ナオミの誕生日~下合瀬の千年桂

作者:ほむらもやし

●ここは山の中
 佐賀県富士町下合瀬、ダム湖の近くの県道から入った脇道の先に、樹齢千年を越える巨大な桂の樹がある。
 20メートルにも達するスケールの大きな根回り、環状に並ぶ25本にもなるひこばえが真っ直ぐに伸びる様子は力強いだけではなく、しっとりと落ち着いた生命感を感じさせる。
 東に向かって森が開けており、ひこばえの間からのぞき見える朝日は美しい。
 樹の南側には清流が流れている。
 流れと言うには、とても少ない水量だが、ずっと昔から枯れること無い水だ。
 この樹に至る坂道の脇に設置された看板の他に、この桂の樹を案内するものはない。
 訪れる者もほとんどいないため、ここに来れば思う存分、樹を眺めることができる。

●生きている証
「これ、書いたのは、結局、一月だけだったわね……」
 本棚に置きっぱなしにしていた日記帳を開いた、ナオミ・グリーンハート(地球人の刀剣士・en0078)は、自分の意思の弱さを思い知らされて頭を抱えた。
「そういえば、今日は12月25日。うっかりしていましたが、今年もやって来ましたわ」
 おひとりさまで高級レストランを予約するのも良いかも知れないが、幸せいっぱいの知り合いに会って、「あらナオミさんも来てたの」なんて、挨拶されたら、祝福したい気持ちと、寂しさが同時にやってくるので、何となくいやだと思った。
「今年も、自然が私を呼んでいるわ——山に登りましょう」
 ——というわけで。
 ケルベロスの仲間たちと山の自然のなかで素敵な思い出をつくれたら良いな。と、ナオミは思い立った。
「樹齢千年の桂の樹の向こう側から、昇る朝日を見に行きませんか?」
 そこは佐賀県にある県立自然公園の一角で、北山ダムの貯水池の北側に位置する、地図的には何も無い場所。
「今の季節は落葉が一通り終わっていて、樹木本来の枝ぶりを存分に楽しめるはずですわ」
 落葉した寒々隙間だらけの森を、風が音を立てて吹き抜けて行く様は想像するだけでも寒そうだが、隙間が多いからこそ、そこから見える太陽や星の輝きは素晴らしい。
 そして三瀨村と富士町のまたがるこの辺りは、ウォーキングが推奨されているらしく、かゆいとことに手が届くように歩道だけはよく整備されている。
「一応森林学習センターの研修宿泊施設予約しておきましたので、寝泊まりには困りませんわ。食材はスーパーに宅配をお願いできるので、またカレーでよければ沢山作って差し上げることも出来ますわよ」
 因みに研修施設から桂の樹の場所までの距離は3kmほど、普通に歩いて1時間程度もあれば辿りつける。
「夜明けは午前7時頃ですから、午前6時までに研修所を出発すれば、日の出には間に合います」
 研修所を利用しないなら、山中で徹夜で過ごすことになる。ただし、寂しいし、寒いし、何もないので、時間を潰すのに困るかも知れない。
「スケジュールは夕方4時までに森林学習センターに集合して、出来る人は食事の準備、しないひとはだらだら過ごして、できあがったものを食べるだけという感じね。それから後片付けと朝食の段取りをしておくぐらい。——お風呂は男女分かれていますけど、夜21までに上がれるように気をつけて。消灯は22時、山のなかでいつまでも電気がついていたら、後で怒られるので電気だけはちゃんと消して下さい」
 そこまで言うと、ナオミは懐かしい気分になった。
 デウスエクスによる第二次大侵略期が始まる前に、短い間やっていた中学生への指導でもこんなことをしていた気もする。もう、ずうっと昔のことのような気がして、細かく思い出せないけれど。
「たまにはこういう気を遣わないのも良いですわね」
 樹齢1000年の巨大な桂の樹と朝日を見るために、前日から山にお泊まりする。
 おしゃれなものや、高級なものは無いけれど、自然と、樹と、カレーライスがある。
 あと、だらだら過ごしてもだいじょうぶな時間が、多少はある。
 あるものは限られているかも知れないけれど、そこから楽しい思い出を作れる可能性は無限にある。
「よし、それじゃあ、そろそろ参りますわよ!」
 穏やかに眉尻を下げると、ナオミは十代の女の子のような笑顔をみせた。


■リプレイ

●沈みゆく太陽
「ひとつ、ふたつ、みっつ……。すごい、太陽に向かって飛行機雲が伸びているのよ!」
