雪降る聖夜のクリスマス・マーケット

作者:朱乃天

 陽が沈み、雪が舞い降る真冬の夜に、色鮮やかなイルミネーションの灯が燈る。
 多くの家族連れやカップルたちで賑わいを見せる遊園地では、クリスマスが近付くこの時期に、ムードを盛り上げようとクリスマスマーケットが催されていた。
 広場に並ぶ屋台には、可愛らしいクリスマスグッズや、食欲そそる美味なる料理が販売されて、ショッピングを楽しむその一方で。
 クリスマス仕様にデコレーションされた観覧車やメリーゴーランドなど、乗り物に乗って燥ぐ人々の、幸せそうな笑顔が会場中に満ち溢れ、クリスマス気分を満喫しながら過ごす夢のような時間は――いとも容易く打ち砕かれてしまう。
 空から降ってきたのは、綺麗な白い雪だけでなく。クリスマスマーケットの会場に、突如出現したのは、黒衣を纏った巨躯の男の影だった。
 大きな麻の頭陀袋を背中に担ぎ、髭を生やしたその風貌は、まるで黒いサンタのようにも見える。
「メリークリスマス! お前ら人間共には、俺がとっておきのプレゼントをくれてやろう」
 そう言って、男が袋の中から取り出したのは、鎖で繋いだ巨大な棘付き鉄球だ。
 男はソレを勢い任せに振り回し、無抵抗な人間たちは成す術もなく、蹂躙されて屍の山が積み重なっていく。
 絵本の物語のようなクリスマスの世界が一転し、幸せに満ちた歓喜の声は悲鳴に変わり、残酷劇の舞台と化した会場は――夥しい量の血で、全てが真っ赤に染め上げられてしまう。

「折角のクリスマスっつーのに……デウスエクスに襲われちまうんじゃ、楽しむどころなんかじゃねえ」
 こうしたイベント事は、デウスエクスにとって恰好の狙いの的となる。
 サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)は、やはりといった様子で舌打ちしながら、危惧した事態が現実となった以上、仕方がないと溜め息吐いて。
 事件を伝える玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)の顔を見て、話を続けてくれとだけ言って、黙って耳を傾ける。
「今回、クリスマスマーケットを襲撃したのは、過去にアスガルドで重罪を犯したエインヘリアルの凶悪犯みたいだね。このままだと多くの人が犠牲になってしまうだけでなく、恐怖と憎悪を齎すことで、他のエインヘリアルの定命化を遅らせることにもなってしまうんだ」
 現場となる遊園地では、丁度クリスマスマーケットが開催されている。
 これから急いで現場に向かえば、エインヘリアルが襲撃を起こす直前に駆け付けることができるだろう。
 敵は遊園地の入り口手前辺りに出現し、一般人の避難誘導は警察などが対応してくれる。従ってケルベロスたちは、戦闘だけに専念すれば問題ない。
「キミたちが今回戦う相手は、簡潔に言えば黒いサンタクロースみたいな感じかな」
 但し人々に夢を与えるサンタクロースとは違い、ソイツは悪夢と絶望のみを撒き散らす。
 背中に担いだ袋には、武器の棘付き鉄球を忍ばせていて、ソレを振り回してきたり、爆弾を投げつけるなどして攻撃してくるようである。
 そしてこのエインヘリアルは、使い捨てとして送り込まれた先兵でしかなく、最後まで撤退せずに戦い続けることだろう。
 敵の火力は高めだが、ケルベロスたちが力を合わせて戦えば、決して負けることはない。
 シュリはひと通りの説明を伝え終えると、ケルベロスたちに一つの提案をする。
「ところで無事に戦いが終わったら、ついでにクリスマスも楽しんできたらどうかな?」
 冬の夜空に雪が舞う、幻想的な景色の中のクリスマスマーケット。
 寒さで冷える身体を、ホットチョコレートで温めて。ワインやソーセージに舌鼓しつつ、観覧車に乗ってイルミネーションが彩る夜景に思いを馳せてみるのもいいだろう。
「他にも雑貨屋巡りとか、考えただけで胸がときめいてしまいますね。特に大切な人と過ごす一日は、きっと素敵な思い出になるでしょう」
 童話の世界のようなロマンチックなクリスマスを想像し、マリステラ・セレーネ(蒼星のヴァルキュリア・en0180)の心は既にマーケット会場に向けられている。
 雪明かりが煌めく聖なる夜に、どうか祝福あれと、祈りを込めて――。


