残渣

作者:秋月諒

●残渣
 その地は、海辺にあった病院だった。隣にはホテルがあって、近くには神社も見える。良い場所だったと誰もが良いーー良い場所ではあったのだ、と誰もが言う。
「結局は、廃墟になっちまったもんなぁ……。最近じゃ不法投棄もされてるってのに、いつになっても取り壊しの話も始まらないし」
 かつての病院が、灰色の塊のように思われるようになったのはいつからか。長く、黒い影を落とす塊は今や人気の肝試しスポットだ。
「ハロウィンの時は無事に閉鎖できたってのに、今の季節にまた肝試し騒ぎだしなぁ……。せっかくの店が、肝試し帰りの連中の休憩スポットになって、普通の人は寄り付かなくなっちまったし……」
 ご自慢はホットチョコレート。
 ケーキは、じーさま仕込みのレーリュッケン。
 鹿の背中の名を持つケーキは、もっぱらホラーネタにされたままだ。
「良い加減、店、どーするかも考えねぇとなぁ……」
 ため息をつく店主の肩越し、廃墟となった病院の一角が鈍く、光る。看板猫たちがぴぴん、と耳を立てる中ーー廃墟では、一つの異常が起きていた。
「ギギ、ギギギギ……」
 軋む音は積み上げられた機材の中から。
 一階のフロアは、窓ガラスも破られて多くの電化製品が不法投棄されていた。その中のひとつが、蠢く。小型ダモクレスが入り込み、機械的なヒールを受けた『それ』は力強く、廃品の山から飛び出した。
「みんな纏めて没収ート!」
 キュイイインン、と全てを掃除する掃除機型ダモクレスとなって。

●狐の娘が語るには
「その掃除機型ダモクレスは、二足歩行をしていたんです。すらっと長めな足で」
「……ホラーじゃないのかな、それ」
 普通に、普通のホラー系。
 思わずそんな声をかけた三芝・千鷲(ラディウス・en0113)に、でも、白いピンヒールだったんですよ、とぴしりと指を立ててレイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)は説明を続けた。
「皆様、お集まりいただきありがとうございます。実は、廃病院に不法投棄されていた家電のひとつがダモクレスになってしまうのが分かったんです」
 まだ被害は出ていない。だが、放置すればダモクレス化した家電製品は、遠からず廃病院を飛び出し街へと向かってしまうだろう。多くの人々が被害に遭うこととなる。
「皆様には、現場に向いこのダモクレスの撃破をお願い致します」
 敵はダモクレスが一体。
 掃除機型のダモクレスで、人のように足がついた二足歩行型だ。
「すらっと立ちますので、回転蹴りも力があるのでどうぞお気をつけください」
 足なのか。すらっとしているのか。
 掃除機と同じく、機械化された足だ。脚力は強い。
「掃除機としての吸引力の代わりに、雷を帯びた風を打ち出す力や、炎の玉を吐き出す力を持っています」
 掃除機、というよりは最早とりあえず全部壊そうの心が感じるがそこはそこ。性質を見る限り、掃除機型ダモクレスはクラッシャーでしょう、とレイリは言った。
「戦場となるのは廃病院内部。今から向かえば……、入り口のフロアで見つけられるかと」
 入り口フロアーー病院の受付は、吹き抜けの巨大な空間になっている。どれだけの理由があって、廃墟となったまま放置されているのかは分からないが、入り口だというのに医療器具やベッド。天井には照明がゆらゆらと揺れているという。
「照明が落ちたり、戦闘中に建物が崩れるようなことはないかと。ですが、足元にはどうぞお気をつけください」
 それと、とレイリは顔を上げた。
「周囲への避難指示はお任せください。肝試しの下見に来るような方もしっかり捕まえておきますので」
 戦いの方を、どうぞよろしくお願い致します、と真っ直ぐに告げたレイリはそれと、とぽむりと手を打った。
「無事に全てを終えたら、近くのカフェでケーキは如何ですか? 今回の避難指示でお客さんも来れなくなってしまいますので……、もし良ければと店主の方にお話を頂いているんです」
 昔からあるカフェらしいのだが、肝試し目当ての客や、廃病院に纏わる話の関係で、客足が遠のいてしまっているそうだ。
「ケルベロスが訪れた、となればあまり困った使い方をする人もいなくなるのでではないか……という話もあるそうなので。もし良ければ、皆様でカフェタイムを楽しんで頂ければと」
 感想もお待ちしていますね、と微笑んでレイリはケルベロスたちを見た。
「では、行きましょう。皆様に幸運を」
 怖い話もひっくるめてお掃除するために。


