綺麗に洗って。ゆるーく愛して。

作者:秋月きり

 深夜。草木も眠る丑三つ時。
 廃棄家電の山で、蠢くコギトエルゴスムがあった。蜘蛛のように広げた機械の脚で地を進み、山を登り、這いずり回る。山を変え、品を変え、延々と行う様は、まるで廃棄家電を物色している様にも見えた。
 そして、蜘蛛の脚がピタリと止まる。
 一呼吸の後、蜘蛛脚のコギトエルゴスムが潜り込んだ先は――打ち棄てられた卓上型食洗機であった。

「ショ・ク・セ・ン・キー!」
 早朝になり、それは産声を上げる。
 胴体から生えた無数の脚は、先の蜘蛛を想起させ、パカパカと開くスライドドアはまるで口のように動いていた。
「な、なんだ?! うわぁぁぁ?!」
 最初の犠牲者は、廃棄場を見回りに来た作業員だった。
 巨大に開いた口に飲み込まれ、洗われ、灼かれ、吐き出される。一人だけでは無い。廃棄場に勤める職員、事務員、そして、道行く通行人が飲み込まれ、洗われていく。
 吐き出された遺体には、何も残されていなかった。
「ショ・ク・セ・ン・キー!」
 魂――コギトエルゴスムすら奪われ、洗い流されていた。

 山梨県の山奥にあるリサイクル工場にダモクレスが現れる。正確に言えばリサイクル工場に併設された家電の廃棄場にであった。
「……と言うのが、私の視た未来予知の内容」
 リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)の言葉に、神妙に頷くのはヘリポートに集ったケルベロス達だ。
 ダモクレスのコギトエルゴスムは廃棄されていた卓上食洗機を選択したようだ。その中に張り込み、作り替え、自身の身体へと変貌させる。
 そうして生まれたダモクレスが人々を襲うと言う。
 今は未だ未来予知の段階の為、犠牲者などの被害は出ていないが、このまま放置すればその未来は必然となってしまうだろう。
「だから、みんなにダモクレスを倒してきて欲しいの」
 犠牲者を生まない為に、コギトエルゴスムを奪わせない為に。
 倒すべきは生まれ出でようとするダモクレスであった。
「それで、食洗機型のダモクレスだけど、巨大化した卓上型食洗機に機械の手足――触手が生えた物だと思って貰えば良いわ」
 口を開いて熱湯や熱風を吹き付ける、或いは飲み込んで洗浄するのが主な攻撃となる。全て一般人ならばひとたまりも無いが、ケルベロスの皆であればダメージを受ける程度で何とかなるだろう。
「まぁ、何れも凄く痛いし、ダメージが蓄積すればその『ひとたまりもない』の範疇になっちゃうから、回復とか、受けない為の手段とか大切だけど」
 敵はその一体のみ。その戦力は中の上と言った処だ。油断さえしなければ勝てない相手ではないだろう。
「それと、ダモクレスは食洗機であると言う特性には引っ張られているみたいなの」
 攻撃は汚れが酷い物を優先する傾向にあるようだ。これは怪我による汚れも含まれるので、注意が必要だ。
「元々は人々の役に立つ為の家電。だから、人々を襲う事なんて食洗機自身は望んでいないはずよ」
 だから、倒して欲しい。凶行を止めて欲しいと、リーシャは告げる。
「それじゃ、いってらっしゃい」
 願いは、いつもの言葉と共に紡がれた。


参加者
神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
天司・桜子(桜花絢爛・e20368)
香月・渚(群青聖女・e35380)
ルカ・ラトラス(幼き研究者・e67715)
フレデリ・アルフォンス(ウィッチ甲冑ドクター騎士・e69627)
オルティア・レオガルデ(遠方の風・e85433)