参加者
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
七星・さくら(しあわせのいろ・e04235)
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
輝島・華(夢見花・e11960)
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)
七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)
ミシェル・グランディエ(スティグマ・e29526)

■リプレイ


 人々が聖なる夜を祝い、クリスマスを楽しむ会場に、空から降ってきたのは大きな災厄。
 それは麻の頭陀袋を背に担ぎ、髭を生やした全身黒尽くめの大男。
 風貌だけなら黒いサンタクロースのようにも見えるその者は、人々に恐怖を齎し、殺す為に地球へ送り込まれたエインヘリアルの罪人だ。
 幸せの贈り物を届けるはずのサンタクロースが、人々の笑顔のみならず、尊い命までも奪おうとした時――。
「よおオッサン、メリークリスマス。俺にもひとつくれねえか?」
 そこへどこからともなく颯爽と、二つの影が疾駆する。
 サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)とキソラ・ライゼ(空の破片・e02771)が、並走しながら距離を詰め、黒いサンタに刃の如き鋭い蹴りを同時に放って、敵の注意を引き付ける。
「……ったく。んな日にも働かせやがって」
 黒いサンタを睨み付け、悪態じみた言葉がサイガの口から衝いて出る。だがその口元は、どこか愉しげに不敵な笑みを覗かせていた。
「知らないオッサンからのプレゼントは遠慮したいネ」
 キソラはサンタを挑発するかのようにへらりと笑い、反対に一般人への襲撃を妨害されたエインヘリアルは、不愉快そうに、彼らに敵意の目を向ける。
「何だお前らは。俺の邪魔をするなら、そっちから先に血祭りにしてくれる!」
 ブラックサンタはその怪力で、巨大な棘付き鉄球を力任せに振り回し、大気を巻き上げ嵐を起こし、ケルベロスたちに襲い掛かる。
「黒いサンタなんてクリスマスにはいりません。どうぞお引き取り下さいませ!」
 花咲く箒のキャリバー・ブルームに跨りながら、輝島・華(夢見花・e11960)が咄嗟に割り込み、身を挺して鉄球の重い一撃を受け止める。
「煌めくクリスマスを、聖夜をナイトメアにしないように。子ども達の夢を壊さないように尽力致しましょう」
 回復役のミシェル・グランディエ(スティグマ・e29526)が、癒しの力を込めて舞い踊る。すると雪の如くに白い花弁のオーラが戦場中に咲き乱れ、華の負傷を瞬時に治す。
「折角のクリスマスマーケットを楽しむ人達の為、サンタモドキに邪魔はさせません」
 続いてカルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)が、物質化させた光の鎖を地面に展開。描く魔法陣から溢れる魔力の光が、仲間に加護の力を付与させる。
「んもぅ! クリスマスのプレゼントが棘付き鉄球だなんて、センスもロマンも無いわね」
 七星・さくら(しあわせのいろ・e04235)が杖に魔力を込めて掲げると、杖の先から光が弾け、迸る紫電が一直線に放たれ、ブラックサンタを狙い撃つ。
「メリークリスマス……と言いたいとこだけど、悪い子にはサンタさんではなくなまはげが来るんだよ」
 ここは積極的に攻めようと、七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)が魔法のパズルを自在に組み換え、黄金色の光を宿した剣と化す。
「サンタさんとなまはげに代わって、ケルベロスが悪いエインヘリアルを地獄に送ってあげるんだよ」
 現を司り、夢を護らんとする瑪璃瑠の力が発動すると。パズルの剣から解き放たれた、竜を象る稲妻が、猛るが如き雷鳴響かせ、ブラックサンタに降り落ちる。
「聖なる夜にエインヘリアルのサンタはお呼びでは無くてよ。早々にご退場頂きましょう……この世から、ね」
 淡々と語る言葉に秘めた、黒い殺意。
 アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)が宙にふわりと浮くかのように跳躍し、冷たい眼差しで、敵を見据えて繰り出す蹴りは、輝く虹の光を夜空に架けて、敵のサンタに見事に炸裂。
 直撃を食らったエインヘリアルは、怒りに満ちた形相で、アウレリアを始めとしたケルベロスたちを眼光鋭く睨視する。
「……お前たち、よっぽど死にたいみたいだな。だったらお望み通り、殺してやろう!」
 空気が震えるほどの気迫を発し、エインヘリアルが番犬たちを威圧する。しかし彼らは怯むことなく、負けじと闘志を奮い立たせて対峙する。
 この戦いに、勝ってクリスマスを共に祝う為――聖なる夜の祝福は、果たしてどちらに舞い降りるのか――。


