蜜姫の誕生日~ベジタブル☆パーティー

作者:地斬理々亜

●日常の一コマ
 その日、小野寺・蜜姫(シングフォーザムーン・en0025)は、商店街で買い物を済ませ、帰路につこうとしていた。
「あら?」
 その視線が、ある一点で止まる。
 そこは、八百屋の店先。店主が、苦しげな表情でうずくまっていた。
「どうしたの!?」
 即座に蜜姫は駆け寄る。
「お、重い物を持ち上げたら……腰が……」
 店主のおじさんは、そう答えた。
「……そう」
 蜜姫は息を吐き出す。おじさんの不注意にあきれたのか……はたまた、命に別状がなかったことへの安堵ゆえかは、彼女にしか分からない。
 それから蜜姫は、迫力のある声でこう言った。
「あたしの歌を聴かせてあげるわ。感謝するのよ!」
 かくして、ヒールの力を持つ歌声が、八百屋のおじさんの腰を癒していった。

●野菜がいっぱい
「……ということがあったのだけれど……」
 蜜姫は困ったような笑顔で、ケルベロスへ語りかける。
「まさか、こういう形で、めいっぱい感謝を表されるなんて、思ってなかったのよ」
 彼女はスマートフォンの画面を見せる。そこには、大量の野菜が入った箱の画像が表示されていた。
「まあ、要は、たくさんのお野菜をあたしがもらっちゃったわけ。あたし一人じゃとても食べきれないわ、手伝ってもらえる?」
 頷いたケルベロスへ、蜜姫は、にっこりと嬉しそうに笑った。
「ありがとう。ベジタブルパーティーへようこそ、ってとこね」

 蜜姫によれば、彼女はキッチン付きのレンタルスペースを予約したのだという。
 その場所で、集まった皆が野菜を調理し、食べるという催しのようだ。
「野菜の内容は、にんじん、たまねぎ、じゃがいも、かぼちゃ、さつまいも、の五種ね。色々考えてみてちょうだいね」
 それと、と蜜姫は補足する。
「各種調味料と食器、調理器具は一通りあるわ。あとは、お米も用意しておくわね。他の食材が欲しい人には、持ち込みをお願いするわね」
 最後に蜜姫は、こう口にした。
「あたしはキャロットグラッセを作るわ。……ちなみに、当日はあたしの誕生日よ。楽しいパーティーにしましょうね」


■リプレイ

●集まるケルベロス
 今回の催しの会場となる、キッチン付きのレンタルスペース。そこで蜜姫は、調理器具をキッチンに並べるなどの準備を行っていた。
「お邪魔します」
 その場に真っ先に現れたのは、ミリムであった。手にした袋からは、ブロッコリーが顔を覗かせている。
「来てくれて嬉しいわ、ミリム」
「はい。蜜姫さん、誕生日今年は覚えてたんですね」
「ええ」
 昨年に引き続き祝ってくれるミリムへ、蜜姫は笑顔を向けた。
「八百屋のおじさんと、この場を用意してくれた蜜姫さんに感謝です」
「そうね、あたしもおじさんには感謝してるわ。もちろん、このパーティーに来てくれる皆にも、ね」
 ミリムへと蜜姫がそう言葉を返したところで、別のケルベロスが入ってくる。リリエッタだ。
「蜜姫、お誕生日おめでとう。それに、素敵なパーティーに誘ってくれてありがとうだよ」
 ぶっきらぼうな口調と、無表情。それでも、心から祝福と感謝を述べているのだということが見て取れた。
「こちらこそ、ありがとう」
 それゆえに蜜姫は、微笑んでリリエッタに応じる。
 続いて、姿を見せたのはウォーレンだ。柔らかな笑顔で、彼は言う。
「蜜姫さん、お誕生日おめでとう。僕、ベジタリアンだから、野菜パーティー嬉しい」
「ありがとう、ウォーレン。喜んでもらえて、あたしも嬉しいわ」
 蜜姫はにっこりと笑った。
「蜜姫さん、もうレンジ使っちゃってもいいですか?」
「あ、待ってね。今行くわ」
 ミリムに呼ばれ、蜜姫は離れる。
 ここで、最後の参加者がやって来た。
「ふう、到着や。時間には間に合ったな」
 ロシア訛りの、怪しい関西弁で喋る彼――光流へと、ウォーレンが振り向く。
「あ、光流さん。コンニチハ」
「ん? レニ……どないしたん?」
 なんだかよそよそしい態度の恋人に、光流は疑問を向ける。
「……さすがに一か月以上ほったらかしにされたら、僕だって、すねるよ」
「ふぁ?」
 ウォーレンが明かしたその理由に、光流は妙な声を上げた。
「……ちゃ、ちゃうねん。ほったらかしたんとはちゃうねんて」
 慌て始める光流。
「確かにおらへんかったけど、全然連絡せえへんかったけど。めっちゃ仕事してたんやって、ほんま……」
 つらつら言葉を並べるも、ウォーレンは頬を膨らませてそっぽを向いたままだ。
(「……あかん。これはあれや。めっちゃ美味しい大学芋作って機嫌直してもらわなあかんな」)
 光流は決意を固めた。

