誓音トワイライト

作者:朱凪

●隣人と夜
 今年もやってきた、言い訳の日。
 みんなの時間を少しお借りしても許してもらえる日。

「……」
「どうしました、Dear。珍しく眉間に皺が寄ってますよ?」
 いつもよく出くわす喫茶店で、向かい側に座った鱗の翼を持つ青年が困ったように笑う。
「……僕、我侭になってしまったみたい」
 地球に来て、みんなと出逢った日を誕生日に決めた。
 それから1年経って、定命化が完了するかどうかが怖くて、誰か隣に居て欲しかった。
 みんなが楽しむ姿を見られるのが嬉しかった。
 温かかった。
 なんとも都合の良いことに、この日は元々地球の日本という国においては、お祭りをしても良い日らしく、その後も言い訳には事欠かなかった。
 だから──この日が、待ち遠しくなってしまった。
「……欲張りは、ダメだよね」
「度に依るんじゃないですか」
 青年はなにかを察したみたいに薄く笑って、なんでも知ってるみたいな顔でいつもどおりに文庫本を開いた。なんだかくやしい。
「それで? なにをお望みなんです?」
 本に視線を落としたまま、彼は言う。だから告げた。
「…………みんなと、お出掛けしたい」

●冬空の下
「……星。見に行こ」
 消え入りそうな声でユノ・ハーヴィスト(宵燈・en0173)はヘリポートに集まってくれた仲間達へと告げた。暮洲・チロル(夢翠のヘリオライダー・en0126)の陰から。
 その姿に片眉を下げて苦笑を浮かべつつ、チロルは言う。
「少し開けた佳い場所があるんです。そこに大きなもみの木がありましてね。クリスマスですから、綺麗に飾り付けされているそうです」
 それは所謂クリスマスツリー。元はと言えば聖書の知恵の樹の象徴であったそれも、現在の日本においては電飾で煌々と輝いているが、
「そこのツリーの光度はかなり控えめになっているみたいです。……明るいと、もうひとつの売りである星が見えませんからね」
 さらりと現実的なことを忍ばせて、それから彼はユノを見た。彼女も小さく肯く。
「ツリーから離れれば離れるほど、星は見えやすくなるよ。けど。それってつまり、暗くなるってことだから。足許には気を付けて。それとね。……とっても、寒いよ。しっかり寒さ対策してね。あとは、」
 ほんの僅か、なにかを迷うような間を挟んで。
 そして彼女はもうひとつ肯いた。
「どこでもいいんだけど。ツリーが見える場所で『誓い』を立てるといいんだって。どんな『誓い』でもいいんだって」
 そこまで一気に伝えて、ユノはペリドットの瞳を瞬いた。
 だからね、と。
「良かったら今年も。……きみ達の隣に居させてくれると嬉しい」


■リプレイ

「はい、コンポタ。和希とウィスタリアもどうぞ」
 スチール缶を差し出してアンセルムが微笑えば、「わーいアンちゃんありがとです!」と環が喜び、エルムはココアを受け取り用意した大判のストールの端を上げて示した。
「アンセルムさんもどうぞ」
「カイロもあげます」
 そのぬくもりに身を寄せ包まって。環もたくさん準備したカイロを友人達へと惜しみなく配った。
「やあ、あったかいね」
「はい。身も心も温まります」
 吐息は白くとも、気持ちは本物。礼を述べる和希がミルクティの缶持つ逆の手、足許照らす懐中電灯の上ではイクス──オウガメタルがどこか楽し気にぽよぽよと跳ねている。
 その灯りに感謝して歩を進め、アンセルムはもみの木を見上げて目を細めた。
「街中でイルミネーションがガンガン光ってるツリーは見慣れていたけど……」
「ええ。街中のとは違って落ち着いてて良いですね」
「なるほど、こういうのも素敵です。綺麗な星空も相まって、何だか心も落ち着くような」
 さやけくひかめく赤橙の光。天使や星に、銀の林檎のオーナメント。
 紺青から濃藍のグラデーションの夜空には細い月が白々と浮かぶ。
 そう言えば、と見入っていた面々にアンセルムが声を掛けた。なにか誓うといいんだっけね、と。そう言えば。結婚式みたいですねー。和希と環も肯く傍らで、アンセルムは衒いもなく謳った。
「んー、そうだな……これからも、キミ達と楽しい時間を過ごせるように頑張るよ」
 皆が迷惑じゃなかったら、なんだけどね、なんて。
「もー! 先に言っちゃうなんてアンちゃんずるいです!」
 環の抗議に「ええ?」アンセルムが眉を軽く下げつつも笑って、じゃあ皆は? と問うたなら。
「わたしだって、一人の友達として、これからもみんなの力になります」
「そうですね。皆さんの友達として、これからも共に歩いていけるよう力を尽くします」
「誓い……。友人達の為に自分が出来る事を最大限頑張る、でしょうか」
「「「「……」」」」
 ほんの少しの間。誰かが白い息と共に笑った。
「人前で誓うのって、なんか気恥ずかしいものですねぇ」
「皆も『これからも』という誓い? 気が合うね」
「あはは。でも、これが真っ先に浮かんだんですよ」
「はい。素敵な思い出や良い経験なんかを、これからも色々と共有していきたいなと」
 ──約束ですよ?
 挑むような環の視線に応じて、カツンと缶が打ち合わされた。