参加者
奏真・一十(無風徒行・e03433)
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)
蓮水・志苑(六出花・e14436)
小鳥遊・涼香(サキュバスの鹵獲術士・e31920)
カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)
芳野・花音(花のメロディ・e56483)
ウリル・ウルヴェーラ(黒霧・e61399)

■リプレイ

●すらりとした掃除機
 そこに、長身があった。否、掃除機なのだが。掃除機に足がついて。すらりとしていればーーもう常識が渋滞を起こし出す。
「わあ、足ながーい……いやいや、じゃなくて此処から先へは行かせないよ」
 翼を広げたねーさんと共に、小鳥遊・涼香(サキュバスの鹵獲術士・e31920)は顔を上げた。
「被害なんか出たら益々肝試しスポットになっちゃう」
「えぇ、そうですね」
 頷いてーーだが、蓮水・志苑(六出花・e14436)は思う。
「今まで色々な機材がダモクレスと化した物を見て来ましたけれど、こうした形に変異した物は珍しいような……」
 掃除機なのは良い。まだ良い。問題はーー。
「何故掃除機から足が……?」
 すらりとした足。お陰で長身となった掃除機型ダモクレスとはしっかり視線が合う。瞬間、殺気が膨れ上がった。
「来ます」
 短く告げた志苑の声と、キュイインと甲高く響く掃除機の音が重なった。
「必殺サイクロン!」
 ゴォオオオ、と爆音と共に雷光が爆ぜた。叩きつけられる風は前衛へか。衝撃に、やれ、と奏真・一十(無風徒行・e03433)は息をつく。
「廃病院に、二足歩行の掃除機か。たしかにホラー、いやちょっとおもしろいな……」
 零れる声は笑みを含み、血濡れの手を軽く振るって一十は帽子を深く被り直した。
「丈夫な脚なら負けないぞ」
 たん、と床を叩いた男が飛ぶ。高い天井の、その板を一度蹴って身を下に落とす。
「ギ……!?」
 流星の煌めきと重力を宿した一十に、掃除機が、は、と顔をあげる。顔にあたる部位は無くとも、見られたと思うのだから不思議だ。だがその視線に一十は笑った。
「Frierst Du?」
 ダモクレスの周囲、空間が揺らいだのを見たからだ。
「ギ、ギギギ!?」
 囁き告げたのは蒼穹の髪色を揺らす男が一人。エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)が干渉した空間が、氷に閉ざされた地の幻覚を紡ぎあげる。問いかける声音が、音波が錯覚となって掃除機にーー届いた。
「ギ、ギィイイ!」
 瞬間、冷気が駆け上がった。真上へと警戒していた掃除機の動きが止まる。一瞬。だが、それだけで十分だ。一十の蹴りが深く沈み、掃除機の破片が飛ぶ。グォオオ、と獣が唸るような音が戦場に響き渡った。

