城ヶ島制圧戦～鉗脚

■リプレイ

●１
「竜退治も３度目だ。いいかげん馴れたと思いたいところだがな」
　ケーゾウ・タカハシ（鉄鎖狼の楽忍者・e00171）は微かに片頬を上げる。直刃を無理遣り枉げたような剣呑な表情ではあったけれど、強大なドラゴンを目前にし、ケーゾウは確かに笑って見せたのだ。
「ああ」
　短く答えるベルモット・ギルロイ（白熊さん・e02932）にせよ、ドラゴンと刃を交えるのはこれが初めてではない。だからこそ分かる。強敵だ。
「最高だな」
　巨大な影に見下ろされれば、粟立つ皮膚、恋着めいて高鳴る鼓動。臨戦の緊張は、美酒を煽る愉楽に、何処か相通じるところがある。
「俺の名は、ベルモット・ギルロイ」
　ぎらつく金の瞳が仰ぐその先に、不毛の岩山の如くドラゴンは聳える。「さぁ名乗れよドラゴン、」ベルモットは抑えた声音で問い掛けた。
「お前にも名は有るだろう？　死合いの礼儀だ、俺達が勝ったときお前の名を忘れないために」
　が、明確な返答はなく、ドラゴンは長い顎門を少しばかり震動させただけだ。人ならばさしづめ肩慣らしといったところか。
「……ふん、歯牙にも掛けないってか」
「無粋なやつ」
　ならば、こちらとて礼儀を尽くす必要はあるまい。ローズマリー・シュトラードニッツ（ブラッディサバス・e01626）、いまだ綽然たる態度を崩さぬ目標へと、直線に詰め寄った。
「デカいから何だっていうのよ、調子に乗るんじゃないわよ」
　そして、始める。熾烈に、鮮烈に、Saltatio Mortisのヒールで角鱗を踏み拉き、龍の正面から駆けのぼる。
「最大限にいたぶってイかせてあげる！　地べた這いずり回って苦しむといいわ！」
　漆黒のサキュバスの放つ漆黒の魔力弾に首筋を撃たれ、ドラゴンはようやく彼等の覚悟に気付いたようだ。悪意の濁る目でケルベロスを睥睨する。バチあたりめ、と、呆れて嘯くケーゾウ。
「ローズマリーのほうからあれだけアプローチを受けといて、今更気付くたぁ、鈍感にも程があるだろう」
　ケーゾウが黒き鎖を靡かせれば、前線の英傑に加護あれ、と、五月七日・ミーシャ（怖がり衛生兵・e04425）は月の光で彼等を鼓舞する。ありがとよ、お嬢さん。ケーゾウ、片目を閉じてミーシャに礼を述べた。
「お、お嬢さん、ですか……」
　そんな場合ではない筈だのに、ミーシャ、頬を桜色に染めて俯いた。
　同じ年齢です、いちおう、と、目線は下向きのまま、弱々しく抗弁する。分かっては、いる。肉はらいざ知らず、幼き頃に夢路に置いてきぼりにされた自分と、孤独な戦いに身を置いていたケーゾウとでは、経験の数に天と地ほどの開きもある。
　しかし、
「今は、ミーシャも、ケルベロスです……っ」
　世界の無情に脅えてばかりもいられない。この手に宿る癒しの力は、誰も傷付いてほしくないという、無茶な願いを叶えるためのもの。
「……負けません」
　ミーシャは再び顔を上げ、まっすぐ戦場を見据えた。
　地球のものからみれば無尽蔵ではないか、と、思われるほど、夥しい生命力を湛えるドラゴン。それを攻めるがため、ケルベロス等は搦め手をとった。一撃の大きさに頼るでなく、麻痺などの手数を多くして、とにかく弱体化を図ろうとしたのだ。
　対して、ドラゴンは正反対の策を用いた。老木ほどに厳めしい鋏脚を振り下ろせば、前衛のケルベロスを巻き込んで、城ケ島の大地が引きはがされる。百鬼・澪（澪標・e03871）が予め敷いたサークリットチェインがなければ、膝を付くものも出たかもしれない。
　次こそはお前達の番だとばかり、ドラゴンは無惨に樹木を捩じ切る。
　ヘリオンから離れてドラゴンと相対するまでのほんの束の間、目撃し、視察し、観賞したものが細切れにされゆく一連を、アルタ・リバース（穏心の放浪者・e05478）は哀しく見やる。
　ヒールによって仮初めの復興を与えることは可能だ。だが、幻想混じりの再生産は、かつての景色をそのまま残すわけではない。
「大した一撃です……その威力、削がせてもらいます」
　レプリカントの憐憫は、しかし、すぐさま儚くなった。調整を済ませたばかりの機械腕をしならせれば、人間の落とした涙のような礫が千々に飛び散り、ドラゴンの爪を、皮膚を、打擲する。
　それらに紛れてひた走る、小さくけなげな生き物。
「全然怖くないよ、」
　身の丈にあまるルーンアックスを握るというよりは抱えるといった感じで、三石・いさな（ちいさなくじら・e16839）は突き進む。目近でみるドラゴンは、いつか友人達と語り合った夢の島みたいに著大だけれど、不思議と気後れはしない。
「だって勝つのは私達！」
　強がりで言ってるわけではなかった。
『サードバインディングシステムリパレート、システム牙持つ影を操る狂王（キングス・マインド）、起動（イグニッション）』
　鏃・琥珀（ブラックホール胃袋・e01730）が形成したトルーパー・モデルが、追従する。ベルモットの操る小型治療無人機が、先導する。琥珀のライドキャリバーの横滑りの回転の後押しを受ける。ひとりではないのだ。
「やああえい！」
　ルーンアックスの柄を足場に躍り上がって、おもむろにドラゴンの下顎を蹴りつける。少し痺れるけれども、どうってことない、と、いさなは思う。
「まだまだ私イケるよ！」

