決戦サクセス~セ・ラヴィ

作者:秋月きり

 屋上から見下ろす景色はいつもの学校の風景だった。
 何も変わらない。何も変わっていない。そのはずなのに。
「ああ。判った。貴女に従おう。サクセス」
 少年の言葉に、少女は満足げに頷く。手にしたダルマの目はモザイクに覆われ、未だ成就を意味する物の兆しは見えない。それがサクセスと呼ばれるドリームイーターの欠損。奪われた成功への標だった。
「そして愚民共に思い知らせてやる。生徒会の一員として一年間、ずっと学園生活を補佐してきたと言うのに、何も思わない馬鹿共が……ッ」
「あなたの向上心は、とても良いと思いますよぉ。自分勝手で、とても良い夢ですぅ」
 サクセスは笑う。彼が抱く鬱屈した想いも、高校生特有の純粋な夢も、至高の糧となる事を彼女は知っていた。そうやって、幾渡もドリームイーターを生んできたのだから。
(「本当に、鬱屈した良い夢ですよぅ」)
 そして、それが彼の望みとは全く異なる物である事も知っていた。
「ああ、貴女だけが僕を必要としてくれた。それだけで僕は充分だ」
 自身の心臓に鍵を差し込まれるその瞬間まで、麻尾・キリカは瞬き一つせず、サクセスを見つめ続けていた。
 刹那、その身体がドサリと崩れ落ちる。
 そして、鍵穴から噴出した靄と共にドリームイーターが産み落とされた。それは、彼に良く似た只の少年の姿をしていた。
「成る程ぉ。欠損はやっぱり『望み』なんですねぇ」
 モザイクに覆われた頭部を見ながら、サクセスは得心したと頷く。
 対するドリームイーターは主に笑顔を向ける。目は細められ、何処か泣き顔にすら見える笑顔であった。

「少年の名は麻尾・キリカ。9月の任期満了まで、生徒会副会長として活躍していたわ」
 リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)の言葉にクリームヒルト・フィムブルヴェト(輝盾の空中要塞騎士・e24545)は「で、ありますか」と相槌を打つ。
 受験の想いを利用してサクセスが暗躍するに違いない。
 クリームヒルトの危惧は、想像通りの形で実を結んでしまった様だ。
「学校推薦に選ばれなかった。それだけの事だけど、彼にとっては自身の全てを否定されたように思えた。そう言う事でしょうね。その鬱屈した思いがサクセスに利用されてしまったみたいなの」
 弱り切った心は、誰かに必要とされた事で昇華を果たす。それがサクセスの糧となるだけであっても、今の彼はそれを是と考えてしまっている様子だ。
「これにはそもそもの彼のレゾンデートル――今までの境遇にも影響している様ね」
 誰かに必要とされたいから必要とされる立場に立つ。
 生徒会副会長としての活動理由もそうだったのだろう。それ自体は否定される物ではない。物ではないが。
「囚われてしまったでありますね」
「ええ。そして、その思いをサクセスがドリームイーターにしてしまった」
 このまま、ドリームイーターを放置すれば、悲劇が起きる事は火を見るより明らかだ。
「ただ、強力な分、制御が難しいとサクセス自身も感じているようね。自分が離脱すれば彼は――彼から発生したドリームイーターは『見捨てられた』と認識してしまう。そうすれば、ドリームイーターは弱体化しちゃうし、だから、サクセスも事件現場から遠ざかる事が出来ないようなの」
 故に、これはサクセス撃破のチャンスでもあった。万が一のこの勝機を失うわけに行かない。
 ここでサクセスを撃破出来れば、学園ドリームイーターの事件を解決に導く一翼を担う事が出来るだろう。
「戦闘になれば、二者はコンビで戦うわ。ドリームイーターがクラッシャー。サクセスがメディックを担うようね」
 真っ向から彼女らにぶつかれば、苦戦は必至だろう。
 そう。真っ向勝負であるのならば。
「みんなが現場に到着するのは、サクセスがキリカくんからドリームイーターを生もうとするその瞬間になるわ」
 一言二言であれば、声を掛ける暇はある。その言葉で彼の興味を引く事が出来れば、更なる会話を望めるかも知れない。
「その会話の中で鬱屈した想いを昇華することが出来れば、万が一ドリームイーターを生み出されても、かなり弱体化しているわ」
 ただし、煽ったり、彼自身やその周囲――彼に関わった者々を否定するような説得は逆効果になるだろう。
 また、説得の最中、サクセスが彼を放置している筈がない。もしも説得を行うならば、彼女を牽制する役目も必要になるだろう。
「それも、複数人ね」
 無論、真っ向から二人にぶつかる事も可能だ。その場合は、先の説明通り、ドリームイーターが倒されない限り、サクセスはその場に居続けなければならない。逆を言えば、ドリームイーターが倒されれば、彼女は即座に逃亡を選択するだろう。
「つまり、ドリームイーターを残しつつ、サクセスを討つことが大事、と言うわけでありますか」
 むむとクリームヒルトは呻く。言うのは簡単、行うのは難し、と言った処だろう。事前の説得でドリームイーターが何処まで弱体化するかは不明だが、それでも、強敵と呼べるドリームイーターと、その配下との対峙となるのだ。心して掛かる必要がありそうだ。
「今まで沢山の事件を起こしてきたサクセスを討ち取る勝機よ。謂わば、此処が正念場ね」
 サクセスを討つ事が出来れば、学園ドリームイーターの事件も解決へと近付く。だから、頑張ってきて欲しいとリーシャはケルベロス達を激励する。
「それじゃ、いってらっしゃい。……みんなの武運を祈っているわ」
 それは、いつもの言葉と共に。


