明日を護る守り人に

作者:椎名遥

 12月は師走の月。
 クリスマスに大掃除、年を越したらお正月。
 次々にやって来るイベントに向けて、街ゆく人の足はいつもよりも少し小走りだけれど、
「――でも、それは『明日』を思って生きている証でもある、と」
 高台にある公園から町の様子を見下ろして、一人の女性がどこか楽し気に呟く。
 サイドポニーにした髪を風に揺らし、身に纏うのは白と黒のオーソドックスなエプロンドレス。
「何度街を壊されても、いくつも命が奪われても、折れず曲がらず立ち上がれる」
 どこかのイベント会場から抜け出してきたような、そんな空気を漂わせながら、彼女は街を見つめて歌うように呟いて。
「それはきっと――」
 ふいに、一陣の風が吹き抜ける。
 雪が降るにはまだ早くとも、刺すような冷たさを宿す冬の風。
 その風の中で、一枚の枯れ葉が舞い踊る。
 地上近くで渦を描くように回ったかと思えば、急に空へと舞い上がり、
「――きっと『彼ら』がいるからなんでしょうね」
 瞬間、言葉と同時に走り抜けた銀光が枯れ葉を両断する。
 それを成したのは、一瞬で彼女の手に現れた一振りの長槍。
「数多のデウスエクスの襲撃を退ける、世界の守護者ケルベロス」
 くるりと槍を回せば、両断された枯れ葉は白く染まって凍てつき砕け散り。
 続けて地面に石突を打ち付ければ、青白い光が地面を走り魔法陣を描き出す。
「幾度となく世界を守ってきたその力、私にも見せてもらいましょうか」
 魔法陣から呼び出された二体の怪魚を従えて、光の中で彼女――死神『デュナメイス』は恭しく虚空に向けて一礼すると楽しそうに笑う。
「お待ちしていますよ、ケルベロスの皆様方――願わくば、我が口づけを受けるにふさわしい勇士であらんことを」


「東京焦土地帯から流れ出てきた死神による事件の事はご存じでしょうか」
 集まったケルベロス達に一礼すると、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は資料を示して説明を始める。
 東京焦土地帯――かつては死神勢力によって占拠されていた地域だったが、エインヘリアルの要塞『磨羯宮ブレイザブリク』が出現した結果、その地域の勢力図は大きく変化を見せている。
 居場所を奪われた者、混乱に乗じて独自の目的をもって動き出す者。
 それぞれの事情を持って、東京焦土地帯から流出してきた死神達は周辺地域で動きを見せている。
「今回予知されたのもその死神の一人で、名を『デュナメイス』と言います」
 セリカが示す資料のスケッチに描かれているのは、一人の女性の姿。
 異形となっているような部分もなく、下級の怪魚型死神を従えていなければ、地球人のメイドと言っても違和感はないだろう。
「デュナメイスが現れるのは、こちらの公園です」
 そう言ってセリカが地図で示すのは、町から少し離れた高台にある公園。
 休日の昼間とはいえ、寒さも増した冬の公園には人気は無く、人払いに注意を払う必要は無いだろう。
「……というよりも、デュナメイス自身がそういう場所を選んでいるようですね」
 東京焦土地帯に配置されていた死神達の中には、人の意識が強すぎたり性格に難があったりした結果、実力とは別に失敗作として扱われた個体も複数存在していた。
 デュナメイスもまたその一人。
 腕試しとして敵味方問わず戦いを挑んでいた結果、東京焦土地帯を破壊不能とする儀式のパーツとして配置されていた彼女は、エインヘリアルの襲来によって自由を得た今、再びの腕試しの相手としてケルベロスを選んだのだろう。
「迷惑な話ではありますが……放っておけば一般人の中から見込みのありそうな相手を探して襲い始めることになりかねません。そうなる前に、対処をお願いします」
 そう、そっとため息をつくと、セリカはケルベロス達に小さく頭を下げる。
「デュナメイスの攻撃手段は手にした槍と雷の魔術、あとは……魔力を込めた口づけです」
 基本的には槍と魔術で戦うが、気に入った相手には魔力を込めた口づけで心を奪い、サルベージしようとする。
 また、付き従う二体の死神は、噛みつきで体力を回復しながらデュナメイスを守るように動くようだ。
「長い間、腕試しとして戦いを繰り返してきたデュナメイスの実力は、決して侮れるものではありません」
 性格に問題があっても捨て駒として使われずにいたのは、その戦力とも無関係ではなかったのだろう。
 だけど、戦い続けてきたのはケルベロス達もまた同じ。
 その実力は、デュナメイスにも決して劣るものではないはず。
 だから、
「決して楽観できる相手ではありません。ですが、皆さんならば勝てると信じています――ご武運を」