●ほっこりシチュー
 チン♪ と、レンジが軽快な音を鳴らした。
 ミリムはじゃがいもの皮を剥く手を一度止め、レンジに向かう。
 湯気が立っているブロッコリーを取り出して、今度はかぼちゃを中へ入れ、タイマーをセット。
 にんじん、たまねぎ、さつまいも。それに、皮を除いたじゃがいもを、ミリムは手際よく、食べやすいサイズに切ってゆく。 レンジでの加熱が終わったかぼちゃを取り出したミリムは、先に、切った野菜を厚手の鍋の中で炒め始めた。
「~♪」
 『ヘリオライト』のメロディが聞こえたので、ミリムは、ちらりと横を見る。すると、蜜姫が鼻歌を歌いながら、にんじんが煮えるのを待っている姿が見えた。
「~♪」
 ミリムも、それに合わせて鼻歌を始める。
 やがて、ミリムは野菜を炒め終えて、かぼちゃを潰す作業に入った。レンジで加熱したことで柔らかくなっているかぼちゃを、丁寧に潰してゆく。
「ふう……あと一息ですね」
 呟いたミリムは、鍋へ、潰したかぼちゃも入れてから、水を注ぐ。
 コンロを点火し、煮えるまでの間に、ミリムはブロッコリーを手で裂いた。
「あとは、じっくり煮込んで……」
 置いておいた、固形のシチュールーへと、ミリムはちらりと視線を向ける。
(「煮込み終わったらこれを溶かして、ブロッコリーを入れて一煮立ち。それで、野菜シチューが完成しますね」)
 頭の中で、この後の手順をミリムは確認しておく。
 ぐつぐつ、ことこと。鍋の中では、野菜たちが茹で上がるのを待っている。
「やっぱり、料理って楽しいですね」
 ふとミリムは口元に笑みを浮かべる。
 心をすり減らす、厳しい戦いが続く日々。けれど、時には、こんな時間があることも悪くないかもしれない。そんな気がした。

●ポテトサラダに想いを込めて
(「ミリムはやっぱりすごいね……」)
 表情は変わらなかったが、リリエッタはミリムに羨望の眼差しを送った。
(「リリはあまりお料理得意じゃないから、あそこまでできないと思うけど。頑張る」)
 気持ちも新たに、リリエッタは料理本を広げる。
「キュウリと、リンゴと、ハム」
 持ち込んだ物を指さし確認。作るのは、ポテトサラダだ。
「まず、じゃがいもを鍋に入れて……」
 雪のように白い手で、きゅっと蛇口をひねって水を出し、じゃがいもの入った鍋に注ぐ。それをコンロに運び、火を点けた。
「じゃがいもに火が通るまでの間に、リンゴをいちょう切りに。……いちょう切り?」
 リリエッタは小首を傾げる。
「……多分、この写真の形に切れ、ってことだよね」
 片手に本を持ったまま、リリエッタはもう片手に包丁を握る。
「よいしょ」
 まな板の上に置いたリンゴに刃を当て、リリエッタは片手だけで思い切り力を込めた。
 ガコン!! と、包丁とまな板がぶつかり合う大きな音が響く。
「これでリンゴは半分になったね。次は……」
「……手伝うわ」
 その音を聞きつけた蜜姫が、やって来た。