参加者
ムギ・マキシマム(赤鬼・e01182)
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)
エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)
クリームヒルト・フィムブルヴェト(輝盾の空中要塞騎士・e24545)
野々宮・くるる(紅葉舞・e38038)
死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)
ガートルード・コロネーション(コロネじゃないもん・e45615)
ジークリット・ヴォルフガング(人狼の傭兵騎士・e63164)

■リプレイ

●認めてくれなかった世界へ捧ぐ歌
「馬鹿共が……ッ」
「あなたの向上心は、とても良いと思いますよぉ。自分勝手で、とても良い夢ですぅ」
 少年――麻尾・キリカから零れた呪詛に、サクセスが浮かべたのは満面の笑みであった。
 誰も認めてくれない。誰も肯定してくれない。それは彼を取り巻く世界の、その中でもとりわけ醜悪な一端に過ぎない物だった。だが、少年はそれを全てと思い込んでいる。思い込まなければ、自尊心を保てない事も、彼女は理解していた。
 それでいいと、サクセスは嘲笑う。その思いこそが欠損ならば、どれだけ質の良いドリームイーターが生まれるだろうか。
 彼から同族を産み落とす為、鍵を取り出す。それを突き刺し、鍵を捻ればそれが為される。生み出されたドリームイーターは学園の人々を食い漁り、更に巨大な怪物へと化していくだろう。そして、無数のドリームエナジーとグラビティ・チェインを喰らった彼は自身の配下として大成するのだ。
 それはとても素晴らしく、とても甘美な物の様に思えた。
 そして、サクセスはそれを行うべく、手を伸ばす。
 ――それが起きたのは、その刹那であった。
「待つでありますよ!」
 上空からの掛け声に、サクセスとキリカ、二者にして身構えてしまう。声の主は金色の光放つ翼の持ち主――戦乙女の姿をしていた。
「そう悲観した物ではないぞ、少年」
 空に目を奪われれば、妨害者はそれだけでは無いと異なる声が告げる。
 横合いのそれは、出入り口を開け放ちつつ、紡がれる。凜々しくも猛々しい声は、しかし、優しく響いていた。
 それぞれ、クリームヒルト・フィムブルヴェト(輝盾の空中要塞騎士・e24545)、そしてジークリット・ヴォルフガング(人狼の傭兵騎士・e63164)の呼び声であった。
「「ケルベロスッ」」
 片や憎悪に、片や驚愕に染まるそれは、彼女らの呼び名であった。
 地獄の番犬。死を刻む牙を持つ猟犬。神々への反逆者! ――即ち、敵だ!!
「妨害に来ましたよ。サクセス」
 憎々しげな視線に応じ、ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)がにこりと笑う。
「さぁ、とことん遣り合おうか」
 追随するムギ・マキシマム(赤鬼・e01182)の台詞に、サクセスは忌々しげな舌打ちを放った。