参加者
メリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)
楡金・澄華(氷刃・e01056)
エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)
エリヤ・シャルトリュー(影は微睡む・e01913)
葛之葉・咲耶(野に咲く藤の花のように・e32485)
カーラ・バハル(ガジェッティア・e52477)
ローゼス・シャンパーニュ(セントールの鎧装騎兵・e85434)

■リプレイ

「ようこそおいで下さいました、ケルベロスの皆様方」
 公園の中央で、デュナメイスは深々と頭を下げる。
 一見するならば瀟洒なメイド。
 だが、手にした長槍が、付き従う怪魚が。
 そして何より、
「戦いこそ我が喜び。ご迷惑かと思いますが、私の腕試しにどうかお付き合い願います」
 隠す気など全くない戦いへの欲求。
 言葉と共に吹き付ける闘志と殺気が、ただの人ではないことを物語る。
「迷惑だなぁ」
「お淑やかそうなのにすごく破天荒なメイドさんだねぇ……」
 ため息をつくメリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)の隣で、呆れたように呟く葛之葉・咲耶(野に咲く藤の花のように・e32485)。
「腕試し……??」
 眠気を堪えてエリヤ・シャルトリュー(影は微睡む・e01913)が周囲を見回せば、聞いた通り人の気配も、障害物も無い。
 全ては、全力で戦うため。
「腕試しが、戦いが、楽しい……。ちょっと僕、わからないや」
 戦いを楽しむ価値観に、エリヤは困惑したように首を傾げ、
「随分と楽しそうだねぇ」
「まあ、腕試しがしたいのなら、相手になろうか」
 弟を背に庇い、苦笑しつつエリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)は前に進み出て。
 白手袋をはめなおしたロストーク・ヴィスナー(庇翼・e02023)もエリオットに並び。
「なるほど死神にも様々ということですね」
「けど、一般の人に興味がないのは好都合っ、被害ゼロで終わらせちゃおうっ」
 頷くローゼス・シャンパーニュ(セントールの鎧装騎兵・e85434)に、咲耶は軽く肩をすくめて応える。
 周囲に人気は無く、狙われているのは自分達。
 後は戦い、勝利すれば大団円。
「こういうとこ狙いッてのは、マシかなァ……でも」
 小さく呟くと、カーラ・バハル(ガジェッティア・e52477)は大きく息を吸って意識を切り替える。
 今はまだ一般人に被害は出ていない。
 だがそれは、『まだ』でしかない。
 強さを求める彼女の思いが止まらぬ限り、その槍はいつか必ず誰かを襲う。
 その『誰か』が誰だったとしても、
「ローシャくんもにいさんも、ここにいる仲間のみんなも」
「ケルベロスの先輩後輩無関係な人、他にも色々襲わせるわけにはいかねエんだよッ!」
 エリヤの被るフードに縫い込まれた魔術回路が光を放ち、眠気を払うと共に足元では影が揺らめき。
 カーラは手にした戦斧を握りなおす。
「さあ、お望み通り、お待ちかねの……ってやつだ」
 死神の望みに応えることに、エリオット自身内心の棘を隠せないけれど――この戦いは避けてはいけない。
「鍛え直しの最中ではありますが、存分に技の冴えをお見せしましょう――死神よ、武勇の誉を頂きに参上した。我らと槍と死を交わし雌雄を決しよう」
「こう見えて、私はケルベロスの零式では指折りだ。仲間も精兵揃い。デュナメイス、私達なら貴様を退屈させんぞ」
 得物を向けて呼びかけるローゼスと楡金・澄華(氷刃・e01056)に、デュナメイスもまた槍を構えて笑みを深め、
「ええ、これまで世界を守ってきた力と技――存分に披露してください!」
 ケルベロスと死神は同時に地を蹴り、技と力をぶつけ合う。
「いざ――」
「尋常に――」
「「勝負!」」