●２
　ニーレンベルギアの香りでもごまかしきれぬ、血と汗と土が綯い交ぜになった異臭。甘い色の髪を揺らしながら、仲間をかばった澪が思わずしゃがみこめば、ボクスドラゴン『花嵐』は気遣わしげに鼻を寄せる。
「いいえ、私は平気ですよ。花嵐」
　大切な妹分のあたまをかきなぜれば、くぅ、と満足して小鼻を鳴らす。
「バランスを崩しただけです、私はいいから……。他の人を守ってください」
　ベルモットの予想したとおりの消耗戦となった。後列のミーシャだけではなく、前列の澪もベルモットも常に回復を強いられる。それほどドラゴンの攻撃は過重であった。出来ればベルモットと負荷は等分に分け合いたかったけれども、赤子が癇癪を起こしたように無茶苦茶な、しかしそれよりずっと至大なドラゴンの攻撃の前に、小細工は通用しなかった。
　例えば、いさながチェーンソー剣で龍の負傷を押し広げる等、皆が必死で戦っている傍らで、どうしてひとりだけ無様に転がっておれようか。澪、伸び上がろうとするも、膝が痙攣してなかなか上手くいかない。
「私はまだ大丈夫です」
　血の味のする唇を引き攣らせて、澪は微笑む。今の自分は醜い、と、考える。他人のためでなく、己を叱咤するために微笑を作る自分は、なんてひ弱で愚かで醜いことか。しかし、それでも、澪は唇を柔らかにたわませるだろう。本当のことだけ隠し続けて。
『誰も、手折らせなどしません』
　澪標、即ち、身を尽くし。汀に咲く花のような少女は、グラビティを治療の電荷に変換する。
『――花車、賦活。』
　真白の電流があふれてローズマリーに流れ込めば間もなく、ひらり、はらり、と、ほどける純白の花片。まるで己に花を贈られたようで面映ゆく、ローズマリー、軽く不貞腐れる。
「治してもらってありがたいんだけど、あたし、そんなに無茶したように見えるわけ？」
「見えるに決まってんだろ」
「はい、わたしもケーゾウさんに賛成です」
　ケーゾウの軽口に加え、琥珀までもが真面目くさって答える。
「ローズマリーさんは敵に近付きすぎます。ですが、それもローズマリーさんなりに深いお心積もりがあってのことでしょう。ならば、わたし、鏃・琥珀は、全力であなたを支援します」
「信じるよ、その言葉！」
　琥珀は立派に信頼に応えた。ローズマリーの降魔真拳の構えに合わせて、琥珀は新たな機兵を召喚する。
「第1歩兵隊、敵前面へ展開、防衛線を構築してください」
　10時から2時の方角に掛けてくまなく拡張された無人機の壁を、ローズマリーの拳が瞬息に貫く。機械に覆われた堅牢の一撃は、龍の鱗すら掘削した。
「……ったく、置いてけぼりかよ」
　今度は、ケーゾウがむくれる番だ。ローズマリーに力を与える役目は自分が果たしたかったというのに、かといって、琥珀は彼女の本務をまっとうしただけで、責められる謂れはどこにもない。ケーゾウとて、ちゃんとそれは承知している。
　ケルベロスチェインを一度手元に巻き戻す。やりきれない気分は、これに託そう。
『こーいうときは、古来より言うべき台詞があるんだよ』
　つまるところ、なにかに八つ当たりしたくてしかたがないときは。
　彼の器に収まる能力の悉くを注ぎこんで、華奢な結界を構成する。それは、ドラゴンを絡める糸にして、麻痺を宣告する意図。
『「俺から逃げられると、思ってるのか？」ってな！』
　馬に蹴られてなんとやら……ではなく、狼に蹴られて、だな。ケーゾウ、秘めて考えながら、腿から下を遠慮なしに突き出す。
「犬も……じゃないな。白熊も喰わないなんとやらだ」
　高速演算に頼らずになにかを察したベルモット、破鎧衝を滑らせる、彼等に聞こえない程度の言の葉こぼしながら。首から下がるゴーグルが、相槌の如く、上へ下へと振れる。