 時間は午後4時過ぎ。
 東京よりは1時間ほど日没の早い佐賀県の空は、夕方の色を濃くしつつあった。
「で、こっちが、今日、お泊まりする森林学習センターなのね」
 2階建ての建物と小さなグラウンドを備えた、山間地の分校という感じの施設だ。アザリア・スノゥホワイト(凍雪・e29759)は一緒に来た、ルーチェ・ベルカント(深潭・e00804)とネーロ・ベルカント(月影セレナータ・e01605)の方を見遣った。
「あの太陽がまた東から出てくるまでの間ここにいるんだね。天気予報によると明日はだいぶ冷えるらしい。ルーチェは大丈夫かい?」
 太陽は頭上にあるものと思っていたが、夜の間は足の裏側にあると気づくと複雑な気分もする。
「大丈夫よ。風邪なんて引いてられないの。お願いごともできなくなっちゃうのね!」
「……お願いごと? そうだね。せっかくだから、お祈りするのもいいかもね」
「ルーチェ兄様、ネーロ兄様は、お願いごとってする?」
「なにが良いのか難しいよねぇ。この国では日の出は、神聖なもの——らしいし」
「初日の出って、お願いごとするんだって、ご本で読んだのよ!」
 ルーチェは言葉を曖昧にしつつ、視線をネーロの方に向ける。
 夜明けの太陽と共に天照大神が表れるとか、大きな神様にはみんなの為になる願いごとをしなければならないとか、細かく考え出すと難しくてキリがなくなってくる。
「まあ、みんなが幸せになるように。とか、そんな感じで、俺は良いと思うね」
 1000年前と言えば、西暦1010年。日本の首都は京都で藤原道長の一族が権力を振るっていた。
 明朝、見に行く桂の大樹はその頃には既に枝葉を伸ばしており、その頃からずっと、年末年始を迎える人々の営み見て来たはず。
 そういえば、此所に来るまでの間、道行く人たちが、そわそわそわしているような気もした。
 クリスマス休暇だったり、年末年始の休暇だったり、昔とは暦や言い方も違うかも知れないが、新しいはじまりには何かとおめでたいムードが漂う気分に、今も昔も違いは無い。
 現存する日本最古の年賀状が、藤原明衡の手によるものと知れば、想像もつきやすい。
 そう、みんな忙しそうにしている。同時に、一年のうちで最もわくわくする時期だ。
 だから、当然のように財布の紐も緩んでしまうのかも知れない。
「せっかく来たのですから、この土地の色んな食材も食べてみたいですね!」
 アルケイア・ナトラ(セントールのワイルドブリンガー・e85437)はとても明るい表情で言った。
「確かに、カレーだけだと物足りないかも知れませんね、後から少し買い足しに行きましょうか?」
 ナオミ・グリーンハート(地球人の刀剣士・en0078)がすぐに賛成する。
 予め配達してもらったのはカレーライスの材料が中心で素っ気ない。三瀨村や佐賀県が産地となっている物が殆どで趣旨は分かるのだが、どこにでも売られているあり物だ、と言えば、その通りで珍しい感じはしない。
「では私が、ひとっ走り、行って来ましょうか?」
「ちっちっちっ、もう少し遅い時間に行きましょう。夕方になると、少しお得な買い物ができるのですよ」
 古い映画のように格好をつけたつもりで人差し指を左右に振り、どこかで煎餅を焼いているおばあちゃんのように暮らしの知恵を含ませた。

 カレーライスの準備は、バジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)やフレデリ・アルフォンス(ウィッチ甲冑ドクター騎士・e69627)が手伝いを申し出てくれたおかげで余裕がある。
「複雑な作りではないですから、ここがこうなって、こうなっているから、多分これで問題無いでしょう」
 仕様が業務用の3升炊きのガス炊飯器は単純すぎるゆえの扱いづらさもあったが、ジュスティシア・ファーレル(シャドウエルフの鎧装騎兵・e63719)があちこち触ってみて、何とかなるでしょうと言う。
「すみませんね。電気炊飯ジャーもあるのですが、5合までしか炊けなかったみたいで——お手間掛けました」
「いえ問題ありません。銃器と同じで仕組みが分かれば、簡単ですから」
 釜に米が焦げ付かないように使うシートとか、分かりづらいところも多かったのでとても助かった。
 あれこれしているうちに、小麦粉とカレーを炒める良い匂いが漂ってくる。
