冬の風が千々に飛んで、頬を撫でる。
「お集まり頂きありがとうございます」とダンド・エリオン(オラトリオのヘリオライダー・en0145)は頭を下げる。
晴れた空の下、ヘリポートに集まったケルベロス達に、彼は小剣を配っていく。
グラディウス。なんらおかしな所のない小さな武器に見えるそれは、しかし、デウスエクスに占拠された地域、通称ミッション地域の中核である、強襲型魔空回廊に有効打を与えうる兵器だ。
握れば、そのうちに秘められたグラビティに気付けるだろう。
「お配りしたグラディウスを発動させ、刃を魔空回廊に触れさせることでそれは効果を発揮します」
そしてその効果は、発動の際込めた思いや感情によって増大する。
「魔空回廊は、バリアによって守護されていますが、グラディウスであればバリアの源である魔空回廊へと効果を波及し、ダメージを与えられます」
つまり、魔空回廊を直接叩けずとも、バリアへと刃を立てる事が出来れば良いという事だ。
だが、強襲型魔空回廊が存在するのは敵地の奥。地上から攻めていては辿り着く前に消耗しつくしてしまうだろう。
「ですので、へリオンによる上空からの奇襲を行っていただきます」
ヘリポートに佇むへリオンが、僅かにその姿を透かしてみせる。完全ステルス状態となれば、上空に位置取ることは難しくないだろう。
そこから落下し、強襲型魔空回廊を直接攻撃する。
そこまでは憂慮する必要はない。だが、その先、撤退についてはへリオンによる即時回収は難しい、という見解だった。
「グラディウス解放により、周囲に混乱をもたらす事は可能でしょう」
だが、そこは敵地の只中。へリオンを降下しケルベロスを回収する事は自殺行為に等しい。
「交戦は最小限に、そして最短に」
中核を守るデウスエクスは強力なものばかりだ。油断はできない。
グラディウスを最優先とする。もし危険な状態となるのであればそれを擲つ事も手ではあるが、失うには惜しい有効兵器だ。
可能な限り、デウスエクスが強襲型魔空回廊を開く鍵ともなるグラディウスは、確保したままに撤退する事が望まれる。
ミッション地域よりある程度離れることが出来たならば、へリオンがケルベロス達を回収できる。
向かう場所は、岡山国際サーキット、もしくは、鳥取県浦富海岸。そのどちらかを選択して今回の目的地とする。
それによって相対する敵もかわるだろう。やることの多い任務ではあるが、ダンドはケルベロス達へと、取り戻して欲しいと、信頼の視線を向ける。
「奪われた土地を、奪われた生活を」
人々の手の中に、取り戻して欲しいと。
参加者 | |
---|---|
ハインツ・エクハルト(光を背負う者・e12606) |
ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007) |
岡崎・真幸(花想鳥・e30330) |
今・日和(形象拳猫之形皆伝者・e44484) |
阿賀野・櫻(アングルードブロッサム・e56568) |
ルーシィド・マインドギア(眠り姫・e63107) |
ジュスティシア・ファーレル(シャドウエルフの鎧装騎兵・e63719) |
アルベルト・ディートリヒ(レプリカントの刀剣士・e65950) |
●
浦富海岸。海食が形作った景勝地。
そんな切り立った岩肌に身を潜ませるように。
ビルシャナ達は、まるで、人目を避けているかのように、思えていた。
ただの偶然、かもと思考した自らを笑う。
愚かではないのだ、彼らは。人の寄り付かなくなった場を守る理由が無い。
愚かなのだ。どうしようもなく、善とも悪とも無くなってしまった彼らは、そうやって、自ら望んだ今から逃げている。
はっきり言おう。その曖昧で身勝手な愚かさが、嫌いではない。
「です、から」
その正義に、少しだけ手を貸してやってもいい。
ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)は僅かに歪んだ笑みを覗かせる。
教義がどうである、とか。矜持がどうである、とか。そのようなものは知った事ではない。
「お前らは、堪らなく嫌いだ」
人に同士討ちを誘い、救いを求めた者を、人として死ぬ機会すらも奪う。
だから、その憎しみを以て剣を振るうのか。
いいや、違う。
