都会の闇に立つ死神

作者:そうすけ


 狼炎・ジグ(恨み喰らう者・e83604)は悩む。このまま進むか、元の場所まで戻るか……。
 新しくできた都会の道はビルとビルの間を縫うように作られており、電灯の明かりにところどころ照らし出されたその道を歩いていると、いまどこにいるのか分からなくなってしまったのだ。
 デウスエクスを討伐した直後のことで、とても疲れていた。一刻も早く家に帰って、熱い風呂に入りたい。
 結局、先に進むことにした。
 この道を行く人の不安を消すためなのだろうか、両側の無機質な壁面を埋めるように、壁画が描かれている。その上にカラースプレイで乱雑に文字がつづられていた。個性があるようでいて、ありふれた落書きだ。
 何に気を引かれたのか、ジグは足を止めて、灯りの下に貼られた小さな紙に見入った。『落書き禁止!』とゴシック体で太く書かれている。
(「無駄だったな。これじゃあ、壁の汚れを増やしているようなもんだ」)
 毒づきながら眺めている後ろを、固く小さな靴音が通り過ぎていく。
 ジグは横目でさりげなく、通り過ぎていった人物を観察した。体のシルエットから若い女だと推測する。ロングコート姿でフードを被っていたため、詳細は解らない。
 貼り紙に目を戻す。
 何に気を引かれたのか分かった。貼り紙の下のほうに黒に近い赤茶色で『一緒に死のう!』と書かれていたのだ。
 ぞくりとした。二の腕が粟立つ。
 これは……この文字は、乾いた血じゃないか?
 突然、足音が消えた。
 振り向く。
 若い女の姿が無い。
「おかしいな。この先までずっと一本道のはずだが……」
 足音を探して耳を澄ますと、何処から聞こえてくるのかミーミーと子猫が鳴く声がした。
 視線を下げる。
 壁の中からひょっこりと、子猫が三匹現れた。
「なんだ。見えてなかっただけで、曲がり角があったのか」
 頬を弛め、ゆっくりと子猫たちに近づいた。
「よしよし、迷子か? ママはどこだ」
 しゃがんで子猫たちを抱きあげた瞬間、殺気をうなじに感じた。わずかに遅れて刃が空を切る音――。
 慌てて飛び下がる。
「てめぇ、ケルベロスを不意打ちするとはいい度胸じゃねえか!」
 大剣を手に立っていたのは、後ろを通り過ぎて行った若い女だった。
「女といえどもデウスエクス相手に手加減はしねぇ。ぶち殺す」
「うふふ、素敵」
 薄く笑みを浮かべた女が、目深にかぶっていたフードをおろす。
「なっ。そ、そんな……まさか……」
 衝撃のあまり声が震える。
 若い女――大剣を構えるデウスエクスは、死んだ妹シノにそっくりだった。別人とは思えないほどに。
「じゃあさ、一緒に死のう。ね、あたしと一緒に死んでよ!」
 幾多の血を吸って赤く染まった毛先が跳ねあがり、激しく揺れる。大剣の刃が街灯の灯りを弾いて光る。
 ジグは膝の上の子猫たちを逃がすため、振り下された大剣を片手で受けとめた。


「狼炎・ジグがデウスエクスに襲われる予知を得たんだ」
 真夜中過ぎのヘリポートに数人のケルベロスたちが集まっていた。
 本件は緊急を要する、とゼノ・モルス(サキュバスのヘリオライダー・en0206)はいう。
「急いで現場に向かわないとジグが危ない」
 予知された出来事はいまから数十分後に起こる。
 ゼノは急いでジグに連絡を取ろうとしたのだが、何度試みても駄目だった。
「現場に妨害電波が張られているのかもしれない」
 ジグが襲われる場所は都会のど真ん中。連絡が取れなくなることはそうそうない。おそらく、ジグを襲ったデウスエクスの仕業だろう。
 それだけではない。確実に狙った獲物を仕留めるためか、邪魔されないよう、敵は人払いまでしているふしがある。
「予知の中に出てきたのはジグとデウスエクス……大剣を持つ若い女の死神、それに子猫が三匹だけだったんだ。わざわざ人払いをしなくてもいいのは助かるけどね」
 ゼノが見たのはジグが死神の攻撃を受け、左腕を負傷したところまでだ。シグの右腕は膝の上の子猫を逃がすために使われて、武器を持てなかったという。
「しばらくは防戦一方で、みんなが到着したときには傷を負っているはずだよ。でも、今から行けば最悪の事態は回避できる」
 ジグは高いビルとビルの間の道で敵と戦っている。
 長い一本道で、幅は三メートルほど。薄暗いが、街灯がぽつんぽつんとあり、戦いに支障はないはずだ。
「……月も出ているしね」
 月あかりの下で見た死神の顔は、シグの死んだ妹に瓜二つだった。いや、本当にジグの妹なのかもしれない。そのためだろうか、予知中のシグの動きは鈍く、攻撃をためらっていた感じがある。
「それも無理ないよね。でも死神は、デウスエクスは倒さなくてはならない敵だ。それにもし、シノさんの遺体を死神が利用しているのだとしたら……。ジグを助け、シノさんの尊厳を取り戻すためにも、絶対に倒して欲しい」
 さあ、行こう。ゼノはヘリオンのドアを開いた。


