聖夜のグランドロン救出戦~長城は眠れず、戦火に震う

作者:朽橋ケヅメ

●聖夜のグランドロン救出戦
「ああ、みんなを待っていたよ! 佳く来てくれたね」
 と、ケルベロス達を迎えた少女――オリネ・フレベリスカ(アイスエルフのヘリオライダー・en0308)は、読みかけの分厚い書物を閉じて恭しく一礼する。

「先日、宇宙での戦いのとき、妖精8種族のグランドロン達が説得に応じてコギトエルゴスムになり、こちらへ加わってくれたのは聞き及んでいるかな。あるいは、そこで戦っていた方々もこの場にいるかもしれないが」
 ケルベロス達の姿を見渡し、少し眠たげな瞳で微笑むと、少女は言葉を継ぐ。
「大阪城のユグドラシル勢力がそれを知って、勢力下にある四隻のグランドロンを城塞の形に変化させたんだ。大阪城をぐるりと取り囲む、長城にね」
 そうなると、もはやグランドロン達に説得の言葉は通じない。
 彼ら自身の意思は封じられ、エインヘリアルの第四王女レリの威光によって完全に支配された道具へと成り果てているのだ。
「……であるなら、グランドロン達を助け出すには、レリを倒すしかないよね。そしてそのための秘策もないわけじゃ、ない」
 コギトエルゴスムとなったグランドロン達の力を借りるんだ――そう頷くと、オリネの長い灰髪が揺れた。

 卓上に開かれた地図は、大阪城と、その周囲に築かれた長城の位置を示している。
「グランドロンの城塞は堅固だけれど、コギトエルゴスムとなった彼らの力で、人が通れる程度の抜け穴なら作れそうなんだ。……そして、もうひとつ」
 これも救出したグランドロン達のコギトエルゴスムの影響か、長城に隠された内部の様子を詳細に予知することができ、敵の指揮官の居場所も既に判明しているのだとオリネは告げる。
「この状況を活かした奇襲作戦。最大の目標はもちろん、第四王女レリ、だ」

 15チームによる隠密行動で、まずは大阪城に近づく。
 長城の最適な場所に抜け道を作って、余計な敵に遭遇することなく、レリをはじめとする有力な敵へ急襲を掛ける。
「長城の防衛には、ユグドラシル勢力のほかに、第四王女レリ配下の『白百合騎士団』、三連斬のヘルヴォール率いる『連斬部隊』もあたっている。このあたりとの交戦は避けられないだろうね」
 それでも、できるだけ戦闘を避けて、敵が本格的に態勢を整える前に第四王女レリの撃破を目指す。
 首尾良くいけば、レリの威光によって支配されていたグランドロンは、ケルベロス達の説得を受け入れてくれるはず。
 そして、彼らもきっと、新たな仲間として……。
「と、これが、すべて巧くいった場合のシナリオ。……けど、そこは敵の根城でもある。奇襲に手間どり、敵が防衛態勢を固めてしまったら多勢に無勢、勝ち目は薄いだろう。撤退する場合も想定しておかなければ危険だ」

 つまり。
 大阪城へと接近、抜け道を使って潜入し、有力敵と交戦するまで、できるだけ隠密に進む手立て。
 他のチームと分担し、どの有力敵を狙って奇襲するか。そしてもちろん、勝つための戦闘方法。
 敵の援軍など、イレギュラーな事態へ対処する手筈。
 何より、作戦に失敗したとき、無事に帰ってくるための撤退手段。
 そうした様々な状況を想定して行動する必要がある。これはそれだけ重要、かつ慎重を要する作戦なのだから。

 オリネはもう一度、地図に描かれた大阪城を指して、
「『ここ』には少なからず因縁があるからね……うん、わたしもじつは胸が騒いでいるんだ」
 アイスエルフであるオリネもまた、大阪城のデウスエクス勢力からケルベロス達の手で解放され、戦いに加わったひとりだった。
 ――だから、願わくば。
「それじゃあ、出発の時間だよ。みんなは、どうあっても無事に帰ってきて。……それで」
 少女は一呼吸をおくと、藍色の瞳を細めて、
「地球ではもうすぐ、クリスマスという祝祭があるんだろう? なら、一緒に祝祭を味わう仲間は多い方がいい……と、そう思うんだ」