●お掃除は別の場所で
 轟音と共に炎が舞う。床を一気に削りあげるように飛び込み、叩きつけられる蹴りは強力だ。感覚としては鉄塊で殴られるのが近いのか。
「回復するね」
 涼香の展開した魔法陣が盾役の二人に、加護を取り戻す。たん、と一気に前に出ることで、敵の意識を引く二人と、走り回る掃除機をカロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)は見ていた。
「誰だって捨てられるのは嫌だよな」
 シュールな外見だな、とは思う。だが、少しだけれど憐憫の情も覚えていた。
「……行こう、フォーマルハウト」
 動き続ける掃除機が、本当に終わる為に。
「強制没収ート!」
 滑るようにして、掃除機が距離を取った。自在に動き回る姿は事実、素早いとは言えたがーー追いつけない訳でもない。
「二足歩行で安定して歩くのは難しいと聞くが……その長い足でよくバランスが取れるものだな」
 さすがダモクレス。
 変な所で感心している場合では無いか、と小さく息をつきウリル・ウルヴェーラ(黒霧・e61399)はその手を真っ直ぐに敵へと向けた。
「凍てつけ」
 緩く弧を描くように氷結輪を放つ。ひゅ、と向かったそれを蹴り上げるように掃除機が足を伸ばす。
「ギ、ギギギ……! 没収、ボ、ボ」
 だが、ウリルの一撃の方が重い。
 強烈な冷気にダモクレスがぐらり、と身を揺らす。暴れるように体が震われれば、破れたカーテンが揺れた。
「確かに、肝試しにはピッタリな感じのシチュエーションですね。ですが、放っておいたら一般人に被害が及ぶかも知れませんし」
 ひとつ、息をついて芳野・花音(花のメロディ・e56483)は顔を上げる。ふわり、とドレスが揺れ、花の翼が開いた。
「ダモクレスはしっかりと倒しましょう」
 巨大な花の飾られた杖を構え、力を収束させーー放つ。
「まずはその素早い動きを、封じますよ!」
「ギギ! 吸収没収ート!」
 その勢いに気が付いたか。ぐん、とこちらを向いた掃除機にーーだが、花音は臆すことなく真っ直ぐに敵を見た。
「届けます」
 圧縮された霊弾が、掃除機を撃つ。ギ、ガ、と暴れる鋼が器用に傾いた体で、壁を蹴る。重力など然程意味は無さないのか。そのまま、一気に飛び込んでくる相手へと、サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)は向かう。
「没収ート!」
「折角のスポットつうのに、そう長えコト吠えたてられっと先客が逃げちまうだろ?」
 切っ先を避け、一気に身を沈ませた男のパイルバンカーが火を吹いた。
「なあんて、な」
 ギュインン、と穿つ一撃が、掃除機を貫いた。破片が飛び散り、ぐら、と傾ぐ機械の視線がサイガを捉え直す前に三芝・千鷲(ラディウス・en0113)の斬撃が届く。
「幽霊さえ逃げ出しちゃうんじゃないかな」
 斬撃と共に火花が散る。跳躍から、廃墟の壁さえ利用して踏み込む掃除機にケルベロス達は向き合う。瞬発の加速を受け止め、払い上げて一撃を刻む。浅く、受けた傷で立ち止まる気など無い。制約が重なれば祓いーーそも、簡単に沈まぬように加護を紡いで来たのだから。
「お掃除は不要な物だけに、人々に危害等加えさせません」
 天井まで跳ね上がり、一気に嵐を掃除機へと志苑は鯉口を切った。一刀は風を破り、雷さえ照らすようにカロンの力が届く。
「夜の空を見てごらん。星が綺麗だとは思わない?」
「ガ……!?」
 輝きが掃除機の一撃を砕く。雷風は消え去り、ただ真上から来る機械へと刃を志苑は刃を放った。
「ギ、ギギギギガ!?」
「これで終わりです」
 白雪の刃は鋼を断つ。追撃を狙った足は落ち、空中にてその体が瓦解していく。
「掃除機……その、個性的なタイプでいらっしゃいマス。きっと、よく働いたのですネ」
 淡い光の中、消えてゆく掃除機を見送るようにエトヴァは言った。
「お掃除ハ、俺たちに任せテ。お休みくだサイ」

