珈琲否定教

作者:遠藤にんし


「馬鹿げたことですわ……!」
 ぐ、と奥歯を噛みしめるビルシャナが一体。
 このビルシャナが睨みつけているのは、とあるビルの中に入っている喫茶店。
 そこは、八時間かけてじっくり抽出した水出しコーヒーや厳選した豆を一杯ずつ挽いて作るコーヒーを出す、コーヒー専門の喫茶店だ。
 こだわりぬいたコーヒーから作られるコーヒーゼリーなどの菓子も絶品。客足は途絶えることがない、のだが……。
「紅茶がない、紅茶を飲まないなんて……許せませんわ!」
 過激派紅茶党であるこのビルシャナとしては、コーヒー専門というだけで許せないこと。
 このビルシャナの怒りのオーラにつられた信者たちもまた、コーヒーへの憎しみを胸に抱いていた。
「許せません……許せませんわぁぁ!!」

「さて、困ったビルシャナのおでましだ」
 高田・冴(シャドウエルフのヘリオライダー・en0048)は言って、説明を始める。
 なんでも、今回のビルシャナは紅茶党でコーヒーが大嫌いなのだという。
「この主張に賛同した一般人が配下化して、ビルシャナと共に行動している」
 今こそ大きな行動をしてはいない彼らだが、今後、新たなビルシャナが生まれる可能性は否定できないだろう。
「ビルシャナを倒すことで、この事件を解決してほしいんだ」
 6人の配下を引き連れたビルシャナは、現在はとあるコーヒー専門の喫茶店を睨みながら近くの広い公園で騒ぎ立てているらしい。
 無関係な一般人はその騒ぎに逃げ出しているから、公園に配下とビルシャナ以外の人間はいないようだ。
「つまり、そのまま戦っても構わないということか」
「その通りだ」
 セルリアン・エクレール(スターリヴォア・e01686)の言葉に大きくうなずいて、冴は続ける。
「すぐに戦闘をすることは可能だが、その場合は配下となった彼らの身を危険に晒してしまう。先に説得をして、彼らの洗脳状態を解いてあげた方が良さそうだね」
 紅茶が好き、という一点で一致している配下たち。
 コーヒーの魅力をしっかり伝えてあげれば、洗脳は解けることだろう。
「紅茶ももちろん美味しいが、コーヒーだって素敵だね。ぜひ、彼らの目を覚まさせてあげよう」


参加者
メリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)
三和・悠仁(憎悪の種・e00349)
セルリアン・エクレール(スターリヴォア・e01686)
四辻・樒(黒の背反・e03880)
月篠・灯音(緋ノ宵・e04557)
ハル・エーヴィヒカイト(閃花の剣精・e11231)
瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)
 