■リプレイ

●食器洗い乾燥機VS地獄の猟犬
 時間にして深夜を幾分にも経過した頃合い。後数刻もすれば東の空は白染み始めるその頃、それは声高に吼えていた。
「ショ・ク・セ・ン・キー!」
 卓上型乾燥機付き食器洗い洗浄機――いわゆる食洗機は目覚めた獣の如く吼える。
 自身が手に入れた自由に。自身を棄てた世間に復讐を。自身の憤りを、勲を世に知らしめる為に。
 だが、それを示すには未だ早い。夜明けに程遠い今現在、ここに存在するのはただ、世に吼える食洗機のみ。此処に人の気配などありはしなかった。
 ――只の例外を除いて。
「食洗機か。うちの家主はグータラな癖に、全然買おうとしないんだよな」
 ざっと砂利を踏む足音を残し、フレデリ・アルフォンス(ウィッチ甲冑ドクター騎士・e69627)はぽつりと台詞を零す。
 その整った顔立ちが夜闇に浮かぶのは、彼が地面に落とした光源に寄るものだ。月明かりすら乏しい暗夜の中、散乱した光の球が、淡い光で周囲の瓦礫を照らしている。
「あったらとっても便利な家電なのだけど」
 と、唸るのは天司・桜子(桜花絢爛・e20368)であった。額に携えたヘッドライトは薄緋色の視線と共にダモクレスを照らしている。そこに浮かぶ色は憂いか、それとも敵愾心か。
「へぇ。食洗機は便利なのですか……」
 二人の言葉を受け、ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)がむむっと唸る。実は手洗い派の彼女。此度は囮役と性能を吟味する為、袋一杯の汚れ物を持参している。洗い残した食器達が綺麗になるのか、それとも砕け散ってしまうのか、それは未だ判らない――。
(「知れば知るほど、楽々な機械です……」)
 食洗機を前に、はふぅと溜め息を零すのはオルティア・レオガルデ(遠方の風・e85433)であった。目覚めたばかりのセントールにとって、この世界は多種多様で刺激的過ぎた。家事の中でも一、二を争う重労働の食器洗いを肩代わりしてくれるなんて、なんて素晴らしい機械だろう! 魔力や純粋な力に劣ろうとも、地球人の技術力は並のデウスエクスを遙かに凌駕している――と、この時ばかりは思ってしまうのだ。
 ああ、自分も食洗機を買ってしまおうか。でも、そんな頼り過ぎちゃったら駄目になっちゃう――。
「機械本来の執念を感じられるが、俺たちも洗われてばかりでは居られないぞ」
 そんなオルティアの葛藤を余所に、ルカ・ラトラス(幼き研究者・e67715)はにぃっと笑い、得物である攻性植物を抜き出す。
 ダモクレスとしての想いも、廃棄された家電としての想いも色々あるだろう。
 だが、これから起きる惨劇を許すつもりはない。
 その為に自分達は此処に集ったのだ。
 ルカの言葉を皮切りに、8人のケルベロス、そして3体のサーヴァント達は一斉に食洗機へと歩を進める。
 今、まさに、戦いの火蓋は切って落とされたのだ。