この憎しみの一片も、故郷に気候の近しいこの景色も、全てが己のものだ。
この剣を振るうのは、その強欲と傲慢によってだ。
「これ以上一片たりともくれてやるものか」
己の縄張りに、その存在すら許さない。その苦痛の連鎖を己の縄張りの中に繋げる事を、許すこと等できない。
だから、と岡崎・真幸(花想鳥・e30330)は刃を握る。
「消え失せろ」
「笑えもせんな」
吐き捨てるのは、呆れの感情か。
弱者を救うために力を手に入れた末に、その自らが他人を虐げる側になる。
正義を語りながらも、結局のところ自らが悪とする存在になり下がり、なおかつその自覚が無い。というのなら。
悲劇どころか、喜劇にすらなりはしない。
「所詮、お前らも空っぽの鳥頭か」
言葉に慈悲はない。
そこに広がるビルシャナは、ただただ、目障りな存在でしかない。アルベルト・ディートリヒ(レプリカントの刀剣士・e65950)は、迫る回廊を見下し、叫んでいた。
「精々、地獄で人間に戻っとけ!」
弱者救済、とその口が言うのか、と。
「その鳥頭じゃあ、永遠に無理!」
守るべき相手、救うべき相手を見失って、言葉だけを繰り返すだけの存在に、叶うはずもない。
今まで出会ってきたビルシャナと同じだ。
心底しょうもないものから一見真面目そうな教義まで、一体どれだけの人がアホウ鳥と化し犬死にしていったことか。
そんなものに価値があるのか。少なくとも、彼女にはそんなものありはしない。
故に、ジュスティシア・ファーレル(シャドウエルフの鎧装騎兵・e63719)がそれに投げかける言葉があるとすれば、たった一つだ。
「お前のご高説など知ったことじゃない!」
「本当に一人一人を見ているの?」
矛盾している。
彼らは、弱者に強者に抗う事を正義としている。
しかし、彼らは強者となって人々から安住の地を奪っている。
寄り所だった信仰すらも失った彼らに残るのは、形骸化した言葉だけだ。
「本当に一人一人の心に向き合ったの?」
救済とは、寄り添い支えるもの。
護って居場所を与えるもの。
「私には、そうは思えない」
だから、断ち切る。断ち切って、元に戻す。
阿賀野・櫻(アングルードブロッサム・e56568)は、グラディウスの重みに柄を握り返した。
彼女にとっての正義とは何か。
強者の横暴に抗う力。
「それは、正義ではありません」
力ある者に捨てられた。その記憶が、彼女自身に力を求める気持ちを理解させている。
だが、いや、だからこそか。力を持つものが振るう横暴を許せない。
彼女にとっての正義とは。
「強者の横暴に抗う心、それが正義なのです」
立ち上がろうという意思。抗おうという感情。刃に正義は宿らず、握ろうと伸ばした手に正しさが宿るのだ。
だから、刃を持った手が、自ら横暴を為す事への欲望に抗えなくなったのなら。
その手は。彼らは。
「もはや、その正義は失われました」
否定する。彼らが未だに正義だというのなら、ルーシィド・マインドギア(眠り姫・e63107)はそれに抗う。
「その信仰は、滅びなければなりせん!!」
それが彼らの信じた者のはずなのだから。
強いから正義なのか。
「ううん、そうじゃないよ」
彼が願った正義は、そんなものじゃない。
「数で、力で、正義を振りかざして曲がったコトを言う人だっているけど」
そんなモノが、本当に正しいのか。正義はそこにちゃんと宿るのか。
そんなはずがない。彼女は思う。
「間違ったコトを正すコト、それが正義なんだよ!!」
握るグラディウスにグラビティ・チェインを注ぎ込み、それを発動させる。
不可視の力が刃から立ち上って、尾を引いて棚引く。
今・日和(形象拳猫之形皆伝者・e44484)は、とんと、胸に拳をあてる。「キミ達の胸に手を当てて、よーく考えてみなさい!」叫ぶ。
瞬間、八つの刃が機能を発現させていた。
守りたかったのだ。
初めは、ただの憧れだった。
そして、自らの手の小ささを知った。
だから、力を望むその願望も、絶望に抗う希望も知っている。
「けど」
掲げるその教義が間違っていたとは思わない。その教義が正しかったのかと問いもしない。どうだっていい。その善悪も正邪も関係ない。彼が見るのは根っこの、理想だ。
守りたかったのだ。
知っている。彼らは、ビルシャナは守りたかったのだ。この土地にいた人達を。
「聞こえないんだな」