「材料は食べやすいように、ひとくちサイズに切ってみました」
「俺もバジルのやり方を参考にしたんだが、なかなか良い感じだと思うぜ」
 食材ごとに火の通るスピードが異なるため同じひとくちでも大きさや形を変えているのが、ポイントらしく、フレデリも自信ありげだ。大きさに多少のバラツキがあっても煮込めば丁度よい加減になるという読みもある。
「レンコンや山芋なんてカレーに合うのかなと心配でしたが、とても普通です。煮崩れもしにくいようですし噛み心地も良い感じになりそうです」
 カレー粉を小麦粉とバターで炒めたルウを入れ味の調節をしていたバジルは自信ありげに胸を張る。
 ちなみにエプロンの胸についている可愛らしいアップリケは2020年の干支のねずみらしい。
 カレーと白飯の方が一段落したのでアルケイアと共に、ちょっとした買い出しに向かう。
 ちょうど赤く輝く太陽が西の山の稜線に隠れ始めている頃だ。
「ここがこの村のスーパーマーケットなのですね。お豆腐に厚揚げ、豆腐コロッケ……それにカニ、ツガニ? 山の中にこんなに大きなカニがいるのですね。変わったものがたくさんで目移りしてしまいます」
 お豆腐とは言ってもザルで掬った豆腐がザルごと袋に入っていて、カニは期間限定、小さくて不揃いなキウイフルーツやみかん、りんご、手作り感あふれるこんにゃく、かしわご飯のおにぎりや押し寿司などさまざま。少量しか作れないものや輸送に不向きなものがあるから、都会では出来ない個性的な品揃えができる。
「早く食べきらないと痛んでしまうから——というだけで値引きしているわけはないのですね」
「夕方に来れば、お得なタイムセールがある。そう言うイメージ戦略でもあるのですよね」
 と言うわけで、こう言う商売っ気なら大歓迎だと、時季が良くてたまたまあったカニづくしのお惣菜や厚揚げ豆腐、干し柿や果物、きなこやあんこのお餅のお菓子を買うことにした。
「いっぱい買っちゃいましたけど、大勢ですから大丈夫ですよね?」
「たぶん……」
 とはいえ、豆腐のお惣菜やカニや干し柿とかは兎も角、白飯を3升も炊いたのに、色が綺麗な押し寿司とかかしわ飯のおにぎりまで買いこんだのは、やりすぎだろう。

●夜
「ナオミさん、お誕生日おめでとうございますねー。すごい色々……とても、いっぱい買って来たのですね」
 買いもの帰りの面子を出迎えたバジルが、ちょっとした買い出しにしては買いすぎに見えたので、微妙に困った顔をする。その一方で、調理に携わったカレーが上出来だったようでで、フレデリは機嫌が良い。
「お、いっぱいあって景気良いな! じつは高級レストランと同じくらい、散財しちまったんじゃないか?」
「べつに良いじゃありませんか? ちゃんと節約もしてますわ」
 即座に半額シールの貼られた色の綺麗な寿司のパッケージを見せつけるナオミ。
「でも、カレーに寿司って、絶対に合わない組み合わせだよな?」
「これはおやつですわ。細かいことばかり気にしていると女子に避けられますわよ——」
 カレーに寿司を組み合わせるというナンセンスを屁理屈で誤魔化すと違う話題で返して有耶無耶にする。
 買い物内容にツッコまれどころも多かったが、誕生日であるし後悔はしない。
 とにかく並べなければ勿体ないので、皆で長テーブルに景気良く配置してから、学校のように「いただきます」の合掌をして夕食を開始する。
「さて、メインはやっぱりカレーライスですよね」
 わざわざエプロンまで持ってきて、しっかり働いたバジル。ナオミたちが買いものに行っている間も火の番をしてくれていた。
「ジュスティシアさんにいただいた月桂樹(ローリエ)が鮮やかに効いていますね」
 葉を折って入れると香りが強くなるとか、味付けが済んだら苦みが出てしまう前に取りだした方がいいとか、細かな約束ごともぬかりなくこなしている。
「レンコンの糸を引く食感がうまいよな」
 買ってきた物もおかずとして彩りを添えているが、やはり一番存在感を放っているのは、カレーと大量に炊いた白飯。
「そういえば、オリンピックで被っている冠も、月桂樹の葉っぱで作るのよね」
 花言葉には、勝利とか栄冠とかいう意味合いもあるらしい。桂について語るアザリア。それに耳を傾けていたジュスティシアが感心したような顔をする。