「面白れぇ。やれるモンならやってみな」
 普段と変わらぬ、飄々と掴み処のない所作で。キソラが高く飛び跳ねながら、黒ずむ血錆の鉄梃を、サンタの脳天目掛けて叩き込む。
「んな会場よかてめぇに似合いの場所、知ってんだが。トナカイ代わりに送ってやんよ」
 残虐非道な大罪人が相手とあって、サイガの戦闘狂の血が騒ぐ。
 足跡攫う地獄の炎が波を打ち、虚ろな力を大きな鎌に纏わせて。身体を捻って円を描き、投げた刃は旋回しながら、敵の巨体を貪るように斬り刻む。
「笑顔を守る為の戦いは厭いません。僕だって、男ですから……!」
 憧れの人の気合の籠った戦いぶりに、ミシェルの少女のような顔付きが、次第に凛々しく引き締まる。自分も力になりたいと、理力を溜めた両脚で、打ち込む蹴りは星のオーラを放って、ブラックサンタに華麗に命中。
 ケルベロスたちが手数を重ねて攻めるその一方、ブラックサンタは火力の高い攻撃で、番犬たちを排除しようとするのだが。
「命を使い捨てにする君たちに、ボクたちは負けない!」
 瑪璃瑠が自然と意思を通わせて、霊能力を用いて癒しの風を巻き起こし、すかさず仲間の傷を回復させる。
「さあ、よく狙って。逃がしませんの!」
 華の小さな掌に、集束された魔力が花弁となって風に舞い、生み出された花の一片は、鋭利な刃のようにサンタの身体を斬り裂いていく。
「――穿て、幻魔の剣よ」
 カルナは自身の魔力を圧縮し、その手に不可視の魔剣が形を成して創られる。
 高密度の魔力の塊たる剣を振るい、閃く刃の一撃は、ブラックサンタの鉄球の、棘を砕いて敵の火力を弱らせる。
「マリステラちゃん、こちらも負けずに仕掛けていくわよ」
「はい。了解しました、さくらさん」
 さくらの合図に、マリステラ・セレーネ(蒼星のヴァルキュリア・en0180)が頷いて。二人はそれぞれ、ライフル銃と魔杖に集めた氷の魔力を合わせて発射。二つの光の弾丸が、エインヘリアルの生命の炎を凍てさせる。
「ぐっ……!? おのれ、下らん真似を!」
 果敢に攻めるケルベロスたちの勢いに、押され気味になるブラックサンタ。
 もはや形振り構っていられない。ならば纏めて吹き飛ばそうと、袋の中から取り出したのは、ドクロマークの入った爆弾だ。
「……誰一人として、倒れる方を出させはしない」
 アウレリアは敵の動きを察知して、ブラックサンタが構えるよりも早く銃を抜き、相手が投げつけようとした爆弾に、狙いを定めて目にも止まらぬ速さで撃ち落とす。
 ――この後の、平和な時間を取り戻す為。
 地獄の番犬たちは、尚も手を緩めることなく、ブラックサンタに反撃の隙を与えるまいと攻め立てて、戦いの流れを引き寄せていく。

