城ヶ島制圧戦~雹嵐の白き棘華

作者:宇世真

●城ヶ島制圧戦~雹嵐の白き棘華
「城ヶ島の強行調査により、城ヶ島に『固定化された魔空回廊』が存在する事が判明しましたっす」
 黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)はそう切り出した。
 この『固定化された魔空回廊』に侵入し、内部を突破する事ができれば、ドラゴン達が使用する『ゲート』の位置を特定する事が可能となる、と言うのである。
 『ゲート』の位置さえ判れば、その地域の調査を行った上で、ケルベロス・ウォーにより『ゲート』の破壊を試みることもできるだろう。
「『ゲート』を破壊できれば、ドラゴン勢力は新たな地球侵攻を行う事ができなくなるっす。つまり、城ヶ島を制圧し、固定された魔空回廊を確保する事ができれば、ドラゴン勢力の急所を押さえられるって事なんすよ!」
 強行調査の結果、ドラゴン達は『固定された魔空回廊』の破壊は、最後の手段と考えている様なので、電撃戦で城ヶ島を制圧し、魔空回廊を奪取する事は決して不可能ではない。
「ドラゴン勢力のこれ以上の侵略を阻止する為にも、皆さんの力を貸して欲しいっす!」
 ぐっと身を乗り出さんばかりに熱の篭った説明が続く。
「今回の作戦なんすけど、お仲間の皆さんが築いてくれた橋頭堡から、ドラゴンの巣窟である城ヶ島公園に向けて進軍するという感じっす。経路等は、全て予知で割り出してあるっすから、その通りに移動してもらえれば、大丈夫っすよ」
 詰まる所、移動に関しては心配無用。重要なのは次の一点。固定化された魔空回廊を奪取するにはドラゴンの戦力を大きく削ぐ必要がある、とダンテは拳を固めた。
「手強い敵っすけど、必勝の気概で挑んでもらいたいっす」
 今回、このチームで戦う事になる相手は、氷の彫刻の様に鋭く長い角と爪を持ち、冷たく輝く白銀の鱗で全身を覆われた美しいドラゴンであると彼は言う。
「その個体は、雪原に咲く結晶化した雪――氷の花を好んで喰らって進化したと思われるっす。氷のブレスを吐き、しなやかな尾の先には氷花が咲いた様な棘状の鱗を生やして、その一撃の威力を増しているっす」
 雪や氷に限らず、白や銀色に輝くものを好み、率先して狙ってくるという。
「装備品以外にも、色白な人とか、銀髪の人とか……あと、近い色の人も気を付けた方が良いかもしれないっすね。逆に言えば、その性質を利用して、ある程度、矛先を誘導する事も出来そうっすから、敢えて目立って挑発するのもアリっす」
 とはいえ、氷の花を好む様な美意識の高い輩である。
 好戦的な空気を纏う者よりは、戦場に癒しを齎す者達の方が狙われ易いだろうと、ダンテは添えた。次いで、凍て付く様な殺気を放つ者が。
「次点の方は、同属嫌悪にも近い感情によるものの様で、若干のSっ気があるみたいっす」
 気を付けて下さいっす、と身震いするダンテ。
「とにかく、強行調査で得た情報を無駄にしない為にも、この作戦は成功させたいっすね! その為には皆さんの力が絶対不可欠っす。自分、皆さんを信じてるっす!」
 輝く瞳に信頼の色を浮かべて、ダンテはそう締め括ったのだった。


参加者
白雪・夜話(ふれられぬ雪・e00236)
レグリス・リュシザード(死の番人・e00250)
レクシア・クーン(ふわり舞う姫紫君子蘭・e00448)
ベルカント・ロンド(医者の不養生・e02171)
淡雪・螢(双焔之巨腕たる淡雪・e06488)
エフイー・ゼノ(闇と光を両断せし機人・e08092)
皇・ラセン(デイブレイクショット・e13390)
アーニャ・シュネールイーツ(時の理を壊す者・e16895)