●明日へと続く為に
 淡い光が、フロアを包んでいく。天井に走った罅が癒え、優しい色彩の花が描かれれば、花音は笑みを溢した。
「綺麗になりますように」
「えぇ」
 微笑んで、志苑も頷いた。片付けも必要ですね、と周囲を見渡す。ヒールでグラビティによってついた傷は癒すことはできるが、それでは足りない。だからこその片付けだ。
「んじゃ、重いもんは移動させっかね」
「あぁ。廃墟とはいえ少しはきれいにしておこう。今後のためにもなろうから」
 サイガと共に一十が荷を運ぶ。手伝いに合流したメンバーと共に一行は病院の片付けに乗り出していた。
「随分様子も変わりますネ」
 洒落た洋館のような雰囲気に壁が変われば、エトヴァは笑みを溢した。ふわり揺れる髪をそのままに癒しの光を届ける。
(「肝試しなんて言わせない位キレイに可愛くなれ」)
 祈るように瞳を伏せた涼香は、一つ頷くように顔を上げた。癒しの光は砕けた扉を変えていく。
「今回みたいな事件でこれ以上、悲しむ人が増えてほしくないから」
 供養になるかは分からないですが……、と耳を下げたカロンに、一十が頷く。
「きっと、そうなろう」
 廃墟であった。
 地域に根差した病院であった過去よりも、今の形ばかりが人々の目に残っていた。
 だが、今、ケルベロス達の前に広がる空間は違う。違う、とそう言える。ヒールと一緒に随分と姿を変えた病院は静かな眠りに還るだろう。いつか、生まれ変わる日まで。

●黒猫亭
 そうしてやってきたカフェでは三匹の看板猫と香ばしい香りが一行を出迎えた。にゃぁん、と猫たちもご機嫌だ。お店のご自慢はレーリュッケン。鹿の背を意味するお菓子だ。
「これが……」
「たしかに鹿の背のようであるなあ」
 ぱち、と瞬いたティアンと共に一十は、ほう、と息をついた。テーブルへとやってきたのは、半円柱型のケーキだ。波型になっている背はたっぷりのチョコレートでコーティングされ、アーモンドが飾られている。切り分けて貰えば中はチョコとオレンジの二層仕立てだ。
 はむり、と一口。チョコレートの甘みに、中の生地は思ったより軽い。ぱくぱくと食べていれば沈黙が、落ちた。おいしいの言葉は無くても互いの顔を見ればどうしたって伝わってしまう。
「おいしい」
 思わず、ティアンの長耳が喜色に揺れた。
「こんなにおいしいのに普通のお客さんが減ったなんてもったいない」
「な。勿体無い。よい処と知れたら、流行るのもあっと言う間さ」
 小さく息を溢すように一十が笑う。廃病院が肝試しスポットと言われることも、もう無くなるだろう。
「サキミもたべる?」
「気を付けろ、全部食われるぞ」
 食べやすい一口に切ってティアンが差し出せば、サキミがぴぴん、と耳を立てる。はくり、と一口食べれば尻尾が揺れる。
「気を付けろ、全部食われるぞ」
「……」
 諫める主人の声には、てしん、と抗議の尻尾が届いた。

「アーモンド、ジェミも好き?」
 レーリュッケンを一口掬って、ジェミの口元へと差し出す。少しばかり身を乗り出した彼がはくり、と一口食べれば、緑の瞳が瞬いた。
「香ばしい風味、美味しい。くっ、こんなところに強力なライバル店が!」
「培われてきた味、雰囲気…それぞれの店の味わいが魅力になりマス」
 ほんのりと頬を染めていたジェミにくすり、とエトヴァは笑った。ホットチョコを口に運ぶ彼の指先が、にゃぁん、と鼻先を摺り寄せてくる猫たちにひらひらと揺れる。ぴぴん、と立った耳と一緒にゆるり、と尻尾が揺れたのは何かくれるかと期待をしたのか。するり、と足元に身を寄せた猫たちと、微笑むエトヴァの姿を見ながらジェミは顔を上げた。
「うちの店にもうちの店の味わいがあるよね!」
 焦る心もエトヴァの言葉に考え直して、にゃぁん? と届いた黒猫の尻尾に、ふとジェミは笑を溢した。
「居心地のよいお店ですネ」
「うん」
 可愛い猫たちに癒されながら、二人思うのは我が家の看板猫のこと。若干傍若無人な三毛猫さまは今日は、どんな出迎えをしてくれるだろうか。