「夢は傍ら」
「現の果まで」
『――零を番えて無限と成せ』
 夢と現の狭間に揺蕩う、瑪璃瑠の心が合一されて、彼女の真の力が覚醒される。
 限界を超えた力によって、瑪璃瑠の姿が三者に分身。緋眼のメリー。金眼のリル。そして獣神の巫女――運命を覆そうとする、少女の三つの力が一つとなって、今こそ敵を討ち倒さんと交わり合う。
「「『零夢現六花白蓮(ゼロムゲン・アスタリスク)ッッッ!!!』」」
 夢現の最奥、繰り出す三位一体の斬撃は、儚くも美しい雪華の軌跡を描くと共に、鮮やかな赤い飛沫を虚空に散らす。
「招かれざるエインヘリアルのサンタには、ここでお帰り願います」
「その為に、僕たちが然るべき場所に送ってあげますよ」
 このまま畳み掛けようと、華とカルナも意識を高めて火力を集中。
 カルナが高速演算で、敵の動作を予測し、先回りして。闘気を溜めた掌で、サンタの腹部に衝撃波を叩きつける。そして直後に華が流れるような動きで接近し、オーラを纏った脚で蹌踉めくサンタの足を蹴り払う。
「ぬあっ!?」
 態勢を崩したエインヘリアルに、ここが好機と一気に仕掛けるケルベロスたち。
「このチャンス、逃しません!」
 ミシェルが杖を翳して敵に向け、魔法の矢弾でサンタの肩を撃ち抜いた。
「……どこにもいっちゃ、だめよ。ずーっと、ここにいて? ね?」
 誘うような声色で、さくらが静かに小指を立てて、その手をサンタに差し向ける。
 小指から、赤い雫が零れて落ちて。そのまま地面を伝って糸のように伸び、サンタの足に絡んで、巻き付き、離さない。
 ――それは互いの傷を繋ぎ止め、拘束させる、歪な絆の、血の鎖。
 艶やかな笑みを浮かべるさくらの目には、糸に縛られ苦しみもがく、哀れな愚者の姿が映って見えた。
「そろそろケリをつけようか。まあゴユックリ、」
 剣戟の音が鳴り響く、戦場の喧騒を呑み込むように、靜と湧き出る空虚な世界。
 キソラの発するオーラが闇に融け、無より生まれた滴がサンタの頭上に降り注ぐ。
 傷口から体内に、浸み込む滴は禍事を広げる黒雨となって、敵の生命を削り獲る。
「残念。コイツで終いだ」
 ほんの一瞬ばかりの静寂に、サイガの刃が疾風の如く襲い掛かる。
 間を置かず、閃く牙は鋭く烈しい一太刀浴びせ、彩も形も音も無く、二人の息を合わせた連携攻撃が、サンタに深手を負わせて死の淵まで追い詰める。
 跪き、起き上がる力すら失くした瀕死のエインヘリアルに、アウレリアが一歩ずつ、地を踏み締めながら歩み寄り、相手の胸に黒鉄の銃を突き付ける。
「――この弾丸は杭。損壊を穿ち、傷痍を留める、杭よ」
 『死』の名を冠する銃に弾を込め、冷たい夜の指先が、そっと触れるが如く銃爪を引く。
 手向け代わりに撃ち放たれた弾丸は、心臓を射抜いて、貫き穿ち。息絶え、死んだエインヘリアルの、巨体が音を響かせ倒れた瞬間――会場中から歓喜の声が沸き起こるのだった。


 エインヘリアルの脅威を退け、再び平穏が訪れた遊園地では、クリスマスマーケットを楽しむ人々の賑やかな声が聞こえてくる。
 ヒールで修復された箇所は、更に幻想的な姿に変化し、クリスマスムードをより華やかに飾り立てる。そして人々の笑顔を守ったケルベロスたちもまた、一緒にクリスマスの夜を過ごしていった。