■リプレイ

●城ヶ島に咲く雪の花
 遠空から迫る白点をその視界に捉えた時、皇・ラセン(デイブレイクショット・e13390)は肌が粟立つのを感じた。無意識の内に握り締める拳に地獄の炎が揺らめく。炎の色も変える事が出来たならと思うと口惜しいが、その他は徹底的に白色で誂えている。これから戦う相手が好むとされる色だ。黒の髪さえ銀に染め、決意も新たに彼女は雪辱を誓う。先の作戦で苦渋を嘗めた悔しさを、噛み締める唇の内に留めてはいるが、覚悟を秘めた強い想いは隠し切れない。常から彼女と親しく接する者ならば尚の事、察するものもあるだろう。
「ラセンさん……」
 レクシア・クーン(ふわり舞う姫紫君子蘭・e00448)の気遣わしげな視線にラセンは笑顔を返す。その瞬間だけは普段通りに見えた。
 固体最強のデウスエクスと称される存在――究極の戦闘種族とされる『ドラゴン』を前にしても臆する所はない。在るのはただ、全てを賭してでも勝たねばならないという強い意志だけ。ラセンとレクシア同様に、白と銀とで装備を揃えた仲間も数歩前に出る。
「行こう!」
 前のめり気味の気合を見せる淡雪・螢(双焔之巨腕たる淡雪・e06488)。三つ編みを解いた長い白髪が風を含んで広がった。敢えて狙われ易い格好をしている仲間達とは対照的に、後に控える白雪・夜話(ふれられぬ雪・e00236)は、その名が示す風貌を黒衣で覆い隠している。アーニャ・シュネールイーツ(時の理を壊す者・e16895)とベルカント・ロンド(医者の不養生・e02171)も同様。こちらは狙いを逸らす為にそうしているのだ。
「今回は、あまりこの子達の出番はなさそうですね……」
 塗装した重火器達を何処か寂しげに撫でるアーニャに、ベルカントは微笑を湛え、
「しかし、倒れる訳にも行きませんからね。我々は、務めを果たすとしましょう」
 目の前の敵を倒す為に、とはいえ、厳しい戦いになるのは目に見えている。
 城ヶ島で戦う他の仲間を思い、何より護るべき多くの人々を思い、
「絶対に負けられませんね!」
 と、夜話が見遣れば、頷く一同。
「相手にとって不足無し」
 レグリス・リュシザード(死の番人・e00250)が呟く。身を包む黒狼の如きロングコートの下には蒼く煌く氷華にも似た鋭利な角や棘咲く竜尾が隠れている。
 棘華のドラゴンとはまた、似た様な輩が居たものだと彼女は思う。
 さて――どちらの爪牙が先に折れるのだろう。
 よりはっきりとその姿が近付き、空気が冷たく張り詰めた様に感じられた。ごくりと誰かの喉が鳴る。肌にちくりと不可視の針が立つ。気を引き締めるのは元より――。
 続くエフイー・ゼノ(闇と光を両断せし機人・e08092)の言葉が仲間達の心を繋ぐ。
「必ず生きて帰るぞ」
 応えの代わりに、彼を含む白の人影が地を蹴った。
 携え、構え、抜き放つ――得物の音が跳ね、飛来した白の咆哮に呑み込まれる。