だが、ビルシャナには届かない。守るべきだった人々の悲しみが、もう届かない。
耳を塞ぐことはしない、と決めたのだ。そんなヒーローになると答えた。
喰らい、己の糧として抱える。願望を背負って、その希望を繋げて、守る。
土地も、人々の暮らしも、そして、ビルシャナの根源の願いすらも。
「解き、放つ……っ!!」
ハインツ・エクハルト(光を背負う者・e12606)は白昼の明陽を背に、蒼天を駆ける流星と化す。
●
晴天の下。波の音をかき消すような、世界をひっくり返したような局地的な嵐の中。
爆雷の隙間に見えたのは、確かにそこにある魔空回廊の結界だった。
だが、既にケルベロス達の意識は、そこから引きはがされている。
「強者に抗う力……与えるのだ。正義は……我らに、ある」
「いいや、そんなモノありはしない」
降り下ろされたメイスを弾いて、アルベルトは冷めた視線を向けた。
「抗い、守る……それこそが正義だ」
「……チ」
言葉に返事をしているように聞こえるが、一切こちらの言葉を聞かず、壊れたプレイヤーのように己の語りだけを繰り返す梟羅漢に、アルベルトが思わずに舌打ちを放っていた。
「何を言っても、無駄」
「全くだな」
振るう扇で陣形を描き、味方へと補助を行うアルベルトを追い抜く形でジュスティシアが駆ける。オウガメタルから放たれる銀色の燐光を瞬かせながら、ビルシャナの眼前へと躍り出た彼女は、その腕に掴む工具じみた刃を、獰猛に唸り上げさせる。
さながら空気を空間ごと引き千切るような振動の刃を容赦なく、ビルシャナの胴体に生まれていた傷口へと押し込んだ。
「ぐ、ぉ……せ、イギを、魔を破る力をこの手に!」
動力を受けて廻る幾千もの鮫の歯の如き刃が、梟羅漢を切り裂く。羽毛と肉と血を散り飛ばし叫びを食いしばりながら、梟羅漢はメイスを振り回しジュスティシアを振りほどいて、彼女を睨む。
直後。
メイスが振るわれる。その先端が通った軌跡がそのまま硬質化したように、刃が飛ぶ。極めて細い状態を保つ衝撃波が、空間を歪めながら駆けているような。そんな不可視の刃がジュスティシアを狙い。
「……さ、せねえっ!」
それを強引に打ち破る轟音が、潮騒に響いた。
世界の歪みを強引に殴りつける様に正したその衝撃が、さながらハインツが振るったライオットシールドの輝きを纏う様に、黄金の残滓を残して消え失せる。
「させねえ」
ハインツが白砂の地面に盾を突き立てれば、その内側の空間、そこにいる仲間の体を黄金の粒子がなぞっていく。
「もう……アンタらに、誰かを傷つけさせねえ」
傷つけられる人々の為、だけではなく、これ以上、彼ら自身が、彼ら自身の願いを、踏み躙ってしまわないように。
ぎり、と噛み締め、倒すべき相手を睨み付ける。
そんなハインツの加護を見に受けて、日和が飛び出していく。黄金と白銀の尾を引くように、拳に纏うオウガメタルが輝く。
その背後から、万年を鎖すような冷気が迸った。
真幸が、広げた腕のその後ろ、空間に不自然に浮きだした異形の腕、断片。それだけで息を凍り付かせるような腕が、真幸の腕の動きに従って、地面に球体を転がすかのように振り上げられた。
凍り付く音、というよりは、何かが砕け崩れるような音共に、凍結という現象が放たれた。それは、更に彼のボクスドラゴン、チビが放出したブレスと交わって混ざりあう。そして、それは先に飛び出ていた日和の背を避ける様に二股に分かれ、ビルシャナの体を交差するように挟襲し、その全身を凍り付かせていた。
「砕け、散りなさい!」
直後、一層に輝いた日和の拳が梟羅漢の腕を、その言葉通り砕いて、吹き飛ばした。
「……っ、おの、れ!」
ひび割れる体をも厭わず、叫んだビルシャナの体が急速に解凍されていく。ひび割れから血を噴き出そうとも梟羅漢はメイスの先に衝撃波の刃を作り出して、突き出す。
「お、……と」
その標的となったのは、今まさにビルシャナへと肉薄せんとしていたウィルマだ。直進すればそのまま、頭蓋を裂かれていただろう刃は、しかし横から挟まれた剣戟に、その軌道を歪めていた。
ハインツのオルトロス、チビ助が多少の傷を受けながらも、咥えた剣でビルシャナの突きを打ち上げたのだ。