参加者
藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)
エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)
クリム・スフィアード(水天の幻槍・e01189)
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)
一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)
ラーヴァ・バケット(地獄入り鎧・e33869)
リリベル・ホワイトレイン(堕落天・e66820)
嵯峨野・槐(目隠し鬼・e84290)

■リプレイ


 赤い鎧を纏った褐色の肌に紅黒い髪。
 そして、ヘルヴォール配下の証でもある、右半面を覆う仮面。
 見紛うこともない、城塞の防衛に就いている『連斬部隊』の幹部――ヘルガの姿が城塞の一室にあった。
「潜入は未だ察知されてないみたいなの」
 気づかれないように小さなのぞき穴を作り、部屋の中を窺っていたのはエルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)。手にしたコギトエルゴスムに、ありがとう、と囁いて少し安心した表情を浮かべた。
「みんな上手くやってるみたいで、よかったよかった」
 リリベル・ホワイトレイン(堕落天・e66820)も真似をして中を覗き込むと、
「広さは戦うのに充分ってとこかなー。手下が何人かいるみたいだけど……あっ」
 アリシスフェイルの目に、部下らしきシャイターンが二人、ヘルガの指示を受け、どこかへ去っていく姿が見えた。
「それなら、今が好機かもしれないな」
 クリム・スフィアード(水天の幻槍・e01189)の言葉に、ふむ、と兜をかしげたラーヴァ・バケット(地獄入り鎧・e33869)は、甲冑を脱ぐことが出来ない故に、姿を隠す隠密気流を纏いつつなるべく静かに歩み寄る。
「ヘルガの他に残りはあと二名……警護兵らしき奴に、隅の机で書類を繰っている奴ですか。どちらもしばらく動きそうにないですねえ」
「でも、あまり待ってたら、余所の騒ぎがここまで伝わってくる危険が高まるわ。さっきの部下が戻ってくるかもしれないし」
 アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)の言葉に、藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)も腕組みをして、
「そうですね、現状で奇襲のプランを立てるべきかと」
 警護のシャイターンは常に異変に目を光らせているだろうし、この場を預かる上官のヘルガから意識を外すことは期待できない。
 一方で、隅の机に向かっている方は、傍に小杖を携えた出で立ちから、治癒か妨害の魔術を操るとみた。
 ――ヘルガらと魔術師のシャイターンを分断した上で、魔術師を速やかに撃破する。
 と、話が固まったところで、
「それでは、参りましょうか」
 仲間達の纏う隠密気流に紛れて身を隠していた一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)の言葉に、仲間達は頷く。
 嵯峨野・槐(目隠し鬼・e84290)はコギトエルゴスムとなっても力を貸してくれた月のグランドロン達に礼を述べ、大切に仕舞い込み、ライドキャリバーの蒐とともに走り出した。
 いずれ必ず、大阪城にいる他の仲間達も――と、あの時の約束を果たしに。


 奇襲の嚆矢となったのは一陣の閃光。景臣の手に載せられたパズルの中から、その欠けたひと片を求めるかのように竜を象った稲妻が宙を裂いて閃き、魔術師を貫く。
「な……!?」
 発することができたのはその一言だけ。その目が深い黒檀の色を捉えた時、それは既に深々と腹部に突き立っていた。
「お仕事中に失礼致します」
 応えの返らない、返しようもない挨拶とともに、瑛華は手元へと引き戻した黒檀の得物を抱え、倒れ込んだシャイターンへと恭しく微笑んだ。
 その背後で、エルスが魔導書をぱたんと閉じる。
 旧き闇の力を内包したエルスの詠唱が、瑛華の意識の奥深くに潜んでいた力を引きずりだし、注ぎ込んだ刹那の一撃。
「悪いけれど、時間をかけたくないの」
 と、直ぐさま部屋の様子を見渡すエルスの頭上を飛び越え、轟音とともに石床を疾駆する二つの影、交叉するライドキャリバーの轍はやがて熱を帯び炎を上げる瞬間、そこから二人の姿が飛び降りた。
 息ひとつ荒げず、僅かにゴーグルを直すと槐は携えた梓弓を構える。そのゴーグルの奥に宿す眼光はいかなるものか、あるいは光すら射さぬ闇か。
「おわっとと、と!」
 足をよろめかせつつ、慌ただしく腕を振り回して持ちこたえたリリベルもまた、弓を手にすればたちまち射手の表情へと変わる。
 そして二人の番えた弓は妖精の力を帯び、放つ矢は二筋の輝きとなってアリシスフェイルとクリムへと破剣の祝福を注いだ。