■リプレイ


「いやー、同じ紅茶好きがこんなにいてくれて嬉しいよ」
 歯噛みするビルシャナと配下たちの間に這入りこんだセルリアン・エクレール(スターリヴォア・e01686)は、なごやかに彼らに同意する。
 セルリアンの手にしたポットからは湯気が立ち、このビルシャナたちにとってはたまらない紅茶の香りを漂わせている。
「あら……なんだか素敵な香りですの!」
 思惑通り、ビルシャナたちの視線はセルリアン――の持つティーポットに釘付け。ポットから注がれることで、香りはさらに広がっていく。
「ダージリンのオータムナルを淹れてきたんだ、一緒に飲もうぜ」
「せるりにゃーのお茶とセットで、これも食べるといいのだ」
 月篠・灯音(緋ノ宵・e04557)は、お茶とお菓子を並べ始める。
「やはり気分に合わせて飲むのがいいのだ」
 アッサムのミルクティー、チャイ、ハーブティーにカモミールティー。
 お菓子は栃の実亭から持ってきたスコーンで、ジャムも添えている。
 アフタヌーンティーのような優雅な空間に瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)は微笑を浮かべる。
「紅茶にもいろいろありますよね」
 ダージリン、香りづけのされたアールグレイなどは比較的王道。
 他にも、正山小種やタピオカミルクティーのような変わり種も紅茶の一種だ、と右院は配下たちに話しかける。
「そうそう、その通りですわ! 紅茶ったら懐が広くて素敵でしてよ!」
 右院の言葉に目を輝かせるビルシャナ、大きくうなずく配下たち。
 盛り上がりに比例して、お茶とお菓子の消費量は増えていく。配下たちのカップが空になったところで、セルリアンは新しいお茶を淹れた。
「次のお茶はどうかな?」
 湯気を立てるお茶にはミルクも砂糖もたっぷり。茶葉の渋みと独特な苦みを包む甘さを、配下たちだけでなく四辻・樒(黒の背反・e03880)も味わっている。
「……美味しいかい?」
「ええ、とっても! これはなんという茶葉ですの?」
 その言葉を引き出すことこそが、セルリアンの狙い。
「これは鴛鴦茶。紅茶と珈琲をブレンドしてるんだよね。こうやって飲むと珈琲も捨てたもんじゃないだろう?」
「まあ……確かに……」
 美味しく飲んだ手前、真っ向から否定もできず歯切れの悪い返事をする配下たち。
「ちなみにこんなのもある。……ささっ、騙されたと思って飲んでみて」
 さらに差し出したのは珈琲……だが、漂う香りは紅茶のもの。
 紅茶の味わいのイルガチェフの珈琲で、珈琲と紅茶に超えられないほどの差はないのだとセルリアンは伝える。
「茶の葉であることと発酵の度合いに拘らなければ、広義のお茶全般は紅茶の仲間です」
 続く右院の言葉は、紅茶の懐の広さを語るもの。
「……そう考えると、珈琲豆程度なら漢方茶の亜種みたいなものですし、大目に見てやってもよくないですか?」
 食事のように、飲み物だってたまには違うメニューにしたいと思うことはあるはずだ。
「紅茶がいちばんでもコーヒーの存在を認められる風格が欲しい……ってちょっと違うかな、これ」
 照れたように微笑するメリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)が告げるのは、珈琲の魅力。
「コーヒーってさ、同じ豆でも焙煎具合で味も香りも変わるんだって。焙煎も直火だったり炭火だったりでまた違うし……そういう楽しみって紅茶よりもありそうでしょ」
「っ紅茶を貶め……!」
 ほとんど条件反射でいきり立つビルシャナの前に、灯音はすかさずカモミールティーを。
「紅茶は紳士淑女の飲み物なのだ。まさかお茶会の席で暴れたりしないよね?」
 差し出しつつ、ちくりと釘を刺す灯音。
「お茶会で他のお茶を貶すのは紳士淑女ではないのだ。紅茶を語る資格もないのだ」
