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現在、ケルベロス達が常時派遣されるミッション地域。デウスエクスに侵略された地を取り返すための準備が整った。
強襲型魔空回廊の破壊。
そのために必要なグラディウスが起動可能状態にあるのだ。
長さ70cm程の小剣の姿をしたそれは、デウスエクスに一切の効果を与えない代わりに、デウスエクスの地上制圧の要たる強襲型魔空回廊を破壊することができる。
「強襲型魔空回廊は、30m程のバリアに守られており、なおかつ周囲にはデウスエクスが数多く存在しています」
外縁部から、その魔空回廊のある中枢に乗り込むのは、無謀だとダンドは告げる。
「へリオンのステルス飛行によって、中心部へ直接降下。強襲型魔空回廊へと攻撃後、戦闘を最短最小限に脱出を願います」
グラディウスによる強襲型魔空回廊への攻撃直後は、その余波によって混乱が期待できる。
その隙をついて即時撤退する、電撃作戦だ。
「グラディウスの起動には、グラビティを極限まで高める必要があります」
込める想いの強さによってその威力も変動する。
複数回の破壊作戦が必要である地域であっても、その想いによっては一撃に破壊しうる事もある。
全滅やグラディウスの奪取を防ぐために撤退時の戦略も必要だが、一番大事なのはそこだと、ダンドは言う。
「向かう地域ですが、皆様に選んでいただくようになります」
選択肢は3つ。
岡山美作市の岡山国際サーキット。
鳥取県浦富海岸。
栃木県那須塩原市、甦生明王。
「ご武運を、そして無事のご帰還を」
いずれも危険な地域には違いない。だがそれでも、奪われたものを取り戻すため。
グラディウスを差し出した。
参加者 | |
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新条・あかり(点灯夫・e04291) |
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753) |
鷹野・慶(蝙蝠・e08354) |
レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206) |
ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615) |
ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007) |
岡崎・真幸(花想鳥・e30330) |
アルベルト・ディートリヒ(レプリカントの刀剣士・e65950) |
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栃木県那須塩原市。
観光都市として並ぶ建造物は、しかし、その灯りを仄暗く、底知れぬ暗鬱と陰らせていた。
薄雲を突き破り、アルベルト・ディートリヒ(レプリカントの刀剣士・e65950)は直下の街並みを睨みつける。
「死者の復活、か」
漂う空気を突き抜け、過ぎる風となる声に含まれるのは、その言葉の軽薄さに対する揶揄そのものだ。
「ああ」
他者の命を捧げよ。その果てに、死者は蘇る。などと。
それが教義。
それは、他人の嘆きにつけ込んだ卑怯な所業だ。胸に蟠る不快な感情を吐き出すように声をかすらせるように唸る。
「一片も残さず塵にしてやるよ」
あと落下時間は数秒。
他人を生贄にした所で、死者の復活など出来るはずもない。出来たとしてそれは完全な復活たりえるはずもない。
それを、純然たる事実として、ケルベロス達は数あるデウスエクスとの邂逅の中で知っている。
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)もそれを知る一人だ。
薄く膜を張るように、台地に半球を描くそれに問う。
「言い値を聞こうじゃないか」
黄泉から一人の死者を引きずり上げるのに、何人分の命を対価とするのか。まさか戻り賃が銀貨一枚打などという事はないだろう。
どれ程を捧げたのか。薄暗いあの信仰の中でそれを祈った彼らは、どれ程を天秤に注いだのか。