「しっかり戦ってみんなで帰ろうね」
「ああッ!」
 メリルディが操る鎖が地面を走り、魔法陣を描き出し。
 同時に、カーラが吐き出す炎の吐息が死神達に突き刺さる。
(「炎が付けば大成功だけど……」)
 三つの影を飲み込み巻き起こる爆炎は、しかし。
「ふっ!」
 鋭い呼気と共に閃く一閃が爆炎を切り裂き、怪魚を従えデュナメイスが駆ける。
 その身に炎は無く、爆炎の負傷も見られない。
(「足止め無しじゃ、流石にキツイ――けどッ!」)
「十分です!」
 凌がれたとはいえ、守りに手を裂けば動きは鈍る。
 炎を防ぎ、わずかに勢いを鈍らせた相手にローゼスが走る。
「この剛脚の真の威を知れ!」
 踏み込みにて地を揺るがし、突き上げる槍が怪魚の牙とぶつかり合い。
 動きが止まった隙を突き、ローゼスの側面へと回り込むデュナメイスの槍を、ロストークの槍斧が受け止める。
 伝わる衝撃にわずかに表情を曇らせながらも、その衝撃は受け流す動きと共に武器に乗せ、
「――ふっ!」
 打ち下ろす一撃が、デュナメイスを退かせる。
「エリヤ!」
「うん!」
 その機を逃すことなく、エリオットが地獄の炎を足に纏わせて地面を蹴り、エリヤは瞳に蝶の姿をした魔術の式を浮かび上がらせる。
「青炎の地獄鳥よ、我が敵をその地に縛れ」
「《我が邪眼》《羽搏く蜉蝣》《其等のゆらぎで力を奪え》」
 エリオットが呼び出す澄んだ青色の炎で構成された鵙。
 エリヤが影から変化させた、両翅を陽炎のように揺らめかせる異形蝶。
 異なる二つの群れがデュナメイスに襲い掛かり、青炎の杭と周囲全てを揺らがせる幻影で包みこむ。
 ――だが、
「っ!」
 青炎を貫き、突き出される槍。
 それを受け止めたエリオットの目の前で、デュナメイスは笑う。
「ええ、そうでなくては」
 連携攻撃を受けたデュナメイスも無傷ではない。
 だが、怪魚が盾となって与えたダメージは小さく。
 怪魚の傷も、エリオットに噛みつき生命力を奪って回復しゆく。
 デュナメイス自身が実力者な上に、守りは回復能力を持つ二体の怪魚。
「強敵だな」
「難敵だねぇ」
 一筋縄ではいかない相手に、澄華と咲耶は小さく苦笑を交わし、
「さあ、どうします?」
「こうさせてもらう――凍雲、仕事だ……!」
 試すようなデュナメイスに頷くと、澄華は手にする太刀に呼びかける。
 抜き放たれる刃は蒼い輝きを宿し、繰り出す斬撃は冷気を纏った空の如く。
 容赦ない斬撃が怪魚を切り裂くと同時、咲耶が操る意思を持つ泥『別天津渾沌泥濘』が咢となって怪魚に襲い掛かる。
 デュナメイスと怪魚を同時に相手にすることは難しい。
 故に、狙うは各個撃破。
 ローゼスとエリオットが同時に繰り出すスターゲイザーが怪魚とデュナメイスを引きはがし、弾かれた怪魚を澄華の憑霊弧月とカーラのルーンディバイドが十字に刻むも、至近距離から放たれる怨霊弾が追撃を阻み、
「いくよ」
「合わせろ、プラーミア!」
 広がる怨霊弾の爆風を、エリヤのクリスタルファイアとロストークのボクスドラゴン『プラーミア』のブレスが相殺し、メリルディのサークリットチェインを受けて爆風を突っ切る咲耶の稲妻突きが、怪魚を貫き消滅させる。
 ――まずは、一体。
「ははっ、そう来ますか!」
「ああ、そうだ」
 突き出されるデュナメイスの槍を受け流し、返すロストークの稲妻突きが足を止めて残る怪魚との合流を阻む。
「番犬を甘く見るなよ」
 ロストークの槍斧が刻まれたルーンを開放して冷気を纏い、エリオットが再度呼び出す青炎の鵙が宙を舞い。
 冷気と青炎がデュナメイスとぶつかり合うと同時、残る怪魚に白刃が走る。
「どけ、お前らに用はない」
 澄華の連撃が怪魚を切り裂き、ローゼスの槍が鱗を砕き。
 なおも身をくねらせローゼスに食いつこうとする怪魚の牙を、割り込んだカーラの斧が受け止める。
「こ、のッ」
 受け止められながらも圧し掛かり、食いつこうとする牙を横へそらして。
 牙がかすめた肩から流れる血を振り払い、カーラは小さく息をつく。