 夜風に冷える身体を、ホットチョコレートで温めて。
 マイペースに気の向くままに、カルナはクリスマスマーケットの会場を巡り歩いて楽しんでいた。
 イルミネーションがまばゆく煌めき、彩る世界は華やかで。その雰囲気に、不思議と気持ちも温かくなり、幸せ気分に浸りつつ、手にしたチュロスを頬張った。
 ホットチョコレートに漬けながら、食べるチュロスの味はまた格別で。甘党でお菓子が好きなカルナにとって、正に至福の時間と言えるだろう。
 どうせなら、ネレイドにもお裾分けしようと、肩に乗る白梟のファミリアの口に、チョコ付きチュロスを差し出せば。美味しそうに啄む白梟の姿に、カルナもにっこり微笑んで。
 来年になったらワインを飲もうと心に決めつつ、最後にシュトーレンを買って満足そうに帰るのだった。

「マリステラ姉様、よろしければご一緒しませんか」
「ええ、華さん。それでは行きましょうか」
 華の誘いの声掛けに、マリステラは嬉しそうに応えて、二人は屋台巡りに繰り出した。
 最初にホットチョコレートで温まり、香ばしく焼き上がったソーセージを堪能し、お次は雑貨屋さんで可愛らしいクリスマスグッズを見て回る。
 アクセサリーを手に取りながら、似合うかな? なんて二人で互いに選んでみたり。
 和気藹々と、過ごす時間は時が経つのを忘れる程で。クリスマスの雰囲気を満喫しつつ、最後は夜景を見ていこうと、二人が向かった先は観覧車。
 ゆっくり高く上るゴンドラの中から、眺める景色は、光が織り成す幻想的な世界。
 言葉を失うような絶景に、また一つ、素敵な思い出が増えたと、束の間の幸福な時間を心行くまで楽しんだ。

 会場を彩るイルミネーションの煌めきに、ミシェルは心躍らせながら、マーケットの屋台を興味深げに覗き込む。
「はーあ、働いた働いた」
 好奇心のままに先行くミシェルの後ろを、サイガとキソラの二人はじっくりと品定めしながら練り歩く。
「酒入ってないヤツ、暖まるしドウ?」
 キソラはホットワインを求める傍らで、ミシェルにもせめて雰囲気だけでもと、ノンアルコールのキンダープンシュを勧めてみせる。
 これが大人の味なのだろうか、と。目を瞬かせながら、ミシェルがコップに口を付け……一口含み、広がる仄かな苦味に、自分にはまだ早いかも、と舌をぺろりと出してみて。
 そんなミシェルの様子に、サイガが待ってましたとばかりに変わって差し出したのは、甘やかな香り漂うホットチョコレート。
「疲れには甘いモンと先人も仰るんでな」
 大人だからといって酒を飲むとは限らない。
 横目で笑うキソラを余所に、サイガはじろりと一瞥し、少年の舌性能を見越した上だと言い張りながら、ミシェルにホットチョコレートを手渡した。
「えへへ、とっても幸せなのです……♪」
 そう言って、無邪気に微笑むミシェルの笑顔に、サイガとキソラも眦下げて表情を崩す。
「おい見ろよアレ。丸ごとローストチキン……」
 その時、ふとサイガの目に飛び込んだのは、鶏を一羽ごと使ったローストチキンだ。
 こんがりときつね色に焼き上がったチキンに、食欲そそられ、空腹を刺激するかのような薫りが鼻腔を擽り、戦いの後はやっぱり肉も欲しいと、サイガはふらふらとチキンの屋台に足を向ける。
 だったら肉は任せて、こっちは甘いのでも探そうか。
 キソラがミシェルに声を掛け、二人で屋台を見回すと、そこにはケーキの専門店が目の前に。
「わあっ、美味しそうです……!」
 可愛らしくデコレーションされたケーキに見惚れ、眺めるミシェルに、どれがいいかと訊ねるキソラ。
 そうして選んだブッシュドノエルを手土産に、三人は今日という日の光景を、記念に残しておこうと写真を撮って、心暖まる安らぎの時間を堪能していった――。