 黒いコートの襟を掻き寄せて、グレインが見上げた頭上には大きく枝を伸ばすクリスマスツリー。
「折角だし、誓い、立ててみるか? そうだな……これから先も良き友である、なんてのはどうだ」
 とんとんと指先で叩いて示す胸ポケット。梔子の符牒。互いを忘れ──けれど忘れ切れず巫山戯合った日。
「それならあんなことも二度とないだろ?」
 悪戯気に笑う彼に、それは少し惜しい気もしますねなんてチロルは似た表情で返した後、蒼天色の瞳をひたと見据えた。
「誓いますよ。だからDearも誓ってください」
 これからも必ず、無事に帰って来ると。
「……今年は夏から色々あったからな」
 彼の言葉にグレインは片耳を倒して首の後ろを擦り、そしてどこか困ったように笑った。
「判った。誓いだからな、違えやしねえさ」

 静寂の降り積もる、光灯す樹の許。ひなみくはリボンで飾られたミミックを抱き上げた。タカラバコちゃんも最初こそ驚き暴れたけど、意を決したその表情に身動ぎをやめた。
 彼女は告げる。色んなものをもらったね、と。
「でも同じくらい、色んなものを失った」
 若草色の瞳が翳る。抱き締める腕に力が篭もる。
「タカラバコちゃん。わたし、もう、絶対なくしたりしない。全部守り切ってみせるよ」
 絶対を誓い、そして彼女は額を合わせた。
「……タカラバコちゃんには、少しお留守番を頼むけど」
 わたし達は一緒だよ。
 離れていても、ずっと。

 翼を広げれば、と考えたところでヨハンは小さく苦笑した。ツリーの傍で、星も見たい、なんて。
「欲張りはダメですよね」
「うん」
「!」
 思いがけぬ応えに振り向けば、リリエッタが暗がりの中ぽつんと立っていた。
 彼女は無表情でチョーカーに触れる。
「……大切な人を手に掛けたリリなんかが幸せになっちゃいけないって思ってた」
 ヨハンは目を見開く。しかしリリエッタは眩い光に顔を上げた。
「けど違う、あの子はリリに幸せになって欲しかったんだよね」
 だから、彼女は誓う。
「うん……リリの大切な人達を悲しませないためにも、あの子が助けてくれた命をもう粗末になんてしないよ」
 自らに架した枷を解き放った彼女が、ヨハンには眩しかった。
 護るため奪い返すため誇りのため──ひと振りの剣が如く鍛え上げた。傷付けるだけの力が哀しくなったのは、いつからか。
 けれど纏った白衣に、この“剣”に、感謝するひとが居たから。
「……僕はもう、僕の中にある愛から目を背けたりしない」
 優しく誰かを愛し──愛されたい。
 この見た目で似合わないでしょう、とリリエッタへはにかむ彼に、彼女は変わらぬ表情で首を傾げた。
「……そう?」

 敢えて灯りに背を向けた。
 赤橙の光は胸を鈍く疼かせたから。
 ──つよく、なる。もっと。
 対等だと言ってくれたひとへ改めて誓ってからもう少しで二年。
 ティアンは掌を見下ろす。もうひとりで歩ける、己だろうか。
 首を振る。まだ駄目だ。
「もっともっと、つよくなりたい」
 大切なひと達に並んでいられる己でありたい。それは誓いで依存。わかっているけれど。
 振り返る。赤橙に目を細める。
「……一緒に、いきたかった」
 掠れる声。叶わなかった。それでも命が続いたのは彼らがいたからだと、そう。
 星を見る。──もう手紙は、届かない。