「それで、一人でも戻ってきたか」
僅かに残る温もりに祈るように、拳を握る。
答えは、否だろう。
彼らは祈ったのだ。縋ってしまったのだ。
その苦痛を、新条・あかり(点灯夫・e04291)は否定しない。
「そこは、拠り所だ」
その苦痛を、迎え入れる場所だ。死者の苦しみを、正者の苦しみを、返す場所だ。
握っていた拳を解いて、祈るようにグラディウスの柄をなぞる。安寧を祈るはずの場所で、その安寧の暗幕をかき乱す教義に、彼女は瞳を向ける。
「それは、冒涜だ」
言葉の一つ、影の一つとして、許しはしない。
「そこを、退け」
金の瞳に浮かぶ怒りが、グラディウスへと流れ込んでいく。
「は」
と鷹野・慶(蝙蝠・e08354)は、掲げる教義を嘲笑う。
それは今まで見てきたビルシャナの中でも、一二を争う程に胡散臭い。
「覆んねえもんだろうが」
死、というのは。
覆らないものなのだ。生と死は、そういうものだ。
見送った死など、数えきれない。それでも、誰かを甦らせたいと思う相手はいない。薄情だと謗られようと、それは変わらない。
だからこそ、彼は嘲る。
「冒涜だなんて言えるほど小奇麗に生きちゃいねえけどよ」
それを説く存在を、それを信じた存在を一笑に付す。
「纏めて砕いてやるよ」
死に、僅かにでも指先を届かせた等という傲慢を。
「一見美談じみた話だな」
ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)は静かに告げた。
帰らぬ人を望む人の元へと連れ戻す。
それは、奇跡だろう。永劫に語り継がれる程の。
そんな事が本当にあるのなら。
「けど、それが他者の命を奪うのなら、別だ」
それは、人殺しに過ぎない。人殺しという過程が、確かに存在している。
「命を弄ぶな」
それは蘇りなどしない。
「心を唆すな」
その手で触れるな。
絶対に許してなるものか。意思を握りしめる。
「人間を、嘲笑うな」
空想でしかない。
戯言でしかない。
「信じて、いるのでしょう、か。信じている、のでしょう、ね」
ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)は点々と見える黒いビルシャナの姿に、喉を震わせる。
あれらは全て、死者が蘇ると信じ、異形となり人を殺す人間たちだ。人としての願望を叶える為に人でなくなった人だ。
狂っている。その情動に喉を震わせる。
人を捨て、狂い、その世迷言でぬか喜びさせ、人を捨てさせる。
「そんなの……許せないよねえ!」
しかし、それを信じてしまうのか。狂ってしまえるのか。
人が蘇る等という世迷言に人は惑うのか。それ程までに、縋るのか。
「知ってるよ」
岡崎・真幸(花想鳥・e30330)は地上の彼らに、同情する。
「何でもしたさ」
理不尽に奪われたものを取り戻すためなら、非人道的な事も厭う事はない。
その悲しみを彼は知っている。
事実を、感情を、世界を否定した。生きる自分すら否定して、他の何かに縋り付く。
その痛みを彼は知っている。だから。
「ここで終わらせる」
縋った者が、加害者となり悲しみを生む。
その連鎖に繋がれた彼らを。
「断ち切る」
教義を過去に知っていたのならば、連鎖に身を堕としていただろうか。
何も知らないままに、悲痛を忘れられただろうか。そんな仮定は、絶望にすら等しく。
「望みを語るな」
最も死から遠いそれらに、その痛みもこの痛みも解るはずがない。
レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)は失った手の中に刃と炎を握る。
「希望を騙るな」
命が何かの対価となることはない。
命で賄えるものも、取り戻せる命もない。何にも贖われる事はないのだ。
巣食う厄災に望むのは、贖罪のみだ。
「いいか」
奪ったこの地に首を垂れて、無為に跪き、空虚な希望と共に無為に潰える事のみだ。
「――希望ってのはこうやって見せるもんだ」
これ以上、痛みが生まれないように。
八つの刃が落ちる。
冥海から死者を掴もうとする洞を砕く。
爆雷が瞬いた。
●
僅かに雲間から月が覗く。視界の端で瞬いたような明滅。それが空から落ちる人の影だったと気付いたのは、それが始まってからだった。いや、終わってからだろうか。