ちなみに、彼女のウイングキャットは、主に向けられた攻撃に無関心に、マイペースに攻撃を繰り出している。とはいえ、ウィルマもそれに頓着しない。庇ったチビ助がまだ動ける様子であると踏み出す。刃を弾かれ、メイスごとに腕を上げた梟羅漢の懐へと、エアシューズに浮かせた体を回転させ、流星の輝きに加速した後ろ回し蹴りで、その体を吹き飛ばした。
それとほぼ同時、逆方向から叩き込まれた轟竜砲に、急激な慣性と共に、地面へと叩きつけられたビルシャナが立ち上がった、その瞬間。
「……この……ッ!?」
その動きが止まる。まるで見えぬ鎖に繋がれたかのように。
「動いちゃ、ダメ」
それを為したのは、轟竜砲を放った櫻だ。
追撃を行った方向へと視線を向けたのが、最大の失策だった。繋がれた視線の先にあったのは、櫻の瞳。
逃がさない、と。執着に煌々と輝かんばかりの視線を受けて、ビルシャナは動きを封じられてしまっていたのだ。
そして、味方への補助は十分。
一気に畳み掛ける段に至り、動きを止めたビルシャナへと、ルーシィドは駆ける。
この個体も、虐げられ、力に手を伸ばした誰かだ。
「きっと、私はそれを知っています」
だからこそ、彼女はそれと敵対する。
「そこをお退きなさいっ!」
勢いよく踏み込み、彼女は蹴りを放つ。体を半身に閉じながら、まっすぐに突き出した脚の先から星型のオーラが弾き出され。
着弾すると、同時に、込められたオーラが弾けた。
「……、ああ、また……届かないのか」
その体が吹き飛ぶようなことは無かった。梟羅漢は、しかし、傷ついた腕から武器を取り落とし、空いた手をケルベロス達へと向ける。
きっと、彼、もしくは彼女には、ケルベロス達こそが傍若無人な強者と映っているのだろう。
だが、その腕から攻撃が放たれる事は無かった。
浮かせた腕の先から灰と化し、風に攫われるように形を失う。喪失が始まれば、途端に体は崩れ落ちて、瞬く間に、梟羅漢の体は掻き消えていた。
●
「確か、合流場所は……」
どうにか、援軍が来る前に、その場を離脱したのち、事前に決めていた地点へと到着し、ここだったはず、とジュスティシアが、幾らか離れた場所を見回していた。
と、それに待機していたヘリオンが、空間から滲みだすように色を思い出し、自らの存在をケルベロス達に伝える。
ジュスティシアから向けられた視線に、櫻は頷きながら息をつく。ヘリオンの姿に堪えていた疲労がどっと背に覆いかぶさってくるようだった。
急襲型魔空回廊の破壊、その作戦に参加するのが初めてだったからか、感じていたよりも気を張っていたようだった。
心底からの言葉が漏れる。
「ああ、良かった」
「皆様、無事、……ですわね」
専用に設計された鞘の重みに、そこに差した小剣が確かにある事を確認し、櫻に釣られるようにルーシィドは胸を撫で下ろす。
「ああ」
と真幸は、花弁が揺れる髪をかき上げながら、背後を振り返った。
既に、グラディウスの引き起こした黒雲と爆雷は治まり、僅かに荒れる潮騒だけが魔空回廊の結界を包んでいる。
「やはり、破壊には至っていない、か」
「で、ですが……我々の、勝利……です」
「ああ、確かな一歩だ」
ウィルマに真幸は同意して頷く。
今日の所は、とりあえずではあるが、魔空回廊へとダメージを与えることに成功し、誰一人、何一つ欠かす事無く帰還を完了した。
同じく結界と、その周囲のビルシャナ小さな影を見つめながら、それを聞くハインツは、しかし、その顔色は優れない。破壊できなかった事への悔いか、と言われたとしても、首を傾げるばかりだ。
きっと、その胸中にある思いは、あの魔空回廊を破壊したとして、晴れ切る事はないのだろう。
「さあ、俺たちが今やれることは、帰って休む事。そうだろ?」
次の機会の為に、と呼びかけるアルベルトに、日和が跳ねる様に頷いて、ハインツ達に声をかけていた。
「みんな無事なんだよ? それが一番。ほら、大切な人達が待っているよ!」
「ああ、そうだな……帰ろう」
必ず、解放する。
そう誓いを胸に、ケルベロス達は今度こそ、魔空回廊に背を向けた。
作者:雨屋鳥 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年2月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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