　戦いを始めてから、地球は360度の回転をいったいいくつすませたのだろう、と、アルタは益体もなく思考する。
　今日という日はまだ半分も終わっちゃいない、アルタの理性は精確な経過を指摘する。けれど、尽きせぬ悪夢そっくりの凄絶な苦闘は今以て尚、城ヶ島の片隅で繰り広げられていた。
　琥珀の『ウォー・ヘッド』も澪の『花嵐』もとうにその姿を消した。誰かが倒れるのは想定済み、後に繋げるための段階の一部でしかない。わりきろうとするアルタの口許が、歪な方角に吊り上がる。決死の誓いは、しかし、痛みを感じないこととイコールではなかった。
『ミーシャが、守ってみせる……です』
　息も絶え絶えな前列のため、ミーシャが脆弱な片手をあげる。かぼそい指が掴むものは、細い指にまったくそぐわぬ、鉄塊めいたリボルバー銃。それより更に上方をたゆとう、ドラゴンの一部と言うよりは分身のように極太の尾鰭。
『攻撃は、全部全部、撃ち落とす……』
　守る、守る、守る。
　一言毎に、ミーシャは発射する。豆粒のような弾丸にはじかれ、ドラゴンはわずかに怯んだものの、結局は尾を打ち下ろした。袈裟懸けにくらったいさなの小さな身体が、ゴム鞠のようにバウンドする。
　繋げるべきは、絶望ではない。
「そのとおりですね。守りましょう」
　そして、終わらせる。次があるから。責任の依託ではない、希望を絶やさぬためだ。
　すぐ前を往くドラゴンの尾に、アルタは彼の内部機構をCounter gear：Answererを落とし込む。手応え、あり。すぐに、身を引く。新しい一手に取り掛かる。