 ツリーから離れるほど暗む足許につま先を引っ掛けた姉に手袋の手を差し出して。
 和奏は少し目を見張り、それからからかうみたいにその手を取った。
「……なんていうか、こういう所に和奏を連れてきて言うのも恥ずかしいんだけどな?」
「……うん、私も弟とこういう所に来てこういう事言うのもなんだか変だとは思うんだけどね?」
 だってここで誓いを立てるといいと聞いたから。面映ゆくて翼は軽く頬を掻く。それでも言いたかった。ずっと見ていた背中。今、
 ──やっと追いついた。
 ──ちゃんとついてきてくれた。
 互いの澄んだ菫色の双眸が、互いを見る。地獄の番犬として願う先が同じであることを、知っているだろうか。──手の届くところなら。
 ようやく翼は姉に手が届いたのだ。
 だから。
 ──いつか、その日が来るまでは。
「絶対、お前を守ってみせる」
「絶対、あなたを死なせはしない」
 それは互いを想うカタチしたエゴなのかもしれない。それすら織り込み済みの不敵な視線を交わし合い、そしてふっと翼は視線を外した。
「いや、別に告白とかそういうのじゃないからな?」
「……勘違いするわけないでしょ、バカ」
 姉は苦笑と共に弟の額を小突いた。

 キース、と呼ばれて彼は顔を上げた。
 遠くしめやかな樹の飾りと、とおくとおくの星の瞬き。近くに輝いた光の翼。
「ああ、ユノ」
 誕生日おめでとうと普段と変わらぬ表情で告げ、「ここはすこし、贅沢な場所だな」隣に座った彼女に零す。星もツリーも独り占めできる、と。
「……それから、先日はありがとうな。とても助かった」
 素っ気なく、けれど曇り空色の瞳には一条の強さが宿って。すいと指を上げ「冬の星、」なぞる。
「俺は、少しだけなら知っている。幼い頃に彼女が教えてくれたんだ」
 それは想い出。こころに灯る、あたたかな。
 自然に微笑んだ彼にユノは「僕にも教えて」と指の先を見上げ、寒空の下、幾許か。
 過ぎ行く年は──惜しいのだろうか。キースはただ祈る。
 来年もまた良き年になるとよいと。

「一緒に過ごすクリスマス、これで何度目だろうね?」
 今年も一緒に過ごせるの嬉しいな。クレーエが湯気立つ飲み物を手に相好を崩せば、寄り添うルティエも口許を綻ばせた。
「ふふ、私も一緒で嬉しい」
 嘘なんてない本心。ただ、彼の家族へほんの少しの申し訳なさが胸の裡に居座るだけ。
 隠れた彼女の想いを他所に、彼は今年の出来事を指折り数える。色々あったねぇ、と彼女も共に思い返す。にゃんこや──烏や。
「もうクレーエも二十歳か……早いねー」
「結構長く一緒に居るね」
 くすぐったそうに笑う奥さんに、仮面を捨てた彼は「でもまだ足りない」ひたと彼女を見つめた。
「もっと一緒に居たいし色んな事もしたい」
「ん、私ももっと──」
 「だからね、」待たず彼はそっと彼女の手を取った。ぴょ、と耳が立つ。
「これからもずっと傍に居てください……ってき、キスしちゃったりは……ダメ、かな?」
 頬に挿した朱は、寒さの所為ではなく。ルティエの頬にも感染ったなら。
「……へ? な、え、と……ダメじゃ……なぃ、」
 重なる、影とぬくもり。
 ──可愛くて格好良くて大切な彼をずっと愛してる。
 ──今までもこれからも、全部ひっくるめて愛してる。