 このケーキを作る時は、甘すぎる、なんて考えちゃいけないんですよ。
 店主は笑って花音にそう告げた。赤い花のような美しいドレスに身を包んだ少女は、そっと椅子に腰掛けながら外の景色を眺めていた。
「ふう、一仕事終えた後の甘いものは、格別ですね」
 ホットチョコレートのカップは、白く丸い。花の絵柄を指先で辿って、ふ、と息を漏らす。紅茶に詳しい花音にとっては、この店に紅茶の種類が少ないのは少しだけ意外だった。曰く、店長がとびきり詳しい訳では無いのとーーレーリュッケンに似合う紅茶を搾りきれなかったからだという。
「私だったら……」
 ケーキを一口、食べながら花音は考える。もし良いのがあったら、と店主も言っていたから帰るまでに何か見つけられたらそっと書いておこう。
「にゃぁん?」
「お届け、お願いしますね」
 そっと花の少女は告げる。

「これがレーリュッケンですかー」
 初めて見るケーキに、カロンはぱち、ぱちと瞬いた。興味津々なのはフォーマルハウトも同じらしい。
 半円柱型のケーキはたっぷりのチョコレートでコーティングされていた。背は波型。アーモンドが飾りについている。
「フォーマルハウトも頑張ってくれましたから」
「……!」
 期待に満ちたフォーマルハウトの分も、ケーキを貰う。飲み物はホットチョコに。外は寒いから、暖かい飲み物は本当に嬉しい。カップに触れれば冷え切っていた指先にも熱が戻ってくる。
「うん。美味しいですね。フォーマルハウト」
「!」
 はい、どうぞ。と一口、差し出せば嬉しそうにフォーマルハウトがぱくり、と食べる。嬉しそうに足をぱたぱたさせる姿にカロンは笑みを溢した。
 暖かいカフェに。美味しいケーキ。
「とても美味しかったです。是非またこのケーキを食べたいと思いました」
「ありがとうございます! また、是非来てください。席はちゃんといつでも取っておきますから」
 予約席で、と店主は笑った。

「ルルはホットチョコレートとレーリュッケン!」
「俺もホットチョコレートにしようかな」
 ウリルの言葉に、紫の瞳が瞬いた。
「……うりるさんもホットチョコ? 疲れた?」
「うん、なんとなく飲みたい気分なんだ」
 心配そうに声を上げた妻に、大丈夫だとそっと笑む。口元に乗せただけの小さな笑みは、彼女には届く。そう? とそれでも心配そうなルルにウリルは頷いた。
「普段はコーヒーが多いけど、たまにはね。ケーキは一口くれ」
 甘い香りに暖かな時間。幸せの香りに男は小さく笑った。
 そうこうしているうちにやって来たケーキは、甘いチョコレートでコーティングされていた。半円柱型のケーキはアーモンドを飾られ、一切れずつ目の前で切り分けられる。
「アーモンドが効いていて、とっても美味しい♪」
 たっぷりのチョコとバターを使ったケーキは外側サクッ! 内側しっとりだ。
 思わず笑みを溢したリュシエンヌは、銀のフォークで一口掬って愛しい旦那様を見た。
「うりるさんにも一口……あーん」
「……ん、あーん」
 どう? と小さく首を傾ぐ。ん、と小さく漏れた声の後、悪くはないんじゃないかと呟いたウリルにリュシエンヌは微笑んだ。
「気に入ったら、レシピを聞いて帰りましょ」
 二人のお気に入りになるかもしれない。