●３
　遍く生命をいたぶる乾期にも、やがて水の恵みの届くように。悪夢の断たれる瞬間は、きっと訪れる。ローズマリーは精悍に声を張り上げる。
「さあ、あたしにもういちど力を！」
　もういちど、の意を的確に酌み取った琥珀、アームドフォートを杖代わりにして立ち上がる。青い髪はいつも以上に乱れて、乏しい表情は煤煙に汚れて、15歳の少女は散々な風貌であったけれども、些少の傷などまったく気にも留めず、主砲から火を放つ。
「第一から第四までの砲兵部隊、私の射撃後に5秒間隔で連続砲撃、敵に行動する隙を与えないでください」
「さすがは、デウスエクス・ドラゴニア。敵ながら感服します。けれど、私達も退きません！」
　澪が何度目かのケルベロスチェインの魔法陣を描く、その中央で、ローズマリー、龍に向けて気高く顎をそびやかす。
「あんたを殺す、そう決めた」
　もしかすると決めるまでもなかったのかもしれない。ごく当たり前の成り行きだったのかもしれない。
　戦いの趨勢はその時点で明白だった。
「断末魔こそ最高の鎮魂歌、イイ声で歌いなさい！」
　ドラゴンの呪詛が組み立てる短調に合わせて、瞬刻の刺突を爪弾いた。狂気の刃を何重にも刻む。打つ。ついに剥き出しになった表皮から、天をも衝けと高らかに繁吹く、闇色の血潮。
『あんたもあの子への供物にしてやるわ！！』
　終わりをもたらすかと思われたローズマリーの連打、が、究極と謳われる戦闘種族はケルベロスの思う以上にしぶとかった。己の質量の全てを地に落として尚も首をもたげるドラゴンへ、ベルモットは身を寄せた。
「なあ？　もう１回訊くけど、名を教える気はないか？」
　ドラゴンは――牙の潜む鰐口をこじ開ける。だが、そこからしたむものは、敬意の句でもなければ別離の挨拶でもない。悟ったベルモットが半歩ずれたところに、毒の吐瀉を四散する。だが、それは、幼児が地団駄踏むぐらいの、なけなしの足掻きでしかなかった。
　戦意の閃光に包まれたベルモットが、右の拳をドラゴンの喉奧へ叩き付けたからだ。
『うるせぇ！　黙ってろ！』
「あー……。こっちから名前を訊いといて『黙ってろ』は、失礼だったかもな」
　こりゃすまなかったな。反省のかけらも見当たらない詫びを、胸元の古傷が受け止める。

　後日まで尾を引くレベルではないにせよ、ケルベロス達はそれぞれに深手を負った。これ以上他に戦いを重ねても迷惑になるだけだったので、１体の完全停止をよしとして、そのままま引き下がる。意識を失ったいさなを抱えての撤収は手間取るかと思われたが、アルタが周囲を調べるついでに更新した地図により、往路に比べ、復路は実に呆気なかった。
　道すがら、一度、振り返る。
　視認は出来なかったが、城ヶ島の何処かでは激戦が続いているのだろう。それが証拠に、沸き上がる黒煙、細波のような喊声、悲愴の入り交じる潮風が、五感をさいなむ。彼等は無事なのだろうか。瘧のような不安を、疾走でかきけす。
「後は、任せます」
　現実の助力は不可能だ。しかし、アルタの祈りはいつか何処かの誰かを救済するだろう。それは近い未来かもしれない、遠い夢物語かもしれない、誰にもそれは確定できない。
　だが、ひとつだけ言いきってしまっていいことがある。アイズフォンを起動させるアルタ、切れ切れの吐息を辛うじて堪えながら、ヘリオライダー達へと真実を伝える。
「……私たち、の、勝利です」

作者：ｉｃｈｉｅｉ	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2015年12月9日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 2／感動した 1／素敵だった 1／キャラが大事にされていた 2
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