 こうして開かれた戦場へと雪崩れ込むケルベロス達、それを先導するように二騎のライドキャリバー――蒐とホワイトふぁんぐが紅炎を纏ったまま、剣を構えたヘルガの元へと肉薄する。
「ケルベロスどもか!」
 だが、護衛らしきシャイターンの一人がそれを遮るように飛び出し、手にした槍で灼熱の車輪を受け止めた。吹き上がった双つの炎に包まれながらも衛士は堪え、槍の穂先を振り抜いて追い散らす。
 その脇をすり抜けるように稲妻が走った。
 電撃がヘルガを打つと、そのタールの翼が熱り立つように開く。
「……!」
「一瞬だけど、虚を突かれたって顔したわね」
 虚を突いたのだから当然だけれど、とアリシスフェイルは肩をすくめてみせる。
 敵襲を悟ったヘルガが逸早く自らに施した解呪の加護を、竜の雷がすかさず砕いていたのだった。
「はは! 奇襲とは、猟犬らしく小賢しい連中だ」
 そう声を上げて嗤うヘルガの、けれどその眼は揺らめく炎のように敵意に満ちていた。
「そう言って貰えると嬉しいわ」
 アリシスフェイルの挑発的な笑みもまた、この戦いを望む場所へと導く標のひとつ。
 ヘルガの注意を引き、敵意を向けさせること。
 そして、彼女をこの場に留め、城塞防衛の要であるヘルヴォールの加勢に向かわせないこと。
 そのために、ケルベロス達はここに居た。

 槍を構え直し、ヘルガの傍へと向かおうとするシャイターン衛士の身体に衝撃が走る。思わず向き直った衛士の目に、電撃杖を向けるクリムの姿が映った。
「もう戦いは始まってるんだ、余所見はいけないね」
「ええ、ええ、それに上官殿も助力など必要ないという顔をしておられますからねえ」
 大袈裟な仕草で両手を広げ、根拠もない軽口を跳ばしながらラーヴァは黒鎖を展開し仲間達へと盾の加護をもたらしていく。その表情は――ちらちらと炎を噴き出す兜こそ彼の素顔であり――他人には伺い知れない。


 蝶の舞うように鮮やかなステップ、からの力任せ。アリシスフェイルのブーツが星のオーラを纏い、そしてヘルガ目掛けて蹴り込む。
 だがそれを阻んでシャイターン衛士は立ちはだかり、血を滴らせながらも反撃とばかりに槍を繰り出す。
 今度はこちらとばかりに槐の縛霊手が赤熱した穂先を受け止め、一筋の煙と焦げた臭いが何かの残滓を供養するように広がる。
「あなたもやるものだな。お互い、役目を全うしようじゃないか」
 大きな作戦のための、小さな役目。槐も、彼女も、それを命懸けで果たさんとしていることに違いはないのだ。だが、その向かう先は互いに相容れない。
 が、故に。
 瑛華の得物が繰り出される。跳び下がろうとする衛士の腕を薙ぎ、更なる傷を負わせた。