 一斉攻撃で仕留めることができたように、怪魚の実力は決して高く無い。
 倒すまでは二分とかからないだろう。
 ――それまで、デュナメイスを抑えることができれば。
「くっ!」
 続けざまに金属音が響く。
 防御の上から打ち込まれる連撃を受けきれず、半ば跳ね飛ばされるようにエリオットは後ろへ飛びのき、
「まず、一人」
「やらせないよ!」
 逃さず仕留めようと落下点に走るデュナメイスの視界を、エリヤの呼び出す影の蝶の群れが覆い隠す。
 その群れは、閃く槍に切り払われ消滅するが――、
「行って、お願い」
 稼いだ数舜の間に、メリルディがカナリアの姿をしたバトルオーラ『canari』を飛ばしてエリオットを癒し。
 わずかに遅れて突き込まれる槍を、踏みとどまったエリオットの鉄塊剣が迎撃する。
 旋風を生み出す渾身の横薙ぎが、突き出される槍を、デュナメイスを――そして、怪魚を薙ぎ払う。
 デュナメイスにかかりきりだったエリオットからの攻撃に、反応が遅れた怪魚の脇腹を鉄塊剣が切り裂く。
「――!?」
 身をよじり、苦悶の声を上げる怪魚。
 そこを勝負所と見たカーラは、地を蹴り大きく飛び上がる。
 装備内データの1つ『ドラゴンパワー』を自身の『龍の力』の活性に利用し、能力を強化。
 その力で天高く飛翔し、オーラを纏い――、
「そこだ、ふっとべッッ!!」
 そのオーラは巨大な龍を形成し、カーラと共に天空から怪魚へと襲い掛かる。
 飛び下りざまのカーラの薙ぎ払い、続く龍の蹂躙に怪魚は大きく跳ね飛ばされ、
「これで、終わりだよっ」
 すれ違いざまに咲耶が張り付けるのは一枚の御札。
 封じられし呪が作り出すのは、空間をも八つ裂きに刻む無数の刃。
「四つ裂き八つ裂き! 裂かれに裂かれて咲き誇れ!」
 怪魚の姿を覆い隠すように重なる刃が、吹き荒れて――残るのは彼岸花の如き刀痕のみ。
 そして、
「後はお前だけだ、デュナメイス」
 澄華の刃とデュナメイスの槍が交錯する。
 かわし、ぶつかり、受け流し。
「ふ、ふふっ」
 一瞬で十を越える打ち合いの最中、デュナメイスの口から笑い声が漏れる。
 心から楽しそうに、晴れやかに、
「ああ、本当に素晴らしい」
 加速度的に速さと重さを増す槍が澄華の連撃を押し返し。
 飛び退る澄華と入れ替わるように、左右から踏み込む咲耶とローゼスの稲妻を帯びた槍を受け流し。
 続くエリオットが振り下ろす斧をすり抜けるようにかわし――、
「――貴方たちは、私の口づけを受けるにふさわしい」
「っとッ!?」
 身をそらすカーラの髪をかすめ、デュナメイスの唇が通り過ぎる。
 ぎりぎりで避けた攻撃と、間近に見た女性の唇。
 二つの意味で動揺する心を無理やりに抑え込み、
「ッ――お断りだッ!」
「おや、それは残念」
 いろいろこめて振り上げる斧を、デュナメイスは肩をすくめて後ろに飛んで回避する。
 その手は空中で無数の印を切り、光る雷を宿し、
「――では、力づくで」
「こんなに要らない口づけもなかなかないねえ」
 その雷は、苦笑しつつ踏み込むロストークに降りかかり――寸前、エリヤの放つ石化の光線が打ち払う。
 同時に、プラーミアのブレスが空中にあるデュナメイスを襲い、直撃こそ避けるも体勢はわずかに崩れ。
 続くロストークの槍斧とデュナメイスの槍が交錯し――二人の肩から同時に血がしぶく。
「僕らの唇だとか命だとか、高くつくよ。試してみるかい?」
「ええ、是非とも」
 振り返り、槍斧を突き付けるエリオットに一礼すると、流れる血を軽く拭ってデュナメイスは笑う。
「ほんっと迷惑な相手だなぁ……」
「まったくだ。だが、まあ……」
 ため息をつきながら儀礼的な装飾の施されたソードブレイカーを振るい、守護星座を描き出すメリルディ。
 その呟きに頷きつつも、澄華は口元を隠して苦笑する。
 忍故に感情を出さないようにしているが、強敵とのやり取りは嫌いではない。
 その思いは口に出さず、刃にこめて。