 ピシャリとした言葉にビルシャナが言葉を途切れさせたところで、セルリアンはビルシャナに問いかける。
「そういえば、春摘みと秋摘みならどっちの茶葉が好き?」
「な、悩ましいですわね。アーリーティーであれば――」
 するとビルシャナはすぐさま気持ちを切り替えて紅茶談義に花を咲かせ始める。そのおかげで、メリルディは説得の言葉を続けることができた。
「苦みを味わうなら断然コーヒーじゃない? 眠気覚ましもね」
 断然珈琲派だからこそ、メリルディの言葉には熱がこもる。
 最近のお気に入りであるピーベリーの味を思い出しながら話すメリルディの説得を補強するために、三和・悠仁(憎悪の種・e00349)とハル・エーヴィヒカイト(閃花の剣精・e11231)は配下の一人ひとりに温かい缶コーヒーを手渡す。
「作業中に一息入れたい時などは、やはりコーヒーじゃないかな」
 悠仁自身は紅茶も飲むのだが……いかんせん、紅茶では落ち着きすぎて眠くなってしまう。
 珈琲はかえって眠気を退けるためのもの。冷たい空気を吸い込んで、ハルは言った。
「こんな寒空の下で飲む缶コーヒーやコンビニの珈琲というのもいい」
 ひんやりとした空気の中にいると、手にした缶コーヒーの温かさが体のうちにしみる。
「お前たちも飲んでみるといい。これはこれでいいものだ」
「よろしければどうぞ。肯定でも否定でも、先ずは相手を知るところから……ですよ」
 ハルと悠仁に言われた配下たちが缶コーヒーを口にすると、舌に広がる苦味はコクを伴って心地好い。
 奥へ抜けて行く香ばしさは、頭を自然と働かせてくれるものだ。
「仕事の合間に飲むには、最上かと」
 悠仁の言うことももっともなのだが、珈琲は紅茶よりも甘味に乏しい飲み物ではある。
 そのため、悠仁は少しだけ甘いビターチョコを配った。
 ――苦味と甘味のほどよいバランスと、珈琲とカカオの異なる香りが口の中でほどけるよう。
「重なれば一層、味わい深くなりますので」
 苦さが満ちる中だからこそ感じられる甘さの余韻の中、ハルは缶コーヒーだけでない珈琲の良さにまで話を広げる。
「商売よりも道楽で店を開いているようなマスターが出すこだわりのブレンド。その店でしか出せない配合のスパイスから生み出されるカレーなんかも素晴らしい」
 優雅なティータイムには紅茶が欠かせない、とハルは感じている。
 しかし、朝の冷え込む時間帯に飲む目の覚める一杯というのは珈琲ならではの味わいなのだ。
 缶コーヒーとビターチョコの苦さの後に、灯音はチョコレートケーキを。
「はい、あーんなのだっ」
 ずっしりと黒いケーキは濃密で、これだけで食べるには重すぎる。
「こういうケーキには珈琲だ」
 そう言う樒の手にはサイフォンがある。
 まずは灯音に、次いで配下と仲間たちへ珈琲を注いで回るついでに、樒はクリームたっぷりのケーキも供する。
「チョコレートケーキにも合うが、生クリームたっぷりのケーキにも良いぞ。生クリームのコクとコーヒーの風味のハーモニーは格別だからな」
「樒の珈琲おいしぃのだー」
 クリームケーキと珈琲の組み合わせに幸せそうな表情の灯音は、ぐっと珈琲を飲み進める。
「おかわりが欲しかったら言ってくれ。灯のためにまた淹れるからな」
 樒は言うと、灯音の口元へケーキを運ぶ。ぱくりと食べるたび笑顔をこぼす表情からは、ケーキと珈琲がベストマッチだということが分かる。
「チョコレートケーキにはこの珈琲がおすすめなのだ」
 さらに樒は、グラスに盛り付けたコーヒーゼリーにミルクを注ぐ。
「後、コーヒーと言えば飲むだけじゃない。これもおススメだな。コーヒーの癖が苦手なら、こうすれば味わい易いはずだ」
 お茶の、お菓子の、そして珈琲の香り漂うお茶会の中。
 ゆるやかに、配下たちの洗脳は解けていった。