 突如現れた8人と1体のケルベロスを前に、サクセスは己が得物の達磨を抱きしめる。
 ケルベロス達との刹那の応酬は、危機感を彼女に抱かせるに充分だった。
 既にキリカとの彼我の距離は開けられ、その間にケルベロス達が割り込んでいる。
「でもぉ――」
 達磨からモザイクと化した腕を伸ばし、サクセスは鼻で笑う。
 距離も、身体を盾とすることに意味は無い。
(「貴方たちの好きに出来ると思ったら大間違いですよぅ」)
 既に彼は囚われてしまっている。それを崩すのは、容易い事ではないのだ。
「えげつない……。本当にえげつない……」
 死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)の呟きは、それを知ってか知らずか。――否、理解出来ない理由は無い。ケルベロス達がそこまで愚鈍な筈もなかった。
「サクセスさん、ここで貴女の凶行を止めてみせるわよ」
 野々宮・くるる(紅葉舞・e38038)が紡ぐ敵意の視線は、彼女にのみ向けられている。
 ――それ以上の敵意は不要、とばかりに。
「寒天ちゃん。頑張ろう!」
「麻尾さんを助けます!」
 エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)の言葉にガートルード・コロネーション(コロネじゃないもん・e45615)が是と叫ぶ。
 ああ、と思う。理解してしまう。
 こいつらは麻尾・キリカを救おうとしている。その上で自分を倒そうとしているのだ。
 愚鈍とは言うまい。お人好し――或いは、目の前の現実を受け止めきれない甘ちゃんと言った処か。
「出来る物なら、やってみると良いですよぅ」
 嗤う声は、悪意の色によって形成されていた。

●『貴方が必要よ』と、彼女は言った。
 モザイクで形成された腕が伸びる。達磨の右目から伸びたそれは鞭の如くしなり、立ち塞がるクリームヒルトを直撃する。
「――ぐっ」
(「重い、であります!」)
 5つのタワーシールドに痺れを残しながら、それでも取り落とす迄に至らなかったのは、ディフェンダーとしての矜持であった。
 流石はサクセス、学園ドリームイーター事件の首魁による戦闘能力であった。グラビティの威力は戦闘種族と謳うドラゴンやエインヘリアルらにすら遜色ないように思えた。
「妨害しに来た。そう言いましたねぇ。ケルベロスのみなさん?」
 達磨から伸びたモザイクの触手はクリームヒルトのみならず、幾多のプロテクターを纏うムギをも侵蝕していく。
「ああ。我が筋肉に不可能は無し、だ!」
「その向上心、嫌いではないですよぅ」
 彼が纏う鋼の筋肉を抉り、サクセスは蕩々と微笑う。
 飛来する無人ドローン、そして散布されるオウガ粒子。
 勝つ為の努力を向上心の為すものと言うならば、彼らの努力はなんと美しく、心地よい物か。それは自身にはない――既に失われてしまった物だ。
 ならば、そこから奪うドリームエナジーも、グラビティ・チェインを、極上の物となるだろう。きっと、そうに違いない。

「ああ、サクセス……」
 キリカの指が虚空を撫でる。伸ばした手を、しかし、今は誰も掴もうとしない。
 確かにあの瞬間、彼女はキリカに何かを為そうとしていた。『自分を必要』と言った彼女が行おうとした何かは、だが、それが為されないまま、自身は妨害者達の手に委ねられてしまっていた。
「キリカさん。聞いて下さい。貴方の望む道は――サクセスの示す道は、人間を辞める道よ」
 くるるの言葉に、キリカは目を剥く。
「そんなこと――」
 理解していた。判っていた。否、そんな生易しい物ではない。
 そのことすら、望んでいた――。
「何故? 学校推薦を受けられなかったから?」
 エヴァリーナの問いに、しかし、キリカの応答は睨眼であった。浮かぶその色は、疑問。
「どうして……?」
(「――ッ!」)
 あくまで部外者である自身らが込み入った事情を知る理由はない。ヘリオライダーの存在を告げれば何故それを知るかを明かす事も出来るだろう。だが、それは――。
(「その意味は無いですよね」)
 ミリムは首を振り、浮かび上がった思考を消去する。
 今、彼が求めている物は学校推薦を得られなかった理由ではない。その程度の失望であれば、サクセスに囚われる物か。
(「自分は必要とされていない、ですか……」)
 彼を占めている物は、自身への否定だ。それが深い闇と化し、彼を蝕んでいる。
 ならば、自分達の役割はただ一つ。
 それを取り除く事のみ、だ。
「なぁ。少年。お前は誰かの為にあり続けたい。そう信じて来たのでは無いのか?」
 ジークリットの言葉は優しく紡がれる。
「そうですよね。でも……」
 ドリームイーターに、デウスエクスになってしまえば、そんな『誰か』も貴方から離れて行ってしまう。
 切に訴えるガートルードの言葉は悲哀に満ちていた。
 思えば、自身の大切な人達は全て、デウスエクスに奪われている。このままではキリカもその一人になってしまう。何より、サクセスを放置する事は、彼女による悲しい犠牲者を増やす事と同義だ。
「貴方の本当の『望み』とは、そんな、安い思いなのですか?」
「――ッ?!」
 刃蓙理の言葉に、キリカは応じる事が出来ない。
 それこそが、答えだった。
「もういいです。もういいですよぅ」
 サクセスから零れた言葉は、苛立ちに彩られていた。
 刹那、彼女から投擲された鍵がキリカに突き刺さる。モザイクの触手に阻まれたムギもクリームヒルトも、それを妨害する事は出来なかった。
「貴方たちの言葉に意味はありません。さぁ、キリカ。貴方の向上心を見せる時ですぅ」
 彼女の言葉に誘導されるよう、キリカの身体がバタリと倒れる。
 モザイクに染まる煙から『彼』が出現するのは、それと同時であった。