 そこへ、扉の開く音が悲鳴のようにけたたましく響く。
「ヘルガ様!」
 戦闘の物音を聞きつけたのか、開いた扉から新たなシャイターンが駆け込んできた。
「来るな! 隊長の元へ向かえ!」
 端的に命じるヘルガの気迫に押されるように、その新手は外へ駆け出そうとする。
「そう云うわけにもいかないのですよ」
 会話の間にもラーヴァは流れるような手捌きで巨大な脚付き弓を組み上げ、光線の矢を放った。逃すまいと真っ直ぐに白い尾を残すそれは、周囲の熱を奪う凍結光線。
 しかし、またしてもシャイターンの衛士がそれを阻む。片腕を凍りつかせながらも槍を構え直す姿に、クリムは深く息を吐き、ランスを握る手に力を籠めた。
 貫くは己の信念、穿つは悪しき妄念――彼の弔った敵の名を持つ槍を包むように魔力が湧きだし、それはクリムの裂帛と共に放たれる。
「ルーン・オブ・ケルトハル!」
 魔力で作られた槍は衛士を貫き、続く魔力の炸裂がその身体を引き裂いた。
 崩れ落ちた影のようなその姿を見遣り、クリムは僅かに顔を歪める。魔槍の代償、掌を灼く痛み、せめてそれを手向けとして彼女を送ろうと。

「犬どもが、調子に乗るな!」
 ――冷え冷えとした石造りの部屋が、瞬時に灼熱と化したかのようだった。
 ヘルガの携えた剣、揺らめく炎のようなそれが火焔を纏い、渦を巻くように増幅し、渦は紅蓮の嵐となって焼き焦がす。
 灼熱が散った後、ケルベロス達の半数は手酷い火傷を負っていた。
 中でも、これまでもヘルガの火焔の多くを受け止めてきたリリベルのホワイトふぁんぐに至っては、もはや動けないほどの傷になっていた。
「ありがとう、あとは休んでて……ね!」
 弱気を振り払うように語気を強めて、リリベルは両腕を広げ、仲間達へと癒しの光を注いでいく。癒し手を名乗り出たリリベルの本領発揮はここからだとばかりに。

 次の一撃を構えるように剣を握り直したヘルガの肩を、真っ直ぐに伸びた一刃が掠め、幾本かの髪と一筋の血を散らす。
 リリベルの光に加え、槐の『混沌の水』を浴びて活力を取り戻した景臣が瞬時のうちに距離を詰め、ヘルガを見据えていた。
「御久し振りですね」
「群れて狩るしか能の無い猟犬どもの顔などいちいち覚えておらん。まして男の顔などな」
 結構ですとも、と景臣は刃を返し、再び距離をとると、瑛華を庇うように立った。
 苦しげに膝をついていた瑛華が立ち上がると、その焦げた脚を包むように、エルスの喚び出した黒い炎が吹き上がり、常世の悪を焼き尽くさん――とばかり、火傷ごと拭い去っていった。
「犬の群れと言ったね。あなたこそ、一人で勝てると思ってるの」
 先程の新手は既に部屋を去り、ここを守るのは最早ヘルガのみだった。エルスの言葉にヘルガは眉ひとつ動かさず、
「試してみるがいい」
 ヘルガもまた、ケルベロス達の狙いが何であるかを感じ取っていた。エインヘリアルの王女……否、それ以上に敬慕するヘルヴォール隊長への想いこそが彼女をここに立たせ、『連斬』の剣を握らせている。
 ――いま何を為すべきかなど、決まったことだ。


 ヘルガがその深紅の剣を繰り出し、そして火焔を放つごとに、底冷えのする冬の空気が再び熱を帯び、ケルベロス達を容赦なく斬り裂き、焦がしていく。
 それでも、リリベルは祝福の光を振り撒いて、またエルスは守護星座を描いてそれぞれ癒し手に徹し、槐もまた蒐とともにヘルガの攻撃を受け止めて何度も傷を負いながらも仲間達の回復を担うことで、これ以上誰も倒れることなくヘルガを抑えることができていた。