●雪花四輪
 劈く高音に震える空気を裂いて奔るレクシアと螢に棘華の意識が向くより先に、ラセンは大きく一歩を踏み出した。華を喰らいに降りて来た、ドラゴンの前に飛び出す様に。
「アンタをブッ倒しに来た。その首もらっていくよ」
 滾る殺意を込めた冷たい挑発を鼻先で笑い飛ばした白き棘華に、そのまま打ちかかる。流石に直接的過ぎたかもしれない。ならば別の手段で気を惹くのみ、と。
 ラセンの卓越した体捌きによる凍て付く様な一撃を身に受けて尚、棘華の視線は他所を向いている。地獄の炎が形作る青い翼を噴き上げ、舞い散る燐光と共に滑り込むレクシアの月光斬に続き、その背後を彩る爆発――夜話が紛れる様にこそと動きながら仕掛けたブレイブマインの爆風に煽られた髪を靡かせ、踏み込む螢の地を裂く様な一撃が棘華の分厚い皮膚を穿つ。瞬間的に雷纏う壁を周囲に感じ、護られていると感じる雪華の4名。更にその周りを飛び回る小型治療無人機の群を、棘華は煩わしげに見遣った。
 戦場を嘗める視線は、前衛に立つ仲間達をライトニングウォールやヒールドローンで後押しするベルカントとアーニャを一瞬捉える。底冷える眼差し。黒いケルベロスコートを纏い、目立つ挙動を差し控え、彼らが息さえ止める刹那を視線は通り過ぎて行く。
 それを追う様に奔った大鎌が、棘華の横首から鱗を数枚削ぎ取った。棘華が眼を剥き、首を振る先で、行きと同じく回転しながら簒奪者の鎌はレグリスの手元に戻る。
「眼を狙ったのだが」
 狙い通りに当てるのは中々に難しいものだ。
 棘付きの尾で首の辺りを撫でながら棘華は少しの間、彼女に視線を留めた様だった。
 が、すぐにその眼は光放つ白い人影へと向けられる。其処に在るのは、同列の仲間達を護る黄金の果実を攻性植物に宿したエフイーの姿。聖なる光に煌く銀髪、白装束と相俟って、さぞかし旨そうに見えたのだろう。
「ハ」
 嗤う鼻先。
 細くなる竜眼。
 開かれる顎。
 喉奥に、揺らめく白い靄をレクシアは見た。
「! ブレス――! 来ます……っ!」

 視界が白く煙る程の雪の嵐が4人を呑み込んだ。
 嵐の中でエフイー達を襲う飛礫は、雪の塊というより石の様で、そう感じた瞬間、彼はこのドラゴンの二つ名を閃く様に思い出した。
 ――雹、だ!
「くっ」
 判った所で、耐えるしかない。全身を飛礫に打たれる痛みに思わず苦悶の声が漏れる。
「うう……!」
 共に巻き込まれている仲間の姿も声も判らない猛烈な嵐の中で、冷気がさほど気にならないのは、着用している道着のお陰だろうかと螢は考える。しかし、痛い。とにかく痛い。
 嵐が過ぎ去るまで、ひたすらに耐える。
「『響け、玲瓏たる月の囁き』」
「メディカルミサイル発射! メディカルレイン散布!」
 轟々と耳元で騒いでいた風が鎮まると同時に飛び込んでくる仲間の声にほっとする。傷ついた螢達に、アーニャが降らせる癒しの薬液。その少し前から聴こえているのはベルカントの歌声だった。夜の湖面に浮かぶ銀月さながら凛然と響き渡る魔曲の旋律に、レクシア達は狙いが研ぎ澄まされて行くのを感じる。
 棘華の眼はエフイーを捉えたままだ。
「次は此方の番ですね、お返しをしなくては!」
 負傷の影響など感じさせないレクシアの軽やかな跳躍。流星の煌きを宿し、重力を乗せて見舞う跳び蹴りが風を切る。後に残るは青白い燐光の軌跡。重ねてラセンが簒奪者の鎌で斬り込んで行く。『虚』の刃が付けた傷口から、簒奪する生命力を糧として、
「頂いて行くよ」
「すごーく痛かったんだよ! もーっ。そこで、固まってるんだよ!」
 矢の様に足から突っ込む螢のSolar wind――炎と風を纏った蹴撃は切れ味鋭く翼を刻む。
 しかし。
 効いてないのだろうか?
 涼しげな顔をしている棘華に、夜話は引き続き隠れる様に身を運びつつ『御業』で掴みかかった。そこへ、
「アストラ」
 と、その名を呼んでレグリスが放ったファミリアは、魔力を帯びた弾丸の如く一直線に風を切って空を駆ける。棘華は一切を振り払う様に翼を広げて地を蹴った。
「何……っ」
 ファミリアシュートが躱された事に軽く驚き、すぐに動向を眼で追う。飛行ではない。低姿勢からの跳躍、突進――その先にヒールドローンを展開するエフイーが居る。
「望む所だ」
 待ち構える程の時間はなかった。
 咄嗟に僅かに重心を落として衝撃に備えるのが精々。だが、彼の心は妙に凪いでいた。迫り来る爪を視界に捉えて尚、揺らぐ事はない。危険は百も承知で此処に居るのである。
 易々と突破させるつもりはない。仲間を危険に曝す事だけは何より避けたかったから。