 戦い終わった瑪璃瑠を、イサギが手を差し伸べながら出迎える。
 兄様、と。イサギを見るなり、瑪璃瑠は喜び、駆け寄り、その手を取って。
 繋いだ手と手を、ずっと離さず、温もりをもっと感じていたいと、力を込める。
 ――去年まで、雪のように溶けて消えるべきだと思ってたのに。
 ふと過去の自分を思い返して、昔だったらきっとこんな風には喜べなかった、と。
 物思いに耽る少女の姿に、イサギも当時のことを振り返り、あのまま何も変わらなかったら、彼女は溶けてしまうかも、などと思っていたのを懐かしむ。
 そして何度も名前を呼びながら、ぎゅっと握ってくる感触に、イサギは彼女の今の想いを汲み取って、微笑みながら瑪璃瑠を見つめ、そっと一言囁いた。
「うん。ずっと傍にいるよ」
 その声に、瑪璃瑠は顔を綻ばせ、彼に甘えるように寄り添いながら、この上ない幸福感に満たされていた。
 この身は雪うさぎではないからこそ、兄様にこうして触れても、溶けることなく一緒に手を繋げることができるんだ。
「メリー・クリスマスなんだよ、兄様」
 それから二人は、まばゆく煌めくイルミネーションに包まれながら、お目当ての牛タンローストのグラーシュで、クリスマスのご馳走を味わうのであった。

 純白の雪が綺麗に映えて、色鮮やかなイルミネーションの光が照らす幻想的な世界。
 まるで絵本の中にいるようなクリスマスマーケットの会場を、アウレリアはビハインドのアルベルトと一緒に、ゆっくり歩いて二人だけの時間を過ごしていった。
 行き交う人の幸せそうな笑顔に、こちらも微笑み浮かべ、共に口から吐く息は、白く霞んで夜に消ゆ。
 だがしかし、隣の『彼』は、嘗てのように白い息すら吐くことは無く。
 そこに僅かばかりの寂しさを、アウレリアは感じずにはいられなかった。
 こうして彼と寄り添い歩く感覚は、昔と変わっていないのに。
 煌めく彼の銀髪に、手を伸ばし、そっと触れつつ。その目は遠い彼方を見るように、昔と今の、変化の違いに想いを馳せる。
 光を受けて輝く雪は、まるで儚い花のようだと――。

 冬の寒さに吐息も白く。戦いの熱もすっかり冷めたさくらの身体を、ヴァルカンが優しく抱き寄せ、温める。
「今宵の供は任せて頂きましょう、我が姫……なんてな」
 労う言葉と触れる肌。愛しい夫の温もりに、さくらは蕩けるように身を委ね、程良く火照った頃に手を取り合い、二人はマーケットの散策に出掛けるのであった。
 そこでさくらは目に付く物を手当たり次第に見比べながら、どれにしようかと思案する。
 彼女が探しているのは、ヴァルカンへのクリスマスプレゼント。
 自分が子供の頃はサンタクロースに会えなかったけど。今は隣にいるサンタさんに、幸せを沢山プレゼントしてもらっているから。そのお返しに、聖夜に素敵な贈り物を、と。
「……うぅ、悩む!」
 そんなさくらの想いにヴァルカンは、気付かぬふりをしながら、却って都合が好いと彼女に贈るプレゼントをこっそり探す。
 幼い頃はクリスマスを楽しめなかったと、何気なく語った彼女の為に――。
 やがて買い物を終えた二人は、誘われるように観覧車に乗って。
 夜を彩るイルミネーションに照らされながら、互いに黙って見つめ合い。
 幸せな思い出を重ねるように、口付け交わし、二人の影が、重なり合う――。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年12月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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