 ヘルガの繰り出す斬撃、『連斬』の名に相応しく視認を拒むほどに高速で重ねる刃が槐の腕に新たな傷を刻む。深紅の波打つ刃は瞬時に発火して更なる痛みをもたらした。
 エルスの詠唱が槐の細胞に強化をほどこして傷を塞ぐと、リリベルはといえば声も高らかに、
「応援してるぞー私の代わりに頑張ってー」
「その言い様はどうかと思うのだが……が……何故か活力がわいてくる、不思議だ」
 弓を取りながらも眉をひそめる槐に、仁王立ちのリリベルはふんすと鼻を鳴らして、
「大事なのは気持ちだよ! やる気があれば何でもできる!」
 やる気を込めて槐の放った矢はヘルガの手に突き立ち、忌々しげに振り払うその喉元へと神穿槍を抱えたクリムが一撃を繰り出す。ヘルガは剣を繰り出して受け止めながらも、その重い打撃に押されて一歩退く。
 退いたところを捕らえようとばかりに、ヘルガの背後で虚無への扉が開いた。
「鉄から鉛に至り、シの戯れに敗北せよ――」
 アリシスフェイルの詠唱、黄泉路の輪唱と名付けたその力によって、無数の手が扉の中からヘルガを掴み、引きずり込もうとする。
 切り裂いて振り払おうとするヘルガの動きがどこか鈍い。
 やはり、この類の攻撃は効いているようね――と視線を交わした景臣も意を得たように頷く。

 そしてもう一人、同じ結論に達したラーヴァの甲冑が開き、現われたミサイルポッドから一斉にミサイルが放たれた。
 ヘルガは深紅の剣を駆り、それでも受け止めきれず躱しきれず、衝撃に膝をつく。
「貴方様が加勢を断ったのは、一人で戦えるからでも、戦いたいからでもありませんよねえ」
「……だったら何だ」
 乱暴に立ち上がり、ヘルガは吐き捨てるように応えた。
「少しだけ、羨ましくもあったのです」
 ヘルヴォールがどのような指揮官なのかラーヴァは知らない。それでも、城塞の情況を察したヘルガが、彼女の指揮官を慕い、案じ、託す選択をしたことはわかるからだ。
 ヘルガの構えた剣が大きく炎を上げる。ヘルガ自身をも呑み込もうとするかのように。
「何やら熱そうですね、冷やして差し上げましょうか」
 景臣の掲げた刃が銀月の光を放てば、ヘルガの足元から氷の花が次々と咲き、覆い尽くさんと広がる。
 それは凍てつく炎。燃え盛る業炎にも溶かすことのできない常冬の枷。
「だが……その太刀筋は覚えている」
「少しは強くなった……でしょう?」
 ヘルガはその言葉には答えず、全身から弾けるように火の粉を散らした。
 ――命を燃やしてでも、ここに立つ。
 最早、ヘルガの半身は業火に包まれていた。それは敵を焼く炎であるとともに、その身を焼く炎でもある。
「……そろそろ、終わりにしましょうか」
 進み出た瑛華の言葉が早いか、鎖の形に編まれたグラビティが瑛華とヘルガを囲み、決着の舞台を描いた。
「貴様達の望む終わりとは限らないがな!」
 ヘルガの荒い呼吸に呼応するように、全て焼き尽くさんと吹き上げる炎が瑛華の鼻先を灼く。
 だが、ヘルガにこれまで背負ってきたものがあるように、瑛華にも背負ってきたものがある。
 黒く閃いた淑女の靴が高々と蹴り上げられ、それは業炎をも切り裂いてヘルガの喉元へと喰らいついた。
 声にもならない呻りを挙げてヘルガが突き出した炎の剣には、しかしもはや力もなく、影だけが残ってしまったかのようなその黒い手から零れ落ち――、
「……っ!」
 瑛華の口から鮮血が滴る。
 もう一方の手で押し込むように、瑛華の腹部に刃を突き立てたまま、ヘルガは事切れていた。
 駆け寄る仲間達に、大丈夫です――と瑛華は苦しげにだけれど答えて、突き立った刃を引き抜く。その波打つ紅刃がもたらす痛みと熱こそが、ヘルガの想いだった。
 ――最期まで『連斬』であること。
 それが、ヘルガがヘルガであるために選んだ、為すべきことだった。

 それからほどなく、グランドロン達はコギトエルゴスムと化していった。
「大成功、といったところでしょうか」
 瑛華達が胸をなで下ろしたのも束の間のこと。
 やがて城塞が崩れ落ちる前に脱出しなければならないケルベロス達は、できる限りコギトエルゴスムを集めながらも駆け出していく。
 アリシスフェイルは、色々と胸に潜めた思いを飲み込んで、ただ一言。
「……帰ったら、クリスマスかぁ」

作者:朽橋ケヅメ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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