●決戦、夢喰い・サクセス
 それは、ヘリオライダーの視た通りであった。
 それは、彼らの知る通りであった。
「――ドリームイーター……ッ?!」
 麻尾・キリカ少年から出現したそれが象った物は、確かに少年の不安と怒りそのものを示しているのだろう。彼と同じ十代半ばの少年の姿をしていた。
 否、それは麻尾・キリカ少年そのものと言っても過言ではないだろう。
 モザイクに包まれた頭部は彼の望みが――誰かに肯定されたい望みが奪われてしまっている事を示しているのか。
 だが。
「あ、貴方たち……」
 より一層憎々しげに、サクセスが言葉を紡ぐ。
 今、見ている現実が、己の知るそれと乖離している事を、その目は物語っていた。
「何をしたのですか……ッ!」
「何をしたと、言うつもりですか……?」
 疑問を刃蓙理が真正面から受け流す。
「ケルベロスッ!!」
 叫びと共に叩き付けられたそれは、純粋な怒りだった。サクセスから伸びた触手はしかし、割って入ったフリズスキャールヴの得物――バアルの様な何かによって阻まれ、叩き落とされていく。
「思い出して貰っただけだよ」
 エヴァリーナが満足げな笑みを浮かべる。
 キリカの絶望は、彼の思い込みだ。そして、そこには多々、入り込む余地があった。
 何より彼は――。
「頑張りは無駄じゃない。この世界は努力が報われない世界なんかじゃない――」
 だからもう、彼は大丈夫だとくるるは微笑する。彼の心には多くの『誰か』が住んでいた。絶望はしても、そこから立ち直れる強さを彼は持っている。
 目の前のドリームイーターが弱体化しているのが、その証拠だ。
「サクセスーッ!!」
 負けじとガートルードも敵の名を叫ぶ。
 キリカを助ける事は出来た。後はドリームイーターを倒し、そして、彼女を撃破するのみだ。
「覚悟して下さい!!」
「貴様の甘言は打ち砕かせて貰ったぞ!」
 ミリムとジークリットの宣言が、サクセスの前に立ち塞がっていた。

「大丈夫でありますか?」
 猛攻。
 サクセスとドリームイーター、二者による攻撃を端的に表すならば、その一言に尽きた。
 ドリームイーターの飛ばすモザイク片と、サクセスの伸ばすモザイクの触手は、ケルベロス達を苦しめていく。
 二者による攻撃の顕著な被害者を語るとすれば、盾役を担ったムギとクリームヒルト、そしてフリズスキャールヴの二名と一体であった。梳られ、その身体は既に朱に染まっている。
「サクセスは強ぇ、それは当然だ」
 先も思い浮かべた台詞を、ムギは反芻する。
 暗躍していた学園ドリームイーターの首魁の一員。雑魚とは言えない彼女には更に、その身辺警護としてドリームイーターが一体、付いているのだ。
 いくら弱体化しようとも、デウスエクスの端くれであるそれが付き従う以上、並の戦闘程度と同一視する事など出来ない事は最初から承知していた。
 だから弱音を吐くつもりは無かった。
 全ては理解していた事だ。
「彼奴は、ここでボク達が討伐するであります!」
「さあ終わらせよう、烈火の如く燃え上がれ我が心臓! 筋肉全開!! 貫けぇぇえええ!!!」
 盾を構える戦乙女と、己が肉体を誇示する青年の叫びが、学園の屋上に響き渡っていく。