 予想はしていても、やはりそれは鋭く重かった。
「エフイーさん、お気を確かに!」
「傷は浅いですよ!」
 倒れずに踏み留まってはいるが、エフイーの受けたダメージは深刻だ。自らを奮い立たせる『守る』力――回復能力へとエネルギーを転換すべく女神の凱旋を謳う言葉も絶え絶えに、ベルカントとアーニャのウィッチオペレーションを集中的に受けるエフイーが呻き声を上げる。魔術による緊急オペが彼の生命力に強引に揺さぶりをかけているのか。
 それでも完全回復には至らない彼を、再び棘華の爪が襲う。
 いたぶる様な攻撃に、仲間達も黙っていない。
 惨殺ナイフの刀身を鏡面代わりに光を当てて、離れた場所から邪魔をする夜話。ちらちらと刃が映すものは、彼女にとってはただの光だが見る者にとっては別の姿を纏う。
 煩わしげに一瞥した棘華が僅かに怯んだかに見えて、レグリスは再び鎌を投じた。
 体当たりしそうな勢いで踏み込む螢は再び地を割る様な一打を放ち、ラセンは衝撃を突き返すが如き掌底を当てて行く。巨体が揺れ、剥がれ飛ぶ鱗を炎の翼で嘗め取る様に滑走しながらレクシアはその胴にチェーンソー剣を食い込ませた。力任せに切り裂いて、回転鋸刃で広げる傷口。躙る様なその痛みか、或いは他に何者かが見えているのか、ドラゴンが鋭く咆える。尾の先で棘の華が咲いた。
 閉じた鱗が開く勢いで、風が唸る。
「ッ!」
 気付いた時には横殴りの衝撃に、レクシアの視界が大きく天を仰いでいた。仲間諸共に。

●追咲雪花
 前線の戦力が一気に削がれたのは、明らかだった。
 まずいと思うより先にレグリスはコートを脱ぎ捨てると同時に精霊魔法を展開する。
「見よ、棘華よ!」
 蒼く透く様な竜の角、尾に翼を曝して召喚した、吹雪の姿を伴う『氷河期の精霊』が棘華へと躍りかかって行く。最中、螢が自らの全身を地獄の炎で覆って立て直そうとしているのが見えた。比べればまだしも負傷の度合いは軽いが楽観は出来ないラセン達をベルカントのライトニングウォールが支え、今にも崩れ落ちそうなエフイーにはアーニャが再度緊急オペを試み、それでは足りない事に気付いて焦る彼女に、エフイーは気丈に振舞う。
「誰一人、死なせませんっ! 私が――」
 アーニャの悲痛な叫びを聞いて、夜話も意を決した様にケルベロスコートを脱ぎ捨てた。
「『ふぅ~~っ!』」
 走り寄り、吹き付く吐息は微細な雪結晶混じり。白く輝くその身と、息とで、レグリスと共に仕掛ける挑発行為。双方共に本領発揮といった所。
「あなた好みの氷の花、散らされるまで咲き狂ってあげます!」
 怖くないと言えば嘘になるかもしれない。しかし、
「長年、あなた以上に大きな自然を相手にして来た身です。今更、怖くなど……!」
 自分に言い聞かせる様な響き。
 強がってみても、まともに狙われるのは、やはり少し――否。怖がっている暇などないのだ。完全に、奴の胴と顔とが夜話に向いてしまっている事など最早気にしていられない。
「どちらが先に凍り付くか、我慢比べと参りましょう!」
(「言うじゃないか」)
 レグリスは同い年の彼女の宣言に内心笑みを刻む、と同時に周囲に喚起する。
「奴が、動くぞ」
 それを聞いて、前衛の中でも比較的動けるレクシアは回り込む棘華の背後から、時空凍結弾を放って2人の援護に奔走。エフイーは自らの状態を気に留める事もなく、夜話の元へとヒールドローンを向かわせる。棘華が爪を振り上げ、重い足を引き摺る様に走り出した誰かの気配がその下を駆け抜けた。
「ラセンさん?!」
 悲鳴じみたレクシアの声。ディフェンダーとして走る彼女の気持ちを思えばベルカントには止められない。万が一にもそれを喰らえば、次は彼女が危ないと知っているだけに、せめて踏み留まってくれる事を祈るのみ。或いは、攻撃が逸れてくれる事を。
(「――えっ?」)
 瞬間、息を呑み、思わず固く眼を瞑って覚悟を決めていた夜話は、風を感じただけで衝撃がいつまで経っても来ないのを訝りそっと片目を開けてみた。――と、眼前にはラセンの背中が在った。髪も衣服も色合いが普段と違う分、一瞬見慣れぬその姿――だが、
「『いざ、全てを零に。零打……そしてその衝撃、貰い受ける――零喰ッ!』」
 声を聞けば、確かにそれはラセンなのだ。
 鋭く空を穿つその手は、今度こそ借りを返そうと複雑な軌道で、今正に自らが受けた衝撃を相殺すると同時に『喰らい』、全てを体内から吐き出す様に強烈な掌底を叩き付ける。
「ガッ……!」
 思わぬカウンターに棘華は頭を逸らし、反射的にその喉から氷の息吹を吐き出した。咆哮と共に再び雹の嵐がラセン達を襲う。