 蜜姫の協力もあり、なんとかリンゴはいちょう切りにできたので、リリエッタはキュウリに取りかかる。
「薄切りにってあるけど……」
 とん。……とん。……とん。と、時間を掛けてキュウリを切ってゆく。
「……むぅ、なんだか分厚い」
「いいのよ。歯応えがある厚めのキュウリもまた良し、よ」
 蜜姫は、リリエッタが切ったキュウリを塩もみしてゆく。
「ありがとう、蜜姫。それと、塩少々、マヨネーズ適量って、何グラムぐらいなんだろ?」
「そうね……少しずつ入れて、こまめに味見をして。おいしいと思ったところで止めるといいと思うわ」
「なるほどね。やっぱり難しいね、お料理。でも、頑張るよ」
 リリエッタは一つ頷き、茹で上がったじゃがいもの皮むきへの挑戦を開始した。

●仲直り
 毛先が緑色を帯びた長い髪は、首の後ろで束ねて。ウォーレンも、キャロットケーキ作りに着手した。
 まず卵白と砂糖を泡立て、別のボウルで卵黄とバターを混ぜる。
 後者のボウルに小麦粉とベーキングパウダーを振るって入れ、泡立てた卵白も加えてさっくりと混ぜていく。
 なお、ウォーレンはベジタリアンだが、卵や乳製品は平気なタイプである。
「これで生地は完成。次は……」
 呟いたウォーレンは、続いて、にんじんをすりおろす。ちょっとした力仕事だ。
 これをボウルの中の生地に入れ、混ぜて、最後にシナモンやナツメグを加える。
(「お砂糖と、スパイスと。確か、そんな唄があったね」)
 ふと、ウォーレンは思い出す。
 そうして、生地を型に流し込み、オーブンへ。あとは焼き上がりを待つのみ。

 光流はさつまいもをカットしてあく抜きし、水気を取って油に入れ、加熱する。
「竹串は刺さる……っと、こんなとこやな」
 一度引き上げたさつまいもを、さらに高温にした油でもう一度カリッと揚げる。
 じゅわぁ、と音を立てながら油の中を泳ぐさつまいもは、ハートの形に、兎の形だ。
「よっしゃ。あとは蜜やな」
 別のフライパンで塩と砂糖とみりんを加熱し、頃合いを見てしょうゆを入れて、火を止める。
「これを芋に絡めて、ごまをふって……うん」
 全ての作業を終えた光流は、ぱちんと指を鳴らした。
「完成やな。こっちおいでや、レニ」
 呼ばれ、ウォーレンが寄ってくる。
「……ハートの形」
「俺の気持ちや」
 光流のウォーレンへの気持ちを表した、そんな大学芋を、ウォーレンは一つ口に運ぶ。
「甘くてしょっぱいね」
 気持ちはちょっと伝わるような。ウォーレンには、そう感じられた。
「こっちは兎の形。可愛いー」
「蜜姫先輩に持っていこかと思って」
 二人の視線の先には、ぴょこんと長い耳を立てる大学芋。
「光流さんの形のもある?」
「俺? 俺の形はなんやろな。考えてもらえへん?」
「僕が考えていいの?」
 光流の言葉を聞いて、ウォーレンは、にっこりと笑う。
「ようやっと、笑ってくれたなあ」
「それはだって、ずっと会いたかったんだから。笑顔にも、なるよ」
「……ごめんな」
 言い訳を並べるのはやめ、光流はウォーレンへの謝罪を口にして。それから、告げた。
「今日はずっと一緒におるから」
 それを聞いて笑顔を深めたウォーレンは、さつまいもを一本手に取り、輪切りにする。
「光流さんは、こんな形」
 それをカットしていき、できあがるのは、手裏剣の形。
「俺の形は手裏剣かいな」
「うん。手裏剣で星で、きらきらの形」
「星?」
 改めて光流がそれを見れば、確かに、空にきらめく星のようでもある。
「……なんや、照れるな」
 光流は頬を掻く。
「追加で、この形の大学芋も作ろか。たくさん作って、レニのケーキの周りに並べよか」
「うん、たくさん飾ろう」
 二人は大学芋を作り始める。
 ウォーレンのキャロットケーキも、もうすぐ焼き上がるだろう。