 本当はもうずっと、わかってた。
 どんなときでも君が隣で咲うだけで、世界はあたたかく輝いたこと。
 地上の綺羅星みたいだと笑ったツリーの灯りを遠くに感じながらラウルは両手でシズネの手を取った。その表情とは裏腹に微か震えるその指先を勇気づけるように、強くシズネも握り返す。
 躊躇う間と揺れる薄縹をしっかりと見つめる。──ここに居るぞ。
 励まされ、ラウルもシズネの燈火色の瞳を見つめた。
「俺にとってシズネは標なんだよ。心を照らしてくれる燈のような……」
 だから、俺も君の標になりたい。
「新月の闇夜でも、君を照らす星になるよ」
 ひとつひとつ肯きながら聴いていたシズネは、いまさらだと心の内側で思うけれど。
「……オレにとっちゃとっくにおめぇは標ってやつで、けどこうやって誓うってことは、分かってるだろ?」
 悪戯気に笑う、大切な灯〈ひかり〉。
「勝手に星が消えちまうなんてことは、許さねぇからな」
「……うん、誓うよ。俺は歪な缺いた星だけど。ずっと、君を照らし続ける」
 倖せに綻ぶ笑顔に、ばかやろう、とシズネも眉を下げて笑う。
「缺けててもオレにはただひとつの星だ。だから」
 どうかずっと、その輝きをオレに見せてくれ。

 濃藍の天蓋に散りばめられた無数の白銀。
 なかなか見事だねと隣の玲央の肩を抱き寄せたなら、彼女の頬は朱に染まる。暗がりではばれないかも、なんて安心していたのに。
「……今見るのは星だよね?」
「星に負けない位見ていたい人が隣にいたから」
 悪びれもせず、影士は告げた。
 遠い樹を望んで、誓うこと。決まっている。
「俺は……。大切な人と離れないと誓おう」
 声が直接耳を撫でる距離で、ただ真摯に告げられた言葉に玲央はただ瞬いた。影士も強い瞳の中にやさしさを灯す。
「傍にいる事を。許してくれるかな」
「許すも、なにも」
 目許が熱くなるのを感じて彼女は慌ててひとつ、深呼吸。
「なら私にも、大切な人の、影士の傍に居るって、誓わせて」
 彼女がそう返すと、精悍な彼の表情が緩んだ。
「ありがとう。……愛してるよ」
「、……私も」
 思わず口を衝いて出たその台詞に、彼自身も少し戸惑ったけれど。想いは止まらず、彼は彼女を腕の中に閉じ込めて。
 ──ああ。
 同じだよ、って伝えたいのに。声にしたら涙があふれてしまいそう。
 だから彼の背に腕を回した。掌から伝える、接触テレパス。
『愛してる』
 泣かずに言えるまで待っていて。

 絡めた手はポケットの中。
 二人で迎える聖夜は何度目だったろう。戯れのような夜の呟きにアイヴォリーはふふりとわらう。
「──三度目、ですよ」
 ちなみに去年は黒いPコートを着ていました。流石、俺マニア。そう、夜マニアだから憶えているんです。
 なにひとつ、忘れずに。
 彼女の力強い言葉に夜は眦を和らげる。それをまた、憶える。そのどれもがいとおしい。
「──あぁ、ご覧よ」
 ツリーの頂点を飾るように瞬いた星を彼が指したとき「、」ブーツの踵が僅かな段差を噛んだ。揃ってころり。アイヴォリーがショコラ色の瞳をまんまるにした、その次の瞬間には至近距離で冴月の双眸が微笑んだ。
 抱え込まれた、あたたかな腕の中。ごめんなさいと告げる暇もなく彼はこともなげに言うのだ。天使の身はふわりと軽くて綿菓子のよう。
「口に含んだら甘いだろうか」
 なんて。悪戯混じりに軽く彼女の髪に落とされるくちづけ。くすぐったそうに蕩ける表情で彼女は夜の背へと両腕を添わせた。
 最初は唯のともだち。次は恋い焦がれるひと。今年は世界一愛おしいひと。
「また来年も其の先も。此の温もりを重ねて行こう」
「ええ、──この先もこうして重ねていくと、誓います」

 光る翼を目指したなら、闇の中でも迷わない。
「ユノ~! 誕生日おめでとう!」
 大きな掌を掲げたベーゼに、ユノはありがとうと迷うように零す。その表情の理由は判る気がした。
「ねえユノ。またこうやって教えて欲しいっす。やりたいコトとか、行きたい所とか!」
 おれは好きっすよ、我儘なユノだって。
「、」
 見開いたペリドットに彼は笑う。だってそれって、大事なモノが増えたってコトだと思うから。
 この両腕はいつだって、大事なモノもしんどいコトも、全部抱えきれなくて。
 ──それでも望むんだ。おれは欲張りだから。
 紅い雫はもう、彼女の頬を汚さないけれど。
「おれの誓いは……そうだなあ。ユノを笑顔にしたい、かな!」
 胸を張ったくまに彼女は「……いいのかな」俯いて、逡巡の末に肯いた。
「うん。笑う。……がんばる」