●それが人生
「ここで、貴方たちの凶行を止めてみせるわよ」
 くるるの蹴りがサクセスの肌を焼く。
 火傷と裂傷に身体を焦がし、しかし、サクセスは己が得物であるモザイクの触手を振るう。
「キリカ!」
 配下の飛ばすモザイク片は、手裏剣の如く。
 無数の小刀が突き刺さるが如く、くるるを強襲する。
「――ッ!」
「すぐ治すよ。――聖者の癒やす教えを授けます」
「任せて!」
 だが、負った傷はその傍から、ミリムの紋章術とエヴァリーナの緊急手術によって癒やされていく。畳み掛けるようとする追撃もまた――。
「それがお前の力か? だが……それだけか! その力ごと……斬り伏せる!」
「風よ……惑わす甘言を打ち払え! 烈風!」
 ガートルードの爪が、ジークリットの巻き上げる真空の刃が、夢喰い達の追随を許さない。触手はあらぬ方向に逸らされ、モザイク片は壁や床を切り裂くに留まる。
 コンクリート製の床や壁を砕くそれはあくまでも強力に。しかし、それが当たらなければ意味は成さない。
 そう。如何に暗躍しようと、追い詰められていく現在の様に。
「このっ、なんで、なんでですかぁ!」
 何処で自分は道を誤ったのだろう。何処で自分達は道を誤ったのだろうか。
 サクセスの叫びに応えはない。産み落とされたばかりの配下にその知能はなく、そして敵であるケルベロス達が答えを持ち合わせる意味は無い。
 だからこの叫びは、何も残さない只の呻きに過ぎないのだ。
「活性化せよ筋肉、不屈の意思を持って立ち上がれ!」
「まだ倒れるには早いであります! 光よ!」
 モザイク片が突き刺さる。
 モザイクの殴打が敵を吹き飛ばす。
 皮膚を割き、骨を砕き、血をしぶき。しかしそれでも、己が身を盾と立ち塞がるムギとクリームヒルトは倒れない。
 自身のグラビティで身体を癒やし、身を穿つ痛みを拭いながら、叫ぶは事件の終局であった。
 即ち、サクセスが倒れる事を――。
「邪魔を、しないで下さい、なのですよっ!」
 倒れない理由など無い筈だ。幾多の攻撃がケルベロス達を捉えている。気力を刈り取るには充分なほどの攻撃が、彼らを蝕んでいる筈だ。
 それなのに彼奴らは倒れない。自身を倒すのが最優先とばかりに、痛みを凌駕した咆哮を上げ、襲いかかってくる。
「邪魔をしに来たと、言いました……」
 ここで完全決着をつけるべく、刃蓙理が巨大な泥塊を召喚。サクセスに叩き付けるべく腕を振るう。
「降り注げ、災い……DeadStar」
 それは死の星だった。それは落涙にも似ていた。
 落墜した死の星はドリームイーターを飲み込むと、巨大な爆弾よろしく、爆ぜ、質量と衝撃で彼女の身体を圧壊していく。
「終わりだ、サクセスッ!」
 そして、振り下ろす斬霊刀が、夢喰いの最期を紡ぐ。
 袈裟掛けに振り下ろされた斬撃は風の刃を纏い、サクセスの肩口を、そして脇腹までもを切り裂いていく。途中、盾と突き出された達磨は砕かれ、モザイクに染まる瞳ごと、断ち切られていた。
 学園を暗躍し、学生らを誑かしていた夢喰いの最期は、そんなあっけないほど簡単に訪れていく。
「……そんな、ですよ……」
 呻き声もそのまま。
 そんな断末魔を残し、サクセスの身体は光に弾け、消失していく。
「――それも、人生、でありますよ」
 ままならないことも。思い通りにならないことも。
 そして、多くの祝福が残されていることも。

 光に消えていく侵略者の姿を見送りながら。
 ぽつりと零した言葉に、仲間達の歓声が重なり、広がっていった。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年12月16日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 3/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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