参加者
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)
相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889)
長久・千翠(泥中より空を望む者・e50574)
副島・二郎(不屈の破片・e56537)
クロエ・ルフィール(けもみみ魔術士・e62957)
肥後守・鬼灯(青空好きの少年・e66615)
狼炎・ジグ(恨み貪る者・e83604)

■リプレイ


 斬り込んできたデウスエクスの剣風をかいくぐると、ようやく赤腕を構える機会を得た。こうなればもう、むざむざ斬られる狼炎・ジグ(恨み貪る者・e83604)ではない。
 十分に間を取ったところで腰を屈める。理不尽な襲撃に熱くなってはいたが、子猫たちを背の後ろへ逃がすことを忘れなかった。
 ゆるりと膝を伸ばして立ちあがる。自然に口の端が吊り上がった。ようやくいつもの調子が戻ってきたようだ。
「よお、十数年ぶりだな」
 その声は通りを吹き抜ける風よりも冷たく、軽い。目の前に立つ者への蔑みに満ちていた。
 剣を下段に構えたデウスエクスの顔に酷薄な笑みが浮かぶ。
「やっぱり……ね」
「あン?」
「ちゃんとキミのこと覚えていたよ、『この体』。ビルの上からでもピンときたもん。なんていうか、目に見えない血の絆? そんなくだらないもの感じて、あたしゾッとしちゃった」
 かっときた。
 怒りが爆発し、腹の底から地獄の炎さながらに噴き上がる。
 気がつくと腕を振りぬいていた。
 妹シノの肉体を盗んだ死神は燃える玉をひらりとかわし、シグの顔をめがけて横なぎに剣をふるってきた。
 間一髪、仰け反って避ける。
 体を立て直そうとして足を引いた瞬間、子猫が怯えた鳴き声を上げた。
(「アブねぇ……クソ、もう少しで踏み潰すところだったぜ」)
 一秒にも満たない僅かな時間。足元へ目を落とした隙をついて、死神はこちらの間合いに滑るように踏み込んできた。
「ねえ、死んで! 一緒に死のう!」
 大剣が空を切り裂いて突きだされる。
 完全に不意を突かれて固まる。
 ぐんっと、剣先が左目に迫った。
 ぬるっ、と時間が伸びる。
 ジグは剣先というものが、これほど鋭く、これほど光るものだとは思わなかった。