「俺ら、ドワーフじゃねぇしなぁ」
「ほほう、そう言う空牙は暗いのが怖いのですか?」
 暗いところは危ないと、足許を確認しながら歩く空牙の顔を少し下から見上げてミリムが悪戯っぽく笑えば、そう見えるか? 見えませんね、なんて。
「依頼お疲れさん。それと誘い、受けてくれて感謝な」
「いいえ、こちらこそありがとうございます」
 苦しむ人々のため。奔走する彼女にクリスマスくらいのんびり過ごそうと声を掛けた。
 ──新婚らしいことをするのもたまには良いですね。
 そんな彼女の横顔に、空牙は澄んだ青の瞳を向けた。
「今後何があるかわからんが……それでも。俺はそばにいる。改めて誓うよ。……だからまぁ、今後ともよろしくな?」
 隣にいるか、背もたれとして支えてるかはその時々だな。言ってけらけらといつもどおりに笑った彼へ、彼女はにっこり笑み返した。
「何があろうとあなたが傍に居てくれるのなら私も一生を掛けてあなたの傍に寄り添いましょう。ええ、もちろん今度ともです」
「じゃあ、その証ってことで」
 空牙が差し出したのは蒼翠の指輪。目を丸くした彼女は、それから破顔して。
「今度はハグでいいですか」
 答えを待たずに、抱き付いた。

 ストールで包みきれない手はレッドに温めてもらおうかな、なんて。手を繋ぐ口実を嘯いて。自らの幼さに苦笑を秘めるクローネから差し伸べられた細い手を、レッドレークはもちろんと取るけれど。未だ僅か強張る心はクローネを想うがゆえ。
「お。おおいぬ座のシリウス、今年も見つけたぞ!」
 ツリーの灯りと星、そしてきみを独り占めできる場所で、無邪気に彼が空を指す。
 初めてふたりで見上げた星空。彼女が好きだと教えてくれたその星を、彼は宝物のように憶えている。繋ぐ手は、彼女と過ごす時間は、かけがえなく特別だ。
 きっと手は届かない。当時、クローネにとっても彼は憧れの人だった。それが今ではこうして手を繋いで──ずっと繋いでいきたいと願う愛しい人になって。
 互いの想いが重なったことに気付いて、彼と彼女は顔を見合わせ、笑みを零す。
「この特別な日々が続くように、今日は星に願うのではなく、我々の手で掴むと誓うのだ、と思うと感慨深いな!」
「レッド」
 彼のそんなつよさを、眩しいと思う。
 薬指に光る銀と金の一等星を、掌合わせ重ねて。どちらからともなく指を絡めて。
 確かめ合う必要すらなく誓いは同じ。
 ──輝く未来を、共に歩む。

 もうすぐ一年か。白い息を吐き、蓮は星を見上げる。
 深々と沁む寒さの中、照らすのは遠くの赤橙ばかり。
「足許に気を付けろよ」
「はい、ありがとうございます」
 差し出された手に自らの掌を預け、志苑は小さく、けれど確かな声で告げた。
「この年末実家へ戻ろうと思います」
「、」
 避け続けてきた。理由は蓮も知っている。実家の柵が彼女を囚わる。
 それでも蓮は想いを伝えずには居られなかった。重荷になることも自覚して。それが、およそ一年前。
 志苑の藤紫の瞳が微かに揺れる。
「今の正直な気持ちを家族に伝えようと思います。恐らく反対されるでしょう、けれど……其れでも」
 ひたと見据える夜色の瞳。
「長らくお待たせしてしまい申し訳ありませんけれど、もう少しだけ、宜しいでしょうか」
 「それは」待つと決めた。だがその口振りに期待するなと言う方が酷だ。
「……ああ、待っている」
「ありがとうございます。必ず戻って参ります」
 けれどすべて呑み込んだ。代わりとばかり繋いだ手を引きその細い肩を抱き寄せる。
「……すまない、少しだけ」
 ──この想い、変わる事ないと誓う。
 だから。
「必ず戻って来てくれ」
「……戻ってきます」
 静かに受けとめ、志苑は彼の腕に指先を添えた。
 ──貴方の隣に。

作者:朱凪 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年12月25日
難度:易しい
参加:27人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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