「ねこってのは『みえる』らしい」
 なぁん、にゃぁん、と三匹の看板猫たちはご機嫌であった。頬杖をついたまま、紅茶に入れたミルクをぐるぐると回しながらサイガは猫を横目に薄く口を開いた。
「アンタそーいうの信じるクチ?」
「信じないかな。熱源反応も見れないし」
「熱源感じてたら、隠れんぼされてるだけじゃね?」
 甘いケーキに、ホットチョコまで手を出した千鷲は、かもね、と笑う。
「そ」
 みたいモノがあるとすりゃそれはそれで不思議でもなかった。別に。無駄に棄てて追っかけねえ限りは言うこともねえさ。
「で、サイガ君は?」
「俺は勿論信じちゃいない。死んで楽になりゃ永遠だなんざ、こうやってせっせと戦ってんのが馬鹿らしくなんじゃん」
 お互いボロッボロの残渣?
 カタン、と持ち上げた茶器が鳴く。そりゃぁね、と笑う男は錆び付いてこそいないけど、とカップを向ける。
「ハイハイ。今日もおつかれさんでした」
「お疲れ様」
 おざなりにしたカンパイは、それでも妙にらしかった。

「ねーさんはお疲れかな? さっき頑張ったもんね」
「待機中かな」
 なでなでとねーさんを膝の上に撫でる姿を見ながら、涼香は小さく笑みを溢した。
「撫でてもらって幸せそう」
「涼香もよく頑張ったね」
 ふ、と吐息一つ溢すようにしてすい、と手が伸びてくる。年上の彼の大きな掌がくしゃり、と涼香の頭を撫でた。
 そうしてやってきたのは、半円柱型のケーキだった。表面はチョコレートでコーティングされ、波打つ背にはアーモンドが飾られていた。
「おお、これが、レーリュッケンか……。お洒落のが来たな……」
「うん……鹿の背中だね! SNSに乗せたら流行りそう」
 ぱち、と瞬いた彼女と一緒に、さくり、と一口。すん、と鼻先を上げたねーさんを撫でながら 壬蔭は笑みを溢した。
「これは、美味しいな……」
「うん。甘さ抑えめのチョコドリンクと甘めのケーキが美味しい」
 ほう、と息を溢して涼香が笑う。
「良いお店みつけちゃったね?」
「嗚呼、いい店に出会えたね」
 その笑顔に、心が温まるのを感じながら頷いた。

「ホットチョコとレーリュッケンを」
「どちらもチョコだぞ……?」
「何方もチョコですが冬はチョコレートが特に食べたくなる季節ですもの。仕方ありません」
 そう季節。季節なのだ。呆れたような溜息が聞こえた気はするが気にしない。
 微笑んだ志苑に、まあ、と落ちた声はテーブルの上を滑り落ちて。折角なのでと同じレーリュッケンと珈琲を蓮は頼むんでいく。
 そうして、二人の前にやってきたのは半円柱型のケーキだった。表面はチョコレートでコーティングされ、中はチョコとオレンジの2層作り。さくり、と一口食べればーー……。
「おいしい……」
 予想より軽い。チョコの甘さと、オレンジの香りに小さく瞬いた志苑は、思わず顔を綻ばせた。
「とても良いカフェです。このまま人が遠のくのは勿体なき事、是非に評判を広めましょう」
「ああ、そうだな。今回の事で周りは片付いたし。これからは肝試し目的以外の客も来るようになるだろうし、人に勧めれば興味を持つ者も居るだろう」
 鹿の背。名前からインパクトのある菓子だ。しかもケーキと聞けば驚く筈だ。味にだってきっと。
「またいずれ訪れる機会を作れたら、その時はまた……」
「はい、その時はまた一緒に……」
 微笑んで頷いた志苑がカップを置いた。ふわり、と甘い香りと一緒に幸せそうにケーキを食べる姿を蓮は見ていた。
 こうした話をいつもしている。
「あんたと行きたいと思う場所がこうして増えていく」
 その呟きは、志苑へと届いたか。姿を見せた猫が小さく鳴いた。

 甘い香りと共に、店は久しぶりの賑わいに包まれた。そう遠く無い日に、店は沢山の客を迎えることとなるだろう。良い方へと変わった街と賑わう店の噂を聞くのはーーきっとそう遠く無い未来のこと。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年12月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 11/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。