 無数の種を泳がせる紅く透きとおった光が、コンクリートの壁を染めた。
『環Zeン無欠ヲ謳オウtO、弧之金瞳w∀綻ビヲ露ワ仁ス。其之ホツレ、吾gAカイナデ教ヱヤフ』
 日常の生活空間を異質なものへと変質させるような詠唱が、冷えたアスファルトの上を疾走し、子猫たちの足元で跳ね上がる。
 死神が繰り出した大剣は、シグの左目を突く寸前、獄炎の縄に絡み捕られて止まった。
 その距離十センチもない。息を吐けば当たる位置にある。
「危急に馳せ参じましたのよー。お加減いかがでしょうー?」
 フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)は、透き通る金色瞳を細めて死神の顔を見た。
 美しい、ジグによく似ている。
「……ふう。助かったぜ」
「及ばずながらご縁がありましたのでー、ジグさんのお手伝いですのよー。それと猫ちゃんの危機でもありますのでー」
 フラッタリーは死神に目を据えたまま、膝を曲げた。子猫に手を伸ばして抱きあげようとしたが、フーッと唸られて断念する。
 狂気を滲ませた笑みに怯えたか、それとも額の弾痕から迸る地獄の黒炎を恐れたか。
「仕方ないですわねぇー」
 巾着の紐を解いて、中から煮干しを取りだした。
 尻尾を指で挟み、小さな背を弓なりにした子猫の鼻先で振る。
 突然、空から光る枝が降ってきた。
 ぱらぱらと辺りに散らばって、青や緑、黄色の光を広げる。サイリウムだ。
「無事か!?」
 相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889)はシグの前に出ると、死神の大剣を白く焼ける右腕で跳ね上げた。
 箱竜の『マンデリン』が凶器を振り回して威嚇し、死神の反撃から相棒の竜人を守る。
 とん、と長い髪を躍らせて、死神は跳び下がった。
「ああ、なんとか。だけど、もう少しで片目をくれてやるところだったぜ」
「そりゃよかったな。左目に俺の指を突っ込まれなくて」
 シグは怪訝な顔を竜人に向けた。
「なん――?!」
 いきなり左腕に激痛を感じて声をあげる。
『ちょいと熱いぜ。我慢しな』
 ちょっとどころではなかったが、歯を食いしばって切り傷の上で猛る白焔に耐えた。
 歯の隙間から細く息を吹きだす。
「痛みが強ければ強いほど、受けた傷が深いってことだ……。そのしかめっ面、もう元に戻してもいいぞ」
 抗議の声をあげかけて、左腕の痛みがさっぱりと消えていることに気づいた。
 手を握っては開きを繰り返し、動きを確認する。
 すっかり直ったジグの左腕を見て、死神は口を尖らせた。
「あら、どうしてそんな無駄なことを? どうせ死ぬのに」
「誰が死ぬって?」
 まだらに光るコンクリートの壁を蹴って、ギルフォード・アドレウス(咎人・e21730)が死神に飛びかかる。
「とんだヘボ予言だ。あんた、ヘリオライダーにはなれねぇな」
「そうかしら?」
 ギルフォードは三角跳びして敵の死角をついたのだが、刀の大振りが仇になり、剣で受け流されてしまった。
 死神は体を翻しながら、刀を受け流した剣を上段に転じた。円を描くように、ギルフォードの脳天めがけて斬り下ろす。
「させるかよ!」
 長久・千翠(泥中より空を望む者・e50574)が放った蒼い流星が、死神を直撃する。
 剣筋がぶれ、横へ流れた。
 ギルフォードの肩先をかすめて落ちた刃が、アスファルトに食い込む。
「アドレウス、いまの内に下がれ。怪我は……ないな」
 駆けつけ一番、副島・二郎(不屈の破片・e56537)は新たに負傷者が出ていないことを確かめると、懐からマインドリングを取りだした。光輪から取りだしたグラビティの盾をジグにつける。
「長久、子猫たちは無事か?」
 言いながら竜人たちの足元に守護星座を描く。
 千翠はぷるぷると震える子猫を左右の手で拾い上げた。
「おう、俺が二匹、フラッタリーが一匹。ちゃんと捕まえているぜ。てか、ちっちゃいな。それでもってすげー柔らかくて熱い。うっかり握りつぶしちゃいそうだ」
「おいおい、気をつけてくれたまえ。フラッタラーも……随分と引っ掻かれているな。大丈夫か?」
 フラッタリーは血まみれのサムズアップで二郎の気遣いに応えた。気のせいか若干顔が引きつっている。
「ま、まあ……回復は任せてくれ」
「回復? そんなことしなくていいわよ。無駄よ、無駄。みんな死んで、これになるんだから」
 死神の体から飛び出した怨霊が、黒い弾となって飛び散る。
 着弾の瞬間、二郎たちの足元から冴えた光が立ちあがり、夜空に守護星座を描いた。
「間に合いましたね」
 肥後守・鬼灯(青空好きの少年・e66615)が駆けて来た。ひと息ついて、ケルベロスチェインの端を地面に垂らす。