●ベジタブル☆パーティー
 こうして、各々が作っていた物を完成させた一同は、キッチンからテーブルへ移動した。
 目の前には、野菜が主役の料理たちが並んでいる。
「さあ、皆さんお召し上がりください!」
 ミリムが作ったシチューは、とろりとクリーミーで、まろやかな味わいを予想させる。
 たっぷりとかぼちゃペーストが入っているので、黄金色になっている見た目が輝かしい。
 五種全ての野菜、それにブロッコリーも使っているため、具だくさんで栄養も豊富だ。
「あたしのも自信作よ」
 蜜姫はキャロットグラッセを取り分けてゆく。
 バターの香りが、ケルベロスたちの鼻をくすぐった。
「ちょっと恥ずかしいけど……」
 リリエッタが作り上げたポテトサラダは、キュウリやリンゴの切り方が不格好ではあるが、頑張って作ったのがよく伝わってくる出来映えである。
 なお、ウォーレンが肉は食べられないとのことだったので、彼の分として、ハムを入れていないものもあらかじめリリエッタは取り分けておいた。
「きらきらになったね、光流さん」
「せやな、さすがレニや」
 言葉を交わすウォーレンと光流の視線の先には、マジパンのにんじんをてっぺんに飾った、キャロットケーキがある。
 スパイスの香りが奥深い味わいを予感させるそのケーキの周りには、光流の大学芋が並べられている。
 手裏剣でもあり星でもある形のそれらは、光を反射して、つややかにきらめいていた。
 声をそろえて、『いただきます』を言えば、いよいよ食事の始まりだ。
 丁寧に切り分けたキャロットケーキを、まず光流が一口。
「……何度だって言うで。レニは、さすがやな」
「光流さんこそ。おいしいよ、この大学芋」
 ウォーレンと光流は、和やかに微笑み合う。それからウォーレンは、リリエッタのポテトサラダ(ハム抜き)に手を伸ばした。
「ミリムのシチュー……温かくて、甘くて、おいしいね」
 スプーンを手に、ぽつりと呟くリリエッタ。
「リリちゃんにそう言ってもらえて、嬉しいですよ!」
 ミリムは胸を張る。
「リリエッタのポテトサラダもおいしいわよ。これからも、料理を楽しんでいくといいと思うわ」
「蜜姫、ありがとう」
 短く礼を述べたリリエッタへ、蜜姫は笑いかけると、手元に視線を落とす。
(「これ、食べちゃうのがもったいないわね……」)
 うさ耳ぴょこぴょこ大学芋を見ながら、蜜姫はそう思った。けれども、ぱくりと食べる。
 ミリムは蜜姫のキャロットグラッセを一口食べて、軽く目を見開く。
「美味しいです!」
 思っていたよりも、もっと甘い。砂糖による甘さも確かにあるが、にんじんという素材そのものが、豊かな甘みを持っているのだ。
「ふふ、嬉しいわね。……あ、このケーキもおいしいわ」
 笑顔でキャロットケーキを頬張る蜜姫を眺めながら、ミリムも微笑む。
(「ふふふ……見ているとほんと、なんだか兎さんみたいです」)
 かくして、やがて全ての皿は空になる。
 『ごちそうさま』の声が、重なり合った。
 たっぷりの野菜を使ったパーティーは、ほのぼのと楽しく終わったのである。

作者:地斬理々亜 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年11月29日
難度:易しい
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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