛ける。
 暴走した3人が軍勢に飲み込まれて確認できなくなった頃、梓は困ったように笑った。
「悪ぃが、ここは任せるなぁ。あとは……そうさなぁ……次も生きて会おうや」
「――さあ、行こう。僕たちは、情報を持ち帰らないと」
 そうしなければ生き残れない、と。錆次郎は意を決したように視線を上げ、仲間を促す。
「ああ。調査の成果は出したんだ、どうせなら全員無事である方がいい。今は無理でも、な」
 ティアンが、暴走しながら敵を倒す3人に背を向ける。マヒナも後ろ髪を引かれる思いで軍勢を見遣り、その中にいるであろう3人を想った。
「必ず、生きて帰ってきて。……アロアロ、行くよ」
「碧さん、ゼーさん、コクマさん……わたくしが中枢で見たもの、感じたものは必ず地球で待つ方々に伝えます。せめてどうか……貴方方に、聖王女の恩寵がありますよう……」
 胸の前で手を合わせて祈った昴も、意を決して3人に背を向け――走り出した。
 訪れた時よりも少し減った足音を響かせながら、ケルベロスたちはいくつもの都市を抜け、残霊を撃破した場所を過ぎ去ってゆく。
 そしてついに見えたのは、ジュエルジグラットとダンジョンを繋ぐゲートだ。
「よし、ダンジョンは間もなくだ。このまま一気に突破できそうだな」
 言葉とは裏腹に、ティアンの声に安堵の色は無い。共に駆けてきたケルベロスたちの顔も、決して晴れやかなものではない。
 ゲートを駆け抜けると同時に、ティアンは帰還を待つ者のことを思い出した。その存在は、どれほど得がたい幸福だろうか。その幸福を噛みしめられることに僅かな罪悪感を覚えながらも、ティアンはダンジョンの側へと足を踏み入れた。

作者:雨音瑛 重傷:なし
死亡:なし
暴走:コクマ・シヴァルス(ドヴェルグの賢者・e04813) 植田・碧(紅き髪の戦女神・e27093) ゼー・フラクトゥール(篝火・e32448) 
種類:
公開:2020年1月6日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 13/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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