 続々と集まるケルベロスたちを見て、死神は美しい顔をしかめたが、いきなりアハハと高笑いしだした。
「嬉しい。みんなで一緒に死んでくれるのね」
 鬼灯はちらりと、ジグの背に目をやったのち、狂い笑う死神に名を問うた。
「あたし? あたしは【死犬者】シノ」
「違います! 僕が聞きたいのは、貴方の本当の名前です」
「あたしの名前はシノ。そこの……お兄ちゃんの妹よ」
 平然と言ってのけた死神に、千翠は嫌悪感をむき出しにする。
「妹、か……。大事な関係性を土足で踏みにじる死神にはやっぱりいい感情を抱けそうにないな」
 今すぐ鬼の拳で打ち据えたいところだが、生憎、子猫で手がふさがっていた。
 そんな千翠をからかうように、シノは唇をめくりあげて歯を見せる。
「あたし、真っ先にお兄ちゃんに死んで欲しいな。だって、あたしだけ死んでいるのは不公平でしょ?」
 死神の壊れた笑顔に耐えきれず、ジグは俯いた。
 シノをこんなふうにしてしまったのは俺だ。あの時、デウスエクスを退けるほど俺が強ければ、誰も死なせずに済んだのだ。もっと、もっと俺が強ければ……。
「シノ、それがお前の『願い』なのか?」
「そうよ。この『体』がそれを望んでいるの。お兄ちゃんだけ生き残ってずるいって。だから死のう?」
「……そうか。分かった」
 ふらり、と足を投げ出して前に出た。
 心をさいなむ自責の念から、死神へ歩みよる。
「ジグさん、ダメなの! 死神の囁きに耳を傾けてはいけない!!」
 最後に駆けつけたクロエ・ルフィール(けもみみ魔術士・e62957)は、抜いたゾディアックソードの先で守護星座を描いた。
 星光の壁がジグを取り囲む。
「死神はね、ケルベロスを倒すべく死者を使って襲ってくるの。目の前にいるその子はシノさんじゃない。だからその言葉に惑わされちゃだめなの!」
 クロエは肉親を死神に奪われる辛さを知っていた。だからこそ、ジグの気持ちも行動も、まるで我がことのように解る。
 だからこそ、クロエはケルベロスの仲間として、少しでもジグの力になりたいと思うのだ。
「ルフィールの言う通りだ。……変な考えを起こしてくれるなよ。誰かに頼まれてくれてやるほど、その命は軽くなかろう?」
 これで正気づくなら、と二郎は拳を握った。
 その横を突風になった鬼灯が抜けていく。
 鬼灯はシグの後ろを取ると、脇の下から腕を回して羽交い絞めにした。怪力を発揮してそのまま竜人と千翠の間を割り、後ろへ引きずっていく。
「ふっふっふー、こう見えても力持ちなんですよー」
「あー! わかった、わかった。鬼灯、お前が力持ちだってことはよーく分ったから離せって!」
「うーん。わかって欲しいのは、僕が力持ちってことじゃなくて、ですね……」
「大丈夫だ。もうふらつかねぇよ。あの日背負ったものは死ぬまで降ろさない、墓場まで持っていくぜ。それがたった一人生き残ってしまった俺の……償いだ」
 つまんない、と呟いて【死犬者】シノは素早く体を回すと、右腕だけで大剣を振り抜いた。ギルフォードの刀の刃と重なりあって、真っ赤な火花が激しく飛び散らせる。
「ちっ、ばれていたか」
 シノは大剣でギルフォードの刀を押さえつけたまま首を回し、火竜の息を吐いた。
 竜人と『マンデリン』、子猫を急いで降ろした千翠が体を張って炎を防ぐ。
 高温にさらされた『マンデリン』のモニターにヒビが走った。ザーッと音が流れて、表情が砂嵐にうずもれる。
「おい! しっかりしろ!」
 竜人はくたっと折れてしまった小さな体を抱きあげた。
 二郎がすかさず星々の輝きを持って、炎で炙られた仲間の体を癒す。
 クロエも月の力に満ちたエネルギー光球を、戦闘不能に陥った『マンデリン』に飛ばして回復を支援する。
 大量のアドレナリンを血液に流すことで痛みを消し、傷を塞ぐために殺戮衝動を解き放ったフラッタリーから、恐慌をきたした子猫が飛び降りる。
「そっちは危ない。いい仔だから、こっちへ来るの」
 毛を逆立たせ、こともあろうにシノのほうへ逃げ出した子猫をクロエが抱きあげた。
 鬼灯がジグを解放する。
「竜人、マンデリンを連れて後ろへ行け。俺が前に立つ」
「えー。お兄ちゃん、さっきまであたしに殺されて死ぬつもりだったよね。どうしたの?」
「……ああ、そうだったな。すまねえがキャンセルだ!」
 ジグが殴りかかろうとしているのを見て、シノは素早く動いた。大剣を上げて圧を取り除き、反動で伸びあがったギルフォードの腹に蹴りを入れて倒す。
 振り返った。ざらざらと光る眼で、みずから死へと墜ちる道へジグを誘う。
「さあ、一緒に――?!!」
 顔面に殺意の直撃を受け、シノの細い身体がのけぞる。
「悪いが……実の妹であったとしても、一緒に死んでやるなんてもっぱらごめんだ俺は」
 固く握り込んだ拳には、一片のためらいもついていなかった。