轟雷と暗雲が巻き起こる。夜が意思を持って嵐となったかのような狂乱の中で、異物に気付いていたのはただ一体だけだった。
人であった事など忘れたように慣れた腕を伸ばす。
「ああ死んでくれ」
「聞いちゃやれねえよ」
瞬間、暗雲を突き抜けた何かが飛び出し、傍の台地が凍り付いた。急速な冷却にアスファルトに亀裂が走り甲高い音が響いている。
白き醜悪な何か。それを背にした男が薄氷を張った地面を踏み砕いた。三色の彼岸花を髪に揺らす男が刃を振るう。
だが、その刃は男自身を切り開く。そう命じたはずだった。
「……っ」
「対策するに決まってんだろ」
その声は眼前の男のものではない。宙に黒く砕けた紙の人型の残滓を払った男を追うように銀髪の男が暗雲の中から姿を現し、さらに紙兵をその手から泳がせていた。それだけではなく、地面を小さく這う小さな竜も何かの力を行使している。
閃いた刃を地面を蹴り躱し、冷えた息を吐く。
冷えた息が幽かに揺れた。足音などは無く、胸の中心を背後から刃が穿ち抜いた。更にそれでも足りぬと、刃が引き抜かれた瞬間に爪を振るえば、その腕を雷を瞬かせる刃が貫く。
伸ばした腕の先に、黒い毛並みの男が睨んでいた。
「……従、っ」
男へと向けた爪先に痺れと共に軽い衝撃が走る。気を払う程の現象では無かったが、その男には劇的に効果をもたらした。
一瞬焦点を揺らし、追撃を許さぬと飛び込んできた翼持つ猫の爪が振るわれる隙に、刃を手早く引いて距離を取ったのだ。先ほどの電流が流し込んだ毒を払ったのか。そして、動かぬ片腕を確認する一瞬に、雷光が瞬く。嵐のそれではなく、刃のそれでもなく、赤毛の少女が放ったものだ。おそらく、眼前の男に与えられていたものと同じ、加護が周囲にふるまわれた。
「対策、か」
それは、静かに構える。
魔空回廊は破壊された。ケルベロスの手の中にある小剣によって。
ならば、それを奪い、繰り返すだけだ。
救済を。
●
「チッ」
ビルシャナの片腕を光が包んだ刹那にレスターが、炎熱を纏わせた鉄塊剣を振るう。
アルベルトとあかり、ボクスドラゴンのチビの補助を得た真幸と陣内の奇襲。長引かせるわけにいかない状況で、それを回復されたくはない。
付近は、すぐさま増援が来るわけではない。そういう道を選んだが、長引けば確実に囲まれる。
その風圧だけで壁を打ち壊せそうな剛力に振るわれた炎熱が熱波の円刃となりビルシャナへと奔る。
それが夜白みに炎の揺らぎを散らすのであれば、星のきらめきを散らしたのは、レスターの刃ではない。
「……邪魔だ」
冷えた空気に浸透させるように発した声の震えを飲み込んだノチユが、白焔を迎撃せんとしたビルシャナの腕を打ち払った。エアシューズに星空の煌めきを映し、地面を強く蹴り回る体をそのままに、踵落としのように振るわれた後ろ回し蹴りが咄嗟の防御を強かに打ち砕く。
直後、円刃が爆ぜた。
ビルシャナの体に着弾したそれは、
「グ……ァ」
「僕はお前らみたいなのが大っ嫌いだ」
膨らんで散った火炎が消える中で、頭に纏わる痛みを抑えながら低く吐き捨てる。
望むなら殺せと、望まぬなら死ねと。
脳内に響く自らの声を忌みながら、眼前の異形を睨む。思考を奪われるような、言葉が、存在が、自分の魂を食らっているような感覚。
それはビルシャナの権能によるものだろうが、ノチユは自覚していた。この頭痛がそれだけではない事に。僅かにその教義に純粋に同調せんとする自分がいる事への嫌悪だという事に。
「悲しむ事など、ありません。救いは傍にあるのですから」
敵であっても、戦場であっても、変わらずに振るわれた声はしかし、彼の憎悪を揺らす事は無い。
「お前らみたいな奴が死者と同じ場所になんて逝けると思うなよ」
銀の火炎を纏い、凍てる道を踏み砕く。
薄らと煌めいた夜の髪が揺れ、ノチユの細剣が傷を穿ち舞う。その瞬間、レスターはビルシャナを大地から奪い去った。
突貫。防御など考えない渾身の一振りがビルシャナを吹き飛ばしていたのだ。衝突した家屋を揺らし、壁を崩すビルシャナへとレスターは更に踏み込んでいく。
「欲せよ、さすれば叶えられん」