(「楽しもうじゃないか」)
 刃を構えて、澄華は再度地を蹴る。
「おおっ!」
 咆哮と共にローゼスが駆ける。
 誰よりも速く、何よりも早く。
 強靭な馬の脚力に加え、鎧装騎兵のブースターを上乗せした高機動突進力。
 勢いのままに突き出す槍は、回避を許すことなくデュナメイスを抑え込み。
 その拘束が解けるより早く、
「謡え、詠え、慈悲なき凍れる冬のうた」
 詠唱によって刻まれたルーンを開放して氷霧をまとう槍斧を、跳躍したロストークが振り下ろす。
 叩きつけられるのは、息すら凍り氷塵が鳴る極寒の冷気。
 吹き荒れる氷の魔力が、受ける長槍すらも凍り付かせ。
 エリオットの鉄塊剣がデュナメイスを跳ね飛ばすも――半ば、自ら飛んだ彼女にはダメージは少なく。
 空中で体勢を立て直し、着地すると同時に咲耶へと距離を詰め、
「――しまっ!」
 無極偃月刀を引き上げて守りを固めるより早く、打ち込まれる槍の連撃が咲耶を大きく弾き飛ばす。
「咲耶!」
「大、丈夫っ」
 オーラのカナリアを飛ばして傷を癒すメリルディに少し無理をして笑みを返し、咲耶が手を打てば弾かれざまに相手に貼り付けた御札が無数の斬撃を作り出す。
 その機を逃さずエリヤが呼び出す影の蝶の群れも追撃をかけ、生まれる斬撃と蝶の群れがデュナメイスの姿を飲み込んで吹き荒れ――その内から生まれた雷光が縦横に駆け巡り斬撃と蝶を消滅させる。
 力も技も、デュナメイスはこの場に立つ誰よりも強い。
 ――けれど、
「ふっ!」
 突き出される槍を受け流すとともに身を沈め、澄華が低い体勢から放つ憑霊弧月がその腕を切り裂き。
 わずかに遅れて、龍のオーラを纏い急襲するカーラの龍翔撃がデュナメイスを跳ね飛ばす。
 少しずつ、確実に、積み重ねられた呪縛がデュナメイスの力を封じている。
 足を封じ、武器を封じ、守りを封じ。
 傷を癒し、呪縛を祓い、力を高め。
 相手との差を、一つ一つ戦いの中で埋めてゆき。
 ――そして、
「ここまでです」
 槍を突き付けて、ローゼスが終わりを告げる。
 自分達の体力も限界が近く、余裕などないけれど――傾いた天秤を覆すだけの力は、デュナメイスには無い。
 彼女自身、わかっているだろうが、
「だからと言って、膝を屈するわけにはいかないでしょう」
「ふむ。では――」
 なおも槍を構えて微笑むデュナメイスに小さく頷くき、
「かつて神だった者から死神へ。ケルベロスとして貴様に死を送ろう」
「死神であり死神から外れた者として、貴方に私を殺害する権利を送りましょう」
 互いに槍を顔の前に掲げ、宣誓を交わし。
 同時に地を蹴り、二つの槍が交錯する。
 そして、
「不思議なものです。私は定命となり死を得て力を失った。されど私の槍はより鋭さを増したように思うのです」
 槍を下ろして振り返り、呟くローゼスの視線の先にはデュナメイスの姿は無く、ただ地面に突き立つ槍が存在を物語るのみ。
 その槍もまた崩れ出し――程なくして、元の公園が戻ってくるだろう。

 崩れ行く槍を墓標とするように、咲耶は一輪の花を添える。
 敵も味方も無く戦いを求めていたなら、きっと彼女は一人ぼっちのままだっただろうから、
(「最期ぐらい寄り添ってあげないとねぇ」)
 そっと目を閉じる咲耶に並び、ローゼスは赤ワインを注いだグラスを掲げる。
 戦いを好み、戦いに生きた彼女に向けて、そして戦い勝利した自分達に向けて。
「勝者には美酒が与えられて然るべきです。そうは思いませんか?」
 こたえる声は無いけれど――槍の欠片を運ぶ風が、不意に彼らを包んで吹き抜けていった。

作者:椎名遥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年12月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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