 ――最後の一杯を飲み干してしまえば、お茶会はおしまい。
 洗脳の解けた人々を見送って、戦闘は珈琲の残り香の中で始まった。
「……っは!? 気づけば誰もいないのですわ!?」
 ここに至ってようやく自分の状況に気付いたらしビルシャナは慌てて翼を広げて攻撃に移ろうとするも、
「遅いよ」
 右院の方が一歩早く、竜牙の槍がビルシャナの懐へ突き立てられる。
「卑怯な真似を……許せませんわ! リーフティーアタックですわ!」
 ビルシャナが叫ぶと同時に舞い上がる茶葉が、ケルベロスたちの視界を塞ぐ。
「……っ! 危ないですね」
 爆破スイッチ『薄花桜』を起動させることで視界を確保しようとする悠仁が、ライドキャリバー『ウェッジ』に目をやると、ウェッジは炎を上げつつ茶葉の嵐へ飛び込んだ。
 茶葉は瞬く間に炎に呑まれ、火の粉を浴びつつビルシャナは声を上げた。
「貴重な茶葉に何をするんですの!?」
「えっ、貴重な!?」
 紅茶を嗜む右院は思わず反応。産地やその他情報を聞き出そうとする間も、ビルシャナの攻撃は止まらない。
「――満たせ」
 そこで、悠仁は戒めからの祝福による癒しを右院へ贈ることにした。
 地獄とグラビティ・チェインの混ざった黒い水が勢いよく右院の口に流れ込み、途端、はらわたがひっくり返って炎上したかのような衝撃が右院を襲った。
「――――っ!?」
「お口に合わなかったようですね……」
 大いにむせる右院を見て、悠仁はそう独りごちるのだった。
「金平糖を分けたいところだけど、回復は足りているものね」
 惨状を前にしてメリルディはつぶやき、攻性植物『Quelque chose d'absorbe』へ呼びかける。
「ケルス、行けそう?」
 返事の声はなく、代わりにQuelque chose d'absorbeは蠢きながらビルシャナへと迫る。
 蔦の広がりは抱擁するかのよう。メリルディが指を動かして命じれば締め上げはよりきつくなり、ビルシャナの骨が軋む音が聞こえてきそうなほどだ。
「一番はハーブティーだけど、他のを認めない姿勢はいただけないな」
 言うセルリアンの魔力が、爆ぜる。
 手足を覆う雷は獣の爪を模し、鋭利な刃を伴ってセルリアンはビルシャナに肉薄。
「――さぁ、蹂躙を始めよう」
 四方八方どこから襲うか分からない斬撃が取り囲んでは苛む。
「なっ……生意気でしてよ!」
 獣の獰猛さと連撃を受け止めきれず体勢を崩すビルシャナは、ティーバッグをひとつ取り出すが、
「そこの鳥に一つ問いたい。お前はティーバッグを模した技まで使っているようだが、紅茶の淹れ方には拘らないのか?」
 尋ねる樒が、惨殺ナイフ『闇夜』でティーバッグごとビルシャナを裂く。
「紅茶好きは道具や淹れ方にも拘るらしいが、ティーバッグで淹れた紅茶は邪道ではないのか?」
「うっ……ううううっ、うるさいですわよ!」
 逆上するビルシャナの攻撃によるダメージは、純白のロングコートを翻す灯音による癒しが即座に打ち消す。
「残念なのだ。紅茶も珈琲も共に素敵で美味しいのに、分かり合えないなんて……ヴィルシャナさんに恨みはないけど、サクッと倒して珈琲専門店で珈琲ゼリー食べなきゃなのだ!」
 無慈悲な言葉にうなずくハルは、傍らの刀剣の中から閃光剣"緋月"を手にする。
「紅茶党らしい優雅さは感じられるが惜しいな。他を認める度量があればそのような鳥頭にならずにいられただろうに」
 既に切り刻まれたビルシャナを前にして、ハルは境界を解放。
「境界収束――光を束ねて空を断つ」
 一本の剣の内に、刃は収束する。
「解放、蒼空断絶ッ!」
 極光纏いし斬撃を前にして、ビルシャナの肉体は崩れ落ちた。

● 
「わたしはどっちも好きなんだよなぁ」
 ビルシャナが消え去った後、メリルディはそんな風にこぼす。
 珈琲と紅茶。こだわりが強すぎたビルシャナは撃破され、戦いを終えたメリルディはハート型のマカロンをひとつ口に入れる。
「紅茶や珈琲の専門店に行きたくなってくる敵だったね」
 セルリアンの言葉に、現場の回復を行っていた悠仁はうなずく。
「樒ーーっ! 珈琲ゼリーなのだっ」
「ん、じゃあコーヒーゼリーを食べに行こうか。皆お疲れ様」
 待ちきれない様子の灯音と樒は早々にデートへ。
「気を付けて。……さて」
 二人を見送った右院は、白い髪を揺らして歩きだす。
「どこに行くんだ?」
「襲撃を免れたお店に行ってみようかなと思ってね。珈琲は……ブラックじゃ飲めないけど」
 それでも、美味しいのだということは皆の言葉によって分かっている。
「紅茶も珈琲もいいものだからな」
 うなずいて、ゆっくりとハルも歩きだす。

 ――街には、珈琲と紅茶の混ざり合った、やさしい香りが漂っていた。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年12月11日
難度:普通
参加:7人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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