豪然と振るう大剣は、瓦礫を払いのけたビルシャナの腕に掴まれ、止まる。
紡がれる声。掴まれた刃はピクリとも動かない。それでも、彼は一言に猛る怒りを滲ませる。纏う火炎が、腕を伝い鉄塊剣を飲み込み。
「いらん」
巨大な火柱となってビルシャナを飲み込んだ。宙へと首を伸ばしたそれは、足元の標的を見定めると一つの牙となってレスターを諸共とばかりに地面に突き立つ。
「ダメ、ですね」
衝撃にビルシャナから引き剥がされたレスターの耳に、退屈そうな声色が響いた。
その声は、今の一撃がビルシャナを滅せてはいない事に対してではない、と何故か理解できた。
流星の瞬きを軌跡に残し、ウィルマが銀炎を払ったビルシャナへと蹴撃を放ち、同時にウイングキャット、ヘルキャットがその陰に隠すように尾の輪を擲っていた。
だが、眼前に振るわれた刃と弾丸をビルシャナは、即座に爪で弾く。
「っと」
「ちゃんと狙え」
ウィルマの声に返されたような言葉と共に、ビルシャナの頭上から巨大な何かが体を鷲掴み、地面へと押し潰す。
「……っ」
倒れ伏すことは無いが、しかし、身動きを封じられたビルシャナの赤い目が、銀色の瞬きを捉えた。
影の竜爪を召還した慶は、魔法発動の残滓が消えるのも待たずオウガメタルに自らを強化させて、ビルシャナへと肉薄する。強化の光が彼の後を追い瞬いて、それをビルシャナが捉えた瞬間に、慶の拳が届いていた。
「……っ、な、ぜっ」
衝撃が打ち抜いた胴体を抜け、空気を震わせる。相応の威力であったはずの攻撃にも竜の爪は獲物を逃がさない。全身のばねを伸ばし切り、渾身の一撃を放った慶へと紡がれんとした言葉は、しかし、白毛のウイングキャットが放ったリングに砕かれて、意味を為さず。
「これ、は、逃げられ、ないです、ね」
頭上に掲げた手を開きながらウィルマは、嘆息する。
数秒前、ダメだと告げた口が明確に、その存在を評していた。
「お前は良くない」
召喚された巨大な刃は、蒼く燃え盛り、ウィルマの手に握られ、ない。
握る必要すら感じていないように、彼女はその手を下す。その剣は重力に従い、その刃を地面へと向け。
「ならば、捧げよう」
断頭台の受刑者の如く、それは吠える。
「さあ! わ」
その声すら、刃が断ち切って虚空に消える。
蒼い刃が永久にその口を閉ざしたのだ。
●
「何故、か」
ハッと慶はビルシャナの声を唾棄するように笑う。
声が届かない事か、教義に共感しない事か、それとも、考えもしない事か。いずれにせよ彼が返す言葉は変わらないものだった。
「てめえが聞いてちゃ、形無しだろが」
僅かに息を整える。
「行こう」とアルベルトが告げた言葉に、ケルベロス達は事前に共有した経路を思い浮かべる。戦闘の最中に道をそれはしたが。
「予定からズレはしたが問題ないだろう」
アルベルトの言に皆が頷いて、走り出す。
背後では、混乱から立ち直りつつあるビルシャナ達が、追跡を始めたのだろう喧騒が聞こえる。
その肌に触れる怒りに、あかりは静かに振り返る。拠点を破壊されたビルシャナ達。彼らがケルベロスを追うのは、その報復とグラディウスの奪取の為なのだろう。
だが、そのどこかに教義に縋った元の彼らの悲しみにも聞こえる気がして、浮かんだ謝罪を瞬きに隠した。
敵地を踏み越え、ヘリオンの回収地点へとたどり着いた真幸は、遠目にみた風景の中に聳えていた半球が確かに消えている光景を見つめる。
「断ち、切れたか」
「ああ」
狂った教義が生む悲しみの連鎖を、手の中にある小剣が破ったのだ。
陣内がその言葉に頷く。
いつか、大事なものを失い、その回帰をねがったケルベロス達はいつかであれば求めていたかもしれない教義を、否定せしめたという事実を各々の胸に刻み。
「帰ろう」誰かが言う。
ケルベロス達は、ステルスを解いて地に降りたつヘリオンへと向かい、消えた教会に背を向けた。
作者:雨屋鳥 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2019年12月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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