「同じ桂の字が使われていても、月桂樹はクスノキ科、桂はカツラ科ですか。お詳しいのですね」
「うん。予習してきたのよ。こんなに大きくなるのも、とっても珍しいそうなのね!」
 桂の大樹そのものが、昔から山神とされていたことに加えて、1000年を経ても衰えない樹勢の強さから、不思議なパワーがあると感じている者も少なくない。
 普段は話さないケルベロスたちと一緒にいることで、日の出に願を掛けるか掛けないかだけでも色々な考え方があるのが分かってくる。
「今日はいろいろお話しもできて、楽しかったのよ! カレーもおいしかったのね!」
 普段の生活なら、まだテレビをみたりゲームをしたり、あるいは残業をしていたりする時間かも知れないけど、明日は早い。そろそろお風呂に入って、休む準備をしたくなってくる。
 窓の外を見れば、針先のように灯る儚い光の他には、人工の光は見当たらなかった。
 山の夜は暗いけれど、闇の中には星が瞬いていて、月が穏やかな光を広げている。
 残ったカレーをタッパーに詰めて持ち帰る準備をして、朝食の段取りを進めるナオミ。
「みなさん楽しんでいただけてたらいいのですが……」
 朝ご飯を炊くと時間がかかるので、白飯はおむすびにして……。ひとりで淡々と進める様子を見かねてか、ジュスティシアとアルケイアが手伝ってくれた。
「ありがとうございます。おかげで捗りました。——折角の楽しい時間にすみませんね」
 お風呂に入ったり、ゲームをしたり、こういう場所ならではの、楽しみは多い。
「あの、ナオミさん」
 雑用が一段落したところで、ジュスティシアとアルケイアが急にかしこまった態度をみせる。
 いつの間にかに、フレデリもいて、やけににこにこしている。
「はい? なんでしょうか」
「お誕生日おめでとうございます。ささやかな物ですが、使ってみて下さい。樹齢千年にちなんで檜(ひのき)のポプリです」
「ありがとうございます。檜もすごく長持ちですよね」
 現存する世界最古の木造建築群で知られる法隆寺を支えている檜の木材にも1300年以上前、7世紀頃のものが数多く含まれている。檜には伐採されてから数百年程度は強度が向上する性質もあり、近年の研究では1000年以上経っても強度が変わらないことも分かっている。加えて香りも良い。
「よかったですね。ナオミさん。それでは、皆さんも、おやすみなさいです」
 時間はもう21時になろうとしていた。朝は早いからと、バジルはすぐに床に入る。
 寝られる時間は短めだ。ホテルや旅館であったなら、寝て起きるだけでいいので、もう1〜2時間は多く寝ていられそうなのだが、ここではそうも行かない。
「誰か、枕投げをやる人いる?」
「……」
 返事がなかった。——もうみんな寝たことになっているようだ。

●朝日をめざして
 4時30分には全員が起きていた。流石はケルベロスである。そして外は夜中と変わらない暗さ。
 顔を洗って着替えをしてストーブの近くに集まる者、朝食の準備の手伝いをする者さまざまだ。
「寝坊なんて出来るはずないのよね!」
 特に元気が良かったのはアザリア。はっきりと口には出さないが、特別な場所で、憧れの王子様な兄様たちと共に日の出を見られるチャンスだということでテンションが高い。
「その様子だと、リアちゃんも、お願いごとは決まったみたいだね」
「もちろんなのね。リアはお願い事じゃなくって、自分への約束してみるの」
 いまにも飛び跳ねそうなアザリアの表情に、ルーチェもネーロも優しげに目を細める。
「樹に着いたら、ちゃんと言うのね。早く行きたいな」
 朝食の準備とはいっても、昨晩のうちに作っておいたおむすびと、豆腐と大根のお味噌汁、白菜のお新香、厚焼き卵。あと海苔がたくさん。
 温かいものは、新たに作ったお味噌汁と、お茶ぐらい。お味噌汁には刻んだ大根の葉っぱもたくさん入っていて、おかずの一品みたいな感じもする。
 軽めの——人によっては、がっつりに感じられる朝食を終えると、一服をしながら体調の確認をして、皆で軽く後片付けと掃除をした。
 徒歩で片道1時間ほどということは、結構な時間を外で過ごすことになる。トイレに行きたくなっても公衆便所が近くにあるとは限らない。最前線で戦うケルベロスが隙など見せるはずがないと思われがちだが、日常では、ある意味、隙だらけという者もいる。
「体調の悪い方はいませんか? もしもの時は早めにおっしゃって下さいね」