●華片舞散
「アーニャさん、カバー願います」
「はいっ!」
 すぐさまベルカントが癒しの力で支えるも、応じるアーニャの目の前でラセンが膝から崩れ落ちる。危機感を覚えたレグリスが溜めた気力でエフイーを繋ぎ止めた。
「そろそろ、お休みしましょう棘華さん」
 頼もしい肩を欠いた前線、ラセンの想いを繋ぐ様にレクシアが風を喚ぶ。今日、この時ばかりは恵風とは成り得ない。轟と逆巻く風を繰り、彼女は静かに言葉を繰る。
「『八重の雲を吹き放ち、遮る瘴霧を吹き払え。此所に生まれるは―――科戸の風』」
 重なり息吹く雪風は夜話の。螢もまた、蒸気噴き出すアームドフォートを棘華に向けて構えると一斉掃射でその距離を埋めて行く。
「わたしたちは、負けないんだよ!」
 一気呵成の猛攻に後退った棘華はそれ自体が信じられないという顔で頭を振って咆哮する。喉奥に揺れる靄を認めて、レクシアとレグリスが叫んだ。
「「ブレス――?!」」
「いえ――」
 ベルカントは見逃さなかった。その尻尾が大きくうねり、再び棘華が開くのを。
「――や」
 跳ねる尾に思わず身を固くする夜話をエフイーが咄嗟に突き飛ばし、よろめく彼女をレグリスが後ろから腕を掴んで支えた。代わりに尻尾の一打を受けたエフイーはその場に膝を突き、レグリスはそのまま歩み出る。身体から滲み溢れる冷たい殺気。
 術式が静かに紡がれる。
「『_静と動である己が深淵の狭間にて_蠢く怨嗟、溺れる魚』」
 空には数多の魔法陣が浮かび、歪んだ空間からはらり零れる氷雪に刻は凍りつき、その眼は冷たい氷華の如く。構え、振り上げる鎌が鈍く、蒼を反射する。
「『終無き咎魂、冥府の方舟。我等は死の番人。全てを殲滅し、全てを無に還せ――』」
 業鎌と断罪の。
 絶望と殺戮の。
 生と死の――。
「眠れ。目覚める事のない氷の世界で」
 死神の鎌は振り下ろされ、砕け散る花。氷の粒が中空を舞う。

 巨体が崩れ落ちる振動に思わずへたり込んだ夜話に、レクシアは慌てて駆け寄った。
 
「介抱される側になってしまうとは、不甲斐ない限り」
「いえ、大事に至らず、良かったですよ。私としてもほっとしています」
 むしろ私が、と言いかけて飲み込むベルカント。エフイーは結局ギリギリで踏み止まり、レグリスのヒールでラセンも意識を取り戻している。
「……そうだな。今はただ、喜ぼう……生きて帰れるのだからな」
 顔色は良くないながらも、エフイーはそう言って小さく笑みを浮かべ、ベルカントは応える様に頷いた。そして、遠い戦場の仲間達へと想い馳せる様に天を仰いだのだった。

作者:宇世真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月9日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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