●食洗機は夜に哭く
「ショ・ク・セ・ン・キー!」
 戦歌は刹那に。
 己の組成を組み替え、無数の蜘蛛脚を生やした食洗機は、巨大な咆哮を上げる。
 如何に生み出されたばかりのデウスエクスとは言え、否、だからこそ、生存本能は強い。
 それは本能的に悟っていた。此処に現れた存在はグラビティ・チェインを伴った餌ではない。敵だ、と。
「行くですよ。プライド・ワン」
 地を這うように駆け抜ける機理原・真理(フォートレスガール・e08508)は、己が半身――プライド・ワンに語り掛ける。
 繰り出されるは炎を纏ったライドキャリバーの吶喊。そして、広がる黄金色の光であった。
「ショ・ク・セ・ン?!」
「よそ見している暇は無いぞ!」
 躊躇の暇を与えること無く、叩き付けられた第二陣は氷結の鉄槌を以て。
 神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)による蒼き錨鎚の一撃であった。砕かれひしゃげ、ダモクレスから零れた悲鳴は驚愕にも苦痛の色にも彩られているように見受けられた。
 それに続くのはラグナルによる体当たりだ。ボクスドラゴンによる渾身の体当たりは、ぐしゃりと食洗機の筐体をも、歪ませる。
 だが、ダモクレスもまた恐慌状態に陥る暇を持ち合わせていない。
 巨大に開かれた口――スライドドアの顎を限界まで開くと、ドラゴンの息吹よろしく、熱波を放つ――それよりも早く。
「おっと。やらせないよ」
 ケルベロス達を鎖色の煌めきが覆い尽くす。
 フレデリの紡いだメタルチェインの魔法陣によって、吹き荒れた熱波の衝撃は散らされていき。
「これはどうでしょう!?」
 開ききったその口に投げ込まれたのは、組み付いたミリムが流し込んだ袋の中の汚物――無数の食器達だった。
 油汚れ、茶渋、食べ残し。無数の汚れが浮き立つその食器達を食洗機に飲み込ませたミリムは、組み付きそのまま、その口を無理矢理閉じさせる。
 ――恐るべきは、その一連の行動だった。全て『組み付き』と言うグラビティの範疇なのだ。
 ちなみに、小一時間の後、ペッと吐き出された食器達はとても輝いていた。
「――ふむ」
「ショ・ク・セ・ン・キ!」
 そこに誇らしげな輝きが宿ったか否か、誰にも判断出来なかったけども。
「桜の花々よ、紅き炎となりて、かの者を焼き尽くせ」
 追い打ちの詠唱は桜子から紡がれる。
 冬に似つかわしくない柔らかな桜吹雪はしかし、刹那の時を以て紅蓮の業火へと転じる。
 灼かれ切り裂かれ、ダモクレスの機体から焦げた臭いが立ちこめ始めた。
「さぁ、皆。元気を出すんだよ!」
 生き生きとした歌声は香月・渚(群青聖女・e35380)が紡ぐもの。破邪の効力を持つ歌声を紡いだ天使は、ぱちりとポージングの後に手袋に包まれた手を鳴らす。
「行くよドラちゃん。サポートは任せたからね!」
 主の声に、ドラちゃんの応えは鳴き声では無く、雷光輝く息吹であった。空気と灼き、闇を切り裂き、そしてダモクレスをも死傷する。
 浮かぶ笑顔は、主の呼びかけに満足に応じた自負故だろうか。
「俺の研究の産物……それがこの黒薔薇だ、食らえー!」
 負けじと叫ぶルカの掌で、黒薔薇――当然、攻性植物だ――が急成長。茨の鞭と化してダモクレスを縛り上げる。
「い、行きます!」
 追い打ちはオルティアの流星纏う蹴りだった。
 セントールの剛脚に蹴飛ばされ、食洗機の身体が宙を舞う。2メートルを超える巨体が空を飛ぶ様は、交通事故さながらの光景であった。
「や、やり過ぎちゃった?」
「ショ・ショ・ク・セン・キィィィィ!!」
 哀れと見守るケルベロス達の前で、ダモクレスはおなじみとなりかけた咆哮を口にする。

●綺麗に洗って
 ガシガシと洗われ、ぽいっと吐き捨てられる。如何にケルベロスの体力が強靱とは言え、二度も三度も繰り返したい物ではない。
 だが、それでも、晟は己が身体を盾にと食洗機に差し出す。
 汚れ物があり続ける限り、そこに食洗機が尽力するのは道理。
 まして、それが食事汚れ――カレー塗れのドラゴニアンならば、手加減する道理など無いのだ!