(「……くそが。過去類を見ないほど最悪な気分だ」)
 吹っ切れたわけではない。それでもジグは次々と拳を繰り出す。
 猛攻に耐えかねて、シノが灼熱の炎を噴いた。
 千翠は壁の様にそそり立つ炎の中に自ら飛び込んでいくと、大きく腕を開いて炎を割り開いた。
「響け、鬼太鼓。邪を払え!」
 腕を車輪のように回転させたり、空高く舞ってみせたりしながら、太鼓に見立てた死神の体を鬼の拳で打つ。
 勇壮な響きは、拳を打ちつけられているシノはもちろんのこと、すべての聞く者の腹の底から脳天を突き抜ける。
「まだまだぁ!」
 ダン、ダダン、ダダダダ、ダダン!
 力強く、規則正しいリズム。腕を焦がしながらも、わずかな乱れも狂いもない。打音は左右の壁に当たって砕けては、道の上に積み重なって厚みを増していく。
 そこへ子猫とともに合いの手を入れながら、クロエが流星を飛ばした。
 グラビティ・チェインの流れ星は固い音を立ててシノの体を突き抜け、鬼太鼓のリズムに変化をつける。
「くっ……」
 シノは腹部に迫る鬼の左拳を左手で捌きつつ、竜鱗の刃を持つ大剣を振った。
 剣の速さに千翠は一瞬驚くが、判断を鈍らせることなく既に後ろに跳ぼうと足に力を入れていた。チッと微かに布が固いものに擦り切られた音を立てて、後ろに跳躍する。
 胸に熱さを感じて、焦げた手を当てる。
 べっとりと血がついていた。
「長久、場所を開けろ。相馬と代われ! 肥後守、死神に剣を振らせるな」
 指示を出しつつ、二郎は鬼の胸に走る裂傷を光の盾をあてて塞ぎにかかる。
「任せてください、と言いたいところですがその前に……」
 鬼灯はシグの背に問いかけた。
「妹さんは復讐対象とは違いますが、構わないんですね?」
「あれは妹じゃねぇ。……死体を繰る死神、胸糞悪いデウスエクスだ」
 鬼灯はジグの覚悟を受け止めると、瞬時に精神を集中させてシノへ念を送った。破壊的な干渉を加えることのできる念動力エネルギーが、大剣を握る腕に当たって肉と骨を飛び散らせる。
 きりきりと舞うシノの体から怨霊が一斉に解き放たれ、黒い雨となってケルベロスたちの上に降り注いだ。
 フラッタリーは黒い爆破が起こす怨みの波にもまれて荒ぶりながら、鎚を竜頭に変化させた。
「煉獄ノ号砲ヨ響ケ、焔之縄ハ捉ヱヨ。獄卒ノ警吏ハ汝ヲ離サズ」
 重々しい竜の咆哮とともに、火の玉が撃ち放たれる。
 激突の衝撃を受け止めて、シノの両手両足を包む漆黒の装甲が悲鳴のような軌みを上げた。
「ジグさん、肉体を奪った死神と妹さんの魂を分断する事で少しでも長く話せるかもなの!」
 クロエの叫びに頷いて、ジグが打って出る。
『お別れだ。とっとと、シノの体から出ていけよ』
 家族を奪われた恨みを全て解放し、シノ、いや死神に叩きつけた。


 いつの間にか曇った夜の空から、雪が一片、横たわるシノの頬に静かに降り落ちる。
「シノ、久しぶりだな」
 血の気の失せた唇が、僅かに微笑みの形を作る。
「本当に強い奴だよ、お前は。流石、ジグ様の妹だ」
 握った手に温もりは感じられない。この手を握り返すことはないだろう。
 それでもジグは降りしきる雪がシノを白く覆い隠すまで手を離さなかった。
 ケルベロスたちは左右に分かれて壁の前に立ち、子猫の鳴き声をレクイエムに、シノの魂を送り出す。
 グラビティで修復された壁に雪が化粧を施し、奇しくも天使の羽根を作りだしていた。
 ジグは短く息を吸い込むと、赤腕を振りあげて天に穴を穿った。
「忘れねぇよ……俺は」
 天国への道を星が照らす。

作者:そうすけ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年12月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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