 6時、建物の外に出る。今回のケースでは施設が無人になってしまうので玄関に施錠をしておく。
 東の空をよく見れば、微かに白み始めている気もするが、夜中と変わらない暗さだ。
「外灯が設置されているようですが、必要最小限なのでしょうか、かなり頼りないですね」
 ジュスティシアがタクティカルライトを点灯させて一行の前に出る。
 こんな山の中でも時折、出勤のためなのか、唐津、佐賀、福岡の方に向かう自動車がけっこうなスピードで通り過ぎて行くこともあるので、歩行者の所在を知らせる為にもあった方が良いのかも知れない。
 北山ダムは農業用水の確保を目的として運用されており、冬季の貯水量は少ない。剥き出しになっている湖底を風が吹き抜ける様子は渇水を連想させるが、ここでは毎年の風景だ。
「リア、不思議な感じがするの」
 煌めく星も月も朝焼けの色を帯び始める空の色に薄められて、手の届かない彼方に離れて行くように見える。
 そして地上の風景は深い青く染まった状態で、細部を曖昧にしたままの輪郭を露わにする。
 意図してかしないでかは分からないが、いつの間にかにアザリアの両側をルーチェとネーロが挟むような形で歩いていた。
「あと少しだよ。この坂を登ったら千年桂はすぐみたいだねぇ」
 杉の森を左右に裂いたような道の先に、キノコの傘のように枝を広げる巨大な存在感が見えて、それが下合瀬の千年桂であるとすぐに直感した。
「ここから先は、滑りやすいですから気をつけて——」
 先を歩くナオミやジュスティシアたちが注意を促す。
「これが樹齢千年の桂ですか、凄く大きくて、幻想的ですね」
 シルエットを見ればひとつの木なのに森のよう見えるとバジルは息をのむ。
 風景が真っ青だったのは、本当に僅かな時間だけだった。
 坂を登り終える頃には風景は青みを残しつつも普段の色を帯び、空も明るさを増し始めている。
「本当に寒いね。……そろそろ新しい年に向けてお祈りしてもいいころかな?」
 可愛らしい白雪の姫を兄と共にエスコートするというミッションを果たせたことにネーロは心のなかで安堵する。ルーチェは、そんな弟——ネーロと傍らにいるアザリアを見やって、「そうだな」と口を開く。
「僕は……家族の幸せ、一族の繁栄、かな」
 普段から族長として役割を果たせているかどうか、複雑な感情もあるが、族長としての役目は自覚している。
「皆に幸ありますように……」
 そんな兄——ルーチェに続けてネーロも自分なりの作法で祈りを捧げた。
 ある程度想像していた通りの願いにアザリアは目をパチパチと瞬かせる。
「リアのはお願いじゃないのね。自分への約束なの」
 ひこばえの間の先の山の稜線が輝き始め、まさにいま日の出を迎えている。
「兄様たちが連れ歩きたくなるいいおんなになるのよ!」
 大きな声で言い放って、両拳を握りしめて一拍の沈黙。
「ルーチェ兄様、ネーロ兄様、新しい年も仲良くしてくださいっ」
「新しい年も、よろしくね、アザリア嬢——もちろん、ルーチェも」
「此方こそ、今年も宜しくねぇ」
 ひこばえの間にはっきりと形を表した朝日の輝きが僅かずつだが上昇を続ける。
「あ、朝日が昇ってきましたよ、やはり綺麗ですね」
「綺麗だ。心が洗われるような気分だぜ」
 千年桂の放つ雰囲気のせいか、バジルもフレデリも宗教家のような穏やかな表情をしている。
「かつては、千年ぐらいどうということはないと思っていましたが——」
 不死であるデウスエクスにとって、地球の単位で数えた1000年がいかばかりの価値をもつだろうか。
 今となってはその気持ちは理解し難い。
 有限の命なら、果たせない役目はいつか誰かに引き継がなければならない。
「そうですね。命を限られた私たちにとって、1000年は途方もなく感じます」
 生きていられる間は全力を尽くそう。ジュスティシアもアルケイアも昇り始めた太陽に決意を込めた。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年1月11日
難度:易しい
参加:7人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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