「……って、そのナレーションは可笑しいだろう!」
 攻性植物の茨で食洗機を縛り上げながら、ルカから零れたそれは、思わずと口走ってしまったツッコミであった。
 汚れた獲物を優先する敵を引きつける為、汚れながら戦う。それは判る。
 ゴミ捨て場とは言え、舗装もされていない剥き出しの土地だ。食洗機から無数に沸き立つ水流を考えれば、泥汚れを用意するのは造作も無い。その理屈も正しい。
 なのに、何故。
(「――カレーなんだろう?」)
「食洗機である以上、食べ物の汚れの方が、……なのです」
 独白に応えたのはプライド・ワンに跨がった真理だ。ライドキャリバーの機動力を生かし、縦横無尽に駆け巡りながら戦う彼女もまた、その身体は無傷と言い難い。
 髪は額に張り付き、それでも流れる幾房からは水滴が零れていた。薄手の服は身体に張り付き、艶めかしい曲線を描いている。
「さ、寒い……」
 フレデリの言葉は、震える歯根を噛みしめながら、それでもその隙間から零れた物であった。
 如何に動き回っているとは言え、季節は既に冬。それも深夜とも早朝とも付かない時間である。濡れれば体温が奪われる。体温が奪われれば当然寒い。凍えそうと言うよりも凍り付きそうな気候の中、それでも唇を真っ青に染めるだけに済んでいるのは、ケルベロスならではだろう。
「カ・ン・ソ・ウ・シ・マース!!」
「け、結構です?!」
 フレデリの声が届いたのか、それとも別の意図があるのか。
 食洗機から吹き荒れる熱波に、悲鳴を上げたのはオルティアだ。ちりちりと服を、体表を、髪を灼かれる熱の舌は、乾燥と言うよりも焼却に近い。
 だが、それでも負けるつもりはない。
 まして、今、まさに敵は大技を繰り出したところ。隙だらけの今を逃す手は無かった。
「機に立つ術にて吹き荒び。気を断つ術にて凪を呼ぶ。一過で残るは如何程か、見える程にも遺るか否か。――言って解らないなら、退け!」
 追い風が自身の背を推す。荒々しい双剣の突きが、蹴撃が、食洗機を抉っていく。
 技とは呼べない暴力の嵐が吹き荒れた後、そこに立つダモクレスは――壊れた悲鳴を零していた。
「ショ・ショク・セ・ン……」
「毒を注入してしまえー!」
 千載一遇の勝機とばかり、追い打ちを掛けるのはルカの攻性植物。そして。
「洗った後は、しっかり乾かさないとね、こんな風にね!」
 渚の炎纏う蹴りが食洗機の機体を跳ね上げる。只の食洗機であれば毒も炎も意味があるとは思えなかったが、そこはグラビティの毒と炎。デウスエクスには不利益として働く。
 まして――。
「砕き刻むは我が雷刃。雷鳴と共にその肉叢を穿たん!」
「このハンマーで、叩き潰してあげるよー!」
 晟の生み出す蒼雷を、桜子の殴打を受け、無事でいようはずもない。
 砕かれ、瓦礫の山に叩き付けられ、それでも戦いを継続すべしと蜘蛛脚を伸ばす。
「ショ、ショ・ク・セン・キィィィィッ!」
 己を奮い立たせるその言葉はしかし、末期の叫びと相成っていた。
「眼を見開きとくとご覧あれ! 刹那のショーを!」
 ミリムの描く紋章は奇術師の容姿を描き出す。それが繰り出すマジックは、未曾有のスペクタクル! 幻想的で、そして刺激的な終焉を飾りゆく。
「後悔するなよ」
 最期を飾ったのは、フレデリの一刀だった。
 二つに分かたれた食洗機は、もはや何も言葉を発しない。
 ただ、暗夜に何処か煌めきを残し、果てていった。

●ゆるーく愛して
 朝日がケルベロス達を照らしていく。
 それは勝利を祝福するかのように柔らかく、温かく、そして、神々しく映る。
「……ピカピカになっちゃいましたね」
 あははとミリムが笑えば、ぷぷっと桜子と渚が噴き出す。
 戦闘が終わってみれば、そこに残された8人とサーヴァントは食洗機の効果か、まるでひとっ風呂浴びたかのように綺麗になっていた。
 くんくんと自身を嗅ぐ晟の姿もあったが、そこは一安心。カレーの臭いが漂うことは決してない。
「ああ、だめ。欲しくなっちゃう……」
 身悶えするオルティアの気持ちも分からないでもない。
 流石に、先程まで対峙していた食洗機は、ダモクレス化したからこその洗浄力だろう。
 だがしかし、潜在力に賭けたくなる気持ちも、判らないでも無かった。
「……ところで、何処までヒールすれば良いんだ、ここ?」
「廃品置き場だからな。ヒールして使えるようになれば、それはそれで困るだろう」
 首を傾げるルカに、フレデリがカカッと笑う。
「……どの製品も、使われていって、そして、此処に眠るのです」
 それが愛された家電の末路であれば、とても幸せな物だろうと、真理は頷く。
 無論、此処に眠る全ての家電がそんな幸せな最期を迎えたとは思っていない。
 それでも、そんな終わりを迎えた物が沢山あれば。
(「そう思うのは、そう願うのは、悪い事じゃないよね」)
 祈りは、朝日の中に消えていく――。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年12月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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